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まずは自分が自分に受け取る許可を出す🙌
2026-08-18 15:46

まずは自分が自分に受け取る許可を出す🙌

はずかしい話、私は親から何かをプレゼントされた記憶があまりない。小さい頃から「〜してあげなければ」をやってきた。食べ物、お菓子、何かあげるのはいつも私。お金を出すのもほぼ私。それが当たり前の親子関係で、昨日、初めて「珈琲豆買っておいて」とお願いすることができた。

そしたら、母は快く買っていてくれて珈琲豆にリボン🎀がついていた。「はいこれ」無愛想に渡されたけど、それは私にとってとても嬉しくて、自分が受け取っていいんだという、許可を出せた時間になりました🫶
#受け取り #親子関係 #手放し #感謝 #ギフト
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サマリー

最近、元気がない時期を過ごしていた語り手は、母親とのランチや弟との再会を通じて、家族関係における新たな気づきを得ました。特に、これまで母親に与えるばかりで受け取ることが少なかった関係性を見直し、初めて母親にコーヒー豆を頼んだところ、リボン付きのプレゼントとして受け取り、大きな喜びを感じました。この経験から、自分自身が「受け取る許可」を出すことの重要性を学び、仕事や人間関係においても遠慮せずに感謝して受け入れる姿勢へと変化。心身ともに回復し、清々しい気持ちになったと語ります。

元気のない時期と人生の転換期
はい、こんにちは。今日もなんかすごい大きく気づいたというか、今日ですね、実はやっと回復してきたというかね、かなり元気がない時期が続いたんですね。
病気とか体調悪いんじゃないんですけど、自分が元気がなかったんですよ。珍しく食欲がない、なんと作る気もない、
やる気ない、眠いけど寝れないみたいなね、
びっくりですよ。
うーん、まあちょっとね、こうやる気のない眠い時は充電している期間だよとか、
良くなる前のサインだよみたいなね、動画ばっかり流して、ぼーっとしてたんですよ。 まあ、あの本当に人生の転換期なんだろうなぁと。
また良くなるね、あの、夜明けの前が一番暗いみたいなね、そんな時なのかなぁと思いながら、こうどんどんどんどん、
レベルアップはしてると思うんですね、自分なりにね。で、それはわかってるんで、ただなんかしんどいなぁって、もう本当にね、ちょっとあんまり言うとネガティブ過ぎるんですが、
もうめちゃくちゃしんどかったし、もう嫌やなぁぐらいの、もう何も、ほんまにもう全てが嫌やなぁみたいな感じにね、なったりもしてたんですよ。
まあそんなこう、自分も眺めていたりとかしながら、はい。
母とのランチと弟との再会:家族関係の気づき
でですね、昨日、母とランチしたんですよ。
ずっとこう、まともな二人で食べてなくて、なんかやっぱバタバタしてたので、その退院して病院行ってとか、買ってきたものを食べたりとか、なんかそんなんしてたんですが、
昨日は、ようやく何ヶ月ぶりかに、ちゃんとした美味しいものを食べようってことで、
あのー、まあ老舗のね、美味しいレストランを食べに行ったんですよ。レストランと言ってもちっちゃなとこですけど、めっちゃ行列なんですよね、人気で。
で、ハンバーグランチとかですよ、エビフライランチとか、お肉とコロッケのランチとかね、そういう素朴なものが全部手作りで、ソースとか美味しいんですよ。
すごい行列やけど、並ぶかと。
でも母と一緒に並ぶという、その、でもこうやってね、退院して大手術を終えて、80の母と、またランチ食べれるって、すごいことやなぁと思いながら、二人で、やっぱり美味しいなぁと言いながら、
幸せですよ、ほんと美味しいものをね、親子で食べれるなんてね、幸せ、本当に。
はい、それでなんか穏やかにこう振り返って話したんですよ。
で、まあその話がちょっとね、不思議な話いろいろあったんですけど、あの結局はね、まあこの大きな病気、手術乗り越えての、また親子で話している中で、
まあこの手術っていうのは、親子を引き合わせるために起こったんだな、ということになったんですよね。
あの全部流れであってね、あんなことも辛かった、こんなことも辛かったっていろいろあったんですけど、
それはすべて、その私と母と弟がね、あの3人でこう笑いながら話せる、あの時間を作ってくれたんだな、引き合わせてくれたんだなってことになったんですよ。
全部話していくと、私がもしあの時これをしなければ、母があれを選択しなければ、弟がこうなっていなければっていうの全部がつながって、一つの線になったんですよ。
昨日やっとね、会えてよかったなって言って、こう何十年かのこう、別れ別れのね、時期があって、お互い。
でもそれぞれの家族を守るために必死やったんですよね。だからバラバラになってたんです、私たちは。
で、たとえ家族であっても離れてる時期があってもいいと思うんですよね、私。で、こうやって落ち着いたらみんな会えるから。
で、なんか3人で仲良くご飯食べたんじゃなくて、あの弟って結構言葉が少なくてね、ゆっくり話そうとしないタイプの子で、ほんの10分ぐらいあったんですよ。
何十年ぶりかに会ったのに10分だけで、あ、じゃあもう帰るわ飲みに行くしとか言って、パッて帰ったんですよね。
あ、病院でね、母の病院で。で、え、もうちょっと話したいのにと思ったけど、けれどその、パッて何十年ぶりかにこう母と弟が会った瞬間の言葉が、
うう、年取ったなあ、あんたもやなあ、おっちゃんになったなあっていう、この笑顔になった時のこの一言だけで、全てが解けたんですよね、今までのゴタゴタが。
なんかこう変な言い訳とかね、何もなくても説明とかね、なんかそんなんがなくても、あのふーっていう笑顔で母は、あの子の笑顔で私気がすごいふっと楽になったんやって言ってたんですよ。
すごいねーってこう長々とベラベラベラベラ言う人ってなんか、よくわからんなっていうことがあるけど、あの子はほんまにこう言葉が少ないけど、
あの短時間のあの10分の中で、もうわかった、うんわかったと思えたよねっていう話でね。
うーん、いや親子やからとかじゃないのよ。血のつながりちょっと関係なしに、あのーやっぱ言葉がなくても伝わることがあるんですよね。
逆に言葉が多くベラベラベラベラ長い説明、文章とかも長い人で、言葉が長い説明の人で言い訳みたいなんとかは、その左脳でいくら考えても分からないことってあるじゃないですか。
右脳で感じた、感じ取ったものってやっぱり確実でというか、あーやっぱり、あの子ちょっと賢いなっていう話になったんですよね。
無駄がないと、無駄なこと一切言わないんですよ。
まあそう比べると、まあ母は話が長い、まあ私も長いけど、ちょっと無駄が多かった、遠回りする話長い、無駄、こんな線でよかったんちゃうのっていうことをね、
しないと気づけなかった、しないとたどり着けなかったし、この余計なことにエネルギーを使わなくてもよかったのでは?
だから疲れたのでは?っていうことがね、多かったなーって言って笑えたんですよ、昨日。すごくないですか?
まあ母はすごいそれが多い人なんですけど、でボロボロになっていく、自分で自作自演というか、作ってね、
あーもう赤かーみたいな、こう思われてるに決まってるとか言って。
でその何も整えることとかなんも知らんから、まあありのままで生きてるからそうなってるんだけど、
私は整えるっていうのを仕事にしてて、あ、私作ってるな、私すごい遠回りしてるなとか分かっているので後からは気づくんですけど、
それを眺めているというね。じゃあそれがね、嫌なんだったらもう手放して卒業したらっていうのをこう決められるんでね。
で私はその分かりやすく母に言ったんですよ。これからはもうつまらないことにエネルギーを注いだり、
急に怒ったりとかね、あの喧嘩をしたりせずに、もう仲良く穏やかに生きよって、そういう親子でいいよっていう風にもう言葉に出し言ったんですよね。
で母ももちろんそうよ、もう穏やかにもう喧嘩したくないしもうやめようなーっていうことが言えたんですよ。
でも弟と3人仲良くベタベタしなくても、あの10分で全てが戻ったというか、あの子は健康でね、病気もせず、子供もいるんですよ。
家も買ってて、車もあって、ある会社の立場のある仕事もしっかりしてたから、
ああまあよくやってるよねっていう、それでいてその自慢するでもなく、愚痴も言わなかったよね。
奥さんの愚痴、子供の愚痴も言わず、ただ現実をこうなんだよって言っただけの時間だったんですよ。
やっぱそこがちょっと賢いなというか無駄がないなっていうのをね、思いました。なんか結構あのアホなキャラやったんですよね。
なんかおどけて冗談言ったり、アホなことばっかり言う弟っていうイメージあったんだけど、
でもその力の抜け具合とか、正直に生きてるところがね、ああこれが良かった、これでいいんだっていうね、教えられたという、
初めて弟から学んだというような時間やったなっていうのを母と話せてね。
結構もう母も弟に怒るし、私も弟に怒るっていうそのダメな子みたいな勉強嫌いやしね、
アホな子というかバカな子というか、それただラベルを張ってただけやったよね。
なんか別に正直に自分の大事なものは家族なんだと、まっすぐ生きてたんだと。それで良くないって普通で良くないみたいなね。
普通に生きてた弟が一番すごかったみたいな話で、じゃあ波乱万丈いらんくないみたいな感じで。
いやもう今までのは良かったんだけど、もうそれを経験をこう思い出にしてね、力にして学びにしてね、
これからは何もない普通の人生が尊いということに気づいていきたいなって思ったんですよ。
母娘関係の変化:初めての「受け取る許可」
本当にね、最後にね、私は母との関係性を変えようと思ってやったことがあるんですよ、昨日。
ちょっと皆さん不思議に思うかもしれんけど、実家って言ってもそんな小っちゃなアパートなんで、
母の住んでるところにね、よく行くじゃないですか私。
なんとね、再開してからね、何年くらいだったかな、3,4年以上になるのかな。
実は一度もご飯を作ってもらってないんですよ。何かを、手土産をね、もらったことはないんですよね。
不思議でしょ。普通皆さんね、母に実家に帰ったらごちそうを振る舞われて、お土産とかもらうんでしょ。
皆さんは。そういう家庭じゃないんですよ。ここでも分かりやすいと思うんですけど、
私が、何かいっぱい母これいるやろ、買って渡すっていう、そういう関係が普通なんですよ。
母はまあありがとうって感謝しますけど、それはもう生活のあれなんでね、当たり前のようにそれをやってたんですけど、
私の心の奥でね、もしかしてこう、ちゃんと何かをくれる娘でなければ価値がないのかなっていうのが奥にあって、
すごい偉そうに母に言う私になっちゃったんですよ。すごい嫌な感じじゃないですか。
だからちょっとそれをやめようと思って、昨日は手ぶらでいたんですよ。
まあまあお盆にはないけど、お盆明けにね、何にも持たずお菓子とか。
私ただ何もなしで行っても歓迎されるのかなと思ってね。
行ったら母、逆にね、もっと言ったんですよ。
あの私このコーヒーが好きやからね、近くに美味しいコーヒー屋さんあるやろって。
コーヒーの豆買っといてくれるって言ったんですよ。
実はこの要求もほぼ初めてというか、
どうせ母に言っても買ってくれへんって私の思い込みだったんですよ。
だから母が、いいよ、分かった、あんたコーヒー好きやもんな。
豆はひいといたらええかとかも聞いてくれて、
なんか心よく買っといてあげるって言われたんですね。
で、行ったら、なんとそのコーヒー豆にリボンがついてたんです。
はーいってちょっとめっちゃ不愛想に渡されたけど、
なんか娘へのプレゼントみたいな感じでリボンがコーヒー豆に。
なんかそれがすっごい嬉しかった。初めての感覚だったんですよ、この年で。
私ね、誕生日とかもあんまり祝ってもらったイメージもなく、
何かを母からもらった。ご飯とかは食べさせてもらったけどね、最低限の服とか。
でもなんか改めてのプレゼントをくれるような親子関係じゃなかったのよ、父も母も。
自分の生活でいっぱいでね。
まあまあ今もそんな裕福じゃないけど、
その中でもコーヒー豆ぐらいやったら買ってあげられるな。
リボンもつけてみようかなと思った。
ちょっと母の成長というか、びっくりして。
これね他人にちょっと恥ずかしい話かもしれん。
なんなんてそれぐらいもらってんのと思われるかもしれんけど、
それも恥をしのんでの話なんだけど、
私はもうめちゃくちゃ嬉しくて、
こそばいような、わあもらえたというか、
そのコーヒーが嬉しいというよりもその母の気持ちが嬉しくてね。
なんかねずっとこう、
ものをもらえなかった人生というか、
送ってもらえなかった人生やったからね。
男性にもね。
なんか与えなければいけないという人生を手放しました。
私もっとちょうだいって言っていこうと思ってみんなに。
え、それくれんの?ありがとう!みたいな。
あの受け取っていい存在なんだっていうのをね、
自分で許可しないと受け取れないって言うからね。
私自身がそれ許可してへんかったんやん。
母は心地よくくれたやん。
言わへんかっただけやったよね。
で私ありがとう、いや嬉しい、かわいいリボンとか言ったら、
なんか笑ってたから、
これからもだから別にあげなければいけないとか思わなくていいしね。
「受け取る」ことの重要性:仕事と人間関係への応用
親に限らずこう受け取っていいんだをやろうかなと思ってね。
許可をし始めてるんですよ。
そうしたらその、
サロンはねすっごくうまくいってて、
お客様からなんかいただいても、いやありがとうございますって言うようにしてて、
そのフォロワーさんでもね、友達でも、
なんかお菓子とかでももらえたら、
本当嬉しいんですよね。
実はもらい慣れてないというね。
人の何倍も喜んでるんですよ私は。
でも本当にそれでいいのかなって遠慮せずにね。
私なんかに結構ですなんて絶対言わずに、
あげると言ってるんだから、
喜んで受け取るのがこう、
礼儀というかね。
お互い嬉しいからね。
でなんかこういただくようになったんですよお客さんとかからはね。
だからあんまりそのお客さんも怒られたからもう、
いっぱいお出ししてもたなさないとっていうのも思わなくてもいいのかなと。
エネルギーを受け取りに来てくださっているので、
それだけでもいいのかなっていうのを少しずつやり始めてたんですよ実は。
始めた当時はもう本当にね、
しなければしなければが、
あったんですけど、
やっぱ最近来てくださる方はもう、
家族さんに会えて、
嬉しいみたいなことを言ってもらえるとね、
ああそうですかありがとうございますってもう、
受け取ろうと思って、
それは遠慮せずにね。
っていうなんかいい話ができた。
心身の回復と清々しい気持ち
で元気もちょっと復活できて、
めっちゃ清々しい気持ちにね、
やっと慣れましたと。
で私もネガティブな時期、
闇の時期っていうかね、
元気のない時期はあったんですよってこともね、
ここにお伝えしておきたいなと思います。
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