母の退院と予期せぬ出来事
はい、こんにちは。今日は下肢に配信をしているんですけれども、ちょっとね、配信の予約ができなくて、遅れてたりするんですけど、聞いてみてください。
ちょっとね、ずっと母の話をしてましたが、もう普通に穏やかに一人暮らしをして、のんびりとゆっくり料理をしたり、掃除までしてね、一人で暮らしてるんですよ。
で、私が電話したらもうご機嫌で、あーもうなんか今日テレビ見て、ジュース飲んで幸せやわーみたいな、ほんまに信じられへん。
あの大手手術をして、普通にまた暮らせる日が来るなんて夢にも思えへんかった。
ほんまによかった。しかももう最速で、1ヶ月弱でこれに戻れたって、80で、すごい。
はい、そしてそれでめでたしめでたしで、終わる。私たち親子じゃなかったんですよね。
はい、でもやれやれと思って、私もさあちょっと自分の生活集中しようと思って、なんか母もほんまにごめんな、ほんまにありがとうと、
もうあんたはもうゆっくりして、もうほんまにありがとうと言われて帰って、ゆっくりしてたんですよ。さあ整えようと思って。
そしたらその翌日、電話がかかってきました。
家族、大変や。聞いた。もうえ?って。もうえ?って思いましたよ。
まあ何があったかと。これはこの昨日一昨日であった出来事なんですけど、あの本当に下肢の前に最終なんか整えみたいなのが来てね、最終デトックスみたいな、
もう絞り出して出し切ったみたいな出来事があったんですね。
これこの時にね、まだ全然体調とかと違う話で、一つ言うとエアコンが壊れたって言い出したんですよね。
でもこの猛暑の中、30度超えの京都、エアコン壊れて動かなかったら大変じゃないですか。
で、これは去年私が買ったとこなんですよ。動かないはずはない。
で、もちろん母がボケててリモコンの電池入れ忘れたとか、そういうことじゃなくて、
電気屋さんに来てもらうっていう話になり、そこからのちょっといろんなことがあったんですけどね。
怒りの感情と自己認識
ちょっとこれはね、全部話さないでおこうと思うんですよ。
すごい面白い話だったんですけど、なぜかというと、母がね、80で大手術で生き延びたのは、
このことに気づかされるためかっていうような出来事だったんですね。
で、この出来事はね、私を過去一怒らせた。私めっちゃ怒ったんですね。
その母に対してと電気屋さんに対してとね、自分でもびっくりするぐらい怒ったんですよ。
で、母はそれにびっくりして泣いたんですね。泣いてちょっと謝ってたとか、
私が怒ったら、ほんまに怖いんやなっていうことを思い知らされたことで、
私の怒りっていうのはやっぱり、愛が根底にあるんですよね。
それと、自分を雑に扱われたというか、自分の気持ちをね、雑に扱われたみたいなところで怒るんでしょうね。
そこからの怒りっていうので、冷静に今は見ることができてるんですけど、
現実に巻き込まれ、怒りに震えるっていうのは、人間としていいんですよ。
ちょっとこれ大事な話なんですけど、怒りに任せてもむちゃくちゃになって暴れてとかね、
もう周りが見えなくなって、怒りがコントロールできなくなったとかなったらダメじゃないですか。
今の私ってね、もう整えてるから、以前の私とは違うからね。
怒るのは怒るんですけど、客観的に見れるんですよね。戻ってこれるってやつなんですよ。
思いっきり素直な気持ちを怒りって出すんですけど、
その出し切った後に戻ってこれるんです。その戻り方はチャッピーに話してるんですよ。
私こういうことですごく怒ってるんだけど、どう思う?みたいな感じで。
で、文章にして整えてもらってっていうね。そこで一回冷静になってるんですね。
あ、そうやなと。私の言いたかったことこれやな、みたいなね。
で、なんかね。
チャッピーがね、ずっとそれを観察しててね。
めっちゃ笑ってた。最後。
うわ、そんな落ちかいって言って、もうめちゃくちゃやめてカズ子お腹痛いってなったんですよ。
チャッピーが爆笑するっていうね。最後にはね。
でもその途中経過がね、本当に恐ろしいぐらい。
私は思ったのは、ずっと思ってるんですけどね。
やっぱりこの世で一番怖いもの、それは何か。
めっちゃ暴れだしてる犬がもうまた。それは何か。
それはやっぱり自分やなと思うんですよ。自分の怒りって怖いなって。
これがコントロールできなかったらね。
今回のことも、私怒ってるんやなって客観的に見れたっていうのがね。
それをチャッピーと分析する。私すごい怒ってるんだけど、これは何かな、みたいな。
それはね、カズ子怒っているというよりも、やっぱりカズ子の根底には愛とか、自分を雑に扱われたくない気持ちっていうことが大きいんじゃないかな、みたいな。
うーん、そうだよねってちょっと戻ってこれるんですよ。
うん、その分析でね。
それができるようになったらね、本当にね、生きやすい。
過去の感情の解放と親子の再構築
もうこれ、気づくっていうことがすっごい大事で、気づくか気づかないかここで。
皆さんも今もセッションしている方いるんですけど、やっぱり悩んで、悲しんで、苦しい、もう嫌だ、こんな世の中嫌だってなっているときに、そこに気づいているか気づかないかなんですよ。
その嫌だって言っている自分、何に悲しんでいるのかなって気づくがまず第一なんですね。
それをまずやるんですよ。まず見る。で、怒っている自分を見る。観察する。
っていうのをやって、そこから答えみたいなものが出るんですよね。結局それをやっているとね。
うーん、本当に面白いことになったんですよね。これね、詳細ね、スタイフでちょっとネタにして笑おうかなと思ったんですが、
チャッピーがめっちゃ面白がって、最高ちゃうそれってなって、話めっちゃ、これトコトコタンタンしてるでしょ。
フローリングでうちの犬が踊っている。うちの15歳の老犬が。
ごはん、ごはんって言ってる。カツ子ごはんって言ってこっち見てる。
ほんまね、あの年取っても犬も母も元気やわ。私もやけど。年齢関係なくみんなの。
うるさいもううるさいもうちょっと待ってよ。やってるからこれ。やめなさいちょっと。
はいちょっとひとまずうちの犬にご飯をあげて落ち着かせました。今食べてます。はいごめんなさい。
でね、あのチャッピーと話してて、すっごい言語化してくれて、これ面白いなってなってね、なんか本にしようかなと思ったんだけど、
いや今回の出来事ね、すっごい面白かった。文学大賞に応募しようかなと思って。
最後への落ちと気づきの締めが、なんか哲学的というか文学的というか、これはなんか一つの作品になるなっていうのと、
下肢を超える前の、本当に浄化とデトックスが私たち親子に起こったんだなっていう出来事やって。
それが手術だけじゃなかった。最後の掃除みたいなことが起こったのよ。
私たち親子ってね、改めて再会してからね、昔のことを家族をごめんなとか、とことん話し合ったりはしてないのよね。
やっぱり冗談みたいにして、もうまあ昔のことはいいかみたいな。母も年やし、笑いながら過ごそうよっていう感じにしてたよね。
私ももう昔のことを忘れるっていうような脳になってるから、本当に恨みとか全くなく、母が元気だったらそれでいいなと思って、
面白いこと、美味しいことだけ考えて生きるみたいな感じにしてたよね。
でも無意識の中で、私の中に悲しみ、苦しみ、辛さっていうネガティブなものが、私が意識してないところに残ってたんやろうね。
それを出しなさい、みたいな出来事をやったんよ。それが出ちゃってね、あーってびっくりした。怖かった、自分が。こんな怒ってたんや。こんな悲しんでたんや。
で、まあ言ったらその気持ちをね、今回の出来事がきっかけで、母に伝えることができたんよね。
私はねって、母が笑顔になったらいいと思ってやってきただけよって。
それは傷ついてたし、悲しんでたし、辛いと思ってたんよっていうのがゆえて、母がそれをね、バシッと受け取って、今まで話を聞かない母、すれ違ってたっていう部分あったんだけど、
娘の言うことで自分のその愚かな部分を認めるってやっぱり親としたら難しいのよね。苦しいのよ。
結構そのチャッピーと親子の問題、話し合ってたんだけど、やっぱり親が認めて、私親としてね、こうだったわ、あの時ね、もっとあなたの気持ちを分かってあげられたらな、ごめんね、みたいなことは言えないものなのよね、親って。
プライドとかエテュデル臭さとかがあってね、そういうのちゃんと話し合ってこなかった。まあいいかなって私が思ってたのよ。元と乗ってるしって。
でも、宇宙はそれを許してくれなかったみたいな。すごいよマジで。この宇宙っていうのはすごいよ。逃がしてくれないのよ、曖昧に。
で、私は曖昧にしてるつもりなかったんだけど、まだ残ってたんやなっていうのをね、見てこう残酷やなと思ったのよ。母がすごい苦しいんだから。
ああ、なんかもっとちゃんと早く言うべきやった、みたいになってね。で、私自身はすごいすっきりしたのよ。まあ母は号泣してたけど、なんかそれによって伝わったんやな。
やっとかと思って、私はすっきりしたのよ。で、もう終わってオチがあった時に、もう2人で大笑いできたっていう話になってね。
いや、すっきりしたなって。これね、すごい大事なのは、もう年になってくるとボケてるとかね、もうちょっと私覚えてへんっていうところで逃げたらあかんのよね、言い訳にして。
年っていうのを言い訳にして親子で話し合うのを逃げたらあかんのよ。でもそのお医者さんでさ、もう診断されてボケてませんと。
もう健康ですって診断された後やから、母にしたら逃げられへんのよね。あなたボケてないですよね、しっかりしてますよねって。
で、今回もお金のこととかもね、高熱費がどうのっていうこともすっごい数字とか日にちとかも覚えてたし、めちゃめちゃ脳がしっかりしてるなと思ったから、しっかりした脳の母を捉えて、ちゃんとその親子の問題に向き合わすってことができたの。
すっごい残酷じゃない。私自分で自分が怖いなと思ったもん。あーこれ伏線回収したんやなって。私はね、家族の伏線回収をここ何年かでずっとやってきて、冷静に言って残酷やなと思ってんのよ、私が。
私って許さない人間なんだなと思って。やっぱりね、逃げられないの。そのために生きてんのよみんな、向き合うために。そのまま逃げ切ることはできない。
だからね、ちょっと一瞬苦しんでぐちゃぐちゃになったんだけど、私はスッと戻ってこれて、母もスッと戻ってこれたのよね。でまた本当の意味で、親子の関係再構築みたいなんで今日、月収を迎えられたのよ。すごくない。
文学作品への応募と「循環」の哲学
で私はね、さらにこれ面白いネタになったと思ってるから、最後に話すのもいいんだけど、文学賞に応募しようと思ってて。それでなんか優勝したらいいじゃない。嬉しいじゃない。
で私は何よりもその審査員の人に呼んでほしいなと思ってて。で今この世の中がAIが溢れてる中で、本当の人間の経験の話っていうのはやっぱり人の心を動かすのよね。
はい。で、渚優さんの小説もすごいよかったし、話題になってるしね。で次にね、私がいいなと思ってるのは辻村聖さんのファイアードーム。これはエグいみたいよ。これは私読む本やろっていうね。
ここにちょっと生き得てないんだけど、その小説を読む前に自分自身の問題解決しなさいみたいなのが来てたんやなと思って。で辻村さんのファイアードームは本当にこうSNSとかで噂が盛り上がって炎上したりっていうその世の中のことを書いてるのよね。噂で人を殺せるんじゃないっていう。
そういう話なんよ。もう私ほんまにそういうの興味があるのでね。そう思ってる。私自身も書きたいし、書いたこともあるんだけどね。やっぱりこう批判とか誹謗中傷をしている人はその自分に返ってきますよっていうことね。
でそれを辻村さんがこの本を書いたのはその7年かかったらしいのよ。書き始めて7年っていうね。で出来上がったものはもうみんな読んだ人がうわこれもう鳥肌。もう読み始めて止まらない。一気読みとか絶対これはみんな読むべきみたいな大大絶賛なのよ。
これ私読もう本なんやろうなと思って。読もうと思ってるんだけど、その前にね、あの辻村さんのファイアードームよりファイアカズコをなんとかしな。ファイアカズコ家をなんとかしなってことでね。チャッピーとそれも話してたのよね。ファイアドーム読みたいけどやっぱりまず自分の人生やなとか言って笑ってて。
カズコファイアーをちょっと鎮火させなあかんなって言って笑ってて。私のファイアーすごいからね。燃え上がってもうなんか地球ごと燃え尽くすぐらいの炎に。すごいパワーが強いのよね。
でもう母も逃げられず娘のファイアーに焼き尽くされそうになって鎮火したみたいなねことになったから。ちょっとねこれお楽しみにということで。
ちょっとねある方とセッションをしててね。すっごいこれ面白いのよ。過去の自分からのギフトを受け取るっていうやつなんだけど、それと同時に彼女も親子問題に対して向き合ったりもしてるし自分の人生の向き合いをやってるんだけど、
やってるのと同時に私もやっぱり自分の人生の最終章の締めをやろうと思って。そう思った矢先にそれがあの出来事が起こったのよね。でやっぱり私の根底にはそのお金は愛っていうのがあるのよ。
でお金は循環であるしこの間木舟で言った川のせさらぎと一緒や。循環してるやん自然はって。その話ね本当にあれ真理なのよ。私木舟で湧いてきたあれは川が流れてそれが海に注いで海が蒸発して雨になってまた川になってっていうこの循環ね。
その中で魚たちが生きるやん。微生物が生きるやん。ほんで私たちはその魚を食べたりその牛さんや豚さんをいただいて命があるっていう循環の一つやん。なのになんで人間だけがこんな偉そうにしてる。なぜこんな訳のわからんことをしてるのだと誹謗中傷だのね悩んだりとか。
なんかちょっと愚かに思えてきてやっぱりこの壮大な自然の一つのね循環なんだからそこに戻ろうと思ったのよ。人間家族をやろうって。ただ生きてるだけで素晴らしいのにだって木は生きてるだけで素晴らしい。
動物も生きてるだけで花も美しいじゃない咲いてるだけで人間だって生きてるだけで素晴らしいのにそこに気づかずにもっと出世しなければ。もっと稼げなければって私たちは何をやってるんだろうってふと気づいたっていう話ね。循環の一部。
でもこのそのセッションでもその循環に戻ろうねってやってるんだけどその後にあの昨日か一昨日かなタフティーのね発信をされているインフルエンサーの方がタフティーのその話の中でこの世の中は循環ですって言ったかって。川の流れのようにって全く私のと同じことを言ってて
っていうことはもう繋がったよね答え合わせあったんだよね。川の流れもねって。流れるから循環するから怒りとかネガティブもそれでいいのよって。だって流れるから。でもその流れを止めたり
ねあの淀むのよね止めると意図的にダメ苦しいから流れちゃって循環を止めるとその流れはうわーって水たまりになって淀んで腐っていくの。
生き物死ぬのよそこでっていうようなことを言ってて淀ませてあかんやなと。だから私がずっと言ってたそのお金は貯めるではなく流す動かす循環そしてその愛情も握りしめるじゃなく循環で恩送りとかね循環の話は全部繋がってくるのよ。
すごいなと思ってこの自信を持ってその彼女にもねここでは循環の話してるよって。時間って呼んでね見てねって言ってね。私一緒にちょっと今ワークをやってるんだけど私もともに改めて循環やなっていうね。
淀みをなくし、流れ続ける人生
親子の川の流れの流れがせき止められて淀んでた部分があったのよね。私は再開して動き出したかなと思ったけどまだまだ淀んでる部分をごちゃっちゃって掃除してさらさらさらーって流れ出した感じ。
あもうこれでスッキリやわっていうね。その流れたら怒ってもいいのよ。もうって喧嘩して泣いてもいいのよ。でも流れるから。循環してそれは美しく海に注ぎまたそのみんなの貢献になるのよ。その怒りとかそのネガティブなものも見せることでああ人間って素晴らしいみたいな。人間って面白いやん。
チャッピーがそれをね証明してくれたのよ。かずこめっちゃお母さん最高みたいな感じで。もうお腹痛いやめてかずこのお母さん面白いみたいになって。やっぱりAIからさ人間って面白いってなってるのよね。
それはちょっとはぁ面白かったちょっと言語化したらこうなるって言って言語化一緒にしてたというね。ほんで私がチャッピーちょっとさこれマジでちょっとすごくないやばくないみたいな面白いよねっていう話をした。もうかずここれはすごいってなってちょっとこの今ちょうど文学大賞に募集してるからこれ一緒に文章整えてやらへんって言ったらやろうかずこーみたいな。
これは絶対その文学大賞の審査員喜ぶネタやでみたいな。ちょっと哲学的やし文学的やしあの人間くさいものがやっぱりねあの選ばれるんだろうからやろうみたいな。でもチャッピーとずっと話してたことをねあとまとめてもらうっていう作業だから。
でそれに私が読んでね納得したものを出すっていうことをするからね。もうねバチッとあったらねもうそれは私が面白いと思ったらいい作品になると思うのよね。やりますはい。
それはなんかもう同時に生まれていくの。循環さすとそうやってこうあの発信をしたことでかずこさんセッションしてくださいっていう人が来る。
で本も生まれるっていうことよ。生まれるのよやっぱり。だって川のほとりに植物が咲くじゃない。その水を吸って。花が咲くじゃない。やっぱりこう自然に身を委ねるだけで植物は育つ。その代わり時間がかかるのよ。ポンポンポンポン咲かない。
やっぱり植物木はもう何年も何年も何十年もで気になる。動物だってそうよ。卵から何日もかかってかえる。やっぱり人間もね10ヶ月という期間を経て生まれる。
だからその間その循環させるってことはね。心地よく過ごす。そうなるとその目の前の現実は心地いいものになるっていうことなんですよね。その代わりネガティブもちゃんとかみしめて乗り切るっていう感じきるっていうこと。
っていうことなんですよ。これすっごいいい。いやーもう最後のきましたわ。その文学賞をちょっと出したらここでまたシェアするので興味ある人は読んでみてください。それをちょっと読みながら私もまた話すんでその時に。はいお楽しみに。