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女性キャリアの壁を感じた10年前。2016年の私を語る
2026-10-10 31:21

女性キャリアの壁を感じた10年前。2016年の私を語る

Voicyで#2016年の私という企画でお話ししているのを聞きながら、

私は2016年、何してたっけなー?と思い出していました。
夫婦関係とか家事分担とか
そういう話ではなく、

女性キャリアとしてのモヤモヤや壁を感じ始めた最初の歳だったことを思い出したので話してみました!

結婚したばかりの私のキャリア、
私が休んでも誰も困らないキャリア
だけど母親の代わりはいないんだから
母業頑張れと言われても満足できない自分

葛藤を感じていたなぁ

コーチの岩谷けいこさんの配信はこちら☺️

https://stand.fm/episodes/6ac35e7bc31bf27288043458

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こんにちは、かいほです。毎日10分で好循環に変わる。 今日はですね、2016年の私っていうところで、ボイシーの方でこのハッシュタグ、2016年の私っていうハッシュタグで、私の大好きなヨガインストラクターのアリサさんという方が、10年前の自分のキャリア選択だったり、
ここからの発信のことだったりを、変遷を話しているのを聞きまして、私、2016年何してたっけなというふうに考えたときに、ちょうど私10年、結婚して10年なんですけれども、結婚生活がどうではなく、自分の中でこのキャリア、女性としてのキャリアっていうことを、すごくその10年前に分岐点に立って、非常に痛い思いを、痛い思い、
葛藤ですね、すごく葛藤していた2016年だったっていうことを思い出して、ちょっと今日はその10年前、そして女性の日本の中での女性のキャリアってどんな立ち位置なんだろうっていうことを、今一度ちょっと話してみようかなというふうに思って、ちょっとうまく話せるかわかんないんですけれども、お話ししてみようと思います。
女性のキャリアとか、今後私40代にこれから向かっていくところではあるので、これからのキャリアと、そんなことを考えられればなというふうに思っております。よければ最後まで聞いていってください。
このチャンネルでは、ヨガと発信を習慣にしたことで人生が好循環に回っていく、そんなヒントを話すチャンネルです。
この2016年の私っていうところで、私同じ大学病院にずっと新卒から勤めております。今夫は転職して1年経ったんですけれども、夫も同じ病院で働いておりました。
去年まではお互い新卒でずっと同じ病院で働いていたんですね。10年前っていうふうに考えたら、ちょうど私と夫が結婚した年であったんでしょうね。
結婚するまではお互い独身で、わりわり病棟で働くっていうところで、私も病棟で働いていたんですよね。
で、いわゆる入院患者さんのお薬の持参薬の確認だったり、これから抗がん剤を使う患者さんだったり、あとは医療用麻薬を使う患者さんの説明みたいな形で説明しに行くっていうことをしていました。
一人の薬剤師がその病棟を任されているっていうところで、責任ある仕事を病棟を一人で守っているみたいな形で、いろいろな部署はありますけれども、わりとキャリアとしては脂ののっている時期だったなというふうに思います。
で、夫は私よりも少し年上で先輩なんですけれども、同じように病棟でやっていて、私のちょうど10年前ぐらいの時っていうのは、自分にとっては、そして病院にとっても、わりと大抜敵まではいかないんですけれども、
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ある化学療法、いわゆる抗がん剤治療だけをする病棟っていうのが、ずっとベテラン上司が任されているっていうような病棟だったんですけれども、その上司がちょっと別の部署に期間限定で行かなくてはならないので、
その間、ずっとベテラン上司、今だと部署の一番のトップみたいな形にいる上司が一旦抜けるので、そこの抜ける病棟を任されるっていう、自分としても周りとしても私が抜敵されたみたいな見え方であったんでしょうね。
自分にとっては、すごく重たい仕事ではあるけれど、もう私しかいないっていうふうに念を押されてプレッシャーはあったけれど、上司が辞めてしまうわけではないから、
同じように仕事が全く同じようにできたかは分からないんですけれども、その1年、私としてはすごく奮闘して、責任ある病棟を守る、頑張るみたいな、自分としてはかなり頑張り時が、薬剤師としてのキャリアの頑張り時が来ていたんですよね。
一緒に任されていた上司は私の指導もしてくれたので、本当に病棟が消灯になった後も、夜の11時ぐらいまで消灯して暗くなった、科学療法をやるような病棟が暗くなった中で、ずっとパソコンで硬化剤のこととか、
ガンについてとか、そういうことを一通り非常に教えてもらって、マンツーマンで教えてもらったなという、本当に感謝している、自分としてもいい時間だったなと今振り返ると思うんですよ。
ちょうどその病棟を任されて、ちょっとしたぐらいだと思うんですよね。結婚することになって、その上司にも報告をして、その期間というのは、もうとてもじゃないけれど、特に抗がん剤撤収の初めにやって、週末にかけて退院していくというようなレジメンが多いので、
特に月曜日とかがめちゃくちゃ忙しいんですよね。患者さんの新しく始まる方の要素を見に行って説明しなくちゃいけないしとか、それで忙しいなというところがあったんですけど、
自分のキャリアの頑張り時という時に、結婚というイベントがあって、でも引っ越しとかそういうのはあるけれど、日常を回す上で子どもの葬芸とかそういうのがあるわけではないので、自分たちのことだけをやればいいと言われたらそうなんですけれども、
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やっぱり共同生活ということが始まるので、家事をどうするかという組み立てというのも新婚になったら出てくるじゃないですか。私自身が専業主婦の母に育てられたからというのもあるんですけれども、
でも全部自分がやらなくちゃいけないというふうにも思っていないし、夫も性格的にもすごく穏やかだし、夫婦共働きのお家で育ってきている夫なので、やってくれるはやってくれるんですよ。
だけど、やっぱり早く仕事を切り上げて、家でご飯を作って待っていようというようなモチベーションで仕事をするというのは、なかなか子どもがいない2人夫婦2人で新婚生活ってなると、そういうふうな仕事の仕方には男性ってなかなかなりにくいもので、
私に至っては仕事が早く切り上げられるときは切り上げて、なるべく自分でご飯を作るようにしたい。全然料理も今ほど、今はもうそんなにできるわけじゃないですけど、全然できなかったけれど、なるべくご飯は家で作れるようにしていきたいし、生活費もお惣菜とか外食とかもそんなにたくさんするんじゃなくて、家でのご飯をなるべく作るようにしていきたいなっていう。
それは私の価値観だったり、生まれ育った環境だと思うんですけれども、でもなんか、私がキャリアの頑張り時っていう化学療法の病棟を任されているっていうその状況下で、やっぱり夫は職場で、私が仕事を終わるのを職場で待ってるみたいなときが結構あったんでしょう。
夫は早く仕事が終わっていて、私はそういう大変な病棟を任されていた時期だったので、終わるのが遅くて、そういう時期も職場で待って、帰りにご飯を一緒に食べて帰ろうか、なんか買って帰ろうか、食べて帰ろうかみたいな。
でも私としては、家に早く帰ってご飯作って待っててくれる方がよほど助かるんですけれども、男性だからっていうか、でもそうしたいのは私じゃないですか。
そう、また待たれても、待ってたらまた外食代がかかっちゃうなとか、コンビニで買うにもまたお金がかかっちゃうなとか、でも自分が帰って作るほどの気力も体力も残ってないなとか。
なんかそういうことがあって、自炊したいのは自分なんだけれど、仕事がどうしても私が負荷が多いときに、夫がその分を早くやって担ってくれるわけではないんだって思ったときに、なんかすごく一旦すごい泣いたんですよね。
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それがチリが積もって、一旦すごい泣いて、やっぱり負担が自分にばっかり行ってるって思っていたし、そんな中で、でも自分が頑張っていることを上司がすごく率なくこなすよねって言ってくれて、
忙しい病棟だけど溺れることなく、上手く組み立てて無駄なく率なくこなすよねっていうところで、一定評価はしてもらって、なんとかその時期は終えたんですけれども、
でもその最初に抱いた、自分が早く仕事を終えてご飯を作って待ってるから、夜遅くまで、今頑張り時だからもう遅くまで仕事してきなよ、俺は家でご飯作って待ってるから先帰ってるねっていうふうには、
やっぱりなりづらかったりとか、妻が仕事が頑張り時だから、自分も仕事をそれだけ早めに切り上げてサポートしようみたいなふうにまで、男性が仕事の仕方自体をそういうふうにコントロールして仕事をするってことがやっぱりなかなか難しいんだなっていうのを、その結婚当初、その2016年の私は痛感したんでしょうね。
で、それを相手に求める。自分がご飯を作りたいんだったら、自分が仕事を早く終えなくちゃいけない。
で、それは自分が今仕事の頑張り時だから、相手に仕事が早く終わるように組み立ててほしいとか、しかも同じ職場だから、どんなふうに仕事を組み立てて仕事をして、
どれぐらいの手順でとか、そういうこともお互い分かってしまうっていうのも、ある意味デメリットだったりしたんですよね。
私から見たら、私の方が大変な病棟をってちょっと心の中で思ってたんですよね。正直に言うと、私の方が大変な病棟をやっていて、私の方がよほど忙しいのに、
なんでこんなに時間かかってるんだろうって思って、もっと効率的にできるはずなのに、こんな時間まで遅くなって、結局私は月曜日とか週明けかなり忙しくやっていて、
金曜日になって患者さんが割と退院していて、無事抗がん剤を終えて退院していくっていう時には早く帰れるようにして、早くパッと帰ってご飯をなるべく作るようにしているのに、
それを今日も忙しかったって言って帰ってくる夫に対して、忙しいんじゃなくて仕事のやり方が悪いんじゃないのって心の中では思ってしまうみたいなところが、
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同じ職場だから良くないっていうことと、女性のキャリアみたいなことを考えた時に、結局は仕事をしている女性がどんだけ仕事の頑張り時期が来たとしても、
家庭の負荷っていうのは完全に相手に渡すことはできないんだっていうこと、そしてその家庭っていうものが子どもがいないのであれば、
なおさら相手がそこまで自炊をしたいとか、綺麗な家で過ごしたいとか、選択は1週間に1回じゃなくて2日に1回回したいんだったら、
そういうふうに思っている人がやらなくちゃ、それを思っていない人に求めるっていうのはできないんだなって思ったら、
すごく自分のキャリアっていうのが結婚するっていうことによって、女性っていうのはすごく不自由になるもんだなって思ったんですよね。
しかもお弁当を自分自身が作って持って行っていたんですけれども、自分のお弁当だけ夕飯の残りを詰めて行って、夫のお弁当は当時作っていなかったんですね。
そうすると職場の結婚の上の上司から、あれ旦那さんはお弁当じゃないのに、私だけかよさんだけ、奥さんと奥さんで夫婦で同じ職場だから、
君だけお弁当なんだね、旦那の分はないんだねってちょっと冷やかしでね、笑いなんですけど言われるわけですよ。
でもそれって逆だったらそんなこと言われないじゃないですか。
こういうのが女性としてのキャリアもそうだし偏見、ちょっとした冗談ではあるし、それを私は深く傷つくようなキャラでもないので、全然笑い話にできるんですけど、
でもそういう笑い話の中にもアンコンシャスバイアス、無意識の偏見ってやっぱりあるなってふうに思ったのが、その本当に10年前だったなと思います。
そこから子供が生まれるときには少し病棟、違う病棟で外科の方に移動になって、出産したらまた別のもうちょっと緩い部署に行って、
やっぱりそのとき、出産する前まではまた頑張り時、自分がすごく評価されてたけれど、なかなかそういうふうにまたそういう働き方が難しいっていうのも自分でも分かっていたし、
そこまでのモチベーションがどんどん削がれていくことも分かったんですよね。
女性として家庭もやっぱりうまくやりたいし、子供も産んだらやっぱり子供が戻ってくる前は絶対もっと頑張りたいと思うけど、戻ってきたらやっぱり子供が大切になって、
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あるとき、自分のキャリアに、これは10年前ではなく、子供が産まれた後ですね、復帰したときに、子供が熱を出して、夫が休むか、私が休むかっていうその2局のときに、
夫にね、私が休んでも誰も困らないよ、だから休んでも大丈夫だよ、そういうふうに声をかけられたんですよ。
私が休むか、夫が休むか、同じ職場なんだけれど、私が休んでも誰も困らないよ、代わりはいるから大丈夫だよって言われたんですね。
それは夫にとってはすごく優しさの言葉掛けだったんですけれども、私にとってはある意味すごく残酷な言葉で、
かつては子供を産む前、結婚する前は、私はすごく認められて、誰も任されてなかったベテラン上司がいる、そこの病棟を一人任された、唯一任された人材。
今でも私以外、その上司と私以外、そこを担当したことがいないぐらいに誇りを持っていたけれど、今や子供を産んで、私が休んでも誰も困らないって、それが反論できない自分もいたんですよ。
そう、だって客観的に見ても、やっぱり私には代わりがいて、私が休んでも代わりはいて、夫は未だに病棟を任されていたから、夫が休んだら病棟の看護師さんが困ってしまうっていうのが客観的にも、そりゃそうだって思えたんですよ。
でも、反論できるのはまだしも、客観的に見ても、やっぱり私の代わりがいるんだって思うと、それってすごく絶望でもあるんですよね、女性のキャリア的にも。
いやなんかすごく、そこから、かつて自分はそうだったけど、夫はコツコツと、あれだけ自分の中では仕事の仕方が悪いなとか、もっと効率的にできるのに、効率的にやれば家でご飯作って待ってられるはずなのにとか思っていても、なんか調べものを。
すいません、娘が帰ってきたので、ちょっと一旦中断したんですけれども、ちょっと今日は超対策ですね。長くなっちゃうんですけれども、土日なのでちょっと興味ある方だけ聞いていただければなと思います。
ここで大事なのって、夫がどうとか、私の女性のキャリアがどうっていうよりは、現在地が下になったとか上になったとか、なんかそんなことではなくて、やっぱ自分自身が自分の今のキャリアに自信があるか、というか自己効力感を感じられてるかっていうことだったと思うんですよね。
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そう、だから岩谷恵子さんというスタイフでご一緒させて、朝活コミュニティ、朝木美希さんの朝活コミュニティでもご一緒させていただいている、コーチングをされている岩谷恵子さんも最近ね、夫婦関係のお話をされていたんですけれども、それとちょっとすごく共通していて、夫は変わっていないんですよ。
夫は仕事の仕方も変わっていなかったし、変わらず家族に対しても優しく接してくれるし、私にこうすべきだとか、ご飯を作るべきだとか、そんなことは一切言っていなくて、ただコツコツと仕事をして、信頼を積んでいて、論文も出して、それが論文化されて、で転職して、でなんかそういう、なんだろう、尊敬してるんです。
夫のことはすごく尊敬していて、ただ私自身が夫と同じ職場だったから、結婚したことによって、その夫の仕事のやり方に私自身が不満を持ったり、もっと自分自身は、なんだろう、ご飯を作ってほしいとか、なんかそういうキャリアと仕事を両立させる仕事の仕事術みたいなことを
なんかちょっと違うんじゃないかとか、なんかその自分がそうしたくて、ご飯も作りたいし、仕事も頑張りたいみたいなところだったし、その夫から声をかけられたときに、私が休んでも誰も困らないよ、代わりがいるよって言ってくれた、その夫の言葉自体に自分は確かにそうだって思う気持ちと、それと同時に感じた絶望感。
自分のキャリアは誰でもできる仕事で、夫の仕事は買いが利かない仕事だっていうこと自体が反論もなく、確かにそうなんだけど、そうなると自分自身の機能価値みたいなこと、仕事のキャリアがそれだけ差がついてしまったというか、自分自身を認められなくなってしまったんでしょうね。
確かにそうだと思ったら、じゃあ私って何のために薬剤使用しているんだろう、なんかそんな風に思ってしまったんでしょうね。横並びだったはずなのに、みたいな。
で、だけど、母親の代わりはいないって言われるのも別に嬉しくない、みたいな。夫の代わりはいなくても、ママの代わりはいない。あなたしかママの代わり、ママの代わりはいないからママとして頑張りなさいっていうこと自体に、自分自身が深底満足できる、自分ではいられなかったっていうところにすごくモヤモヤを感じていたんでしょうね。
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で、それが母親としての人生、その人格、母親としての自己効力感みたいな、この家族の役に立っている、家族が安心安全に暮らせるように家事をして、
お家をきれいに整えてっていうことだけに、深底自分の存在価値っていうか機能価値を感じられていたら、もっとそれで良かったかもしれないんだけれど、そこにも満足感がなく、
だけどキャリアも代わりがいるって思っているから、目指す場所が違くって、夫はゴツゴツやっていて、でも誰にも強要されてないし、こうすべきって言われてないのに、自分自身ずっと暗闇にいたんですよね。
キャリアをどうすべきか、薬剤師としてどうすべきか、でもこうしたいみたいな、自分の何か、どこに向かっていいかわからないし、だけどやっぱり家族も大事だけど、そう夫何度も言ってますね、夫とこれだけの差がついてしまっているというか、
だけどもう病院の中で再び責任のある病棟を一人で任せられるような位置に、もう一度そこに行きたいかと言われると、そうでもない、ちょっとそれも違うみたいなところで、
めちゃくちゃこの10年前の結婚を機に、女性としてのキャリアと最前線で頑張っていたみたいなところから、だいぶ自分としてどこに向かっていいかわからなかったっていう、2016年から、2016年がその最初のスタートだったなというふうに思うんですよね。
本当にね、それってだから自分の中で起きていることなんですよね。自分自身がそれを価値と思えるか、役に立てている、その自己効力感を感じられるか、そして自分自身を認めてあげられているのかっていうこと自体が全部問題を引き起こしているんだなというふうに思いますね。
それって本当に私だけじゃなくて、女性みんな本当そうだと思っていて、私はたまたま結婚というフェーズと出産というフェーズで、大きく女性としての生き方だったり、今後のキャリアだったり、そしてさらに夫と同じ職場だったから、それをまざまざと差を見てしまった。
そして自分の仕事は誰に誰も変わりがいるっていうか、自分じゃなくてもいいっていうのを感じてしまった瞬間からもう閉ざされてしまった。
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マミートラックを走っているような感覚だったなというふうに思ったんですよ。
でもね、私だけじゃなくて、最近同期と喋ったんですけど、同期は結婚はしていなくて、一人で本当に前線を常に走り続けている、めちゃくちゃ尊敬できる同僚なんですけど、同期の女の子ね。
めちゃくちゃそれだけ頑張って一線を走っていても、このまま走ってていいのかなって悩むというふうに、ふとロッカーの前で教えてくれて、
いや、これだけ頑張って、それだけいて、変わりがいない、もう唯一無二のキャリアを歩んでいるようなめちゃくちゃ優秀な同期でも、このまま当直して、日勤もして、年末年始も働いて、この働き方をいつまで、
自分の40代を目前とした私たち女性が、いつまでこの働き方をしていられるんだろうか、これでいいんだろうかってやっぱり迷うっていう話を聞いたら、
私は、私だけの問題じゃなくて、みんな女性は必ずこの40代を手前にして、悩む時が来る、この30代に悩む時期が来るんだなって思ったら、
やっぱりその、なんだろう、そういうもんだって思いたいですよね。イヤイヤ期みたいに、そういう時期が来たのかみたいな、後年期みたいにね、キャリアモヤモヤ期が来るんだなって思ったら、
なんか全人類の問題だなって思ったんですよね、そう。自分自身はそれが今、副業と発信を始めて、今ようやく夫が何か成功したり、キャリアで何かうまくいった時に本当に応援できるし、応援される、そして自分自身も
キャリアを健やかに歩めているのは発信を始めたから、そういう、これ自分自身でいられる、自分自身を認めてもらうって、認めてもらえる場所や応援してもらえる場所、誰かのお役に立てるっていう場所が薬剤師以外で、この場所に今あるっていうことが
副業っていう金銭的な価値よりも何よりも、この自分自身の、私が休んでも誰も困らないよって言われた、その日からその時に感じた絶望と確かにっていう、その閉ざされてしまったキャリアから
そこから一筋の光のように、今認めてもらえる人がいるっていうことと、何かお役に立てることが他にもあるかもしれないっていうささやかな希望、それは月に5万円稼ぐとか月3万円稼ぐとか、何かそんな金銭的価値よりも大きく
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私に希望をもたらせて、もたらしてくれた出来事なんでしょうね。この発信を始めてからという、今まで何か夢中に走ってきて楽しくて続けてきたことではあるんですけれども
何か同じようにね、多分みんな悩むと思うので、何かその変遷を、ちょっとこんな対策30分近くもちょっとしゃべっちゃったんですけれども、興味のある方、そして同じようなもやもやを
結婚や出産や、何かキャリアの断絶、介護かもしれないし、何かそういうことを感じても、まだなお変わりたいって思えば、その絶望の時があったけど、やっぱり変われるって、まだ私もまだ途中ですけどね、全然まだキャリアの途中ですけれども
まだ諦めてないんで、諦めてはないんですよ。そう、だからまだ大丈夫。そんな気持ちが、今ここから変えられるっていうふうに、まよもやもやしても、まだここから変われるっていうのを自分自身が証明していけるような人生にこれからねまたしていこうかなと思ってますので
40代にここから輝いている女性たちの働き方みたいなのを最近は探したりとかそういう方を見つけたりするのもとっても楽しくてですね
私もまた誰かのそういう希望になれるように自分自身もまた走っていこうかなと思っております。はい、ここまで聞いてくださった方がいたら本当にありがとうございました
はい、それでは皆さんの10年前はどんなキャリアでしたか?あとは10年前に、10年前じゃなくても何かキャリアで私と同じようにもやもやや
何かこの先に何か感じたもやもやというか絶望とか暗闇とか感じていたり、このまま走ってていいのかなって成功しているように見えてもみんな悩んでるんだなみたいなそんな経験はありますかね
自分自身が自分を認めてあげられる、そして誰かのお役に立てる社会とつながれるみたいなことがやっぱり自分には必要だったんだなっていうところ
それがやっぱりお金よりももっともっと自分を救ってくれた何よりも大切な発信し始めてからの5年でしたね
そして結婚してからの10年でしたねっていうところでした。はいここまで聞いてくださってありがとうございました。はい、カイホでした。またねー
最後、まだ喋るんかいって感じなんですけれども
私の好きを形にする発信講座もそうですし、自己紹介リールを作ろうもそうですし
30:00
なんかそんな全ての自分はそういう女性少し変わりたいとかもやもやしてるけど何か発信で変わるかもしれないっていうその一歩を進みたい方のやっぱりお役に立ちたいんだなっていう
その自分の救いたい人、北極星が少しわかったような気がして
そんなもやもやから何か一歩を踏み出すためにはこういう発信とかインスタグラムもスタイフもすごくいい選択肢の一つだと思います
ノーリスクで始められるし家でも始められる
介護をしながらでも子育てをしながらでも一歩踏み出せるんですよね
手軽に始められるけれどやっぱり続けるのは難しい
一人だと迷ったりとかどうしたらいいのかなって迷う時がたくさんあるからこそそんな方のお力になりたいというふうに思います
そのもやもやの晴れる何かのきっかけに発信を何か始めたいっていう方の助けになれればなというふうに思って
ここからスキーを形にする発信講座の2期スタートしていこうと思っております
はいでは開放でしたまたねー
31:21

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