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専業主婦にはさせてあげられないと言われて始まった私のプランB
2026-10-23 15:10

専業主婦にはさせてあげられないと言われて始まった私のプランB

質問をもらいました(夫にw)
⇩
なぜ、元々はのらりくらり会社員タイプなのに
薬剤師だけじゃなくて、自分のサービスを作ろうと思った大元のきっかけはなに??

と朝から夫婦で話していて、
話は10年前、、
私はあなたに
「専業主婦にはさせてあげられない」
と告げられて結婚をしました

というところからスタート▶️

私は働きたいわけでも働きたくないわけでもなかった。
選択肢Bが欲しかったんだ

朝から爆笑して
今となってはあの時の夫に感謝しかないなぁ☺️
---
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00:05
こんにちは、かいほです。毎日10分で好循環に変わる。 今日はですね、質問をいただきまして
なぜ私が役剤師として働いていく中で、自分で仕事を作りたいと思い始めたのかっていうことですね。 もともと学生の時や働き始めたことは、一切1ミリたりとも自分で仕事を作るとか
そんなことは思い描いていなかった。 本当に誰かの流れに乗っていくような社会人だった私が、自分で仕事を作りたいと思い始めたのかという質問をもらいまして
その本当の最初の最初のスタートっていうのをちょっとね、お話ししてみようかなというふうに思っております。 よければ最後まで聞いていってください。
この質問をくれたのは夫でして、夫かいって感じですよね。 わが家は朝よく夫と2人でね、お話をよくするんですけれども、夜がねなかなかバタバタしてて話す時間がなく1日が終わってしまうので
朝ですね、子どもたちの送り出しをする前とかだったり、主にキッチンでですね、キッチンで話をすることが多いんですけれども
そこの時に私の今の自分業の悩みだったりとか、お互いの価値観のことだったり、結構壮大になったりとか、哲学の話だったり、最近だと個人情報流、漏洩の話をしたりとか
そういうので夫婦で会話をするんですけれども、そんな時に夫が、もともと私って本当に会社の中でしか働くっていうキャリア自体を描いていなかった、割ともう受導型の人間だったんですよね。
それを時代も夫は知っているからこそ、なぜそういうあなたが、今自分で仕事を作ろうとしていたの、本当の最初って何だったんだろうね、みたいなことを聞かれまして
いやーよく聞いてくれましたねと。いい質問ですね、みたいな。そこから、さかのぼること10年前。私はあなたと結婚しましたと。
っていうところからスタートしたんですよ。ちょっとその話をね、スタイフでもちょっと思い出したのでしようかなというふうに思って雑談会ですね。
なので、もともと全然会社員としてもすごく積極的に仕事を取りに行くようなタイプでもない私。
さらに会社員の中で自分がやれる仕事他にもないですか、みたいな前のめり系のやる気ある系の会社員でもなく、本当に指示通りに動く。
要領よくやってなるべく早く帰りたいぐらいの感じのね、会社員からでも自分で仕事を作るようにできるんだよっていうところ。
っていうのも希望になるかもしれないと思ってね、ちょっとお話ししてみます。
03:03
遡ること10年前、私は夫と結婚したんですけれども、忘れもしないその婚約した次の日ですね、プロポーズされて、私は次の日に夫からあることを告げられます。
何かというと、結婚が決まったけれど、君に専業主婦の未来を渡すことはできないからそこは申し訳ないと思っているんだけれど、
一緒に頑張っていこうね、みたいな感じだったわけです。
専業主婦にはならしてあげられないけれど、っていうその一言が私を崖から突き落としたわけですよね。
結婚する時って、自分自身がその先働くのか働かないのかとか、どれぐらい自分たちに資産がお互いあるのかとか、全くわからないし興味もないし不安とした夢物語で
結婚できたわーい!ぐらいの感じだったんでしょうね。28の時ですかね。
で、そんなところからですね、婚約した次の日に崖から落とされるわけですよ。
あ、私は働かないという未来はもう与えられていないんだ、っていう絶望ですよね。
そこから話はスタートするって言って、夫と朝から大爆笑して、そこかーいって言って。
でもなんかその話を10年越しに今笑い話にして、でもそれがあったから、あの日があったから、私は今楽しくて大変で苦しくて楽しくてっていう今のキャリアにたどり着いていけるから
本当にね感謝してるっていう話までできて、本当にね人生はあの伏線回収だなというふうに思うんですよね。
そう、そんな専業主婦の母に育てられた私は結婚、彼と結婚して、大好きだった彼と結婚して、
いつか子供が生まれたら私は母みたいにもしかしたら専業主婦になるのかもなーぐらいの、そこまで具体的にも思い描いていない。
もう僕は結婚式場はどこにするのかなーぐらいに夢見がちだった私は、婚約した次の日に崖から突き落とされたんですよ。
私は定年するまで一生働き続けなければいけないんだっていうある意味絶望ですよね。
で、そこから働いていて一人目の育休中に覚えてますけども、高校の友達と同じ育休を取っている仲間たちと会っていた時に
今育休中で私たちお休みしている、仕事お休みしているけれど、ここからまた復帰して、このお休み期間を経てまた復帰したら
私はもう65歳まであの大学病院で65歳まで居続けるんだ、毎日薬剤師としてあそこで働き続けるんだって、
06:01
もう未来が予想できちゃったわけですよね。
ああ、あの上司みたいな感じで40代になって、あの上司みたいに50代になって、あの上司みたいに60代になるのか、みたいな感じですよね。
めちゃくちゃそれが絶望で、最初に味わった絶望は専業主婦になれないという、働かなくてはいけないという絶望。
そして専業主婦にしてあげられるように、俺は頑張るから、とか転職するから、とか副業するからっていうこともなく一緒に働こうね、
この先も一緒に働こうねっていう宣言だったわけですよね。
でもそれは夫が朝ね、いやもうその期待感の目を早めに積んでおかないとね、とか言ってて、それも朝から大爆笑ですよね。
もう面白くって、そう。
まあなんかね、すごいお金に困っているわけではないんだろうけれども、
やっぱり安心したい、収入経路が夫の家庭の中で、自分だけに頼ることなく、やっぱり2つ収入経路があるっていう方が安心だっていうのは、
夫が育った環境が統合働きだったから、だからこそそれが彼のスタンダードだったと思うし、
それに自分もよく考えたらね、客観的に見たら自分も働いた方がいいんだなというふうに思っていたから、
そうせざるを得なかったんでしょうね。
で、結婚する10年前に一生働かなくてはいけないんだっていう絶望、
そして育休中に感じた、これを復帰したらこの大学病院で65歳まで、ひたしは死ぬまで働かなくちゃいけないんだっていう絶望を感じていた
育休中で、そこで2人目に出産した時に読んだ、お金の大学、梁学長のリベ大の本ですね、
それを本当に息子が生まれて、申請時まだ1ヶ月も経ってない時に読んで、衝撃を受けるわけですよね。
働いても働かなくてもいい自由を手に入れるっていう働き方、いわゆるファイヤーっていう考え方が世の中にあるんだっていうこと、
働くも働かないも自分で選べるっていうようなフェーズがあるんだっていう概念を知ったんですよね。
それまでの私は働かなければいけない、働かないという選択肢が結婚した時から私には与えられていなかったわけでしょう。
でもそんな転修感覚とかではないので、全然自分が病気になって働けないとかっていう時も全然あってもいいっていうふうに夫も自身も思っていると思うし、
そこまで強制力のあるような関係性は全然ないんですけれども、いわゆる私の受け取り方としてはやっぱり私客観的に見てもね、
私も働いた方が家庭には余裕があるだろうし、その先の選択肢、子どもたちの選択肢もたくさんあるから夫が言うように、
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私は働かないという選択肢はやっぱりない、不自由だったんですよね。
そこから選べるの?みたいな、働くか働かないか、選ぶことができる自分になれるのかもしれないって思った時にめちゃくちゃ希望だったんですよね。
それが、私が薬剤師だけしていれば、死ぬまで薬剤師として働いていけば、食べることには困らないわけですよ。
そして、全然適正のある場所がないっていうのであれば難しいと思うんですけれども、今の職場も今も私大好きで、人が大好きなんですよ。
だから適正のある職場にありがたいことに恵まれて、適正のある仕事だという自分がこなせる自分で、
死ぬ前でそのまま薬剤師として65歳まで夫が言うように一緒に働いていれば、それだけで生活していけるのに。
なのになぜ私は薬剤師以外の働き方も模索し始めたのかっていう、本当の最初はその先に自由が欲しかったからっていうところですね。
だから、働くか働かないかが問題だったんじゃなくて、自分自身に選択肢が欲しいっていうのが一番の原動力だったと思うんでしょうね。
これって何事にもそうだと思っていて、これしか選べませんっていう状況ってすっごい苦しいんでしょうね。
本当にそれが欲しいものだとしてもですよ。
それは対象物が本当に結構好き、結構いいかもって思えるものだとしても選べないっていうのっていずれは苦しくなるし、
じゃあここの会社がなくなったらどうしようとか、そういう不安ってあるじゃないですか。
私も働くことが大嫌いってわけじゃなかったし、働いている人たちも好きだったけど、働かないという選択肢が自分にはないんだっていう、その選択肢がないことが苦しかったんでしょうね。
だから自分が今ここまで少しずつですけれども、発信するようになって何か始めようって発信を始めて、ちょっとずつ少しずつ進んできていて、
やっぱり一番大きいのって、どんな人にも何かちょっと動けば選択肢が一つじゃなくて、選択肢Bとか選択肢Cが増えるかもしれないっていうことなんですよね。
当時の夫が私に、もう我が家は専業主婦になる未来はないから、申し訳ないけど一緒に頑張ろうねってその時に言った夫には選択肢がなかったんですよね。
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夫は当時大学病院で一緒に働いていて、転職するという選択肢も夫の中にはなかったし、副業するとか、ましてや起業するとかね。
自分の収入とかを増やすっていう選択肢が彼の中にはなかったから、彼の中でも選択肢は私と夫で同じ大学病院で65歳までずっと働き続けるっていう選択肢しかなかったと思うんです。
だからお互い選択肢Aしかないっていう状況がすごく苦しいんだと思うんですよね。
その中で一歩ちょっとでも行動することによって夫は転職をして、新たに環境を変えても大丈夫なんだ。
じゃあまた苦しくなったらまた選択肢Cがあるかもしれないっていうふうに思える。
そして私自身も今の大学病院で働きながらも自分の人生にプランB、プランCが浮き彫りになってきたことでもっとやりたいことが見つかったり、
死ぬまで働いても魂が震えるような仕事ができるかもっていう希望に新たに働くか働かないかの自由を求めてきていった私自身が
もっと健やかに誰かのためになってありがとうの対価でお金をもらえるような働き方に憧れて、
なんかそういう選択肢が広がったんでしょうね。
そうだからなんかちょっと違うかもなーって思ってる時って意外と自分自身の選択肢が1個しかない場合っていうのもあるのかもなーみたいなことが思うので、
そんな場合は自分の中のプランBを一つでも少し増やせるたびに、そんな大きなことじゃなくてもいいと思うし、
起業するとか副業するまではいかなくても、ちょっとインスタグラムをそれこそね、ちょっと始めてみるとか、
無料で何かのワークショップを開いてみるでも、プランC、プランD、なんかいろいろね、
つまみ食いしながら、そうするともっと先に夢が広がったり、ご縁が広がったり、なんかそんな風にして、
今はあの時の夫に、そして自分自身のもがいてきたあの時の自分に感謝だなーなんて風に思って、
こんな配信を撮ってみました、朝の夫婦の会話ですけれども、
夫だから、今もこんな風に笑い話にできるし、私も夫のことを尊敬していてね、
いつか一緒にお仕事しようよとかって、ちょっと私は最近夫を誘っているんですけれども、
ちょっとまだ無理とか言ってずっと断られて振られ続けているんですけれども、
そんな尊敬している夫と、私で繰り広げている朝のくだらない夫婦の会話から、
ちょっとそんなキャリアのこと、またちょっとキャリアのことになっちゃうんですけれども、お話ししてみました。
15:00
ここまで聞いてくださってありがとうございます。かいほでした。またねー
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