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【第109回】山﨑さん入社インタビュー前編|大企業→ベンチャーで上場経験→スタートアップCTO。今とこれまで
2026-08-03 35:06

【第109回】山﨑さん入社インタビュー前編|大企業→ベンチャーで上場経験→スタートアップCTO。今とこれまで

nocall最年長エンジニア・山﨑さんの入社インタビュー前編!趣味の「ヨーヨー」の話から始まり、フルスタックで開発を支える現在の役割、そして日本ユニシス(大企業SE)→SyncThought→上場を経験したFinatext→CTOを務めたMathmajiまで、18年にわたるキャリアの軌跡を語ります。組み合わせ無限大の「AI電話ならではの品質担保の難しさ」にも切り込みます。


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サマリー

本エピソードでは、nocallに新しく入社したエンジニアの山﨑康幸さんへのインタビュー前編をお届けします。山﨑さんは約18年にわたるエンジニアキャリアを持ち、現在はnocallでフルスタックエンジニアとして活躍しています。特に、システム全体のアーキテクチャ設計やインフラ、ソフトウェア以外の部分など、基盤となる部分を担当することが多いとのことです。また、お客さんが直接触れるウェブUI周りの開発にも携わりつつ、音声処理の専門的な部分は他のメンバーに任せることもあるそうです。 山﨑さんのキャリアは、日本ユニシスでの大企業SEとしての経験から始まり、その後、小規模なベンチャー企業であるSyncThoughtを経て、上場を経験したFinatext、そしてCTOを務めたMathmajiへと続きます。当初は安定志向だったものの、仕事を通じて楽しさを見出し、より自由に成果を出せる環境を求めて転職を重ねてきました。特に、ウォーターフォール開発からアジャイル開発(スクラム)への転換に衝撃を受け、その実践を求めてキャリアを積んできた経緯が語られました。 現在のnocallでの業務においては、中長期的なミッションと直近で必要な機能開発を並行して進めるほか、お客さんの通話プロンプト作成なども担当しています。AI電話ならではの品質担保の難しさについても言及があり、AIの非再現性や、通話という非同期的なプロセスにおける組み合わせの無限性からくるテストの困難さが課題として挙げられています。趣味のヨーヨーについても熱く語り、その奥深さとやりがいについて魅力を語りました。

自己紹介と最近のハマりごと(ヨーヨー)
ノーコールの佐藤です。 今日も、入社インタビューをやっていきたいと思います。
はい、では山﨑さんお願いします。 お願いします。
入社インタビューなんですけど、前回の大谷さんの回から少し変わりまして、前編と後編に分けることにしました。
前編では、山﨑さんのこれまでのキャリアだったり、ノーコールでの役割をお伺いしていこうと思います。
その上で、後編ではですね、山﨑さんがなんでノーコールに入ってくださったのかとか、これからどういうことをしていきたいのかっていうのを深掘ってお伺いしていこうと思います。
はい。
よろしくお願いします。
お願いします。
はい、ではまず最初に山﨑さんの自己紹介と、あと最近はまっていることを聞こうと思います。
私はわかってます。お願いします。
エンジニアとしてノーコールに入社しました、山﨑康幸と申します。
エンジニアリングはだいたい18年ぐらい、そのぐらい、約そのぐらい。
長い。
そう、長い長い。
私が生きてるくらい。
今、ノーコール最年長っていう感じで、入社させてもらって、っていう感じのものです。
よろしくお願いします。
お願いします。
はまってるものは、2年ぐらい前からずっとヨーヨーやってて、それをヨーヨーの伝道師としても、ノーコールに行ったっていうところではあります。
私も伝道されました。
みなさん、毎ヨーヨーを山﨑さんからもらってます。
そうですね。
加わってますね。
でも、意外に2年だったんですね。
2年ですね。
週末とかは大会とかに入れるんですか?
そうですね。大会というか、そういうコミュニティの集まりがあるんで、そういうのに行ったりとかすることが多いですね。
ありがとうございます。
ヨーヨーについて聞きたいんですけど、
ヨーヨーから?
ヨーヨーからやめます。
nocallでの役割とフルスタック開発
では、最初はノーコールでどんなことをしていますかっていうのを、もう少し聞きたいなと思ってるんですけど。
そうですね。ノーコールのエンジニア全般、そうなんですけど、フルスタックでみんなエンジニア、僕も例外にもれずフルスタックでやってるっていう感じですね。
で、特に私の場合、その経験上を、なんというか、システム全体のアーキテクチャー見たりとか、インフラのところとか見たりとか、
なんだろうな、いわゆるソフトウェア以外のところとか、あとソフトウェアアーキテクチャーの、なんかもうちょっと言ってる気がするな。
はい、なんかそういった、なんだろうな、下手さえするみたいなところを見てくる機会が多かったんで、そういうところを主にやらしてもらってるって感じですね。
なるほど。じゃあ、お客さんが実際、ぽちぽち触っていく機能とか、デザインとかよりかは、どっちかっていうと、基盤とかってこと?
そうですね。ただ、ちょっと今、社内で大きく電話するところの部分を見るかりと、さっき言ったお客さんが触るウェブのUI周りのところ、大体大きく2つ分かれてて、
僕はどっちかっていうと、ウェブUIの側やってるんで、その辺もやりつつ、音声のディープなところは後ろさんとか、前回の親さんとかにお任せしたりすることが多いです。
なんか、昨日お打ち合わせ、商談したお客さんがおっしゃってたのが、ノーポルのエンジニアの人、ほんとすごいですね、お客さんが欲しいもの全部わかってるみたいな、それって、何がいいんですか?何がすごいんですか?
お客さんの欲しいもの、何がわかってるって感じですかね。
全部わかってる。
はいはいはい、確かに、そうですよね、なんか、なんだろうな、一概には言えないと思うんですけど、よくエンジニアっていうと、役割としてセールスがいて、プロダクトマネージャーみたいな人がいて、
あとエンジニアがいて、みたいな横割りのレイヤーで仕事をしてると、どうしても社内SEというか、社内にいる人たちの意見をそのまま作るというか、で、なかなか現場感がつかないみたいなふうに言われることがあって、
はい、まあなんか、現実そういうタイプのエンジニアの方々もいらっしゃるかなとは思ってるんですけど、そういう場合だとそうですね、なんていうか、なんだろう、現場のニーズをしっかり把握できてないみたいな、現場っていうか実際使う人のニーズはもうわかってないよね、みたいなことは言われたりしますかね。
なるほど、ノーコールはそうではない。
あ、そっかそっか、逆か、逆のこと言わなきゃいけないのか、えっと、なんだっけ、えっと、逆で言うとどういうことか、そうですね、まあ、大谷さんもなんだろうな、すごい現場で泥臭いことやってきて、掻き上げでこうやってきてるみたいな感じの人でし、まあなんか、石山さんもなんかベンチャーで、少人数でやってきたみたいな感じですよね、はい、
大谷さんもなんか、結構ビジネス側に興味があったりとか、っていうところで、まあなんかノーコールで自然とそういう人が集まってるっていう感じですかね。
へえ、なんか商談とかお客さんとの打ち合わせとかに出てるイメージあるんですけど、エンジニアの方が出てるイメージあるんですけど、結構珍しいことなんですか、じゃあ。
どうなんでしょうね、なんかそうじゃないパターンもあるし、まあそういうパターンもあるんで、そうですね、まあ珍しい、どうなんでしょうね、なんか会社の規模とかにもよるかもしれないですね、ちょっと、はい、一概に珍しいかは言えないですけど、はい。
ちょっとノーコールのことを聞きすぎちゃってるんですけど、では具体的にというか、毎日こうどういったことをやられてらっしゃるのか、業務というか、目の前のことどういったことが多いですか。
そうですね、なんか最近働き方として変わってきてるなって感じるのは、なんかまあなんていうか、中長期的にやるべきミッション、なんかこういう機能作りたいっていうマイルストーンがあって、まあそれに向かってなんか進める部分と並行してその直近必要な機能というか、みたいなところが要望として上がってるんで、まあそこ解決したりとか、
あとまあ現場に出てるんで、そこでそのプロンプト、お客さんのその通話するプロンプトを作ったり、みたいなことを今並行でやってるって感じですね。
3つやられてらっしゃるんですかね。
まあそうです、まあ今AIがあるんで、その辺は多分なかったら無理ですね、さすがに。
エンジニアの現場理解とnocallの特徴
すごい、なるほど、めっちゃ理解できました。ありがとうございます。じゃあこっからはキャリアに関してお伺いしていこうと思うんですけど、出身は福岡ということで、あってますか。
あってます、あってます。
なんかそこから大学…
大学まで福岡にいました。
そうなんですね。
そうです。
そもそもそこから、なんかどういったきっかけでエンジニアになられたんですか。
なんかもともとなんかプログラミング他の人より得意やなとか思ってて。
えー、はい。
なんかそうっすね。
それで、なんだろう、そういう職人に就いたらいいんじゃないかなって漠然と思ってて、まあ、就いたっていう。
なるほど。
はい、流れです。
プログラム、プログラムを触るきっかけというか、どこで最初に触ったんですか。
そうですね、なんかプログラムっていうのを体系的に学んだのは、大学生からですね。
はい、で、なんか現体験というか、今思えば何得意だったのかなっていうのを思うと、なんか小学生の頃にゲーム作るゲームがあったんですよね。
ゲーム作るゲーム、はい。
それめっちゃやってて。
へー。
はい。まあ、なんかそこでいろんな、なんかアルゴリズムとか、そういうのを自然と身についたのかなって、しばらくたって思いました、エンジニアに関して。
なるほど。
はい。
えー、私もやっときたかったですね。
まあ、直接プログラムやったほうが早いですけどね、学ぶっていうか。
エンジニアになったきっかけと学生時代
ああ、たしかに。
なんか大学入ってても、なかなか普通の文系とか行ってたら触らないかなと思うんですけど、そういった、なんだよ。
あ、情報系の、はい、大学です、はい。
そうなんですね、なるほど。
で、あそこで就職とか、就職活動もエンジニア方向でやられてたってことですかね。
そうですね、なんか、なんか漠然とソフトウェアエンジニアがあるなとかいうのもわかってない状態で、
はい。
なんか、なんだろう、その当時僕なんか、そんな心出したかくなくて、
うーん。
なんかどっかおっきい会社に入って、
はい。
就寝雇用で、
はい。
なんか健全にというか、
うん。
はい。暮らしていきたいなみたいな、いうふうな人だったんですよね。
はい。
はい。まあそれでその、当時その、大学内で受けられる推薦で、すごい会社として安定してて、
なんか、なんだろう、まあ情報関係の会社っていうところで、
えっと、で、しかもなんかすごい、その、企業説明できてた方、
あ、てか、そこの会社あの、日本ユニシスって当時、今はビプロジーっていう名前ですけど、
さんの、そのそこの会社に最初勤めたんですけど、
あそこに来た方も、すごい会社のガッドホームな職場だよ、みたいな説明をしてて、
なんか、なんだろうな、ハッピーになりそうだなって思って、
はい、そこ、はい、受けたっていう流れです。
日本ユニシスでのキャリアと仕事への目覚め
結構おっきい会社で、
あ、そうですね、なんかめちゃくちゃでかい会社で、
ちなみになんか7年半くらい勤められてるって、見たんですけど、
あ、そうですね、そこに7年半、はい、いました。
長いですね。
あ、そうですね、まあなんか本当にずっとそこにいるつもりでいたので、
へー。
で、なんだろうな、で、なんか、まあ当時別にそんなに僕仕事好きじゃなくて、
なんか、なんだろう、いや、いやとかじゃなくて、フラットになんかお金稼ぐ手段としてやって、
で、で、なんか、こう仕事やっていくうちに、なんか仕事楽しいな、みたいな感じになってきて、
で、まあなんかシステム開発ってなんか楽しいかもなーとか漠然と思っていて、
で、なんかそんな折に、なんか、会社の企画というか会社の取り組みで、
えっと、コーチングみたいな、上司とコーチングして、あの、社員のモチベーション上げて、
その育成しようみたいな取り組みが一時期あったんですけど、
なんか、まあそこでちょっとピックアップしてもらって、で、上司がそのコーチングして、
まあ僕が本当に何がやりたいのかとか、まあそのためにどういうことが必要なのかみたいな壁打ちをすごいしてもらって、
へー。
なんかその結果なんか、こう仕事をするみたいなのってすごい実は自由なんだな、みたいな、
すごい何だろう、結果を出すためにこういろんな選択肢が用意されてて、みたいな、
なんかそういう、こうなんか抽象的ですけど、例えばなんか、その自分がやってる仕事で、まあ困ったときに、
なんか他の部署の人に助け求めたりみたいな、まあこれまでやってなかったけど、なんか、
まあそういうのやってもいいんだなとか、まあそういうふうにしてると、なんか仕事するためのなんていうんですかね、
できることも大きくなってくし、そうやってなんかこう成果出してくると、で、なんか、何だろうな、
まあ仕事の成果とかも出てきて、すごい仕事するのが楽しくなってきて、
へー。
で、なんかこうやってるうちに、こうどんどん、まあ調子乗ってきて、
はい。
なんかこう、何だろう、まあ当時その、SIRっていうその人のシステム、お客様のシステムを作るみたいなところだったんですけど、
で、その当時やってたのがECサイト、ECをやってたんですけど、お客様のECを作って、
で、お客様の要求を聞いて、なんかまあ作るみたいな、でも自分としては本当はこうしたほうがいいんじゃないかなみたいなのを思いながらも、
まあお客さんが何て言うんですかね、オーナーで、そっち優先でみたいな感じだったんで、
まあその後なんか、何だろうな、いろんなしがらみなくこう、自由にやったらもっと成果出せるんじゃないかみたいな、
へー。
思いがフツフツと湧いて、転職したっていう。
キャリアチェンジの動機:自由な開発環境とスクラム
その、何を聞いてそんないきなり、やっぱ成果出したろうって、なるんですか?
もともとなんか、そんなに向上心というか、はないけど、なんか目の前の課題というか問題を解決するのを、なんか真面目にやるみたいなのがすごい好きで、
へー。
そうなんすよね。なんかさ、こう、小学校とか中学校とか、まあ今は違うかもしれないけど、
はい。
僕が、小学校とか中学生ぐらいの時って、なんか学校行事とか真剣にやるのダサいみたいな、
ありました。
ノリがあったと思ってて、
でもなんか、自分はすごいそういうの真剣にやっちゃってて、
へー。
すごいこう、周りから浮いてるみたいなことがよくあって、でもなんか、会社って真面目にやっても、なんかむしろ褒められるみたいな、
そういうのがあって、結構仕事は真面目に取り組んでて、
っていう流れで、なんかプラスアルファで、なんか仕事の仕方みたいなところをもっと自由にできるって思ったら、なんかもっと楽しくなったみたいな流れですからね。
なんかその瞬間に、いきなり選択肢が増えると、あれなんで自分ってここにいるんだろうとか、何がしたいんだろうって、なんか逆に悩んじゃいそうだなと思ったんですけど、
何がしたいんだろう?
何だろう、今までは、まあ不意に働くっていうので、一定コンスタンスにやってたと思うんですけど、
急に何か成果出したりとか、その何か理想の姿があった時に、この環境で合ってんのかなみたいなこととか、
なんか、もっとこうなんじゃないかとかっていう不安とか不満とか、出てきたりしなかったんですか?
まあだから言い方変えたら不満だったと思いますね。
あ、そっか、さっきのやつが、はい。
一つ何か具体的な話で言うと、当時やってた現場っていうのが、そのウォーターフォール開発っていう、最初にこう、何ていうんですかね、要件を決めて、
えっと、まあその設計をして、作って、テストをして、お客さんに受け入れテストしてもらってリリースするみたいな流れ、まあ多分そうなんですけど、
それを何か1年とか半年とか、まあそういう大きいスパンでやるみたいな流れになったんですけど、
なんかそれだとどうしても、ちょっと長くなっちゃうんで話さないけど、何だろうな、本当に正しいものが作れなくて、結構苦しい思いをするなみたいなのがあって、
まあそういう時に何か、スクラム開発みたいな開発、まあ今当然当たり前にあるけど、
昔、まあわかんないな、当時なんか、当時の僕はすごいそれに衝撃を受けて、
へー。
はい。なんかそれで開発したら、めっちゃええもんできるやんみたいな、確信みたいなのがあって、まあそれをやりたかったっていうのが1つありますね。
スクラム開発、何ですか、すみませんわかんない。ちっちゃくちっちゃく切るみたいな。
えっと、まあちっちゃく切ってやるっていうやつのやり方の1つだね。
なるほど。あれ、今説明してくださったことの中に入ってました?スクラム開発。
えっとね。
やばい、まあ難しいから。
大きく言うと、そういう、何て言うんですかね、いいのかな、ウォーターホール開発みたいなのと、
なんか大体それに対するものとして、アジャイル開発って呼ばれてる言葉があって、
まあそれが大体短いインテレーション、1週間とか2週間とか1か月ぐらいで、どんどんリリースしていきましょうねみたいな。
考えがあって、その具体的なやり方として、まあスクラムって言われてるものがあるって感じですね。
じゃあ、それに出会って転職したっていう感じですか?会社を探して転職活動してた感じですか?
そうですね、はい。
すごい、そこで入った会社が、すごい真逆のような規模感ですか?
Finatextでの上場経験と自信の獲得
そうですね、シンクソートっていう会社に、サイト内検索をやってる、当時やっていた会社で、
もう社員が、なんか、まあマックス10人いたかいないかぐらいの会社ですね。
ノークワルドと同じような状況ですね。
そうですね。
そこで上場まで経験したって。
いや、違います。
その時は、上場はしてなくて、エンジニアとして働かしてもらってたって感じです。
あ、なるほど。上場まで経験してるのは、次の会社?
その次の、はい、フィナーテキストですね。
あ、そっか。
すいません、そこの写ったのは何でなんですか?
えっと、当時、シンクソートでバリバリ働いてた若いエンジニアの方がいて、
その方がフィナーテキストに転職して、あそこから誘われて、
ちょっと僕も悩んでんだよね、みたいな話を彼にしたときに、
じゃあ、うち来たらいいんじゃないですか、みたいなことになって、フィナーテキストに入ったって感じ。
え、そのフィナーテキストって、もうゼロからの会社ですか?
いや、
あ、この人も転職しててと。
そう、その先に彼が転職して、その後に僕が転職したって感じです。
いや、全く違いますね。最初は安定志向だったところが、どんどん変わってるんですけど、
なんでですか?
えっと、日本ユニシスにいて、そっからシンクソートに入ってもらったんですけど、
そのときの就活めっちゃ大変だったんですよ。
へー。
そのシステムエンジニアって呼ばれている職種だったので、
手を動かしてコード書けないっていうふうに見なされていて、
実際に未熟だったところもいっぱいあったと思ってて、
その世の中のトレンドとか理解できてなかったし、
てか、僕そんな勉強しないんで、
なんか、だったんで、なかなか受け入れてもらえる会社がいなくて、そういうちっちゃい会社で。
で、そういうときにシンクソートが受け入れてくれてって感じですね。
そこで結構モダンな技術とか、いろいろ吸収できて、
で、その流れでフィナテキストに入ってって感じですね。
で、そのときに結構、自分がフィナテキストにいるときに、
なんか周り見て、結構自分自信を持てたというか、
今の感じだったら、どこでもやっていけそうだなみたいな感じの気持ちになれて、
そっからですかね、エンジニアとして自信持って、
好き勝手生きよう、好き勝手生きようって言い方悪いけど、
なんていうんですかね、こう、自分が正しいと思う、目指そうみたいな気持ちになったのが、
それぐらいからですかね。
あ、そこでフィナテキストで上場まで経験したんですか?
そうですね、はい。
これすごい確率ですよね。
たしかに確率はすごいですね。
え、すご、なんかもう、めっちゃ楽しそうですけどね、この経験。
いや、めっちゃ楽しかったですね。
なんか、僕がすごかったっていうより周りがすごかった会社だったんで、
僕はなんか、ただ、やるべき仕事ずっとやってただけなので、
で、その後に、次のキャリアでは、そこではCTUになるっていうのを見たんですけど、
MathmajiでのCTO経験と業界不問のキャリア選択
あれ、違いますか?
1個ずつずれてる。
1個ずつずれてます。
フィナテキストでは、なってないです。
あ、その次のマスマジでCTUになられた。
あ、そうですそうです。
ここはエドティックですよね。
あ、そうです。
なんか、別にサービスはそこまで関係なく、みたいなところでずっとキャリア選ばれてるんですか?
そうですね、なんか声かけてもらって、
むしろ、何だろう、そういう業界選ばずにやるほうが楽しいなと思っていて。
へー。
業界変わったらスキルめっちゃ変わっちゃうとかってないんですか?
エンジニアは潰し切りやすいような気がします。
あ、そうなんですね。
多分、業界より。
なるほど。
だいたいその、やっぱりエンジニアだけじゃなくて、
そこの、例えば教育だったら、教育のスペシャリストの方いらっしゃいましたし、
あと、フィナテキスをやるときも、証券とか各保険とかのスペシャリストの方はいたので、
なんていうか、そういう専門知識がその方と一緒に、みたいな感じになるんで。
へー、すごい。
そこ、最初からCTUとして入られたんですか?
えっと、そうですね。
業務委託でやってて、で、そっからその、CTUもノリみたいな感じだったんですよね。
なんかその、当時その、えっと、なんていうんすかね、業務委託でやらしてもらってて、
で、何社かやってたんですよね、業務委託で。
で、そんな中で、なんかその、マスマジがジェトロの海外に進出する企業を支援する、
あの、なんていうんすかね、取り組みをやっていて、それにマスマジが採択されて、
アメリカに、1ヶ月から2ヶ月ぐらい行けるよ、みたいな、そういうのをやっていて、
で、その企画に、はい、で、そのアメリカに行きましょう、みたいな話になったときに、
まあ、なんかタイトルが必要だよねってなって、アメリカに行くの楽しさだと思って、
その時に、じゃあ僕CTUやりますっつって、CTUになって、入社決めたって感じです。
あ、じゃあ、取っ付けたみたいな感じってこと?
まあまあまあ、そうです。
その中でも、採用とか組織作りとかもやってらっしゃったことですか?
一応、はい。ただ、そうですね、社員増えたの、エンジニア1人とか、あとは業務委託だったんで、
そんなそんな、その、いわゆる組織とは違いますけど。
そこが、モンコリに入る前のラストキャリアですか?
そうですね、はい。あとは業務委託ですね。
キャリアにおける困難な時期と学び
あ、なるほど。じゃあずっと業務委託で、いろんなことをやられてらっしゃった。
業務委託の期間は、フィナテキスを辞めて、マスマジに入る前の半年間と、
マスマジを辞めて、農工に入る前の1年間だけですね。
業務委託って、なんか、エンジニアの方、結構やるの普通なんですか?
どうなんですか?まあ珍しくはないと思います。
なんかその、やられてた理由とかってあるんですか?
理由?
まあそう、ない。
なんか、次の仕事決まってないし、ご飯食べなきゃいけないからなっていう。
そうですね。で、結構マスマジの時とかは、1年間の時は、特になんか、なんだろう、結構、
なんだろう、思い入れというか、あって、出たらちょっと、
うまくいかずに、会社の規模縮小しないといけないみたいな感じで、
ちょっとなんか、なんだろう、思いつきったって言ったら、ちょっと表現として大げさですけど、
次何にしようとかもない段階で、仕事がなくなったんで、そうっすねっていう感じですね。
ありがとう。
え、なんかこのキャリアの中で、一番きつかった時期とかってあります?
どうしてもなんか悪い話になっちゃうからね。
あー、たしかに。
え、じゃあ、そこをもりかえって、学んだことみたいな。
そうですね。まあ、だいたい、すごいプロジェクトがあって、結構1年とかかけてプロジェクトやったりとかするんで、
最後やっぱ、追い込みとか大変なんですよね。
で、そのときに、まあ、何のときとかちょっと具体的には言わないですけど、
なんか、なんだろうな、頼れる人がいなくて、自分一人なんとかしなきゃ問題解決できないってなっちゃって、
そのとき結構しんどかったっすね。なんか、普通にただ頑張るしかないみたいな状況になっちゃって。
なるほど。誰も頼れない。性格的にとかではなく、もういないみたいな。
そうっすね。みんな、みんなもみんなアップアップなんで、だからなんか、頼れるわけにもいかないしなみたいな。
なるほど。そんな経験したら、もうスタートアップ嫌かもってなりそうだなって思っちゃったんですけど。
いや、でもなんか、なんだろう、そのしんどかった時期も、まあ、そのときはもう絶対、まあ、これ終わったらやめるとか思ってたけど、
まあ、終わるとなんか、やっぱ、よかったなみたいな、いい思い出だなみたいになるんで。まあ、別に。
確かに。うんうんうん。それはそうですね。
これまでの経験とnocallでの繋がり
じゃあちょっと、こっから、なんかこれまでのキャリアが、今のノーコールでの仕事に、なんかどうつながっているのかなっていうのを、ちょっと気になってて。
はい。
なんか、さまざまな業界乗り越えてきたと思うんですけど、あと、規模もいっぱいあったと思うんですけど、
はいはいはい。
なんか、今のノーコールで、つながってるなというか、ありますか?ざっくりとした質問なんですけど。
なんか、その、まあ、なんだろうな、いや、全部がつながってるなと思っていて、
うん。
まあ、入った理由にもなると思うんですけど、
はい。
まあ、なんか、僕がノーコールに入った理由の一つでもあるんですけど、なんか、まあ確実に僕がノーコールに入ったら、ノーコールの役に立つなっていう自信があったんですよね。
うん。
それって、なんか、自分がこれまでSIRとしてやってきた、こう、なんか、大きい組織の中で、組織だってものづくりするみたいなところもそうだし、
なんか、ヒナテキストにいて、なんだろうな、結構そういう、粒ぞろいの人が集まって、なかなかこう足並み揃えてやるのが難しいところを、なんか、足並み揃えてどうやってやっていくかみたいなところとか。
うんうんうん。
いろんなパターンの、なんか、苦しみを、なんか、味わってきてると思っていて、なんだろうな、まあ、それってやっぱり、そういう経験って、こういう時こうしたらいいよね、みたいな、開発に関してね。
っていう選択肢というか、みたいなのを自分はノーコールに出せるし、解決もできるなと思っていて、はい、っていう感じですかね。
確かに、その、組織の状況に応じてポジション変えるみたいなところ。
そうですね、なんか。
うーん、え、なんか、具体例とかって、パッとあったりしますか?え、聞きすぎなのかな、これって。
いやいや、全然全然。なんか、それこそなんだろう、あったのは、ノーコールの最初に業務委託で入ったときとかは、一応そのスクラムでやりたいって話はしてたけど、なかなかそのスクラムとして成立してないみたいな仕組みとしてあって、
で、そこをそのスクラムとして成立するように、なんか、だいたいなんかみんななかなかそういうドキュメントとか用意せずに直感というか、スクラムってこういうもんだよね、みたいなのを持ってやったりとかしてるんですけど、そうじゃなくてちゃんと、
なんだろう、各イベントで何を期待して何を作るのかとか、そういうのをちゃんと文章化して、みんなと合意とってやって、なんか、なんだろうな、そうやってみんなの認識とか期待感合わせてやるみたいなことをやったり、最初はしました。
すっごいわかりやすかったです。確かに、それやっちゃうとダメだよっていうのをわかってるからこそみたいなこともありますよね。
AI電話開発の難しさ:品質担保とテスト
しかし、なんか、山崎さん入られてから、開発のスピードすごいなとかって思ったりもしてますね。そういうとこもつながってるのかもしれない。
そこはまた、はい。スクラムとは別なんですけど。
なんか逆に、AI電話だからこそ、結構ここちょっと新しくてきついなみたいなのがありました。
そうですね。ありますね、ほんとに。AIでもきついのに、電話でもまたきついのがあって。びっくりしてます、なんかほんとに。
AIできついっていうのは、どういったところなんですか?
なんか、みんなわかると思ってるんですけど、なんだろうな、結局何入れたら何で売ってるのに、100%の再現性がないから、それを評価するって、何みたいな、そういう難しい問題ありますよね。
確かに。
結局その、はい。開発を続けていく中で、今ほんと1日2日に1回リリースしてますけど、そのときのクオリティをどうやって担保するの?みたいな、評価するの?みたいな、すごい難しいし。
はい。で、通話っていうところも難しくて、結局その、同期的な、すみません。
なんか順番があって、これ言って、これ言って、これ言って、これやるみたいな感じじゃなくて、なんか、AとBの、なんだろうな、話して、それをLLMが処理して、テキスト出して、そのテキストを、からその音声にしていくみたいな流れじゃないですか。
その流れも、なんか、順番ずつやってるわけじゃなくて、なんか、音を聞きながら、途中の状態で1回LLMを流して、みたいなことをやってたりとかしてて、
つまり、なんか、なんだろうな、そこで起こりうる組み合わせみたいなのが、すごい、組み合わせでいうと無限みたいな組み合わせがあって、っていうところの、なんか、なんだ、テストの難しさというか。
なるほど。
うん、そうですね。状況を再現するというか、状況すべてチェックできないっていうところで。
人間によりますもんねってことですよね。
まあまあまあ、確かに人間にもよるし、今おっしゃった通り、喋るっていう、なんか、なんだろうな、そうっすよね、いろんな組み合わせがあるものをテキストに残すのをとって一つでも全然、なんか状況とかによって全然違うし、みたいな、なんかそういう、保証するのはすごく難しいな、みたいな、しかもそれがAIと組み合わさってて、なんか、やばいなって思ってます。
めっちゃすごくわかりやすかったです。
確かにめっちゃ大変ですね。
ヨーヨーへの情熱と奥深さ
うーん、銀行のお金とかって、すごいシンプルというか、間違いないために、これして、これして、これするっていうのがしっかりバシッと決まってるんで、なんかテストしやすいんですよね。
なるほど。では、ちょっとこれ以上聞きすぎちゃうと、山崎さんがノーコールに入った理由とか、これからどうしていったいのかみたいな、後編で聞きたいことを深掘っちゃいそうなので、
最後にどうしても気になってたことが一個だけあって、
なんでヨーヨーにハマったのか。
なんでヨーヨーにハマったのか。
その、ヨーヨーって、なんかちょっとやってみるみたいな感じにやることありますけど、ああありがとうありがとう、はいって返すぐらいなんで、そこからなんかこうくるくる回すとこまでやりたいと思ったところって何があったんですか。
いや、やっぱヨーヨーって素晴らしい遊びというか、で、なんでしょうね、なんかすごく奥が深いあれなんですよ。
例えばなんかヨーヨーってこう一つとっても、なんだろう、こう紐がつながって、ヨーヨーと紐がつながってないやつとか、ヨーヨー二個使ってみたりとか、
あとヨーヨーの指にこう紐かけるんですけど、紐かける代わりにお盛り付けるとか、そういう感じでバリエーションもすごい多いですし、
その一個一個のバリエーションに対しても、すごいその、いわゆるその糸をどう絡めてどうほどくかみたいな話なんで、すごいバリエーションがあって、
やっぱそのヨーヨーのもさんみたいな人たちはいるんですけど、その人たちももう一生使ってもやりきれないみたいなことを言ってるぐらい、ヨーヨーって奥深くて、
なかなかない、いやなんかほんと一年、もうずっと一年二年たっても、こんなこと、こんなことがあるんだ、こんなことがあるんだっていう学びがあって、すごいやりがいがあるなって思ってます。
なんかヨーヨーのほうが熱量高かった感じなんですけど、なるほど、すごい、じゃあいつか山崎さんの発表見に行きたいですね、メンバーで。
では、いったん前編はこのへんで終わります。ありがとうございました。
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