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こんにちは、こんばんは、まさ丸です。
今日は、人に頼る、人に助けてもらうということができるようになったというお話です。
いつぐらいかな、もう何ヶ月か前とかだと思うんですが、半年は前かな。
私はもともと持病があって、一番ひどい時がもう10年以上前とかですけど、それでちょっとずつは回復してきてたんですね。
ただ、こう上り坂みたいにスーッと回復っていうことはなくて、まあいい時があったり、悪くなったりっていうのの繰り返し。
それでもちょっとずつは、まあマシになってるのかなっていう感じでした。
だけど、その半年ぐらい前かな、その時にいろんな症状が一気に出てて、しかも改善法もわからないとか、方向性もわからないとか、どうしたらいいかわからない。
で、症状自体もつらいっていう、泣き面に鉢がいくつも重なってるみたいな、そういう状況になってた時があって。
で、病気を長く、長煩いの人ってやっぱりわかると思うんですけど、精神的にもかなりやられるんですよね、メンタルが。
そういうメンタルケアがあるぐらい、メンタルがやられちゃうんですけど、私もそれで一つ一つの症状とかは、ある意味慣れてて、対処したりもしてたけど、
あんまり長いとか、改善がこのままでいいんだろうかとか、いろいろ考えちゃったりもして、精神的に参ってたんですね。
で、その時に初めて思ったことがあったんです。
それが、もう私は一人で頑張りたくないって、すごい強く思いました。
なんでそう思ったかっていうと、私から、その時の私から見ると、周りの人は普通に食べることができて、仕事に行くことができて、いろいろ毎日の活動ができてる。
夜、仮に眠れなくても、痛みが眠れないぐらいとか、唸っちゃうぐらいの痛みがあるわけでもないとか、
それぞれ皆さん悩みがあったとしても、その時の私から見ると、そんな風に見えちゃってたんですね。
で、そうなると、なんか、私一人で頑張ってるっていう感覚に陥ってて、
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実際に、この体の状態、痛みだったり苦しみだったりっていうのを共有することは当然できないですし、
自分なりに調べたり、改善法を試したりっていうのを何回も何回もトライ&エラーで試してきてて、
私の場合、薬がダメ、効かないとか、一般的なやり方だとむしろ毒になるみたいなことの方がはるかに多いから、
もう自分で探していく、手探りでやっていくしかないんですね。
で、それがもう10年以上とか続くと本当に辛いなって思って、ある時爆発してたのがその半年ぐらい前で、
その時に、もう私は一人で頑張りたくない、一人で頑張らないって、僕はすごい決心したんですね。
思い返せば、この病気になる前とかもそうなんですけど、割と一人でやろうとする、頑張ろうとするところがあるんですね。
人の力を借りようとしない。
本当に学生の頃とか10代とかそれぐらいの頃もそうなんですけど、
人に助けてもらうっていうのが、なんか借りを作ってるような気分になってて、
プライドが高かったのかもしれないですけど、その一人の力でやりたいとか、
私一人でできるだけの力をつけたいとか、自信をつけたいっていう気持ちがすごく強かったんだと思うんですけどね。
だから、人に心を許すっていうこともなかったし、
悩みでも家族とかにも相談せず、一人で抱え込むタイプで、何とかして一人で越えようとするんですけど、
それがやっぱり長くは続かないですよね。人生いろんなことがあるし、
徐々に徐々に心と体に支障をきたしてきて、それで病気発症とかにつながってるんですけど、
私はそういえば全然人を頼ってきてなかったなと思って、そもそも人を信じてなかったんだなって気づきました。
特に病気になってからは、病院に行くと私の症状を知らない、わからないっていう病院の医者ばっかりで、
だいたい前例がないとか、対処法わからない、原因もわからない。
一番やっぱりひどいなって思うのは、治らないとか、面倒向かって言われる。診断下して終わりみたいな。
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とりあえずの薬は出されるけど、私が花瓶なんですって伝えてもあまり聞き入れてもらえないんですよね。
そういうのを繰り返していくと、やっぱりどうやってももう一人でやるしかないっていう風になっていっちゃったんですよね。
脳が学習したというか、他の人は頼れない。病院も頼れないし薬も頼れないし、
そもそもの医学、西洋医学に対する不信感っていうものとかがすごい募ってきちゃって。
それで、家族とかもちろん当然支えてくれてはいるんですけど、基本的には自分で調べてやっていくので。
そんなこんなで、今に至ってたんですね。
なんですが、先ほど言ったように、もう私は頑張らない。頑張りたくない。
自分で無理して頑張らないといけないところは、誰かに助けてもらおうって初めて思って。
それで、無理するとか頑張るがデフォルトになってたから、ちょっときついな。
でも頑張ればなんとかできるのを、その頑張ればの部分を人に頼ってみる。
助けをお願いしてみるっていう風にしてみました。
すると、みんな心よく助けてくれるんですよね。
もちろん無理なんだいとかは言ってないっていうのもあるんですけど、
普通に助けてくれるし、そしたら自分はずっと心地よい状態で、相手も自分も心地よい状態で生活していくことができる。
自分で一人で無理してた時は、全部抱えちゃってるので、途中で爆発したりするんですよね。
私こんなにきついのに、みたいな。
そういう感じで周りの人にちょっと責めるような気持ちを持っちゃったりとかね。
それがまた自分の体に悪影響を及ぼすっていうことの繰り返しだったんです。
だけど、あれ人って私が助けてとかお願いって言えば、手を伸ばせばその手を握ってくれるんだ。
助けてくれるんだっていうのが、すごい新鮮な驚きだったんですね。
そんな感じで、それまで生きてきた癖、思考癖っていうのがあるので、やっぱり自分で頑張ろうとするところとかあったんですが、
でも本当に強烈に私はもう頑張らないって決めてから、もう結構ガラッと変わって。
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意外と面白いのが、ちょっときついな、でもこれやっといた方が後々のためになるかなとか、
明日の自分が楽かな、みたいなことを考えて無理してやるのではなく、
きついなら、今もきついって言ってる心と体の声を聞いてあげて、ちょっと休んでみる。
焦らず気を待ってると、意外とベストなタイミングって来るんですよね。
自分が心地良さとか頑張らない、リラックスとか気を抜いた状態っていうのに意識を向けてると、
本当にちゃんと一番いい状態でタイミングもよく、しかも効率よくできるっていうことに気が付き始めました。
それ一番いいですよね。自分の心と体も楽だし、無理もしてないし、続けることができる。
周りの人に対しても、もっと助けてよっていう気持ちを持たなくてもいいし、
責めたりもしない。関係性も良好になる。
そんなこんなで過ごしてたんですが、
先日私近場なんですが、ちょっとした旅行に行ったんですね。目的があって。
その目的もすごい楽しかったんですけど、それよりも何よりも人との交流とか、
人からの愛情みたいな行為とか助けっていうものがすごい感動した経験があったんです。
経験をしました。
それが、私、人を信じられるようになってきてるんだとか、
自分の変化に、自分でも驚きながら、すごく嬉しいなって感じてます。
先ほど言ったように、私は病院に対しても、信じられないっていう不信感が募ってたんですね。
社会的な仕事とかも、全然信じられないってなってたんですが、
でも、ちょっとずつちょっとずつ緊張がほぐれてきて、
そうだ、なんか人に聞いてみるとか、人にお願いすると自分も楽だし、しかも楽しいし、すごく早く進む。
物事がスムーズに進むっていうことももう分かったから、
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旅行先では、観光地では一人だったんですけど、私。
無料のガイドさんがいて、その方にガイドをお願いしてみたんですね。
そしたら、絶対私一人では得られなかった情報、得られなかった感動とか気づき、
そして、人との交流による温かさ、そういったものは絶対得られなかったなって思って、
こんなふうに今までの私だったら恥ずかしいなとか、変に思われるかなとか、
そんな感じで、ちょっと気になるけど諦めるっていうこと多かったんですが、
一歩ポンと踏み出してみて、人と関わってみると、こんなに楽しいんだっていうことをこの年になって知り始めました。
その方はガイドさん、ボランティアの方みたいですが、年配の70代くらいかなっていう女性の方で、
知識量がすっごい豊富で、それはそれはもう楽しそうに語ってくれるんですね。
私それ自体がすごく嬉しいし楽しくて、その人と考えも似てるし、歴史観だったんですけど、歴史に対する思いもすごくて、
勉強熱心だから、私も気になることあったらどんどん学んでいこうっていう気持ちにもなるし、すっごいいい刺激になりました。
これから先、観光施設とかガイドさんいらっしゃったら絶対お願いしようっていうふうに思ってます。
で、他にも、私が一人で頑張らないとか、決めてからっていう不思議と現実が変わってきてるんですが、
いろんな人に助けられるんですよね。不思議と向こうから声をかけてくれるっていうことも増えました。
なんか例えば、目的があって行ったって言いましたけど、そこ交通の便が悪い場所で、
でも私、車運転できないというか、そもそも使える車がなかったので、家に。
で、バスとかで何とか頑張って行ったんですが、
ものすごい時間も待たないといけないなとか、あと帰りの時間もこれが最後だからハラハラするとか思ってたんですけど、
あ、じゃあ同じ方向だから送っていきましょうかとか、全然初めて会った人なのにすごく心よく提案してくれたり、
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しかもお話もすごく楽しくて、私が知りたかった情報も、一人で調べてるときはめっちゃ疲れてたんですけど、
その人に聞くと、まあそれは簡単に、しかも地元の方だったので、いい情報とかいっぱいくれるんですよね。
こんなに簡単だったのかって思いました。今まで堅くなに一人でやるっていうことをやってきたんですね。
で、その時はその能力がちゃんと鍛えられたり成長はしてたので、絶対間違いじゃないと思うんです。
こういう調べ方をするとか、誰かいなくても一人でやっていけるっていう能力って絶対いると思うんですよね。
でも、あ、私もその時期終わったんだってふって思って、一人で頑張らなくていいんだって思ったら、
心と体がすっごい緩んで、緩むと楽しくなるんですよね、自然と。
心もウキウキするし、余裕ができるから全然違いますよね、物事の捉え方も。
で、今まで人と人との交流にそんなに楽しさって見出してない方だったんですが、
でもこうやって関わっていくうちに、あれもしかして私って人と話すの好きなのかなとか、
もしかしたら楽しいって思ってるんじゃないとか、やっとそれを認められるようになりました。
私は学生時代、若い頃に鬱を経験してて、その前からというかもう物心ついた時から、
すっごい緊張しだったんですよね、なぜか。
物凄く緊張をいつもしてて、恥ずかしがり屋だし、社交不安障害とかにもなってて、
そういうのがあって、やっぱり学校とか行くと会わないんですよね。
会わないしストレスが多すぎて、そのうち鬱とかになったんですけど、今はもう感慨してるんですけど、
そういうこともあって、その後しかも訳の分からない病気を発症して今に至るので、
私の人生ってほとんどそういう病気だらけなんですね。
鬱とかもやっぱりあったら、経験してたら分かると思うんですが、
やっぱり人とはそんなに交流したいって思わないんですよね。
怖い、私の場合はすごく怖かったです、人と接するのが。
嫌とかじゃなくてもう恐怖なんですよね。
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で、その後病気で人を信じられないっていうのも、さらに拍車がかかってっていう人生だったんですが、
その経験とかトラウマが覆いかぶさってただけで、
私はもしかしたら人との交流って好きなのかもしれないなっていう新たな発見もありました。
そう気づくと心がね、そうだよ、やっと気づいてくれたって言ってるような感覚で、
なんか涙が出るぐらい嬉しくなるんです。
これが本当の私かもしれないってなって、心がパッと開いた感じですね。
心の病気から体の病気に私の場合は変わったんですけど、
体の病気になってからそれがきっかけでだいぶ荒漁師なんですけど、
鬱とかがだいぶ良くなってたんですね。
もう生きようっていう気持ちが強制的に活性化されたような感覚で、
これちょっと特殊かもしれないですけど。
体の病気で本当に辛かったんですが、
心はちょっとずつちょっとずつ実はリハビリみたいなことは行われてたのかなと。
傷は癒されてきてたのかなとは思いますね。
それとは別に体の病気による心の疲弊とか、また新たなトラウマとかもあったんですが、
特に今年になってから心の変化がものすごい目まぐるしくて、
本来の私、全て自分なんですけど、
それでももともと持って生まれた性質みたいなのが
覆いかぶさってた雲みたいなのが晴れてきてるような感覚ですね。
人を頼れるようになった、信じれるようになった。
今までは人を頼るって弱いことだって思ってたんですよね。
人を頼るイコール、自分の弱さを人に見せてるような。
自分弱いです、だから助けてくださいって言ってるようなイメージがあったんですよ。
そんなこと全然ないんですけどね。
なんかその時は思ってて。
でも今は人に助けを求められるようになったっていうことは、
人を頼る力を身につけたっていうことなんだなって思います。
弱くなったんじゃなくて、人を頼る力を新たに身につけた。
何にせよ、そうやって人は変わっていく。
いろいろ成長したり、一見弱くなったなとか、
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私こんなに弱かったかなって思うようなことでも、
実は新たな力を手に入れてるんだなって感じますね。
物事をどの方向から見るか、その違いでしかないんだなって思いました。
だから私もうつの時とか、体が病気の時、今もですけど、
そういう時って偏った考え方とかもいろいろあるんですね。
できないこととかもいっぱいあったんですけど、
その時もそれは絶対間違いじゃなくて、
多分、ベストな方法を取ってるだけなんですよね、心と体が。
ちゃんとバランスを取ろうとしてくれてる。
うつとかでも自分の心を守ろうとしてくれてるし、
やっぱり内精の方に私はすごく向かってたんですけど、
その内精する力をものすごく鍛えられましたし、
今はその内精が終わって外に出てってるなっていう感覚です。
で、その人を頼る力ってことなんですが、
新しく思いついたのが、
もう自分一人で体を改善させるんじゃなくて、
他の機関とか、今まで私が会わなかったような大きい病院とか、
そういうのはもう大概行ってきたので、
そうじゃない私に会う方法、人に助けてもらう形でね、
自分一人じゃなくて。
あるかもしれないと思って、いろいろ今探したりして、
例えば一番身近なところで言えば、
市とか、自分の住んでる地域の市のサポートを受けてみる、
相談をしてみるとか、
私の場合、全然食べれないっていう悩みがあったりもするので、
それはちょっといろいろ理由があったりもするんですが、
それに関しても一人で食事改善ってすっごい難しいんですよね。
私の場合、食べる量を増やしたいっていうことなんですが、
世間的にはやっぱり、そういう食事改善アプリとかあっても、
いろんな情報があっても、ダイエットの方が圧倒的に多くて、
私はもうないのか、私に会う方法とか、
助けてくれるようなものってやっぱりないのかと思ってたんですが、
この人に対して心を開くようになってから、
なんかあるかもしれないっていう目線で探し始めると、
ちゃんとそういうものに出会えるんですよね。
そういうコーチングをしてる人もいるんですが、
結構高額な料金だったりするので、
無料相談だったり、もうちょっと安い値段での相談とかをやってみたりしたんですが、
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ちょっと違うなとか、ちょっと方向性が私と違うなっていう人とは、
必要なものだけ学習させてもらって、また次に行って、
嘆いたりすることもなく、
必ず私に会う人とかものってあるはずだという目線で探してます。
意外と助けてくれる機関ってあるんですよね。
今までそういうのがないっていう目線で探してたので、出会わなかったんですよ。
こういう当たり前のようにって言ったらおかしいけど、
自然に何の抵抗もなく人に頼れるとか、甘えられるとか、
そういう人って本当にすごいなって思います。
私がうつの時とか、もしそれができてたら、
もしかしたらちょっといろいろ変わってたのかなとは思います。
ただ私の性格とか性質とかありきのこの人生なので、
あの時はそれしかできなかったっていうのは、
開き直ったりしてるわけでも全くなくて、本心からそう思います。
そしてその必要な学びをそこでやったんだっていうふうに捉えてます。
そんな形で、これからなんですが、自分の体、
やっぱり健康面、旅行とか行ったら本当に思うんですけど、
食べたい、食べれるものがほぼないとかだと、
食べるとこを見つけるのでも本当に苦労するし、その後も大変だし、
体力がないから行きたいとこがあっても妥協しないといけないとか、
そういう感じになっちゃうので、
でもやっぱり私はもっと自由に、もっと楽しみたい。
せっかくの人生だからもっと楽しみたいし、
私は好奇心がすごく強い方なので、
やりたいなって思ったことにはどんどん飛び込んでいきたいなって思ってるので、
やっぱり健康面の改善は前向きにまたスタートしていきたいなって思います。
心が変わったので必ず現実も変わってくるっていうのは信じてます。
信じてるっていうか、もう何回もこれ繰り返してて、
さすがにわかるんですよね。
体、心、頭がちゃんと学んでくれてて、
心が変わったら現状が変わる。
もうこれ絶対だなって体感を持って自信を持って言えますね。
そんな感じで人を頼れるようになった。
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助けを求められるようになった。
そしてどんなふうに変化していったかっていうことですよね。
そういうお話でした。
はい、今日はこれで以上になります。
ここまで聞いてくださりありがとうございました。
ではまた、さようなら。