こんにちは。いつもの雑談、真面目な技術、略していつまじラジオのJです。 ユデハラです。
はい、今日は雑談テーマ会ですが、内容、 決めるってどうやるの?
です。 難しいテーマではあると思いますが、まあ決めるといっても、
仕事だったり、プライベートだったり、 あと派閥的な、いっぱい調べるとか直感とか、いろいろあると思いますが、
一旦話しやすいであろう、仕事で決めるとき、どうしてますか?植原さんは。 はい、そうっすね。
あ、ちなみに喉、戻りましたので。 はい、大変気苦しかったかもしれませんが。
どうする?自分でも聞き返したけど、すごいかすれてた。
大分楽です、今日は。 そうっすね、決めるってどうするのかっていうところですけど、
まあ物による、まあ物によるんですけど、まあそりゃそう、そりゃそう。
でも最後は結局、全部を調べ尽くして、
なんだ、調べ尽くすとか直感とかっていう、こう、なんだろう、どちらかではなくて、
まあどちらも必要ではあるんだけど、どちらかに偏りすぎると良くないっていう気はしていて、
例えば調べ尽くしすぎると、ぶっちゃけ時間が足りない。
スピード感出てこないよねって間違いなくあって、で直感で頼るってなると、まあ博打だよねっていう感じで、だから
いい塩梅、調べ尽くすって言ってもなんかよく、開発の中でよくやるけど、設計めちゃくちゃして、
なんか100%にするって言って、めちゃくちゃ調査とかめちゃくちゃいろんなものを揃えてると時間が足んなくなるとか、
よく言うのが設計は70%ぐらいでとどめてからもう手を動かした方が、あとはまあそのフィードバックで実装する方が早いよねっていうことを言われてたりするけど、
多分まあ決めるっていうのも似たようなもので、調べるのはまあだいたい、まあでも調べないと結局角度って上がってこないから、
ある程度調べた上で最後直感で、あとはスピード感とかとの兼ね合いで直感で決める。
で直感って結局の話、何もないところから生まれているようで、実は今までの自分の経験だとか、
身につけたもので決めている気がするので、 まあそれって
その決めるの繰り返しで身につけてきたものなんじゃないのかなとか思ったりはするので、
だから僕の中で決めるっていうのは今すごく抽象的な話だけど、そういうふうにやるべきなんじゃないかって思っている。
そうですね。 僕も
似た感じなのかな? まあまず一旦はでもいろいろと調べていって、
まあ調べていって、ああこうだなっていう、まあ何だろう先人の知恵のある分野であれば、まあこうだなってなるけど、
まあそうじゃなければもう最後は、 まあよく言うエイヤでいって、
で、 まあそこで何だろうな、
そのそれをやることによる影響、まあミスったら死ぬみたいなのであれば、
多分エイヤでいかないけど、まあ多くの場合はそこまでのケースはないから、まあやってみてダメだったら、
まあ次回に生かすぐらいのスタンスであることが多いかなぁ。
そうだね。
だから、 さっきの割合の
どっちかに偏っちゃダメっていう話でいくと、
僕どうなんだろうなぁ、なんか調べても結局答えがないところっていつまで経っても自信、
これでいけそうっていう自信が湧いてくるケースあんまないから、 直感に頼る割合の方が、
比率が上原さんより多いかもしれないな。 諦めからの、もうじゃあこうだろうみたいな、
もう行くしかねえみたいな、 っていうケースが多い気がするな。
でも決めたら自信持って、行かないといけないよねって思う。 僕も結局不安な要素とか見えない部分、
予測が立たない部分っていうのは絶対にあると思っているし、
まぁでもさっき言ったように本当にそれ失敗したら自分死ぬのって言われると、そんなことはほぼないから、
失敗したら失敗した時に学べるように考え尽くしとけよ、ぐらいかなって。
あーいい話があって、宇宙兄弟。
いい話って自分で言っちゃってる。 宇宙兄弟のむっちゃんが、
なんだっけな、ちょっと細かい話は忘れましたけど、ニュアンスとしては、
悔しがっていいのは本気でやったやつだけだみたいな。 それの話に似ているなと思っていて、結局そこに向かってちゃんと全力で調べて、
もうどうしようもないから最後直感で行ったみたいな時は、振り返った時に、
ここがこうだったからこうするべきだったんだっていう風になるけど、
まぁそこまで達してない状態で直感を使ってしまった場合は、
なんとなくこうだったんかみたいな、そんなに学びが大きくないというか。
そうだね。
なんであのむっちゃんの言葉は良かったなーって思ってる。
いやでも本当に、まあ責任を持つかどうかって、自分のその決めたことに、責任を持って貫こうとできるかどうか。
だからこそこう他社から言われてやったことって、なんかそのわからない。
今の時代だとAIが言ったからやったこととかも一緒なんだろうなと思うんだけど。
だからその責任持つ持たないっていうところだと、やっぱ持たない場合だと、
こう言われたからこうやりましたで、あとは知りませんっていうスタンスだとして、
まぁやっぱ言っているじゃないですか。
そうなるとなんかこうどうしてもモヤっとするというか、なんか目線の合ってない感じというか。
何を言ってたのかちょっと忘れちゃったその後。
中身がないというか、本来表面的っていうのかな?
上っ面だけって感じがする。
入出力だけ見ているみたいな。
そうですね確かにだから、じゃあなんでそうしたのって言われた時に、なんかちゃんと説明ができないというか。
まあなんかこう言われてこうやって言われたからこうやってみたいな。
ちょっとわかんないんで誰かに聞いてくださいって言ったら。
そうなってしまうと結局それはお前が決めたんかとは思うというか、決めた要素はないというかあんまり他の人に。
でもやっぱ責任持って決めるっていう、まあ決めるに関わらず責任持って何かに取り込むっていうのは当たり前すぎること言ってるけど大事ですよね。
いやでもそうだよね決める、テクニックっていうかそういう話をしたらまあ考え、調べる割合どれくらいとか、直感に頼る割合どれくらいとか言うけど、結局のところなんだろう、最後はまあ自分でこうやるぞって決めてやるってことが大事だし、
その1回を切り取る、決めの1回を切り取るんじゃなくて、まあその決めるっていう状況って多分まあ長くてもなんだろうな、1ヶ月、悩んで1ヶ月ぐらいとか長くてもね、
そのくらいの期間だし、その決めてやったことっていうのが、まあ2、3年その決めが有効なことってあんまりないな、まあ半年とかだと思うんだけど、健全であれば半年とかだと思うんだけど、もしかしたらそのその1ヶ月で悩んで決めたことが、
2、3年続くようなプロジェクトっていうのがあるかもしれないけど、それは多分なんか、なんか間違ってるような気がするから、決めたことっていうのは結局結果が出るのはなんだかんだ言って半年ぐらいで結果が出たりすると思うんだよね。
まあそっか。
その、まあ自分の人生の中の半年の失敗、そこまでこう思い詰める必要はないような気がしているし、とはいえ、じゃあ思い詰めなくていいよって、失敗していいよって言って、じゃあね、適当にやりますわ、だとやっぱりそこからの学びはないからっていう。
その、ちょっと話が、これは我々のミーティングの話ですが、
まあガチガチに詰めて成功させるのもまあ一つあると思うんですけど、まあそうじゃなくて、まあ例えば8割詰めてて残りの2割の分で失敗しましたみたいな、
っていう話もあると思うんですけど、そのガチガチにやった結果成功した場合は、ここは削れるよねっていう部分にまあ気づけないみたいな。
けど失敗した場合は、まあ例えば10割、12割やってて、だから成功してます、じゃあ次11割にしてみました、成功します、10割にしました、成功します、
9割にしました、失敗しましたって時に、じゃあここの部分大事だったんだみたいなのは気づけると思うんですよね。
で、ちょっと話が戻って、責任を持ってやった時に絶対失敗せんぞと思ってやった結果、12割ぐらいやっちゃいましたみたいな。
っていうケースもあると思うんですよね。それってなんだろうな、
その責任に対する、なんて言うんだろうな、取り組み方として正しいのかどうかというか。
もう一回整理しますよ。一旦ちょっと責任の話からいきますね。責任を持って、責任感を持って取り組みました。
で、絶対失敗しないという強い意志を持って、今やりました、成功しました。
ただその成功とは言っても、最高のコスパで成功するケースとガチガチに固めて、いろいろと余計なものついてるけど成功したケースがありますと。
で、理想としてはその一番最小限での成功がコスパとパフォーマンス的にはいいわけじゃないですか。
ただその責任を感じすぎた結果、12割13割みたいな、いろいろやりすぎたけど成功してるケースがあったとして、
そこはそのなんだろうな、ちょっといい言い方がわかんないんですが、その責任の持ち方のスタンスというか。
でもそれってどうなの?成功の定義にもよるんじゃないのかなって思っていて。
スピードとか、速度って大事じゃない?何事にも好機って呼ばれる、なんだろう、好機会。
このチャンス、チャンスを逃さない、機械損失みたいにならないようにしないといけないよねみたいなのがあると思うんだけど、
それって大体質と速度とかが同時に求められるようなものになってくるんだけど、
準備を入念にしすぎると速度が出ない。
気づいたらもうその機械って終わってるよねみたいな状況があり得るから、
だからガチガチに12割13割でやるっていうのは、いわゆる機械を失う可能性がある。
速度が出ずにっていう可能性もあるし、
今言ったように、保険、保険、保険で詰め込みまくって、
例えば何かの作業をするときにあれもこれもあれもこれもってやったら、
作業時間膨れちゃうよねとかは普通にあることだから、
だから、こんなこと言ったらあれだけど、バランスなんだよね。
要はバランス。
成功って。
それは、ある程度の速度を出すためには一定の失敗の確率を許容するって話ですよね。
そうなるよね。
そこを誰かにこれを依頼したときに、その人は責任を持ってやるときに、
それはどう伝えるべきですか?この一定の失敗の許容についてというか。
一定の失敗の許容についてどう伝えるか。
というか、どう伝えるか難しいな。
でも、期限をここまででやれるところを線引いてやっていきましょうぐらいしか言えなくて、
あと言えるのは、ぶっちゃけ失敗してもいいけど、失敗から学んでくださいねっていうところは伝えないといけないのかなと思っているんだよね。
結局、それは我々のためというよりもその人本人のためだと思っていて、
失敗したってことは考慮が不足していて、直感で気づけなかった部分があったってことだと思うんで。
それがさらに致命的っていう話になると、本来抜けないはずのものがその人は抜けるっていうことだと思うから、
そこに対して、おそらく知識も足りてないし経験も足りてないっていうことになると思うんだよね。
だからその失敗するにあたっても、なんだろうな、失敗にもグラデーションがあって致命的な失敗と比較的軽微な失敗。
ちょっと時間がかかるけど取り戻せるみたいな。なった時に致命的なのが避けれてんだったらOKかなみたいな感じなんですかね。
個人的には致命的なのが、理想はそう。でもさ、経験がなかったり知識がなければ致命的な失敗もする可能性はある。どうしてもね。
で、それはしてしまったら確かに謝らないといけなかったりってあるけど、でもさ、どんなに失敗していい、致命的な失敗していいとは言わないんだけど、
どんな失敗も致命的な失敗もなんだかんだ言って収束はするじゃない。
誰かが落とし前つけないといけないっていう方が珍しいわけじゃない。っていうことを考えたら、いっぱいしてほしいとは思わないけど、
それをしたからにはそれを最大の学びの機会にすすべきだよね。僕はそういうスタンス。
おそらく致命的な失敗したとしても何かしら足りなかった、技術力が足りなかったとかあったとしても、
多分何かしら誰かしらのレビューを通った上での失敗なわけじゃないですか。多分その人は最後まで責任を持って誰の目にも触れずやったわけではないはずで、
と思うと結局そのチームで誰がやっても失敗するべくして失敗してた可能性もあるんですかね。
そうだね。ただその、そうだね。そうじゃない。でも致命的な失敗する時ってすごい抜けてる気がするから、ちゃんとレビューしてればある程度のものにでき上がる気がしている。
逆にレビュー、僕はレビューする機会が多いんで、感じるのはすごい長大に準備されたもののほうが大変なのね。
やっぱり。あれもこれもって。要するに削る作業の方が大変なわけよ。レビューって。付加する作業よりも。
なんでこれはここに追加されてるんだろう。なんでこいつはいるんだろう。考える。
で、これは不要だよね。いるよねっていうのを選別していくと本当に重要なものまで薄れていってしまう。
から、レビューって結構それで大変になったりするからね。
あの、量が多いっていうところに絡めて話すんですけど、AIが出してきた文章がそのまんま出してくる人の中にはいるじゃないですか。
この辺削れそうだなっていうところは削って出してほしいなっていうのを思い出しました。
そう、それもあるし、え、この話って結局どこが本当にこう肝だったんだっけとか、どこを強く訴えたかったんだっけが、AI通すと薄れるんだよね。すげえ。
そう。なんかね長文書いてあるといろいろ考えた感があってちょっと出した瞬間は気持ちいいんだけど、いやいや待って待ってみたいな。だからあのAIの長文しんどいもんな。
そう、多分あれと似たような感じで、え、どこなんだっけ結局ポイントはみたいな。全部が金質化されて、あの抑揚がない、要するにグラデーションがない状態になっちゃってるから、
そう、重要なポイントがわからないみたいなことがよくある。
いやそうだな、確かにな。ないものを探す方が楽なのか。聞いてて違和感を覚えれるから、経験がある分野だったら。
そうそうそうそう。
けど情報多いと、ん?ん?ん?みたいな、今ど、何の話してんだみたいな。
そう、削り、やっぱね、アプリケーションでも一緒だけど、削るの難しいって言うじゃん。機能削る。難しいっていうのは。
まあ全然違う話かもしれないけど、でも同じように何か削るって作業自体がすごく大変だなって。
うーん、まあそうか確かに。削っていいかどうかの判断をしなきゃいけないから。
そうしかも情報も収集しないといけないじゃない。その削るためには。
例えばアプリケーションだったら、本当にこの機能って使ってないんだよとか、そういうのとかね。
うーん、確かに。
そうですねー、削る方が大変か。まああんま考えたことないんだけど、確かにそうかもな。
いやなんか、でも気になるんだろうね。色、色削れない人って、いやこれは、まあ例えばだけど、
いやこれ考えてたし、とかを表明したい気持ちもあるんだろうなと。
それはわかるわ、すごく。やっぱその、この人ってここまで考えた上で、
これになってるんだろう、アウトプットこれになってるんだろうなっていう、やっぱ信頼があるかないかで、
やっぱ僕も自信ないと、この辺考えましたよってアピールはしたくなるわけですよ。
いやーそれはめっちゃわかるなー。
これを色々と考慮した上でこれなんですよの背景をやっぱ伝えないとね。
でもなんか、それも、何でしょうね、お互いそういう背景を出してね、
えーとなんだろうな、する必要がある人はあると思うんですよ、その情報を出すことを。
結局何にも考えず、ジュニアの人とかだったら何も考えずに出してきたのか、
色々と比較検討された結果がこれなのかってやっぱ違ってくるわけじゃないですか。
だからそれは、何でしょうね、
短い文章出しておいて、没案としてこれもありましたみたいなのが別枠としてある方がいいって感じじゃないですかね、
出すにしても。
そうだ、まあ、何ていうかね、情報量が少ない方がいい理由って、
前回、どっかで、どっかの回で僕が話したと思うんで、
多分僕はなんだけど、あの、えっと、何だろう、話しながら深めていきたいから、
そう、で、長いと、どこから行くってなっちゃうし、
とりあえず結論出されて、え、これは考えた、あれは考えたっていうのを、
こう、言っていく方が、何て言うんだろうな、
あ、これOKね、これはOKね、みたいな、チェックフォックスみたいなのがあって、多分、
それに印をつけてって、あ、OKだとかっていうのをやるから、
なんか、まあ、全部用意はしといていいんだけど、
結論とか、話す内容としては短い方が嬉しいかなって。
ああ、でも、それで言うと、上原さんの立場ってやっぱ損してると思っていて、
上原さんがそうやると、なんか詰められてると思う人いる?
いや、あれを詰めてるんじゃなくて、情報なんだろうな、
まず、まずここからっていうところを作りたいっていうだけだから。
いや、そうなんでしょうけど、
だから、これ聞かれるかもなっていうところをやっぱ埋めたくなっちゃうわけですよ、
その、言われた人たちは。
だから、ちょっと上原さんの立場損かもしんないですね。
いや、でも、あ、そう、でもまあ、
まあまあ聞かれる、まあまあそうだね。
だから、情報を出す側もやっぱ難しいですよね、そうなると。
でも、ちゃんと順序立てて、この言葉とかこの概念は、
ちゃんとしっかり説明しないとわかんないだろうなっていうのを、
適宜いい感じに説明してくれながら、順序立てて説明してくれれば、
つっこまずに聞いてられる気がする。
それは動機でも非動機でも一緒ですか?
会議の場でも文章だったとしても。
そうじゃない?
なんか、文章だと冗長になる気がしちゃって、どうしても難しいんだよな。
その、動機的に会議とかでやるんだったら、
ここには書いてないんだけど口頭で補足するみたいなやり方あるじゃないですか。
文章の見た目のインパクトを減らしつつ、ちゃんと補足するみたいな。
でも、文章としてそれを書くと、こう、結果長くなっちゃうというか。
長くなると思う。
だから、セクションで分けないといけないじゃん。文章で書くってなったら。
うわー、むずいな。
一文だと、読んでてやっぱり、
あ、でも大体伝えたいことってなんか構造化されるから、
難しいことを伝える、長文で伝えたいことは多分構造化されてるはずだから、
そこをやっぱり、こう、よっしゃ書き切った、エンターじゃなくて、
ちゃんともう一回読み返して、何だろう、整理整頓するっていうのが大事なんじゃない?
非同期になるってなったら多分。
まあ、そうですね。
毎回というか、必ずこの傑作になっちゃうけど、訓練はするしかないと思う。
そう、だから忍耐力大事だよ。
訓練、何でもスキルだと思うからさ、そういうのって。
だから何を突っ込まれたかとかをちゃんと記録というか、
次回に活かして。
でもそれをするのはさ、常に意識してそれをするのって大変だろうから、
まあ程々にでいいと思うけど、
なんか、僕はそのタイプ的にそういう機会をもったいないなって思っちゃうから。
もったいないっていうのは?
学習効率を上げるための、学習効率っていうか、
そういう自分が学べるきっかけっていうのを一つもこぼしたくないと思って生きているから、
そういう何か、ある意味でここで頑張って考えたら、
後で振り返った時に、何だろう、学びがあるよねっていうのを思いながら生きているんだけど。
ストリックやん。
でもそれが、個人的にはそれが、
なんか、自己満足みたいなところもあるからやってるけど、
それって、何だろう、大変じゃん。
だからそんなにやる必要はないけど、ここぞっていう時は、
ちゃんとそういう何か、環境つけながら、
ここぞって時を見極めてやっていくのがいいんだろうなと思う。
まあまあ確かにそうかもしれないですね。
毎回が勝負みたいな感じでやってたら、めっちゃきついし、
仕事一色に染まっちゃうから、必ず。
うーん。
まあだから、何でしょうね、出す文章とかも、
まあ関係性によってとか、
関係性、お互いの共有地みたいな話なのかな、関係性っていうのは。
まあでも関係性だとか、どれだけそのことについてお互い知っているかみたいなのはすごく重要じゃない?
だからその、例えば最近あるのだと、
こう、知識レベルもバラバラだし、
職種もバラバラみたいな人が集まった時の、
情報の出し方は難しいよなみたいな。
まあ別に僕が何か文章作ったりしたわけではないですけど、
そういう時ってどうするんだろうなってちょっとふと思いました。
いや、結構その場面は割とあるんだけど、あったりするんだけど、
やっぱ通訳いないと無理だよ。
そう、しかもそれを割と普遍的な言葉に翻訳しつつ、
話した相手から、この解釈でいいっていうのを当てながら、
こう、なんか積み上げていく。
で結論、結論というかここまでのダイジェストとしてはこういう内容です。
ようやくみたいなのを周りに同意を求めながら進めていかないと、
無理だと思う。
あんまりそのうちのプロダクトでないなと思ってるのが、
あの、ユビキタス言語とかってあんまないよなって思っていて、
なんかどういう言葉選びをしたらいいのかって毎回迷ってるというか、
エンジニア以外と話すときとか。
なんかその辺は誰か整備してほしいな。
え、でも、どうなんだろう。ユビキタス言語ね、まあ必要だと思うけどね。
でも、あれあったからって、あれをみんなじゃあ参照しながら言葉を作るのかっていうと、
なかなか難しいだろうなと思ってはいるし、
絶対ブレるから、まあある程度あってもいいけど。
なんかすごい細かいところでいつも迷うのは、薬局なのか店舗なのか。
どっちでも。
どっちでも伝わるんですけど、
やっぱね、僕の考え的には統一しときたいんですよね。
じゃあ格好付けするとかすればいい?
いや、もう統一したいですよね。
僕はでも、補足が必要そうだなって言葉は絶対補足を入れるし、
エンジニアの言語、エンジニアが喋るような言葉もやっぱ伝えないといけない時があるじゃない?
そうなった時にはできるだけ現実に即した形を、
分かりやすいかどうかを置いといても例としてあでげたりとかするけど。
だからその例えばスラックで調査履歴とか残す時に、
ビジネスサイド側の人に話す時の文言残しつつ、
最後の方にこっからはエンジニア向けですがって好き勝手書くみたいなことはしてたりしてて、
明確に線を引くとかできる場面だったらそれでいいけど、
会議資料とかになってくると、そうもいかないというか。
そんなこと知り出してたら文章の量が大変になるみたいな。
その辺の難しさがあるからやっぱり言語を統一したい感じはあるんだよな。難しいんかな。
でも気になってるところってどうなんだろう。
それこそビジネスサイドってか、
ビジネスサイドが気になってることって、
あんま内側のなんかどういう作りだよっていうのは気にしてないと思うし、
あえて気になっているところがあるとすれば、
なぜ難しいのかとかは多分、
全部は理解できなくても紙砕いて説明してあげた方が納得感があるとか、
あとは仕様面、表に見える部分は別に技術的な話をする必要がないからいいんだけど、
逆にこう仕様とかって話すときにドメイン周りで、
確かにその時には用語次第で受け取り方が変わってくる部分もあると思うんだけど、
まあでもそれはその都度認識合わせするしかないんじゃないかと。
まあそうですね。
いろいろそれまくってるけど。
音のテーマなんだっけくらい離れてる。
キメルの話ってどうなったんだっけ。
キメルの話は、
まあ責任持って学んで学べるように決めなよっていう。
そうですね。
だからキメル、
多くの人ってキメルときって失敗しないつもりでやるわけじゃないですか。
だからそこの時間かけすぎない範囲でやれるところまででいいよっていうのは、
ちゃんと伝えてあげる必要があるってことですよね、決めてもらう側の人は。
そう、てかあれじゃないの。
だから多くの人が決めたことに安心したいだろうなって思ってて、
でも違くて多分決めてスタートなんだって。
だから決めてから頑張る。
決めるときも頑張るんだけど、決めてからも頑張らないといけない。
本来試行錯誤しながら。
だからそこの意識の差はあるんじゃない。
決めて安心して後はこう進むだけみたいなのではなくて、
多分自信を持ってってか、自信はないかもしれないけど、
こうだってもう決めたんだから、後はもうこれを一生懸命そこに向かって、
それだって変わるかもしれないけど、
とりあえず成功させるために一生懸命忍耐強くやるしかないんだ、
くらいの心構えで挑んでるかどうか次第なんじゃないかなとか思ったりはするけどね。
開発でいくと、決めてからリリースまでは結構時間あるし、
その間で修正できればいいだろうし、
最悪リリース後でも致命的じゃないんであればその後修正を入れれるしって思うと、
案外気楽はちょっと言い過ぎだけど、
そこまで構えすぎなくてもいっちゃいいんかもしれないですね。
ちゃんとその決めたことでやり切る問題があれば修正するし、
なければないでそこでしっかりと信用を持ってやっていければよしですかね。
でもまあそういういわゆる、そこまで切羽詰まってない状況もあれば、
本気でここまでにビジネス的にやってもらわないと困るとか、
切羽詰まっているような状況っていうのは、
我々も開発してきて過去にめちゃくちゃあったけど、
でも僕が思うのはやれることしかできない。
当たり前のようでなんか難しい話。
自分、さっき最初に言ってたけど、これ以上のことはやりようがない。
だって知らないんだもん。
だからあとはもう自分ができることを精一杯やりつつ、
自分を日々成長させていったら、
もしかしたらうまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。
でも計画も立てて、今自分ができる限りの計画も立てて、
今自分ができることをすべてやった結果ダメだったんだら、
それは自分の、なんかその時はもう仕方なくない?っていう。
悔いないよっていう。
それでも間に合わなかったんだ。
何かが、何か自分たちに能力が足りなかったのもそうだし、
そもそもの設定されてる能期っていうのがおかしかったのかもしれないし、
いろんな要素があるとは思うんだけど、失敗には。
でもそれ以上、じゃあ前に戻ってさ、何かできるかって言われたら、
多分できないよっていう。
なんかやっぱ失敗した時にパターンあって、
いやこれは気づけんかったわって開き直れる時と、
うわーこれかー気づけたなーっていう時があるから、
その開き直れるぐらいちゃんとやっておけば、
何か後悔もないなっていうのは思いますね。
そうだね。あと気づけたなーもうどのタイミングに何をしてたら気づけたのか、
気づけたなーって言ってるけど実は気づけてない。
なんかそういう知った後のバイアスみたいなのがあるから、
その可能性もあるんで、
じゃあどこでチェックすればこれって、
少なくとも最初には気づけなかったでしょ。
だって最初の計画だしもう十分に時間とって、
よしこれもうこの辺でいいかってなるのは、
多分いつも通り今後も自分はそういうスタイルだろうから、
ってことは拾えないでしょってなったら、
じゃあどこで拾うんだろうっていうのを見極めるとか、
なんかそういうのは必要になってくるような気がする。
ちょっと違う話ですけど、
そのまあ7割ぐらいで、
7割ぐらい考えて、
まあこれ以上ちょっとわかんねえなよし行くぞって言って動き出して、
動き出したことで見え始めることもあるじゃないですか。
当然ある。
そう思うとやっぱり100%にしようとするのは何でしょうね。
何かの法則で残り8割に、
残りの2割に8割の時間かかるみたいな話がある。
それの観点からもある程度の時点で動き出しながら、
理解を深めていくのもありっちゃありですよね。
まあ予測が立たないよね正直な。
例えば本当に初めて作るようなものをさ、
予測しろって言われてもさ、
多分無理じゃない。
出来上がってきて、
あ、こういうことだったんだ、
は何回も出てくる。
出来上がってなんか動かしたりとか、
ものが形になって見えてくるからこそ、
わかることっていうのはたくさんある気がするんで。
だからそれを、
むしろ初めて作るものを、
なぜ100%予測できると思ったんだっていう方が、
不思議だなって僕は思う。
なんか前の会社の話ですけど、
とりあえずかなりミニマムなので、
1回リリースしちゃって、
まあしたんですよね。
そうすると社長がえらく喜んでて、
これがあったからすごく考えやすくなったみたいな感じで言ってたから。
そういうのもあるのかと思ったのはありましたね。
やっぱりものがないと。
文章とかだけで、設計書とかだけで、
じゃあわかって理解してよって言われても無理じゃない。
読みたくないしそもそも。
頭入ってこねえよってなると思うんだよ。
そうですね、動き出して。
僕とかはやっぱり文章だけだと完全にイメージしきれないんで、
だから細部までは。
だから毎回毎回そこそこ早いタイミングで動き出してしまうケースが多いですね正直。
それもなんかタイプな気はするんだよな。
そうじゃない?僕は割と準備するタイプだから。
だからなんかもちろん経験がある分野で、
一部わかんないとこであればもうちょっと考えるけど、
もうわかんないときはやりながら考えつつ修正するのは、
まあいいか悪いかわかんないけど章にはあってるんですね。
わかんないときは、そうだね、勉強するね、まず。
それが、そうな気がするな。
だから僕も新しい子を作るときは勉強するタイプではありますね。
一回本読んでからみたいな。
そういう時点にある程度モーラ的に学んだかないと遠回りしてしまうんじゃないかっていう不安が基本はあるんで。
近いかもしれない。
モーラ的にある程度土台となる知識がないと、
何か局所的に物事を決めちゃうんじゃないかみたいな。
虫食い状態が出来上がってくるんじゃないか業務を進めていく。
僕はどっちかっていうと調べていって、勉強していってモーラ的にやっていくことで、
自分だと気づけないけど、
当たり前とされてる良い方法みたいなのを見落として変なことしちゃうみたいなのを恐れるんですね。
先人の知恵を使えるものはちゃんと拾っておきたいみたいな。
っていう要素が大きい気がしますね。
そこから、分かんないところは考えてやっていけばいいみたいな。
っていう感じかな。
あんまり僕、ベストプラクティスとかやり方みたいなのは基本的に
ほぼ踏襲できないと思ってるよね。
これは僕の信念なんで別に皆さんそれに合わせる人は全然ないんだけど。
思っているのと、あと自分で考えてやり方を見つけたい。
けどなんか、奢りたくもないから、
奢り、なんだろう、俺が見つけたすごい新しいやり方みたいなのが、
すでにあるケースだってあるわけじゃない。
それは恥ずいから、モーラ的に勉強するというか。
パーツ、部品はいっぱい集めて、
あとの最後の組み立ては自分でやるみたいな。
気持ちでいるね、常に。
やっぱね、強者の考え方ですよ。
なんで?
やっぱりその、自分で考えればある程度のところまでは行けるっていう気持ちがあるはずなんですよね。
そうかもしれない。
でも僕とか一般ピーポーはそうは思ってないから、先人の知恵を借りたがっちゃうわけですよ。
だから、その方が自分、やっぱ自分で考えるよりよっぽどいいっていう、ちょっと悲観的な態度はあるわけですよ。
そうか。
だからね、さっきの強者の振る舞い。
強者の考えなんか?これは?
そう。
それは、そうなのか?
強者もしくは深く考えられる思考体力があるとか、そういう人なのかもしれない。
確かに。
だから僕とか途中で心折れるもん。
あーもうわかんねーやみたいな。
なるほどね。
確かに。
だから今、僕は最近で欲しい能力、能力というか、なのは思考体力ですもんね。
思考体力がいい言葉かもしれない。
でもある言葉じゃないから、聞く気がする。
だからそれの、その体力の差って結構なんだろうな、大きいと思っていて。
その差が、そこが思考体力10の人と15の人がいたとすると、この5の差がどんどんどんどん積み上がっていくから、かなり大きな、福利的な感じで、どんどん大きくなっていくと思うから。
ここね、ちょっと早く伸ばしたいなって思っていて。
でもなんか、それこそクロードコードといろいろそれ関連伸ばす方法、聞くんですけど。
ヘスティアト?
そう、ヘスティアト。
でもね、なんかしっくりくるのがないというか、しっくりくるのの前に試してみろって言われちゃうとあれなんだけど。
確かに。
うーん、そこが今僕は伸ばしたい部分かもしれない。
そこがあったらなんか、いろんなところに使えるじゃないですか、きっと。
何を考えるにしても、なんか1つ深く、まあ1つ2つ3つと深く考えていけるから。
なんかねー。
うーん。
なんか考えた、あ、そう、さっき教者の振る舞いって言ってたけど、
確かにそうなのかもしれないなって思い始めるのが、
だって僕、たぶん考えた先に、最高の成功はないかもしれないけど、
たぶんほぼほぼすごい失敗はしないだろうなって思っている。
から、何でもやろうと思えばたぶん考えればできるっていうスタンスになってる。
確かにこれは、そっかって、ないかも。
圧倒的恐怖したね。
そう、そうか。
考えればたどり着けるとは多くの人は思ってない。
そうか。
大体の物事は考えればたどり着く、うまくいくと思って、生きてる節はある。
いやでもね、そんぐらいの方がいいと思う。
たぶんなんか、そういう人たちって、僕のイメージですけど、投げ出さないイメージがあるんですよ。
あーそう。
たまに引く、成功するまでやれば失敗しない、成功するみたいな、の考え方みたいなイメージがあるから、
なんかね、そういう人たちはやっぱね、恐怖者なんですよ。
諦めはしない、マジで。
そう、忍耐力あると思って。諦めはしないけど、
え、でもさっきも言ったけど、失敗してもやりきったならいいかっていう。
まあ要するに自己満足もある。
自分がそこでなんか、あの時ああやってればよかったとか、
だから僕はいつも、肝に銘じてるか、いつも何だろうな、刻んでるのは、後悔したくない。
後悔しない、後悔しない生き方じゃないけど、後悔しない仕事の仕方もそうだし、後悔しない、後悔しないようにやりたい。
その考え方めっちゃ強いかもな。
だから僕途中でやっぱ後悔するかもなと思いつつ、
あーもう無理ってやってることってやっぱあるんですよ。
あーそうなんだ。
全然ある。
あーいやどうなんだ、意外といないのかな。
これ意外といなかったわ。
ちょっとよくないスタンスを取っていることの表明になっちゃうけど。
でもいると思うんだよな、全然。
いや本当に僕はマジで、反省はしてもいいけど後悔はしないって気持ち。
あーなんか、全てにおいて大事な気がするな。
このスタンスは結構だからずっと仕事をして、
でも20、そうだね、結構長い間、そこだけは本当に。
で、後悔んで不安に思ったりとか、落ち込んだりするって、
その時間がすごく、これも効率の話になるんだけど、無駄だなって思ってるんで。
前に進めない期間を作ってしまうようにするのが嫌だから。
で、後悔しないっていうのはもう全力でやるしかないっていう話で。
いいですね、後悔しないようにやるって。
別に聞いたことある言葉だけど、改めて言うといい言葉だね。
いい言葉だよ。
後悔は本当に時間の無駄だと思ってる。
ちょっと肝に銘じます。
いいね。前向きになれるから。後悔しないように勉強って思うと。
そうかもしれないね。いいですね、それ。人生の教訓としていい。
いいでしょ。
いろいろと脱線しましたが。
脱線しまくりだね。
こんなところかな、なんだかんだ話。
はい、じゃあありがとうございました。
ありがとうございました。