一人の保育士の「人柄」と「保育への思い」を、全国の保育士の皆さんへお届けします。
【ほいくプラスについて】
ほいくプラスは、保育に関わる人が、自分らしい保育を続け、互いに学び合えるつながりを広げるための場です。
このポッドキャストでは、保育士の等身大の声を届けることで、保育者同士の縁を育み、保育に関心を持つ人との新しい接点をつくります。現場で頑張る保育士の魅力と、実践に込められた思いを、より多くの方へ届けていきます。
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保育士の経験は、誰かの明日を支える言葉になる 。ほいくプラスのポッドキャストとともに、一人ひとりの保育の物語に耳を傾けてみませんか。
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保母さんもいいね。
高校3年生の頃、母が私にかけてくれた言葉です。
今で言う保育士です。
母にとっては何気ない一言だったかもしれません。
でも、その時の私にとっては、
途切れてしまったと思っていたシーンの先に、
もう一つの道を見せてくれる言葉でした。
こんにちは。保育士の人生の時間です。
現役の保育士として、今も子どもたちと関わっている、
なお先生のお話です。
今日は、私がどうして保育士になったのか、
そして保育士として働く中で、
最初はぼんやりとしていた、子どもに関わる仕事がしたいという思いが、
どのように今の保育館につながっていたかをお話しします。
私は子どもの頃から保育士になりたいと思っていたわけではありません。
小学生の頃、大好きな担任の先生がいました。
その先生のことが好きで、
私も小学校の先生になりたいと思っていました。
教室にいる子どもたちを見て、話を聞いて、
一人一人の成長を支える、
そんな先生の姿に憧れていたのだと思います。
振り返ってみると、この頃から私の中には、
子どもに関わる仕事がしたいという思いがありました。
高校生になっても、小学校の先生になりたいという気持ちは変わりませんでした。
けれど、私が進路を考えていた当時、
教員採用は狭きもんだと言われていました。
大学へ進学するにはお金もかかります。
一方で、短大なら4年生大学ほど費用はかからないのではないか、
私はそんなふうに考えていました。
当時、私の周りでは、
女子が短大へ進学することも珍しくありませんでした。
自分の成績や家庭の状況の中で、
現実的な進路を選ぶ、
少なくとも私が経験した進路選択には、そんな空気がありました。
父も大学進学に積極的だったわけではありません。
小学校の先生になりたいという私の気持ちを否定したというより、
採用の見通しや進学にかかる費用を考えると、
簡単に賛成できる状況ではなかったのだと思います。
高校3年生、進路を決めなければならない時期に、
父の同意とお金の問題がありました。
自分がなりたいと思うだけではどうにもならないことがある。
その現実を私は初めて強く感じました。
目指していた道がそこで途切れてしまったように感じました。
じゃあ私は何になればいいんだろう。
なりたいと思っていたものが、
自分の前から消えてしまったような気持ちでした。
その時です。母が言いました。
ほぼさんもいいね。
その言葉を聞いて、すぐに保育士になろうと決めたわけではありません。
でも、そうか、子どもに関わる仕事は小学校の先生だけではないんだと思いました。
小学校の先生にはなれないかもしれない。
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でも、子どもに関わる仕事は他にもある。
閉じてしまったと思っていた扉の横にもう一つ入り口があることを、
母の言葉が教えてくれたような気がしました。
私は短大で保育を学ぶことを決め、
自分から頼み込んで進学させてもらいました。
だからこそ、せっかく行かせてもらうのだから、
途中で投げ出してはいけないという気持ちは強かったと思います。
学べることへの感謝がある一方で、
せっかく行かせてもらったのに期待に応えられなかったらどうしろという思いが
自分を追い込むこともありました。
本当は、わからないことはわからないと言えばよかった。
できないことがあれば練習したり、誰かに聞いたりしながら覚えていけばよかった。
でも当時の私は、できない自分を見せることが怖くて、
最初からちゃんとできる人でいようとしていました。
そんな気持ちで短大生活を始めたのですが、
授業が始まってみて私は驚きました。
まさか、授業の中心が私の苦手なことばかりだったとは、
そんな気持ちでした。
ピアノ、絵、制作、どれも私が得意とは言えないものばかりでした。
進む道を間違えたかもしれない、そう思いました。
保育について学び始める前から、
保育士になるならこれもあれもできなければいけないと思っていたわけではありません。
でも実際に授業を受けてみると、自分の苦手なことが次々と出てくる。
そして周りを見ると、みんな自分より上手に見えました。
その中で少しずつ、保育士になるにはこういうことが全部できなければいけないのかな、
と思うようになっていきました。
ピアノの実技試験では、間違えないようにと思えば思うほど手が震えました。
練習では弾けていたのに、本番になると指が思うように動かない、
周りはみんなできているように見え、自分だけができていないように感じました。
私は保育士に向いていないかもしれない、そんな不安を抱えながら短大に通っていました。
初めての保育所実習でも自信をなくしました。
実習先で先生方が、怒る、叱るという言葉を多く使っているように当時の私には感じられたからです。
もちろん、安心のために伝えなければならないこともあります。
でも、その頃の私は、強い言葉で子どもを動かすような関わりを自分ができると思いませんでした。
私はこんなふうにはできない。保育士になるために学んでいるのに、保育していて働く自分の姿が見えない。
できないことばかりが身につき、最初にやった子どもに関わる仕事がしたいという気持ちまで見失いそうになっていました。
そんな時、幼稚園実習で今でも忘れられない場面に出会いました。
園庭で年長の子どもたちが遊んでいました。
先生が、「お片付けの時間だよ。」と声をかけると、ほとんどの子どもが片付けを始め、クラスへ戻っていきました。
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でも一人だけ、砂場で遊び続けている子がいました。
私は、「先生どうするんだろう。」と見ていました。
きっと、「もうおしまいだよ。早く片付けて戻っておいで。」と声をかけるのだと思っていました。
ところが先生がその子にかけた言葉は私の予想と違いました。
戻ってきたくなったら帰ってきてね。
私は驚きました。
え、それで帰ってくるの?
一人だけ園庭に残ることが少し心配で、私はその後の様子から目が離せませんでした。
すると、5分もしないうちにその子は自分で遊びを終え、砂場を片付け、自分からクラスへ戻ってきました。
先生に急かされたからではありません。
早くしなさいと言われたからでもありません。
自分で遊びを終え、自分で片付け、自分の意思で戻ってきた。
私にはそう見えました。
私は担任の先生に尋ねました。
先生、どうしてあの時あんな声をかけしたんですか?
すると先生は静かに言いました。
満足したら戻ってくるから。
その時は確かにそうなんだと思いました。
でも、この言葉の意味を深く考えるようになったのは、私自身が現場に立つようになってからです。
待つことは何もしないことではありません。
子供が何に夢中になっているのかを見る。
どこまでやったらその子の気持ちが区切れそうなのかを考える。
危険がないかを見守る。
必要な時にはすぐに関われる場所にいる。
そして大人の都合だけで子供を動かすのではなく、その子の気持ちやタイミングを大切にする。
あの先生はただ自由にさせていただけではありません。
その子をよく見ていたからこそ待つことができたのだと思います。
それまで私は、保育士の専門性をピアノや絵、制作のような目に見える技術だと思っていました。
でも、目の前にいる子供を見ること、気持ちを決めつけないこと、
今声をかけるのか、待つのか、そっとそばにいるのかを考えることも保育の大切な力なのだと気づきました。
得意なことが少なくても、子供を見ようとすることなら私にもできるかもしれない。
その時に感じたことは、その後の私の保育の中にずっと残ることになります。
短大を卒業する前、自宅から通える縁に就職が決まりました。
最初に受け持ったのはゼロサイズでした。
けれど、いざ現場へ出てみるとわからないことばかりでした。
学校で学んだことを目の前の子供にどう生かせばいいのかわからない。
泣いている子にどう関わればいいのか、毎日が手探りでした。
年長時の担任の先生が研修で不在の日には、そのクラスに入ることもありました。
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楽器の練習をしておいてと言われても、どう進めたらいいかわかりません。
経験がなく子供たちにどう伝えればいいかもわからない。
動きについていけない。恋をかけるタイミングもわからない。
そのうち子供たちから先生と呼ばれることさえ苦しくなりました。
私は先生と呼ばれるようなことができているだろうか。そんな思いがあったのだと思います。
結局私は一年で退職しました。
会社に就職し、もう二度と保育の現場には戻らないと思いました。
短大に行かせてもらったのに資格を生かせなかった。両親をがっかりさせてしまった。そんな申し訳なさもありました。
けれど、今振り返ると、保育への思いがなくなったわけではありませんでした。
子供が嫌いになったわけでもない。保育に意味を感じなくなったわけでもない。
なくなったのは、自分にもできると思える自信だったのだと思います。
その後、結婚を機に友達から、「資格があるんだから保育をやってみたら?」と勧められ、約10年ぶりに現場へ戻りました。
その後、妊娠をきっかけにまた現場を離れます。
そして、短大を卒業して20年ほど経った頃、私はもう一度保育の現場に立ちました。
私の保育人生は真っ直ぐな道ではありません。離れて戻ってまた離れてまた戻る。
その頃は、生活のために仕事が必要でした。
保育士を選ぶ理由には、ある程度まとまった収入が得られるという現実的な面もありました。
それでも、現場に戻ってからの日々の中で、私は少しずつ若い頃とは違う形で保育と向き合うようになりました。
分からないことは聞く。できないことを隠さない。自分の経験をそのまま正解にしない。
目の前にいるこの子には何が必要なのかを考える。
若い頃の私は、できない自分を見せることが怖くて、最初からできる人でいようとしていました。
今は、分からないことがあれば、周りの先生に、「こういう時どうしていますか?」と聞けます。
自分が受けてきた関わりは、知らないうちに自分の保育に現れます。
でも、自分がそうされたから子供にも同じでいいとは限りません。
自分の経験を手がかりにはしても、それを答えにはしない。
子供の表情を見る。手の動きを見る。声の変化を聞く。その子が今何を感じているかを考える。
子供たちに保育をしているつもりで、実際には私自身が子供たちから保育を教えてもらってきたのだと思います。
例えば、こちらが声をかけてもすぐには動かない子供がいます。
以前の私なら、「どうして動いてくれないんだろう。早くしてほしい。」と焦っていたかもしれません。
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でも今は、その子が何を見ているのか、今していることをどこまで追いようとしているのか、次へ動き出せる気持ちになっているかを考えます。
もちろん、いつもモテるわけではありません。
安全のためにやめることも、集団生活の中で次の行動を知らせることも必要です。
だから、何でも好きにさせることと子供を見ながら待つことは違います。
今は待つときなのか、声をかけるときなのか、手を添えるときなのか、その判断を目の前の子供の姿から考えていく。
それが今の私が感じている保育の専門性です。
そう考えると、幼稚園実習で聞いた、「満足したら戻ってくるから。」という言葉は、何十年も経ってから、私の中でさらに意味を持つようになりました。
あの時先生が見ていたのは、片付けない子ではなく、まだ遊びの途中にいる一人の子供だったのだと思います。
そして今、私も子供を、できるできないだけで見ないようにしたいと思っています。
昨日できなかったことが今日できる。それだけが成長ではありません。
顔を見せてくれた。手を伸ばしてくれた。
昨日より少し近づいてくれた。言葉にならなくても自分の気持ちを伝えようとしてくれた。
そんな小さな変化も、その子にとっては大切な一歩です。
だから今、私が大切にしているのは、子供を急いで変えることではありません。
その子をよく見て、その子の今に必要な関わりを考えることです。
母の、ほぼさんもいいね、という一言から始まった私の保育士人生は、決して順調なものではありませんでした。
小学校の先生に憧れ、別の道として保育を知り、短大では自分に向いていないのではないかと悩みました。
実習で一人の先生の言葉に出会い、現場に出て一人でやめ、時間を置いてまた戻りました。
でも今は、その一つ一つがあったからこそ、保育士は最初から何でもできる人でなくてもいいと思います。
何年経験しても迷うことはあります。
あの声かけでよかったのかな。別の関わり方があったのではないかな。
今でもそんな風に振り返る日はあります。
でも、迷うから子供を見る、迷うから考える、迷うから周りの先生に聞く、そうやって積み重ねてきた時間そのものが、私の保育士人生なのだと思います。
もし今、保育士を目指しているけれど、ピアノが苦手だから、制作が得意ではないから、自分には向いていないかもしれない、と感じている人がいたら、私は伝えたいです。
目に見える得意なことだけが保育士の力ではありません。
子供の姿を見て、声を聞き、気持ちを想像すること、わからない時に誰かに聞き、自分の関わりを振り返ること、そうした一つ一つも保育を作る大切な力です。
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そして今、現場で迷っている先生がいたら、最初から完璧な先生でなくていいし、自分の保育感が最初から決まっていなくてもいい。
私自身、長い時間をかけて出会った子供たちや先生方から教えてもらいながら、少しずつ今の保育にたどり着きました。
私が保育士になった原点は、母のほぼさんもいいね、という一言でした。
でも、保育士として何を大切にしたいのか教えてくれたのは、その後に出会った先生や目の前にいる子供たちです。
あの時途切れたと思った道の先に今の私がいます。最後に一つだけ問いかけて終わりたいと思います。
あなたが最初に子供に関わる仕事がしたいと思った時、その時のあなたは子供たちにどんなふうに関わりたいと思っていたでしょうか。
その最初の思いの中に、今のあなたの保育につながっているものが何かあるのではないでしょうか。
今日は、尚先生が保育士になった原点と、そこから今の保育館につながってきた道のりをお話ししました。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
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