はい、それでは、今回もHealthcare Hackathon Hub、通称H3がお送りするポッドキャスト、今回もですね、前回に引き続き、運営メンバーの深堀回をお届けします。
今回はですね、薬剤師として臨床現場でのご経験も積まれたのでですね、今々は公衆衛生の研究と、自ら立ち上げたクロスヘルスというですね、
非営利でいいんですかね、組織の運営もやっていらっしゃる。 そして何よりもですね、我々がSEの新企画H3アカデミーの一期生を、昨年手を挙げていただいてですね、我々と出会って、今は運営側に回っていただいたキウチさんにですね、
お越しいただきました。キウチさん、今日はどうもありがとうございます。
よろしくお願いします。
実際にはね、H3ポッドキャストを全部聞いてくださっているコアな方からするとですね、ニュースの解説会でも普通に登場しててですね、
なんならそこでざっくりなもののまあまあちゃんと自己紹介をしてたというですね、説はあるんですが、そのあたりはもう忘れてしまってですね、大人の事情で。
はい、今日は本当にまるまるさんぐらいですね。キウチさんがどんな方かだったりとか、なぜヘルスケアとかH3と出会ったのか、
ってことをなんかいろいろな角度からお伺いできればなと思いますので、よろしくお願いします。
まだ初めてですね、キウチさんのことをこの番組を知る方もいらっしゃるかもしれませんので、
簡単にまあ1、2分ぐらいで、今どんなことをやってらっしゃるのかってことだったり、そこに至るまでのキャリアというか、
なんで今みたいなことをやるに至ったのかってところを、どこからさかのぼってみたら、簡単にまあ1分から3分ぐらいで、ちょっと初めて会った人に説明するようにこんな人間ですっていう、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
はい、キウチ翔太と申します。バックグラウンド薬剤師で、病院と薬局で薬剤師を臨床現場でやったことがあります。
あとは、今はですね、大学院で公衆衛生学を勉強していて、そっちはそっちで公衆衛生の研究をしつつ、クロスヘルスという団体を立ち上げて、今メインでやってるのはですね、実はポッドキャストなんですけど、
医療政策ウォッチャーとクロスヘルスさんの活動の一環としての医療政策ウォッチャーなんですけど、これはまた別の個人の活動なんですか。
そうですね、クロスヘルスの団体としての活動にしようかなというふうに最近は思っていて、もともと私が個人で立ち上げていたものなんですけれども、ゆくゆくは団体として活動の幅に入れていきたいなと思っていて、ちょうどリリースして半年ちょっとぐらいですかね。
定期的に聞いていただけるリスナーさんも出来上がってきたので、まだ実は公開してないんですけど、クロスヘルスの活動にしようかなと考えているところです。
なので、日本社会的に分かりやすい、今何やってる方なんですかってことで言うと、そういうヘルスケアをよくしようという団体を個人と言うしてやっていて、その代表を立ち上げをやられていて、公衆衛生の現役の研究者、学生さんとどっちの表現が適切なんでしょうか。
そうですね、博士課程の学生というのが一番適切かなと思います。
もともとが薬剤師で、学位というか資格を取られた後に現場でも立地の現場でも働く経験もあっているというところなので、なかなかH3だし、ヘルスケアというところの一本筋はバッチリ通っているんですけど、なかなか薬剤師スラッシュ薬学、薬剤師公衆衛生、ポッドキャストの3つをですね、
全部やってる人って、9歳以外に日本にいらっしゃるんですか。
いるかもしれないけど、考えたことありますか。
いや、そうです。いや、確かに聞いたことはないかもしれない。薬剤師と公衆衛生は結構いるんですけどね。
ポッドキャストはだいぶ減りますね、きっと。いらっしゃるかもしれないけどだいぶ減る。
薬剤師と公衆衛生のこの組み合わせは、自分自身がそうじゃないので、どっちかがなくて、いらっしゃるにはいらっしゃる。自然な一つの進路というか。
いらっしゃいます。最近増えてきたというのが正しいかなと思います。
先輩にもいらっしゃいますし、後輩にもいらっしゃるので。
年々増える傾向にあるかなというのが肌感覚です。統計は取ってないですけど。
すみません。ちょっと重ねてください。
そんなのがトレンドとか背景であった上で、キウイさんの個人のモチベーションもそれに近いきっかけだったのか、また違う個人的なきっかけとかがあったのか。
そうですね。一番大きかったのは、コビットナインティーの時に、パンデミックの時に大学病院に勤めていて、薬がないぞ、みたいな。薬剤師って薬がなければ全然何もできないのではないかみたいな。
そういうのをすごく感じた。
一方でその感染制御だったりですとか、いわゆる緊急事態宣言、政策で人々の行動をちょっと変えて病気に立ち向かうみたいな、そういう私がずっと薬物治療しか見てこなかったところに違う選択肢があるんだなというのはすごく当たり前なことなんですけれども、
それに気づいて、じゃあそっちを勉強してみたいなと思い、保育士衛生大学に行こうと思ったというところですね。
なるほどですね。今、我々の手元にある台本の中に、自分へ付き合うの限界点ってどんな場面で一番感じましたかっていうAI台本が一緒に考えてくれたフレーズがあるんですけど、
それはまさに薬がなかったのでっていう。
僕もなんとなく理解をしてるんですけど、コロナコビった時って、日本のまさにお勤め先だったところで薬がなかった。
全般的になかったのが特にこれが足りないみたいな感じだった。
当時を振り返って。
薬がなかったっていうのはシナウスだったのではなくて、効果がある薬がどれかわからなかったというところですね。
そっちの問題ですね。
そうです。なのでどんどん臨床試験をして、多分世界中が人とお金と時間というのをつぎ込んでワクチンを完成させ、それから治療薬を完成させ、みたいな、
そういったところをちょうど知見がいっぱい走っているところですとか、そういったところを見ていたというところで、薬の選択肢がなかったということですね。
未知のというか、新しい感染症で、世界中がそれを模索はしていると思うと。
日々報道される中で。
でも実際はですね、報道を見て、あの時代を生きていた木村自身も、もちろん今でもこんなことが起こるみたいな大変な時期、時代だったなと思うんですけど、
臨床現場にその当時いた人の、よくテレビとかの壮絶な世界というのはテレビとかでは知っているんですけど、私への人からは聞いているんですけど、
すごかったですか?ってあまりからずに聞くのもちょっとはばかれるぐらい、どんなだったんですかね。
当時の木内さんって薬剤師何年目ですか?
薬剤師2、3年目ですね。
薬剤師はですね、実はその報道されるような壮絶な現場に行くというよりは、薬の在庫管理ですとか、措置系をメインに扱っていたんですよね。
なので、直接患者さんと接するというよりは、カルテを見て治療効果どうかだったりとか、
今はまだ名前になっていない、過合物名で臨床試験をしていくときの在庫の確認ですとか、そういったところを結構メインでやっていたなというところになりますね。
ちょっと不思議な環境というか、もちろん医療従事者で、しかも大学病院で当時の勤務していて、まさにそういうことになっているということはありなかで、
ただ、もどかしい思いをされたっていうことだったんですけど、いろんな意味でこうして関心を持った結果でいうと。
そうですね、もどかしいところも当然ありました。
当時はウイルスもすごく強毒株で、かなりの患者さんが亡くなってしまうというところもそうでしたし、
治療薬がまだ見つからないみたいなのもすごくもどかしいところがありました。
一方でですね、人ってすごいなっていうのもありまして、
あの当時は多分厚生労働省の方とそれからPMDAの方が多分壮絶にその感染管理とそれから、
有効などんどん臨床試験を走らせて、製薬メーカーの人たちもどんどんどんどんその治験薬を作って、
みんなで新しい薬を、どれが効くかわかんないけど、
とりあえず本当に毎週のように治療指針みたいなのがアップデートされていくみたいな、
そういうところもありまして、それすごいなと。
全体像ちょっとだけ、あの当時の私の、全然ぺいぺいの薬剤師でしたけど、
ちょっと俯瞰してみたときに、すごい、団結するとやっぱすごいな、みたいなのも同時に感じていたというところですかね。
医療に直接関わる医療従事者の方々もそうですし、広く医療に、
政策とか企業の側も含めてかもしれませんけど、
未曾有の危機に対して、同じ方向向くと緊急事態だと宣言されているとおり、
なかなかこんなことが起こると平時は思えないものがたくさん起こったなというのを逆に言うと、
大学病院という最前線にもいたので、見聞きする感じることが多かったということだったんですよね。
はい、そうです。
ちなみにもう一つ、前に遡ったご質問になっちゃうんですけど、
そもそも薬剤師、薬学部を受けてみようとか、これを指したのがきっかけだったんですか?
高校生の子供らに遡るのかもしれませんけど。
そうですね。一番は、両親も薬剤師なので、
薬剤師というのが結構身近な職業だった。
両親ともにって結構レアじゃないですか。片方とかは。
そうかもしれない。
お二人ともって、もしかしておじいさんもおばあさんも、そのまた上のおじいさんもおばあさんも全員薬剤師?
ああ、そうなんですね。
さすがに。
それはなかったですけど、両親が職場で出会って結婚したという、
ある程度には職場結婚だったという話ですけれども。
それを聞いたら、そんなに驚くことはないことかもしれないですけど、
私は個人的には初めてお聞きしたので、
逆にどうなんですかね。これいろんなパターンがあると思うんですけど、
親の職業に逆につきたくなくなる子供っているじゃないですか。
いますね。
僕はそれでして、父親が建設会社のサラリーマンみたいな感じで、
母親が小学校の教員なんですけど、
特に母の方とかを身近に見てて育ってた時にですね、
学校の先生だけはなりたくないなって思い出して、
子供心に思ったのは、大変そうだなみたいな感じの、
短く言うとそんな感じで、
家でティッシュも採点したくないなってすごい思ったっていうのがあるんです。
子供心。
大変ですよね。
良い子の歩みつけたくない。
ああ。
確かにそれはそうかも。
普通にね、フルタイムで働いてて、一層学粛している中で、
ちょっと物頃お世話してくれてるなみたいな感じで、
ご飯とか作ったりとかいろいろしてくれてるなとかって思った中でですね、
世の中いろんな、もちろん大変だとか忙しい仕事はもっともっとたくさんあると思うんですけど、
同じ小学生で、
先生って、自分の担任の先生とかもこうやって採点してるんだと思うとですね、
もうちょっとイメージが湧きすぎてですね、
それだけはやめようって、
早々に僕の進路から消してしまったんですけど、
逆に言うとすごくご両親ともじゃないですか、
でも、その道に進んだっていうのは、
進む理由もあるけど、僕みたいに、
だから薬剤手話とか医療職にはつかないみたいなふうに思うことも、
そういう人もいるかなと思うんですけど、
そういう中で、お父さんの中では、薬学部進学は自然なことだったのか、
結構要確説あっての意思決定だったのかっていうと、どうだったんですか。
そうですね、高校の時に進路で迷ったのは2回ありました。
1個が分離選択の時で、
文系科目のが得意だったんです。
ポッドキャスターなんですね。
それは関係ない。
私喋るんです。
言葉を紡いでます。
で、文系に行って、
新聞記者さんとか、
私立とか、
そういうのにもすごく関心があって、
一方で理系だったら、僕は医療系。
あの当時だと医学部か薬学部か、
医師になるか薬剤師になるか、
というところで、
最初にそこで迷って、
他人の先生が、
いや、分離で迷ったら理系にすればって言われて、
理系に行きました。
悩める成績とかモチベーションなんだったら、
理系でいいんじゃない?
そういうふうに後押しをしてくれたっていう。
いや、なんか文編はできるよと言われて、
いや、そんなことはないけどなと思いながら。
いや、できると思いますよ。
ちなみに僕は、
小学校、中学までは、
自分理系だと思ってたんですよ。
一番好きなのも得意なのも数学だったんで。
そうです。
僕、自慢じゃないですけど、自慢ですけど、
苦問式をやっててですね。
ちっちゃい頃から。
小学校6年生の時に、
中3の数学まで終わってたんで、
余裕だなと。
僕、ちょっと天才かもなとか、
調子に乗ってる時期があったりしたんですけど、
そんな僕はですね、
そこそこの公立新学校に入って、
高校1年生のですね、今でも覚えてますけど、
1学期に三角関数が意味が分からなすぎてですね、
なんだこれと思ってですね、
何が一番いいのかっていうのがあって、
困惑して、
初めて人形のキャリアをその時に考えました。
逆に例えば、自分の中から聞いときながら、
その時は、建築士とかかっこいいなと思ってたんですよ。
親も建設。
建設と建築ってちょっと違うんですけど、
とはいえ、
劇的ビフォーアフターってテレビ番組が昔ありまして、
ああいうのかっこいいなとかですね。
シャーってやるとかかっこいいなとか、
思ってたりもしたんですけど、
三角関数分からないと建築士にならない方が、
いろいろ現実を起こし育てるんじゃないかなとか。
文系で小学部経験に進むわけですけど、
それは僕の話として。
だから優秀でいらっしゃったんで、
どっちでも選べたんで、
そんなことはないんですけど。
興味はあるけど、
いけるならやっといたらという。
僕ほど三角関数悩まなかったところだと思います。
そのために一回やったんですけど。
もう一回あるんですか、
高校の中で進路というか。
医学部に行くか薬学部に行くかというところですね。
そこで迷って、
病院で勤めたい、
病院で働く人になりたいというのが、
漠然とずっとあったんだと思うんですけど。
ただ、
医学部に行けるほど、
成績が良くなかったっていうところと。
難しいです。
許すみたいなことは言ってくれたんですけど。
個人的には、
現役で行けたらいいな、
みたいなのをずっと思っていたので。
もう一度その時に、
それでも一年頑張る、
医師の仕事と薬剤師の仕事をもう一回、
ちょっと深掘りじゃないですけど。
両方ともある程度、
卒業した後の働く像をイメージしやすかったので。
両方とも見て、
医師の人にちょっと話聞いたりとか、
いろいろしてて、
これは僕は、
医学部は無理じゃないか、
みたいなのも思っていたのと、
ちょうどその時、
病院薬剤師、
病棟薬剤師っていう、
病院の病棟に専任でいる薬剤師の職業が、
知名度が上がってきた、
そういう時代でして、
これになりたいと思って、
その教育をすごいやっている北里大学というところに行きました。
なるほど。
相当技巧性の高い進路選択だと思うんですけど、
僕の周りの高校の友達は、
大学以降も含めて、
薬剤師は潰しがいいからとりあえずなっといたみたいな、
同級生とか友人の方が多いので、
病棟薬剤師って言葉はですね、
高校から理解している人はなかなかいないと思うんですけど、
ちょうどたまたまその親が薬剤師だったというところで、
解像度が高かったんだと思います。
結構家でお父さんお母さん、
仕事の話とか、
あのジェニフィック出たよねっていうのが、
朝の挨拶みたいな感じで出るような、
そんな家庭ではあったんですか?
それはそういう家庭だったんですよ、結構。
そういう家庭だったんですか。
日常生活の中で。
そういう家庭でした。
新薬の方が多いですけど、
新薬が出たよねとか、
なんか新しい在庫が出たよねとか、
ジャンプの新薬が出たとか、
普通に飛び立てる。
一緒に勉強もしてくれましたね。
病棟薬剤師って言葉が出たりとか、
あと医師の人に、
僕が話を聞くっていうのも、
あと母の職場の知り合いの人、
時間取ってもらったりとか、
なんかそういう感じだったので、
そこは本当にありがたかったなと思います。
素敵なお父さんお母さんですね、本当に。
そうですね。
息子さんが興味持ってたからって、
当然あったんだと思いますけど、
病棟薬剤師って言葉を多分知ったのは、
26歳くらいの時だと思いますけどね。
そうですよね。
病院コンサートやってる時には、
それはさすがに知る、
そのぐらいで知りましたけど、
薬剤師いろんな、
あるんだってよかったです。
そうなんですよ。
薬局だけじゃないんだ、
ちゃんとしたのはそのぐらいでした。
恥ずかしながら。
そうですね。
なのでそれでいったって感じですね。
いやいや、
1週間のうちの平日5日間で、
出張動向というか、
外部の人とのやりとりに行ったのが、
確か3日かな、3日で、
残り2日はリモート会議と、
あとオフィスにも1回行かせていただいたっていう感じだったかなと思います。
やったことはですね、
本当にずっと後ろに、
右後ろぐらいにずっといさせていただいて、
いろんな人とお話しさせてもらいつつ、
5日間全部違うことやってらっしゃってたので、
毎日キャッチアップから始まるっていう感じだったんですけど。
お客さんとかプロジェクトはこんなんでねっていう感じで、
お客さんのご支援先のスタートアップもたくさんあるから、
スタートアップも公的予算も両方いた感じの1週間だったんですね、
対外的なミーティングというか。
そうですね、あと大学さんもいたかなという感じ。
研究者とか大学の。
そうです、そうです、そうです。
いわゆるシーズっていうんですかね。
一応NDAもあるから、
言っちゃいけないことの方が多いと思うんですけど、
あえてうまくお話しさせていただける範囲で、
一番印象的だったミーティングだったりとか、
もしくはその櫻井さんの振る舞いみたいなものでもいいんですけど、
記憶に残っていることは何かありますか?
その1週間の会話も。
一番印象に残っていたのは、
個別のミーティングではないんですけど、
たぶん櫻井さんとプレパートナーさんが主催されて、
地域の人たちが東京に技術というかをブースを出して、
それを紹介する。
そしてそれを実際に使いたい企業とのマッチングイベントみたいな感じだったかなと思うんですけれども、
会社さんと人の名前を覚えるのがすごい。
こことここ合うと思うとか、
こことここ向きといい感じじゃないみたいなのとかっていうのを、
僕全く覚えられなくて、すごいなと。
そうですそうです。
あの人いらっしゃったから、あの会社さんにみたいな、
そういうワンフロアのところだったんですけど、
マッチングって順繰りにやるのかと思ったら、
すごい人力じゃないですけど、
それをやっててすげえなと思ったのが印象的ですかね。
サッカーに例えると、野球に例えると1番から9番までダンプス足しますけど、
サッカーっていい感じにメッシュ張りに適切なパスを出す。
そういう感じの。
そこにくっつけるみたいな感じのところがあるぐらい。
その上でサッカー会社さんご支援先のニーズだったりとか、
強みみたいなものをスムーズでご存知で、
何も見ずに空、
カンニングペーパーも何もなくパッとやってるってことですよね。
そうなんです、それがすごいな。
確か僕初日で見学させていただいて、
うわーすげえなーと思って、
自分で同じことできないなーって思いながら見てました。
確かにそれは言われてみると、
僕もたぶんその場にいたらすごいなと思うと思うんですけど、
もしかしたら若干そういう感動が薄れちゃってるかもしれないので、
真っさらな状態で見たら、
ちょっと魔法みたいに見えるかもしれないですね、その瞬間。
何してるの?なんで?なんでわかんない?
そんな人のこと覚えてる?みたいなことを思えて。
本当にそう思いました。すごいなと思って。
しかもみんな結構情報量多いし、
特殊な人たちの集まりですね、それって。
そうなんですよ。
地域規制みたいなところもあるので、
すごい良い経験ですね、それは確かに。
そうなんです、それはすごい印象に残ってますね。
あとはすごくにこやかに、僕にも優しく接してくださいますし、
周りの方々にもだったので、
すごく諸差みたいなところがですね、
勉強になるなと思いながら見てました。
めっちゃ普通にね、経験的にも、
ブレイン的にもすごい方なんですけど、
すごいびっくりしろい感じがいいのが坂井さん特徴ですよね。
全然偉そうにされないのが、初めてお会いしたときからすごい印象的で。
全然一人マウンティングしてるとこ結構見たことないなぐらい、そのぐらいのくさし。
本当にすごいなと思いまして。
好調心とか好奇心がすごい、デフォルトは高いんでしょうね。
だから出会った人にこれはねっていうことをされて、
そうだなと、面白そうになって思ったことがありますね。
本当にすごい。
たぶんというか間違いなくだと思いますけど、
聞いてる人には一応説明しなきゃいけないんですけど、
それで1週間カバンを持っていただいて、
最後にデモデーっていってですね、
体験をプレゼンを木内さん、アカデミー生さんの人たちにしていただいて、
普通にその後に確か寺本さん本当にインターンされたんでしょうね。
そういうことも含めてで。
そうなんです。
たぶんというか間違いなく坂井さんのほうも木内さんと一緒に過ごしてて、
心地よかったんだと思いますし、
こんな優秀でやる気がある方が来てくれたんだったら、
楽しんでいただいたんじゃないかなと。
ご本人はそうおっしゃってたんで。
ありがとうございます。
そういうHDアカデミーってですね、
そろそろ終盤にはなってきてはいるんですけども、
今年からはHD運営としても加わっていただいて本当にありがとうございます。
また新しい地位を得ていただいて。
その中でちょうど今ね、HDアカデミーの2期生の方もですね、
ちょうど今ご応募を受付しているタイミングではあるんですけども、
もしですね、このポッドキャストを聞いてくださっている方にですね、
どれだけ現役の医療系学生さんとか、
医療に興味がある学生さんとか、
もしくは若手社会人の方がいらっしゃるかはわからないんですけど、
なんかこう体験してみたから、
あと今SDの運営としてもこういう人にお勧めとか、
こんなふうに思っているんだったらぜひみたいな、
そういうメッセージとかも最後にいただければと思います。
そうですね。
いや、めちゃくちゃお勧めな1週間なんですよね。
なんでしょう。
自分もやってもいいかなって思える、
そんな1週間な気がします。
やれるとは思わないんですけど、
やってもいいかなというか、
それはですね、どういう意味かというと、
自分が思っていることを形にしていく、
それが鋭利だろうが非鋭利だろうがなんですけれども、
それを形にしていくっていうのは、
やっぱすごく怖いなと思っていたんですよね、私は。
でもそれをやってみてもいいかなと思った。
それは多分もうやっている人に、
1週間つかせていただいた、
カバン持ちさせていただいて、
アンバサダーさんたち、僕の場合は櫻井さんですけど、
櫻井さんに追いつけるとは思わないんですが、
やってみることはそこは真似できるのではないか、
行動するということはできるのではないかと思えるようになった、
という1週間だったかなと思うので、
何か形にしたいとか、
何か自分の中に思いがある、
あるいは全然好奇心というだけでもいいかもしれないですけど、
体験すると、
社会の見え方が一つ増える、
そういう経験になるんじゃないかなと思います。
僕の解釈はあまり交えすぎない方がいいかもしれないんですけど、
1つ前のプログラムに参加されて、
立ち上げの準備をしていて、ちょっと悩んでいたみたいな中で、
エスティアアカデミーに来てくださったって話してくれたじゃないですか、
その時の悩みというのが、今おっしゃったような感覚だったんですけど、
形にするし、できると思って進めてるんだけど、
いざ世に出そうと思うとちょっと怖くなるみたいな感覚だったりとか、
今見たところにつながるような思い合いがあった上で、
何か新しいことを始める前というか、
自分が始めることという時にちょっと怖さがあったみたいな話だったんですね。
本当に自分が思っていること、その思いみたいなのを表明して、
今はないものを作っていく。
これはサービスでも物でも何でもいいと思うんですけど、
それは結構叩かれもするし、知られるのも怖いことかもしれない。
もしかするとそれは違うよって言われて、
往々にしてそういうことがあると思うんですけれども、
でもそうではなくて、ナイストライって言ってくれる人たちもいっぱいいるんだな、
みたいな、これは木村さんにも僕は思っているところですけれども。
ナイストライという仕事ですからね。
メンチャーキャプタルというところがある。
おっしゃることは多分すごいよく分かる気はしてて、
僕もメンチャーキャプタルの仕事をやるまではコンサルタントで、
似ているところも結構あるんですけど、
人のビジネスのお手伝いをしていること自体は根本的に同じことをやっているので、
そこは多分同じなんですが、圧倒的に違うのは、
コンサルって言ってるように正しくあればならないみたいな感じのところがあるんですよね。
対応客さんに対して、自分の中でも。
正しくないことは言っちゃいけないみたいな感じのストーリーとか、
正しさが証明できないことは、両方言っちゃいけないみたいな。
ちょっと2話違うけど、別の話であるんですけど。
でもメンチャーキャプタルになって、
企業家っていう人たちと接するようになって、
市長たちの次第を見ながらしばらくして思ったことは、
大変なことがたくさんあるのはもう分かっているから、
それを言うなんて部粋だから。
部粋でしかないし、
本当に目がキラキラした人たちとたくさん出会うんですよね。
本当に会社が大きくなって上場して、
大経営者の人でもそうですし、
まだ何者でもないですね。
1人2人3人で霞を食って生きている。
赤血を垂れ流しながら生きている。
世間的な評価って全然違うんだと思うんですよ。
同じ社長でも。
根本的に同じようなものを持っているなというところを感じると、
その人たちと時間を過ごすことが楽しかったから、
今この仕事が続けられているんだと思いますし、
業界の人たちがそうして、
新しいことをやってて叩くんじゃなくて、
いいね、どんな感じでやってみる?と聞くみたいなカルチャーは、
多分どこの国でもそうでしょうけど、
スタートアップとかVCの周りの世界とか、
特に日本みたいな社会だとより一層レアだと思うので、
非常に楽しいですし、ありがたいですし、
ある意味医療業界の世界とは、
いい意味で真逆な気がしますよね。
おっしゃる通りですね。
医療業界はどちらかというとやはり正解があるというのが、
まず根本にある。
新しいことをやっちゃダメじゃないですか。
病棟薬剤師でちょっと変えてみようかなと。
いろんな判断でやってはならないじゃないですか。
さっきも怖いしみたいな。
それはどっちがすごいとか偉いとかじゃなくて、
大事にすべきものが違うっていうところだと思うんですけど、
やっぱり医療の仕組み自体を変える。
休日がまさにコロナのタイミングで薬がないんだよな、みたいな。
そういうことを触れたときには、
やっぱりゼロを1にするというか、
新しいことをやる人っていうのが医療の世界でも必要でっていう、
実感された上でのさっきみたいな気づきだったりとか、
こんな人にHDアカデミーを進めっていうふうに
トランプさんがあったのかなとも思うので、
嬉しく思いますっていうところと、
創設者の人々としてはということと、
ぜひこのHDアカデミーの輪に、
今年も9月にデモデーに向けて、
8月にそんなヘルスケアな
企業家、社長、経営者な感じの方々、
リーダーな感じの方々に
一緒に時間を使っていただけるという場がございますので、
ぜひ全国の我こそはという医療系の学生の方も、
医療に興味がある非医療系の学生の方も、
文系、理系問わず、
三角関数が分かっても分からなくても、
ぜひ応募いただければなというふうに思っている次第でございます。