はい、それでは今日も始まりました、Healthcare Hackathon Hub、通称H3がお送りするポッドキャスト。
各分野でご活躍のアンバサダーや、H3を共に動かす運営メンバーを深堀りしていく対談シリーズでございます。
お届けしているのは、H3共同企画者、普段はベンチャーキャプターでやってます木村と、
今日はですね、普段このH3ポッドキャスト、いろんなフォーマットがありまして、
この我々H3コミュニティを支えていただいているですね、ヘルスケア関連業界でご活躍のアンバサダーさんを深堀りをさせていただくインタビューシリーズだったりとか、
割と最近はですね、最近の気になるヘルスケアニュース記事を深堀る、みたいな感じの、そういうコーナーとかもやっていましたけど、
ちょっと今回はですね、初めてのジャンルになりまして、H3の中の人が最近だいぶ増えましてですね、
もともと2,3人でやってたところから、今10人近く実はいるんですけど、というところになってまして、
そこで今新たにという、H3に関わってくださっている皆さんの顔と前だけでも知っていただこう、みたいな。
それ自体がこのH3というですね、エヴァのコンセプトにもすごい合うものじゃないかなというので、
そのトップバッター、一番よりとして、瀬川さんに。表示は瀬川康さんとなってますけども、瀬川康さんに来ていただいておりますというので、
じゃあ瀬川さん今日はどうぞよろしくお願いします。
お願いいたします。
じゃあ、瀬川さんはですね、H3的には、どこから数えるかというのはあるかもしれませんけど、
なんだかんだ参加者としても来ていただいて、その上で運営に限りなく近いものでいうと、1年、2年くらいですかね。
そうですね。
H3的に言うと、かもしれないので、子さんと新産の中間くらいのですね、なかなか密な関わりをしていただいているというところかなと思いますけども、
後でもいろいろかぼっていければと思いますが、瀬川さんがですね、普段は瀬川康さんというので、
瀬川康さんの簡単に自己紹介をお願いしたいなと思ってまして、今どんな活動をしようとしていらっしゃるんですかというところを一旦短く教えていただければなと思います。
ありがとうございます。
メインは今、株式会社クオトミーという両インデックスをやっているスタートアップで働いております。
その他ですね、ライフタイムベンチャーズのインターンと、
僕から聞いたことがある。
そうですね。
かの有名なVC。
かの有名かわからないですけど。
こちらで業務委託させていただいているのと、あと慶応寄塾大学の医学部の宮田博明ですね、
医療政策系の教授の先生の研究室で研究員も務めております。
髪型が素敵な宮田先生ですよね。
そうですね。
普段もあの髪型なのか、ニュースピックスとかイベントの時とかであの髪型なのかちょっと足分かってないですけど。
慶応もかっこいい。
普段からなんですね。
普段からなんです。
かっこいいです。
そんな活動をやっていらっしゃるので、本業でいうとヘルステックスタートアップの、
しかも割とアーリーステージの会社のコアメンバーというかそういう形で活動されていて、
弊社というか、H3として出てるんだあれですけど、木村がですね、代表やっておりますベンチャーキャピタルでインターンの業務委託的なこともやっていただいておりまして、
アカデミアにも医療政策の研究室にも席があるというパラレルキャリアをやっていらっしゃるところですかね。
今のキャリアに至るというか、今のセガ屋さんに至るまでのきっかけみたいなところがどこにあったのかというのをちょっと過去編でお伺いしたいと思います。
今のこのヘルステックスタートアップで働いていて、ヘルスキャリアのビジネスとか、特にヘルステックのビジネス、デジタルヘルスのビジネスに関しては、僕もですね、国内外いろんなものもよくご存知で、
詳しいし、やってきたし、愛もあるみたいな感じかなと思ったりするんですけども、そのセガ屋さんって何歳頃から今のセガ屋さんだったのかみたいな、
ヘルステック、ヘルスケアビジネスなのか、そこに興味を持ったきっかけって一番古いところだと、何年前とか何歳頃のあれかなみたいなところで、どこが原点だったりされるんですかね。
ありがとうございます。もともとスタートアップ業界っていうのがすごい好きなのは、父親だったり祖父が自営で会社を作ってみたいなのがあったのもあるんですけども、
医療にグッと寄せられたのは、山本裕司ゼミっていうところにですね。あれも、そうですね、どれくらいだろう。
15年とか、15、20年くらい前かもしれないですね。
20年くらい前かもしれないですね。
ちょうど山本裕司さんが、日本人の医者で初めてHBS行ったっていう方なんですけど、
ビジネススクールに。
そうですね。戻ってきたときに日本の医療業界のマネジメントの考え方をみんなでお互いに高め合って向上していこうっていうので勉強会を始めたんです。
それの2、3回目くらいからたまたま参加をしたら非常に面白かったのと、たまたま縁で運営側もするようになっていって、
そうするとまた奥深さとか、医療の今後の可能性もそうだし、非効率の大きさみたいなものも非常に興味を引かれて、そこからキャリアもだんだんと減るステック寄りになっていった感じですね。
実はですね、僕も山本裕司ゼミに当時参加してまして、
本当ですか?
2012、3くらいは毎回とほどじゃなかったし、そんなに社交的じゃなかったんで当時。
ゼミだけ出て発言して帰るみたいな感じの、その瞬間にはいかないみたいな謎のムーブをしてましたけど。
2012、3、4くらいがKPMGヘルスケアジャパンっていうヘルスケアコンサルに行った時期でして、
当時の同僚、若手の同僚からこんなのあるんだよって聞かされて、それで僕行ってみてですね、何回か行ってたと思いますし、
山本裕司先生の本というか、マイケルポーター先生、あれも読んだりとかしながらコンサルやってましたんで、
そうですね、だから同じ空間におそらくいたんじゃないかなって今気づいた。
なんと知らなかったですね。
山本裕司ゼミは何なんですかっていうのはこの回の趣旨じゃないかもしれないですけど、
結構その場におそらくいろんな人が今のこのヘルスケアとかヘルスケアビジネスの界隈の有名人が多分いらっしゃって、
あまり心にいらっしゃらないところでね、名前出すの良くないかもしれないですけど、
現グロービスキャプタルパートナーズの中泰さんだったりとか、まだ医学生だったんですかね、当時って。
そうです。1年生の時から来てたと思います。
そうですよね。
だったりとか、中泰姉妹でなんかそれこそいらっしゃったりしましたよねっていうところだったりしたので、
まあそれが時を越えてみたいなところは結構各界にヘルスケア界隈ですね、
2010、1,2,3,4年ぐらいみたいな感じの頃の結構草分け的なタイミングというか、
多分日本の今でいうヘルステックとかデジタルヘルスが盛り上がり始めてきたのは多分2014,15年ぐらいだと思ってます。
ちゃんとした意味で盛り上がってきたのが。
だからその本当に例明記みたいなものの数少ないコミュニティの一つが山本ゆうじゼミのやつだったのかなと思いますよね。
はい。
ちなみになんかその山本ゆうじゼミに瀬谷さんは最初の最初の直接にきっかけで言うと、どうやってそこを知ったり興味を。
誰かから誘われたりとかたまたまっておっしゃってますけど。
あれなんですよね。
ビジネススクールにその頃行きたいなと思っていて、
で、その留学準備と並行して向こうって発言しないとクビになっちゃう学校もあるので、
慣れていく意味も含めて、ちょっとツイッターで見かけたのに、
MBA、なるほどMBAとか、
ビジネススクール留学準備の一環で、たまたまこんなのあるんだったらっていうのが強かったから、
別に医療が先に立ってたわけじゃ話もなかった。
ないんですよ。はい、そうなんです。
面白いです、そういうきっかけって。
そうですね。
結構ね、山本祐治ゼミって、わかる人にしか伝わらない表現をしますけど、
ちゃんとゼミやります。ちゃんとゼミというか、ちゃんとビジネススクールっぽい感じで、
ケーススタディをやって、発言を求めて、意見を、みたいなことをちゃんと先生が回してくれるから、
なんか、当時は僕もMBAとかビジネススクールがいいなとか、
思ったりもしてたんで、こういう雰囲気なんだとかですね。
マイケルポーターっていう偉人の下で学んだ医者って、いろいろこう、
本が書いたら売れそうな要素しかないんで。
山本先生の属性が。
楽しみに参加させてもらってたから、やっぱそういうの大事だなって思いますよね。
そうですね。
でもそれがきっかけで、徐々にMBAとかビジネススクール興味から始まって、
でもヘルスケアとか医療がこうなんだ、みたいな感じのところを感じ始めていかれて、
でも実際、その延長で、順番で言いたいんですけど、その頃ってお仕事何してたんでしょうね。
山本ゆずゼミがヘルスケアとの出会いがっていうタイミングで。
その頃はですね、ほんとに全然違くて、広告系のコンサルの会社をやってました。
それで土日の活動としてゆずゼミだったので、会社と並行しての6年ぐらいはやってましたよね。
メインの仕事は広告系、勉強で医療業務を持ってますと。
で、ある程度留学の準備も得たとか、いろんなことがあったときに、
そのゼミの参加者で、これから医療系で起業するっていう方もたまにいたりして、
そういうところをお手伝いするみたいなのもあって、
じゃあ仕事もそっちに移してしまおうというのが大体2017とか、それぐらいからですかね。
なるほど。
で、そこからそういうもろもろでヘルスケアとの出会いもあって、
でもMBAビジネススクールとかとの関心もあって、
実際ビジネススクールに行かれたわけじゃないって伺ったんですけど、
ビジネススクールじゃないですよね、確か。
事前にインターネットでプロフィールを改めて考えてると。
留学はどちらに、どんな感じのことをされに行ったんでしょうか。
公衆衛生というマスターオブパブリックヘルスというプログラムで、
アメリカのコロンビア大学に行ってきました。
超名門、ニューヨーク。
ニューヨーカー。
ニューヨーカー。
ニューヨーカーっていうのがあって、
それはどういうきっかけというか、
MBA取ろう、ビジネススクールに行こうみたいなところから、
山本勇次ってやつが間に挟まっていると、
なんとなくイメージは湧くと思うものの、
でもビジネススクールに行ったわけじゃないですか。
医療は興味はなかったわけじゃないですか。
なのに、なんでそういう進路に留学先で行こうと思ったのかっていうのは、
きっかけだったりとか、その時の気持ちを振り返ってみると、
なんでそうされたんですか。
そうですね。
一つは、MBAの受験も通して、
いろんな留学生の方とかにもお会いしたんですけども、
話を聞いていると、
僕の中では特にシードのスタートアップをやっていくようなスキルというよりかは、
もっと組織が大きくなったりして、
マネジメントの力が求められる局面の方が活躍しやすいんじゃないかというのが一つ。
行かれている方もどっちかというと何かをスキル、ソフト、ハード含めてを得るよりも、
ネットワークで行くんだみたいな方もいらっしゃるので、
僕の求めているものとは少し違うかもしれないぞというのが一つ。
もう一つは、ヘルスケアのスタートアップも関わらせていただくチャンスがあったからこそ気づけたんですけども、
医療バックグラウンドじゃない人間が、
ガチのヘルスケアより、医療とか診療報酬がかかるようなものに行こうとしたときに、
ちょっとバックグラウンドがなさすぎると、
なかなか会話を肩を並べてしていくようなことが難しいかもしれないぞというのが。
専門的な業界なので。
そうですね。
なので、ヘルスケアの方で行くかイノベーションの方で行くかどっちかだなというので、
ヘルスケアの方だとMPH。
もう一つ、イノベーションの方だとデザインスクールのイノベーションプログラムがあっているかもしれないので、
どちらも開けていて、悩んだんですけど最終派MPHに行きました。
決めてってあったから、デザインスクールかっていう選択肢もあった中で、
それでもMPHを選んだのは何か、両方いいとこあるけど、最後これが決めてあったなって思ったんですか?
そうですね。
僕の優柔不断なところでもあるかもしれないんですけど、
プロダクトをガチで作りに行くんだ、自分がそういう人間なんだって、
腹をくくっていたら多分デザインスクール行ってたんですけど、
シードでいろんな役割を求められたりとか、
自分も柔軟に動く方が合っているかもしれないなっていった時に、
ベースになるような知識と、あと制度論だったりとか、
生物統計だったりとか、そういうような複合的な要素をそれぞれ、
基礎をしっかり身に付けるっていう意味ではMPHがいいかなっていうので、
MPHに行きました。
実際、僕も言葉としてとか、通われている人は知人にもいるものの、
コロンビア大学のMPHって何年間でしたっけ?
基本2年間ですね。
どんなことを学んだりとか、研究したりするもの、それ以外の生活も含めて、
コロンビア時代って言うと、南米っぽいんですけど、ニューヨーク時代。
留学時代はどんな日々だった?結構忙しかったりとか、
どんな過ごし方を、何を学んだり、大学以外ではどんなことをしてた?
ありがとうございます。
学校のプログラムはMPHって基本、どの学校も基礎は一緒で、
5分野ぐらいのものっていうのをしっかり単位にとってねっていう形なんですけど、
プラス2年間のプログラムのところは、そのインターンシップなりを頑張ってくれ、
みたいなのが学校から推奨されているような感じでした。
インターン推奨されるんですね、MPHでも。
MPHはそういうイメージはありますけど。
夏休み長いので、その間にしっかりやらないと、
学校としてもいかんし、就職もできないよ、みたいなのがありましたね。
就職でっていう目的は分かりますけど、
MPHで大学側がそれを推奨する?
純粋に自己研鑽として推奨するみたいなところっていうのは、
キャリア進路、路返ししてもやったほうがいいよっていうカルチャーとか理由とかってあったりするんですか?
大学公式が見たときに。
そういう意味で言うと、MPHよりはおそらく弱いは弱いですけど、その推奨度合いは。
もうちょっとアカデミックなのかなってイメージがちょっとあったりはした。
理論も含めて、政策も含めて。
そうですね。
一つは、就職率みたいなものが学校として持ってる指標なので、
頑張ってねっていうのはあるのと、
もう一つはやっぱ、マスターってやっぱりあくまでベースなところなので、
その間、特に研究所とかでインターンする人もいですいると、
そういうところで論文をしっかり書くってじゃあどういうことなのか、
プラス推薦文がもらえないと博士課程にも行けないよみたいなものはあるので、
そういう意味でも推奨されてましたね。
実際、コロンビアのMPHのセガヤスさんの同級生というかクラスメイトたちっていうのは、
ざっくり言うと、その後どんな進路に進んでいく人が多かったり、代表的だったり、
たまにこんな珍しい人もいるみたいな感じってあったりするもんね。
そうです。結構忘れちゃったんですけど、
主要三つみたいなのは一つは博士課程にやっぱり行く方がいて、
もう一つはコンサル製薬会社。
そうですね。コンサルと製薬はそれぞれ2番3番みたいな感じですかね。
コンサルもヘルスケアライセンス業界のコンサルタントみたいな、
業界に強いとか、総合ファームの中のチームに入りたいからみたいな感じ。
おっしゃる通りですね。
製薬会社の中ではどんな仕事をされるイメージですか、MPHの後っていうのは。
ガチガチのバイオスタッチやってる人たちはおそらく危険回りとかをやる方だとは思うんですけど、
あとはちょっといかんせん、マスターぐらいだとちょっとまだジェネラリスト寄りなので、
会社によって。
研究開発寄りのところを基本、営業とかよりは皆さん希望するとは思うんですけど、
ちょっと会社によってアサインはいろいろっていう感じだと思います。
なるほどね。
なんかちょっと変な気がする。就職率って結構いいものなんですよ。
それを期待してMPHを選んでくるようなクラスメーターも結構いるものなんですね。
日本だとなんかキャリアのためにMPH取りに行くとか、公衆衛生就職取りに行くっていなくはないと思うんですけど、
まだまだそんなメジャーな選択肢はないと思うんで、個人的には。
ほんとそうだと。
これ日本人から聞いたか他の国の学生から聞いたか忘れちゃいましたけど、
MPHは一番給料の上昇がない学位だみたいなことを冗談で。
MBAを取ろうと思えばMBAに入れるような準備をしてきたかもしれないけど、
割とそこはニュートラルだよみたいなところは割とありそう。
社会人接触って意味ではそうですね。
もともと何してた人が多いとかあるんですか。
学部でも社会人経験減った上でって人でも、
セガヤスさんみたいな広告とかインキュベーションとか、
みたいなことをやってるような、
そういう多分めちゃくちゃ多いわけじゃないと思う人もいれば、
変わったクラスメイトとかいますか。そんなところからMPHに来たのみたいな人もいたりするんですか。
ありだにはあんまり聞かなかったですかね。
僕がだいぶ多分レアキャラだったと思うので、
多かったのは学部直で、
学部がライフサイエンス系だったりして、
もう少し上の学位がないと、
医療機器なり製薬なりで就職できないからっていうので来てる人たちと、
あとは医療職、看護師さんとか、
MSWさんとかそういう方でちょっと上のポジションに行くとか、
もしくは病院の中で研究やってるのが日本よりすごい多いので、
そういうようなポジションに移るっていう意味で来てる学部も多かったですね。
大きく分けると医療従事者で実際に勤めるために来てるような方がいたりとか、
あとは学部から上がってくる人だと、
経済学とか政治学系の人もいれば、
いわゆる日本でいう文系みたいな感じの初心の人もいれば、
薬学とか医療系の専門学部から、
でも公衆衛生学部ってあんまりないじゃないですか。
たまにあると思うんですけど。
だから、ある意味、
越境的なっていうか、
いろんな場所とか分離ともに混ざってくるみたいな感じの場所になってくるイメージかなと。
そういう感じなんです。
いる人たちの傾向とか。
ちょっといわゆる理系とか、
培養よりの人が多いですかね。
多い感じなんですね。
ちょっと割合までわかんないんですけど、
行く方が悪いんですけど、
メディカルスクールに入れなかったとか、
メディカルスクール行く準備として、
一旦MPHみたいな人も行っていて。
そういう人もいるんですね。
すいません、どんどん気になったんで。
深掘るべきとこ書かないで深掘っちゃいまして。