産業医向けのカルテを今作っていて、産業医ってめちゃくちゃローテクなんですよ。 未だにワードで文章を作って、PDFに変換して、それをメールで担当者に送るみたいなことをやってて、
それを僕はちょっといい加減にした方がいいなと思って、産業医が自分で変えるカルテっていうのを作っているのが今の仕事ですね。
おだしょー じゃあ今日も始まりました。優さんこんばんは。こんにちは、おはようございます。
優さん はい、こんばんは。よろしくお願いします。
おだしょー いつ聞いてらっしゃるかわからないかもしれないですけれども、今日はもう5月の下旬ということで、もうハノイはですね、今日36度ぐらい。
優さん マジですか。
おだしょー もうかなり夏になってきまして、マークスで40度ぐらいまで行きますんでね、なかなか暑い日が来たなっていうところではありますけれども、
4月年度が変わって1ヶ月経って、年給も終わって、新しい職場なり環境なりに皆さん慣れてきてらっしゃるかなというところだと思うんですけれども、
我々もね、新しい取り組みというか、今までゲストを呼んで裏コミュニティ限定配信をやったことあるんですけれども、
一般の方にも聞けるような内容と、かつ裏でね、ちょっとお話しさせていただきましょうということと、
いろいろゲストをお呼びしてやってみようということで、初めての試みですね。
おだしょー ですね。
おだしょー 今日させていただきますので、よろしくお願いします。
おだしょー よろしくお願いします。
第1回目ですよね、記念すべき第1回目のゲストということで、
角田先生っていう、本当産業医でバリバリ活躍されてる先生に今回お越しいただきました。
ということで、角田先生よろしくお願いします。
角田 はい、こんにちは。産業医の角田匠と申します。よろしくお願いします。
株式会社さんぽチャートで産業医をやらせていただいているほか、産業医カルテの開発とかでサーズ開発をしているスタートアップもやらせてもらっています。
おだしょー すごい、産業医?結構、あいじさんとの話題の中でやっぱり挙げさせていただいているものなんですけど、
その中でやっぱり、もう今は角田先生ってもう本当に何ですかね、個人的にはやっぱり。
角田 大一人者的な。
おだしょー そう、第一人者的なところの印象を持っていて、実際に私自身も角田先生の下で実は半年間ぐらいお世話になってて。
角田 ああ、そうか。師匠ですかね。
おだしょー 師匠です。自分の師匠になります。
なので産業医として歩み出すきっかけを作ってくださった先生にもなるので、その先生にちょっとお話を伺えるっていうのは非常に光栄なことですので。
なので本当に今結構注目されている産業医っていうものの働き方であったりだとか、
あとは実際もう角田先生はどちらかというと産業医っていう枠を超えてもうサービスとかもどんどん作られていっている方にはなるので、そういったところも一部お話を伺っていければなというふうには思ってますので、よろしくお願いします。
角田 よろしくお願いします。
おだしょー まず、角田先生のホームページとかノートとかもね、一部ちょっと改めて拝見させていただいて。
元々角田先生っていうのが病理ですよね。元々病理から実は産業医に転校されているようなキャリアを築かれていて。
すごいですよね。
おだしょー そうなんですよ。そこのところで、なんで病理からそれこそ産業医っていうところに移られてGQ84を移されたのかっていうところをちょっと実はお話いただきたいなと思ってるんですけど、どうでしょう?
角田 わかりました。話をしよう。
おだしょー はい、お願いします。
角田 私は元々いわゆる直基礎なんですね、実は。直期なんですよ。今というか全く流行ってない直期の。
基礎研修が終わった後、病理の大学院に入ったんですね。
皆さん、病理診断学っていうのをイメージされると思うんですけど、私は分子生物学を5年くらいやっていて、病理診断やったことないんですよ、実は。
病理解剖とかはやってたんですけど、だから本当基礎の研究者のルートをやってたんですね。
ただ、そこの中でも結構メンタルやられがちなんですね、そういう状況で大学院生やってると。
やっぱり周りのドクターが専門医とか、だんだん3年、4年間取るわけじゃないですか。
その中で白い巨頭の中でピケットをカチカチカチやってるんですね。
そうするとだんだんメンタル的にやつれてきてしまって、いきなりメンタルやってる話ですけど。
その後、ちょっとメンタルチックになって、ちょっと転校しようかなって思ったときに、職場の健康管理をやるドクターがいるっていうのを思い出して、3組取ったと。
ただ、50歳に取れば慣れるのはあるからですけどね。
やっぱりそこからも結構疲れてる時に、内科にしろ精神科にしろ他にしろ。
当直とか30歳になってからやるのって結構しんどいし、結構その時除去だったので。
後輩のレジデンシーの人たちの下でまたやるなんて、ちょっと精神的にも嫌だなっていうのがあったので。
産業院取ってその瞬間独立したって感じですね。
じゃあ、もう資格取ってすぐに産業院としても独立されて。
そうですね。産業院事務所を即行作ったって感じですね。
おー、なるほどなるほど。今はそれこそ先生も当然株式会社とかも持たれてやられてると思うんですけど、
一番最初その産業院のキャリアスタートした企業さんって職託だったんですか?
職託ですね。職託をやった後、しばらくして専属医をちょっと腰を落ち着けて、
修行しようかなと思って、デッチウォークのつもりで1年ちょっとぐらい系列の企業で働いたって感じですね。
そこで結構オーベンにひたすら修行させられ続けて、結構ノウハウを覚えたっていう感じですね。
なるほど。じゃあ今の結構基礎になってる部分っていうのは、やっぱり専属の産業院として経験してたところは?
全部もう徹底的に叩き込まれたっていう感じの1年ちょいでしたね。
面談をすると隣の部屋で上司が聞いてて全部、壊れるとちょっと怖いっていうふうに呼ばれて、
全部フィードバックされて、次考えてやれとか言われるみたいな状況でしたね。
結構厳しいオーベンですね。めちゃめちゃ緊張感ある感じですね。
めちゃくちゃ緊張感ありますよ。下手なこと言うと怖いって言われるので。怖いって言われませんけどちょっとって言われるので。
なるほど。でもそこで1年やっぱり経験されてるのはやっぱり大きいですよね。
そうですね。やっぱり。
私自身も経験してて、職卓位としていくと自分しかいないので、やっぱりフィードバックもらえる人っていないですもんね。
なるほどね。
そうなんですよ。もう職卓位としていくと自分しか産業医がいないパターンって結構あるので、
そうなると自分が正しいことをやれてるかっていうのが正直客観的に言ってもわかんなくて。
面白いですね。それ考えるといわゆる臨床の現場とは真逆というか。
そうなんですね。
でもあれに結構連続産業医って病棟で働くのにちょっと近いイメージかなと思っていて、
病棟って僕が内科やったから臨床やったことないのでわかんないですけど、
外来があって病棟があって手術とか検査とかがあって、その中で修行していくじゃないですか。
そうすると総合的に能力が関与されると思うんですね。多分ばっかりですけど。
でも外来だけやってる直内科とか直精神科とかそういう人たちで外来しか経験しないし、
さっきの指導体制もないから結構能力として偏ってしまったり、
独りよがりになりがちなところはあるのかなって思っていて。
結構職卓産業医だけだとそういう能力の偏りっていうのが出やすいので、
あとフィードバックも1ヶ月経ったら遅いですし、従業員から。
そういう意味だとその修行の場としては結構連続医ってありなのかなと。
なるほどね。面白いですね。
我々臨床医だと基本的にやっぱり自分一人で何かを決めるとかいうのって、
やっぱり5、6年目ぐらいまでは少なくとも怖いですよね。
でもそういう意味では先生も応弁みたいな先生がいらっしゃって
修行させてもらえたっていうのは大きかったんですか。
そうですね。やっぱり普通の職卓医より5倍ぐらい成長早いんじゃないかなっていう。
なるほどね。
それぐらいの密度がありますね。
それは素晴らしいですね。なるほどね。
ちなみに先生、産業医はもう取った瞬間にこれだって思って独立されたんですか。
ちょっとこれはあれだけど、当時辞めるときに、
ただ辞めると履歴書としてあんまり美しくないよねっていうのはあるじゃないですか。
フリーランスドクターです。それはありなんだけど、
自分はその修行歴とかあんまりなかったです。
ただ会社とか作ればそこの社長とか所長とか代表とかそういう立ち位置になるので、
フラフラしてるっては失礼な言い方ですけれど、
いろんな時間を過ごし方としては自分の中で完結できる立場なのかなって思いますね。
本当自分もそれこそ、やっぱりいつもの先生に半年間教えてもらってっていう形なんですけど、
その半年間なかったら結構産業医としてまず現場に行ったとき、
何やったらいいか全く分かんないと思うんですよ。
座学ではこういうことを見ましょうねっていうのを学ぶんですけど、
じゃあ実際に現場に行って、
相手の企業さんってそんなに正直産業医がどういう仕事をやってくれる立場の人間かとか分かってないんですよね。
先生来ました、今日何しましょうっていう感じのパターン結構あるんですよ。
なんでそこで産業医として職場巡視は必要なのに職場巡視させてもらっていいですかとか、
そこで見るポイントがどこなのかっていうのとか、
あとはそこで従業員の方の面談とかはしてほしいっていうのもいきなり言われることも当然あるので、
じゃあどういう背景でどういう面談をしないといけないかって自分の中でイメージが持てないと、
全く聞き出す情報、何聞いたらいいか分からないし、その情報から何を判断したらいいか分からないってことになっちゃうんですよね。
まさにユウさんに僕が産業医の1回目か2回目ぐらいの話をさせてもらったときに、
僕が何も知らないからどうやって学ぶのっていうか、
どういうところ見るポイントが教えてもらえたりするんですかみたいな話したじゃないですか。
そういうのを相馬先生に教えていただいたみたいなイメージですね。
そう、完全にそうです。
師匠ですね。
いや、完全師匠ですよ。
言ったときの産業医としての活動の流れというか、こういうことやったらいいよねっていうのを全部正直教えてもらって、
当然半年間なので全てってわけではないと思うんですけど、
ただもうやっぱりゼロから入ってくのと、そこ半年間学んでから入れたっていうのは全然違って、
未だにそれすごい生きてるので、やっぱりあの機会って非常にありがたかったなっていうふうには自分では思います。
ゼロからやると結構きついな。僕もゼロから最初の1年ぐらいは1人でソロ発してたんですけれど、
やっぱりマジで分からんっていうのが本当だと思って。
そうなんですね。
何やっていいか、検診期間で最初やってたんですね。この間がやっと終わりみたいな感じで結局は。
そこだけど、担当者の人とかも何も知らないし、当然知らないよね。
普通に営業のマンだし。
検診の人が知ってるわけじゃないし、事実上が知ってるわけじゃないし、
ということで1人で考えてやるしかない。
せめて挨拶と名刺交換ぐらいはしっかりしようかなっていうことで思ってやるけど、
それもなんとなく手探り手探りで、誰かといろんな人と関わったりしながらやってたけど、
でもやっぱり本当に身につくのは、誰かのちゃんとメルクマークというか道筋を立ててもらう。
多分臨床の先生も一緒だと思うんですけど、病人見たら多分段取りがあって最後こうなるんだろうなって。
目越しってきっと立つのかなって思うんですけれど、
産業員もそれと一緒で、1人この事業員さんとか会社に出会うと、
こういうメルクマークがポンポンポンってあって、最終的にこっちのルートとこっちのルートがあって、
こっちに行くといいだろうなっていうのが見えるんですね。
なるほどね。面白い経験ですね。
そういうの知ってるか知らないか、教えてもらえないか教えてもらえないか。
違いますよね、全然。
始まる環境が違ったりするので。
ですよね。
しかもそれ、ちゃんと自分でいざ行き出して全く分からないと、
それをまた先でフィードバックしてくれる人がいないから、分かんないんですよ。
自分が正しいことをやれてるかも分かんないし、
多分そこを学ぼうと思ったら何かしらの書籍を読むとか、
そういったのに頼ることになっちゃう。
あとは身近に何か産業員の先生がいらっしゃれば、
その方に実際どうやってるっていうのを聞いて、
学んでいくことになると思うんですけど、
未だにでもやっぱり経験っていうところで言うと、
なかなか詰めずにいきなりポンって掘り投げられるというか、
じゃあ担当ついてお願いしますっていう風に言われるパターンは、
結構多いとは思いますね。
結構多いと思いますよ。
教えてくれる人いないですもん。
いないですよね。
何も知らないので。
当たり前だけど、バイトの人とか社員で入ってる人は、
職場の健康観点は分かんないですよ。
そうですよね。ご存じないですよね。
分かり前ですよね。
めちゃめちゃ貴重な機会を実はいただいてたっていう。
隅田先生は医者になって何年目で病理辞めて産業員になられたんですか?
僕30で産業員になってるので、6年半が2年研修やって、
4年半大学院に行って、あとは普通に上司に行って、
あと独立して、今7年やってるのかな。
産業員は7年目って感じですね。
さっきおっしゃってた営業だったりだとか、
自分の新たなプロダクトみたいなの作られてるっていう。
そうですね、いろんな本当に。
例えば今週だと何があったかなってちょっと考えてみて、
自分のカレンダーで考えると、
ドクターのブログ、オンドメディアやってるので、
オンドメディアのインタビュー記事をやったり、
弁護士さんと話したり、
そういう営業さんと話したり、大工さんと話したりとか、
また別の弁護士と話したりとか。
すごいな。
あとジム行ったりとかねって感じ。
お忙しい、お忙しい。
あと銀行と話したりとかねって感じで、
新規アポガンとかそういうのにも時間使うので、
LP作ったりとかこういう細々な作業もあるし。
いやーやっぱそれ聞いてても医者っぽくないですよね。
社長ですよね。
なんかいろんな人とアポとってあって。
確かに優さんは確かにな。
優さんはお医者さんだもんね。
まだ臨床はやってるし。
僕すごい角田先生の気持ちがめちゃめちゃわかりますね。
何をやるべきなのかがマジでAIに管理させないと、
今日やるべきこと何だったっけとか、
あーやべーメール忘れてたって言って、
返信しなきゃって言って返信のこれ書いてって、
そこで書いてってお願いしたところで、
あ、英語だったって気づくみたいな。
すごい。
そういう感じでさらにごちゃごちゃになってくるので。
アメロギーがすごい。
僕もう限界が来ちゃって、人を雇いましたね、ついに。
そうですよね。
もう回らんなと思っていろんな仕事が。
先生ちょっとお聞きしたいんですけど、
開発とかされてるっておっしゃってたのは、
その産業員向けの何かツールみたいなのを。
産業員向けのカルテを今作っていて、
産業員って悲しい話ちょっとだけ少しだけ話させてもらうと、
産業員ってめちゃくちゃローテクなんですよ。
いまだにワードで文章作って、PDFに変換して、
それをメールで担当者に送るみたいなことをやってて、
情報も何とかに散らかっていいみたいな感じなんです。
何でかっていうと健康管理システムがあるんですね。
大きな電子カルテシステムが。
エンタープライズ級でめちゃくちゃ高いんですよ。
月何十万とかだったりして。
大企業が入れれば効率化するからいいんですけど、
中小産、そこまでのスペックのものとか高いものいらないよねってなっちゃうので、
産業員がいくら、何か20個とか10社やってる先生いるじゃないですか。
10社お願いして1個も入んないことが多いんですね。
そうなった時に先生たちいまだにローテクな仕事をして、
それで時間を待ち月に後残業で10時間20時間仕事してるようなことがあるんですね。
それを僕はちょっといい加減にした方がいいなと思って、
産業員が自分で買えるカルテっていうのを作ってるのが今の仕事ですね。
そういうのは先生もともとお好きだったとか、もともとやられてらっしゃったんですか?
本当は3、4年後したらやろうかなと思ってたんですけれども、
たまたまタイミングがいろいろあって、
今その愛知県にあるベンチャーインキュベーション施設に僕入居してて、
スタートアップ企業がたくさん集まってどんどん開発していくみたいな。
そこでエンジニアの仲間と一緒に出会ったりして、
それでじゃあ一緒に作ろうぜって感じで作ってるって感じですね。
すごい。
その冒険みたいなことしてますね最近。
完全にベンチャー社長ですよ。
なりたいって感じですかね。
本当おっしゃる通りでめっちゃローテクなんですよ。
僕もやっぱり今日も産業行ってきましたけど、
結局WordとかExcelとかで打ち込んでPDF化してメール送るみたいな。
もうそれで管理してもらってるところ。
それか現場で手書き。
今だったらタイプレスみたいなのでばーって喋って、
これあれしといてっていうクロードとかにお願いしてみたいになっちゃうってこと?
場合によってはそれで。
こんなこと言っていいのかな。こんなこと言っていいのかな。わかんないけど。
そういうのも別にできなくはないと思うんですけど、
結局ただその企業さんにどうやって情報を共有するかってなると、
メールで共有するのが基本になっちゃうんですよ。
何かクラウドシステムが入ってて、
それをアカウント1個もらえればもしかしたらそこにアップロードするとか、
そういうことはできるかもしれないんですけど、
なかなかそこでクラウドを活用されてるっていうところは、
自分の担当では正直なくて。
個別性がかなり高いので、企業さんごとの考え方とか仕組みが。
そうなってくるとローテクナー、メールっていう手法が一番普遍で。
なるほどね。面白いな。
そんな感じなんですね。それを打開しようとされていらっしゃる感じですね。
そういうことですね。
素晴らしいですね。イノベーションじゃないですか。
イノベーションしたいですね。
楽しそう。
すごいんですよね。
企業さんとしても困っている部分ではあるんですよね。
カルテ自体は本当に高いんで、初期コストが何百万、維持費付き何十万みたいな感じになっちゃうから、
なかなか踏み出せないよねっていう企業さんも多いのは、僕も実感としてあったので。
ただそこのところも解決するためにそこのところに着手するっていうのがさすがだなっていうふうには正直思ってます。
そうですよね。この4月からでしたよね。従業員さんに雇われたのって。
4月からやっと入って、9月から来てほしかったんですけど、やっと来てもらえて、仕事を覚えてもらいながら、
既にだいぶ活躍してもらってますし、保健師の方なんですけど、既に保健師の仕事もやってもらいながら。
素晴らしい。
すごく仕事が強化されてます。
僕、ゆうさんと、どれくらいやってるっけこれ?1年?半年?
これ1年くらいです。
1年くらいからしてるんですけど、僕も1年前からずっと秘書が欲しいってずっと言ってた。
一生意が欲しいやと。
もちろん親族に手伝ってもらって、妻がやったりとか、僕の妹に会計とかやらせたりとかそういうのはやってるんですけど、
でもやっぱり人を雇うっていうか、AIエージェントじゃなくて、この痒いところに手が届くみたいなのが欲しいなっていつも思ってるので、
先生みたいな、そんな方が出会えるとかなんて素晴らしいですね。
本当にありがたいことですね。
フルタイムで部屋にいてくれるので、これこれお願いしますみたいなところを、やっぱり気づいてくれますしね。
なるほど、素晴らしい。
ちなみにその方はどうやって見つけたんですか?ご自身のコミュニティとかですか?
これはXで見つけました。
おーすごい。
Xで知り合いが反応してくれたって感じです。
僕とYuさんの出会いもXですからね。
僕とYuさんの出会いもXですね。
みんな全部X。
みんなXで出会ってますからね。
僕が今ベトナムにいるのもYuさん、Xのおかげですからね。
そうなんですか。
間接的にYuさんの紹介してくれた、なんていうの、エージェントツーの紹介のところからつながって、ベトナムに行ってっていうのにつながってるんですよ。
すごいですね。
すごいな、これは。
そうなんですよね、送り込んでましたよね、ベトナムに。
全く意図せずね。
旅行者というかバックパッカーのもともとの血が騒ぐとかそういう感じですか?
いろいろありまして。
外国行くか、みたいになって。
それは本を読んでちゃんと学ばなきゃいけない。
いえいえ、全然大丈夫ですよ。
いわゆるポッドキャストでは何回かお話ししてるんですけども、
きっかけは、もともとバックパッカーをやってて、外国にも興味あったんですけども、一番のきっかけは母が亡くなって。
ああ、そうですか。
父の後を継いで、このまま生いで俺の人生を終わるのは、あと20年しか、うちの母は23くらいで僕を産んでるので、
あと20年で僕もその年になるってことは、20年で死ぬっていう覚悟をしなきゃいけないっていうことだなと思って、理解して。
20年その歴史で終わるのは嫌だなと思って。
で、妻が珍しく僕のキャリアとかのことに関して、外行かないみたいな感じで言ってたのがきっかけで、外に行くことにして。
で、外に行くって、違う国に行こうとしてたら、何らかんらいろいろあり、最終的にゆうさんにベトナムに送り込まれたみたいな。
すごい興味深いですね。
その気持ちわかります。何かチェンジというか、いっぱい作ってチャレンジしたいなって気持ちわかります。
先生が病理、基礎病理をやめられて、いきなりあれに転向されるっていうのも相当だなっていう。
そうですね。顕微鏡を見てるところから一気に。
そうですよね。
世界広まる、急にワールドマップできたみたいな感じですからね。
そうですよね。僕とは全然、ベクトルの違う新しいチャレンジだからすごいなと思って。
その当時はそんな感じでしたね。
いろんなことしましたね、ほんとに。