1. 美術を面白く学ぶ MeeFM 学芸員の事件簿
  2. #008|ヴィルヘルム・レームブ..
#008|ヴィルヘルム・レームブルック|ひざまずく女はなぜ細長いのか|関節人形と笑われた1911年の衝撃|アーモリー・ショーでドイツ彫刻家ただ一人選ばれた男|英雄像の依頼を断り「くずおれる男」を作った反戦彫刻|坐る青年と戦死した友への追悼|アカデミー会員の栄誉の年に38歳で逝った天才|退廃芸術とされた名作を遺族が守り抜き息子が美術館を建てた物語|愛知県美術館《立ち上がる青年》と美術の事件
2026-10-29 21:39

#008|ヴィルヘルム・レームブルック|ひざまずく女はなぜ細長いのか|関節人形と笑われた1911年の衝撃|アーモリー・ショーでドイツ彫刻家ただ一人選ばれた男|英雄像の依頼を断り「くずおれる男」を作った反戦彫刻|坐る青年と戦死した友への追悼|アカデミー会員の栄誉の年に38歳で逝った天才|退廃芸術とされた名作を遺族が守り抜き息子が美術館を建てた物語|愛知県美術館《立ち上がる青年》と美術の事件

ドイツ表現主義の彫刻家ヴィルヘルム・レームブルックを深掘りします。身体を極限まで細く引き伸ばし、量を削ぎ落とすことで精神を浮かび上がらせた「引く彫刻」。1911年の《ひざまずく女》は「巨大な関節人形」と笑われながら、1913年のアーモリー・ショーではドイツの彫刻家でただ一人選ばれました。故郷からの英雄像の依頼を断って作った反戦のモニュメント《くずおれる男》、戦死した友を悼む《坐る青年》、プロイセン芸術アカデミー会員に選ばれた1919年に38歳で逝った天才の絶望。そして「退廃芸術」と断じられ美術館から奪われた作品群を、命がけで守り抜いた遺族と、建築家となった息子マンフレートが設計したレームブルック美術館への奇跡の帰還まで。前回のバルラッハの「足す彫刻」と対をなす、ドイツ彫刻のもう一つの源流を辿ります。DJは水曜ペアのHanaとDaichiです。


♪今日の1曲:ジャズ


Moshilinは、世界中のネイティブスピーカーと音声ルームで話せる言語交換アプリです。Android版はGoogle Playから。iPhoneの方はブラウザで https://safekids.win から試せます。

https://play.google.com/store/apps/details?id=com.moshilin


感想やリクエストは、Spotifyのコメント欄でお待ちしています。


■参照サイト

https://lehmbruckmuseum.de/wilhelm-lehmbruck-2/

https://lehmbruckmuseum.de/museum-english/wilhelm-lehmbruck/work/

https://www.encyclopedia.com/history/encyclopedias-almanacs-transcripts-and-maps/wilhelm-lehmbruck

https://www.tate.org.uk/whats-on/tate-britain/wilhelm-lehmbruck-1881-1919

https://www.moma.org/s/ge/collection_ge/objbyartist/objbyartist_artid-3464_tech-7_role-1.html

https://www.nga.gov/exhibitions/art-wilhelm-lehmbruck

https://www.nga.gov/artworks/54383-seated-youth

https://www.artic.edu/artists/15075/wilhelm-lehmbruck

https://onlinecollection.leopoldmuseum.org/en/object/28333-kneeling-woman/

https://www.leopoldmuseum.org/en/press/news/718/Leopold-Museum-successful-Wilhelm-Lehmbruck-exhibition-enters-its-final-phase

https://www.leopoldmuseum.org/en/press/news/722/Eminent-permanent-loans-for-the-Leopold-Museum

https://artdaily.cc/news/86403/The-Leopold-Museum-opens-most-comprehensive-retrospective-of-Wilhelm-Lehmbruck

https://www.19thc-artworldwide.org/spring17/smit-reviews-wilhelm-lehmbruck-retrospective

http://www.visual-arts-cork.com/sculpture/wilhelm-lehmbruck.htm

https://www.nrw-tourism.com/museums/lehmbruck-museum

https://www.nact.jp/english/artcommons/user/detail/6952


■声質変換:つくよみちゃん公式RVCモデル(CV.夢前黎) https://tyc.rei-yumesaki.net/work/software/rvc/

■元の音声:本番組用に生成したDJナレーション音声

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
そして戦後数十年の時を経て1964年、はい、成長して建築家となった息子のマンフレート・レイム・ブルックが自ら設計したレイム・ブルック美術館を故郷リュース・ブルックに開館させるんです。
えー息子さんが美術館を? そうなんです。国家に迫害された父の魂は息子が建てた安全な家へとついに帰還を果たしたんですよ。
B.F.M.
あの国家からこれは有害なゴミだって落言をされて根こそび破壊されそうになった芸術作品があったとしたらどうなると思いますか?
まあ普通に考えたら歴史から完全に消え去っちゃいますよね。
ですよね。
でももしそれが作者の遺族によって命懸けでクレーミー愚かに告されて数十年後に彼自身の息子が建てた美術館の主役として迎えられたとしたら。
いやーそれはすごい。本当に奇跡的な逆転劇ですね。
そうなんです。今日私たちが追うのはまさにそんな信じられないような運命を辿ったある情報家の柔軟と奇跡のお話です。
お。
美術キレーションプログラム博芸員の事件簿。美術を面白く学ぶミーF.M.博芸員の事件簿。
リスナーもおなたと一緒に残された作品を証拠品として歴史の謎を深く掘り下げるホーム番組ですが、今回のミッションはドイツの彫刻家ウィルヘルム・レインブルクの精神とその代表作が辿った数奇な運命をぎっくりひも
と踊らす。
ウィルヘルム・レインブルク。
1881年に生まれて1919年に38歳という若さで亡くなった彫刻家ですね。
この彼の作品を理解する上で実はすごく重要なヒントになるのが前回私たちが取り上げたエルウェスト・バルラッハとの違いなんですけど。
目長のバルラッハですね。
そうです。バルラッハって木の塊から人間の重みとか内面を力強く叩き出す、いわばタス彫刻だったじゃないですか。
まさに圧倒的な質量というかボリュームがありましたよね。
それに対して今回のレインブルクは真逆なんですよ。
身体を極端に細く引き伸ばして物理的な量を極限までそぎ落とす。
言ってみれば引く彫刻に人生をかけた人なんです。
なるほど。引く彫刻ですか。
でも粘土とか石みたいな重さのある素材を使いながらあえてそのボリュームをそぎ落としていくってなんかすごく矛盾してるっていうか。
そうパラドックスですよね。
最終的に彼は何を表現したくてそこまでそぎ落としたんでしょうか。
肉体っていう器を極限まで薄くすることでその中に詰まっている精神を可視化しようとしたんですよ。
肉体を消すことで精神を浮かび上がらせるってことですね。
そういうことです。でもこのすっごく前衛的なアプローチって当時の人々には全く理解されなかったんです。
まあ当時の基準からするとそうでしょうね。
03:01
例えば1911年に制作されたひざまずく女っていう作品があるんですけど。
これ高さが174.5センチもあって等身大以上あるのに体が不自然なほど細長く引き逃されてるんです。
1911年ってことはまだ彫刻界では古代ギリシャとかの完璧なプロポーションなんですよ。
絶対的な美の基準だった時代ですよね。
まさにそうなんですよ。
だからこの極端なバランスは当時の評論家の言葉を借りると巨大な関節人形なんて言われて失賞を買っちゃったんです。
えー関節人形ですか。それは酷い言われようですね。
パリとかケルンでの初展示ではもう美の基準を冒涜してるって大ローゾーになっちゃって。
なるほど。
完璧な筋肉のバランスを見慣れてた人たちにとっては魂の形みたいなものがただの不格好なマニキューに見えちゃったわけですね。
そうなんです。でも彼には古典的な美しい像を作る技術は当然あったはずなんですよ。
ですよね。基礎はできてるはずですから。
なのにわざわざ批判されるとわかっていて肉体を削ぎ落とした。
なんか筋肉って物理的な強さとか生命力の象徴じゃないですか。
えー力強さの証ですよね。
それをあえて削ることで個人の特定の特徴が消えて代わりに祈りとか悲しみみたいな感情のシルエットだけが空間に浮き上がるというか。
あーすごく鋭視してるんですね。実は同時代の評価、テオドル・ドイブラーも同じようなこと言ってるんですよ。
えっそうなんですか。
はい。彼の作品は肉体が削ぎ落とされたことで逆に精神の重力が生まれているって指摘したんです。
精神の重力ですか。いい言葉ですね。
まるで中世のゴシック教会の彫像が天に向かってスーッと伸びてるみたいに物理的な重力から解放された精神の姿だと。
なるほど。そしてその純粋な精神の形はやがて球体依然としたヨーロッパを飛び越えて世界に見出されることになるんですよね。
海を渡ったってことですか。
1913年に近代美術の歴史を決定づけた伝説的な展覧会アーモリーショーがニューヨークやシカゴ、ボストンで開催されたんです。
あの超有名なアーモリーショーですね。
はい。実はこの時ドイツの彫刻家としてただ一人選ばれたのが彼だったんです。
それはすごい抜擢ですね。
しかもそのひざまずく女は近代彫刻の巨匠ブランクー氏とかアーキペンコの作品と並んで展示されてアメリカのアートシーンでも大絶賛を浴びたんですよ。
自分の国とかヨーロッパの周辺では関節人形って笑われてたのに、数年後には大西洋を越えて最先端のアートとして熱狂的に受け入れられたわけだ。
そうなんです。彼自身もこれで自分の表現は間違ってなかったって確信したんでしょうね。
私たちは再び真に偉大な芸術に向かっているって語ってすごく希望に満ちてたらしいです。
いやーやっと時代が彼に追いついたって感じですね。
でも個人の希望なんて一瞬で押しつぶしてしまうのが歴史が恐ろしいところで。
06:00
というと。
その翌年の1914年、第一次世界大戦が勃発してしまうんです。
あーここで戦争が。
そして1915年に彼の故郷であるリュースブルク氏からある重要な依頼が来ます。
どんな依頼ですか?
カイザーベルクの名誉墓地に建てる国の誇りとなるような英雄像を制作してほしいっていう依頼だったんです。
地元からの名誉ある仕事ですね。
でも彼はこれを断固として拒否するんですよ。
へー拒否したんですか。
1915年って戦争がどんどん泥沼化していく真っ只中ですよね。
そんな時期に地元の英雄像の依頼を突っ跳ねるなんて。
そうなんですよ。
ただの芸術家のわがままじゃ済まされないというか。
へーだしたら非国民として討学されられない危険な行為じゃないですか。
まさにそうです。
でもそこまでして拒まなければならない理由があったんです。
なぜですか。
彼は当時ベルリンの軍病院で衛生兵として勤務していたんです。
あー現場にいたんですね。
そこで彼が毎日目の当たりにしていたのは勇ましい英雄の姿なんかじゃなくて、兵器によって無残に破壊されてすり減っていく若者たちの肉体だったんですよ。
それは壮絶ですね。
その強烈なトラウマを抱えた彼にとって、大惜しい英雄像を作ることは、死んでいった兵士たちへの最大の侮辱に等しかったんです。
なるほど。
事実、彼は依頼を断ったのと同じ1915年から1916年にかけて、英雄像とは大局にあるくず折れる男っていう反戦のモニュメントを制作しています。
くず折れる男ですか。タイトルからしても胸が苦しくなりますね。
四つん這いに崩れ落ちた裸の青年が、折れた剣の桐株みたいなものを抱え込んでるんです。
勇ましく立つんじゃなくて、崩れ落ちていく。まさに軍病院で彼が毎日見つめていた真実の人間の姿だったんですね。
そうなんです。
その身体はまるで、
今にも崩れ落ちそうな脆い端のような形をしていて、レオポルド美術館の解説でも最も印象的な反戦記念碑って表されてるんです。
人間の限界とか絶望を、その極限まで削ぎ落とした肉体で表現したわけだ。
でも、そんな徹底した反戦の姿勢を貫いてたら、戦時下のドイツ国内で安全でいられるはずがないですよね。
おっしゃる通りです。結局彼は戦争反対派の亡命先となっていたスイスの駐輪兵逃れることになります。
やっぱり亡命せざるを得なかったんですね。
でも物理的に戦場から離れても、彼の心の中の戦争が終わることはなかったんです。
トラウマって距離じゃ解決しないですからね。
むしろ、自分だけが安全な場所に逃げてしまったっていう罪悪感、いわゆるサバイバースギルトが彼を苦しめたんじゃないですか。
まさにその痛烈な罪悪感が次の作品に影を落とします。
1917年に制作された座る青年という作品なんですけど。
どんな作品なんでしょうか。
極端に細長い青年がうつむいて深く座り込んでるんです。
09:03
これは戦地で命を落とした友を痛む像だとされています。
友への追悼ですか。
アショナルギャラリーはこの作品を彼の様式の最も完全な統合であり最大の達成って位置づけてるんですけど、そこには静かででもそこしれない絶望が漂ってるんです。
肉体を引くことで精神性を高めるっていう彼のアプローチが皮肉なことに生き残ってしまった自分の肉体さえも気迫に感じてしまうような虚無感と結びついちゃったんですね。
ちょっと話はそれるんですけど、こういう深い絶望とか作品が放つ祈りのような感情について他の国の人はどう感じてるんだろうって思うことありませんか。
ありますね。同じ作品を見ても背景にある歴史や文化で受け取り方が違ったりしそうですし。
そういう時にすごくオススメなのが私たちが作っている言語交換アプリのもしりんなんです。
もしりんですね。
はい。世界中のネイティブスピーカーと音声ルームで繋がれるんですけど、リアルタイムのAI翻訳とか字幕表示機能があるんですよ。
それは便利ですね。
言葉の壁を気にしなくていい。
そうなんです。だから例えばドイツのアートファンと直接繋がって、この座る青年に込められた反戦のメッセージについて深い解釈を語り合うなんてこともできちゃうんです。
へー。
22以上の言語に対応してるんですよね。美術を通じた感情の共有にはぴったりかもしれない。
リスナーのあなたももし今日のテーマをもっと誰かと語り合いたくなったらぜひもしりんを使ってみてくださいね。
さて話をレイムブルックに戻しますが、ここで今日の一曲をお楽しみください。今日はジャズでお届けします。
彼が亡命先でその深い絶望を抱えていた後どうなったんですか?
終戦後の1919年初めに彼はプロイセン芸術アカデミーの会員に選出されるんです。
おーそれはすごい。ドイツの芸術家として最高の栄誉じゃないですか。
そうなんです。でも同年3月25日彼は38歳という若さで自ら命を絶ってしまいました。
え?アカデミー会員選出っていう…
最高の栄誉の直後にですか?
12:01
はい。
普通の感覚なら…
これでようやく自分の反戦の姿勢とか芸術が認められたって…
報われた気持ちになると思うんですけど。
そう思いますよね。でも彼にとっては違ったんです。
やっぱり自分が否定し続けた国家体制から名誉を与えられることへの拒絶感があったんでしょうか?
それもあったかもしれません。
あるいは自分だけが生き残って社会的な成功を収めることに対する絶えがたい罪悪感というか…成功っていうコーティングじゃ魂の傷は塞げなかったんですね。
残されている技術に基づくと南朝で軍務を介入されたことへの追い目とか、衛生兵としての強烈なトラウマ、それに治理費での実らなかった行為などいろんな絶望が重なっちゃったみたいなんです。
本当にギリギリの精神状態だったんですね。
メトロポリタン美術館の解説でも彼が軍病院での経験に深く傷ついていたことが…
はっきり指摘されています。
なるほど。
彼は他者の痛みを削ぎ落とした純粋な形に消化しようとするあまり、自分自身の精神まで削り切ってしまったのかもしれません。
あの座る青年の無防備な首筋には、そういう彼の声なき叫びが封じ込められている気がします。
センセーショナルに語るべきことではないですけど、作品の静けさの中にその生々しい苦悩が確実に刻み込まれているんですね。
そうですね。
彼自身はここでこの世を去ってしまったんですけど、実は彼の残した作品たちが辿る運命は、ある意味で彼自身の人生よりも壮絶なんです。
というと?
1920年代後半から、ドイツではナチスが台頭して暗黒の時代へと向かいますよね。
はい。歴史の転換点ですね。
早くも1927年には、あの跪く女が襲撃の被害に遭うんです。
襲撃ですか?
そして1937年には、ついに政府によって彼の作品群が大廃芸術として、ドイツ中の美術館から押収されてしまいます。
わぁ、出た。大廃芸術。
ミュー編で開催されたあの悪名高い大廃芸術展では、跪く女が見せしめとして晒し者にされたんですよ。
アメリカのアーモリー賞で大絶賛されるなんて。
本当に理不尽ですよね。
国家権力って、自分たちが理解できない複雑な精神性とか、人間の弱さを描いたアートを本当に恐れるんですよね。
単一の強くて美しい英雄のイメージしか許容できないから。
ええ、まさにそういうことです。
そしてここから作品の長い露点が始まります。
どうなったんですか?
例えば座る青年は1921年にマンハイムのクンストハレに寄贈されていたんですけど、これも1937年に押収されちゃうんです。
美術館から直接奪われたわけですね。
はい。その後大廃芸術を外科に変えるための我老を経てアメリカへと渡り、数々のコレクターの手を経て1974年にワシントンのナショナルギャラリーに収蔵されて、ようやく安住の地を得たんです。
15:08
1974年。長い道のりでしたね。まさに命からがらの亡命だ。
そうですね。でもアメリカに逃れられた作品はまだ運が良かった方で。
確かに。ドイツ国内に残された作品はどうなったんですか?国が血まなこになって破壊しようとしてたわけですよね。
ここで信じられない奇跡が起きるんです。
ほう。
ファシズムの嵐の中で残された遺作を命がけで守り抜いた人々がいました。
妻のアニータをはじめとする遺族たちです。
ご家族が?
彼女たちは政府の目を盗んで、危険を顧みず作品を密かに隠し通したんです。
見つかったらタダじゃ済まない状況で、すごい覚悟ですね。
そして戦後数十年の時を経て1964年。
はい。成長して建築家となった息子のマンフレート・レイム・ブルックが自ら設計した
レイム・ブルック美術館を
故郷リュース・ブルックに開館させるんです。
えー息子さんが美術館を?
そうなんです。国家に迫害された父の魂は息子が建てた安全な家へとついに帰還を果たしたんですよ。
やーっとされますね。巨大な国家権力がこれは無価値だって力士から消し去ろうとした。
でもそれに抗ったのは武力でも政治でもなく家族の静かで頑固な愛だったっていう。
本当に胸が熱くなりますよね。
無俗の愛が一刻のファシズムに打ち勝った歴史的事件ですね。
さらに付け加えると彼の作品の力って美術の枠を超えて建築にも影響を与えてるんですよ。
建築にもですか?
生前からの友人であった
20世紀の巨匠建築家
ミース・ファンデル・ローエってご存知ですか?
あ、名前は聞いたことあります。
彼、生涯にわたって自身の建築とか展示空間にレイム・ブルックの彫刻を置き続けたんです。
へーそうなんですか。
ひく彫刻が持つあの空間を研ぎ澄ます力が現代建築の無駄を削ぎ落とした空間と完璧に響き合ってたんですよね。
なるほど。海を渡って生き延びた作品。家族の愛によって故郷で守られた作品。そして巨匠建築家に愛され続けた作品。
チリジリになったことで逆に世界中に彼の精神が目を下ろしたんですね。
そういうことですね。
実は私たち日本にいるリスナーもこの露天の目撃者になることができるんです。
お、日本にもあるんですか?
2003年から2004年にかけて日本初の大規模な開古展が鎌倉の神奈川現立近代美術館などで開催されたんです。
へー日本でもやってたんですね。
レイム・ブルック美術館とか貴族の協力でひざまずく女やくず折れる男それに座る青年を含む約120点が一挙に来日したんですよ。
それはすごい規模ですね。
はい。今後の日本での大規模な展示予定は今のところ未定なんですけど、実は国内でも日常的に彼の作品に出会える場所があるんです。
18:00
どこですか?
愛知県美術館です。
愛知にあるんだ。
愛知県美術館は1913年の立ち上がる青年という作品を所蔵していて、展示は入れ替え性なんですけど、例えば2013年度には前回取り上げたバル・ラッハとか同時代を生き抜いたケイテ・コルビッチの作品と一緒
に並べて展示されたんです。
それは素晴らしいキュレーションですね。
多数バル・ラッハとヒク・レイム・ブルック、全く違うアプローチで同じ時代の痛みに向き合った二人の作品が遠く離れた日本の美術館です。
静かに対話している。
歴史の不思議な巡り合わせを感じませんか?
本当ですね。言語を越えて解釈を交わすことで作品の新しい側面が見えてきそうです。
そうなんです。
実際、レイム・ブルックがヒクことでしか描けない本質を示したことは、
その後の世界の彫刻家たちに決定的な影響を与えましたからね。
例えばどんな作家ですか?
有名なところだと、アルベルト・ジャコメッティの、
あの極限まで細い人物像とか、
ヘンディ・ムーナの造形も、
彼のDNAを受け継いでいると言っていいです。
ああ、言われてみれば確かに。
現代アーティストのヨゼフ・ボイスも、
若き日に彼の作品を見て、
全ては彫刻だと直感したって語ってますしね。
物理的な厚みを削ぎ落とすことで、
人間の内面の震えを剥き出しにする。
当時の美の常識を裏切って、
戦時画でも英雄像を拒み、
等身大の痛みを抱える人間を作り続けた、
ビルヘルム・レイム・ブルック。
彼の作品は国家によって
大敗芸術として博売されましたけど、
遺族の愛や海を渡った先の人々、
そして友人たちに守り抜かれて、
最後は息子の設計した美術館へと
奇跡の帰還を果たしました。
現代社会って、
常に新しい情報とか価値観を足すことで、
自分を武装して強く見せようとするプレッシャーに
満ちてるじゃないですか。
SNSとか見てても本当にそう思います。
でも彼の引く彫刻は、
私たちに鋭い問いを突きつけてる気がします。
私たちが本当に大切なもの、
自分の本質にたどり着くためには、
一体何をそぎ落とせばいいのかと。
何を足すかではなく、
何を引くかですね。
ええ。
情報型な現代だからこそ、
彼の作品が放つ静かな重力が、
より一層私たちの心に響くのかもしれません。
まさにそうですね。
もし今日の話題について、
もっと深く語り合いたくなったら、
ぜひ先ほどお話ししたモシリンアプリを使って、
世界中のアートファンと意見を交わしてみてください。
きっと新しい発見があると思いますよ。
それではリスナーのあなた、
今日のエピソードはいかがでしたか?
この歴史の逆転劇に対する感想や、
次はこの作家をじっくり紐解いてほしいというリクエストがあれば、
ぜひSpotifyのコメント欄から送ってくださいね。
お待ちしています。
あなたが次に解き明かしたい美術の試験部をお待ちしています。
21:01
すべてをそぎ落としたとき、
あなたの中に最後に残る精神の重力は、
一体どんな形をしていますか?
21:39

コメント

スクロール