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#009|ジョアン・ミッチェル|現代美術・抽象表現主義|ポロックと並んだ1951年のナインス・ストリート・ショー|「忘却へ、そして帰還」と書かれた画家の再評価|女性作家最高額を塗り替えた2014年の落札|33万ドルで買われた絵が44倍になった理由|モネと並べられたパリの回顧展|ロスコの部屋の隣に掛かったテートの《イヴァ》|大阪と静岡で実物が見られるアメリカの画家|遺言で残した画家支援の財団
2026-10-28 22:32

#009|ジョアン・ミッチェル|現代美術・抽象表現主義|ポロックと並んだ1951年のナインス・ストリート・ショー|「忘却へ、そして帰還」と書かれた画家の再評価|女性作家最高額を塗り替えた2014年の落札|33万ドルで買われた絵が44倍になった理由|モネと並べられたパリの回顧展|ロスコの部屋の隣に掛かったテートの《イヴァ》|大阪と静岡で実物が見られるアメリカの画家|遺言で残した画家支援の財団

アメリカ抽象表現主義の画家ジョアン・ミッチェル。1951年、ポロックやデ・クーニングと並んで伝説のナインス・ストリート・ショーに出品しながら、男性中心の運動の中で中心人物として数えられず、1972年には批評家から「忘却へ、そして帰還」と見出しを付けられた。死後、2014年の女性作家最高額更新、2018年のツヴィルナーによる財団の独占的代理開始、33万ドルで買われた絵が44倍になった《ラ・グランド・ヴァレ》、2023年の2点連続2,000万ドル超えと市場が反転し、2016年のデンバー展、モネとの対話展を経て、2025年にはテートでロスコの部屋の隣に三連画《イヴァ》が掛かった。そして遺言で残した財団が、次の世代の作家を埋もれさせない仕組みとして今も続いている。日本では大阪の国立国際美術館と静岡県立美術館で実物に出会える入口も紹介します。番組初のリスナー要望から生まれた回で、次回は要望第2弾のジャスパー・ジョーンズ回を予定しています。♪今日の1曲:チル🎙 パーソナリティ:Hana × Daichi(+ノア)Moshilinは、世界中のネイティブスピーカーと音声ルームで話せる言語交換アプリです。Android版はGoogle Playから。iPhoneの方はブラウザで https://safekids.win から試せます。https://play.google.com/store/apps/details?id=com.moshilin感想やリクエストは、Spotifyのコメント欄でお待ちしています。■参照サイトhttps://en.wikipedia.org/wiki/Joan_Mitchellhttps://www.joanmitchellfoundation.org/joan-mitchell/cvhttps://www.joanmitchellfoundation.org/artist-programshttps://www.joanmitchellfoundation.org/joan-mitchell/exhibitions/women-of-abstract-expressionismhttps://www.joanmitchellfoundation.org/joan-mitchell/exhibitions/joan-mitchell-paintings-1979-1985https://www.sfmoma.org/exhibition/joan-mitchell/https://www.sfmoma.org/artist/Joan_Mitchell/https://www.artic.edu/artists/17463/joan-mitchell?ef-date_ids=1925%7C1992https://www.moma.org/momaorg/shared/pdfs/docs/press_archives/7309/releases/MOMA_1994_0095_65.pdfhttp://denverartmuseum.org/exhibitions/women-abstract-expressionismhttps://www.fondationlouisvuitton.fr/en/evenements/claude-monet-joan-mitchellhttps://www.slam.org/press-room/press-releases/slam-to-present-first-u-s-exhibition-bringing-together-major-works-by-renowned-painters-claude-monet-and-joan-mitchell/https://www.tate.org.uk/press/press-releases/tate-announces-major-gift-from-jorge-m-and-darlene-perezhttps://www.davidzwirner.com/exhibitions/2022/joan-mitchell-paintings-1979-1985/press-releasehttps://press.christies.com/?p=87762https://news.artnet.com/market/four-joan-mitchell-paintings-sothebys-2472692https://news.artprice.com/en/7067/joan-mitchell-more-than-ever-in-demandhttps://www.nmao.go.jp/wp-content/uploads/2025/06/collection20250628_press.pdfhttps://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/23467■声質変換:つくよみちゃん公式RVCモデル(CV.夢前黎) https://tyc.rei-yumesaki.net/work/software/rvc/■元の音声:本番組用に生成したDJナレーション音声

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イギリスのテイトに6メーター幅もある巨大な3連画《イヴァ》が寄贈されました。 驚くべきは、その展示場所です。
どこに飾られたんですか? なんと、マーク・ロスコのシーグラム壁画が展示されている部屋に隣接してかけられたんです。
うわぁ、それは鳥肌が立ちますね。 リスナーのあなたに説明すると、ロスコのシーグラム壁画の部屋って、
近代美術の聖地というか、苦悩する男性の天才を祀る神殿のような特別で神聖な空間なんですよ。
そうですね、あそこは別格の扱いです。
B.F.M.
美術キュレーションプログラム学芸員の事件簿。 美術を面白く学ぶB.F.M.学芸員の事件簿。
はい。 あの、リスナーのあなた、少しだけ想像してみてください。
2023年のオークション会場です。
熱気がありますね。
そうなんです。すごく熱気と緊張に包まれた部屋で、ある画家の一枚の絵に次々とバカネが叫ばれていくんです。
オークションは醍醐味ですね。
で、最終的に振り下ろされたハンマーの価格がなんと約2911万ドル。
2911万ドルですか。
はい。日本円にして数十億円という途方もない金額ですよ。
しかも、この2023年、彼女の作品の世界落札総額ランキングは、あの20世紀の巨匠マーク・ロスコーも超えて、12位にランクインしたんです。
ロスコーを超えたというのは歴史的な階級ですね。
ですよね。でもここで一番驚くべき事実があるんです。
彼女は長年、美術史のど真ん中から、まるで意図的に消されたような存在として扱われていたんですよ。
なるほど。美術史における巨大な見忘症ともいえる不可解な現象ですね。
なんかミステリーみたいですよね。
ね。今日私たちが証拠品として扱うのは、アメリカの画家ジョアン・ミッチェルです。
ジョアン・ミッチェル。
はい。1925年生まれの彼女は、戦後アメリカの美術界を席巻した抽象表現主義という運動の、まさに中心にいた人物です。
そういえば前回のプログラムでは、ビルヘルム・レイム・ブルックの事件をじっくり紐解きましたよね。
ナチスによって大廃芸術というレッテルを貼られた事件ですね。
彼は作品そのものを物理的に奪い取られてしまったわけですが、でも今回のミッチェルは全く違いますよね。
全く違います。彼女は生涯描き続けましたし、作品は物理的に残り続けたんです。
にも関わらず、記録と評価の中心から外されてしまったと。
そういうことです。見えない力による別種の埋没の事件と言えますね。
なるほど。じゃあ今回の私たちのミッションは、極端な男性中心主義だった抽象表現主義の運動の中で、一人の女性画家がいかにして終焉に追いやられたのか。
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そして死後になってから、展覧会史の書き換えと史上画家の急登という劇的な反転を遂げたそのメカニズムと真相に深く迫ることですね。
はい、その通りです。では早速この複雑な事件を深く掘り下げていきましょう。物語の始まりは1951年です。
1951年、何があったんですか?
この年の春、ニューヨークで伝説的な展覧会が開かれました。それがレオ・キャステリラが組織したナインスストリートショーです。
ナインスストリートショー?
はい。ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングといった抽象表現主義、いわゆるニューヨークスクールの巨星たちが初めて一堂に会した歴史的な場でした。
巨大なキャンパスに絵の具を叩きつけるような、あの激しい表現の誕生ですね。
そうです。そこに当時26歳のミッチェルも、自身の巨大な大作を担いで参加していました。
26歳で、すごいエネルギーですね。
さらに彼女は、彼らの会員制の集まりだったザ・クラブの数少ない女性会員でもあったんです。
えーと、ちょっと待ってくださいね。
はい。
伝説の展覧会に作品を出品していて、しかもその中核である会員制クラブにも入っていたってことは、最初から除外されていたわけじゃないってことですよね?
そうなんです。そこがこの事件の非常に巧妙で絶妙なところなんですよ。
物理的には完全に同じ空間、同じ輪の中にいたんですよね?
ええ。彼女は完全に無名だったわけでも、現場にいなかったわけでもありません。
ただ、この歴史的な運動が世界に向けて本格的に指導する際、主催側にはある恐怖があったんです。
恐怖ですか?
はい。女性を多く入れると、この展覧会が真面目に受け取られないのではないかという危惧です。
そのような証言がはっきりと残っています。
ええ、それはちょっと…ひどいですね。
実際、あれほど熱気に満ちた展覧会に出品した女性は、わずか11人に留まりました。
つまり、女性の存在がモイズになるって考えたわけですか?
そういうことになりますね。
彼女が同じスケールの巨大なキャンバスを描いて、ポロックたちと同じ部屋に立っていたのに、批評家や主催者は彼女を意図的に視界から外した。
なんか、まるでスタメンで試合に出場して活躍しているのに…
活躍しているのに?
翌日の新聞の公式チーム写真からは見切れるようにトリーミングされちゃう、みたいなものですよね。
まさにその例えの通りです。
当時のアメリカのアートシーンは、長年アートの中心だったパリなどのヨーロッパに対して強いコンプレックスを抱えていました。
ああ、なるほど。アメリカ発の新しいアートだぞって見せつけたかったんですね。
ええ。だからこそ、新時代の抽象表現主義は、力強く、男らしく、英雄的でなければならない、という脅迫観念があったんです。
男らしさの証明ですか?
ええ。女性作家は、趣味で描いている、とか装飾的だ、という古い偏見の枠に押し込められてしまって、
06:02
運動のど真ん中にいながら、中心人物としてはカウントされないという絶妙な阻害を受けました。
恐ろしいほどのガラスの天井ですね、それ。
じゃあその、見切れさせられた評価って、その後の彼女のキャリアにどう影を落としていったんですか?
影響は大きかったですね。
絵を描くこと自体、嫌になっちゃったりしなかったんですか?
いいえ、彼女は生涯を通じて圧倒的なエネルギーで描き続けましたよ。
ニューヨークで定期的に個展を開き、後にフランスのベトゥーリューに移り住んでからも制作を続けています。
フランスに行っちゃったんですね。でも、描くのはやめなかったと?
ええ、決して誰も知らない存在になったわけではないんです。
しかし、1972年、エバーソン美術館で、彼女にとって初の本格的な美術館個展が開かれた際のことです。
1972年、はい。
ニューヨークタイムズの第一線の非評価、ピーター・セルダールがつけた評論の見出しが衝撃的でした。
何て書いたんですか?
ジョアン・ミッチェル。
To Obscurity and Back. つまり、ジョアン・ミッチェル、忘却へそして帰還というものです。
忘却へそして帰還。帰還したって書くためには、一度完全に忘れ去られたっていう前提が必要ですよね。
その指摘は確信をついています。
一流の非評価でさえ、彼女の存在を称賛するためには、一度歴史から忘れられ、
そこから奇跡的に戻ってきたアウトサイダーという物語の枠組みを使わなければならなかったんです。
なんかそれ、ピカソやポロックに対して、帰還したなんて絶対に使わない言葉ですよね。
ええ、絶対に使いません。
それほどまでに、彼女に対する評価の谷は深かったんです。
1982年には、パリ私立近代美術館で、アメリカ人女性画家として初の個展が開かれるなど、ヨーロッパでは確かな評価を得ていました。
ヨーロッパでは認められていたんですね。
ええ、でも本国アメリカでの大開庫展は、なんと彼女の死後、2002年のホイットニー美術館まで待たねばなりませんでした。
2002年?1951年のナイスストリートショーから50年以上も経ってるじゃないですか。
本国アメリカの美術師がどれほど彼女を無視し続けていたかがよくわかります。
本当にその通りですね。
アメリカでの正当な評価が遅れて、彼女がパリで独自の評価を築いていったという話を聞くと、
なんか、アートの文脈って国境を越えて語り合うことで初めて見えてくるものがあると感じますね。
確かにそうですね。多角的な視点が必要です。
リスナーのあなたも、もしパリやアメリカの美術館でミッチェルの作品を見つけたら、
私たちが作っている言語交換アプリ、モシリンの写真投稿機能を使ってみてほしいです。
現地の美術館で写真を撮ってシェアするんですね?
そうなんです。現地の写真と一緒に感想を投稿すれば、世界中のアート好きと22以上の言語で語り合えますからね。
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09:01
多様な視点からの対話は、まさに当時のニューヨークのアートシーンに欠けていたものですから、すごくいい使い方だと思います。
ですよね。さて、この評価の遅れがその後どうなっていくんでしょうか?
ここからがこの事件の最大のクライマックスになります。
ここで今日の一曲をお楽しみください。今日はチルでお届けします。
同時代の男性作家に比べて決定的に遅れた歴史的評価は、当然、史上価格にも直結していました。
まあそうなりますよね。
歴史的な評価と価格は連動しますから。
ええ。しかし彼女の死後、その空気が一変する決定的な瞬間が訪れます。
待ってました。史上の反転ですね。どうやってその不当な評価がひっくり返ったんですか?
最初の明確な転機は2014年です。
アンタイトルドという1960年の作品がオークションに賭けられ、1190万ドルで落札されました。
1190万ドル?
はい。これにより、女性作家のオークション最高額記録が更新されたんです。
ちなみに、それまでこの記録を持っていたのは誰だと思いますか?
え?誰だろう?
実は19世紀の印象派の画家、ベルト・モリゾです。
ちょっと待ってください。
ベルト・モリゾって印象派ですよね?
はい。おっしゃる通りです。
ということは、100年以上前の19世紀の記録が2014年までずっと破られていなかったってことですか?
そういうことになります。
女性作家の価格のガラスの天井って、印象派の時代から抽象表現主義の時代までずっと低いまま据え置かれていたんだ。
ええ。ですから、モリゾからミッチェルへ1世紀越しに天井が破られた非常に象徴的な事件だったんです。
しかし、真の急凍撃はここから始まります。
まだ上がるんですか?
2018年、世界的な影響力を持つメガギャラリー、デイビッド・ツビーナーが、ジョアン・ミッチェル財団の独占的代理を開始すると発表しました。
デイビッド・ツビーナーが?
するとそのわずか2週間後、ブルーベリーという1969年の作品が、見積上限の700万ドルを大きく超える1660万ドルで落札されたんです。
あの、少し意地悪な聞き方をしちゃいますけど。
はい、どうぞ。
ギャラリーが代理人になったからといって、なぜ突然価格が倍以上になるんですか?
12:03
なんか、ただ値札を書き換えて釣り上げているだけのように聞こえちゃうんですけど。
非常に鋭い疑問ですね。
メガギャラリーの役割は単に絵を売ることではないんです。歴史の価値を構築し直すことなんですよ。
歴史の価値を構築し直す?
ええ、彼らには美術館に働きかけて重要な展覧会に作品をねじ込んだり、学術的な分厚い作品集を出版したりする絶大な力があります。
なるほど、学術的な裏付けを作っちゃうわけですね。
その通りです。
つまり、デイビッド・ツビルナーが彼女の遺産を引き受けたということは、
世界中の大富豪やコレクターに向けて、彼女は今後絶対に価値が下がらないブルーチップである、
つまり、安全資産であるという強烈なシグナルを発したことを意味するんです。
ああ、ギャラリーがお墨付きを与えたことで、コレクターたちが安心して資金を投入し始めたわけですね。
その結果が数字に現れます。
ラグランド・バレ・ナナという作品は、1989年に33万ドルで買われたものが、2020年にはなんと1450万ドルで転売されました。
え、33万ドルが1450万ドル?
実に44倍です。
44倍、とんでもないですね。
そして、冒頭でお話した2023年11月、
推立の間に、
アンタイトルドという1959年頃の作品が2916万ドル、
ヒマワリという1990年から91年の作品が2790万ドルと2000万ドルの大台を連発しました。
そこに繋がるんですね。
この凶乱ともいえる窮党について、クリスティーズの幹部が残した言葉が非常に重要です。
彼はこれをロングオーバーデュー、つまり遅すぎた市場の調整と評しました。
ここなんですよね。
一番のポイントは。
ただのバブルや一家性の人気不当じゃない、市場を動かしている当事者たちが、今まで私たちが彼女を不当に言えずく扱いすぎていた、完全な過小評価だったと明確に過ちを認めたってことですよね。
その通りです。
市場が過去の不作為を謝罪して、ようやく正当な価値に追いついた。
市場が彼女の価値に追いついた。
では、歴史を作る美術館の壁はどう変わったのか、ここにも劇的な変化がありました。
お金だけじゃ歴史は作れませんからね。美術館のどの部屋のどこに飾られるかで美術市場の立ち位置が決まるじゃないですか。
2016年デンバー美術館でWomen of Abstract Expressionismという展覧会が開かれました。
女性の抽象表現主義者たちですね。
ミッチェロをはじめとする12人の女性抽象表現主義者が初めて一堂に集められ、男性中心だった運動の物語そのものが組み替えられたんです。
やっとスポットライトが当たったんですね。
その後、2021年から2022年にかけて、SFモーマとボルチモア美術館で80展を超える大開庫展が開かれました。
15:09
パリでの展開もすごかったんですよね。
パリのフォンダシオン・ルイビトンでは、モネとの対話展と彼女の開庫展が同時開催されました。
彼女は晩年、かつてモネが住んだウェテュユの近くに住んでいましたからね。
ウェテュユでモネの気配を感じながら描いていたわけですね。
さらに、2023年には、アメリカ初となるモネとミッチェルの展覧会が開かれました。
印象派の頂点に君臨する巨匠と堂々と肩を並べて対話しているわけですね。すごい出世虚みたい。
そして、極めつけは2025年です。
イギリスのテイトに6メーター幅もある巨大な三連画、イヴァが寄贈されました。
驚くべきはその展示場所です。
どこに飾られたんですか?
なんと、マーク・ロスコのシーグラム壁画が展示されている部屋に隣接してかけられたんです。
うわー、それが鳥肌が立ちますね。
リスナーのあなたに説明すると、ロスコのシーグラム壁画の部屋って、
近代美術の聖地というか、苦悩する男性の天才を祀る神殿のような特別で神聖な空間なんですよ。
そうですね、あそこは別格の扱いです。
そこに並ぶってことは、ただ女性作家の枠として別室で紹介されるんじゃなくて、
歴史に名を残す男性巨匠たちと物理的に同じ部屋へ引っ越したってことですよね?
ええ、まさに物理的な引っ越しです。
空間の配置が変化したこと自体が、再評価の最も明確な証拠ですね。
ちなみに、日本の私たちが彼女の作品を見る機会はあるんでしょうか?
日本で彼女の全体像を見る大規模な開庫展の予定は未定ですが、
接点は確実にあります。
例えば大阪の国立国際美術館には所蔵作品がありまして、
常設のコレクション展で展示されることがあります。
国立国際美術館に?
また、静岡県立美術館も水海という素晴らしい作品を所蔵しています。
どちらも展示台があるので事前の確認は必要ですが、日本における重要な入り口ですね。
身近なところにあるんですね。
古くは1958年に大阪で開かれた国際展に出品されていますし、
2021年にエスパス・ルイビトン大阪が開館した際も
オープニングの展覧会で彼女の作品が展示されました。
なるほど。死後になってようやく正当な評価を得て美術館の壁の配置も変わった。
でも、彼女はただ歴史の運命を委ねて誰かが評価してくれるのを
黙って待っていたわけではないんですよね。
はい。せいぜいにある仕掛けを残していました。
この事件の最も美しい結末がそこです。
何をしたんですか?
彼女は遺言により
遺産の一部を使って資格芸術家を直接支援するための
ジョワンミッチル財団を設立するよう指示しました。
具体的にどんな仕組みを作ったんでしょうか?
18:00
例えば、毎年15人の作家に5年間で総額6万ドルを支給するフェローシップ。
特筆すべきは、これには用途の制限が一切ないことです。
え?用途の制限がない?
そりゃすごいですね。
さらに、ニューオリンズにあるジョワンミッチルセンターでのレジデンシープログラム、
そして、コールという作家自身が
自分の作品のアーカイブを作り、
生きた遺産を残すための支援プログラムも続けています。
資金の用途に制限がないって本当にすごいことですよね。
普通、女性金って細かい報告書や成果を求められるじゃないですか。
えー、普通はそうですね。領収書の束が必要です。
でも、彼女は男性中心の時代に自分の表現を枠に押し込められ、
正当に評価される機会を奪われ続けた。
だからこそ、次の世代には何の制限もない、
完全な自由を与えたかったんでしょうね。
そうだと思います。
自分がフルシンだからこそ、自分の名前で財団を作り、
次の世代の芸術家を絶対に汚れさせない仕組みを残した。
壮大で美しい円館構造ですよね。
彼女の作品を管理する財団は、メガギャラリーのデイビット・ツビルナーと組み、
死後に彼女自身の市場価値と、
歴史的評価を世界規模で押し上げました。はい。
そして、そこから生み出された。
莫大な資金を使って、今まさに活動している若手アーティストたちを支援しているんです。
かつて自分を排除した市場の力を利用して、
未来の才能を守っているんですよ。
かっこよすぎますね。
ミッチェルが自分が苦労して手にしたものを、
次の世代に何の制限もなく分け与えたように、
私たちにも日常の中でできることがあるかもしれませんね。
知識や経験を次へ渡していくことは大切です。
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知識や経験、そして居場所を次へ渡していくことの重要性は、
ミッチェルの財団が見事に証明していますね。
さてここまでじっくり掘り下げてきましたが、
本当に劇的な反転劇でした。
抽象表現主義という運動の中心にいたはずが、
公式な記録からは見切れさせられ、
死後になって史上の価格と美術館の壁の両方で、
自らの手で歴史を塗り替えたジョアン・ミッチェル。
彼女がキャンバスに叩きつけた
圧倒的な絵画の力と、
未来の作家を守るために残した
仕組みの美しさには深く考えさせられます。
今日の話を聞いた後では、リスナーのあなたも
美術館を訪れた際、目の前の作品が
どの部屋の誰の隣に飾られているか
21:01
を見る目が確実に変わるはずです。
間違いなく変わりますね。
その物理的な配置こそが、過去の不当な評価と戦い、
歴史を書き換えた結果としての勝利の痕跡なのですから。
本当にその通りですね。
さて、次回もリスナーのあなたからのリクエストにお答えして
アメリカの巨匠、ジャスパー・ジョーンズを取り上げます。
次回も興味深い事件ですね。
今回のミッチェルが記録から消されかけた事件だったのに対し、
次回はアシスタントによって作品そのものが
物理的に盗み出された事件です。
対照的な物語になるので、
ぜひ楽しみにしていてください。
物理的な盗難という、また全く違った角度からの
深い謎に迫ることになります。
番組の感想や、今後取り上げてほしい作家のリクエストがあれば、
ぜひスポティファイのコメント欄から送ってください。
あなたが美術館の隅っこで見つけた、
もっと評価されるべき才能の話もお待ちしています。
それでは、次回もまた美術の裏側に隠された事件でお会いしましょう。
22:32

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