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#011|ウルス・フィッシャー|東京・北青山で溶け続けた自画像|日本初個展「間違い探し」|Fergus McCaffrey Tokyo|見つめ合う2体の蝋像《Mirror》|閉幕後は鋳造し直す死と再生|「ものの衝突」と「レモンはレモン、それだけだ」|意識と無意識の二重構造|地下のロールシャッハ空間|現代美術|学芸員の事件簿
2026-10-30 19:06

#011|ウルス・フィッシャー|東京・北青山で溶け続けた自画像|日本初個展「間違い探し」|Fergus McCaffrey Tokyo|見つめ合う2体の蝋像《Mirror》|閉幕後は鋳造し直す死と再生|「ものの衝突」と「レモンはレモン、それだけだ」|意識と無意識の二重構造|地下のロールシャッハ空間|現代美術|学芸員の事件簿

2026年、東京・北青山。スイスの現代美術家ウルス・フィッシャーの日本初個展「間違い探し」の中心作《Mirror》では、等しい2つの部屋に、蝋(ろう)でできた等身大以上の自画像が1体ずつ立ち、壁に乱暴に開けられた穴越しに見つめ合っていました。初日に頭の芯(しん)に火が灯され、3ヶ月の会期をかけて垂れ、崩れ、床に溜まっていく。時間そのものを作品にした彫刻です。しかも閉幕後、床に散らばった蝋の残骸はすべて回収され、丸ごと鋳造(ちゅうぞう)し直されて「次の生」に備えます。生まれ変わるたびに傷跡や汚れを抱え込んでいくその姿は、「完成品」という考え方そのものへの問いかけでした。画廊の空間構成も作品の一部です。完成した1階=意識、未完成の地下=無意識という二重構造。地下では本物の穴と写真の穴が入り混じり、現実と虚構の境界が溶けていきます。反響は大きく、会期の途中からは日曜開廊が追加されました。「私の作品は、ものの衝突だ」「レモンはレモン、それだけだ」——解釈を拒み、溶ける蝋、腐るパン、掘り返された画廊の床といった物理的な現実を突きつける作家の素材観に迫ります。変わり続ける彫刻という点で対になる、ドイツの彫刻家バルケンホールへの接続にも触れます。♪今日の1曲:クラシック🎙 パーソナリティ:Hana × Daichi(+ノア)この回で紹介した言語交換アプリ「Moshilin」では、音声ルームのリアルタイムAI翻訳とライブ字幕で、海外の美術ファンや関係者と言葉の壁を越えて語り合えます。Android版はGoogle Playから。iPhoneの方はブラウザで https://safekids.win から試せます。https://play.google.com/store/apps/details?id=com.moshilin💌 番組へのメッセージ募集中:感想や取り上げてほしい作家のリクエストを、Spotifyのコメント欄から送ってください■参照サイトFergus McCaffrey(公式)|Urs Fischer: Machigai Sagashi – Spot the Difference https://fergusmccaffrey.com/exhibition/urs-fischer-machigai-sagashi/ART iT|Urs Fischer: Machigai Sagashi – Spot the Difference(写真レポート) https://www.art-it.asia/en/top_e/admin_expht_e/291567/QUI|ウルス・フィッシャー「間違い探し」記事 https://qui.tokyo/news/2604-urs-fischer-spot-the-differenceGagosian(公式アーティスト略歴)|Urs Fischer Biography https://gagosian.com/media/artists/urs-fischer/Fischer-Urs-Bio-2026-07-28.pdf作家公式サイト|Biography(個展歴) https://ursfischer.com/pages/biographyWikipedia(英語)|Urs Fischer (artist) https://en.wikipedia.org/wiki/Urs_Fischer_(artist)designboom|urs fischer at venice art biennale 2011 https://www.designboom.com/art/urs-fischer-at-venice-art-biennale-2011/artdaily|Urs Fischer's psychological hall of mirrors debuts in Tokyo https://artdaily.com/news/194870/Urs-Fischer-s-psychological-hall-of-mirrors-debuts-in-TokyoThe Broad(美術館公式)|Urs Fischer – Bio https://www.thebroad.org/art/urs-fischerThe Art Newspaper|Urs Fischer, the reluctant interviewee https://www.theartnewspaper.com/2012/04/01/urs-fischer-the-reluctant-intervieweeThe Art Story|Urs Fischer https://theartstory.org/amp/artist/fischer-urs/Sculpture Magazine|Competing Against Reality: A Conversation with Urs Fischer https://sculpturemagazine.art/competing-against-reality-a-conversation-with-urs-fischer/■声質変換:つくよみちゃん公式RVCモデル(CV.夢前黎) https://tyc.rei-yumesaki.net/work/software/rvc/■元の音声:本番組用に生成したDJナレーション音声

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彼が突きつけるのは理屈ではない、物理的でリアルな、「ものの衝突」なんです。 蝋が溶ける熱気、パンが腐っていく強烈な臭い、
蛾蝋の床に空いた巨大な穴に落ちそうになる物理的な危険性。 彼は泥付きの生ジャガイモをテーブルに叩きつけることで、私たちをデジタルな情報空間から
痛々しいほど生々しい物理的な現実へと強引に引きずり戻しているんですよ。
なるほど。
ME-FM
もしあなたが2026年の東京、北青山にある蛾廊を訪れたとして、
そこで等身大以上のサッカー地震の姿をした巨大な老人形に火がつけられていて、
それが3ヶ月かけてドロドロに溶けていくのを目の当たりにしたら、どう思いますか?
いや、普通地蔵画って自分を永遠に残すために作るものですよね。
そうですよね。
それなのに、あえて自らの姿を破壊するように火を放つっていう。
なんで彼は自分が消えていく姿を作品にしたのか。 完全に溶け落ちて形を失った後、
それはただのゴミになってしまうんでしょうか?
この不可解な光景は、単なる気を照らすパフォーマンスではないんですよね。
違うんですか?
はい。実は私たちの存在とか、実感、それから現実と虚構に対する根本的な問いを突きつけてくる非常に緻密で恐ろしいミステリーなんです。
美術キュレーションプログラム 学芸員の実験簿
美術を面白く学ぶME-FM 学芸員の実験簿
ホストの花です。
ホストの大地です。
エキスパートの脳です。
さて今回じっくり紐解く事件の現場は、
2026年4月11日から7月5日まで東京の北青山で開催された日本初古典、間違い探しです。
水素生まれの現代美術家ウルス・フィッシャーが仕掛けたこの溶けて消える自画像の事件についてですね。
今日はリスナーのあなたを一人の作家が仕掛けた時間と空間の罠へとご案内します。
まずはそのこの事件の最大の証拠品である作品ミラーの異様な展示空間から整理していきましょうか。
そうですね。舞台となったファーガス・マッカフリートーキョーの1階には、
全く同じサイズの等しい2つの部屋が用意されたんです。
等しい2つの部屋。
そしてそれぞれの部屋の中央にはウルス・フィッシャー自身を肩取った
等身大以上の巨大なローの地蔵が1体ずつ建っています。
それだけでもすごい迫力ですよね。
しかも重要なのはその2つの部屋を隔てる壁の構造でして、
壁には意図的にそして乱暴に不規則の穴がいくつも開けられていたんです。
なんだか不気味ですね。
その穴越しに2体の自分同士がじーっと見つめ合っている。
03:01
しかも展覧会の初日にこのロー像の頭の真珠に火が灯されて、
3ヶ月の回帰中ずーっと燃え続けていたんです。
壁の穴から燃えたドロドロに溶けていく自分自身をもう一人の自分が見つめているってことですよね。
まさにそうです。
なんとも言えない不気味さというか。
でもここで一つ根本的な疑問なんですけど、
はい、なんでしょう。
これって彫刻というより、なんか元に戻らない砂時計を買わされているようなものではないですか。
あー砂時計。
美術品って形が残るから価値があるのに、
毎日垂れて崩れていくならもはや美術品としての価値はどんどん失われていくんじゃないかなって。
なるほど。
その形が崩れていくことイコール価値の喪失っていう私たちの固定観念こそが彼ら狙っているポイントなんですよ。
ほう。
一般的な彫刻って大理石であれブロンズであれ空間を潜入するものですよね。
でもフィッシャーのロー像は時間そのものを表現しているんです。
時間…物ですか。
3ヶ月という回帰の中でローが溶け顔の輪郭が崩れ床に溜まっていくプロセス。
つまり喪失していく時間と過程こそがこのミラーという作品の本体なんです。
なるほどな。空間ではなくて時間を潜流する彫刻っていうことなんですね。
はい。
ただそれって3ヶ月かけて完全に溶け落ちた後、床にはドロドロのローの塊だけが残りますよね。
残ります。
現代アートの文脈を考えるとまさかそれをただ宝器で剥いて捨てるわけじゃないと思うんですけど、床から削り取ってまた再利用でもするんですか。
鋭いですね。
もしそうだとしたらそれは同じ作品って呼べるんでしょうか。それとも単なるコピーになっちゃうのかなって。
非常に面白い視点です。実は閉幕後床に散らばったローの残骸はすべて一掃されて回収されるんです。
はい。
そして驚くべきことにそのローを悪事使って全く同じ姿に再び鋳造し直されるんですよ。
え?作り直すんですか。
そうなんです。完全に元の形を取り戻して次の展示、つまり次の生のために備えられるっていうシステムになっていて。
それってまるで魂が新しい器に乗り換える輪廻転生みたいですよね。
まさに。彼は過去にも2011年のベネチア・ビエンナーレで似たような事件を起こしているんです。
どんな事件ですか。
その時は16世紀の巨匠ジャンボローニャの有名な大理石彫刻を実物大のローで完璧に再現して、回帰中にドロドロに溶かしました。
ちょっと待ってください。なんでわざわざジャンボローニャなんですか。
ただの四角いローの塊を溶かすのじゃダメだったんでしょうか。私、特定の古典的な傑作を選んだことにはなんか強烈なメッセージを感じるんですけど。
そこが美術史に対する最大のカウンターなんですよ。
カウンター。
ジャンボローニャの大理石彫刻といえば、人間の躍動する一瞬の動きを石という永遠の素材に閉じ込めた、いわば時間を止める魔法の象徴ですよね。
06:05
はい、永遠に残るものですもんね。
西洋美術は長年そうやって永遠性を求めてきたんです。その絶対的な永遠の象徴をあえてローで作り直して火をつけて破壊する。
これは美術界が取り憑かれている永遠性に対する明確な暗殺宣言なんですよ。
いや面白いですね。
永遠性を否定して自らを燃やして形を失ってまた回収されて新しい象として生まれ変わる。
でもこれってただの輪廻転生じゃない気がするんですよね。
だって床に落ちたドロドロの蝋を削り取って鋳造し直すなら、蛙の床の埃とか心地が燃えた巣とかそういう不純物も一緒に練り込まれていきますよね。
おっしゃる通りです。
つまりこれって生まれ変わる度に前の人生の穢れとか傷跡を内包していくってことですよね。
あーなるほど。
人間の記憶やトラウマと同じで形は元通りになっても中身はどんどん変化していくっていうか、
真の意味での完成品なんて最初から存在しないんだって突きつけられているような気がします。
溶けていくろうとして時間も崩壊を見せつけられているわけですけど。
蛙が操っているのって彫刻っていう物体だけじゃないんですよね。
と言いますと。
もし彼が私たちが時間や記憶を失っていくプロセスを作品にしているんだとしたら、
私たちが建っている空間そのものにはどんな罠を仕掛けていたんですか?
よくぞ聞いてくれました。
実は2026年の北青山の蛾廊では、蝋燭が溶けているだけではなくて、
ファーガス・マカフリー東京の建物全体を使った巨大な心理的トラップが仕掛けられていたんです。
建物全体がトラップってどういうことですか?
はい。蛾廊の空間構成そのものが人間の心理を模した二重構造になっていたんです。
二重構造?
1階の展示室は白い壁と整えられた床のいわゆるホワイトキューブと呼ばれる完成された空間です。
これは人間の意識を表しています。
ほむほむ。
ここで先ほどのミラーが静かに溶け合いながら見つめ合っている。
しかし、そこから地下へと続く階段を降りると、
そこには未完成の無意識の空間が広がっていたんですよ。
ちょっと待ってください。地下が無意識って具体的にどういうことですか?
単に薄暗くて不気味な部屋が広がっているというだけではないですよね?
空間で無意識を表現するってなかなか想像つかないです。
実はそこが最も恐ろしい仕掛けでして、
地下空間に降りると、床や壁一面にコンクリートが剥き出しになった穴や、
生々しい補修跡が広がっているんです。
ただ、よく見ていくと、それが本物のコンクリートの穴なのか、
それとも穴を撮影した写真の壁紙なのか、
視覚の境界が全くわからなくなるんです。
本物の穴と写真の穴が混ざっているってことですか?
物理的な現実とプリントされた虚構がシームレスに入り混じっている没入空間なんですよ。
09:04
それは頭がおかしくないぞ。
人間の脳って、目の前にあるものが本物か偽物か判断できなくなると、
強烈な錯覚と生理的な混乱を起こすんです。
まるで自分の記憶の断片が本物なのか妄想なのか分からなくなるような感覚ですね。
ロールシャッハーテストの図形の中に無理やり放り込まれて、脳がバグを起こしているみたいな。
まさにその通りです。
そしてその現実と虚構が入り混じる混沌とした空間の中に
アティチュードとかドラマといったタイトルの
彩色された不気味なブロンズ彫刻がひっそりと潜んでいました。
一階の溶ける自分という意識と地下の混沌とした無意識。
ここで今日の一曲をお楽しみください。
今日はクラシックでお届けします。
私たち観客は単に絵や彫刻を見に来たつもりが
作家の脳内というか崩壊していく精神状態の中を
強制的に歩き回させられていたんですね。
実際私がこの展覧会の地下の構造とか
その心理的な意図について調べていたとき
すごくもどかしい思いをしたんですよ。
どうしてですか?
こういう海外の現代アーティストの深いテーマを考察しようとすると
インタビューも評論もほとんどがドイツ語とか難解な英語のアート用語ばかりで
あーよくありますね。
東京で開催されている展覧会なのに
海外の文脈を理解できないと
茅野外に置かれているような壁を感じちゃって
すごくよくわかります。
でもまさにそういうリサーチのときにこそ
この番組の制作チームが開発した言語交換アプリ
モシリンが威力を発揮するんですよね。
実は先週私もモシリンの音声ルームに入ってみたんですけど
これリアルタイムのAI翻訳とライブ字幕機能がついているんです。
へーリアルタイムで字幕が出るんですか?
そうなんですよ。だから言葉の壁を全く気にせずに
ヨーロッパの美術ファンや画廊関係者と
このウルスフィッシャーの地下の無意識空間が
いかに恐ろしかったかについて直接語り合うことができたんです。
それはすごいですね。
モシリンは22以上の言語に対応しているので
世界中の視点をダイレクトに知ることができるんです。
番組の説明文にダウンロードリンクがあるので
あの美術の裏側をもっと知りたい方はぜひチェックしてみてくださいね。
それはめちゃくちゃ便利ですね。
12:00
違う文化圏の人たちがこの空間をどう受け止めたかを聞けば
さらに解釈が広がりそうですし。
それにしても多様な視点を知るほどに気になってくるんですけど
なぜフィッシャーはここまで必要に空間を操って
溶けるローとか未完成の地下みたいな
崩壊していくものとかカオスなものばかりを素材に選ぶんでしょうか?
そこに彼の頭の中の核心である
独自の素材感が隠されているんです。
素材感?
彼は自身の制作について
私の作品は物の衝突だと語っています。
物の衝突?
ええ、彼はこれまでも朽ちていく素材や
壊れるプロセスそのものを愛用してきました。
初期には本物のパンを使って実物大の家を作り
展示室でそのまま腐らせていく作品を作ったり
パンを腐らせん
他にも画廊の床を重機で丸ごと掘り返して
巨大なクレーターを作るYOUという作品や
粘土で都市を作らせるYES
さらにはデジタル空間で日常のオブジェクトを
衝突させるNFT作品KEOSまで
あらゆる素材を衝突させてきたんです。
そしてこれはそれらの作品に対する
忌みづけを極端に嫌うんですね。
彼を象徴する言葉に
レモンはレモンそれだけだというものがあります。
レモンはレモンだ?
えっとそれってちょっと意地悪に聞こえませんか?
と言いますと?
私たち観客とか批評家がこれは社会への風刺だとか
深遠な哲学だって一生懸命に意味を見出そうとしているのを
なんか鼻で笑っているというか
例えばなら三ッ星の超高級レストランに行って
うやうやしく運ばれてきた銀の蓋を開けたら
泥付きの生じゃがいもがゴロンと置いてあって
これが現実だ深読みするなと言われているような
ちょっと突き放しすぎじゃないですか?
あーなるほど。その突き放されているとか
意地悪だと感じる感覚はとても正直な反応だと思います。
そうですよね。
でも少し視点を変えて彼の立場から現代社会を見てみてください。
今は情報型でSNSを開けば
あらゆる画像が加工されて
すべてのものにタグ付けされて
意味が消費されていく時代ですよね。
確かに。
私たちは一日の大半をディスプレイの中の
作られた虚構を見つめて過ごしているわけです。
虚構をフェイクと現実の境目はどんどんなくなっていますね。
だからこそ彼はデジタルの虚構や
言葉で作られた意味を信じていないんです。
あーそういうことか。
彼が突きつけるのは理屈ではない
物理的でリアルなものの衝突なんです。
ロウが溶ける熱気、パンが腐っていく強烈な匂い、
ガロウの床に空いた巨大な穴に落ちそうになる
物理的な危険性。
彼は泥付きの生ジャガイモを
テーブルに叩きつけることで
私たちをデジタルな情報空間から
痛々しいほど生々しい物理的な現実へと
15:01
強引に引きずり戻しているんですよ。
なるほど。
ある意味でそれは
現代人に対する最も誠実で
安易のある暴力なのかもしれません。
いやー腑に落ちました。
2026年の日本初古典間違い探しで
日本の観客が異常なほどの熱気を見せた理由が分かってきましたよ。
回帰途中の6月7日からは
急遽日曜回廊が追加されたほど人が殺到したんですよね。
彼らは単に不思議なトリックアートとか
謎解きを楽しみに来たわけじゃなかったんですね。
その通りです。
観客は1階で確実に溶けて消えゆく自画像を見つめ、
地下で本物と偽物が混じり合う無意識の迷宮に迷い込む。
そこで体験させられたのは
単なる間違い探しではなくて
情報社会の中で麻痺してしまった自分自身の身体や
いつかは溶けて崩壊していく自分自身の生徒の
強烈な直面だったんです。
私たちは永遠を求めて変わらないことに価値を置きがちですけど
崩壊と再生のサイクル、
その傷跡を抱えながら進むプロセスの中にこそ
本当の美しさとリアリティがあるんですね。
今日のお話を聞いて
彫刻、いや芸術というものの見方が
完全に覆りましたよ。
変わっていくこと自体が作品だという点では
以前の配信で扱ったドイツの彫刻家
バルケンホールを思い出しますね。
彼も生木を彫って完成した後も
年月とともに木が割れて日々が広がり続ける。
つまり変わり続ける彫刻を作っていましたよね。
木の自然な日々割れを受け入れるバルケンホールと
自ら火を放ち溶かして
そして再び鋳造し直すフィッシャー。
アプローチは全く逆のようでいて
どちらも永遠不変の形を完全に否定している点では
まさにタイになる存在ですよね。
どちらも時間という最も残酷で美しい素材を
見事に作品の一部として組み込んでいます。
さて、今日の世界をめぐる思考の旅も
終わりに近づいてきましたね。
最後にリスナーのあなたに
一つ想像してみてほしいことがあります。
もしあなた自身の姿を完璧に映し取った
ロウソクの彫刻があって
その頭上部に火が灯されたとしたら
頭から少しずつ溶け
顔の輪郭が崩れ
体の一部が床に滑り落ちていく
その変容のプロセスの一体どの時点で
それはあなたではなくなるのでしょうか
顔の形が崩れた瞬間でしょうか
それとも完全に床のロウだまりになった時でしょうか
あるいはそのドロドロのロウを
全て書き集めて鋳造し直され
全く同じ形を与えられた時
傷跡や汚れを抱え込んだその新しい彫刻は
以前のあなたと完全に同じだと
言い切れるのでしょうか
18:01
この問いに明確な正解はありません
ぜひ今日のお話の要因とともに
あなた自身の答えを探してみてくださいね
今日の配信で感じたことや
あなたが考えた自分が自分ではなくなる瞬間についての答え
そして今後この番組でじっくり紐解いて欲しい
作家のリクエストがあれば
ぜひSpotifyのコメント欄からメッセージを送ってください
皆さんの多様な視点を知るのをチーム一同楽しみにしています
ホストの大地とホストの花
そしてエキスパートのノアがお送りしました
それではまた次回の次元でお会いしましょう
19:06

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