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#007|エルンスト・バルラッハ|浮かぶ天使はなぜ溶かされ秘密の鋳造で蘇ったのか|英雄を拒んだマクデブルク記念碑と退廃芸術の弾圧|ケーテ・コルヴィッツの顔を持つ戦没者記念碑|中世ゴシックを蘇らせた木彫とロシア農民との出会い|戯曲『死せる日』とクライスト賞|聞く人々のフリーズとパトロン レームツマの抵抗|愛知県美術館《忘我》と岐阜県美術館《神の変容》|表現主義彫刻と美術の物語
2026-10-28 21:48

#007|エルンスト・バルラッハ|浮かぶ天使はなぜ溶かされ秘密の鋳造で蘇ったのか|英雄を拒んだマクデブルク記念碑と退廃芸術の弾圧|ケーテ・コルヴィッツの顔を持つ戦没者記念碑|中世ゴシックを蘇らせた木彫とロシア農民との出会い|戯曲『死せる日』とクライスト賞|聞く人々のフリーズとパトロン レームツマの抵抗|愛知県美術館《忘我》と岐阜県美術館《神の変容》|表現主義彫刻と美術の物語

ドイツ表現主義の彫刻家エルンスト・バルラッハを深掘りします。目を閉じて宙に漂う戦没者記念碑《浮かぶ天使》は、ナチスに退廃芸術と断じられて溶かされながら、友人たちの秘密の鋳造によって生き延び、ギュストロー大聖堂へ戻りました。英雄を拒んで自らの顔を彫ったマクデブルク記念碑、ロシア農民との出会いから生まれた「モダン・ゴシック」の木彫、劇作家としての顔とクライスト賞、弾圧の時代に彼を支えたパトロン、レームツマの抵抗まで。前回のバゼリッツから続く「ドイツの木彫の系譜」を、その源流へ辿ります。DJは水曜ペアのHanaとDaichiです。♪今日の1曲:ジャズMoshilinは、世界中のネイティブスピーカーと音声ルームで話せる言語交換アプリです。Android版はGoogle Playから。iPhoneの方はブラウザで https://safekids.win から試せます。https://play.google.com/store/apps/details?id=com.moshilin感想やリクエストは、Spotifyのコメント欄でお待ちしています。■参照サイトhttps://www.barlach-haus.de/en/ernst-barlach/biography/https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/artists/ernst-barlachhttps://www.moma.org/collection/works/108869?high_contrast=truehttps://www.european-traveler.com/germany/see-barlachs-floating-angel-sculpture-in-gustrow-dom/https://www.germanistik.uni-rostock.de/en/research/abgeschlossene-projekte/edition-of-ernst-barlachs-letters/https://www.Encyclopedia.com/history/encyclopedias-almanacs-transcripts-and-maps/ernst-barlachhttp://fwmoa.blog/2021/05/31/treasures-from-the-vault-ernst-barlach/https://www.kulturelle-gedaechtnisorte.de/en/mitglieder/ernst-barlach-stiftung-guestrow.htmlhttps://www.visit-mv.com/destinations/a-studio-house-ernst-barlach-museums-guestrowhttps://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/ny/2006/page/3?orderby=meta_value&meta_key=kijino&order=DESChttps://www.fabriziomusacchio.com/weekend_stories/told/2024/2024-11-03-antoniterkirche_cologne/https://en.wikipedia.org/wiki/Ernst_Barlachhttps://www.leopoldmuseum.org/de/presse/presseunterlagen/82/Ernst-Barlachhttps://website-stephenfriedman.artlogic.net/usr/library/documents/main/artists/29/balkenhol-bio.pdfhttps://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/247?inspire%5B36088%5D=36088&page=2&search_set_offset=164https://www.barlach-haus.de/museum/sammlung/werke/fries-der-lauschenden-455/https://www.pref.gifu.lg.jp/uploaded/attachment/436014.pdfhttps://www.momak.go.jp/wp-content/uploads/2021/01/bnrh100-jp.pdf■声質変換:つくよみちゃん公式RVCモデル(CV.夢前黎) https://tyc.rei-yumesaki.net/work/software/rvc/■元の音声:本番組用に生成したDJナレーション音声

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00:00
ナツセはついに、この浮かぶ天使に、大灰芸術のレッテルを貼り、大聖堂から引きずり下ろします。
大灰芸術ですか?
そして1941年、なんとこの天使を新たな戦争の武器や弾薬を作るために、泥々に溶かしてしまったんですよ。
人々の魂の痛みを痛むための芸術が、人を殺すための武器に作り変えられるなんて、これほど残酷な皮肉はありませんね。
B.F.M.
戦争の犠牲者を痛むために作られたブロンズの天使が、皮肉なことにあなたはどう思いますか?
いや、それは本当に感慨させられますよね。
そうなんですよ。でもその天使が、人々の秘密の地下作業によって二度も生き返って、今も大聖堂の宙を漂っているとしたらどうでしょう?
物理的な形が破壊されても、誰かの強い意志がそれを再びこの世に呼び戻すというか、まさに芸術が単なるものじゃないということを証明するような話ですね。
本当にそうですよね。今回の探究では、そんな数奇な運命を辿った作品を生み出したドイツの彫刻家、エルンスト・バルラッハの生涯と芸術に迫ります。
彼は、激しい検閲や弾圧と戦って、周囲の圧力に決して屈することなく、自分自身の真実を削り出した人なんです。
そして実はこれ、私たちが過去の放送で追いかけてきた、ドイツの木鳥の系譜の真の原理を探るミッションでもあるんですよ。
なるほど。
現代の私たちって、SNSなんかで日々膨大な情報に探されてますよね。
常に正しい意見とか同調圧力に流されそうになりながら生きているわけじゃないですか。
そんな中で、国家という最大の圧力に逆らってでも自分の過去を曲げなかったバルラッハの生き方というのは、今を生きるあなたにも非常に強烈なヒントを与えるはずです。
はい、本当にそう思います。では時間を巻き戻して、彼が国家の敵とみなされるずっと前の話をしましょうか。
はい、いきましょう。
はい、では始めたいと思います。まずはバルラッハの名前の字面と音がすごい合ってるなっていう話からちょっとしたいんですけど。
そうですね、強い響きがしますよね。
特にラーのあたりが、すごい本人の生き様にすごい合ってると思うんですけど。
まずバルラッハがどんな人だったのかっていう話に行こうかなと思うんですが、彼がちょうど国家の敵とみなされつつある時代あたりからちょっとお話ししていこうかなと思います。
バルラッハはすごく精神を崇高に保っていたいという意志がすごく強い人で、だからこそ迫害を受けていたんですが、
彼の周りにはすごく強烈独特な強い作風の作品たちがたくさんあったわけですが、その中でも今回注目したいのは浮遊するマグデブルクの戦士像という木彫りの像ですね。
こちらが一体どういう意味を社会的なというか世界的な意味を持ってしまったのかっていうところに注目していこうかなと思います。
03:01
まずはバルラッハの生涯について軽く触れておきたいんですが、
まず彼が1870年ドイツの北部北の方に生まれた時、すごい芸術が好きだったと。おそらく絵を描くことも好きだったんではないかと。
あとは彫刻とかですね。少年時代から青年時代になって、そこから1906年ちょうど36歳になる頃ですね。
この時にロシアの方に行ったと。そこの旅での経験が彼の人生を大きく変えたと言えると思うんですが、ここからちょっと詳しくお話いただけますか。
はい、ロシアに行ったのは旅行のためだったんですけれども、そこで見た精神性に強い衝撃を受けたんですね。
あの労働者の姿を見て。
彼らの力強さ、内面から滲み出る力を感じたんですよね。その後一回ドイツに戻って、そこからドイツは戦時化です。
彼最初から反逆児だったわけではないんですよね。一人の悩める芸術家だった彼が、どうしてそんな強靭なスタイルを確立できたんでしょうか。
そうですね。大きな転機となったのは1906年のロシア旅行なんです。
1906年ですか。
彼は弟を訪ねて南ロシア、現在のウクライナ周辺ですね。そこを数ヶ月旅したんです。そこで自分の人生を決定付ける光景に出会うんですよ。
どんな光景ですか。
果てしなく続くステップ気候の高齢とした大地と、そこで生きる農民や物恋たちの姿だったんですよ。
物恋ですか。当時の洗練されたヨーロッパの芸術家から見れば、
哀れみの対象というか、少し距離を置きたい存在だったんじゃないですか。
それがむしろ逆だったんです。
逆というと。
バルラッハの目には、彼らがただの貧しい人々ではなくて、過酷な運命とか自然に耐え抜く、とてつもなくたくましい記念碑、モニュメントのように映ったんですよね。
モニュメントですか。
その深く刻まれた表情とか、重たい布にくるまって大地に根を張るような姿勢に、人間の本質的な強さと孤独を見出したんです。
なるほど。大都会の着飾った人々にはない生々しい生命力に打たれたんですね。
まさにそういうことです。
でもそれを表現するのに、彼は彫刻、つまり木を彫ることを選んだんですよね。
なぜブロンズや大理石じゃなかったんでしょうか。
力強い人物なら、大理石の方が立派に見えそうな気もするんですが。
非常に鋭いポイントですね。
そうですか。
はい。
当時ヨーロッパの美術界では、大理石やブロンズが主流でして、木彫りなんて時代遅れの素朴な工芸品として完全に帰り見られなくなっていたんです。
古い技術だと思われてたんですね。
大理石のツルツルした表面は洗練されたブルジョアジーとか、理想化された美を表現するには最適なんですけど、バレラ派がロシアで見た泥臭い人間の真実を表現するには、ちょっと綺麗すぎたんです。
06:07
なるほど。泥や土にまみれた人間の生々しさを表現するには、自らも呼吸して、ひび割れたりする生命力を持つ木という素材が必要だったってことですかね。
その通りです。
彼はこの忘れ去られていた木彫りを、北ドイツのロマネスクとかゴシック彫刻が持っていた簡素さと強さに接続し直したんです。
美術史ではこれをモダンゴシックと呼びます。
モダンゴシック。なんかかっこいい響きですね。
はい。彼が行ったのは、衣服のシワとか髪の毛といった不要な細部を大胆に削い落とすことでした。
思い衣に包まれた量解、つまりボリュームですね。一つの大きなゴツゴツした塊として人間を表現したんです。
なるほど。
手の仕草と視線だけで、人間の深い孤独や苦悩を表現する表現主義のスタイルを作り上げたんですよ。
情報を削ぎ落とすか。なんか現代のゲームで例えるなら、超リアルな高画質のグラフィックをあえて使わずに、剥き出しの感情をドット絵で表現するインディーゲームみたいな感覚でしょうか。
情報を減らすことで、逆にプレイヤーの頭の中で感情の解像度がぐっと上がるような、そんな感じがします。
そのドット絵のアナロジーすごく面白いですね。
ただ、バルラッハの場合はそこに斧やのみを振るうという物理的な暴力性が加わると想像してみてください。
うわぁ、斧で作るドット絵ですか。それは凄まじいエネルギーですね。
見た目をそのまま写しとるんじゃなくて、内面から湧き上がる感情を形にする。だからこそ彼は、のみの跡をあえて残して木の荒々しさを生かしたんです。
なるほど。リスナーの方の中にはここでピンと来た方もいるかもしれませんね。
どう言いますの?
この番組で以前取り上げたステファン・バルケンホールの現代の一目堀やゲオルグ・バズリッツがチェンソーを使って荒々しく掘り上げるスタイル、ありましたよね?
あー、はいはい、ありましたね。
あれらは直接の指定関係というわけではありませんが、一目、荒掘り、領海というドイツの希望の系譜の源流にはこのバルラ派がどっしりと構えているわけですね。
まさにそうです。中世以降忘れられていた希望を20世紀に表現の最前線へ引き戻した。これが彼の計り知れない功績の一つなんですよ。
すごいですね。
でもここで一つ疑問があるんです。
彼は木をそぎ落として無言の重たい塊を作ったわけですよね。
視覚的な情報をそこまでそぎ落としてしまうと複雑な思想とか哲学を伝えるのは難しくないですか?
彼自身の中にはもっと叫び出したいような、言葉にしたい複雑な感情はなかったんでしょうか?
実はですね、そこがバルラ派の最も驚くべき側面なんです。
彼は沈黙の彫刻を作っていただけではないんですよ。全く別の顔、つまり優れた劇作家としての顔を持っていたんです。
09:06
えー、彫刻家でありながら劇作家ですか。全く使う筋肉が違う気がしますけど。
そう思いますよね。
例えば1912年に出版されたシスルヒという戯曲があります。
シスルヒですか?
息子を手放したくない母親が息子を未来へ導くはずの神秘の馬を殺してしまうんです。
その結果翌朝から太陽が昇らなくなるという非常に重くて神話的で絶望的な物語でして。
わー、太陽が昇らなくなるなんて。
あの文豪トーマスマンが当時のドイツ演劇で最も得意だと絶賛したことなんですよ。
すごい評価ですね。ただ書くだけじゃなくて自作の戯曲に自らリトグラフ、つまり版画で差し絵までつけているんですよね。多彩すぎませんか。
さらにすごいのが1924年には、戯曲である大光瑞でドイツ文学界で非常に名誉あるクライスト賞まで受賞しているんです。
クライスト賞って文学賞の最高峰じゃないですか。
でも言葉を使う演劇と言葉を持たない彫刻、彼の中でこの二つはどう両立していたんでしょうか。
メディアは違いますけど根底にあるテーマが完全に一致しているんですよね。
テーマが一致している。
はい。
彼は彫刻でも戯曲でも人間が絶対的な孤独や神、それから過酷な運命とどう向き合うかという実存的な問いを探求し続けたんです。
なるほど。
現代の私たちが常にネットで誰かと繋がっているのにふとした瞬間に強烈な孤独を感じるのと同じような人間の根本的な孤立ですね。
あーわかります。
それを彫刻では塊として無言で突きつけて、戯曲では極限状況のドラマとして言葉で爆発させたんです。
なるほど。
重い衣に包まれた彫刻も太陽が昇らない戯曲も同じ一つの魂から生まれた表現なんですね。
そういうことです。
ここで今日の一曲をお楽しみください。
今日はジャズでお届けします。
しかし、そうして独自の世界を築き上げたバルラッハの前に、やがて20世紀最悪の歴史の波が立ちはだかりますよね。
12:01
第一次世界大戦です。
はい。当初は多くのドイツ人と同じく戦争を支持した時期もあったんですが、前線での清算な現実を知って彼は深い反戦の念を抱くようになります。
そして戦後の1920年代後半に、彼はいくつかの年から戦争の記念碑の製作を依頼されることになるんですよ。
ここからが今回の探求の最大のハイライトですね。
死や国が記念碑を依頼するということは、当然お国のために戦って散った英雄的なドイツ兵の姿を期待しますよね。
え、勇敢に自衛を構えているような。
はい。
しかしバルラッハは依頼主の期待を完全に裏切るんです。
マクデブルグ記念碑で彼が掘ったのは、勇敢な兵士ではなく墓場に立つ神兵でした。
神兵ですか。
はい。他にも怯える若い将校、老いた予備兵、顔を覆い嘆き悲しむ未亡人、さらには兜をかぶった骸骨です。
骸骨まで。
そして極めつけは、交付のあまり固く耳を塞ぐ民間人の姿でした。
しかもその民間人の顔はバルラッハ自身の顔だったんですよ。
ちょっと想像してみてくださいよ。
市長や軍の関係者が集まる除幕式で、出てきたのが恐怖で耳を塞ぐ作者自身の像だった時の空気を。
凍りついたでしょうね。
英雄どころか、戦争の絶望と狂気そのものじゃないですか。
でも対等しつつあった国家主義者やナチスの前でそんなものを作ったら、ただの非難じゃ済まないですよね。
当然猛烈なバッシングを受けました。
ドイツ兵への侮辱だと急断されて、作品は撤去に追い込まれます。
現代のキャンセルカルチャーのようなものですが、当時は国家権力が相手ですから、命に関わる危険があったんです。
そうですよね。
それでも彼は止まらなかった。
その反戦の意志が最も純粋な形で結晶化したのが、冒頭でお話ししたギュストロー大聖堂の浮かぶ天使なんです。
1927年に作られた記念碑ですね。
はい。これも戦没者記念碑なんですが、剣を掲げた勇ましい天使ではありません。
目を閉じて腕を胸の前で交差させて、ただ静かに水平に宙を漂っているだけの姿なんです。
水平に漂っている?
ええ。その顔はバルアッハの親友であり、同じく戦争で息子を失った芸術家、ケイテ・コルビッツの面影を宿しています。
ケイテ・コルビッツの顔なんですね。
はい。バルアッハはこの作品について、「戦争の間、私には時間が止まっていた。それは浮かんでいた。」という言葉を残しているんです。
時間が止まっていた。
それは浮かんでいた。戦争という圧倒的で理不尽な暴力の前では、人間はただ空虚の中を漂って耐えしのぶことしかできなかった。
その悲痛な感覚が伝わってきます。
ええ。しかし1937年、ナツツはついにこの浮かぶ天使に、大敗芸術のレッテルを張り、大聖堂から引きずり下ろします。
15:01
大敗芸術ですか。
そして1941年、なんとこの天使を新たな戦争の武器や弾薬を作るために泥沼に溶かしてしまったんですよ。
人々の魂の痛みを痛むための芸術が、人を殺すための武器に作り変えられるなんて、これほど残酷な皮肉はありませんね。
本当にその通りです。
でも天使の命はそこでは終わらなかったんですよね。冒頭の秘密の地下作業の話につながるわけですが、1939年のナチス支配下のドイツで、あんな巨大なブロンズ像を軍の目からどうやって隠したんですか。
まさに命がけの作戦でした。実はオリジナルが溶かされる前、1939年の初めに、バルラファの友人たちが元の石膏モデルから秘密裏に第二のブロンズを鋳造していたんです。
え?もう一つ作っていたんですか?
はい。そしてそれをリューネ・ブルガーハイデという人里離れた荒野に隠し通したんですよ。見つかれば反逆剤で収容所送りは免れない状況下での奇跡的な連携でした。
鳥肌というより背筋が凍るような緊張感ですね。彼らにとってあの天使は単なる美しい飾りではなくて、人間の尊厳そのものだったからこそ命を懸けたんですね。
そうです。そしてその第二の天使は無事に戦争を生き延びて戦後ケルンの教会に掲げられました。
よかったです。
さらにそこから第三の鋳造が行われて1953年、ついに本来の居場所であるゲストロー大聖堂に戻されたんです。今大聖堂で静かに浮かんでいるのは人々の勇気と意志がバトンを繋いで生き延びた三代目の天使
なんですよ。
なるほど。キイルという町にあった別の記念碑である精神の戦士もナチスにノコギリで切断されながらも妖怪寸前で友人たちに救い出されたんですよね。
そうです。
弾圧されて歴史から消されそうになればなるほど彼の芸術は人々の魂に深く念を下ろしていった気がします。
しかし悲しいことにマルラッハ自身はこうした弾圧のさなか、展示も制作も禁じられるという極限の孤独と苦悩の中で1938年に小杜を去ってしまいます。彼自身は自分の作品が戦後に復活する姿を見られなかった
んです。
切ないですね。でも彼の晩年は完全に孤立無縁だったわけではないですよね。
ナチスの監視の上が光る中、彼を救おうとした一人の人物がいました。
はい、実業家のヘルマンF霊夢妻ですね。誰もがマルラッハと関わるのを恐れていた1934年、霊夢妻は彼のアトリエを訪ねます。
はい。
そして未完のまま放置されていたキクヒトビトのフリーズという木工軍の艦船を依頼して巨額の資金援助を行ったんです。
大敗芸術家に資金援助するなんてパトロンがもう社会的な地位とか命を失うリスクがあったはずですよね。
それでも彼の幸運の火を消してはいけないと信じたわけですね。
はい。霊夢妻はマルラッハが亡くなる1938年までに彫刻20点と装備を約100点を個人的に買い集めて自宅で守り抜きました。
18:08
すごい執念ですね。
そして戦後、この霊夢妻のコレクションが核となって、ハンブルグにエルンスト・バルラッハハウスという素晴らしい美術館が誕生したんです。
一人のパトロンの覚悟が世界的な遺産を守り抜いた。そしてその情熱のバトンは遠く離れたここを日本にも届いているんですよね。
そうなんですよ。日本ではまだ隠れた巨匠という立ち位置かもしれませんが、2006年には約180店に及ぶ大規模な開庫店が京都、東京、山梨と巡回して大きな反響を呼びました。
日本でも見られたんですね。
今でも愛知県美術館にはブロンズ像である某画が収蔵されていますし、岐阜県美術館には神の変容という貴重な版画集が収蔵されていて、2025年にも展示されたんですよ。
日本の美術館にも彼の確かな足跡があるんです。
私たちが普段見過ごしているような身近な美術館に、あの激動の時代を生き抜いた魂の傍らがあると思うと見え方が全く変わりますね。
彼の作品の前に立つと、過酷な状況下でも絶対に手放してはいけない何かを…。
無言の圧力で突きつけられるような感覚になるはずです。
さて、今回の探究も終わりの時間が近づいてきました。
バルラッハは、木からも、ブロンズからも、そして演劇の言葉からも、人間の最も無防備で生々しい魂を削り出しました。
彼は国家が要求する英雄という嘘の衣を着せることを拒んで、その代償として激しい迫害を受けました。
今これを聞いているあなたに最後にお聞きしたいことがあります。
私たちは日々、社会の期待とか、SNSでの見栄とか、誰かに設定された正しさという衣を何重にも着込んで生きていますよね。
でも、もしあなたが自分自身の本当の真を見つけるために、日々の生活から不要な細部や嘘をすべて削ぎ落としたとしたら、
その作業はバルラッハの人生が証明しているように、痛みを伴う孤独なものかもしれません。
でも、すべてを削ぎ落とした後に残るものこそが、大聖堂に浮かぶあの天使のように、時代を越えて生き残るあなた自身の真実なのかもしれません。
さて、この番組で追いかけているドイツ彫刻の系譜はまだまだ続きますよ。
次回はどなたでしょうか。
次回はバルラッハと同世代でありながら、全く違ったアプローチで彫刻の歴史に名を刻んだ偉大な彫刻家、ビルヘルム・レイム・ブルックを探求します。
あ、ちなみにリスナーのみなさん、次回登場する彫刻家のレイム・ブルックさんですが、今回バルラッハを命がけで救ってくれたパトロンのレイム・ツマさんとは名前が似てますけど全くの別人ですからね。
どうか混同しないでくださいね。
確かに響きが似ていてややこしいですね。
21:01
でも彼もまた非常にドラマチックな背景を持つアーティストですので、ぜひご期待ください。
次回もまた私たちの物の見方を揺さぶるような出会いが待っていそうです。
それでは今回の探求はこのあたりで。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
次回もどうぞお楽しみに。
21:48

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