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『理想郷』古里とは選べぬことと見つけたり #284
2026-10-31 1:00:58

『理想郷』古里とは選べぬことと見つけたり #284

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『理想郷』の話をしました。※作品の結末まで触れています。未見の方はご注意ください。 田舎ホラーと人間ドラマの二段構え、ソロゴイェン監督の「外し」の演出、家の立地が語る隣人との距離感、「負けたくない」という男らしさの呪い、「住む」と「生きる」が切り離せない場所としての故郷などについて話しています。

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今日のテーマトークは、『理想郷』です。 はい、では、マリオンさん、解説お願いします。
はい、映画ドットコムより解説を読ませていただきます。田舎に移住した夫婦が閉鎖的な村で、住民との対立を激火殺していく姿を、スペインで実際に起きた事件を基に映画化した心理スリラー
面影のロドリゴ・ソロゴイエンが監督脚本を手掛け、主人公夫婦の夫を中心に描く第一部と、妻を中心にした第二部の二部構成で描く。
フランス人の夫婦アントワーヌとオルガは、スローライフを求めてスペインの山岳地帯にある小さな村に移住する。
しかし、村人たちは慢性的な貧困問題を抱え、穏やかとは言えない生活を送っていた。
隣人の兄弟は、沈残者の夫婦を嫌い、彼らへの嫌がらせをエスカレートさせていく。
そんな中、村にとっては金銭的利益となる風力発電のプロジェクトをめぐって、夫婦と村人の意見が対立する。
ジュリアンのルニ・メノーシェが夫アントワーヌ、私は確信するのマリナ・フォイスが妻オルガを演じる。
2022年第37回小屋賞で主要級部門を受賞するなど、世界各国で数々の映画賞を受賞。
第35回東京国際映画祭ではザ・ビーストのタイトルで上映され、東京グランプリ最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞。
はい、ではここから内容に触れる話に入っていきますので、ネタバレ気にされる方がいらっしゃったら是非見てから聞いていただけたらと思います。
では最後の感想、マリオさんいかがでしょうか。
そうですね、いやすごかったっすね、これは。
えー、ちょっとびっくりしましたね。
まずオットシテンでの第一部はめちゃくちゃ怖いシーンとかたくさんあって、そこでまず痺れましたっていうのはあります、本当に。
夜の真っ暗な道で兄弟の車が目の前にいてとか、あの散歩、夫が散歩一人でしてて、なんかじわじわじわとこの隣人の兄弟たちが近づいてくるところとか、めちゃくちゃ怖いんだけどみたいなっていう、もうその演出だけ
でもめちゃくちゃ見応えある映画になってましたねっていう部分。
で、2部になってからガラッとまあ変わるというか、まずちょっとびっくりしたんですけど、切り替わってタイミングで、え、もうそんな時間経ってんのっていうのを結構サラッとやってくるあたりも、ちょっとなかなか結
構驚きなんですけども。
けっこう毎回驚きながら見てましたかね、展開が。なんかちょっとずつわかってくるんですけど、状況とかが。わかってきて、え、あ、そんな感じ?みたいなのがわかってくると、なんかこっちも驚きますし、で、わかれば
わかるほど、なんでいいの?みたいな感じでもなるっていう2部は。
なんでよ?みたいなっていう風になるんですけど、文字通り本当に娘からそう言われる、娘が妻に言うというか、話にはなるんですけども、ちょっとね、びっくりしたというか。
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で、また描かれてる問題というかテーマもやっぱり複雑で、やっぱり一概になんかどっちが悪いとも言いづらいようにできているというか。正直これ、もうなんか最初から積んでた話のようにも思える展開でもあるし、でも
一方でなんか後半2部になってからは結構ガラッと変わることで、なんかそのテーマって色々読み解きがいは多分あると思うんですけど。
色々あると思うんですけど、一個思ったのはやっぱりなんか、そこを自分のふるさとにするっていう部分で、ふるさとにするって、なんかその土地とそこに住む人間たちとのなんかものすごい強い、もうもはやちょっと因縁
みたいな部分というか、がないとそこでふるさととするっていうことは言えないのか?みたいな気持ちにもさせられるというか。
なんかまあ簡単にね、移住するって言っても難しいんだなっていうのは改めて思いますし、なんか一方でじゃあそこになんでいたの?ってなった時にやっぱりもうちょっと執着というか、まあそれは何なのかアイディアなの
かもしれないですし、もうなんでそこにいたかすらも分かんなくなってる。
レベルのものがなんか初めてそこでふるさとと呼べるようになる場所なのかもしれないというふうにもちょっと思ったりしたりしたかなっていう感じですかね。まあちょっと他にも色々読み解きがあるとは思うんですけど、
いやちょっとびっくりするぐらい面白かったです。はい。
はい、大井さんいかがでした?
いやーもうようやくこの作品の話ができると思って。嬉しくて仕方がないんですよ。もうそう、本当にこれ最初に見た時、私試写で多分最初に見させてもらったんですよね。
で、終わった後のなんか感じがすごい不思議というか、何この映画みたいな感じだったんですよ。最初一越し一人というか、結構こう狐につままれた感じで映画が終わった感じがすごいするというか、期待していたものでは
あるんだが、こんな展開でいいのかみたいな、見たことないんだけどみたいな感じになっていくけど、
ただ、映画が終わってしばらくだんだん時間が経つにつれて、樹脂に味わいが深まっていくタイプの作品だなと思ってめちゃくちゃ好きな映画の一つではあるんですね。本当に見事と言って、さっき外しの話をちょっと
したんですけど、この映画まず一つ、我々の期待感を、期待通りに怖いシーンもあれば期待を裏切ってくれるシーンもあって、この作の見どころね、愛すべき役に立たない犬っていうね。
犬なー 何の役にも立たない犬 犬なー そう、普通もうちょっと役に立つんですよ、犬って映画において。
そうですね そう、ハートオブイーストでもそうですけど、カエル氏のことを助け合ったりとか、そことの信頼関係があったりっていう、そういう描写で使われるのって犬じゃないですかっていう、それ
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をね、なんか、ホイホイ兄弟の保育士。
めっちゃイシュイシュされてしぽーって帰ってくるじゃん、あいつ、なんかね、でも愛らしいんですよね、あれはあれでね、っていうのはまず映画で見たことないな、この犬の描写と思いましたし、
あとそのカメラの話もしたくて、普通カメラがあるって、で、撮影をしているもあるし、昔で言うと重工としてのカメラだと思うんですよね、真実を捉えるっていう意味での。
で、まあ中盤以降、それが、すごくヌニメノウシを演じる夫はそこにこだわりを持ってるってことはずっとよくわかってるんですけど、
そこでカエルがある種今はの際と察したときに、それを隠しておくじゃないですか、で、普通そこに撮られてる映像によって兄弟の悪事が暴かれるはずなんですよ、
ただ映像は残ってないっていうね、それもまた外しだなと思ってて、なんかその、ただ、じゃあ何が残ってたかっていうところに私は結構この映画の確信があるなと思ってはいて、
前半でそこまでその映像的暴力であったり、撮ることっていうものの暴力性を描いていながら、一方で撮るというのは記憶を残すことでもあるのだっていう、
その人の視線を残すということでもあるのだっていうふうに後半で反転させてくれるっていうところ、なんかそういうふう外しなんだけど、でもしっかり真を得たことをやってくれる、
犬って役に立たないし、カメラって武器になるわけだけじゃないっていう、なんかその辺の真の通り方がやっぱりこの映画の面白さだなと思いますし、
この映画自体は主人公たちの夫婦の視点で描かれていく話なんですけど、ふと兄弟視点に立ってみると、全然夫婦のこと腹立って仕方ないよなっていうのも全然理解できるじゃないですかっていうのもこの映画の上手い
ところだと思ってて、
だからムラホラーものではありつつでめちゃくちゃ嫌なんですが、ただ筋の通ってないことをしてない人間はいないっていう気もするっていう、
そうするには人間だから仕方ないよなって思えてしまう。もちろんだから人殺していいとかって話じゃないんですけど、でもなんか理解は一定示せるなとは思ってしまう。
だからのミアでアントワーヌと兄弟二人が話すシーンちょっとこうグッとくるんですよね、兄弟顔の主張に対して。
それに対してのドリメノーシャが言ってる、いや古さだと思ったんだよってことの根拠の薄さというか、薄っぺらく見えてしまう感じ。
なんかでも本人の中ではそうなんだけど、でもあれ示されちゃったらもうなんか無理じゃんっていう感じがまたすごい切なくて、
なんかその辺って本当にいかようにも味わえる、味わい深い映画だなというので、私はちょっと大好きな一本、結構オールタイムベストにあげてもいいんじゃないかぐらいには大好きな一本で、
09:00
さわりとしてはちょっと話すぎた気がしますが、こんな感じです。
僕はですね、ちょっと信じられないぐらい面白かったですね、本当に。
ただね、ついさっき見終わったんですけど、言語ができないんですよね。
で、結構何かになぞらえることはできると思うんですけど、なんかなぞらえていいんだっけみたいな、ちょっとなってしまうところがあって、
やっぱりちょっとその複雑さを複雑なまま置いておきたくなる映画でもあるかなとは思いながら、なのでその奥行きの部分というか、やっぱり僕この映画の表面的な面白さを褒めたいなとは思って、
とにかくね、サスペンスとしてむちゃくちゃ面白いんですよ、これ。ちょっと信じられないぐらい面白いです。
やっぱり2部で一気にこの複雑さが増して面白くなるんですけど、1部は1部でシンプルなサスペンス、田舎ホラーとしてむちゃくちゃ面白い。
別にあの兄弟にも事情はあるよとかっていうのを別に考えなくても、単に彼ら二人を他者のまま置いてても、この映画むちゃくちゃ面白いんですよ、本当に。
それはすごい、ちゃんと第1段階でむちゃくちゃ面白いし、第2段階でも面白いってなってるのは、ちょっとむちゃくちゃ僕は評価したいポイントではありますね。
なんか僕が好きな映画のラインドリをしてくれてる映画だなとは思ってですね、思ってたよりジャンル映画としても見れちゃうんだなーみたいなのは本当に驚きでした。
すごい大傑作だなっていう感じですね。はい、ではそんな感じで、お便り紹介させていただきます。オイさんお願いします。
はい、タウルさんからいただいております。こんにちはタウルです。理想郷はまだザ・ビーストというタイトルだった頃、2022年の東京国際映画祭で見てハマった作品です。
サムペッキンパーのワラの犬も想起させる村社会の恐怖を描いた作品ですが、途中から違う顔を見せていくところが興味深かったです。
男たちの対立や暴力がもたらす緊張感たっぷりの時間から、女性視点で問題の原因やその回避方法をじっくり考える時間へ、その変化が新しい感じがしました。
当時、ノドリゴ・ソルゴイエン監督の過去作ゴットセイブアスと面影を配信で見たのですが、やはり緊張感と繊細さが両立している作品でした。
そこで気づいたのですが、ソルゴイエン監督はこれらの作品の脚本をイザベル・ペーニャという女性の脚本家と共同で書いているんですよね。
2人はモドリードの映画学校以来の創作パートナーで、徹底的に話し合いながら物語を作り上げていくスタイルをとっているようです。
男女だからと決めつけたくはないのですが、この2人の共同作業によってハードで骨太な面とフェミニズム的な視点の繊細さが両立する作品が生まれているのではと思いました。
12:04
今年の東京国際映画祭では、ソルゴイエン監督の新作でハビエル・バルデム主演の愛しい人という作品が上映されますね。
映画祭に行く予定なので、ぜひ見たいと思っております。とのことです。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
さすがタウルさん、見てますね。
さすがです。押さえていらっしゃる。
全部見ていましたっていう。
いやでもそう言われている通り、男性的視点と女性的視点が両方ある映画っていう意味では本当に理想郷はその通りだなと思っていて、
ある種その男性的マウント的対立っていう前半と女性的なある種のこう執念というか執着というか、あるいはこう愛とも言えるような後半っていうところのなんかその視点で割と結構イーブンにというかすごくこうフラ
ットに語られている映画だなとは思うんですよねこの映画。
なかなかそこって同じ話の中で両立するんだなっていうのはちょっと見た最初の印象としては結構意外ではありましたね。
確かに本当に雰囲気がマジで変わるなと思うんですよね本当に。
いやまあミステリーというかまあそういうサスペンスフルではどちらもあるんですけど、
やっぱ後半になればなるほど人間ドラマパートが勝つというとあれですけど、一番の謎が妻はなぜそこにいるのかが一番主軸になるんじゃないですか。
人間何考えてるかが一番のミステリーじゃないですかっていう部分で、なんかミステリーとかめっちゃ跳ね上がるのがめちゃくちゃ面白いなと思ってましたね。
そう、その意味では面影も主人公が最後まで何考えてるか本当にわかんない映画だったりするし、
やっぱ登場人物のその感情とか心情とか行動原理をブラックボックスにすることでそれ自体を物語のフックにするって、意外とやりそうでここまで徹底してる監督いないなっていう感じもして。
そうだから第一部って結構その行動原理がわかりやすいじゃないですかこの映画。そことの対比がなってるのがまたいいんですよね。
前半はやっぱ対立構造がわかりやすいというか、まあシンプルに地元の人、移住してきた人とか考え方、リベラルか保守的かみたいなとか、
なんかそんななんか結構カテゴリーに分けやすい対立が展開されてるなと思ってたんですけど、後半ウェーってなりましたね。
ウェーって言う、娘もなんか納得してましたけど、納得してるって言えるのかよりかわかんないしみたいな、っていう感じが面白くはあるなと思いますけどね。
もう言葉の外側で納得せざるを得ないみたいな感じでね、帰ってきますからね。
まあ第一部の方の夫と兄弟のやり合いみたいなので、まあそのマウント的なやり合いっていうのはまあおっしゃる通りだなとは思うんですよね。
15:02
やっぱりやられっぱなしで納得できねえっていうのがどうしてもちょっと勝っちゃってる部分があるなとは思って、もちろんその自衛の意味はあるんですけどね。
そのためにやってるなっていうのはあるんですけど、なんか飢えとられたまま終わってなるものかみたいなのがどうしても出ちゃうみたいなのがあるなとは思って。
で、ちょっとその先週ボディダブルの話をしたときに、男性のゲストさんみたいなのがやっぱりヒッチコックもデパルマもアンダー・ザ・シルバー・レイクにもあるって言ったんですけど、
目眩とかボディダブルにあるのって、女性に対する執着っていうのもあるんだけど、騙されたのムカつくっていうのが結構行動原理にあると思うんですよね。
はい、やられっぱなしは許さないみたいな。
下に見られてるのが許せねえ、俺を騙せると思われたことが許せねえみたいなのが、やっぱりそのクライマックスに向けての行動原理になってるなとは思って。
で、アンダー・ザ・シルバー・レイクはそれが陰謀論と結びついていくっていう。
俺が知らないルールでこの世界が動いてるなんて許せねえっていうのを、俺が知ってるルールでこの世界が動いてるに書き換えていくっていう、これが陰謀論だと思うので。
やっぱり根っこには全部、俺が負けてるのは許せねえ、騙されてるのは許せねえ、舐められてるのは許せねえだと思うんですよ。
やっぱりこの理想郷の主人公の夫も、別にもちろんそれだけではないんですけど、うっすらあるそれにちょっとだけ飲まれていってる感じがあるんですよ。
俺負けてねえぞ、俺負けてねえぞみたいな、カメラでやり返してやるみたいな、それだけではないけどそれがあるっていうのが、やっぱり前半の物語の行動原理になってる。
主人公の行動原理でもあるし、カメラ側の行動原理でもある。
なぜこれをこうするのかっていうのを納得できるじゃないですか、第一部って。
それはやっぱり、負けるのを認めたくねえで物語が動くっていうことの勝算だと思うんですよね。
ヒッチコックとかそれを利用してたと思うんですよ、めまいとかで。
だなあと思って、それがまあやっぱ二部で変わるっていうのがね、その転換だなっていう。
その兄弟と、あとあのオルガ夫妻が住んでる、その家との距離感絶妙だなと思ってて、
旗座落ちってないですか、いわゆる。
旗座落ちというか、そこにこうおそらく指導が通っていて、その奥にアントワーヌ夫妻の家があるっていう。
だから必ずそこを通らなきゃいけないっていう、あの距離感嫌だねえっていう。
そうなんですよね、あとちょっとこれ考えすぎですけど、立地的にアントワーヌ夫妻の家が上の方にあるんですよね、坂の上の方。
18:01
ああ、はい、そうですね。
まあそこまで考えてるとは思いませんけど、まあどうしてもこう夫妻の、まあ本人たちはそういうつもりはないけど、
いるだけで上から目線に感じるみたいな存在だと思うんですよね、隣人の兄弟たちからすれば。
っていう部分がやっぱり実は場所からもちょっと出てるかもしれませんねっていうのはちょっと思いました。
そこまで考えすぎかもしれません。
まあその上から目線っていうのもあるし、単純に景色がいいとこに住みたかったからあそこになったと思うんですけど、
そうですね。
やっぱりあの兄弟の家ってこうちょっと下がって建物が並んでるところに入っているから、すっげえ閉塞感あるんですよね、あそこのあたりって。
むっちゃなんか息苦しくなって、でもちょっと登っただけで、あの夫妻が住んでるエリアってむちゃくちゃ開けてて、田舎っていいよねっていうような場所じゃないですか、あれって。
はい、そうですよね、田舎。
実体はもう古びた家が入り組んでて、人間関係も入り組んでて、何するのも息苦しいみたいなのもまた田舎だからね。
だからその一面だけを夫妻が選んでる立地でもあると思うんですよ。
あとから来た人間があそこに住んでることの意味ですよね。
そうですよね。もういいとこだけを享受しようとしてるなって、そりゃ見えるよねっていう。
そうですよね。いや、本当にあそこの対立構造、なんかもう全部気持ちわかるなってなっちゃうというか、そりゃ怒るよねみたいなというか、気持ちになっちゃうんですよね。
そうね、兄側の弟の話をするシーンあるじゃないですか、酒屋で一杯飲もうぜって言って、
あとは的にはこれでなんとか解決に持ってこうっていうふうにしたんだけど、完全に対立が決定的になるっていう対話のシーン。
あそこの俺の弟は顔は良かったんだ、ただ匂いがダメだったんだって、そこでまた匂いが出てくるってところが、あーつらいと思って。
で、あの酒場見たらわかるんですけど、本当にあの村、女性がいないんですよ。
そうですよね。
そう、だから過疎地域かつもう男性、基本的に働き手はもう男性しか残っていないっていう、物理的ホモソーシャルというか、
場所っていう、なんかあのね、酒場の感じがずっと本当に絶妙に嫌なんですよね、あの映画ね。
夫よくあそこに飲みに行こうと思いましたよね。
あれもだから結局負けたくないのですよね、たぶんね。
もう、俺器でけえって言いながら。
とかなのかなーっていうか、多少はなんか、ご近所付きはもしなきゃね、みたいな感じなのかな、みたいなというか、あれですけど。
だからその女性が少ないっていうのと、あとあの兄弟の家が近いっていうので、
娘が家に来てる時に、娘が散歩で家出て歩いた瞬間、むちゃくちゃ怯えてるんですよね。
21:06
だから、あの立地の異常さに気づいちゃったっていう、別にあの時って、あの兄弟が出てきて見られたとかでもなかったと思うんですよ、怯えてるのって。
あそこでようだったのって、もう立地、この距離感で生きていこうとしてるの?みたいな、頭おかしいんじゃないの?みたいな。
そうですよね。
そうなんですね、だから、一分の娘視点で村に訪れたタイミングで、こういう距離感だったんってことが初めて気がつくというか、
マジかってなるんですよね、いや怖いですよ、ですよね。
怖いし、なんて?ってなります?なんでそこにいたいかね?みたいなっていうか、
ゼガヒでも離れるか、もうそこ復讐しに行ってやるぞみたいな、死刑でもいいわみたいなっていう感じで、しそうなもんなんですけど。
ただ真面目にね、夫とやっていた通りに農家をやり続けてるんですよね、妻がね。
そう、まあなんかね、ちょっとその、ヤマウチさんもおっしゃってましたけど、
あの村って女性が数が少ないというか、ほぼ姿が見えないみたいな場所だったと思うんですけど、
あそこにいる女性たちってやっぱなんか、もうあまりこうなんていうんですかね、主体性が削がれて、
でもここにもうなんていうか、根を下ろさざるを得なかった人たちの話っぽく見えるというか、
まあちょっと兄弟のお母さんとか、妻はちょっとそういう、ある種の共存関係というか、部分はちょっとありますよね。
なんかこの夫婦もどっちかというと、夫がやりたいから来たみたいな感じちょっとするじゃないですか。
ちょっとね、似合いますよね。
ちょっとだけですけど、なんか本当にニュアンスなんで、そうじゃないかもしれないんですけど、
なんかゼカヒデもこの生活にこだわってるって夫の方だなとはちょっと思ってはいて、
でなんか妻はでもまあ賛同はしてるけど、別にそんななんかまあいいよみたいな感じなのかなというか、
感じでやっぱ来てて、でもいつしかそれがもう私のことのようになってるみたいな、不思議なもんなんですけど、
でもなんか根を下ろすというか、そこをふるさととするみたいなのって、
なんかそういったものが結構必要だったりもするのかね、とかは思ったりしましたからね。
娘との会話でも、やっぱり主導権を握ってたのは夫側だったみたいな匂わせはあったと思うんですよ。
そうですね。
ただ、第一部でそれが全然みじんも見えないというか、まあ夫婦仲はいいんですよね、あそこ。
そうそう、いいと思うんですけどね。
だからそのパワーバランスの不均衡みたいなのってあんまり見えないというか、
ただまあ夫側の方がやりたそうさはちょっと伝わってくるんですけど、
そこに別に不均衡というほどまでの意味を直接的に描いているわけではなかったと思うんですけど、
24:05
後になってそれが見えてくる、だからそれはもう夫の視点じゃなくなったからってことだと思うんですけど、
そこでも穴が入ることでちょっとヒヤッとするというか、
あ、巻き込んだんだって、巻き込まれたんだっていう。
それがわかると、さらに意味わかんなくなるんですよ。
なんで?
そうなんですよね。
そうなんだよな、なんかそういう選択をするのもありっちゃありだけど、
いや、すごいなっていうか、まあでも、まあそうですよね。
覚悟がないとそこにすべてならないのかなとかって言うとあれですけど、難しいんだよな。
ちょっと思い出したのは、あの落下の解剖学。
で、あれも確か夫の都合でしたっけ、あれ。
あー、そう。
どっちかの都合でしたよね、あれもでも。
どっちだっけ、あれ。
でも夫の都合だった気がするわ。
夫の都合でしたね、確か夫の。
そうそうそう、で。
うん、確か確か。
で、妻はちょっとそこに苦しんでみたいな状態だったと思うんですよ、確か。
結構状況は似てるなとは思ってて、
本当はゼガヒデも出たくて早くドイツに戻りたそうだったじゃんみたいな。
なんかまあ結構普通かなって思ってたんですけど、
今作の場合はそうじゃないっていう。
そう、そう。
スペインに残り続けますけどみたいなっていう。
でね、これがまた事実なのがすごいと言えますか、
これって元になった事件があって、
その事件は事件でドキュメンタリーとして映画化されたりするんですけど、
事実も実際夫が近隣トラブルで殺害されて遺体が見つからないっていうので、
妻がそれを最終的には発見するための捜査を一人続け続けて、
5年ぐらい経って本当に発見してっていう話なんですけど、
なんで本当に妻というか実際の事件でも妻はそういう選択を取ってるんですよね。
だからやっぱそこに何ていうか真実味というか、
男女の強さの違いみたいなものがすごいあるなと思っていて、
そのなんて言うんでしょうかね、
その戦い方の違いというかという風に言ってもいいのかなと思うんですけど、
男性的にある種こうもう分かりやすくマウントを取っていくというか、
どちらの力が強いかっていう風な力比べになっていく男性と、
耐えるっていうことで勝つ女性とみたいな。
もちろんそれがジェンダー的なステレオタイプだって言われたらそうかもしれないんですが、
この映画はその両方の強さの描き方が絶妙に上手いなっていうのはすごい見てて感じたところではありますね。
そうですよね。だからなんというか、
本当最後兄弟のことを目もくれずお母さんに話しかけいくので、
めちゃくちゃある種見てた時はおおって感じになったんですけど、
見終わった後ちょっと考えるとめちゃくちゃスカッとする場面じゃないですけど、
27:02
華麗に決めてやったな感がめちゃくちゃあるなと思っているというか、
しかもそこでこういわゆるスカッとさせるじゃないですけど、
次はお前の番だと言わんばかりのことも言えるわけですけど、
そうじゃなくてなんかあったら来てくださいみたいなっていう、
なんかそこでやっぱ連帯が生まれているところもすごい不思議なバランスだなというふうに思っていて、
やっぱりなんか対立だけじゃなくて連帯も必要だっていう部分、
特にそれがやっぱりこれまで主体性っていうのがあまり見えてこなかった村でのっていう女性たちの、
連帯の話になっていくっていう部分もすごいなんか巧みだなというふうに思いましたね。
僕結構あのシーン復讐として見てたかもしれないですね。
ちょっとね復讐っぽくも見えるんですけどね、最後やっぱりニヤッとして終わるから顔が、妻の顔がなんかちょっと笑顔になるので。
でもある種それは何かからというか、男性的な支配から解放されたというふうにも捉えられなくはないと思うしねっていうところですよね、その複雑な感じですよね。
そうですね、もう全然なんか復讐してよっしゃみたいな、スカッとっていう感じも捉えられるしっていう。
僕はちょっと連帯かなという部分で捉えてはいたって感じですけど。
でも僕、主人公の妻の方と兄弟のお母さんたちはやっぱ違うなとは思ってしまっていて、
やっぱり妻の方は自分で覚悟して選んだとも言えるじゃないですか。
お母さんの方は選択肢なんてなかったはずなんですよ。
それはあの村の状況もそうだし、夫がいないっていうことは何かの事情もあったかもしれないし、
やっぱりあの母親の選択肢を奪ってたのってあの兄弟の存在だと思うんですよ。
別にそれを選び取ったとかじゃなく、
初めからずっとこうなるしかなかったの連続性の中であそこにいると思うんですよね。
そのもう選択肢がない人間が唯一すがり得ることができる存在が兄弟でもあるというか、
そこしかもうないと思うんですよ。
それをここで生きるってことを選んだ人間が、
亡くなりますよって言いに来るってすっげえ怖いなって僕はちょっと思ってて。
それだけの怖さはあるいはあるんですけど、
でもちょっと見方を変えると、夫が行方不明になったことで彼女もそこにいることを選択せざるを得なくなった状況とも言えるとは思うんですよね。
そうなんですよね。
そうですね、だからそのタイミングでもはや二人の立場は結構近しいところになっていると捉えられなくもないっていう。
そうですね、もちろんなんか自分で選んだか選べてないかみたいな違いももちろんあるんですけど、
30:02
一方で同じ土俵にも立っているっていう感じはするというか、
もう執着が執着というかもうここにいないといけないというか、
何かがもうあるというか、まあそれは兄弟だったりとか、あと亡くなった夫であるとかっていう部分ですけど。
だからなんかこう彼女なりの責任の取り方のようにも見えるなと思うんですよね、あれがね。
その私が面倒を見るからって言ってるようにも見えるっていう。
そう、そうなんですよね。
ちょっとそこがやっぱり、まあ見終わった今もなおある意味ミステリーとして残ってるとも言えるっていう感じではありますかね。
そもそもあの兄弟あの後捕まんのっていうのも結構疑問なんですけど、
まあ史実では捕まってるので、まあたぶん捕まるんでしょうね、一応展開的には。
そもそも警察もまあそうだろうなっていうことはある程度察してはいるわけで。
そうですね、まあ証拠がっていう部分がたぶんなかったからなのかなっていうことだと思うんですけども。
あと遺体も一応見つかってますしねっていうとこですかね。
そこまで見つかったらちょっとね、まあ殺し方もね、もう諸にもうなんか、歯がいじめみたいなっていう部分で。
冒頭の馬のね、それがそこにかかってくんだと思いますけど。
いやそう、そこかかってくんのかと思って、怖えーと思って。
元々そういう地方のやつですよね、なんかガリシア地方っていうのの部隊でしたけど。
なんか長いシーンだなって冒頭思ってたんですよ、あの馬を歯がいじめにしてってするシーン。
あそこをみたいな感じはしましたし、現代版のポスターあそこなんですよね。
そうなんです、あそこなんです。
いいですね。
言語版というかスペイン版というか。
スペイン版のアビーストの時の。
本国版のポスターはそこ、歯がいじめになって顔だけ、顔の口元だけ見えてるみたいなとこなんですよね。
素晴らしい、いいですね。
怖えーっていう。
あの殺し方も怖すぎるんですよね。
そうなんですよね、いやライフルとか持ってるからライフルとか使うんだろうなって思ったら、ひたすらなんか特組合というか、いやーびっくりしちゃったというか。
いやーあれやばいですよ、馬って実物見たら筋肉の塊ですからよ。
そうですよね、走るための何かというかね、筋肉しかないと言ってるあれですけど、無駄のない筋肉がね、ついてるって感じですけど。
いやー恐ろしい、恐ろしいですよあれは、何あの男らしすぎる祭りって思いましたけどね、最初に見てて。
そう、あと前半のその奥州のなんていうか、素晴らしさも話したいんですけど、ずっと見てる間もうやめないよって言いたくなる感じの。
33:07
ガソリンサンダーのシーンとかもう最悪で最高なんですけど。
ちょっと余計なことしちゃったねーみたいな感じと言うとあれですけど、
その新聞買いに来たんだよみたいなこう、やり合いから結局勝手にじゃないかみたいな戻ってきて、もうやめなって男子って感じの、本当に嫌っていう。
やったなぁ。
そうですね、もうエスカレーションさせてるとこはあるっちゃあるんですけど、でもなぁ、あそこやり返さんのも怖さありますよね、ちょっと。
いやーそうなんだよな、あとね、主演アントワの役のデニミノーシがね、また目つきがね、怖いんですよ。
そう、ってか、がたいがすごいじゃないですか、あの人。
だからお前なんか殴ったら二人ごとボコ押せそうやけどみたいな、けどやらないみたいな感じ、もう多分それも相まってこいつ何なんだろうって思ってそうだなって、兄弟ってちょっと思ったんですけど。
実際、この中あらすじの方でもジュリアンっていう映画の話がありましたけど、ジュリアンではね、息子のことに執着しすぎる元父親というか、めちゃくちゃ怖い半分ホラーみたいな役で出てた人だったりもするので、結構
その怖い敗役としてよくフランスでは敗役される役者さんではあると思ってるんですけど、
なんかねこの絶妙なずっとこう喧嘩売ってるみたいな目、喧嘩売ってるんです、売ってるように見えるんですけど実際、この目つきが多分ね絶妙に兄弟をイライラさせるんだろうなっていう、
また兄弟も兄弟で、さっき冒頭でマリオさんもおっしゃってましたけど、車の下りとかのあの嫌な感じね、
怖いでしょ、やばいって、やばいってと思って、あ、もう死んだなって思いましたよ、
あれ殺されてまいるですもんね普通だったら、 そうそうそう、妻がいたから殺されなかったもののって言ってましたけど、いや下手したら殺す人おるであの場面そのままみたいな、
って思いましたよね。
あれね、本当、いや車って本当いいサスペンス装置ですね、って思いますね、あの頼りないガラス、あの、どないかしたらまあ割れんことはない程度のものっていう、
弟の側はただ見てて開けろって言うだけだし、兄側がずっと叩きながら叫び続けるってもう怖すぎるっていう、
いやホラーですよ、あそこは。
しかもね、ここでねアントワンがね窓開けんすよ、寄せばいいのに、そこがねまたねその男らしさの呪いだなと思って、
36:02
そうなんだよなーっと、このあれこれが一番印出っていう感じがめちゃくちゃいいなーと思ってますけど、
はい。
僕ずっと不思議に思ってることがあって、なんか男らしさって爽やかでカラッとしたものみたいなように言われてるけど、
うん。
むちゃくちゃネチネチしてると思うんですよ。
いやいやそうそう、本当にそう、印出っすよマジで、思いますよ。
男らしいが褒め言葉なの、僕ずっと不思議で、僕の中で基本的に悪口だから、
はいはい。
プライドばっかりですねーとか、負けず嫌いすぎますねーとか、あとまあ嫉妬深さもあるんですよ、
嫉妬深さが女性のものみたいに言われてるのは不思議で、男の嫉妬めちゃめちゃキモいんだぞって思ってるんですけど、
だからあの兄弟2人の男子のいじめのエスカレートしたやつっていうのに、
おちょくって、もうジョークだよジョークって言って本気になった側をさらに嘲笑するっていうね、
もう小学生男子の50倍濃縮版みたいないじめ。
いやなんすよね、あれを爽やかなものとして言えるの、何?って僕ずっと思ってるんですけど。
しかもなんかそれ、怒った方がなんか不利みたいな感じというか、だからあいつら上手いと言うとあれですけど、
なんか絶妙になんか、俺後継ねーけどみたいな、知らばっくれられるみたいな、絶妙さでやってるなとはずっと思ってて、
まあそれがちょっとだんだんどうこしちゃうわけですけども、いやもういやらしいわと思って、めっちゃイライラしましたね本当に。
なんか説明の通りに弟の方がムカつくんですよね、なんかね。
あーそう、わかる。
兄はね結構いわゆる待ち相撲というか、もう本当に筋肉で何とかしようっていうタイプじゃないですか、どちらかというと、
本当にある種、暴力で解決したいタイプで。
弟の方がね、なんかね、なんていうか、因出なんですよね、やり方がね。
一番最初の乗せてやろうかなって下りからもう最悪なんですけど。
あーそうそうそう。
で、あの僕、兄貴の方が結構自分のこととかを理解できてるのの不敏さめちゃくちゃあるなと思って、
微妙に賢いんですよね。
なんかいろいろわかっちゃってる。
だからあの風力発電の補助金が出るってなったときに、自分たちのみじめさに気づいたみたいなのって。
それって結構ちゃんと見てる視点だと思うんですよ、あれ。
気づけてる視点だと思うんですよね、あれ。
中盤で飲みながら話しするシーンとかも、結果断絶はするんだけど、やっぱ腹の底出てるじゃないですか。
39:07
俺がてめえのこと許せないのはこうこうこうだって、むちゃくちゃ理論整然としてるから、
それ原告化できるのにここ生きるの、そりゃしんどいだろうさって思って。
そうですね。
だから中盤以降というか、ある意味2回目3回目見てくると、だんだんあの兄弟のことが不憫に思えてくるのがまた不思議な映画で、これ。
そうですね。ここに残らざるを得なかった人たちの苦しさっていうのはやっぱりありますよね。
そうね。
だからなんかこう、そこの複雑さ保てるんだなっていうとこですよ、ほんとに。
すごいバランスですよね。
だってあの兄弟許せるはずないもん、だって本来的には。
タルさんが例でも挙げてもらってるワラの犬とか、僕ワラの犬相当昔見たことあるんですけど、
もうね、確かスコットランドの方の田舎に都会の男が行くみたいな話だったと思うんですけど、もうねモンスターみたいな扱いなんですよ、田舎モンのこと。
実際、ジャンル映画としてはその方が面白かったりはするんですけど、
理想郷のすごいのは、そのモンスターに複雑さ持たせたままちゃんとモンスターのまま最後まで行くとかってすごいなと思って。
そうなんですよね、そうなんですよ。だからなんかモンスターであるがゆえのそのフランケンシュタイン的なというか、かわいそうさも含めてしっかりモンスターであるという感じ。
モンスターになってしまったんだこいつらはっていう、なんかそこまで含めて感情移入できるのってねっていう。
だからそのどっちもどっちっていうふうに相対化するのは簡単な気がするんですよね、ただ相対化するのは。
ただ、とはいえこの二人はモンスターではあるっていうのはしっかりこの作品の中では筋は通ってるっていうあたり。
そこが両立してるのがやっぱりいいんですよね、この作品ね。
そうなんですよね、どっちもまあ嫌なとこあったよねとは言いましたけど、僕も。でもやっぱりあの兄弟ごとめちゃくちゃ許せないですからね。
どうにかしてあのすごいひどい仕打ちでひどい目に遭ってほしいとさえ思いましたよ、気持ち的にはやっぱり。
カタルシスはその方が絶対出る。
めっちゃイライラしてましたから。
本当ね、何でしょうね、やることがすごい嫌っていうのもありますけど、補助金もらって何するって言ったときの使い道のしょうもなさとか、ぶん殴るぞと思って。
何のためにこの喧嘩やってんだじゃないけど、何のためにこれやってんだよって言いましたよ、正直。
42:02
なんだよ、半日それぞれタクシー貸し切るって、もう誰だろうって思って。
僕あのシーン驚いたのが母親留守番なんですよね。
そう、びっくりして。
やばと思って。
嘘だろうと思って、何しとんと思って。
母親は別に大臣にもされてないんですよね、あれ。
いやー悪質やわーと思ったんですよね、本当にあれ。
だから僕はああいうタイプの男性って、俺が女を守るみたいなこと言うタイプだと思うんですけど、
お前が守る対象というか、何から守ろうとしてるかっていうのが、お前と同室の別の男だろうがって、このマッチポンプ感ひどいなと思って。
俺が女を守るっていう男が別の女性に対して加害性があるのを互いにやってるだけなんじゃないみたいなのを結構思うことあるんですよ。
じゃあもう初めからそのゲームやめるべきだろうみたいなのをめっちゃ思うときあるんですよね。
確かに確かに。
でもまあね彼らはそのゲームから降りれる権利を持ってないから、まあずっと最後まであれをやっちゃうんですけど。
そうですね。
あの母親が不憫でね。
だから前半本当に母親背景化してますけど、後半になってかなりそれが前に前傾化するっていうところが、
さっきも言いましたけどやっぱりこの映画の優れたところではあるなと思いますね。
見えてなかったじゃんっていうしっかり。
そうですね。視点が変わるとこんなにも見え方が変わるかというか。
やっぱり後半、特に前半って割と全然感情移入はイライラするよねみたいな感情移入はできるんですけど、とはいえさっき言った通りアントワーナにも言ってお前それ理由ってっていう感じもちょっとするじゃない
ですか。
っていうのもあって感情移入しきる人はいないなっていうのが特に前半個人的に感じたところではあって。
ただ後半になって娘側に僕らは感情移入できるんですよね。
なんでっていうのはみんな思うから。
ただ初めて自分の視点を代入できるキャラクターが後半になって突然現れるっていうところが多分この映画のちょっと優れてるところの一つだと思ってて。
前半まではあるしその状況の説明としての男子参加的なカメラの視点っていうのを結構徹底してるなと思うんですけど、
後半になった瞬間に突然じゃあここまでが実は前置きでした。
じゃあ実際ここからが本題というかこの映画のちょっと肝ですっていうふうに変わるときに一応登場人物として我々が代入できるキャラクターをすぐに入れてくれるっていうところ。
ゆえにこうなんでなんでって一緒にのめり込んで見れるっていうあたりは結構この映画の配役とか脚本として優れてるところかなっていうふうに思ったりはします。
45:07
結構ねその第一部の方から割と自然に出てくるというか、まあ仲いい乳子みたいな距離感で出てくるんですけど、やっぱ二部の出方がまたこう役割が変わるって言ってるんですかね、あれもまあいいなとは思いますね。
なんか全然物語関係ないっちゃないんですけどその娘と母の、なんていうか母が抱えてた本のシーンを娘にバーって取らせるシーンとか、ああーってなったりしましたけど。
あ、そうもね、このタイミングってちょっとうるさくて。
そうそうそうそう。
多分人生でその喧嘩するタイミングむちゃくちゃあったと思うんですけど。
で、このタイミングって正直僕客観的には母親側の理ってないと思うんですよ、出て行くべきだと思うんですよ。
だからそのむちゃくちゃ不条理に怒ってるように見えちゃうっていうのはあるんですけど、まあそこをね、こうなんかあの死眼でも何味かよくわかんないけどめっちゃ味するんですよ、あそこ。
そうなんですよ、そうなんですよ。
後半ほんとにね、見たことないんだよな。
別にこの映画、結局なぜじゃあオルガは村に残り続けたのかっていう答えって別に提示されないんですよね。
夫の遺体を結局見つけることができたっていうのは、でも別にそれがあっても彼女は残るでしょうっていう。
さっきマリオさんが補強にするっていうところの因縁の話をされてましたけど、そこが実はこの映画において最後まで大きな余白になり続けているっていうところが、
脚本的にも何かこう、何て言うんですかね、普通ここできっとわかりやすく提示して感動させられることもいく分できるだろうにっていう感じがしていて。
で、例えばですけどそのオルガがその後羊を飼ってる、飼いに行くっていうシーンがあって、
それはアントワーヌがもう一回野菜ダメになったから羊飼うぞって言ってるのを結局実行してるわけですよねっていうのとか見ると、
そういう意味ではまだアントワーヌに縛られてるようにも見えるんだけど、一方で亡き夫の意思を継ぐというか人生をそう決めたんだからそう生きようって覚悟してるのではあれば、
それは夫婦として最後までいようっていう愛なのかなっていうふうにも解釈できるなとも思ったりして、
ここが多分人によって多分いろいろ解釈が分かれるところ、まさに大余白だからってことなんですけど。
いやほんとね、2部をこういう話って語った瞬間にこぼれ落ちるもの多すぎて語るのめっちゃ難しいんですけど、
48:00
僕なりの見方何個か、まずその出ようと思って出れない場所がふるさとだと思うんですよ。
隣人が最悪の人間だろうが、過去にどんな悲劇があろうが、そこで生きる場所がふるさとだと思うんですよ。
だからまあ、2部のオルガはあの村に住み着いたというか、そのふるさとになったって言い方ができるかなっていうのは一つ思ったのがあって、
あと人間関係ができてるんですよね。
その村の市場みたいなところで物を売る時の感じとかもより深く根付いてる感じになってるし、
仲良いおじいさんとの関係もより深くなってるし、むちゃくちゃ嫌な、おそらく夫を殺したであろう兄弟のことも飲み込みながら生きていくっていうことを選んでる。
でもその生きるってそういうことじゃないですか、田舎で生きるってことはもうこの人間関係を捨てることはできないって中で生きるしかないので、
それを受け入れて生きる。嫌いな人間だからって排除するわけにもいかない。そこで生きるしかないんだっていうことを受け入れたっていうところと、
あと、まあやっぱり夫の被害を離れて生きていってるっていうのもあるなとは思って、やっぱり一部のアントワンってやっぱり妻を守ろうとしてる男性だったと思うんですよ。
それはもちろん良き側面もあるとは思うんですけど、同時に俺が君を守るっていう男は、何から守ろうとしてるっていうのは、同室な別の男から守ろうとしてるっていう、
お前もまあその因果の内側じゃんみたいなのに、めっちゃ側面もあると思うんですね、アントワン自身が。
でもそうじゃなくって、オルガがそういう被害の下じゃなく、自分で一人でここで生きるってことを選んでる。
だから羊のバイヤーの人とかにも言うべきことは言うみたいな、今日打ってくれるって話だっただろうがみたいな、あれは言うべきことじゃないですか。
そうですね、本当に。
そこでこう、ちゃんとぶつかるべきとこでぶつかることを選ぶというか、本当に自分で生きるってことを選んでる状態みたいな、
そういうのがいろんなものが複合的に絡んで、あの村で生きる一人の人間としてはそこにあるっていう感じ。
そこにこう、利を求めようとしても、だってそうなんだもん、以上のことが言えないみたいなのがあるなって見ながら思ってたんですけど。
そうなんですよね、だから先ほど言ったように、人がその場所で生きる理由って一つじゃないなっていう、全然複数複合、政策合わせのんで結局そこで住む。
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ちょっとこの前ラジオで話したけど、こう最近家探しをしてる時に、どの町で住むかみたいなことをすごい考えてたんですよ。
この町で死ねるかみたいなことを考えながら、やっぱりいろいろ町とか見てるんですけど、まだ私には結局その覚悟がないなっていう結論でマンションにしたんですね。
でもなんかこの映画を見ていると、自分の意思で決めたかどうかは一旦させておくとして、でもこういうことなんだろうなっていうのはすごい理解できる気がするんですよ。
ここで生きるって決めることのなんていうか、覚悟とは何かっていう部分、あるいは町で生きていくというか、その周囲の人とコミュニティの中で生きていくとは何なのかっていうところを一言でこうだって言わずにでも示
してくれてるなってすごい思って、
なんかこの映画の後半のやっぱり好きなところは、その複雑性が住むということであるっていう、なんかここに住むということの哲学でもあるなぐらいにちょっと思うぐらい、後半のなんか深みのある部分がすごい良いな
と思ってます。
住むと生きるを区別しないですよね。
そうですね。
いく分、都市部で生きてると住むと生きるって別にイコールじゃないじゃないですか。
どうしたって家は変えていくし、勤務地なんか特に都市的な生活をしていればコミュニティも変わるし、引っ越しなんか当たり前らしいみたいな感じで生きていくと、あんまり多分この価格ないんですけど、
まさにその田舎っていう場所で家を買うっていうのは、根を下ろすというのはこういうことである。
で、きっとそこ本来に憧れた夫婦でもあっただろうし。
はい、そうですね。
という意味で本当になんか、そうオルガの鬼骨だなっていう、そこになんかね、痺れちゃうんですよね、この映画。
そう、すごい量のものを捨てるじゃないですか、2分になるタイミングで。
あれは多分都市部に住んでたら、選択肢を持ったまま生きていけるもののはずなんですよ。
住居であるとか、人間関係であるとか、職業であるとかって、都会に住んでるとそれって選択できるものっていう感覚あると思うんですけど、
田舎に住むというか、定住する、ふるさとを作るって、住むとこも変えられない、人間関係も変えられない、職業も変えられないっていう、
住むと生きるということは不可分一つのものであって、ここで全部背負って生きるしかないっていう、
位置なんですよ。位置を持有するっていう。
それな、すごい、当たり前にやってる人見るとすごいなってやっぱ思いますね。
僕はですけど、ちょっと覚悟が足らなすぎるな、自分っていうか。
いやー、でもその覚悟って、この映画面白いのが、その覚悟は別にオルガが多分選択して選んだ覚悟ではなく、こうなったからには覚悟を決めるしかないななんですよね、多分ね。
54:10
まあでもそうですよね、そういうことがあって初めて人生が動くことはありますよね。
もう自分だけでどうしようもない流れというか。
まあそれをまたまあ、それがまあ良かったか悪かったかは、まあ未来の自分が決めることかなっていうとあれですけど、
振り返って初めてどう思うかしかないからっていうのは思うんでね。
だからなんか最後のオルガの笑顔って、なんかその自分のそこまでの人生を受け止めて、もうこれで生きていけるなのかもしれないなぐらいに思ったりして、
なんかね、その事件が解決した云々だけじゃないんですよね、なんかその顔の表情に現れるものが。
そうですね、まあその事件の真相がどうとかっていうのにあまり興味がなさそうっていうのとかは、
僕が見たあの作品、ゴッドセイブアスとか、ちょっとそれ近いなとは思いましたかね。
事件の真相がどうなったかというよりかは、その事件をずっと追い求めてたりとか、その直面してた人が最終どう思ったかが鍵というか、
どう思ったかが、まあ見てる側も何となくはわかるぐらいしかわからないレベルで、留めてるあたりがまあ結構上品と言いますか、
まあその複雑さを担保したまま映画を作れるっていうことなのかなというふうには思いましたね。
僕あのラストの表情を見て、卒業っていう映画を思い出してたんですけど。
なるほどね、はいはいはい。
あれもまあ花嫁を奪ってっていうめちゃくちゃ有名なラストあるけど、最後バス乗ってどうするみたいな。
すっごいあの、すっごい割に帰ったような顔をするシーンですよね。
はあ、どうするかなみたいな。
で、卒業って結婚式で花嫁奪うの有名すぎて、その後のあの信じられない洋白ってちょっとスポイルされがちじゃないですか。
あれすごいシーンだと思うんですけど、あのオルガンのラストも、ああなんかやっちゃったなみたいなのもちょっと僕感じたんですよ。
これ良かったんかなみたいな、そのまあ単純に自分がやったことが復讐でしかなかったのかなみたいなのを感じた側面もあるかなっていうのと、
あとちょっと波風立てて明日から暮らし生活できるのかなみたいな心配とかもあるのかな。
ああでも確かに確かに。
もうすごいちょっとしたことですけど、まあ大事ですよね、今後のね暮らし方変わるかなみたいな部分とかもありますよね。
その生きる道は一つしかないんですけど、あそこで生きるっていうことは。
だけど考えないといけないことは無限にあるんですよ。
全てをバランスの中でやらないといけなくて、人間関係のこととか、明日からの生活のこととか、
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あともやっぱりその夫に対する思いっていうのもあるし、あの兄弟に対する恨みっていうのも当然あるから、復讐できて良かったみたいなのもうっすらあると思うんですけど、
全部をバランスとりながら最終的に生きるっていう一つのために、全部のパラメーター調整しているはずなんですよ、感情の。
あの複雑さね、別にこれで生きていけると思ってるわけじゃなくて、明日も自分のバランスとりだから生きるしかないみたいな。
そうですね、私の生活は続いていくからみたいなってことですよね。
大きな事件は片付いたかもしれないが、まだ人生は続いていくっていう。
そうですね、でもそれが真実ですよねっていうね。
まあそうですよね、確かに。
最近僕が見た映画で、シャドーワークっていう映画があって、あれも結構、登場人物の感情の余白を残したまま終わっていくんですよね。
そのものすごい暴力の渦の中にいて、それが一旦何らかの解決を見た後、でも私たちは生きていくしかないみたいな、
何かを飲み込むしかないみたいなラストになってて、僕めちゃくちゃ好きなんですけど、
そのシャドーワークのラストの空白は1個なんですよ、基本的には。
理想郷の空白、何個ある?みたいな。
何個ある?これ?みたいな。
この穴埋め問題、何埋めても正解に思えるんだがみたいな。
別回ね、全然あり得るというか。
別回多すぎですよ。
だからね、この映画でめちゃくちゃ話したくなるっていうか、
見た後にその人なりの感想をすごい聞きたくなるんですよね、この映画は。
すごい良い映画でしたね、本当に。
いや、良かったです。
良かったです、本当に。
ここまで見るのをちょっと溜めてしまって申し訳ないぐらいですけど。
でも、お二人のその新鮮な感想を聞けてもすごく嬉しいので嬉しいです。
良かったかなっていう。
次回作、愛しい人っていう作品が一応ゴッドギョクタイ映画祭で見に行くんですけど、
なんかね、あらすじ見る限りは今のところセンチメンタルバリューっぽいあらすじなんですよね。
そうなんですね。
映画監督のお父さんで娘を主演に映画を撮るからって言って、
船から娘を呼び戻すみたいな話なんですけど。
一緒じゃん。
多分ね、また外してくるんだろうなと思って。
こっからどう外してくるんかなって。
そうなんですよ。
昨年センチメンタルバリューがあってですからねっていう。
っていうのはね、私は楽しめる仕方ないので来週ご報告できればと思っております。
はい、ではそんな感じでリスト今日の話は終わっておこうかなと思います。
お知らせになります。
映画の話した作品は次回開催日は11月21日土曜日の予定です。
1:00:03
場所は大阪南森町週刊まわり19時オープン、23時クローズです。
またこの番組ではお便りを募集しております。
番組全体や次回トークテーマ、今回のトーク内容や感想などご自由にお送りくださいませ。
番の最新情報、次回テーマはXおよびインスタグラムにて告知しております。
各ご案内や番組説明文をご確認くださいませ。
さらに番組の事業を通販にて販売しております。
よければぜひお問い合いにまとめください。
それでは映画の話したアスギュラジオ第284回リスト今日の回を終わりたいと思います。
それではまたお会いしましょう。さようなら。
さようなら。
01:00:58

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