ああ、はい、そうですね。
まあそこまで考えてるとは思いませんけど、まあどうしてもこう夫妻の、まあ本人たちはそういうつもりはないけど、
いるだけで上から目線に感じるみたいな存在だと思うんですよね、隣人の兄弟たちからすれば。
っていう部分がやっぱり実は場所からもちょっと出てるかもしれませんねっていうのはちょっと思いました。
そこまで考えすぎかもしれません。
まあその上から目線っていうのもあるし、単純に景色がいいとこに住みたかったからあそこになったと思うんですけど、
そうですね。
やっぱりあの兄弟の家ってこうちょっと下がって建物が並んでるところに入っているから、すっげえ閉塞感あるんですよね、あそこのあたりって。
むっちゃなんか息苦しくなって、でもちょっと登っただけで、あの夫妻が住んでるエリアってむちゃくちゃ開けてて、田舎っていいよねっていうような場所じゃないですか、あれって。
はい、そうですよね、田舎。
実体はもう古びた家が入り組んでて、人間関係も入り組んでて、何するのも息苦しいみたいなのもまた田舎だからね。
だからその一面だけを夫妻が選んでる立地でもあると思うんですよ。
あとから来た人間があそこに住んでることの意味ですよね。
そうですよね。もういいとこだけを享受しようとしてるなって、そりゃ見えるよねっていう。
そうですよね。いや、本当にあそこの対立構造、なんかもう全部気持ちわかるなってなっちゃうというか、そりゃ怒るよねみたいなというか、気持ちになっちゃうんですよね。
そうね、兄側の弟の話をするシーンあるじゃないですか、酒屋で一杯飲もうぜって言って、
あとは的にはこれでなんとか解決に持ってこうっていうふうにしたんだけど、完全に対立が決定的になるっていう対話のシーン。
あそこの俺の弟は顔は良かったんだ、ただ匂いがダメだったんだって、そこでまた匂いが出てくるってところが、あーつらいと思って。
で、あの酒場見たらわかるんですけど、本当にあの村、女性がいないんですよ。
そうですよね。
そう、だから過疎地域かつもう男性、基本的に働き手はもう男性しか残っていないっていう、物理的ホモソーシャルというか、
場所っていう、なんかあのね、酒場の感じがずっと本当に絶妙に嫌なんですよね、あの映画ね。
夫よくあそこに飲みに行こうと思いましたよね。
あれもだから結局負けたくないのですよね、たぶんね。
もう、俺器でけえって言いながら。
とかなのかなーっていうか、多少はなんか、ご近所付きはもしなきゃね、みたいな感じなのかな、みたいなというか、あれですけど。
だからその女性が少ないっていうのと、あとあの兄弟の家が近いっていうので、
娘が家に来てる時に、娘が散歩で家出て歩いた瞬間、むちゃくちゃ怯えてるんですよね。
だから、あの立地の異常さに気づいちゃったっていう、別にあの時って、あの兄弟が出てきて見られたとかでもなかったと思うんですよ、怯えてるのって。
あそこでようだったのって、もう立地、この距離感で生きていこうとしてるの?みたいな、頭おかしいんじゃないの?みたいな。
そうですよね。
そうなんですね、だから、一分の娘視点で村に訪れたタイミングで、こういう距離感だったんってことが初めて気がつくというか、
マジかってなるんですよね、いや怖いですよ、ですよね。
怖いし、なんて?ってなります?なんでそこにいたいかね?みたいなっていうか、
ゼガヒでも離れるか、もうそこ復讐しに行ってやるぞみたいな、死刑でもいいわみたいなっていう感じで、しそうなもんなんですけど。
ただ真面目にね、夫とやっていた通りに農家をやり続けてるんですよね、妻がね。
そう、まあなんかね、ちょっとその、ヤマウチさんもおっしゃってましたけど、
あの村って女性が数が少ないというか、ほぼ姿が見えないみたいな場所だったと思うんですけど、
あそこにいる女性たちってやっぱなんか、もうあまりこうなんていうんですかね、主体性が削がれて、
でもここにもうなんていうか、根を下ろさざるを得なかった人たちの話っぽく見えるというか、
まあちょっと兄弟のお母さんとか、妻はちょっとそういう、ある種の共存関係というか、部分はちょっとありますよね。
なんかこの夫婦もどっちかというと、夫がやりたいから来たみたいな感じちょっとするじゃないですか。
ちょっとね、似合いますよね。
ちょっとだけですけど、なんか本当にニュアンスなんで、そうじゃないかもしれないんですけど、
なんかゼカヒデもこの生活にこだわってるって夫の方だなとはちょっと思ってはいて、
でなんか妻はでもまあ賛同はしてるけど、別にそんななんかまあいいよみたいな感じなのかなというか、
感じでやっぱ来てて、でもいつしかそれがもう私のことのようになってるみたいな、不思議なもんなんですけど、
でもなんか根を下ろすというか、そこをふるさととするみたいなのって、
なんかそういったものが結構必要だったりもするのかね、とかは思ったりしましたからね。
娘との会話でも、やっぱり主導権を握ってたのは夫側だったみたいな匂わせはあったと思うんですよ。
そうですね。
ただ、第一部でそれが全然みじんも見えないというか、まあ夫婦仲はいいんですよね、あそこ。
そうそう、いいと思うんですけどね。
だからそのパワーバランスの不均衡みたいなのってあんまり見えないというか、
ただまあ夫側の方がやりたそうさはちょっと伝わってくるんですけど、
そこに別に不均衡というほどまでの意味を直接的に描いているわけではなかったと思うんですけど、
後になってそれが見えてくる、だからそれはもう夫の視点じゃなくなったからってことだと思うんですけど、
そこでも穴が入ることでちょっとヒヤッとするというか、
あ、巻き込んだんだって、巻き込まれたんだっていう。
それがわかると、さらに意味わかんなくなるんですよ。
なんで?
そうなんですよね。
そうなんだよな、なんかそういう選択をするのもありっちゃありだけど、
いや、すごいなっていうか、まあでも、まあそうですよね。
覚悟がないとそこにすべてならないのかなとかって言うとあれですけど、難しいんだよな。
ちょっと思い出したのは、あの落下の解剖学。
で、あれも確か夫の都合でしたっけ、あれ。
あー、そう。
どっちかの都合でしたよね、あれもでも。
どっちだっけ、あれ。
でも夫の都合だった気がするわ。
夫の都合でしたね、確か夫の。
そうそうそう、で。
うん、確か確か。
で、妻はちょっとそこに苦しんでみたいな状態だったと思うんですよ、確か。
結構状況は似てるなとは思ってて、
本当はゼガヒデも出たくて早くドイツに戻りたそうだったじゃんみたいな。
なんかまあ結構普通かなって思ってたんですけど、
今作の場合はそうじゃないっていう。
そう、そう。
スペインに残り続けますけどみたいなっていう。
でね、これがまた事実なのがすごいと言えますか、
これって元になった事件があって、
その事件は事件でドキュメンタリーとして映画化されたりするんですけど、
事実も実際夫が近隣トラブルで殺害されて遺体が見つからないっていうので、
妻がそれを最終的には発見するための捜査を一人続け続けて、
5年ぐらい経って本当に発見してっていう話なんですけど、
なんで本当に妻というか実際の事件でも妻はそういう選択を取ってるんですよね。
だからやっぱそこに何ていうか真実味というか、
男女の強さの違いみたいなものがすごいあるなと思っていて、
そのなんて言うんでしょうかね、
その戦い方の違いというかという風に言ってもいいのかなと思うんですけど、
男性的にある種こうもう分かりやすくマウントを取っていくというか、
どちらの力が強いかっていう風な力比べになっていく男性と、
耐えるっていうことで勝つ女性とみたいな。
もちろんそれがジェンダー的なステレオタイプだって言われたらそうかもしれないんですが、
この映画はその両方の強さの描き方が絶妙に上手いなっていうのはすごい見てて感じたところではありますね。
そうですよね。だからなんというか、
本当最後兄弟のことを目もくれずお母さんに話しかけいくので、
めちゃくちゃある種見てた時はおおって感じになったんですけど、
見終わった後ちょっと考えるとめちゃくちゃスカッとする場面じゃないですけど、
華麗に決めてやったな感がめちゃくちゃあるなと思っているというか、
しかもそこでこういわゆるスカッとさせるじゃないですけど、
次はお前の番だと言わんばかりのことも言えるわけですけど、
そうじゃなくてなんかあったら来てくださいみたいなっていう、
なんかそこでやっぱ連帯が生まれているところもすごい不思議なバランスだなというふうに思っていて、
やっぱりなんか対立だけじゃなくて連帯も必要だっていう部分、
特にそれがやっぱりこれまで主体性っていうのがあまり見えてこなかった村でのっていう女性たちの、
連帯の話になっていくっていう部分もすごいなんか巧みだなというふうに思いましたね。
僕結構あのシーン復讐として見てたかもしれないですね。
ちょっとね復讐っぽくも見えるんですけどね、最後やっぱりニヤッとして終わるから顔が、妻の顔がなんかちょっと笑顔になるので。
でもある種それは何かからというか、男性的な支配から解放されたというふうにも捉えられなくはないと思うしねっていうところですよね、その複雑な感じですよね。
そうですね、もう全然なんか復讐してよっしゃみたいな、スカッとっていう感じも捉えられるしっていう。
僕はちょっと連帯かなという部分で捉えてはいたって感じですけど。
でも僕、主人公の妻の方と兄弟のお母さんたちはやっぱ違うなとは思ってしまっていて、
やっぱり妻の方は自分で覚悟して選んだとも言えるじゃないですか。
お母さんの方は選択肢なんてなかったはずなんですよ。
それはあの村の状況もそうだし、夫がいないっていうことは何かの事情もあったかもしれないし、
やっぱりあの母親の選択肢を奪ってたのってあの兄弟の存在だと思うんですよ。
別にそれを選び取ったとかじゃなく、
初めからずっとこうなるしかなかったの連続性の中であそこにいると思うんですよね。
そのもう選択肢がない人間が唯一すがり得ることができる存在が兄弟でもあるというか、
そこしかもうないと思うんですよ。
それをここで生きるってことを選んだ人間が、
亡くなりますよって言いに来るってすっげえ怖いなって僕はちょっと思ってて。
それだけの怖さはあるいはあるんですけど、
でもちょっと見方を変えると、夫が行方不明になったことで彼女もそこにいることを選択せざるを得なくなった状況とも言えるとは思うんですよね。
そうなんですよね。
そうですね、だからそのタイミングでもはや二人の立場は結構近しいところになっていると捉えられなくもないっていう。
そうですね、もちろんなんか自分で選んだか選べてないかみたいな違いももちろんあるんですけど、
一方で同じ土俵にも立っているっていう感じはするというか、
もう執着が執着というかもうここにいないといけないというか、
何かがもうあるというか、まあそれは兄弟だったりとか、あと亡くなった夫であるとかっていう部分ですけど。
だからなんかこう彼女なりの責任の取り方のようにも見えるなと思うんですよね、あれがね。
その私が面倒を見るからって言ってるようにも見えるっていう。
そう、そうなんですよね。
ちょっとそこがやっぱり、まあ見終わった今もなおある意味ミステリーとして残ってるとも言えるっていう感じではありますかね。
そもそもあの兄弟あの後捕まんのっていうのも結構疑問なんですけど、
まあ史実では捕まってるので、まあたぶん捕まるんでしょうね、一応展開的には。
そもそも警察もまあそうだろうなっていうことはある程度察してはいるわけで。
そうですね、まあ証拠がっていう部分がたぶんなかったからなのかなっていうことだと思うんですけども。
あと遺体も一応見つかってますしねっていうとこですかね。
そこまで見つかったらちょっとね、まあ殺し方もね、もう諸にもうなんか、歯がいじめみたいなっていう部分で。
冒頭の馬のね、それがそこにかかってくんだと思いますけど。
いやそう、そこかかってくんのかと思って、怖えーと思って。
元々そういう地方のやつですよね、なんかガリシア地方っていうのの部隊でしたけど。
なんか長いシーンだなって冒頭思ってたんですよ、あの馬を歯がいじめにしてってするシーン。
あそこをみたいな感じはしましたし、現代版のポスターあそこなんですよね。
そうなんです、あそこなんです。
いいですね。
言語版というかスペイン版というか。
スペイン版のアビーストの時の。
本国版のポスターはそこ、歯がいじめになって顔だけ、顔の口元だけ見えてるみたいなとこなんですよね。
素晴らしい、いいですね。
怖えーっていう。
あの殺し方も怖すぎるんですよね。
そうなんですよね、いやライフルとか持ってるからライフルとか使うんだろうなって思ったら、ひたすらなんか特組合というか、いやーびっくりしちゃったというか。
いやーあれやばいですよ、馬って実物見たら筋肉の塊ですからよ。
そうですよね、走るための何かというかね、筋肉しかないと言ってるあれですけど、無駄のない筋肉がね、ついてるって感じですけど。
いやー恐ろしい、恐ろしいですよあれは、何あの男らしすぎる祭りって思いましたけどね、最初に見てて。
そう、あと前半のその奥州のなんていうか、素晴らしさも話したいんですけど、ずっと見てる間もうやめないよって言いたくなる感じの。
まあでもそうですよね、そういうことがあって初めて人生が動くことはありますよね。
もう自分だけでどうしようもない流れというか。
まあそれをまたまあ、それがまあ良かったか悪かったかは、まあ未来の自分が決めることかなっていうとあれですけど、
振り返って初めてどう思うかしかないからっていうのは思うんでね。
だからなんか最後のオルガの笑顔って、なんかその自分のそこまでの人生を受け止めて、もうこれで生きていけるなのかもしれないなぐらいに思ったりして、
なんかね、その事件が解決した云々だけじゃないんですよね、なんかその顔の表情に現れるものが。
そうですね、まあその事件の真相がどうとかっていうのにあまり興味がなさそうっていうのとかは、
僕が見たあの作品、ゴッドセイブアスとか、ちょっとそれ近いなとは思いましたかね。
事件の真相がどうなったかというよりかは、その事件をずっと追い求めてたりとか、その直面してた人が最終どう思ったかが鍵というか、
どう思ったかが、まあ見てる側も何となくはわかるぐらいしかわからないレベルで、留めてるあたりがまあ結構上品と言いますか、
まあその複雑さを担保したまま映画を作れるっていうことなのかなというふうには思いましたね。
僕あのラストの表情を見て、卒業っていう映画を思い出してたんですけど。
なるほどね、はいはいはい。
あれもまあ花嫁を奪ってっていうめちゃくちゃ有名なラストあるけど、最後バス乗ってどうするみたいな。
すっごいあの、すっごい割に帰ったような顔をするシーンですよね。
はあ、どうするかなみたいな。
で、卒業って結婚式で花嫁奪うの有名すぎて、その後のあの信じられない洋白ってちょっとスポイルされがちじゃないですか。
あれすごいシーンだと思うんですけど、あのオルガンのラストも、ああなんかやっちゃったなみたいなのもちょっと僕感じたんですよ。
これ良かったんかなみたいな、そのまあ単純に自分がやったことが復讐でしかなかったのかなみたいなのを感じた側面もあるかなっていうのと、
あとちょっと波風立てて明日から暮らし生活できるのかなみたいな心配とかもあるのかな。
ああでも確かに確かに。
もうすごいちょっとしたことですけど、まあ大事ですよね、今後のね暮らし方変わるかなみたいな部分とかもありますよね。
その生きる道は一つしかないんですけど、あそこで生きるっていうことは。
だけど考えないといけないことは無限にあるんですよ。
全てをバランスの中でやらないといけなくて、人間関係のこととか、明日からの生活のこととか、
あともやっぱりその夫に対する思いっていうのもあるし、あの兄弟に対する恨みっていうのも当然あるから、復讐できて良かったみたいなのもうっすらあると思うんですけど、
全部をバランスとりながら最終的に生きるっていう一つのために、全部のパラメーター調整しているはずなんですよ、感情の。
あの複雑さね、別にこれで生きていけると思ってるわけじゃなくて、明日も自分のバランスとりだから生きるしかないみたいな。
そうですね、私の生活は続いていくからみたいなってことですよね。
大きな事件は片付いたかもしれないが、まだ人生は続いていくっていう。
そうですね、でもそれが真実ですよねっていうね。
まあそうですよね、確かに。
最近僕が見た映画で、シャドーワークっていう映画があって、あれも結構、登場人物の感情の余白を残したまま終わっていくんですよね。
そのものすごい暴力の渦の中にいて、それが一旦何らかの解決を見た後、でも私たちは生きていくしかないみたいな、
何かを飲み込むしかないみたいなラストになってて、僕めちゃくちゃ好きなんですけど、
そのシャドーワークのラストの空白は1個なんですよ、基本的には。
理想郷の空白、何個ある?みたいな。
何個ある?これ?みたいな。
この穴埋め問題、何埋めても正解に思えるんだがみたいな。
別回ね、全然あり得るというか。
別回多すぎですよ。
だからね、この映画でめちゃくちゃ話したくなるっていうか、
見た後にその人なりの感想をすごい聞きたくなるんですよね、この映画は。
すごい良い映画でしたね、本当に。
いや、良かったです。
良かったです、本当に。
ここまで見るのをちょっと溜めてしまって申し訳ないぐらいですけど。
でも、お二人のその新鮮な感想を聞けてもすごく嬉しいので嬉しいです。
良かったかなっていう。
次回作、愛しい人っていう作品が一応ゴッドギョクタイ映画祭で見に行くんですけど、
なんかね、あらすじ見る限りは今のところセンチメンタルバリューっぽいあらすじなんですよね。
そうなんですね。
映画監督のお父さんで娘を主演に映画を撮るからって言って、
船から娘を呼び戻すみたいな話なんですけど。
一緒じゃん。
多分ね、また外してくるんだろうなと思って。
こっからどう外してくるんかなって。
そうなんですよ。
昨年センチメンタルバリューがあってですからねっていう。
っていうのはね、私は楽しめる仕方ないので来週ご報告できればと思っております。
はい、ではそんな感じでリスト今日の話は終わっておこうかなと思います。
お知らせになります。
映画の話した作品は次回開催日は11月21日土曜日の予定です。