1. DOJO15分'(Dash)
  2. クリハラ

196試合目 部活の話

5月なのに6月だと言ってしまい、誕生日が飛ばされかける時空の乱れから始まる回。テーマは「部活」。話は軟式テニスと公式テニスは別競技論へ発展。ラケットの裏表で人生観までひっくり返る。そこへ0歳からプールに投げ込まれた水泳部の異端児が登場し、飛び込みで目立つために一回転して全校生徒の前で怒られるという謎の英雄譚を披露。ドブ川の魚100匹をプールに放つ狂気のゲームまで飛び出し、部活とは青春か、それとも野生かを問いかける。結局、やったかどうかより語れるかどうかが価値なのかもしれない…な15分!!

195試合目 15の夜の話

15の夜とは反抗か青春か、それとも巨大団子との格闘か――そんな問いを投げつつ、番組は謎のワード「ビンタツンヌクイ」のTシャツ構想からスタート。文字表記論争で熱を帯びたかと思えば、急旋回して尾崎豊で反抗期が始まった高校時代の告白へ。そこから母のソフトボール超え団子、猫じゃらしをすすきと誤認した秋の失態、塾帰りのコンビニや学校侵入花火大会まで、15歳の夜はなぜか全部ちがう方向へ暴走する。最後は異動・焼きそば・未開封焼酎3本という大人の夜に着地し、青春の定義すら揺らぐ回。夜は更け、話は散る。。。な15分!!

194試合目 ペットの話

ペットとは何か。家族か、資産か、深夜の監視対象か――そんな哲学から始まったはずが、気づけばネズミ捕獲のYouTubeライブ配信という新時代の見守り文化へ突入。犬の思い出にしんみりしたかと思えば、メダカ300匹のマネタイズ構想、クモ3匹体制の謎、生涯を共にすると懐くクワガタ論まで飛び火。動物好きかと思いきや全員そこまででもないという衝撃の自己認識が発覚し、最終的には理想のペットがヤックルとオウムとネバーエンディングの首だけっぽいやつに着地。可愛がる気持ちと現実の温度差が交差する、愛情の正体を問う・・・な15分!

193試合目 難しい話

「難しいとは何か?」雑談力がガムトーク依存だったことを自白するところから始まり、「ネタがない vs ネタに頼る」という地味な危機感が露呈。そこから電気の“インバーター説明できるのか問題”で「理解 vs 説明不能」の壁にぶつかり、さらに「直流と交流」「見えないものの不条理」で思考停止。難しさは“ちょい頑張れば分かる”が楽しいラインで、「理解できない vs ワクワクできる」の分岐が発生。ゲームの難易度や操作性、分割キーボードや音声入力の話へ飛び火し、「慣れ vs 不便」「効率 vs ストレス」が交錯。結局、難しい話とは“理解の問題”ではなく“気持ちが乗るか問題”なのではと気づきつつ、オチすら難しく迷子になる…な15分。

192試合目 カカオの話

哲学的に問いたい、「人はなぜ“効いた気”になりたいのか?」と始まりつつ、4月の変化の話はどこへやら、腹の音かネズミか問題で現実が揺らぎ、外見補正と照明で人間の見え方すら操作されるカオスへ突入。カカオの話題は気づけば“朝チョコ=仕事スイッチ”という信念や、ミトコンドリアだの健康法だのに拡散し、「効果 vs 思い込み」「身体 vs 意志」が交錯。さらにはネズミがコーヒーを食う謎展開で“空腹こそ最強”が証明(?)され、人は自分の弱さを知ることでしか救われないのかと投げかけつつ、美薬への淡い幻想も砕け散る…な15分。

191試合目 書道の話

哲学的に「終わると知った瞬間、人はなぜ急に愛着を感じるのか?」と問いかけつつ、なぜかPerfumeのコールドスリープ妄想で情緒が爆発。存在しない別れに勝手に寂しがる矛盾を抱えたまま、話題は昭和感あふれる書道教室へワープ。大統領予言、畑トイレ、偽りの段位とノスタルジーが混線し、「技術vs個性」「制度vs感覚」の対立がじわる。最後は音楽と記憶の話に脱線しつつ、結局なにが本物なのか分からなくなる、な混沌回な15分。

190試合目 麻婆豆腐の話

哲学的な問いから始めよう。人はなぜ、麻婆豆腐の話を始めたはずなのに、くしゃみや昭和バラエティや不良漫画に迷い込むのか。3月の終わり、年度末の空気をつまみに語り出した3人は、ばあちゃん由来説の麻婆豆腐を入り口に、加藤ちゃんの完璧なくしゃみ、子ども時代のテレビ、イナチュウや今日俺の笑い、さらには冷や汁や花椒の痺れへと脱線暴走。料理 vs 思い出、辛さ vs ご飯、記憶 vs うろ覚え。結局いちばんのオチは、麻婆豆腐の話を一番忘れていたこと。な脱線しっぱなしな15分!!

189試合目 ピアノの話

音楽とは理解するものか、感じるものか。ピアノの話から始まり、家に眠る電子ピアノ、子どもが触ってすぐ飽きた話、小学生の習い事の記憶が掘り起こされる。そこからビートルズ「Hey Jude」、ドラマ『ロングバケーション』のセナのピアノ、ドラクエやときメモのゲーム音楽へ脱線。耳コピ派vs楽譜派、日本の音楽教育へのモヤモヤ、ドレミとキーの衝撃まで話は拡散。結局わかったのか混乱したのか分からないまま、白黒ついたのはピアノの鍵盤だけ?な15分。

188試合目 四季の話

季節って、いつ感じるんだ?春夏秋冬といいつつ、実感は「夏夏夏夏秋冬」くらいじゃないかという嘆きから開幕。夏が嫌いか寒さが嫌いか、いや本当は“濡れるのが嫌い”だったり、世界にこっそりキレてたり。人は気候より自分の機嫌と戦っているのかもしれない。 夕方に季節を感じる派、冬の朝に世界へ舌打ちする派。温かい×冷たいのギャップこそ至福という理論。冬の鍋は最強、夏のかき氷は二軍? いや一年中アイスコーヒー派もいて議論は混沌。好き嫌いの正体は温度か体質か、それとも記憶か。 花粉症で春を呪い、「全部枯れろ」と思っていた過去から、家を建て替えて初めて桜を愛せた話へ。立場が変われば景色も変わる。自然vs人間じゃなく、自分の体調vs世界だったというオチ。 秋は無敵説、でも短命。常夏に住みたい欲、でも雪景色も少し憧れる。差があるから比較できる、日本の四季は祝福か修行か。 ラストはファミコン風BGMに魂を持っていかれ、『カエルのために鐘は鳴る』だのスザク面だの、街を走る音の正体を追うままエンディング。季節vs体質、温度vs感情、自然vs自分。結局いちばん揺れているのは人間のほうだったな!な15分。

187試合目 鹿の話

今回から生放送っぽく全編ノンストップ収録!!「早生まれって、何で?」から始まる3月のDOJO1月に年は変わるのに、学年は4月始まり。1〜3月生まれは本当に早いのか、それとも制度に翻弄された存在か。真ん中生まれも遅生まれもいないのに、なぜ“早生まれ”だけが名指しされるのかという違和感。ガムトークは「鹿」。美味い鹿肉、干せば最強ジャーキー説。修学旅行の厳島神社、しゃもじの手紙、自分宛ての自分。立派な角はインテリアか、虫の住処か。森は虫害で枯れ、熊は冬眠せず、鹿もきっと困っている。自然vs人間、共存か侵食か。さらに話は睡眠へ。寝すぎると疲れる?起きないと死ぬ?若さvs老い、生存本能vs現実逃避。不眠すら命のブレーキかもしれないという哲学的迷走。終盤はファミコンBGM、ツーコン、星野源の細かすぎる演出に歓喜。ゲームボーイかエンディングか問題も浮上。年度vs暦、自然vs都市、覚醒vs冬眠。結局みんな制度と本能の狭間で揺れている。鹿から始まり人生に着地した感じな15分!