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#109 なぜ、それを家で一人でやらせるのか #教育系ポッドキャストの日
2026-08-24 24:29

#109 なぜ、それを家で一人でやらせるのか #教育系ポッドキャストの日

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第109回配信!
第3回「教育系ポッドキャストの日」が始まりました。共通テーマは「宿題」。主催として、今回は宿題についての研究を紹介します。
種本はジョン・ハッティ『教育の効果』の、第9章「宿題」の3ページ分です。宿題全体の効果量は0.29ですが、この平均値だけを見ると大事なものを見落とします。小学生と高校生では、同じ「宿題」でも中身がまるで違うこと。反復や練習には比較的向くけれど、深い学習には向かないこと。そして、自力で学習できない生徒には逆効果になりうること。この三つを、効果量の読み方に注意しながら整理しました。
※なお、ハッティがここで参照しているのは1980年代末から2000年代初頭の研究です。2026年時点の宿題研究を網羅したものではないので、そこは割り引いてお聞きください。


▼タイムスタンプ
宿題は本当に効果があるのか
教育系ポッドキャストの日「宿題」
教員が宿題の出し方に頭を悩ませる理由
ハッティ『教育の効果』と効果量の注意
生徒発達段階の差
反復には向くが深い学習には向かない中身
苦手な生徒に宿題を出すと逆効果になる
今日の論点を軽くまとめと授業づくり
生成AIで宿題はどう変わるか
教員自身の経験バイアスを疑う視点
エンディング


▼参考書籍
ジョン・ハッティ 著/山森光陽 監訳『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』(図書文化社/2018年2月20日 初版第1刷発行)
※本編で扱ったのは第9章「指導方法要因の影響Ⅱ」pp.248-250「宿題」の箇所です。
※本編で名前を挙げたクーパー(1989)、トラウトヴァインほか(2002)、リチャード・ルッソの引用は、いずれもハッティが本書の中で参照しているものです。今回は原論文には当たっていない、いわゆる孫引きですので、その点は割り引いてお聞きください。個々の効果量や研究結果を厳密に検討する場合は、ハッティが挙げている原研究およびその後の研究をご確認ください。


▼第3回 #教育系ポッドキャストの日
・開催期間:2026年8月24日(月)〜8月30日(日)
・共通テーマ:「宿題」
・参加方法:ハッシュタグ #教育系ポッドキャストの日 をつけて、Xで番組名と一緒に参加表明をポスト!


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サマリー

本エピソードでは、「教育系ポッドキャストの日」の共通テーマである「宿題」について、ジョン・ハッティの研究を基にその効果を多角的に考察します。宿題の効果は一律ではなく、生徒の年齢や発達段階、学習内容によって大きく異なり、特に苦手な生徒には逆効果になる可能性も指摘されています。また、生成AIの普及による宿題の変化や、教員自身の経験バイアスに囚われず、エビデンスに基づいた柔軟な宿題のあり方について議論します。

はじめに:教育系ポッドキャストの日と宿題
この番組では、Google for Education認定イノベーター、コーチ、トレーナーのKasaharaが、教育にまつわる様々な話を配信していきます。
今日は、宿題の話をしようと思います。宿題ってどれだけ効果あると思います?
宿題の効果って、小学生と高校生ではまるで別物らしいんですよ。
しかも、勉強が苦手な子ほど効果が出づらい。そんな話を今日はしようかなと思ってます。
というのも、今日から第3回、教育系ポッドキャストの日が始まりまして、
8月24日の月曜日から30日の日曜日まで、共通テーマが宿題なんです。
夏休みのおしまいですからね。宿題の話なら、みんな何か言いたいことがあるだろうということで、このテーマを今回、ホストなどで設定しています。
自分は、言い出しっぺの主催なので、もちろん参加しています。
宿題って、リスナーのあなたはどんなイメージを持ってますか?
子供の頃に一生懸命やった記憶がある方がいれば、押し付けられた感じがして、今でも嫌だなぁと思っている方がいる気もします。
で、厄介なんですけど、教員となっても、出す側になっても、宿題ってやっぱり頭が痛いんですよ。
どうやって出したら効果があるだろうとか、まあそもそもどうやったらちゃんとやってきてくれるのかなぁみたいなことを考えています。
しかも宿題って、それだけ苦労して出したところで、やる子はやってくるし、やらない子はずっとやらないわけです。
最近は特に授業時間数が足りないということが多いので、注意していないとついつい宿題に頼りたくなってしまうんですよ。
授業で終わらなかった分を生徒の自助努力に任せたくなるんですね。いや良くないんですよそれは。
良くないとは思うんですが、ただ宿題としてやっておかないと定着しないような知識もありますし、学習習慣を身につけてほしいなぁと思って出している部分もあるわけです。
だからどこからどう手をつけたらいいのかみたいなことを宿題の出し方に関しては未だに悩ましいですね。
ちなみに自分の授業の基本方針としては、宿題はできるだけ出さない方向でやっています。
ただ知識を覚えてくるだとか、わからない言葉を図書で調べてくるだとか、その手の作業は自分でできる努力はやってきてねと伝えることはあります。
逆に難しいことを一人で考えてきなさいというのはできるだけ避ける方向で設計しています。
これなんとなくそういう設計でしているわけではなくて、一応頭の片隅に参考にしている本があるんですよ。
それがジョン・ハッティのメタ分析の本ですね。
今日はそれを引っ張り出して紹介していきます。
それでは今週のデジタル時代の国語教育を語ろうを始めていきましょう。
宿題の効果量と研究の注意点
ということで、今日の種本はジョン・ハッティの教育の効果、メタ分析による学力に与える要因の効果の可視化、
図書文化社から出ている2018年に日本語版が出たものを参考にして話をしていきます。
その中の第9章、指導方法、要因の影響に248ページから250ページにここに宿題という項目があるんですよ。
なので今日はこの3ページについて紹介しながら話をしていきます。
で、本題に入る前にちょっと言い訳させてください。
で、この言い訳しとかないと今日の話題無しな話になっちゃうのでちょっと面倒くさいんですけど聞いてください。
一つ目が何かというと、ハッティがここで通信的に参照している研究は1980年代の終わりから2000年代初めのものです。
だから今日の話は2026年の最新研究で宿題の効果はこう決着したというものでは全くないです。
ハッティがそれまでの宿題研究をメタ分析でどう整理したかということを紹介するだけなんですよ。
なのでこれを間違えるとちょっと20年ぐらいやっぱり今のデジタル環境などともラグがある話になるのでちょっと気をつけて聞いていただければと思います。
二つ目は今日はこの後クーパーとかトラウトーバインだとか何人かの研究者の名前が出てきます。
ただ自分が言論文を読んで紹介できているわけではないんですよ。
全部ハッティがこの本の中で引いているものなんです。だからまあいわゆる孫引きで紹介する形になります。
学術的な場でこれやったら怒られるんですけどまあ今日はポッドキャストなのでちょっとそこは勘弁してください。
ただ聞く側からすると大事なところなので要するに今日の話はハッティがどう要約したかというフィルターが1枚かかった状態ではあります。
原著論文の方では条件がもっと細かく限定されているようなこともあったりする可能性はあります。
だからへえと思うことがあったらハッティの挙げている原研究までまあご自身で当たっていただけるといいかなと思いますね。
3つ目がポッドキャストという媒体で研究の細かい条件や統計のすべてを説明するのはちょっと無理があります。
なので特にこの後効果量という数字が何とか出てくるんですがこれはちょっとまあ参考までに聞いてほしいですね。
絶対的に数値に意味があるわけではないんですよ。
効果量というのはざっくりというとある要因が学力にどのぐらい影響したのかを研究同士で比べられるように揃えた数字です。
ハッティはこれを膨大な研究について並べて大きい順に見ていこうという仕事をした人です。
ハッティ自身は0.4ぐらいを一つの目安に置いています。
ただ0.4を下回ったから意味がないという単純な話ではないです。
効果量というものは研究をまとめた平均でしかないので目の前の生徒に同じ数字が当てはまる保証はどこにもなかったりするわけです。
例えば宿題の効果量は0.2でした。だから宿題には効果がありませんみたいなまとめ方は一番ギャッチャいけない話です。
なのでちょっとしつこいんですけれどもこのことは頭に入れて今日の話は聞いていただければというふうに思います。
だから今日は効果があるないの断定はしないです。
宿題の効果を左右する条件の方を本書でどのように紹介されているかみたいなところをかいつまんで紹介していきます。
年齢による宿題の効果の違い
でその上で数字を出すとハッティの整理では宿題全体の効果量は0.29という数字になってます。
どうですかね高いと見るか低いと見るか。
でもこの平均値だけ見ると結構大事なものを見落とすんですよ。
宿題は誰に何をどう出すかで効果が全然違うということがこの本を読んでいるとわかります。
今回紹介しようと思った点が3点です。順番に話していきます。
一番わかりやすいのが年齢による差です。
ハッティが紹介している結果だと小学生の宿題の効果量は0.15、高校生では同じ宿題でも0.64という数字になっています。
宿題という言葉で一括りにしているのにずいぶん離れた数字が並んでいます。
念のために言っておくと0.64は0.15の何倍だみたいな読み方はしないでくださいね。
効果量って割り算して倍率を語っていいようなタイプの数字ではないです。
さっき数字を一人歩きさせちゃいけないという話をしていたのがまさにこういうところなんですよ。
言えるのはせいぜい小学生の宿題と高校生の宿題は同じ名前で読んでいるけれども中身がそもそも違うことになるんだなというようなそのぐらいの話です。
ただ年齢が上がるほど効果が大きくなるという方向性自体は別の研究でも指摘されています。
ここでハッティーが紹介しているのがクーパーという研究者が1989年にまとめたものです。
それによると高校生では中学生のおよそ2倍、中学生では小学生のおよそ2倍の効果があるとされています。
さっき言った通り自分はこのクーパーの言論文に当たれていないのでそのように本の中で紹介されているというところまでの話です。
つまり宿題って効果がありますかという問いの立て方そのものがかなり大雑把ってことなんですね。
小学生に漢字練習を出す話と高校生に授業の内容を復習させる話を全部宿題という一言でまとめて議論しているのが現状で、
まあそれがいいのかって言ったらあんまり良くないんだろうなっていう感じです。
さらに小学生については宿題に費やした時間と学習成果の相関が-0.04だったという研究もハッティーは紹介しています。
マイナスと言ってもこれはほぼゼロという意味ですね。かけた時間と成果の間に何か関係性が見当たらないみたいなそういう解釈になります。
だから少なくとも長い時間たくさんやらせればいいのかというと、たくさん出せばいいのかというとそういう話ではないんですよねという、そういうことがこの数字を見る限り言えそうだということです。
じゃあなんで年齢が上がると効果が出るのかについては、ハッティーの整理を読むと自分で課題を進められるとか、
余計な刺激を避けられるとか、学習の方法を自分で選べるとか、そういうことが年齢とともにできるようになるからだと紹介されているように読めます。
家で一人で学習を成立させる条件がだんだん揃ってくるわけですね。
自分は高校の教員なので数字の上では0.64の側にいることになります。
ただこれはあくまで研究をまとめた平均であって、高校生だから家で一人で必ずやれるという保証にはならないなっていう実感はありますね。
結局例えば理系の先生がつまらな子になって大量の練習問題の宿題出しても、そうやっちゃうと生徒はただ社協するのみみたいな形になってしまうシーン見たことある方っているんじゃないでしょうか。
自分がそういうことをやってたという人も、これ以上はちょっと危険だから踏み込むのやめておきましょう。
宿題を考えるときに何分やらせるか、どのぐらいやらせるかよりも先に考えるべきなのは、この年齢のこの生徒が家で一人で自分の学習を成立させられるかみたいなことなんでしょうね。
宿題の内容と深い学習への適用
2つ目の宿題の中身の話です。
ハッティの整理を読むと宿題と相性がいいのは覚えるとか練習するとか繰り返すとかその手の話なんですよ。
基礎的な技能を定着させるっていうそういう作業です。
じゃあ効果が低いとされているのは何かというと、こっちは講師の概念の理解だとか問題解決だとか深い学習とか、まあいわゆるプロジェクト型の学習課題なんかもここに入ります。
どうしてそうなるかというと、深い学習には学習活動を調整して、事業者が様子を見てフィードバックをして、必要ならやり直しを促したりみたいなそういう指導のサイクルがどうしても必要だからなんです。
ところがプロジェクト型の課題、パフォーマンス課題を宿題にした瞬間、生徒は事業者から支援が引き離されてしまうんですよ。
事業中なら、あ、そこ違うよーの一言で済むことが、家に持ち帰った瞬間、次に顔を合わせるまで直せなくなってしまって、しかも生徒の方はその間ずっと間違ったまま進んでいくわけです。
難しい課題ほどその差が大きくなってしまうわけですね。
一方で、一度習った語彙を覚えるとか、基本的な技能を繰り返すとか、授業で扱った内容を短く復習するとか、そのあたりならば一人でも比較的成立しますね。間違ったとしても、傷が浅いわけです。
それから、これもハッティーが引いているものなんですが、トラウトバーンたちの2002年の研究について、宿題を大量に出すこと、そしてそれを教員が点検しないことが学力の向上には全く効果がない、みたいな話が書いてありますね。
こういうことを考えていくと、宿題って授業とは別の枠の仕事じゃないんですよね。授業、宿題、確認とフィードバック、そして授業、みたいな形で、この流れの中にうまく置かないと、そもそも機能しないみたいなことが言えそうですね。
授業者って時々やっちゃうじゃないですか。授業中にやる時間が足りない難しい問題を、じゃあ家で考えてきてねって渡すやつ、あれハッティーの整理から考えると完全に逆の方向ですね。難しいものほど学校で支援しながらやった方がやっぱり効果があって、一人で成立するものを家に持ち帰らせてしっかり練習してもらう方が、その方が多分筋が通っているわけです。
まあとはいえわかってるんですけどね、授業時間足りないとついそういうやらかししちゃうんですよね。
苦手な生徒への宿題の逆効果
3つ目が一番考えていきたいことです。
ハッティーによれば、宿題の効果が高く出るのは、ある程度学習能力に優れている学習者の方なんだという整理が出ています。
年齢についても同じで、年齢が高い方が効果が出るという整理になっています。
つまり、勉強が苦手だからもっと宿題をやらせようというような発想は、なかなか厳しいわけです。
自力で学習するのが難しい生徒に宿題を出すとどうなるか。
わからないまま同じことを繰り返して、しかも間違ったやり方の方を身につけてしまうわけで、何度やってもうまくできないという経験ばっかりが積み上がっていくわけです。
だから最後には学習そのものへの威力を失っていくという、そういうことが起こり得るわけです。
ハッティはここで作家のリチャード・ルッソの文章を引用もしています。
宿題をやってもいつも間違えるのだから、机に向かうこと自体が嫌になってしまった子供の話です。
その子にとって宿題は学べる時間じゃないんですよね。
自分はできないというのを確認する時間になってしまっていると述べられるわけです。
この指摘はやっぱり重要ですよね。
宿題が出てこないという事実だけは教員側からは見えるんですけど、その裏側で生徒が何を体験していたかっていうところまではなかなか見えないわけです。
手をつけられなかったのか、机に向かったけれどもわからなかったのか、出てこなかった結果というのは結局どちらも同じ形で届くので、やる気の問題なのか、やりたくてもできなかったのかっていうところは全然わかんないわけです。
授業者はそういう背景はわからないので、出てこないものは出てこないものとして扱いますよね。それが公平なんだって。
でもそれで見落としている生徒はたくさんいるんだろうなという気はします。
しかもハッティは宿題をやれば時間管理能力が育つとか、学習管理能力が育つとか、そういう主張についてもそれを支持するエビデンスはないとして結構バッサリ言ってますね。
先生方が期待して出しているところに対して結構バッサリ言ってるなっていう感じです。
だとすると宿題の目的というものをもう少し丁寧に考えた方がいいですよね。
学力を上げたいのか、授業の復習をさせたいのか、学習習慣をつけたいのか、それとも自己管理能力みたいなのを育てたいのか、
全部別な話なのに宿題という一語で全部やろうとしているようなのが今の状況かなっていう気がするんですよね。
宿題のあり方と生成AIの影響
長くなってきてしまったので、今日の論点を軽くまとめの前に確認しておきますね。
1つ目が年齢によって効果がかなり違うということ。
2つ目が反復や練習には比較的向くけれども、深い学習には必ずしも向かないということ。
で、3つ目が自力で学習できない生徒には逆効果になることもあるという話でした。
そう考えると、宿題を出している学校は熱心だとか、宿題が多いほど勉強している学校だとか、
そのあたりの見方に関しても一度見直してみてもいいのかもしれません。
で、こうやって並べてみると宿題が必要か不要かという二択で考える必要はまあないんですよ。
宿題について本当に問うべきなのは、出すべきか出さないべきかではなくて、
なぜそれを学校の外で学習者一人でやらせたいのかという、そういうことなんだと思いますね。
じゃあハッキーを踏まえて、現実の国語の授業作りはどうしたらいいんでしょうかね。
自分の考えを少し話しておきましょうか。
オープニングでも言いましたけど、自分が宿題として出すのは基本的には反復可能な知識と、
手を動かせば調べがつく悟空調べぐらいです。
で、その調べものを出すときは、できるだけ何をすればいいか一目でわかるワークシートのようなものを配るようにはしています。
この言葉を調べてきてね、漢字はこれを練習しておくんだよというのがわかるトゥールリストみたいに並んでいるようなものですね。
正直に言うと、そういう宿題を作ることには気合を入れてまで準備しているわけではないです。
教科書の指導書についている配布可能な資料をそのまま渡すこともよくありますね。
手を抜くところは自分も手を抜いてます。
重視しているのは一点だけで、何をしたらいいかわからない状態で、家で生徒を悩ませるみたいなことはしないようにしています。
さっき話した、わからないまま繰り返しになってしまう問題には引っかからないようにするためですね。
もちろん親切にしないこともありますよ。
教科書の文章を読んで、自分がわからないところはどこなんだろうと、自分で自分を分析しながら進めていくというような、そういうことも国語には必要なので、あえて丸投げするような宿題も作ったりはします。
最近の言葉で言えば、自己調整学習みたいな感じですかね。
そのあたりは授業をやりながら生徒の様子を見て決めています。
単元が重いなら知識の方はわかりやすくしておこうとか、逆にこれは楽器のまとめの単元だからゼロからちょっと自分で頑張ってほしいとか、その都度調整している感じです。
あと、宿題の話でもう一つ考えなければいけないのが、生成AIですね。
さっきの単純な反復練習には宿題がそれなりに効くという話も、生成AIを使うとここの幅がかなり広がるんじゃないでしょうか。
評価書に載っていない初見の問題もAIが作ってくれて、自分で好きなだけトレーニングできるようになるわけです。
2026年の今の段階でも、先生が基礎トレーニング用のGEMとかGPTSみたいなものを作って、確認クイズで基礎知識をたくさん解かせるくらいのことはもう結構話題になってますね。
ノートブックエレメントでも、ノートブックエレメントじゃないか今は。地味にノートブックですね。そういうのを使ってやれますよね。
逆に生徒の方がAIに頼んで、自分で自分の宿題を作るというような使い方も少しずつできるようになってきています。
ただ、この後AIがもっと進化して一般化していくなら、生徒自身が自分に合った課題をAIに作らせて、自分の実力を底上げしていくみたいなところまでできるようにならなければいけないんだろうなとは思ってます。
まあでもそうなった時に、そのAIの使い方を指導するのは誰なんですかね。国語家?情報?それでも技術家庭かなんでしょうか。どうなんでしょうね。
経験バイアスと宿題の見直し
最後に一つだけ、宿題の話って、どうしてもその先生自身が生徒だった時の経験だとか、かつて指導していた生徒の成功体験に引っ張られてやりがちなんですよ。
こうすれば宿題は上手くいくんだという自分の方ができているわけです。
で、その裏返しとして、自分の指示に乗ってこない生徒が上手くいかないのかということに関して、結構見えないままにしてしまうこともありますよね。
でも実際はもうちょっと広く、エビデンスを見て宿題の出し方に関してもワンパターンに固定しないで、ああでもないこうでもないという日々の試行錯誤をしながら、目の前の生徒の実態に合わせていくしかないんだろうなというのが個人的な意見です。
今日ハッティーを引っ張り出してきたのも、まあ自分の方を一回疑うために読んでみたっていう感じですね。
まとめとエンディング
デジタル時代の国語教育を語ろう
ここまでお聞きくださりありがとうございました。今回はハッティーの本を紹介しながら話してきました。ただ繰り返しになりますけど、本の中の3ページをかいつまんで紹介しただけなので、あまり過信しないでまゆつばに今日は聞いてください。
笠原が言ってること、これ本当に本に書いてあるのか、ぜひ自分で裏取りをしてみてください。
今日のポッドキャストを聞いた宿題ということで、ちゃんとやってくださいね。提出は求めないですけど。
さて、夏休みも今週で大体全国の学校が終わりですかね。自分の勤務校は9月1日が始業式なので、ちょうど1週間後はまだ31日、職員会議とか進学期の準備をしているような段階ですね。
それでも9月1日になるともう生徒が登校してきてしまうわけなんですね。授業が動き出します。
そう考えると2学期の授業準備も教室の整備も全く進んでない。自分の宿題は山盛り状況です。
しかも今週も家を離れて別の地域に研修講師として出かけるので、多分もうこのまま宿題終わらないで夏休み終わりそうです。
子供の頃夏休みの宿題がギリギリになっていた癖が大人になってもこうして続いているのかなぁと。
自分が受けてきた学校教育の力では自分の宿題に対するモチベーションはあんまり変えられなかったみたいです。
今日から第3回教育系ポッドキャストの日が始まっています。
8月24日の月曜日から30日の日曜日までで共通テーマは宿題です。
ハッシュタグ教育系ポッドキャストの日をつけて、Xで番組名と一緒に配信した番組をポストしていただければスポティファイのリストなどにまとめて紹介をします。
詳細は概要欄からご確認ください。
リスナーのあなたも宿題に関しては何か言いたいことがあるんじゃないでしょうか。
ぜひコメント欄などで教えてください。
ここまでお聞きくださりありがとうございました。
感想はコメント欄やSNSでハッシュタグデジコクとつけてお気軽にお願いします。
概要欄のメールアドレスやGoogleホームに直接コメントをいただけても嬉しいです。
この番組は毎週月曜日に1回配信されます。
またボイシーでは毎日配信もしているのでぜひそちらもお聞きください。
それでは次回の配信でお会いしましょう。
ではまた。
教室から
24:29

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