1. のざどい深夜便 ー夜の職員室ー
  2. 宿題、どうハックする? (ep.00)
宿題、どうハックする? (ep.00)
2026-08-29 52:12

宿題、どうハックする? (ep.00)

spotify apple_podcasts

教育界隈をただよう教員「のざたん」と、プログラミングスクールと学習塾を営む「どいどい」とで、#教育系ポッドキャストの日 にのっかってPodcastはじめてみた回。

テーマは「宿題」について。


▼ この回で話したこと

・「プログラミングという言葉はえさ」——話すことから始まるプログラミングスクール

・学習塾は、まずトランプ。子どものほうから「そろそろ勉強しましょう」と言い出すのを待つ

・やりたくないものを、なぜやらなければいけないのか。本当は「もうちょいくれ」であってほしい

・子どもは、サボり方をちゃんと考える。賢いから

・同じ問題をもう一度出すと、解けない。やってきたのは作業だった

・答えは写せてしまう。漢字も書ける。そこに思考は一つも関与しない

・「正解ピロン」の世の中に生きている子に、遅れて丸だけついて返ってくる紙を渡している

・丸付けのような機械的な部分は、機械に任せてしまっていい。早いし、怒らない

・気持ちがそこにあるかどうか。「やりなさい」の宿題は、早く終わらせて楽になるために頑張るものになる

・宿題を出す大人は、その宿題について考えたことがあるか

・「何を宿題にする?」を子どもと一緒に決める。「多かったら嫌じゃん」まで、あからさまに話す

・「刀鍛冶になりたい」から始まって、産地・地図・昔の地名・歴史へ自然につながっていく

・鉄は材料が足元にあるのに、技術が要る。銅のほうが先に発展し、鉄の技術を持ったところが強くなる

・持ち帰った考えを「ありがとう」で終わらせず、そこからまた会話して、次の問いが出てくる

・忍耐がいるなら、学校が担えばいい。みんなで集まって「写経の時間」にしてしまうほうが面白い

・「宿題ってなぜ必要なんですか」と聞いた子どもに、先生は答えてくれなかった——どいどいさんの原体験

・家は、四角い板の誘惑だらけ。一番難易度の高い環境に入れて「やれ」は、ずるくないか

・社会の変化は速く、教育のシステムは長く変わらない。そのズレを子どもは見ている

・楽しくない大人に「宿題やりなさい」と言われても、絶対にやりたくない

・取り上げるのが一番危ない。見ていない分の蓄積ポイントは、ちゃんと溜まる

・「宿題」という名前に負のイメージが染みついているなら、いっそ変えてしまえばいい


▼ チャプター

オープニング|のざたんとどいどい

プログラミングという言葉は、えさ

子どもは、サボり方をちゃんと考える

生成AIで調べて、「つまりこういうことだよ」と持ってきてくれる

「宿題を出してください」という要望に応えて、出してみると

同じ問題をもう一度出すと、解けない=作業をしてきただけ

「正解ピロン」の世の中と、遅れて返ってくる丸

夏休みの宿題と、長期課題のおもしろさ

早く終わらせて、楽になるために頑張るもの

宿題を出す大人は、その宿題について考えたことがあるか

「刀鍛冶になりたい」から始まる宿題

受け取って終わりにせず、そこからまた会話する

学校で「写経の時間」をやってしまえばいい

答えてくれなかった先生と、「なぜ必要なんですか」という問い

「宿題」という言葉を、やめてみる

家は、四角い板の誘惑だらけ

楽しくない大人に言われても、やりたくない

「宿題の遊び方」を、持ち寄っていく

定期的にやりましょう——水曜ロードショー

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、「宿題」というテーマについて、教育者である「のざたん」とプログラミングスクール・学習塾を経営する「どいどい」さんが対談しています。宿題は「やりたくないもの」という従来のイメージに対し、子供たちが自ら学びたい意欲を持つような宿題のあり方を探求します。プログラミングスクールでは「プログラミング」という言葉を餌に、子供との対話から始まる学習を提供。学習塾では、まずトランプで子供が「勉強したい」と言うまで待つというユニークなアプローチを紹介します。生成AIの活用や、丸付けのような機械的な作業は機械に任せ、子供の「気持ち」がどこにあるかが重要だと指摘します。宿題を出す側がその宿題について考えたことがあるか、子供と一緒に宿題を決めること、そして「刀鍛冶になりたい」といった子供の興味から歴史や地理へと自然に繋がる学びの可能性についても語られます。また、宿題という言葉自体に負のイメージがあるなら変えてしまうべきだという提案や、誘惑の多い現代の家庭環境で宿題に取り組むことの難しさ、楽しくない大人に言われても子供はやりたくないという現実にも触れています。最終的には、宿題を「遊び方」として持ち寄り、対話を通じて発展させていくことの面白さや、学校が「写経の時間」のような集団での取り組みの場を提供することの有効性についても議論が展開されます。

オープニングとプログラミングスクールのユニークなアプローチ
はい、というわけで、えー、今日は、えー、お友達の、何て読んだらいいですか?
何て読んだらいいの?
ラッパでゴー。スタッパでゴーさん。スタッパでゴーさんなの?
スタッパでゴーさん。スタッパでゴーさんってややこしいな。まあでもスタッパでゴーさんだけどさ。
はい。スタッパでゴーさんっていうネームでやるんですね。
ゴー、ゴーが名前。ゴーが名前ね。スタッパさんにしましょうか。スタッパさんがいいですか?ゴーさんがいいですか?
いや、どいでいいですかね。あ、そうですね。あの、すみません。あの、コーチのお友達のですね。
あの、コーチ君とお友達の。えっと、一応プログラミング教室っていう。
いいんだよね。そうですね。プログラミングスクール。はい。スタッパというプログラミングスクールで、
えっと、ボスをやっているどいさんに来ていただいて、ちょっと一緒に喋ろうかみたいな。ポッドキャストやりたいっていうからさ、一緒にやろうよって言って巻き込んだんですけど。
っていう、えっと、急な変な始まり方でしましたけど、どうぞよろしくお願いします。
わい!やった!入ったぞ!やったー!入ったー!いやいや、あの、スタッパをね、いつもいろんなことあるために紹介したりもするんですけど、
ありがとうございます。プログラミングしたいみたいな。ありがとうございます。で、一応プログラミング教室だけどさ、なんか一風変わってるじゃないですか。
そうですね、たぶん。たぶん自覚がないんですかね。自覚が何してるんですかって言ったら、なんかオーダーメイドですみたいなこといつも言うじゃないですか。
そうですね。決まってないです。で、どういうことなんですかそれ。どういう仕組みなのそれ。子供たちに言われたことを一緒に考えてるの?
まさにその通りですね。話すことから始まるので。ちょっと待って、プログラミング教室でしょ。そうです。プログラミング教室だけど話すことから始まるの?
それはあの、プログラミングって言葉は餌です。
餌っていうね、ことをやってる。でも本当に面白いというかね、通ってる子供たちになんかやみつきになってたり。
そうですね、長く来てくれてます。
そうですよね、っていうところの方とですね、一応教育者、一応ってつけるぐらいの教育者同士でお話をしようと。
学習塾のトランプから始まるアプローチと宿題への疑問
ではその宿題の話をさ、そのXです。なんかこれ面白そうみたいなこと言っててさ。
じゃあ一緒にやろうよって言っちゃったんですけど、
全然そのスタッフがさ、宿題っぽくないこといっぱいやってるじゃないですか。
そうですね、宿題出しますとか、宿題ありますかとか、そんな話って基本あんまり出ないですね。
あ、出ないんだ。
出ないですね。
プログラミング教室なのに?
そうですね、2つあるので、プログラミングスクールと学習塾と。
え、学習塾もやってる?
あ、そうだよ、学習塾もやってるよね。
え、学習塾は?
学習塾はまず来たら、一緒にまずトランプします。
出た出た出た、待って待って待って、リスナーが置いてかれるやつだ。ちょっと待って、どういうこと?
おさまりがね、おさまりがつかないね。
おさまりがつかないけどトランプやるのね。
そうですね。
そういうふうにしながら、でもやることはやるんでしょう?
そうですね、子供の方からいい加減勉強しましょうって言われます。
すごいね、それがでも誠実な気はしますけどね。
うん、なんか子供の方から言ってくれますね、ちゃんと勉強したいですって。
助けてくれた。
それちょっときついけど、その通りですね。
助けてくれた、もうトランプは勘弁。
はい、その通りですね。
でもなんか本当は、それがなんか基本な気はするんですよ。
要するに自分がやりたいからとかさ。
はいはい。
宿題もさ、なんかそれでいい気はするんだけどさ、なんか俺は学びたいからもうちょいくれやみたいなので。
なんかできればいいのかなと思うんだけど、今宿題ってなんかイメージ違うじゃないですか。
宿題は、僕も子供の頃から持っているイメージは、やりたくないものって。
やりたくないものって。
はい。
だってやりたくないわけじゃないですか。
はい。
やりたくないものをなぜやらなきゃいけないのかって難しくないですか?
もう難しいですね。
今の話聞いてたらさ、だってトランプやってたらそのうちやめて勉強しようみたいになるわけでしょ。
そうですね、子供から言われます。
そう。
そういうふうに持ってけばやるはずのものをさ、無理っくり先にさ、これをやるんだみたいにやっちゃったらさ。
なるほど。
うわだるみたいになるわけでしょ。
そうですね、はい。
子供の賢さと宿題の作業化、生成AIの活用
で結局、本当はさ、やりたい。
そういうじゃなくて土居さんのところのお塾来てる子とかさ、正しい気がするんだよ。
そろそろやらなきゃなって思うからやるわけじゃないですか。
そうですね、正しいかどうかは別にして、先生がだらしないんですね。
しょうがねえな、みたいなことを。
仕方ないな。
仕方ないな、また始まってるみたいな。
しょうがねえな、一回トランプ突きやっとくか。
この先生見てると、ちゃんと勉強しないといけないんだなって分かってくるみたいな。
なるほどね。で、自分がやろうっていう気になり。
そうですね。
本来そうであってほしいなと思うわけ、自分がしょうがないなやらなきゃなと思ってやってくれたらそれが一番いいんだろうなと思うんだけど、無理無理強制されちゃったらさ、子供たちもそりゃ賢いからさ。
そうですね、本当にそうです。
すり抜け方とかめっちゃ考えるじゃないですか。
本当にそうですね、賢いです。
賢いじゃないですか。いかにしてサボるかちゃんと分かるじゃないですか。
いろんなこと考えますよね。本当に。
技術のないね、あえて言っちゃいますけど、技術のない子供たちが手を出しちゃう、あ、すみません忘れてきました机の上にみたいな。
やってないのに言っちゃうのは、姉って僕はダメだと思ってるんですよ。そんな分かりやすいのはやめなさいと。
持ってこれないこと言うなみたいな。
なるほど。
今さ、だってさ、プログラミングスクールぐらいに通ってる、何て言ったらいいんだ、そのPCリテラシーっていうのはパソコン触ることにそんなにこう、
嫌じゃないよ、別に触るのは普通だぜ、へへへとか残って、絶対せいせいへへ触ってるでしょ。
触ってますね、普通に知ってますね。
普通に知ってるしなんならコーディングするとき触るでしょ。
コーディング、触ってる子も触ってない子もいますけれど、そうですね、いろんな意味で触ってますね。
気づきますよね。
気づくというか、選択肢のうちの普通にある一つですよね。
そうですよね、あいつら賢いなーって触ってるうちに気づきません?何でも聞いたら教えてくれるなーみたいな。
そうですね。
そしたらパシャーって取ってピーってなったら回答を教えてくれるんじゃねーみたいなことに。
そうですね、せいせい愛に質問をしたら、いろいろ上手に返してくれて、それをまた僕たちのところに持ってきてくれますよね。
こんなのできたよ、みたいなこと?
こんなのできたよっていうか、つまりこういうことだよって。
教えてくれるんだ。
教えてくれる。
それはいいよね、そういう使い方でいいよね。
そういう使い方してくれたらいいんだ。
そうですね、そうすると会話になるから、普通に僕知らないこととかいっぱいあるので、平素なんだって知らなかったけど、どういうことって教えてもらう。
そういう宿題だったらやりそうですね。
宿題の失敗例と「正解ピロン」の世の中
そうですね、宿題ってある意味一方的な感じがする。
一方的にこれだみたいなドーンみたいなやつあるじゃないですか。
これやってくださいっていうのがあるんですけど、僕もやっぱり学習塾をやってると、何でしょうね、そういう親御さんからの要望でやったり。
とかして出してくださいとか。
宿題を出してください、なるほど。
家で勉強しないからとかあるんですよね。
渋々出したりとかするんですけど、大概失敗ですね。
大概失敗ですね。
何が起こるんですかね。
ちゃんとやってくれますけど。
ちゃんとやってくれる。
本当にちゃんと効果を検証したくて、同じ問題もう一度聞いてもやっぱりわかんない。
そうだよね。
解いてくる作業しかしてないもんね。
それそうですね、その言葉そうですね。作業ですよね。
ただの作業だよね。
作業をしてきたっていう感じですね。
だから下手したらさ、おもんないしさ。
そうですね。
変な話さ、答えとかがあったりしたらさ、移すもあるじゃないですか。
そうですね。
ちゃんと移せるわけですよ。
人間だから。
読めるし。
はいはいはい。
見て、読んで、ここの枠に書いたらいいんだなって理解すれば書けばいいじゃないですか。
はいはい。
そこに思考というもの一個も関与しないから。
いらないですね。漢字練習するやつ全然いらないですね。
そうなんだよね。漢字練習するやつは無ですよね。
無で書くでしょ。
もうちょっと、社境ぐらいもっといいことがあればいいんですけど、その社境にもならない。
そうそうそうそう。枠を埋める修行をしてるぐらいで、結局覚えてもないし。
覚えないです。覚えないです。
だってさ、書くことは大事だと思うけど、大人も書く機会だいぶ減ってるじゃないですか。
はいはい。そうです。
そんな大人を見てたらさ、思えないよね。
ごめんなさいだけどさ。
そうですね。もう普通に書けない漢字とかも普通にあったりとかしますけど、確かにそういうところを子どもたちに見られてしまうと、子どもたちからすると大人書けないのになんで私やらないといけないの?というふうにはなりますよね。
普通の当たり前の計算というか。そうですよね。
機械的な作業の自動化と宿題の意義
だから読めるは必要な気がしてて僕。
読める必要だと思います。
書けないっていうかタイピングできないからさ。
先生出てきませんみたいな。
この漢字が変換して出てきませんって違う読み方で。
そうそうそうそう。
読み方違うんだけど、これなんて読むんだっけ?堂々と違う読み方して。
違うんだよな。
そういうのを調べてほしいですよね。これなんて読むんだろうとか。
そうですね。
でもそういうのにはパソコンめっちゃ便利ですよね。
パソコンはそうですね。パソコンは塾やってるからですけど、パソコン使って教えたりもするんですけれど、
ゲーム感覚になる時があるんですよね。さっきの読みとかだと。
ゲーム感覚になる瞬間があって、パソコンも使いようだなって思うのが、
漢字の読みとかがわからない時に、でも微妙に頭の中では思い浮かんでる。
そういう時に、なんでしょうっていうゲームになるんですよ。
クイズなんでしょう。
なんでしょうっていうゲームになるんですよね。
なんでしょうっていうゲームをした時は、少しは残るんですね。記憶にその後。
ゲーム性みたいなのって意外と大事じゃないですか。
大事ですね。
今の子供たちって言いたくはないんだけどさ、やっぱりゲームが溢れているというか、ものすごく短いなったと思うんですよ、デジタル的なゲームって。
正解ピロンみたいなのとかすぐ出る世の中になっちゃってるじゃないですか。
そんな世の中に住んでいる彼らにさ、紙に書いて出して、タイムラグがめっちゃあって、遅れた頃に丸がついて帰ってくるっていう、しかもあんま嬉しくないみたいな、丸しかついてないみたいな。
秒でピロンってなったりブブーってなった方が楽しいんだろうなと思ってたよ。
なるほど。
ゲームってそうじゃないですか、間違ってもすぐやり直せるから面白いですね。
ミスが出たら次やりたいから、すぐやりたいわけだけど。
そうですね。
そういうゲーム性って大事だと思うんだけどさ、ゲームって学校とかで言うとさ、すげー怒られるからさ。
怒られるんだ。
ゲームしてるみたいな。
そうね、昔は時間の流れみたいなのがあって、後で帰ってくるのが楽しかった時期があったかもしれないですよね。
だってすぐ帰ってこないわけですよ、世の中的にも。
そういう時代。
そういう時代だから。今は違うから。今は早いからなんでも。
今なんでも速度が速くて、欲しいものはすぐ目の前に表示できたりとかしちゃうので。
いや本当ですよ、こないだね、それこそ数学のアプリみたいなので、手書きで回答したらさ、写真撮って送ったらさ、ものの1,2分で採点されてさ、ここができてますみたいな、ここはもうちょいみたいなこと言われる。
早っ。
あーはいはい。
そんなのあったら先生、いひひろぐみたいになっちゃうじゃないですか。
あーはいはいはい。
丸付けする人は別に生成AIでいいんですよ。
そうですね。
だって早いから。
しかもちゃんと起こんないし。
ここがあれみたいな。
ここが欲しいみたいなこと言ってくれるから。
機械的な部分は機械に分かせれば全然いいと思いますね。
そうそうそう。
夏休みの宿題と長期課題、気持ちの重要性
そういう風に分けていった時に、宿題っていう、今ほらちょうど夏休みです。
宿題でさ、宿題までやってないみたいな。
なんかナンセンスだなと思っちゃって。
あーはいはいはい。
いわゆるすぐ丸がついて帰ってくるような宿題って。
うん。
ナンスかねあれねみたいな。
なるほど。
ねー。
長期課題みたいなの面白いかなと思ったけど。
はいはい。
だってほらプログラミングとか1日で作れるのもあるか。
今すごいスピードですね。
今すごいですからね。
でもなんか1回作ったのをもう1回じゃあブラッシュアップしようかみたいな。
そうですね。
何回も繰り返して積み上げていくみたいなのが、むしろなんか宿題、宿題というか、
なんか良くしたいみたいな欲求に対応するものなのかなと思ったら。
そうですね。
そうですね。
なんかこう、気持ちがね。
自分がそこにあるかどうかっていうのはすごくいつも考えさせられますね。
どうしてもやりなさいの宿題は、
どうしても作業とかやはりさっき言ってた。
あと苦行とか。
苦行ね。
早く終わらせないといけないもの。
あるいは早く終わらせたいものか。
はいはいはい。
そんなイメージ。
早く終わらせさえすればいいので、
中身はどうでもよくって、
覚えるとか覚えないとか、
なんかこう、これが世の中に役に立つとか、
なんか自分のためになるとか、そんなのどうでもよくって、
早く終わればちょっと楽になるんですよ。
なので早く終わらせて楽になるために頑張る。
ですけど、
宿題って何でしたっけ?
早く終わらせて頑張るを子供たちはしたい。
早く終わらせて休むために頑張る。
そういうものっていう。
宿題を出す大人の責任と子供との宿題決定
僕も子供の時そんなイメージでした。
嫌がらせ?これ。
そういう否定的な方向へ持ってきたくなかったですけど、
でもそうなるよね。
子供にとって冷静に考えた時に、
なんで楽しいものが周りにあるのに、それやらなきゃいけないんだみたいなと。
そういうことです。
その、かいくぐり方がいっぱいあるからさ、今。
よりいっぱいあるから。
やるのがむずいよなと思って。
そうですね。
そういうモチベーションを持つこと自体が結構むずくて、
いろんなことを知ってるんですよね。
子供だってそんなにいろんなことを知らないわけじゃなくて、バカじゃないから。
いろんなものを知ってるんですよ。
何だったら親よりもいろんな世界を知ってたりとかするわけですよね。
だから、なんでこれを今やんなきゃいけないのか。
より分かんない。
最初の話聞いてたらさ、多分勉強したいというか、
学ぶことは必要だと思ってるけど、
その宿題みたいな、分かってることが別によくないだし、
全然分かんない子にとっては、分かんないからやりようないし、
宿題終わらないと言われるから、とりあえず映すか、みたいな作業を。
出してる側の意図みたいな、大人の都合みたいなのが入っていけないのかなって聞いてて。
何でもかんでも批判するわけじゃないですけど、
僕は批判なんかしてないんだ。疑問を呈しているだけで。
宿題は使い方次第なんでしょうけれど、
でもその宿題を出す時に、ちょっと疑問に思ったのが、
「刀鍛冶になりたい」から広がる学びと歴史的背景
その宿題を出している大人もその宿題について考えたことがあるかと。
深いですね。
それすごい大事かなって思わせる時が、
勉強になって、学習塾なんてものをやってると、これ考えた方がいいのかなとか、
勉強になることがあって、それのうちの一つがそういうやつで、
子どもたちが色々宿題のために、
僕宿題出す時は話すんですよね。
一緒に話して、何宿題にするっていうのを話して、
でもめちゃくちゃ多かったら嫌じゃんっていう話をあからさまにして、
でもどれだったらちょっとやってみたいというか、
さっきのモチベーションという言葉を使って、モチベーションあるっていうのを、
普通にダダ喋りするような感じで聞くんですよね。
聞いて、俺刀鍛冶になりたいからさ、
刀鍛冶の調べてくるよとか、
全然一見勉強につながらなかったりするやつとか言われたりすることあるんですけど、
全然それでもよくって、
OK、OK、YouTubeのチャンネルとかでもいいよみたいな話を言って、
そうすると、そこにゲーム性を付け加えて終わるんですよ。
例えば、じゃあ俺の知らないことをもし調べてきたら、
俺罰ゲーム受けるけど、もし俺知ってたらお前罰ゲームだみたいな感じのやつを付け加えるんですよね。
そうするとフンフン言わせながらやってきてくれて、
それをまた話のネタにして、そこから一緒に動画を見たり、
出会ったりとか話をしたり、
じゃあ刀作っている地域ってどこなんだろうねっていう、
そこ行けばもしかして見れるんじゃない?みたいなところを話しながら、
日本地図を広げると。
そういうのをちょっとやったりとかするんですよ。
で、ちゃんと進まない、単元の順番であるとか。
いやそうだよ、絶対に進まない。
だって進まなくて面白いじゃん。
僕はそう思ってるんですけど。
気になってしょうがないでしょ。刀ってどうやって作るんだっけみたいな。
そんなテスト出ないんですけど。
でもね、今聞いてて思ったのが、結局それって、
その先に出てくる何かと結びつくから。
そうなんです。
いや鉄鉱石とさ、みたいな。
それもそうです。
例えば江戸時代の時に、刀匠とかがすごくこの辺多くてとか、
なんで多かったんだろうねって話をしたりとか、
そういう話に繋がっていくんですよ。
そうするとちょっとだけ時代背景とかが入り始めたりとか、
その地域の名前、昔の名前。
今の何々県とかじゃなくて、昔の名前。
その昔の名前がちょうど何々堂とかの道の名前とか、
あと山脈とか山の名前とかになってたりとかするから、
だからそれへんとかに繋がりやすくなったりするんですよ。
そうだよ。
で、なんか偶の音も出ないもんっていう。
その通りだなと思うしさ。
なんかそれが楽しくて。
楽しいと思う。
だってそういうのってさ、
なんかだって純粋に知りたいしさ。
そうそうそうそう。
で、今ほら、昔って言っちゃうけど、
昔のやつそういうのが知ろうと思っても調べられなかったじゃないですか。
刀とかじゃないでしょ。
刀の叩き方とかってさ。
はいはい。
多分こうくらいしかわかんない写真ではないから。
今はさ、刀の解き方とかさ、やったら出てくるじゃないですか。
いっぱいありますね。
マジで刀打ってる人とかさ、
何やってんのこの人みたいな。
焼きの入れ方まであるじゃないですか。
だからそっから起点にして、
で結局、
なんでこんな刀作るの難しいんですけどみたいな。
難しいんだねとかさ、わかったりすると、
僕一応理科の教員だからさ。
はいはい。
一応。
すいません、初耳でした。
でも本当に鉄を、
鉄って材料はめちゃめちゃそこらに落ちてるわけですよ。
砂鉄がいっぱい集まるのと。
それ材料にしたら作れるんだけど、
技術がめっちゃいるんですね。
一方で銅なんかはさ、
火に突っ込んであれ程度作れちゃうからさ。
なるほど。
だから歴史上先に発展するんですよ、銅器の方が。
なるほど。
で鉄はなかなか技術が難しくて、
その技術を持った瞬間めっちゃ強くなるみたいなのがあって、
だからなんか秘伝なんですよね。
今超勉強になってるよ。
そうですね。
だから鉄を作る技術が発展したところが強くなるみたいなのが、
それと結びついたらめっちゃ楽しいじゃないですか。
ってことは?みたいな。
そういうことを聞くと楽しくなる。
ワクワクするじゃないですか。
こういうのを、
学校での「写経の時間」と宿題の意義への問い
僕は宿題って思う。
戻すとするとそう。
宿題って僕そういう出し方をしてるし、
そうだろうなって僕も思ってるんですよね。
で帰ってきて、
その時に考えたものを自分なりの考えを持ってきたりとかしてくれて、
そこではいありがとうって受け取るんじゃなくて、
受け取るだけじゃなくてそこにちゃんとまた会話があったりとか、
でまた発展があると。
で発展するとまた次の問いというか、
なんか考えが出てきたりとかするんですね。
そうするとこの辺ってあんまり苦じゃないんですよね。
そうそう。楽しいよね。
やりたいからやってるだけなので、ちょっとゲームに似てて。
ちょっとレベルアップしてくるわみたいな感じでしょ。
あと何だったら罰ゲームつくから先生やり込めれるかもしれないので。
でも多分罰ゲームとかそのうちどうでもよくなるんだろうね。
僕はね罰ゲーム守らない悪いやつなんで。
この1日中おしるこを飲まなきゃいけないっていう罰ゲームとか絶対守らないから。
体張りすぎやんなそれ。
でも今聞いてて思ったわ。
宿題ってそうでいいんだよね。
自分たちがやりたいことを学んできてやってくるもので良くてさ。
おそらくいろいろ背景があるから時代的には多分そうだし。
逆に耐えられないじゃないかみたいなこと言うよりは我慢するのが大事なんだみたいな。
忍耐というのがね必要だとかね。
僕ね学校がそこを担えばいいと思ってて。
今社協の時間とかやっちゃった方がいいんですよ。
その方がだってみんな集まってるし学校に。
同じこと聞く必要ないからさ。
授業聞く必要あんまないわけじゃないですか。
だって別に動画とかいっぱいあるから。
どこでもできるから。
みんな集まってそれこそゲーム感覚でよし社協するぞみたいな方が。
おもろいじゃないですか。
そうですね。
この時間を使って夏休みの仕方をやりたいな。
さあどこまでできるかを。
ここでやった分が減りますみたいな方が。
それいいね。減るのいいね。
だって家でやる必要ない。
楽しい楽しい。減るのいいですね。
今私はここで50分あなたたちにプレゼントしますみたいなことやったら。
おもろいでしょ。
どうやったら。
だってたぶん内容は。
ごめんなさいね。
内容はどの道覚えないと思ってるから。
だって覚えてるの一個もないもん。
夏休みの仕方で。
っていうよりも。
みんなで。
チームで。
この集団で。
どうやったら早くみんなが平和に終わるかを。
ちょっと頑張って考えたら面白くないみたいなことやった方が。
なるほどなるほど。
そんな時に揉み事が多分起こるし。
宿題の必要性への問いと先生の応答
サボる奴が出てきて。
映すだけの奴が出てきて。
めっちゃ裁判にかけられて。
なるほど。
何があったらあの子が何もやらないんです。
だってさどうするよお前みたいな。
この中で見せてもらえなくなったらどうする。
それはまずいっすね。
そういうことをやった方が面白いのかなって今日話してて。
そうですね。
普通にゲームでやったりとか。
話し合いでやったりとか。
それを普通にしてくれる先生がいるって。
すごく幸せだなって思ってて。
話せる先生がいると。
すごい幸せだなって思って。
僕子供の時に嫌な子供だったので。
学校あんまり行かないし。
先生の言うこと聞かないくせに。
一応小学校の時代って僕ずっと学年1位だったんですよ。
できちゃった人なんですよ。
困る人ですよね。先生にとっては困る人。
嫌な子なんです。
どうしていいかわからない。
言うこと聞かないし。
それはでも言うこと聞かないよね。
昔で行くと別の教室に分けられちゃって。
この子は他の子とあんまりうまいこといかないから別の教室に。
そういう子だったんですよね。
だって分かるからいいじゃんって感じだもんね。
その僕が聞いたのが、
宿題ってどうしてやらなければいけないものなんですか?
大人ぶった感じの質問をしたんですよね。
意味合いとしてはちゃんと言えてないでしょうけど、
宿題というものがどうして必要なんですか?みたいな。
そういうことを言ったんですよ。
分かってるしね。
分かってるというか、子供ながらに宿題を出される意義というか。
いろいろあったんだよね。
だって授業を見たら分かるんだもん。
授業を見たら全部分かっちゃったから。
分かるから。
勉強しなくていいし。
おまけ出されてもみたいな感じ。
先生が答えてくれなかったんですよ。
それがすごく嫌だった。
ありそうだな。
何も答えてくれない。
はい、はい、みたいな感じで答えてくれなかったんですよ。
またドイくんは始まる。
もともとの言うこと聞かない子だったから、
多分そういうのもあったんでしょうけど、
全然答えてくれなかったんですよ。
これがすごく嫌だった。
話を聞いてくれる大人って、
すごい嬉しかったんですけど、
でもそうだよね。
とりあえず一回受け止めてくれよみたいな。
そういう体験というか現体験はありますよね。
宿題という言葉の変更と家庭環境の誘惑
宿題っていうキーワードだと。
今の時代にこれいるのかなと思っちゃうんだよな。
宿題って言葉やめたらいいんじゃないでしょうかね。
別に何だろうね。
課題だったらいい気がするんですよ。
あなたのタスクで。
学校で時間あげるからやっていいよね。
これくらいの時間あったら終わるっていう想定なんだけど、
終わらなかったら家でよろしくねって。
なんか一つありかなと思ってたり。
そうですね。
内容とかよりもそういうトレーニング。
時間通り終わる。
その時間しんどいもいるじゃないですか。
今日はちょっとだるいですみたいな。
マジでちょっと太陽の光が強すぎて。
謎のこと言い出すこともさ。
今日はちょっとぼーっとしてましたとか。
そうだそうだね。
ぼーっとしててやってないってことだなみたいな。
長めで言っても終わらないんだけどどうするよみたいなこと言ったらさ。
じゃあ家でやるわみたいなのか。
朝来てやるわなのか。
帰る前にやりますなのか。
別に何でもいいと思うんだけど。
そっか。なるほどね。いいですよね。
宿題のやり方、考え方ちょっと変えて。
別に家って言わなくてもよくないって。
逆に、学校でやる時間をちゃんと提供した方がいい気もしてて。
だってさ、むずいじゃん。
家帰ったらさ、四角い板みたいなのが誘惑してくるじゃん。
四角い板。
触ると動いてさ。
触ると動いて。
赤色で白抜きの三角みたいなボタンがあってこうやって押すのさ。
めっちゃ楽しい動画が流れてくるやつが誘惑してくるじゃん。
真ん中に三角形みたいな。
一回押したら最後じゃん。しかもあれ。
ずっと次はこれがいいんじゃないですかみたいなこと言ってくるじゃん。
無限に見れちゃう。
無限に見る。
っていう環境に戻ったら、
その昔の自分のこと考えても、
いや、見るな。みたいな。
見るよね。
ってなったら、そういうのはもう分かってんだから。
昔と違ってさ、漫画ぐらいしかなかったからさ。
隠れてこそと漫画読むぐらいしか面白みがなくてさ。
その時代と違うからさ。
ってなったらやっぱり学校でやるをデザインしとかんと。
いいですね。そうですね。
だって一番難易度高い環境に行ってやれっていうのは難しくないですか。
誘惑だらけでしょ。
家に帰ったほうが誘惑だらけだから。
その誘惑の中で一番つまんねえものをやるって。
ちょっと難しいっす。難しいっす。みたいな。
毎回失敗するよって思うんだよ。
社会の変化と教育システムのズレ、楽しくない大人
今日もすいません。四角い板のほうを触ってしまいました。
そうね。たぶん野崎先生とかは、
めちゃくちゃそれを毎日毎日考えながら、
何か変えられないかなみたいな感じでやってるんだろうなとか。
そういうふうに思うんですけど、
全体的にテクノロジーの速さがすごいのと、
あと生き方とか働き方とか、
社会の在り方が急激すぎるんですよね、この変化が。
徳川幕府ぐらい変わらなかったらいいけど。
いいけれど。
15代ぐらいずっと。
今の時代、ものすごい変化がすごいんですよね。
変化すごい中で、
その社会を見ている子どもたちがですね、
何十年か変わらない教育システムというか、
ちょっとすごい毒かなこれ。
教育システムとか、
そういうのを見るときに、
それは少しやはりつまらなくなるとか、
やっぱり感じることはあるかなと思いますね。
できるところから、小さなところから、
何でもいいから宿題という言葉を変えちゃうとかは、
僕もありだと思っていて、
謎でいいんじゃないですかね、謎。
今日の謎な。
謎、今日の謎なっていう。
謎も古いか、謎も古いかって思うけど、
そういう感じで、
変えていくのはありなんじゃないかなとは思ってますね。
そうだよね。
もうちょっと、
今風というか、
もっと自由にテクノロジーも使っておくって、
できるかわからないけれども、
宿題の答えをTikTokであげることであったりとか、
でもどうかなとは思いますけど、
適当に言ってはいるけど、
そういう意味合いでのテクノロジーの速さとか、
そういう姿勢はすごく重要かなと。
子どもたちのほうが大人たちのやっている姿を見て、
そういう大人になりたいかと。
そこがちょっとあるので、
すごい楽しい大人を見たら、
その大人についていきたいって思いますし、
いいですけれども、
楽しくない大人に宿題やりなさいって言われても、
絶対やりたくないですしね。
そもそもやりたくないものだからさ、
それを昔はガミガミ言って何とかなってたんだろうけど、
今はむずいよ多分。
言ってもだって、
ピッて耳閉じたらさ、
別に聞かなくてもいいやってなっちゃうしさ。
いろんな生き方とかいろんな大人が増えて、
ずいぶん平和になったので、
昔みたいにこうしなきゃ生きていけないとか、
立派な大人になると、
すごく家庭を養えるし、
社会で発言力もできて、
僕のやりたいことをできる、
みたいな、そういう時代でもなくなってきて、
ボタン一個押せばYouTubeで自分の発言できるし、
面白い方もいっぱいYouTubeとか、
インスタとかにいっぱいいらっしゃるわけですよね。
その人たちが何の仕事をしているのかとかは、
それほど大して意味がなくて、
すごく楽しい生き方ができるんだなっていう印象が残る。
そんな中での宿題っていうのは、
野田さんが言ってたように、それらを奪うものっていう、
そんな立場になるんですよね。
昔ですら、
これ終わらなきゃなと思われてたのにさ、
今の時代に当てはめたら、そう思われたら、
相当思われるんだろうなみたいな。
見たいじゃん。
見るなとか言えないしさ。
そうですね。
宿題の遊び方と「宿題」という言葉の廃止提案
だってそれ止めたとてさ、
一番危ないと思うんだよね。
大人の権力でさ、
取り上げますわね。
これは怖いですね。
100パー増加してさ、
2倍量ぐらいどっかで見たりさ、
ちゃんと溜まりますからね。
ちゃんと蓄積ポイントはさ、
見てない蓄積ポイントでさ、
それやっちゃったら大変だろうなと思うから、
ある程度ルール化して、
ルールっていうかさ、
お互いある程度は見ていいけどさ、
やることもやってくれやみたいな、
心に落とし込んでいかなきゃいけないのかなってね。
今日の話は何でしたっけ?宿題?
うん、宿題。
宿題は深い話だよね、宿題。
宿題は深い話だよね。
宿題ってことは本気でやめればいいと思ってます。
この名前に負の何かがあるんでしたら、
もうこの負の感情を取り払うような、
意味のわからないカタカナの羅列でいい気がします。
タスクですよ、タスク。
もう本当に意味わかんなくていいですよ。
意味わかんなくていいですよね。
A360の右端にあるキーみたいな感じの、
なんでもいいんですよ。
よくわかんないやつにしちゃえばいいのか。
なんで残っちゃうんですかね、これね。
不思議だなと思ってますけど。
体験的な学びと「遊び」への抵抗感
でも面白い。
面白い。
いろんな見方があって。
でもこうやって話すのが大事な気がしますけど。
そうですね。
ぜひぜひ宿題の遊び方なんか思い浮かんだら、
ぜひ教えていただきたいなと。
宿題の遊び方いいですね。
思ってて。
野崎先生の面白いこんな遊びしたら面白かったとか、
そういうのを実践したい。
この角度でスイカを割ると、
割れやすい。
でもどうしてそれが割れやすいのかであったりとか。
とりあえずやってみようかな。
あと氷って、氷とかも一点を叩くと割れやすいじゃないですか。
カーンってあるじゃないですか。
あれ何?とか。
そういうのをちょっとやってみたとか。
面白いですよね。
そうですね。
だから宿題っていうんだったら宿題は確かに楽しい。
家じゃなきゃできなさそうな何かとか。
そうですね。
こうじゃできない何かとかの方が面白い気がするけどね。
そうですね。
でもそういうのを持って行っちゃうと、
それは遊びでしょみたいな感じで言う方がいそうなので。
噛みしないですよそんなの。
遊びでしょっていう。
遊びイコール悪でしょみたいな感じでね。
ポッドキャストの継続と教育に関する深掘り
いいですねってところがあるので。
これね、知ってる?
だいぶ喋ってんのこれで。
本当だ。
いくらでも喋れますよ。
でもこのポッドキャストのタイトルって、
たしかのざたんどいどいの朝まで行こうっていうね。
死ぬ死ぬ死ぬ。
新番組。
ジングルも作って。
みんなで倒れていくやつね。
倒れたら次の人が栄養ドリンク持ってやってきたらいいですので。
誰が24時間聞くのよこれ。
負けないぞ24時間テレビには。
負けないぞ。
しんどいよそれ。
でもなんかいいですね。
これを小分けにしてとかね。
こういう話題で喋っていくのは面白いかもしれないですね。
ふと思うとね。
そうですね。
ふと教育という現場なのか、
教育について。
ふと思う。
これ必要なんすかねみたいな。
これなんすかねこれみたいな。
深掘るのはなんか楽しいですよね。
面白いよ。
刀の話だけでも無限に喋れるからね。
刀ね盛り上がる。
絶対面白いよね。
盛り上がる。
俺だったらこういうアプローチしてるとか。
我々の住んでる高知県は刀鍛冶さんまだいるんでしょ。
高知県についてはその時触れなかったですけれど。
刀売ってるもんね。
包丁だったらいくらでもやってる方がいらっしゃるんですけど。
刀売ってる人知ってるよ俺。
あ、そうなんだ。
体験的な学びの重要性と今後の展望
すごい。
なんならあの日曜市の端っこの方行ったら売ってるよ。
そうか。
あるよ。
めっちゃ重いんだよ刀って知ってた?
そら鉄だもんねみたいな。
そうそうそう。
そういうのもさ、おもろいやん。
そういう体験的なものも合わせて欲しいなって思いますね。
体に触れるもんね。
ちょっとお願いします持たせてくださいって言うと君の宿題なみたいな。
そう、これは嬉しいね。
刀鍛冶さんもね多分それは。
いやいやいや絶対だってめっちゃ喋ってくれると思うよ。
絶対喋ってくれると思う。
ワガママのいいなみたいな。
そうそう。
いやいいっすよ。
というわけで、急に新番組。
朝までこう、やだ。
野田さんドイドイの朝までこう。
タイトルは考えるとして朝までこう倒れるから考えるとして。
引き続きじゃあ定期的にやりましょうこれ。
いいですね。
今日水曜日なので水曜ロードショーで。
っていうね、僕の大好きな高知県の教育者のドイドイさん。
教育者に笑われて。
来ていただきたんで。
またお話ししましょう。
話しましょう。
ありがとうございました。
52:12

コメント

スクロール