Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
どうも、ワンピー川崎です。
どうも、ツーピー長谷川です。
この番組は、かつてゲーム少年だったワンピー川崎とツーピー長谷川の2人が、
ゲームにまつわる様々な話題で古きを訪ねて、新しきを知る番組です。
はい。
ということで、ブライトビットブラザーズ、STAGE273です。
ありがとうございます。
今回のテーマは、「俺の屍を超えてゆけ!ゲームデザイナー編」ということでですね。
前回、前々回と2回にわたって、俺しかのゲーム内容の話をしたんですが、
それでもまだ終わらずですね、3回目となる今回は、
ゲームではなくてね、このゲームを作ったゲームデザイナーの松田翔司さんについてと、
俺しかというゲームがどういう発想で、どういう風に作られたのかという話をしていきたいと思うんですけども、
その前にオープニングでね、ちょっと前回の補足になるんですけども、
今回ね、俺しかの話をするのにね、私攻略本を見たりとかして調べながらね、
PSP版の俺しかをプレイしてたんですよ。
で、PSP版ってオリジナルのPS版と比べて、いろいろ細かいところが調整されてるんですよ。
うんうん。
で、その説明してる内容の中にね、オリジナルのPS版とリメイクのPSP版がごちゃっとなってるところがありまして、
だから聞いてる方が、そこでご存知の方は何か混ざってるなってわかるかもしれないですけどね。
知らない人からすると、ちょっとその辺ややこしいかもしれないんですが、
まあ基本的な部分は同じなんですよ。
ただ操作感とかね、ゲームテンポについてはPSP版がかなり遊びやすくなってるんですね。
細かいこと言うと、キャラの移動操作とかがオリジナルのPS版では十字キーでしか操作できないんで、斜め移動が難しいんですよ。
で、俺しかのダンジョンって斜め移動のクォータービューになってるんで、十字キーでキャラクターを動かす時にちょっと癖があったんですが、
PSP版はアナログスティックに対応してるんでね、動かしやすくなってたりとか、
敵に接触して戦闘画面に移行する時のテンポの速さもね、PSP版の方が速くなってるんですよ。
戦闘中のキャラの行動とか、術のアニメーションなんかもオリジナルよりPSP版は速くなってます。
なので戦闘中のテンポもすごい軽快になってるんですよね。
これ、私PSP版遊んだ後にビータでPSオリジナル版を遊んだんですね。
ビータでダウンロードで今でも買えるんですけど、これがPS版のオリジナルなんですよ。
それを遊んでみたら、UMDのPSP版より遅いというか、PSP版がかなり速くなってるんですけど。
そんな感じでね、結構快適度が違ったりするんで、
メニュー画面のアイテム表示とか並び替えもしやすくなってたりとかね、
本当に細かいところまで調整されてるんで、
もし今遊ぶのであれば、PS4、PS5でダウンロードで購入できるPSP版の方がおすすめだと思います。
なるほど。
ただ、オリジナルの方も非常に味があって、いいゲームだと私は思ってるんで、
比較したことがない人には全然わからないと思いますんで、
どちらでも興味ある方は遊んでいただけたらなと思います。
はい。
ということでね、ちょっとオープニングで長々説明してしまいましたけど、
本編の方ではね、増田翔司さんと俺しかがどうやって作られたのかという話をしていきたいと思います。
それでは今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回は作った人の話をしようかなと思ってるんですが、
その前にもうちょっとだけゲームに関係する部分と増田翔司さんらしさがわかる部分としてですね、
俺しかのPS版の説明書の話をしたいんですけど、
これ何人かの方がね、コメントですでに送ってくださってるんですけど、
このPS版の俺しかの説明書っていうのがかなり特殊で、
まずページ数、説明書のページ数が136ページあります。
ご存知の通り、プレステの説明書って結構ペラペラなんですよ。
この俺しかの説明書はもうほとんど本です。
何が書いてあるかというと、ゲーム内容が充実してるから説明することも多いからということであるんですが、
まずページ開くと最初にご挨拶ということで、増田さんの挨拶から始まってですね、
そこには、この俺しかでは調整期間が結構取れたので、
その合間に時間を見つけて今回は解説書を全部自分で書いてみました。
なので普通の解説書に比べて行き届かない点も多々あると思いますが、
多めに見てくださいって書かれてます。
そうなんです。この説明書、ゲームデザイナーの増田さんが全て書かれてます。
珍しいですね。
珍しいなんてもんじゃないですよ。
なので、ゲームの遊び方を説明するだけじゃなくてですね、
ゲームを作った方ならではの面白おかしく解説する内容となってるんですね。
説明だけじゃなくて、うまく遊ぶコツとか開発裏話なんかも書かれてまして、
純粋に読み物としても楽しめるくらい面白い内容になってるんですよ。
その一例というか一部分紹介しますと、例えば準備っていう項目があるんですよ。
これゲームする前の準備のところね。
そこに書いてある内容を紹介しますと、
タイトルが出たら、花、花、どんな花、なんだかいい感じの歌が聞こえてると思います。
花というオレシカの主題歌です。
まぁ後ほどゆっくりお聞かせします。
今回は次の操作へ行きましょう。
どのボタンでもいいです。適当に押してください。
いくつかメニューが出ました。
で、実はその後Next King恋の千年王国っていう恋愛シミュレーションボードゲームRPGっていうものも作られてます。
これ1997年のプレイステーションで発売されてるんですけど。
これが時メモから発送されたというか作られたみたいで。
もちろん私遊んだんですけど。
かなり独特のゲームです。
本当に恋愛シミュレーションボードゲームRPGってそのままのゲームですね。
全然くっつかないものがくっついてるもんね。
ボードゲームっていうところでいくとカプコンの虹色蝶の奇跡みたいなもんだと思ってください。
あんな感じでマスを進んでいって時メモみたいな恋愛シミュレーションがあってキャラも成長していくというゲームです。
非常に増田さんらしい恋愛シミュレーションになってると思いますこれはね。
あとはプレス2だと暴れん坊プリンセスっていうのが2001年に出てまして。
2004年には我が竜を見よ。
2005年にはゲームボーイアドバンスでテイルズオブザワールドなりきりダンジョン3。
こちらも増田さんが関わられてます。
そうなんだ3はやってるんだ。
2007年にはアイアプリで勇者死すというゲームも作られてます。
ありましたね。
こういう感じでたくさん関わられててどれもご存じの方からすると印象深いゲームではあるんですが。
この増田さんの生い立ちというか。
ゲームを作り出してからの話っていうのは結構語られてると思うんですが。
この幼少期というかね。
幼少期から就職するまでのところも非常に興味深くてですね。
紹介したいと思うんですけど。
増田さんは1960年生まれで。
生まれは兵庫県の姫路市だそうです。
ただそこに住んでたのは5歳まで。
10歳の時に大阪万博を経験されてます。
ああ、そうか。
今やってるね、万博じゃなくてその前のですね。
太陽の塔が有名なね、あの大阪万博を経験されてます。
で、この万博っていうのがですね、増田さんにとってデザインというものを意識した大きな経験になったそうです。
で、学業についてはですね。
ご自身で自慢されてましたがIQが非常に高いそうで。
学生時代の成績はね、真ん中より少しいいくらいだったそうですが。
そのせいで担任からあなたはもっとできるはずと言われ続けて。
それが苦痛で勉強嫌いの怠け者になったそうです。
だからできるけどしなかったみたいですね。
ただこの学生時代に身についた目的を達成するために一番楽できるシンプルな方法。
つまりその効率の良い方法から考える怠け癖っていうのは後の膨大なデータを作成するゲームデザイナーには必要な資質だったと思うと。
おっしゃられてます。
で、高校生の頃は京都の高校に通われてまして。
通学路に神社とか国の重要文化財があったりしたそうなんですよね。
そういうことか。
そうなんです。この時の経験が後の天外魔教2とかオレシカにつながる和風の世界観を持つゲームの企画につながっている気がするとご自身で言われてます。
万博をやった会社っていうのは子供の時の感想ですけど。
万博に関わってた会社もあって、そこにも入りたいからって入社試験を受けてたそうなんですけど。
実技試験に遅刻したら落とされたそうで。
それを今でも後悔していると言われてました。
だからもしここで遅刻してなかったら、ゲームは作られてなかったと。
ただ、もしかしたら今の大阪万博で松田さんの名前があったかもしれない。
ここまでが社会人になるまでのお話。
ここから先は社会人になってからゲームクリエイターになるまでの話なんですけど、ここも非常にドラマチックで。
デザイナーとして広告会社に入社したそうなんですけど、配属されたのがなぜかマーケティング部門と。
そういうところで。
こういうのも会社ではよくありますけど。
希望したところに行けないなんてね。
配属されてしばらくはマーケティングの基礎講座の研修に数ヶ月行かされてたそうです。
これが退屈な授業でね。
いつもの自分ならサボるところだったそうなんですが、たまたま隣にすごい美人が座ってたので真面目に通ったそうです。
そしてその美人が今の奥さんだということです。
その後入社して4年後にやっとクリエイティブ部門に配属されて、新規クライアントの広告担当をされていたそうなんですよ。
その当時ね、よくわからないクライアントとして突如台頭してきたのがゲームメーカーだったそうなんですよ。
それまでっておそらくテレビ局とか雑誌とか、普通の企業ね、いわゆる大手企業とかがクライアントだったのが、
なんかゲームメーカーっていう人らが依頼してくるぞと。なんだこれはと思ったみたいなやつね。
ただ、増田さんが当時所属してた広告会社はキャラクタービジネスに力を入れてるわけでもなく、小学生向けの雑誌に強いわけでもなかったので、
ゲームメーカーへ対してのアプローチが他の広告会社に比べて遅れてたそうなんですよ。
そこで営業が考えたのが、オリジナルの企画を提案して、それをきっかけにして広告の仕事をもらおうという作戦だったそうなんですよね。
要するに、ゲーム会社にオリジナルの企画を考えて持って行って、これの広告の仕事でくださいと。すごくないですか。
まわりくどいな。
まわりくどいというか、自分で仕事を作って取りに行くというね。で、その無謀なと増田さんは言われてます。
作戦を営業から任されていたのが、たまたま増田さんの隣の席の先輩社員だったそうなんですよ。
その人は当時、少年ジャンプの読者ページで人気だった佐久間明さんの大学の後輩だったそうなんですよ。
そしてこのつながりで佐久間さんにゲームの企画を発注するそうです。
この時、佐久間さんが考えた企画が、後にファミコンで大ヒットする桃太郎伝説だったんですよ。
でその能力が広告の仕事にも活かされてたんじゃないかなと思うんですけど。
なるほどなるほど。
その面白く物を売るというか。
はいはいはい。確かに。
その興味を持たせるっていうことに特化してたんじゃないかなって思います。
そうそう。売るっていうか作り上げるというか。
そうですよね。
いつまでも作ってられないっていう意識は最初からあるわけじゃないですか。
間に合わせるっていうのともちょっと違うと思うんですけど、しっかり物として売り物として完成させるっていう場合のかな。
そうですね。だから非常にその変わった経歴ではありますが、その途中途中で片鱗は見えてるわけでしょ。その戦闘史を作れたりとか。
この辺りは知識とか経験もあると思いますけどやっぱりセンスとか資質の部分は大きいと思いますんで。
そうですよね。
やっぱりそういうゲーム作りというのに向いてた方だったんじゃないかなと私は思うんですけど。
だからもうこのゲームデザイナーになるまでだけでもねもうドラマ化できるぐらいのね面白いお話なんですけど。
Days of Life with Games. Bright Big Brothers.
じゃあ俺の屍を越えてけっていうゲームがどういうふうにできたかという話なんですけど。
このオレシカの構想を練っていた期間っていうのが天外魔鏡2の作り終わる頃の91年くらいだそうです。
時期的にはリンダキューブの企画と並行して考えてたそうで、企画の完成もリンダキューブとオレシカってほぼ同時だったそうなんですけど。
リンダの方が先に完成した理由がありまして、これがですねその頃本屋さんに行くと動物関係の資料が山積みになってたんですって。
しかもねちょうど希少動物保護年間だったそうで。
だからリンダの方先やろうってなったそうです。
だからもしその時に遺伝関係の方が山積みだったら先にオレシカが完成してたかもって冗談で言われてました。
遺伝関係の方が山積みになる世界線は多分ないと思う。
おもしろいですね。
だからきっかけがこういうことだったんだよって話をされたんですけど。
リンダキューブのテーマの一つっていうのが種の存続をかけての戦いっていうのがあって。
リンダを考えた頃っていうのが増田さんの奥様が妊娠されてお腹が日々大きくなっていくっていうのを見てたんですよ。
でオレシカは生まれてきた子供を見ながら考えた。
これはご自身の感じたことだけじゃなくてその増田さんのご両親。
つまりお子さんからするとおじいちゃんおばあちゃんの喜び方を見てオレシカのアイディアにつながったということなんですけど。
どういうことかっていうとね増田さんの家系ってね皆さんクールな人たちなんですって。
増田さんも結構クールな方なんで皆さんそういう感じなんだなっていうふうに思ったんですが。
でその普段クールなご両親が孫が生まれてめちゃくちゃ喜んでると。
これはなぜなんだと増田さん思ったそうなんですよ。
でもうそれが気になってその理由を自分なりに分析したそうなんですよね。
でこういうところを突き詰めて考えていくところがねさすがだなと思うんですけど。
ご自身でね自分は分析癖があるっておっしゃってます。
でもそんな感じするでしょ。
何か一つのことについてすごく考えられるんですよ。
これはなぜこうなってるんだろうっていうふうにすぐ考えられるらしくて。
やっぱりこのあたりも賢さというかのIQの高さがわかりますよね。
そうですね。
でそのご自身のご両親が孫のこと喜んでるということについて考えて出た答えっていうのが。
子供とか孫とか特に非孫とかはそれを見ることによって自分が生きてやってきたことが肯定的に捉えられるんではないかと。
つまりその自分の人生はそれなりに意味があったんだなと実感できているんではないかというふうに分析したそうなんですよ。
でその時に増田さんはですねご自身が非孫の顔を見て前向きに捉えることができるかって考えたんです。
すると自分の最初の子供が33歳の時の子供だから単純に自分の子供も33歳で子供を産むとすると増田さんは66歳となると孫を見ることあっても99歳で非孫を見ることはないなと思ったそうなんですよね。
ということは自分はそういう喜びを体験できないんだと。でも体験したいぞとそう思ったそうなんです。
そこで世代交代していくこと自体をゲームのメインの面白さにしたらどうかなと思ったそうなんですね。
ただこの世代交代っていうのはネタとしては普遍的なものじゃないですか。
普遍的だからこそ目新しくないからみんながあまりやってないと。人間の営みとしては当たり前じゃないですか世代交代って。
それに比べたらファンタジーな存在しない生き物とかが出てくる世界観とかの方が新鮮なわけで。
この世代交代っていうのはあんまりみんなやってないけど楽しみの見つけ方としてはありじゃないかなと思われたんですね。
みんながやってないからダメだというふうにはならなかったんですよ。
そこをさらに広げていくんですけどこういう経緯があったので増田さんはですね。
俺しかはひまごの顔が見たいぞシミュレーターなんだと言われてます。
なるほどね。
このシミュレーターっていう言葉についてはね増田さんは自分が作っているゲームはシミュレーターであるって言われてるんですよ。
やっぱりそういう感覚はあるんですね。
そうなんです。これは俺しかに限らずなんですよ。増田さんが作っているゲームの根本的な考え方はシミュレーターであると。
そうですよね。
これはそのいわゆる大戦略とか三国志とかそういう意味のシミュレーターじゃなくて。
増田さん曰くシミュレーターっていうのはその世界に入って何らかの擬似体験をする。
でもそのシステムが完璧に作られているとなかなか戻ってこられない。
それによって実生活に支障があるとまずい。
ゲームはあくまでもおもちゃなんだからって考えられてるそうで。
なので増田さんの作るゲームにはあえて現実に引き戻すような演出とか仕組みが入れてあるんですよね。
これね増田さんのゲーム遊んだことある人ならそういうことかって納得できるんですよすごく。
確かに所々メタな演出や仕組みっていうのがあるんですよ。
オレシカでいうとイチカがサラリーマンとか言ったりするわけですよこっちの世界って。
これって私は増田さんのセンスというかユーザーを楽しませるためにやってるんだと思ったんですけどそれだけじゃなかったんですね。
なるほど僕は時代的なノリなのかなと思ってました正直。
販売時期とかそういうことじゃなくて増田さんが影響を受けた時代。
なるほどね。確かに増田さんが影響を受けた時代の漫画とかってメタ的表現とかありましたもんね。
そうそう今とは違うメタ表現。代表的なので僕がイメージするのはカメセリンがもうちょっと続く。
あれわかりやすいですね。
あれってあの時代のメタじゃないですか冗談というか。
もっと前で言うと手塚治虫はよくやってましたよね。
やってましたね。
画面のこっちに向かって話しかけてる。
そうそうそうそう。そういうのが盛んだった頃にいろんな影響を受けてる世代なのかなっていう。
表面的に見るとそういうものと同じことですよね。
さくまさんの作風にもちょっとそれ感じるんですよね。
さくまさんもそうですね。だからそこにはそのいろんな意味があると思うんですよ。
ユーザーを当然楽しませるっていうこともあるし、こうした方が面白いだろうっていう本人のそのセンスもあるし。
ゲームをゲームとして捉えてる。最後まで捉えてる。その漫画を漫画として捉えてるっていうのもなんかすごく納得いけますね。
そうですね。
どっちもそうだと思うんですよ。今のメタと違うっていうのはそういうことで。
今のメタってその現実のよその流行りものを引っ張ってくるっていうメタじゃないですか。
そうですね。
それで面白さに厚みをつけるっていうやり方だけど、鳥山先生とかさくまさんとか増田さんのっていうのはあくまでもゲームですから、あくまでも漫画ですからっていうのが本人たちの根底にあるっていう感じがすごく納得できますね。
そうですね。これってでも最近これやると結構非難される作品多いですよね。
冷めるとか言いますよね。
そうそうそうそう。
この辺りは好みもあるのかな。時代もあるとは思うけど。ただこの増田さんは言われてるように、現実に引き戻すための演出としても入れているということで、なんとなくセンスで入れてるわけじゃないということでね。
なるほどね。
こういう話聞いてると私本当にすごいなと思うんですよね。これを言語化できてるっていうのがすごいなと思って。
そこですよね。
すごく冷静に自分がやってることを見られてるなと。これって多分いろんなクリエイターの人が無意識でやってて説明しにくいことだと思うんですけど、こうやってちゃんと理由があってこういうことしてるんですって言えるというのはやはり頭の回転が早いのかなという気はするんですけどね。
増田さんとかってそのやりたいことがいっぱいあって逆接着に効率化していきたいなって思ってるんでしょうね。
そうですねだから何か一つのことについて考えるっていうのはどちらかっていうとその学者とか研究者の発想だと思うんですよね。
そうですよね。
だからまあ普段ゲーム遊ばないって言われてるじゃないですか。
だからこれって面白いゲームを作るためにはたくさんのゲーム遊ばなければならないっていうことを信奉してる人からするともう邪教みたいなもんなんですけど。
そうですね。
ゲームほとんど遊んでないんでなんでこんな面白いゲーム作れるんだっていうことなんですけどでもそれは研究してるからなんですよゲームをねちゃんと。
そうですね。
その量より質なんですよ。
分かります。
100本のゲームから研究するより1本のドラクエっていうそのすごくよくできたゲームを研究することで面白さっていうのがどういうことかとかを研究してるからこういうことができてるわけですよ。
なんかすごく深く潜ってる。
うん。
すごく普通の人が考えない細かいとこまで考えてて。
でなぜこれはこういうメッセージを出してるんだろうとかなぜこういうことさせるんだろうというとこを考えてってるんですよね。
うんうんうん。
で決してそのゲーム遊ばないからゲームが嫌いというわけじゃないんですよ。
おそらく増田さんやっぱゲーム楽しいものは楽しいって感じてるし。
じゃあなかったらやっぱこんなもの作れないと思うんで。
そうですね。
こういう結果が欲しいからやってるっていうだけじゃないと思うんですよねやっぱり。
うんうんうん。
だからね私もこの辺のドライかつスマートな考え方っていうのが本当増田さんのゲームらしさっていうかそういうとこに出ててもうすごく好きですし本当素晴らしいなと思うんですよね。
うんうん。
でね今まではその俺しかの話だったんですがここからはその増田さんのゲームの作り方という話をしたいんですけど。
これ非常に今話したみたいに増田さんのゲームの作り方って合理的でシステマチックなんですよ。
はい。
論理的にちゃんと話を進めてって作ると。
うん。
でここからはですね増田さんのゲーム作りの発想や考え方をまとめた本というのがありまして。
うん。
ゲームデザインの増田生二の発想と技っていう2010年に発刊された本があるんですけど。
こちらにはね増田さんがこれまで関わったゲームについての開発過程の話とかたっぷり書かれてまして。
これが俺しかの説明書と同じくね増田さん独特の文体で書かれてて非常に読みやすくて面白くて何度も読み返すぐらい私大好きな本なんですけど。
ここからはねそこに書かれている内容元に話していきたいと思うんですが。
増田さんは自身のおまかなゲーム制作の流れについてまずやりたいこと。
うん。
俺しかの場合は世代交代による感動の再現なんですけど。
うん。
まずやりたいことがあって次にそれを具体的に表現できるシステムを考えてその後にそのシステムを不自然に見せない設定を作って。
最後に設定に合うシナリオやキャラクターを過不足なく追加するという風に作られるそうなんですね。
でこれ一般的な人はキャラクターとかシナリオが先じゃないのと思われると思うんですよ。
でも増田さんは完成形ではシナリオとかキャラクターが目立つからそれを最初に考えると勘違いしている人が多いと思うんですけど自分の場合は逆のことがほとんどですとおっしゃってます。
これもう増田さんのゲームをご存知な方なら非常に納得できる。
でも知らない人が先に設定とキャラ考えたんじゃないのって思うぐらいその後に足したキャラクターとかシナリオが合ってるわけですよちゃんと。
合うようにお話の方を考えてるわけですから。
でもそれを遊ぶ側には感じさせないというところもすごいと思うんですよね。
これ無理やり後付けした設定やんって思うじゃないですか下手やと。
だから設定に合うシナリオやキャラクターを過不足なく追加するというところが最後に重要なんですよね。
でこのオレシカを制作していた頃の増田さんっていうのはシステムでシナリオを凌駕するドラマを生成できないだろうかということに挑戦してたそうなんです。
わかります。
すごいがてないく。
分かったでしょ。
この時に増田さんが選んだドラマっていうのが親の仇を子供が討つっていうものだったんです。
なので実際に行った作業っていうのは親の仇を子供が討つという状況がゲームの中で起きやすいシステムとバランスの構築だったそうです。
もうこの発想ですよね。
そうやってね言葉にするとそうかって思いそうだけどできないですって。
できないんです。
めちゃくちゃふわっとしたことをさも当たり前のような言語化してますよそれ。
そうこれすごいでしょ。
おかしいですよそれ。
騙されちゃいけない。
おかしいってそれは。
でその状況が起きやすいシステムとバランスの構築についても本に書かれてるんですけど、いくつか書かれてる中からわかりやすい具体例一つ紹介します。
世代交代がテーマのゲームにおける戦闘の意味とは何かという問いに対して増田さんは戦闘という部品にもまた世代交代というテーマをプレイヤーに感じさせるものでなくてはならないと。
具体的に言うとオレシカの戦闘は子供の成長を見守る場であるということなんです。
なるほどなるほど。
オレシカはゲームの性質上パーティーの中に偉人だったり成長中の弱いキャラがいるんですね。
で弱いキャラは体力が低く周りが気を使ってやらないとまともに戦闘では活躍できないんです。
そこでオレシカには戦闘時に前列後列っていう配置が作られたんですね。
前列は狙われやすくてダメージが大きくて後列は狙われにくくてダメージも少ないと。
となると当然ながらプレイヤーは弱い子供を後列に体力のある年長者を前列に配置しますよね。
そうなりますね。
さらに前列のキャラはカバウというコマンドで後列のキャラへの攻撃ダメージを受けることができるようにしたと。
前列の年長者は後列の子供より先に死にますがその頃には後列にいた子供が成長して大人となって前列で次の子供を守るようになるというサイクルが自然とできるようになっていると。
だって映画はシナリオがあることでストーリーを伝えるものじゃないですか。
よくグラフィックレベルが上がった時にゲームが映画みたいになったって言われましたけど、私はあの時の言葉があんまりピンとこなかったんですよ。
私はゲームと映画は全然違うと思ってたんで、ゲームでしか得られないものがあるじゃないかと。
ゲームは自分で操作してるし見てるだけの映画とは違うじゃないかっていうふうにちょっとモヤモヤしてたものがあったんですよ。
だから私この部分を読んだ時に非常に衝撃を受けたんですよ。
家庭用ゲームがファミコンからプレステに移行していって、2Dから3Dに表現が変わってゲームの容量や表現力が大きくなった時にですね、自分が感じてた違和感これだったんだって理解したんですよね。
ファミコンの頃ってグラフィックエンスはチープだったのにドラマを感じてた気がするんだけど、プレステ以降のゲームはグラフィックエンスはパワーアップしたはずなのに昔ほどドラマを感じなかったことの答えがこれだったんだってわかったんです。
ファミコンの頃のゲームっていうのはシナリオとかグラフィックでドラマを表現できなかった分、ゲームシステムでプレイヤーがドラマを感じられてたんですよ。
そうですね。
だからそうするしかなかった。つまり増田さんが言われていることがハードの制約とかのせいで自然と実践されてたんですよこれ。
知ってか知らずかね作る方が。表現したいけどできないからこうしたら感じられるんじゃないかっていうこと。
だから増田さんがこの俺しか出会ったようなことを自然とやってたんです昔のクリエイターの方は。
ところがプレステ以降のゲームはハードスペックが格段に上がったことで表現できることは増えてシナリオ自体をメインで見せることも簡単にできるようになったんですけど、その反面シナリオがたりがメインになってゲームシステムがそれを補助するだけっていうゲームが増えた気がしてたんです。
だから私がファミコンからプレステ以降した時にちょっと違和感感じてたのがこれだったんですよ。
で、PS以降のゲームに対してよく使われるようになった表現として映画のようなゲームっていう言葉があるんですけど。
これって場合によっては詳細になる言葉なのかもしれないんですけど、個人的にはそんなゲームってゲームである必要があるのかっていう部分にすごい疑問を感じてたんですね。
それは僕も全く一緒で、その強調が強いほど興味を失ってましたけど。
わかります。
端的に言うと、遊びたい、面白い、もっと動かしたいっていう時にムービー挟まれて3分とか待たされるのが嫌だったんです。
わかります。
わかりやすく言うとそうですよね。
でもゲームをあまりしたことがない人にとってあれはそうじゃなかったんですよ。
こういうもんだと思ったわけです。
我々はファミコンから遊んでるから、あれ?なんか操作できないぞと。
でもプレイステーションから始めた人たちからしたら不思議ではなかったんです。
こういうもんだと。
で、松田さんが言ってたゲームというメディアはシナリオを用いずともシステムやバランスでテーマを語ることができるっていうこの言葉はこの本の中で繰り返し出てくるんですよ。
プレステ以降で言うと塊魂とか新三国無双とか。
確かに。
新三国無双なんかもかなりメインテーマが一気当選させたいと。
一体多数させたいっていうところに三国志っていうものを乗っけてきて何の違和感もないと。
確かに。
こういう感じで私が好きなゲームにはこのシステムやバランスでテーマを語ってるものが多いなと思って。
新たに。
そういうシナリオじゃなくてシステムやバランスでテーマを語ってるゲームっていうのはやっぱりそのゲームでしか味わえない楽しさ、遊びがあるからこそ、
時代を越えていつ遊んでも色褪せることなく面白いんだと思うんですよ。
風化しないというか。
だから俺しかも時々思い出して遊んだりするんですけどやっぱ楽しいんですよね。
古いゲームで当時好きだったゲームって懐かしいっていう感情で美化されることも多いと思うんですけど、
俺しかは全然懐かしいだけじゃなくて、いつ遊んでもやっぱり面白いなと。
決して時代に流されないオリジナリティのあるゲームだけが持つ魅力を感じさせてくれるタイトルだなと思ってまして。
その辺りのことを松田さんのゲームデザインの本を読んだ時にビタッとハマって、
なるほどなとこういうコンセプトで作ったからああいうものができてこう感じるんだっていうのがすごく腑に落ちたんですよね。
今回お話の元になった情報とかエピソードは、
この2010年に技術評論社というところから出版されたゲームデザインの松田翔二の発想と技っていう本の内容から紹介させていただいたんですけど、
この本自体が本当に面白い本で、私ももう繰り返し読んで結構ボロボロになってきてるんですけど、
今回紹介した俺しか以外にも松田さんが関わったタイトルについてお話たくさん書かれてまして、
もちろんリンダキューブについてももうちょっと詳しく書かれてますし、
あとねこれ前ドラクエの時にも話したと思うんですけど、
ドラクエの主力のメッセージはこういう意味があるんだよという解析されてた。
ありましたね。
ここ読むだけでも読む価値ありますよ本当に。
ただの屍のようだ。
そう、返事がないただの屍のようだっていうこの2行に何が含まれてるかっていうね。
こんな文章はなかなか書けないっていうのを松田さんが分析されてまして。
だからそこも普通なんかいいねってなってふわっと通り過ぎるんですよ。
だからそこが松田さんの癖のいいとこですよね。
そうです。
その2行なんでいいんだろうどういう良さだろうっていうのを考えたってことですもんね。
そうです。
普通考えないんですよ。
通り過ぎて今の時代だと単なネットミームになって終わるだけなんですよ。
消費しちゃうんですよ。
そうなんすよね。
だから松田さんは考えて自分なりの答えを出して自分の糧にしてるってことですよね。
そうです。
もうこの返事がないただの屍のようだを解説するだけで3ページ使ってますから。
最高ですね。
本当にねこの本面白くて。
あとねテレビゲームとは何かっていうのとかね。
思考のレッスンとか。
あとねこれ長谷川さん興味あると思うけど神経衰弱とババ抜きの比較。
へー面白い。
神経衰弱と藤子不二雄作品っていうのが同じ項目で並んでるんですよ。
へー面白い。
共通点があるんですこれ。
面白いでしょ。
これ本当にね。
面白い。
すごくいい本なんで。
ゲームね作るとかそういうんじゃなくゲーム自体に興味ある人とか。
松田さんの作品に興味ある方なんかもぜひ読んでほしい一冊なんですよ。
私にとってその面白いゲーム作る人がゲームを作る時にどういう発想で具体的にどう作ってるのかっていうことが。
詳細に楽しく読める最高の一冊だと思ってますんで。
ある意味さっき長谷川さんが言ったみたいに真似できないことをされてはいるんですけど。
その参考にできるところもたくさんあるんで。
ちゃんと発想としてね。
まずはそのメインのとこ考えてから作るとかそういう作り方とか。
あとはその項目としてね100円ショップの話っていうのがあって。
100円ショップはどこが面白いんだろうということを分析されてるんですよ。
これが100円という驚き。
これもあれも100円でも両方はいらないどっちにしようという高額商品の場合と違う軽く迷う楽しみ。
そっか100円だとこの量ねとかこの機能を削ったのかなるほどとか商品企画者の思い切りの良さに対する関心。
これどうやれば100円で売れるんだとあれこれ推理する楽しみ。
これ今はいらないけど次に来た時にはないかもという妙な焦り。
確かに1回しか使わないんだしこれで十分かという価値の発見っていうふうにザーッと挙げられるんですよ。
でここからじゃあこの100円ショップをゲームの中に入れるとどうなるかと。
ゲーム中に100円ショップがある。
いやいっそ店は100円ショップしかないというゲームを想像してみよう。
普通のゲームなら店のメニューにさまざまな値段のアイテムが並んでておおよその値段と機能が比例してると。
確かにね。
でもこれが100円ショップだけで今までのアイテムをカバーするとなると強引なセット販売やあえてデメリットを開示することで100円に揃えることになるだろう。
例えばこんな感じ。
ちなみに例はデタラメだって書いてますけど。
攻撃力20の剣ただし100回に1度壊れる。
攻撃力30の剣ただし50回に1度壊れる。
攻撃力50の剣ただし10回に1度壊れる。
攻撃力50の剣B。
20%の確率で装備者自身にダメージっていう風に。
この店で売ってるのは全て100円で買えるけど効果がこれだけ違うと。
こういう風にすれば面白くなるんじゃないかっていう。
そうですね。100円ショップの視点でゲームに落とし込むっていう意味ではすごくがてんがいくことを考えられてますね。
こういう発想だということ言われてるんですね。
そうですね。値段っていう高額を支払って手に入れるっていう高いっていうデメリットの部分が100円っていう統一でなくなった分別のとこにデメリットを据える必要があるって話ですよね。
それをどう表現するかっていう一例として今挙げたわけですけど、この発想だなと思ったんですよ。
自分はRPG作る時に位置から考えてるっていうのはこういうことなんですよね。
武器屋に行けば進む街によってだんだん強くなって値段が上がっていくっていうのは当たり前ですけど、
じゃあ自分が今やろうとしてるゲームはそれでいいのかって考えるってことなんですね。
今回自分が作ろうとするゲームはこのやり方が面白いのかなと立ち止まって考えるってことですね。
他がやってるからとかこれでいいかとかそういうことじゃないと。
これが増田さんにとっては別にこだわりじゃないんですよ。
自然なことなんですよ。
そう考えること。だからあれだけ我々からすると斬新で独創的なものに見えると。
でもご本人は別にそんな大したことしてないよということでですね。
なのでこういう方がこういうふうに考えて作られてるんだなというのを知ると改めて
俺の屍を越えて行けとかリンダキューブっていうゲームが
ただの斬新でセンセーショナルでインパクトがあるだけのものじゃなかったんだよと。
だからこれだけ長く売れ続けてるし好きな人もいるんだよというところを納得していただけるかなと思うんですが。
長谷川さんにもだいぶ理解していただけたかなと思うんですけど。
いやもうすごく面白い回に俺しか回3回ちょっと変則的なねゲームについて2回話して作者さんについて1回話すって変わった内容でしたけど
すごく面白かったなと思うしBBブロスらしい側面の一つの回だったなと思いますね。
そうですね。今回俺しかに関してはやっぱりこの増田翔司さんのことを話さないわけにはいかないんですよね。
そうですね。まあまあ特に川崎さんの中ではそうっていう感じも3回全部聞いて思ったし
僕1回目聞いた時に川崎さんにしてはストーリー結構話すなと思って聞いてたんですよ。
こと細かにね。だけど終わってみればまあ必要だったっていうのもわかったし同時にかなり長い尺の中でストーリーについて話す配分を考えるとBBブロスだなって思いました。
結局あんまり比率で言ったらストーリーのこと何喋ってねえなっていうぐらいにね結果的になったので。
そこはいつも通りだったなと思いましたね。
だから今回の構成としては実は増田さんがゲーム作る順番の逆に紹介してたってことですね。