栃木、新潟、沖縄という離れたところでたまたま同じような仕事をしている同世代のおっさんたちの場末の会話。今回はAppleの互換機ビジネスと暗黒時代を振り返ります。IBMやモトローラと組んだ連合プロジェクトやPowerPCの登場、そして業績打開のために解禁した「Mac OSのライセンス供与(互換機ビジネス)」。安価でカスタマイズ可能な他社製互換機がApple純正Macのシェアを喰ってしまう「カニバリズム(共食い)」が発生し、市場拡大どころか自らの首を絞めて身売り話まで浮上する事態におっさんたちは歴史の皮肉を感じるのでした。
※うろ覚えで徒然なるままに話しています。不正確な情報も多々ありますが、場末のおっさんの話としてご容赦ください。
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サマリー
Appleが現在の輝かしい時代に至る前の経緯を振り返り、Newtonや子会社General Magicの商業的失敗と、その技術が後のモバイル分野につながったことを話します。続いて、IBM・Apple・Motorolaの連合構想やPowerPCへの移行、当時のMac OSの不安定さを取り上げます。1994年に始まったMac OS互換機ビジネスでは、安価でカスタマイズ可能な他社製品が登場した一方、Apple純正Macの売上を奪うカニバリズムが起き、市場シェアは広がりませんでした。後半では、経営危機に陥ったAppleの身売り話を扱うと予告します。
Appleの過去とNewton・General Magic
時間や社会にとらわれず、雑談をするとき、 つかのま、おっさんたちは自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わず物を語るという行為。 この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒しと言えるのである。
場末のラジオ シーズン4
はい、場末のラジオでございます。 今回もこの3人でお送りいたします。 はっしーです。
はい、佐藤さんです。 はい、小蔵さんです。みんなよろしくね。
はい、よろしくお願いしまーす。 お願いしまーす。 ありがとうございまーす。
はい、今回はですね、はっしーPresents
続々Appleを語ろうということで、 浅い知識で語ろうシリーズですね。
えー、これまで2回Appleの
今の輝かしいAppleの前を振り返ってきましたけども、 前回どこまでやったのかと。
そうね。 いうことですけども、おさらいとしてはですね。
まあ、Appleという会社をSteve JobsとSteve Wozniakが作りまして、
その後、LISAというコンピューターを作ってたところ、 Jobsが追い出されて、
Jobsが乗っ取ったんですね。
乗っ取った。
ですけども、
ちょっと方向性が違うと。 マッキントッシュを作りましたと。
マッキントッシュを作ったんだけど、これまた、 なんやかんやありまして、
もべまして、
自分が呼んできたCEOのジョン・スカリーに 追い出されるということで、
Jobsが去って、Wozniakも去って、 その後どうなったかということで、
ジョン・スカリーという人がですね、 一応頑張って、
DTPという市場をですね、
アドビートを組んでね、開いたということで、
その後、技術部門では、
フランス人のJean-Louis Gasséという人がですね、
無双してですね、高価格路線、高級、高精度、高価格路線を切り開いてですね、
最終的にはマッキントッシュポータブルというですね、
とてもポータブルとは思えないようなものを大発し、 商業的には落ち込みということで、
このGasséもアップルを辞め。
で、ジョン・スカリーが頑張ってですね、
ニュートンなんていうのをね、構想を作りましてですね、
PDAという分野をね、なかなかこの人結構大したもんじゃないかと。
ただペプシ売ってただけじゃねえなっていう感じで。 サトウミスばっかり売っててですね。
この人、要するに経営者なんですけど、技術屋じゃないですよね。
なんですけど、CTOっていうですね、もうGasséも辞めちゃったから、
最高技術責任者っていうのを兼任しちゃってたんですよね。
その辺からちょっと当時のアップルの混乱具合がわかるって感じです。
で、ニュートンOSを搭載したガジェットで、メッセージパッドというのを作りまして、
これが、実は前回言わなかったんですけど、シャープと共同開発したんですね。
ということで、後のザウルスの元になったわけですよね。
なるほど。
これがまた上手くいかなくてですね、初期のOSが手書き認識がちょっと弱いということで、
これがだんだん2.0になって改善されたんですけど、
ちょっと最初のイメージと、あとちょっと大きいとかね。
いろんなイメージが重なって、商業的には失敗すると。
そういったところまでが前回の流れだったんですけども。
で、ジョン・スカーリーは、実はニュートンの時にもう一つ、
ジョン・スカーリーがっていうわけでもないけど、アップルが子会社を作りました。
子会社?
ジェネラル・マジック社っていう会社を作りました。
略してGMってこと?
GMですけど、ジェネラル・モータースじゃないですね。
ジェネラル・モータースではないもんね。
ジェネラル・マジックっていう会社、これ子会社だったんですけども。
ここがですね、結構いろんなところから出資してて、
アメリカだとATMっていう、当時のナショナル、パラソニックですね。
松下デッキ、NTT、フィリプス、ソニー。
仮想像多分。
定検先にもですね、富士通、三菱、産業、大木、人柱、といった感じですね。
いろいろ大手じゃない?
結構当時のエレクトロニクスの言うか、名前を連ねてたんですけども。
で、ソニーがそれでマジックリンクっていう製品を発売したりしたんですよね。
要するにニュートンの技術を使ってっていうPDAの分野ですよね。
なんですけども、結局はこれも飛んだしちゃった。
ということなんですが、実はこの会社出身の人がですね、
Googleの幹部だった人とかですね。
アンドロイドを開発したアンディ・ルビンとかですね。
もちろんその後iPhoneの開発にも携わった人とかですね。
そういった人が、当時のジェネラル・マジックの動画みたいなのがYouTubeに上がってるんですけど、
そこに映ってる面々が、そうそうってある面々だと。
なるほど。
ということだったりして、商業的にはニュートンもジェネラル・マジックも失敗だったんですけども、
後々のね、今現在世界を席巻している技術の元にはなっていたと。
ということなんだね。
ということなんですよね。
そんな感じで頑張ってはいたんですが、やっぱりMacじゃないとダメだと。
なるほど。
ここのMacがですね、前回もお話したかもしれないんですけども、
マイクロソフトから手紙が届きましたですね。
マイクロソフトというかビル・ゲイツ個人からですね。
MacOSをライセンスしなさいと。
なるほど。
HPとかソニーとかもライセンスした方がいいよと。
それをもう手伝うのは、Windowsなんかもうやめてもいいから。
もう手伝うから。
そこだね。
ということだったんですけども、
そこはもうジャンル異合成が始めた技術人に猛反対を食らいましたですね。
これは流れたということで、マイクロソフトはWindowsの開発に邁進していくということになるんですね。
IBM・MotorolaとのPowerPC構想
そこに幻のプロジェクトが持ち上がりまして、
Motorolaという会社のCPUを使った。
もう一つですね、IBM。
IBMとはパソコンの分野では敵同士だったんですけども、
IBMとジョン・スカリーが交渉して、
IBMとAppleとMotorola、この3社を連合して新しいプラットフォームを作るという風に発表しました。
それはすごいね。
CPUにはMotorolaのパワーピーシーという32ビットのリスクCPUですね。
OSはその通り開発コードピンクって言ってたんですけど、
TargentというOSをAppleが開発し、みたいな感じだったんですけど、
そのOSの開発が難航しちゃって進まない。
本当はこれで新たなMacという形でやっていきたかったんですけど、
CPUが16ビットから32ビットに、今まで言う6、8系からパワーピーシーに世代交代するところだったので、
CPUが変わるのってOSとかって大変じゃないですか。
ところがAppleの技術者が休み中に開発した6、8系エミュレーターという、
パワーピーシーで6、8系のソフトが動くよみたいなエミュレーターを開発したら予想以上に出来が良くて。
これパワーピーシーでそのまま動くんじゃね?みたいな。
別にパワーピーシーで良くね?そのままMacOS動かせば良くね?みたいな感じになっちゃって。
そっちの方が手っ取り早いやってことで、パワーバッキントッシュというのを発表することになりました。
だから当時そのままシステム7というのを出したんですけど、
ちょうど僕がMacを使い始めた頃がこのOSなんですよ。
この時のイメージがMacといえば爆弾マークとか、すぐ固まるとか。
そういうイメージが今じゃ考えられないですけど。
とにかく不具合が多かったという。
今の現代のOSに搭載されているプリエンティブマルチタスクですね。
完全なマルチタスクとかメモリ保護。
他には影響しないみたいな。タスクマネージャーで切れば大丈夫みたいな。
そういうのもなくてですね。
もう1個捕まるとみんな道連れにされちゃうみたいな。
そういう感じだったので、もう大変でした。
互換機ビジネスとカニバリズム
という感じでなってたんですけども、いよいよもうちょっとこれはやらんといかんということで、
1994年についにMacOSのライセンスをすることができました。他社に。
ついに日本のみんなは色めき立ちました。
ついにソニーのマシンでMacが動くのか。
なるほどね。
パワーブックっていうノートパソコンをソニーが作ってたこともあったくらいなので、
これは期待が持てる。絶対ソニーは作るだろう。
いたりしたんですけども、実際蓋を開けてみたら、マイナーなPC企業がですね。
パワーコンピューティングとか、UMAXとかラディウスとか。
どちらかというと部品メーカー?
あと日本だとアキアっていう会社とか。
あとパイオニアも参入したんですよね。
しかもノートパソコンのライセンスは知らなかった。デスクトップだけだったんですよ。
デスクトップだけ?
そうなんだ。
デスクトップじゃソニーの良さ出ないじゃんみたいな感じ。
なるほどね。
ただ、互換機のメーカーが少し安く出したり。
あとパイオニアなんか面白かったのが、もう全面にスピーカーを搭載してね。
音の良いMacOSが欲しいみたいなのを出してたんですけど。
パワーコンピューティングなんかはビルドトゥオーダーで。
普通その当時はMacは売ってるものをそのまま完成品を売るだけだったんですけども。
自分でカスタマイズができるというところが受けて。
何が起きたかというと、結果Appleの純正Macの売り上げが下がって、互換機の売り上げが上がるみたいだった。
結局OS間で言うとカニワリズムが起きてるだけで、シェアは広がっていかなかったんですね。
なるほどね。
ということで、互換機ビジネスは失敗だという感じではありました。
だって94年ってWindowsの95も出てないんですよね。
出てないですね。3.1でいよいよ95が出るんじゃね?みたいな感じで。
まだ3.1で、プログラムマレージャーとかやってた時代ですね。
デスクトップの概念もなかった時代ですけど、Macは完全にデスクトップファインダーというデスクトップ。
すごい売れそうな気がしたけど、そうでもなかったんだね。
だから価格もあるし、圧倒的にやっぱり…
そうですよね。元々のMSドスベースのシェアがすごかったですからね。
まだあの当時だと、日本国内の98がまだ…
日本国内で見ると98が強かったです。
そっか。なるほどね。
だから僕は98とかを見ていて、Macがちょっと違うパソコンっぽいなって。
というのでちょっと興味を持ったというところがあります。
なるほど。なんか面白いね。三戸萌えっぽくて、こういうのね。
揺らぐAppleと身売り話の予告
そうですね。三戸萌えと言えばですけど、実際で見るともうAppleは結構ガタガタの状態で。
ああ、そっか。
ここからちょっともう、いかにAppleの株を高く売るか。見売りするか。
見売りの話になるわけですね。
そういう風になっていくわけですね。
ということで、とりあえず前半はこの辺で。
後半は、どんな見売り話があったのかと。
痛いな、本当に。
はい、ということで前半はこの辺で。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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