栃木、新潟、沖縄という離れたところでたまたま同じような仕事をしている同世代のおっさんたちの場末の会話。今回は「Apple」をテーマにはっしーが語ります。今の輝かしい姿からは想像もつかない、基盤むき出しのApple Iから始まった物語。伝説の「1984」CMやゼロックスから着想を得たGUIなど、ジョブズのこだわりと暴走(?)に翻弄される開発現場の裏側、そして個性あふれる登場人物に想いを馳せるおっさんたちなのでした。
※うろ覚えで徒然なるままに話しています。不正確な情報も多々ありますが、場末のおっさんの話としてご容赦ください。
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
本エピソードでは、パーソナリティのはっしーが、Macユーザー歴40年の知識を元に、Apple社の黎明期について語ります。スティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアックといった創業者たちの初期の活動から、Apple I、Apple IIといった初期の製品、そしてGUIの導入に至るまでのApple社の歴史を、当時のコンピューター市場の状況と絡めながら、ユーモアを交えて振り返ります。特に、ジョブズの情熱と開発現場の奮闘、そして個性的な登場人物たちのエピソードが語られます。
番組紹介と今回のテーマ「Apple」
時間や社会にとらわれず、雑談をするとき、 つかのま、おっさんたちは自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を使わず物を語るという行為。 この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒しと言えるのである。
場末のラジオ シーズン4
はい、場末のラジオでございます。今回もこの3人でお送りいたします。 はっしーです。
はい、佐藤さんです。 江藤さんです。みんなよろしくね。
はい、よろしくお願いしまーす。
はい、今日はですね
浅い知識で語ろう
でございます。 今回は私、はっしーが
Apple
Appleですね。 このMacユーザー歴40年
がですね、今
輝かしいこのAppleではありますが、 僕が使い始まった頃はですね、もう社用の
ITと言う事をとってですね。
なので、この輝かしい前の時代にですね、 話をちょっと
まあ浅い知識なんですけどね。 そんなに
そんなに詳しいわけないんですけど。 いやいや、だんだん。
こんな感じでしたよ、みたいなね、ところを。 あまりあの
それこそMacマニアとかAppleマニアみたいな人がいるんですけども。
まあそれほどね、Appleに関心がない人にとっては別に 平素なのが多くらいの、まあAppleってこんな感じだよね
ぐらいのイメージだったと思う。 実は裏ではこういうことがあったみたいなね。
うん。 面白い。面白いって何があるね。
うん。 ということで
パーソナリティのMacとの出会いと当時のPC市場
長くなる予感が。 いや、アーケードゲームに匹敵する感じがしないで。
僕が初めてMacを買ったのは1995年か6年ぐらいですね。
1995か96。 20歳ぐらい。
その当時はですね、まだWindowsは95は出ていませんでした。
Windows3.1。
はいはい。そうだよね。 で、まだまだNS-DOSが幅を広がっている時代。
で、98でホニャホニャゲーが流行っていたんですね。
ホニャホニャゲーがね。 あーはいはいはいはい。
それから、FMTowns X68000。
そういったところ。X68000もちょっとそろそろあれかな、みたいな感じの頃ですね。
で、FMTownsがハイパーメディアマフォコンとか言って、CDを搭載したということで、
世の中にですね、マルチメディアということが出てきた頃でした。
で、その当時、Macはですね、NS-DOSに比べるとですね、コマンドを打ち込まなくていい、今で言うWindowsのおなじみのGUIを搭載していたものですから、マウスで操作するパソコンということで、とても取っつきやすかったという感じですね。
で、僕は、前に話しましたけども、小学校の時にPC6001というPCを手に入れて、ベーシックでちょこちょこやったりとか、当時で言う8万6千円くらいだったかな。
ところが、その後、1万何個でですね、ファミリーコンピューターというコンピューターが発売されました。
どんなコンピューターなのかなと思ったら、何や、キーボードも付いてない。赤いコントローラーが2つ付いてるので、カセットを履けばゲームができる。
なんだそれはとやってみて、このゲーム、PC6001で遊ぶゲームよりも、面白くてすごいゲームが多くてですね。
なんでほら、8万もするパソコンと比べて1万何本のやつでこんなことができてしまうのかって言って、これはもうダメだと思って。
パソコンからちょっと離れた時期があったんです。
その後まで、世の中、NECは88とかね、シューハンとかね、その辺から離れていたんですけども、
大学に入った頃から、マックっていうパソコンがあるらしいということで、興味を持ち始めてっていうところから入ったところですね。
へー、そうなんだ。
なので、時代的には92、3年くらいですね。
うーん。
Apple創業の経緯と初期の製品
はい、っていう頃なんですが、だから実際にマックと触れ合うようになったのはその頃なんですが、
はい。
ここからちょっとね、もうその時代はもう、アップルというよりなんかティーヴ・ジョブズっていうイメージがあると思うんですね。
うんうん。
ところが僕が買った頃は、マック、アップルにスティーブ・ジョブズはいなかった。
置いてあった。
そうそうそう。ということで、そもそもっていう話になってるんですけども、
うんうん。
今みたいにアップルっていうとスティーブ・ジョブズっていうイメージがあると思うんですけど、
もう一人はスティーブ・ウォズニアックっていう人。
はいはい。
2人のスティーブというやつ。
あともう一人、ロナルド・ウェイン。ロナルド・ウェインっていう人。3人でアップルっていう会社を作ったんですね。
うんうん。
で、ウォズニアックは技術士。アップルワンっていう。
はいはい。
ガレージで始まったみたいなことを言ってます。まあ本当はガレージじゃないらしいですけども。
ああ、そうなんですね。
一応そういう。パソコンっていうよりは基板ですね、アップルワン。
ああ、そうだと言うよね。
基板持ってて、これ売ってくれ、買ってくれみたいな感じでジョブズがパソコンショップに持ってきたら、
こんなの売れないから完成形持ってきてみたいな。
完成形持ってきてねって言ったら、出てきたのが基板だったっていう話なんですけど。
あの、キーボードもいいじゃんみたいな感じだった。
だけどまあ、一応それで言い始まったら結構人気が出たね。
スマートアップル2っていうちゃんとしたパソコンの形にしたのが出たという形でやってたんですけど。
まあ、それでどんどんどんどん会社が大きくなっていくんですよね。
初期の経営陣と資金調達
でね、いろんな登場人物がいるわけですよ。
スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォルトとかね。
スティーブ・ジョブズがウォルトを駄目らかしてピーハンしてたとかね。
いろいろあるんですけど。
まあ、要するに経営があんまり、学生みたいな感じかな。
当時アタリっていうゲームをね、会社に勤めてたんですけど。
まあ、その中から飛び出して起業したんですが、あんまり経営にはみたいな感じがあったので。
で、ロナルド・ウェイにしたらね。
この人も40代くらいだったかな。
ジョブズ・ドーゾンが20代の前半くらいだった。
で、経営のお盛り役みたいな。
ちょっと、お目つけみたいな。
そういうちゃんとした人が1人いたらいいだろう。
だけど、ジョブズのやり方がかなり危なっかしかったんで。
この人結構前に1回失敗してるんですよ。投資とか。
ジョブズが?
うん。ロナルド・ウェイが。
スロットマシーンかなんかの。
ちょっと塞いをおっちゃって、苦労したところがあったんで。
これ、ちょっと引っかかったらヤバいな。
あとは3人で売上の10%はもらうんじゃないかってなってたんだけど。
やーめたって言って抜けちゃった。
持ってればとんでもない金持ちになったんでしょ?
なってたかもしれない。
なってたはずだな。
その時の判断は間違ってなかったってこの人は言ってるよね。
その後ね、マイクマークラっていう人を引っ張ってきて、投資してもらって、
Apple IIの成功とIBM PCの登場
一応アップル2を作ったりしてなってくるんだけど、
これ、ジョブズとウォズが、
学生の頃なのかな?
国際電話を無料でできる機械を作って、
振り返ってたんですよ。
これすごいよね。
これね。
これがね、ローマ法王朝にかけてみようみたいな。
ローマ法王朝に電話してみたりとかね。
いろいろそういうことをやってたみたいな。
その資金のもとでにアップルを作った。
アップルを作ったっていうか、いろいろ。
面白いよね。
大丈夫なのかっていう感じだった。
Apple IIIの失敗とIBM PCへの対抗
そんな感じでアップルを作ったんだけど、
最初は売れてたんですけど、
200万台くらい売れたんですよね。
200万台だもんな。
ビジカルクっていう表計算ソフトが良かったっていう話もあるんですけどね。
ビジネスオフィスマシンとして結構売れたんですよね。
なるほど。
そのビジカルクっていうのは元々アップルにそのまま付いてたやつなんだ?
専用の表計算ソフトが。
専用の表計算ソフトか。
それもWOSが作ったってこと?
これは違いますよ。WOSじゃないですね。
WOSはハードウェアの人だった?
そう、WOSはハードウェアでした。
なるほどね。
で、めちゃめちゃ売れたんで株式公開とかして、
めちゃくちゃ資金調達できた。
ジョブズ、2億ドルの個人資産を手に入れたんだよな。
ただ、アップル2とかアップル3って暮らしたんですけど、
これが4,000ドルとか7,000ドルとかわけわかんない設定だったんで。
7,000ドルっていうといくらぐらいなの?
80万とか90万とかなんてことかな。
自分が知ってる借金都市はこの頃かな?
いや、もっとだな。
これはいくら?
100万か120万くらいだよね。
へぇ〜。
これ商用コンピューターなんですけど、売れなかったんですよね。
しかも、そこからIBMがPCを下したんですよ、オフコンじゃなくて。
なるほど、その頃か。
で、アップルは2両貼って、「ようこそ、IBM!」みたいな。
PCへようこそ、みたいな感じだったんですけど。
歓迎します、みたいな感じだったんですけど。
これで、アップル3がちょっと売れなかった。
売れなかった。
値段的な部分なの?
いや、あれも良くなかった。欠陥があったみたいな、ハードウェア。
なるほどね。
IBMのPCは違ってたってことか。
安ければ多少欠陥があっても問題ないけど、この値段出して欠陥があった。
そりゃそうだよな。
っていうのもあったんでしょうね。
で、このアップルシリーズは意外と1990年代前半くらいまで売ってはいたんですよね。
それが大体1980年、81年くらいでした。
うん。
GUI導入のきっかけとジョブズの苦悩
で、それと伝語して、
ギターって一本。
なるほど。
これは、ジョーグズが、有名な話ですけど、ゼロックスのね、パラワルド研究所っていうところを見学した時に、
マウスで何かやってるのがすごく良かった。
これ使いたい!って言って。
で、このお兄さんに、このGUIを入れようと言い込んで、口を出し始めた。
うん、なるほど。
だけど、後からきて口を出すもんだから、フワッと言ってなくて、お前ちょっと出てけ!
へー!
っていうふうに、経営陣から外されちゃったの。
あ、そうなの?
そう。
へー。
で、もうあった来たんです。
マッキントッシュプロジェクトの誕生とジョブズの介入
で、それでちょっと、その時、当時社長だった、スコットっていう人が、それでちょっと、ジョーグズと仲悪くなっちゃって、
で、スコットが辞めて、暫定的に、さっき言ったマイク・マープラーっていう人がCEOになったんですけど、
うん。
まあ、それはちょっと暫定的になって、その後もまた、さっき言った、有名なジョン・スカリーっていう人がね、
はいはい。
で、その間に、リサから外されたでしょ?
うん。
で、もう一つ、バッキンとしてプロジェクトってのがあったんです。
うんうんうん。
ジェフ・ラスキーっていう人が立ち会ってたやつなんだけど、
これがね、まあ要するに1000ドルぐらいの、まあ12、3万の安いパソコンを作ろうっていうプロジェクトだったんだけど、
うん。
もうリサから外されたことが、リサより良いものを作ってやるって感じで、ジョーグズがそのバッキンとしてプロジェクトに乗り込んできた。
おお、なるほど。
で、まあ乗っとるわけ。
乗っとるわけね。
なんかもう、アップルのそのリサを開発してるところで、別な建物に海賊の旗が描かれちゃってさ。
へー。
あのー、いや行けまんまだったんですよ。
おもしろい。
で、そこにガンガンガン入ってて、結局まあその元々の担当者だったジェフ・ラスキーと織り出しちゃって。
織り出しちゃって。
でも、GUI使った。
で、まあ結局高くなっちゃったんだよね。倍になっちゃって2495ドルって。
へー。
これはなんでなんだろう。
要するにジョーブズのこだわりとかがあったじゃないですかね。
なるほどね。
そう。だからなんて言ったら、こう、革命的っていうね、コンピューターの
コンピューターオブラストって言ったっけ、残りの人のコンピューター。
キーボードのカチカチカチカチカチ 叩ける人以外の人のためのコンピューターみたいなイメージで
金手 pins を売って、革命が起きたって言って。
マウス バトルでチョコチョコっとできるよということで言われてるんですけど
実はそこからあまり売れなくて
いずれ高いし。
で、需要も満たすことができなくて
あんまりね、経営というか、営業的には成功じゃなかった
そうなんだ、類似が受けられなかったってこと?
高いっていうのもあるし、当時のソフトもまだね、そんなに充実してなかったでしょ?
してなかった、対応ソフトも不足してたっていうのもあるしね
そう、だから、まあ、1984年に発売になったので
だから、5年ぐらいかけたんだね
へー、そうなんだ
マッキントッシュの発売と商業的課題
有名なね、あの、スーパーボールのコマーシャルで1984って言われてるより
ビッグブルーっていうね、IBMをイメージした敵に対して
女の人が走ってて、斧か何かをつけて壊すみたいな感じで
リドリー・スコットが監督だよね?
そうそう、そうです
IBM、ビッグブルーが支配しているコンピューターの世界に殴り込みをかけるみたいな
かっちょええ
っていう感じでやったんですけど、話題になったんですけど売れなくて
経営人との関係が悪化するということなんですよね
テニス店でも15分タッチ
やっぱり足りないな
ということでまだね、85年です
ほらな、一緒だ一緒だ一緒だ
パーケードと一緒だ
前半のまとめと後半への予告
ということで、前半はこの辺にしまして
後半はね、そのね、呼んできた、ジョン・スカリーの話だね
お楽しみ
ということで、この辺でありがとうございました
ありがとうございました
21:45
コメント
スクロール