アメリカからこんばんは、NAKAMURAです。 アシスタントのオラです。この番組では、アメリカ研究留学5年目を迎えた私、NAKAMURAがゲストとお話しながら、アメリカ留学の魅力を再発見し、大きなあなたにお世話することを目指しています。
NAKAMURA 最近、去年ぐらいからかな?去年の冬ぐらいから、僕がいるカーディオバスケラのビルディングの3階で、お菓子コンテストみたいなやつが2週に1回とか、結構な頻度で開かれてて、で、お菓子コンテストなんで、お菓子作りが得意な人が、なんかトーナメ、8人ぐらいかな?
エントリーして、トーナメント制で戦って、で、ファイナリストを決めるみたいなコンテストがあるんですけど。
そういうどっちでお料理しようとか、料理の手伝いみたいな。 NAKAMURA そうそうそうそうそう、マジでそんな感じで、昨日ちょうどセミファイナルがあって、セミファイナルのテーマ、毎回テーマが決まってて。
対戦ごとにテーマがあって。 NAKAMURA そう、で、今回はシュークリーム、シュークリーム対決。
NAKAMURA で、2人の人が、食べる前は誰が2人かわかんないんだけど、どの人がエントリーしてるかわかんないんだよ。
だから8人エントリーしてる人はいるけど、その対戦に出てくる2人はわかんないんだ。 NAKAMURAそう、予想はつくんだけど、どっちがどっちかもわかんないっていう感じで。
だからAが誰さん、Bが誰さんっていうのは後からわかるんだ。 NAKAMURA そう。で、今回Aが、なんかキャラメリゼしたシュークリームみたいな。
キャラメリゼしたシュークリーム。 NAKAMURA なんて言うんだろうな。
NAKAMURA なんか、シュークリームの上に焦がした砂糖がついてるみたいな、ちょっとカリカリ感があり、めっちゃ甘いシュークリーム。
NAKAMURA で、もう1個が普通のシュークリームにチョコがコーティングしてある、普通のチョコシュークリームみたいなね。 あんまりなんか個性が出てる感じじゃないの?
NAKAMURA いやけどね、数が、もうなんか山盛りになってて。 あ、だからちっちゃいのがいっぱいあるってこと?
NAKAMURA そう、シュークリームが、プチシューがもう3、40個、もう山盛りになってて。で、それを1つずつその持って食べるわけよ。
で、個人的には、チョコシューの方が美味しかったんよ。なんかカスタードまでね、なんかしっかりなんかまで作ってるらしくて。
そうだね、ただのだからホイップとか、あのスプレーのやつとかじゃなくて、ちゃんとしたカスタードなんだ。なんかこだわりがあるんだ。
NAKAMURA なんか、うまかった。なんか全然違った味が。 へぇー、なんか聞いてる限りキャラメリゼ美味しそうなーって思ったけど、そうでもないんだ、じゃあ。
NAKAMURA キャラメリゼは、なんかキャラメル、キャラメリゼのその、外側が甘すぎて、カスタードがなんか死んでたというか。 なるほどね。
NAKAMURA そう、だからどっちに思う記憶なんだよね。 なるほど。 NAKAMURA で、俺はチョコの方がシュークリームのそのカスタードが、僕はカスタードが好きなんで。
NAKAMURA カスタードがすごい美味しくて、チョコの方に入れたんですよ。でもみんなと雑談してたんですけど、よくよく考えたらこれタイになったら、同点になったらどうするんだろうってなって。
確かに前も、確か完全に同点っていうのがあって。 へぇー、そのセットマッチがあったの。 NAKAMURAそう、そうなると、再戦なんよ。
再戦なの?悪い。 NAKAMURA そう、再戦になる。翌週、違うテーマで再戦になる。 面倒。
NAKAMURA で、今回もなんか、うわこれコースつけがたいなぁと思って、これタイになるんじゃね?って話したら、タイになったんだよ。 あ、そうなんだ。
NAKAMURA そう。 そう、NAKAMURAくんのコメントだとチョコシュー良さそうだけどね。
NAKAMURA けど、やっぱ甘いのが好きな人が多くて、やっぱそういうスイーツコンテストにさ、参加する人だからさ、甘いのが好きな人が多いのよ。
NAKAMURA けど逆にその若干シニアの人もいたりするから、甘いのがちょっと苦手というかそういう人もいるから、今回ピッタシタイになって、たぶん20対20ぐらいかな、たぶん。
奇数にしろよと思うけど。 NAKAMURA いや、確かにね。それで、再戦かなぁと思ったら、
NAKAMURA なんだっけなぁ、グルテンフリーかベジタリアンフレンドリーみたいなので、そういうのを作ると1票入るんだよ。
へぇー、なるほどね。 NAKAMURA それを含めてなくてのタイで、で、その参加してる人の一人が、
NAKAMURA けどこっちはプラス1点だよってなったら、勝ちだこっちが。 なるほどね、小麦粉使うもんね、そりゃ。
NAKAMURA そう、それで、そういう、なんかアメリカだなぁと思いながら。 アメリカだなぁ。え、結局どっちが勝ったの?
NAKAMURA キャラメルゼロホース。 マジか。 NAKAMURA そう、マジかと思って。クッソーって俺の舌が。
いや、こだわりカスタード食べたいけどね。 NAKAMURA いや、今日両方ともすごい、まあタイになるぐらい美味しかったんだけど。
NAKAMURA だって次、第2週間後かな、2週間後なんて言ってたかな、聞き取れんかったんだよなぁ。
え、過去にはどういうテーマがあったの? NAKAMURA 過去にはムースケーキとか、えっと何やったっけなぁ。 チョコレートって言ったっけ、あと。
NAKAMURA そう、チョコのやつもあったし、なんか杏仁豆腐みたいななんかゼリー系のやつもあったんだよな。
NAKAMURA あとなんかシナモンを使ったスイーツとか。 ああ、でもいいテーマだよね。
NAKAMURA なんかそういうなんか、よく考えるなと思いながら毎回毎回。 まあね。
NAKAMURA あるからまあ僕は参加することはないんでしょうけど。 いいじゃん、日本代表で作ってきたら。 NAKAMURA 和菓子?
いや別に和菓子じゃなくてもいいけどさ。 NAKAMURA いやけどそれがね、結構あるんだよ。なんかクリスマスパーティーもそのビルディングにあるんですけど、そういう時にもケーキコンテストがあったり。
いいじゃん、手伝うよ。 NAKAMURA やる?ケーキコンテスト。 うん、俺全然味見するよ。
というわけで、今回10月は未来の入口案内人をテーマに未来をつくる若者と海外をつなぐ活動されている方を取り上げます。
10月最初の2週は東大赤門会のアキさんをお迎えします。 今週もよろしくお願いします。
アメリカンナイトGOLD
じゃあ今回のゲストアキさんです。 アキ お願いします。
さっきラーメンを一緒に食べてきたんですけど、今回トモさんのご紹介ということで、簡単に自己紹介をお願いしてもいいですか。
アキ アキと言います。今はバイオ系のバイオラットという会社で勤めてまして、アメリカに来たのが2014年で12年前ですね。
元々UCバークレーのMBAに留学して、そこは卒業してからずっとこっちで働いてるっていう感じですね。
バイオラット使ってますよ。 アキ ありがとうございます。
QPCRとウェスタンブロッド。 アキ ありがとうございます。うちの主力製品。
結構なんかバイオラットいいですよ。安いです。 アキ ああそうですね。使いやすさとか重視してますね。
さっきラーメン食べてきたんですけど、結構こっちで日本食とか食べてるんですか。
アキ 日本食は食べますね。今家族が夏休みで日本に帰っていて、
ずっともう一人なんですけど、また帰ってくるんですけど。
今ヘビーローテーションなのが納豆ご飯と吉野家の牛丼のパックと、あとはあれか、カップラーメンのヘビーローテーションで。
たまにあの、やっと地元は今イギリスと米に住んでまして、ちなみに丸袋ラーメンができたんで、たまに行ったりとかして、
そこでちょっと贅沢してる感じですね。
やっぱりウィーができてからそういうものが手に入りやすくなりましたから。
アキ そうですね。ウィーは本当に便利ですね。
ウィーっていつ頃できたんですか?
アキ 11年くらい前ですよね。
そんな前でしたっけ。
アキ 去年10周年のなんかキャンペーンやってたじゃないですか。
確かにそうだ。
アキ コロナ中にウィーをめっちゃ使いだしたのは覚えてますね。
アキ それまではあの、何だっけ、三ノ瀬の、何だっけ、丸貝とか、あと三ツ和とかまで行って、
最近はイーストウェイでフリーモントに大阪マーケットまで行きたんで、あそこには行ってたんですけど。
今日あれか、東京センター遠いか。
アキ 東京センター遠いですね。
アキ 1日からだと1時間かかるかかんないからね。
そうですね。確かに確かに。
生卵ってどうですか?食べたことあります?
アキ 食べてないですよ。
あります?
アキ ちょっと怖くてね。
やっぱそうか。納豆と生卵必要じゃないですか。
アキ そうそうそう。惜しいんですよね。ちょっと1個1個かけてるなみたいな。
僕の教えてる学生が、生卵はあったかいご飯に入れたらいけるって言ってて。
アキ 殺菌されるんですか。
いやー試してみようかな。
アキ ちょっとオフィシャルには推奨できない。
そうそうそう。
いけるんだと思ったけど、怖くてできないですよね。
アキ 絶対できない。
そうかそうか。1分ぐらい熱していればいいんですかね。もしかしたらね。
そしたらゆで卵っぽくなっちゃいます。
アキ そうですね。
一応なんか低温調理で65度15分とかで殺菌できるとは言われてますけど、
僕もよく失敗してカチカチのゆで卵になっちゃう時があります。
温泉卵とかね、そういう風になれればまだいいですけどね。
だから日本に帰った時はひとまず生卵ご飯。
TKGでした。
おかげでやります。
今回帰らなかったんですね。一緒に家族と。
アキ 今回6月の上旬に一緒に一回帰って、
2週間ぐらい一緒に過ごして、私だけこっちに帰ってきた感じですね。
家族は8月まで行って。
出身はどこなんですか。
アキ 出身は東京です。
東京で大学行って。
アキ そうですね。東京から小学校では神戸に引っ越して、
6年間神戸で過ごして、小2から中1なんですけど、
そこで一応阪神大震災っていうのに食らって、
で、うちの父の仕事が神戸から東京にその年に転勤になって、
こっちに来たらこっちに来たり、東京に行ったら行ったり、
サリン事件が起きてると。結構大変な年に。
95年はすごい。
アキ それは結構印象深い年でした。
NAKAMURA君は1歳。
NAKAMURA 俺まだ1歳です。
何も覚えない。
母親たちがタンスとかを倒れないように支えたんだって話だけ聞きました。
中部長もそうですもんね。
排気噴霧も4ぐらい?
NAKAMURA 結構強いですね。
うちは近くはもちろん電気が吸いでは全部止まっちゃって、
で、まあ救水所とか救水車とかもあったりして、
あれはまあ自分的にはちょっと楽しかったりはしたんですけど、日日上で。
まだ子供も少ない。
その時は大きな被害には遭われなかったですね。
NAKAMURA うちの周りあってないんでよかったですね。
生まれ東京、育ち神戸プラス東京みたいな。
そこで大学、東大の理1ですか?
NAKAMURA 理2です。
理2に行って、どこまで学部で卒業したんですか?
NAKAMURA 工学部に行って、そのまま修士まで取って、
そこからコンサルに就職しました。
理系でコンサルって一般的なんですか?
NAKAMURA 私の就職したのが2007年なんですけど、
あれぐらいから理系でもコンサルっていうのは、
そこそこ出てくるようになった感じです。
今だともう普通。
NAKAMURA 今だと普通じゃないですかね。
分割理系関係ないので、
論理的指向力さえあれば入れる業界なんです。
工学部ってどうしてもエンジニアのイメージが、
今でも強い部分であるんですけど、
当時コンサル入るのってやっぱりマイノリティになるんですか?
NAKAMURA マイノリティですね。
その中でどうしてコンサルっていう職業を選んでいくんですか?
NAKAMURA あの時にバイオ系の研究をしていて、
人工世間構造で今で言うクリスパーみたいなやつの研究をしていて、
DNAの望みのNHGQっていう研究をしてたんですけど、
研究は楽しかったんですけど、
私の場合は大学の研究室で生まれた技術を社会に
送り出す側の仕事をしたいなと思って。
そしたらビジネスでしょう。
ビジネススキルは全くないので、
それを爆速でいられる業界が、
あの当時はコンサルって呼ばれてたんです。
日本でもマッキン勢とかいろいろ言われ始めるぐらいですか?
NAKAMURA そうです。
バイオテック系だったんですね。どっちから出たんですか?
NAKAMURA イニシトリとバイオ、両方やれる研究室で。
合成もやってましたし、ちょっとしたバイオもやってましたね。
じゃあ僕ら若干近いですね。
NAKAMURA そうですね。ABIのシーケンサとかも日常的に使ったりしました。
じゃあそっからコンサルに行って、
NAKAMURA 24ぐらいですよね。
そっからアメリカに行く31ぐらいまでですね。
まだ7年ぐらいありますけど、その空白。
偽説じゃん。
NAKAMURA 最初の4年はコンサルで、デロイトってところなんですけど、
デロイトで勤めて、いろいろ経験させてもらって、
最後の2年ぐらいは力ついてから結構すごい楽しくてですね。
日本の製造業さんがインドとかベトナムとか、
あの当時新興国と呼ばれる国に進出するときに、
行き先のインドとかベトナムの市場の調査をしたりとか、
あとは日系の企業がインドとかベトナムでビジネスをする際に、
どういったことをすればいいかっていうアイデア出しのお手伝いとかもしてましたね。
実際現地行ったりするんですか。
NAKAMURA しますします。
いいですね。
そこで結構カルチャー色、
てかあんまり海外行ったことなかったんですけど、
例えばインドとかだと、
NAKAMURA 人生変わるって言いますもんね。
ベトナムで驚いたのが、
バイクがすれ違う時にだいたい5センチぐらいの距離なんですよね。
ものすごい数のバイクが広い道路で、
ぶつからずにただ5センチぐらいの距離ですぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅーすぅー
逆にぶつかって倒れても なんかスラッとスッて立ち上がって
いや多分ない 何事もなかった ので カルチャーショックでした
けど 日本とは全く違う世界が普通 にあるんだっていう みんな楽しく
生きてるんだっていうのを知れた のが良かったですね
コンサルってそういうこと もやってるんですね
私の配属されたチームが 結構現地 現場主義っていうか 現場
にいて情報発信で集めるみたいな そういうチームだったと思うん
で マネージャーの方がそういう 方で
会社自体も結構国際的な 会社のイメージがあるんですけど
そうですよね デロイトの 現地の向こうの国のデロイトの
人とかともコミュニケーション を取ったりしたんですけど 一応
そうですね あれは楽しかったですね
いいですね 楽しそうだな しかも26とかなら一番楽しい
とこですね
ただ研究やってた頃の実験 計画だって言うと マスターまで
しか行ってないんで 多分本当の 深いとこは触れてないと思うん
ですけど 一応頭の使い方が大学 とコンサルでは全く違うという
か コンサルはまずお客さまの ニーズがあって 何を求めてるか
っていう 一番高いとこのissueっていう のがあって それから分解していって
いろいろ情報を集めていって お客さま が納得するような情報を集める
感じで
Issueから始めようって
そうそう まさにもうあれ 本当のあの通り 多分研究もそういう
ことやってれば いい成果が多分 出たんだろうなとは ただ手を動
かしてデータを出さないと何とも 言えないっていう世界だと思うん
で ちょっとその辺のバランス は難しいと思うんですけど ただ
コンサルはそういう考え方で あと 議事録とかも あのときAIとかない
ので 我々みたいな下っ端がですね 1時間の会議を終わった後に すぐに
議事録を書いてあげなきゃいけない とか あの辺の頭の使い方は結構
デロイトで鍛えられた気がします 今はもう全部AIがやってくれて
逆に若手の人たちが思考力を鍛える 場がね ちょっと奪われてるような
気もしますから
確かに確かに その後 3年ぐらいありますね
そうですね その後の3年の空白 はデロイトでコンサルをやって
ビジネススキルがそこそこ見えすぎ たなと思ったんで JAV大学でのバイオ
とデロイトで学んだビジネススキル っていうのが重なる領域っていう
ので バイオ系の会社の日本法人 外資の日本法人に就職しました
バイオラッド社の日本法人に就職 したんですけど
なるほど
そうなんです
ちょっと想像がつかない のは そういうふうなバックグラウンド
を持ってる方は バイオラッド とかで バイオテックの中でどういう
職種どういうことを担われるんですか
私がついた仕事がプロダクト マネージャーという仕事で アメリカ
で作られた遺伝子系のリアルタイム PCRとかああいう製品を日本で売る
っていう 日本のお客さまのニーズ を吸い上げて ビジネスを拡大さ
していくっていう そういう仕事 です
それは紹介とかじゃない ですよね 商品紹介するわけじゃない
ですよね
それもしますけど どちら かというと こういうお客さまが
いてっていうセグメンテーション とかして それぞれのお客さまに
あったような こっちでメッセージ を打ち出していくとか まずはお客さま
のニーズを聞いて それに対して われわれとして応えていくっていう
分析とか戦略担当という か マーケティングみたいな
そうです バイオラッド とかの商品って どこが大学だけ
じゃないですよね ターゲット って
そうです ターゲットとして は大学が非常に多いんですけど
あとは病院だとか あと製薬企業 とか あと検査所とかもそうですね
結構幅広いですね
非常に幅広いですね リアル タイムPCRもコロナ禍中にあちこち
で研究者の人以外もいっぱいい ってたじゃないですか
確かにね めっちゃ儲かった すね
あの頃はあの頃 そうですね
あれもQPCRですよね たぶん
QPCRも使われてましたそうですね 主にQPCRかなりそうですね
そうかそう考える確かに ニーズが若干違うのか
そうですね それぞれの
目的が違いますよね
そうですね インダストリー とかアカデミックとかいろいろ
ありますけど そのお客様の属性 によってニーズがちょっと違って
くるって感じですね
実際役に立ちますか その 修士までのバイオロジーバイオ
テクと
そうですね 実際お客を訪問 するときに やっぱりその話が相手
の話が分かるので そこは非常に 良かった あとこっちが質問する
と 研究者の方と話してて面白い のが いい質問をすると めちゃ
くちゃその生き生きとして目が 生き生きとして始まる 本当に話が
面白く返ってくるっていうのが 私としてやりがいがあったところ
です なんでそういうのを通じて お客さんのニーズを理解していく
っていうのはあれは楽しいです
一応現場にも出てたん ですよね
そうですね 営業さんと一緒に 同行させていただいたっていう
のが結構あります
そうしたらお世話になった って方もいらっしゃるかもしれない
そうだな確かにそうですよね そこからバイオラットで3年働いて
急にアメリカ行こうってなった のか それともなんかきっかけみたいな
やつあったんですか
きっかけは一応あった のが2、3個あって 1個目が日本の
お客様って結構要求水準が高い のでいろいろフィードバックを
受けるんですけど それを受けた フィードバックを実際に私たちは
製品開発に活かしたいなと思って いますね だからそのバイオ系の
業界って基本的にアメリカが中心 地じゃないですか 日本市場はあく
まで売る場所であって 作ったり とかデザインしたりするのはアメリカ
でやるっていうので 私の自分として やりたいなと思って作るっていうこと
をするとなるとやっぱアメリカ に行く必要があるなって思った
のが最初のきっかけで あとはあれ ですね ベイリアンの会社でグローバル
会議とかにもたまに出させてもら ったんですけど そのときにプレゼン
はできるんですよ 準備できるん で何日もかけて ただディスカッション
とか あと雑談とかですよね ランチ とかディナーとか飲み会とか
の辺の雑談が全くできなかったん で そしたら英語力がやっぱり身に
つける必要があるなっていうので 飛び込んじゃおうって思ったっていう
のがあって またベイリアンの会社 なんで一応ね 天気が良さとか あと
湿気がないとか あとは人が親切 とかそういうのもあって ベイリアン
のファンになって 自分で製品開発 したいっていうのと英語力身につけ
たいっていうのと あとベイリアン が好きっていう この三つが重なって
アメリカに行こうと思いました それまでアメリカ行ったこと
あったんですか 楊 そうですね 終始のときにシリコンバレー
ツアーっていうのを自分で組んで 企画して来たんですけど あのとき
はもう夢のまた夢みたいな感じ で 現場で活躍されてる方はもちろん
すごくて憧れだったんですけど 自分がそこまでどう行くかっていう
道筋があんまり見えないっていう 状態でしたね また あのときの
やっぱりパロアルトとか あとボストン とかも行ったんですけど あのとき
のイメージが万全と自分の頭の中 にあって それがなんか10年越し
で結構爆発してきたっていうのが あるかもしれないですね
やっぱり会社だと行き たいと言って行けるものじゃない
じゃないですか どうそうやって アメリカ行きの切符をつかんで
いくんですか 楊 うちの会社で本社に行ければ
よかったんですけど 当時はそういう パスがなかったので 私は会社
を辞めて こっちのUCバークレー っていう大学に留学したんですね
それがパスです それはなんかUCバークレー
で何か学位とかを得れば こっち の現地のバイオランドに行ける
かもしれないみたいな宛があった っていうことですか
楊 宛はね 正直全くなかったん ですね 結構アメリカで就職したい
じゃあ留学しようっていう 何も あっても何もないままこっちに
来た感じです 楊 結構ギャンブルっすよね
楊 そうだよ 結構ギャンブルを 打ちました
そのときってご家族って どういう感じだったんですか
楊 あのときに付き合ってた方が いて その人と結婚して こっちに
来たって感じですね でもなんかそういうギャンブル
的なキャリアを積もうと思うと なんかいろいろ話し合いがある
のかなって思ったりもするんですけど 楊 話し合いはね
いや特に 多分自分の プレゼンがうまくいったっつう
かもね 楊 鍛えられてるから
そうですね バイオラッド 社のディナーをやった場所は
結構ウォロナットクリックとか ああいういい場所でやることが
多くて 綺麗じゃないですか ベイリア ってこういう場所なんだよ
道も綺麗だし レストランも綺麗 だし みんなおしゃれだし最高って
天気もいいし 楊 まずいな
楊 まずいな バークレーだからな
最初におしゃれだった 場所がバークレーで 道は割れてる
し 結構独特な人が多いじゃない ですか
楊 そうですね いろんな人が
もう本当に面食らって ましたね
楊 全然想像と違いますよ オルル って
もうものすごくクレーム を受けてた 金手と話したら全く
違うって ゴメンってとか 自分も そんなそんなつもりなかったん
だって
楊 すれなかったんですね
そうなんです
そのバークレーで バークレー に行くまでなんですけど その間
たぶん勉強とかしないといけない ですよね
楊 勉強しましたはい
何を勉強するんですか
楊 そうです 主に4つぐらいあって TOEFLっていう試験と あとGMATっていう
試験と これが英語とあと論理的思考試験 で あとはエッセイを書いて
面接の対策をしたっていうのが この4つからなってます
GMATもなんか共通試験 とかセンター試験みたいな感じ
ですかね
楊 そうですね アメリカ人も
それもやんないといけない ですね
楊 そうです
ああそうなんだ
楊 その過程であれですよね そうやって ビジネス畑でずっといらっしゃ
ったから そのままMBAのほうで挑戦 しようとなった
そうです
その経歴も役に立ったん ですかね そのCBを書くときに
楊 書ったのかもしれないですね けど 受験生の中ではユニーク
なバックグラウンドだったとは 思うんで コンサルだけでもない
しバイオもそこそこかじって 両方 できる会社でやって なおかつ
私も行った会社がベイリアの会社 っていうので でもバークレー大好き
みたいなことをエッセイに書いて ですね
確かに
楊 ああお前わかってる 多分思われた かもしれないですね スタンフォード
じゃなくてバークレーみたいな 私としてはどちらも憧れだった
楊 私はバークレー出すときは バークレーは大好きみたいな
どんぐらい時間かけて 勉強とか準備したんですか
楊 NBAのときはね 1年半ぐらいかかり ましたね
仕事しながらっすもん ね
楊 そうっすね 今でも毎日一応 勉強の記録はつけてたんですけど
週平均でだいたい25時間ぐらい やって それが合計2000時間で80週間
ぐらい 1年半ぐらいかけてます 合計2000時間ぐらい
やべえな
そういう習慣をいきなり はできないと思うんですよ 思い
立ったからといってやっぱり続 かないと思うんですけど ずっと
そういうなんか学習する習慣みたいな のは
楊 全くない
なかったんですか
楊 いや結局たぶんやっぱやるって 決めたらやっちゃうタイプなんじゃない
ですか
かもしれないですね ただ東大の受験のときも1回落ちて
るんですよ あざぶって高校に行って ちょっと一浪がデフォルトみたいな
ところは
楊 そのイメージがあります
そうですね高校時代 はちょっと
楊 降参からスタートって感じですね
降参でもスタートできなかった
っていうのを浪人して 自分の場合 は例えば英単語を覚えるのが大嫌い
とか とにかく勉強が好きじゃなかった
んで 何であんなに勉強できた のかちょっと自分でもよく分かんない
んですけど 要はただそのまま勉強 始める前にUCバークレーとか あと
UCLAとUCサンディーとか UC系をキャンバス ビジットして ああすごいなあ綺麗
だなあと学生さんも優秀だし先生 の方も魅力的だしっていうので
絶対に行きたいなと思ってモチベーション が上がったっていうのが勉強できた
最大の要因かもしれないですね
要はその1年前とかにこっち に来て
楊 そうです
いろんなところにビジット して
楊 はいそうです
それはいろんな先生とか にアポイントメント取ってみたいな
感じで
楊 そうですねはい
それも大事なんですか
楊 それも大事だと思います 多分 アメリカに来る方って自分から
自発的にやる方が多いかなと思 うんですけど やっぱりそういう
姿勢とか
ああなるほど
アポイント取るときに どういうことを自分がやりたい
んだって考えますし実際に行動 するっていうのも多分重要だし
実際に会って話すとそこでいい ケミストリーが生まれればそれ
が自分のモチベーションに後々 残るし
楊 そうか MBAはワークレーターって2年
2年ですね
楊 はい
楊 それどういうことを学ぶこと になるんですか
基礎的な実習科目みたいな のが例えばオペレーションとか
でもあんまりあれなんですよね 正直思い出せないですけど一番
苦労したのは統計学とかですか ね
でも日本みたいに雑学 中心というよりもやっぱりなんか
ディスカッションとかで
楊 その通りです
なんか問題解決をして いくイメージの方が強いんですけど
楊 そうですねケーススタディっていう のを毎週やらされて結局教科書
的なやつとあとはPDFファイルで 20ページくらいからなるケース
スタディっていうのを毎授業前に 読まされて今だとチャッピーとか
使えば一瞬で要約してくれて読 めると思うんですけど昔はそういう
のはなかったんで2 3時間かけて 要求して授業に臨むっていうぐらい
でもさっき会議の話でも ありましたけどやっぱり準備して
いけるものは大丈夫って話でした けどやっぱりディスカッション
雑談がちょっと苦手っていう話 でしたけどそのときはもうだいぶ
慣れてきたフェーズなんですか 楊 まったくですねバークレーの
MBAの学生ってどんぐらいのその 外国人割合というか
外国人割合はインターナショナル は確か40%とか50%とかでしたあと
女性の割合も40%はいたはずでなんでか っていうと今はちょっと分かんないん
ですけどグループスタディーグループ っていうのがあってそれが5人一組
でで5人の中に必ず女性が2人いて インターナショナルも必ず2人
はいるっていうそういう構成だった ので40%以上40%以上っていう感じ
でした 楊 でもドメスティックは60もいるん
ですね 楊 でも結構苦しいっすね
楊 めっちゃ苦しいっすね最初の セミスターはもう結構地獄みたいな
感じでほとんど何言ってるか 分かんないし教科書こんなに分厚い
の渡されても全然読めないしただ その1ページ1ページ読んでると時間
がいくらあっても足りないんで どうやって力抜くかみたいなの
1年かけて学ぶみたいな感じじゃない ですかね
どうやって力抜くんですか それ
楊 なんか授業でネタになりそうな ことを自分で想像して結局それは
イシューから始めようなんですよ ね重要なイシューはこの授業では
何になりそうだっていうので自分 の中でアンテナ張ってばばばば
っと読むとその単語だけ拾って くとなんかその周りの情報だけ
を見てそうするとまあそこそこ 理解はできる状態で授業に臨
むんですよただ授業に出たらまた ディスカッションするときはね
やっぱりあの皆さん英語が上手 なのですごいスピードでディスカッション
してるのを全然聞き取れないみたいな で手が全く上げられないみたいな
状況が3ヶ月ぐらいは続いたと思います 楊 逆にそれはできるようになって
いくもんなんですか 楊 そうっすねまあ質問される
だろうことのエリアを23個決め といてそこがきたら絶対手上げる
みたいなのを自分で決めてやる とたどたどしい英語ですけども
発言して一応貢献点はつくみたいな 感じですかね
楊 やっぱ準備が必要ですね 楊 準備は必要だと思いますねただ
バークリはそんなにとはいえそんなに 厳しい学校でもないので多様性
にも寛容だし 楊 まあ確かにそうですねインターナショナル
もともといらっしゃいますもんね 楊 なんだまあ実はもうこれは私に
伝わるんですけどまあ最初に来た 場所はバークリでよかったとは
言ってました結局来た瞬間はね 面食らってましたけど
楊 そうなんでですか奥さんは家で ずっといたんですか
楊 そうですね家でずっとまあ結構 バークリの街を歩き回ってまあ
ホームレスは人と話したりとか してまあ要は最初の先生は多分
ホームレスだったと思うんですけど 楊 アクティブだ
楊 すごいですねなんかよくこの 番組でバークレーの評価って言わ
れるんですよすごくなんか悪い ところが目立ってるっていう人も
いるしすごくよかったって人も いるんですけどその中でもホームレス
と話したって話は初めて聞きました 楊 初めてですなんかお金払って
なんか英語学んだって人いなかった なんか
楊 ああなんかそれはそれも可能 でしょうねなんかねあのあとまあ
バークレーのホームレスって多分 2種類いてあの自ら選んでなってる
人もいるんですよ話したことあるん ですけど家とかもういらないから
っていうそういう人とか結構親切 に話してくれたりするんででまあ
バークレーて外国人多いから日本 から来たばっかの英語があんまり
うまくない人に対しても親切だし っていうので結構ねやっぱりあの
なんて言うんですかペイシェンス って言うんですかその我慢して
聞いてくれる力っていうのはバークレー の人は非常に高いなっていうふう
に思うんでだからまあ我々みたいな その初心者海外初心者にとって
は非常に暮らしやすい町だった と思いますね
それはあれですか治安 とか食べ物とか
楊 治安そうですねそこはねまあブロック
次第ですよね安全なブロックに 運よく住めたっていうのは大きい
かもしれないですけどまあ要するに 海沿いに行くと危ない場所があった
りとかそこは地元の人に聞いて そこは近寄らないようにするとか
いろいろ工夫はしつつまあただ バークレーも日系のスーパーは
当時から結構あったのでそこは 助かりました
やっぱり現地の人と交流 するからこそそういう治安情報
が来てますよね
楊 それは重要ですよね
それはなんか日本人 とかなんですかそれとも外国人
の
楊 日本人もいましたまああとは 外国人もそうですねいますねまあ
要はまあ本当にバークレーの人 って結構外国人に対して寛容なので
自分から話しかければいろいろ 教えてくれるしっていうので
まあ日本人もそうですねあのエゴ 親切な人はいましたし
それってあの自分から 日本人は簡単かもしれませんけど
外国というかこっちの現地の人に 話しかけるのって結構勇気いる
ことなのでなんかそれができる のはすごいなって思います
楊 まあそうですねまああの私より とも妻の方がその辺の能力が高
かったかなと思うんですよ
それはいいとこですね
楊 そうですね
なので全くまあお互い 英語はそんなにうまくなかった
ですけどまあアメリカでこれだけ 長く寮になったのはそういう能力
もあったのかもしれないですね
楊 ちょっと気になるのがお金なん
ですけどお金ってその時はもう 貯金ですか貯金崩しですか
楊 貯金と借金とまあ親族の借金 とあとはあれですねローンローン
です
NBAとかで奨学金とかっていう
システムないですか
楊 奨学金は出したんですけど受から
なかった
ああそうかあるはあるん
ですね
楊 あるはありますまああとローン
は結局借りたんですけど年利が 8パーとか9パーとかもう結構暴利
でまあそれはあのポチッ就職した 瞬間に借り替えたんですけど結構
まあやっぱり外国人にとっては そこは辛いですよねただあの時
はまだ円安ではなかったので来た ばかりの時は確か150円ぐらいだった
と思うんで今のあれですよね1.5倍 日本円の価値がそうですね1.5倍
ぐらいですよね
162円
楊 そうね本当ね今の人は本当に きっと大変だろうなと思います
けど
じゃあまあそういう賠償 課金とかも通ったら結構比較的
楊 比較的いいんじゃないですかね
ただ今はいろいろその教育系の 企業家の方たちが頑張ってそういう
のをいろんな方法を高校生とか 大学生に伝えようとしてるので
そのように参考されると多分youtube もいろいろあるしいろいろやり方
はあるのかなと思います
そうやってmbaを2年間 過ごしてこちらの企業に同じ企業
に入られていくわけですけどやっぱり 2年過ごしてアメリカやっぱり
いいなっていうふうになったんですか
楊 ああそうですね
もともと目指してたのも あると思うんですけど
楊 ああであったあのもともと 最初に就職した会社が違う会社
で結局mbaのときに一番私たちに 力を入れたのはこっちで就職する
ためにネットワークを広げるって いうことで例えばハースヘルスケア
アソシエーションっていう団体 があってそこのキャリア担当の
役員になって自分で会社フォーム を企画していろんな人事とかいろいろ
あったりとかあとは学会に片っ端 からいてですねで片っ端からいた
学会の中の1個がUCSFであったそれ シングルセル系の学会だったんですけ
どそこにいらっしゃってた方が 休憩時間にお話しすることがあって
偶然そのヘルスケア系のベンチャー キャピタルっていうかファンド
を立ち上げようとしてる方がいて そしたらちょっとインターンさ
してくださいっていう頼み込んで でそこでインターンできる機会
を得てそこに結局MBS卒業した 後は働いたんでネットワーキング
がそこでうまくいってただベンチャー キャピタル楽しかったんですけど
毎週スタートアップのCEOがオフィス に来てプレゼンスするのを聞いて
私としては私も自分でやっぱり 製品開発しみたいなみたいな日本
でずっと思ってた思いっていう のがそこでやっぱり沸き上がって
きてでもともといた会社のホームページ を見たらプロダクトマネージャー
の本社のポジションが空いてる のを見つけたのでそこで応募して
で面接して受かったっていう感じ ですね
MBAを取ってからどんぐらい ベンチャーキャピタルで働いて
寺田 そうですねMBA期間中に1年 インターンしてで卒業してから
半年働いてで今の会社の本社に 移ったっていう感じです
もうそこ結構狙い撃ち なんですか
そうですね漫然と今どんな 感じかなと思って見たら空いてん
じゃんって
あんまりその日本グローバル な企業だったとしても日本法人
に見おいてその後現地法人に再就職 で入るっていうケースあんまり
聞いたことないですけど
はないでしょうねビジョン 種類も違いましたね
ですよね
まあ5円だったのかな と思うんですけどあの日に漫然
とちょっと眠い目こすりながら 見なかったらそのポジションが
空いたのも気づいてないですし そうです
こっちでやるってなったら どういう面接とかそういうどういう
システムで採用に至るんですか
それは普通のこっちの プロセスでレジュメを出してオンライン
上で提出してでインタビューに ハイアリングマネージャーから
まずインタビューされてそれを と最初はhrかこの人事の人から
連絡が来てそこで話して次に進ん でハイアリングマネージャーと
インタビューしてでそれが終わる と次はもう何ですか多分8人とか
10人とかの人とオフィスに来て 実際に話すみたいな面接が1日
がかりの面接があってでそこで 採用されるって感じですかね
ちょっとじゃあ日本って 全然違いますね
全然違いますね多分 外資系の投資銀行とかコンサル
とかそういうのを使ってるところ はあると思いますけどあんまり
一般的じゃない日本では
やっぱそこは英語はもう そこでは問題なく
どうなったんですかね たぶん英語が
問題にはなかったんでしょう ね問題ではなかったんでしょうね
そうっすねデッドカード ではなかったけどイエローフラッグ
ぐらい立ったんじゃないですか よく分かんないですけどただもともと
多分日本の法人で働いてたっていう のは考慮されたかなと全然分かんない
ですね
でもそこを多分聞いて そうですよね日本のバイオラント
に
かもしないですねかもちゃない 一応そういう信用みたいなのは大事
なんで日本でそんなに失敗はして なかったと思うので
その後にグローバルの 会議でこんにちはみたいなこと
されるんですか
そうですそうですあります ありますあります
確かに会うんですよね元同僚とか
そうですね会うこともあります メールで一応皆さんに挨拶
はしてもともと一緒に働いてた スービンのメンバーに対して
バイオラントのプロダクト マネージャーってどういう仕事
なんですか製品作れるんですか
そうですねまずお客様 のニーズを聞いてそこからマーケット
っていう製品の要件みたいなのを また作ってその後にそれを固め
た後にR&Dと一緒にプロダクトリク アイメントっていう製品のもう
ちょっと技術的な要件を設定して そこからそのスペックまで落とし
込むんですねその辺は一応できる できないみたいなお客さんここ
求めてるけど技術的にできるのは ここまでだからっていうのでバチ
バチでありあうんですけどそれが スペックが固まった後は一応プロダクト
マネージャーは製品のプロダクト オーナーっていって責任者になる
のであらゆる開発に関する決断 最終決断はプロダクトマネージャー
が多いみたいな感じになって
おだしょー それって製品の企画 から技術的にどこまでできるか
っていうところを戦いながらコンセプト を固めていくっていうのが仕事
になるんですか
そうですね
おだしょー 確かに作る側ですねそれは
そうですね完全に作る 側にもなれてますね
それなんか作った商品 とかってありますか
おだしょー ありますあります
自分で問題意識ってない じゃないですか実験をやってる
人じゃないじゃないですかそれは お客さんから聞いて
おだしょー 聞いてはい
それを理解しないといけない じゃないですか
おだしょー そうですね
そのお客さんが困ってる こととかどんぐらいの人が困ってる
かも理解しないといけないじゃない ですかそういうのも全部やって
くんですかそれはもうチームが みんなで
おだしょー チームはみんなでやります し一応外部の調査会社とかも
使うこともありますけど自分で 話聞いたりとかあとはアメリカ
で私が尊敬してる職種っていう のはフィールドアプリケーション
サイエンティストっていって技術営業 かなお客さんのニーズを技術的
にもうあくび返して実験系も一緒 に組んでその人たちはもう完全
にお客さんのニーズを細かいところ で分かってるんでそこの人たち
に話を聞きに行ったりとかあと 営業さんもそうですよね営業さん
こっちの営業さん日本もそうです けど結構技術的な話深いところ
までできる人が多いので
phdの総合ですよねこっちへ
そうですそうなんですよslsでも phd持ってるっていうのは結構いる
ので
そうですねよくうちのビルディング 毎週金曜コーヒータイムがあるん
ですけどたまに来ますねバイオ ラッドで名刺もらうとやっぱphd
で確かに聞かれますね何やってん のとか
そうめちゃくちゃ優秀で何やってん の結局お客さんのアプリケーション
を理解して何に困ってるかっていう のを理解するっていうのは私が
直接お客さんと話すこともあれば 調査会社から情報が来ることも
あれば営業とかfasで言いますけど あの人たちから情報を得ることも
あればっていう感じです
そこを理解するの結構大変ですよ ね
そうですね時間経てば慣れていけば いけると思いますけどそこは
常に重要ではあると思います
僕なんか社会で働いたことがない のでちょっと不思議な疑問なんです
けどその就職で中途じゃない中途 みたいな感じじゃないですかけど
いきなり上司みたいな感じになる わけじゃないですか下の子たち
がいるわけじゃないですかけど どう考えても経験的に下の子たち
よりは経験値は浅いわけじゃない ですかそこはなんかどうやって
上に立つんですか上の立場として 力を発揮するのかそれとも徐々
に学んでいって上になっていく のか上になった状態で上になった
状態のままで学んでいくのか企業 ってどういうふうにやっていく
んですか
そうです多分特にアメリカの会社 は最初はインディビジュアルコントリ
ビューターって言ってICって言います けど部下なしでただ特定の職務
権限を持って働くわけですけど そこで自分の得意な分野っていう
のを社内の人に分かってもらう ように常に価値を出し続けると
じゃああいつに仕事任せようっていう ふうに自然と仕事が結構集まって
くるようになってそうなると意思決定 までするようになるとあいつ
上にリーダーシップあるよみたいな 評判が立つようになって自然と
上に上がっていってなので下に 付く人たちよりは経験のない分野
もあればもちろんある分野もあって なると上に行くためにはまずは
自分の得意分野っていうのをしっかり と自分で認識した上でそれを相手
の価値を常に上回るくらいの価値 を出していけば認められていく
っていう多分そういう感じだと思います ね
会社の中でも自分の価値をそう やって知らしめていかないと
そうですNBAに行って一番良かった のは多分そこで自分もちろん英語
なんてもう完全に弦の弦の状態 で入ってとはいえそういう状態
でもアメリカでサバイブしていく ためには何が自分の強みになる
だろうなっていうのでスタディー グループでいろいろ試したら例えば
ホワイトボードとか使って辞書 を切ってこれはこうだよねだから
こういうふうに次行けばいいよね みたいな論理的思考力って結局
コンサルで培った能力っていう のはアメリカ人同級生よりも多分
が得意だったのでその辺を軸にして ちょっとアメリカでやっていこう
って言えたのは大きかったですね それを会社でも使ってみたっていう
なるほどなったら軍師みたいな 感じですね
そうですね あそれいいっすね
いろんな兵隊さんとね業務をとか 現場の声を聞いて
戦略立てて倒しに行くって感じ ですよね
でその開発もやりつつもちろん 上司上司っていうかそのローンチ
市場に送り出した後はその売上げ を立てるために戦略練ったり
とかあとは品質問題とか起きたら それに責任者のために対応したり
とか問題解決とかあと在庫がね バックオーダーに在庫切りにな
らないように製造の人たちと交渉 してとかいろいろやってますね
そうなんだな僕らが注文してる 裏にそんなことがあるんですね
もうバックオーダーのときはバック オーダーじゃねえかよって
すみません
そうなんですなんでバックオーダー なのかっていう問題を見つけたり
とかそれを解決するためにただ その問題解決するためには必ず
リソースがいるのでリソースの 優先順位をこの製品は重要だから
このお客さん困ってるかっていう ので優先順位を上げるための交渉
をしたりとかいろいろ裏では動いて ますね
webアロットじゃないですけどたまに バックオーダーになってる商品
電話すると一瞬で解決するっていう パターンもあるんですけどあれ
は優先順位で上げてくれてるん ですかね
裏で優先順位は
ちょっと鬱陶しい客だなって
まあ重要なかもとだからでもお客 さんもだから
そんな感じでこれをNAKAMURAさんとか 僕も含め聞いてる研究室の皆さん
はちゃんとここでありがとうございます と言っておきます
ありがとうございますご迷惑をお受け してください
いやいやいや本当にありがとうございます
というわけで今回はアキさんに アメリカで就職するまでの来歴
を伺ってきました
さっきラーメン食べさせてもら っていろいろ聞かせてもらいました
けど僕がインダストリーにあまり 興味がないって言ってはいたんですけど
アメリカでそういう経験もあり だなっていうなんて言うんでしょう
ここから例えばですよ日本に帰る っていうことはできるんですか現実
的に
不可能ではないと思うんですけど カルチャー的に会うかどうかっていう
のはまた別の話です
私みたいなキャラクターを受け入れ てくれる会社があれば喜んで貢献
させていただきますっていう結構 友達から言われるのが意思決定
を今するのが仕事なのでバンバン 決めてバンバン前に進めるって
やってるんですけど日本の一部の 会社ではそういうのが嫌われる
ところもあるらしいっていうのは 聞くので本当に会社のカルチャー
次第で思います
ちょっと若干興味が湧いてきました
いいじゃないですか
インダストリーという道も一つ こういうふうに入れてもいいせっかく
僕もphd持って専門職ではある のでそこを活かせる場っていう
のがアカデミア以外にもあるんだ なっていうのをよく知れたので
よかったです
ありがとうございます
秋さんにはまた来週もお話を 伺っていきます
たてアメリカンナイトGOLD は毎週日本時間の金曜0時に配信
をしています
番組のご意見ご感想はハッシュタグ アメゴーをつけてsnsで呟いていただ
くかメールフォームにお寄せください
皆さんからのコメントをお待ち しています
ここまでの相手はNAKAMURAと秋でした
また来週