#118 そんな度胸あるのに、お金に正直なの最高😂【山田さん 前編】
2026-06-26 40:25

#118 そんな度胸あるのに、お金に正直なの最高😂【山田さん 前編】

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今回は、中国駐在・コロナ禍MBA・アメリカ就職までを駆け抜けた山田さんに、

  • 文系出身から海外キャリアへ飛び込んだ経歴:関西学院大学でドイツ語を専攻したあと、日本のメーカーで技術営業として勤務。そこから中国駐在を経て、2020年のコロナ禍ど真ん中でアメリカへ渡り、MBA取得後はAppleのコントラクターポジションも経験し、現在は日系企業でTPMとして働くまでの道のりを伺いました🌍
  • 中国の山奥でタクシーを降りる度胸、強すぎる駐在サバイバル記:中国語ほぼゼロの状態から、駐在のために短期間でHSK取得を求められた話や、山奥でタクシー運転手と料金交渉してその場で降りた武勇伝まで飛び出す、現地で鍛えられたメンタルの強さが詰まったパート。海外で働くうえで必要な“遠慮しすぎない力”のリアルが印象的🚕
  • 結局、お金は大事。:MBAを考えたきっかけのひとつが、周囲との年収差や「もっと稼げる環境に行きたい」という率直な気持ちだったという山田さん。アメリカの高い給与水準、OPTやSTEMを意識した進路選び、そして将来的にどう生きたいかまで、お金の話を包み隠さず語る姿が最高💸

などを伺いました。


(2026年5月4日収録)


2026年6月のアメゴーは「Youはどうしてアメリカへ?日本人企業社員が闘うアメリカンライフ」をテーマに、アメリカで活躍する日系企業社員さんの奮闘の様子をお届けします🔥

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🗽トピック🗽 

関西学院大学でのドイツ語専攻/日本メーカーでの技術営業/中国駐在3年間のリアル/1ヶ月でHSK取得ミッション/中国の山奥タクシー交渉事件/日中米での働き方の違い/年収格差を見てMBAを考えた話/コロナ禍ど真ん中のアメリカ渡航/HultでのMBA生活/データサイエンスとのデュアルディグリー/OPTとSTEM戦略/Appleコントラクター経験/日系企業でのTPMの仕事/アメリカで働く理由と本音/将来の野望とお金の話😂

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✏️参考✏️

  • TPM(Technical Project Manager):エンジニアや関係部署をつなぎながら、技術系プロジェクトの進行を管理する仕事で、山田さんの現在の職種です。
  • Hult(ハルト):Hult International Business Schoolのことで、世界各地に拠点を持つビジネススクールであり、山田さんがMBAを取得した学校です。
  • OPT(Optional Practical Training):アメリカの留学生が卒業後に現地で働ける制度で、専攻分野に応じて一定期間の就労が認められます。
  • STEM:Science、Technology、Engineering、Mathematicsの略で、この分野に該当する学位はアメリカ就職やOPT延長で有利になりやすいです。
  • HSK:漢語水平考試という中国語能力試験で、中国語力を証明する代表的な資格のひとつです。
  • コントラクター:正社員ではなく契約ベースで企業に関わる働き方のことで、山田さんはAppleでこの形から実務経験を積みました。
  • デュアルディグリー:1つの留学・在学期間で2つの学位を取得する仕組みで、山田さんはキャリア戦略の一環として活用していました。

本配信は個人的な見解であり、所属する組織とは全く関係ありません。


★パーソナリティ ⁠⁠⁠NAKAMURA ⁠⁠⁠

1994年生まれ、岐阜県出身、広島大学大学院にて博士後期課程修了。現在は、米国のサンフランシスコにある大学にて、ポスドク研究員として、循環器、再生関係の研究をしている。


★アシスタント・雑務 ⁠⁠おニューのわら人形⁠⁠

★番組のX ⁠⁠⁠@ANG_2024⁠⁠⁠

⁠⁠⁠メッセージはこちら⁠⁠⁠

★オープニング: ⁠⁠⁠Trick style(まんぼう二等兵様)⁠⁠⁠

★エンディング: ⁠⁠⁠Night trip(Make a field Music様)⁠⁠⁠

★ジングル:

気分一新 (otologic様)

OP/EDジングル41 (t12ya様)

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、中国駐在、コロナ禍でのMBA取得、そしてアメリカでの就職を経験した山田さんが登場します。まず、関西学院大学でドイツ語を専攻した文系出身でありながら、日本のメーカーで技術営業として海外を飛び回った経歴が語られました。特に、ドイツ語を学んだ理由が「英語で父親に文法を訂正されるのが嫌だったから」というユニークなものでした。 その後、希望していたドイツではなく中国・上海への駐在が決まり、中国語ゼロの状態から1ヶ月でHSKレベル4を取得するというミッションを達成。中国での生活では、文化の違いに戸惑いつつも、山奥でタクシー運転手と料金交渉し、一度は車を降りるという度胸満点のエピソードを披露し、現地で培われたメンタルの強さが伺えました。MBA取得のきっかけは、上海で出会った同世代の駐在員との年収格差を目の当たりにし、「もっと稼げる環境に行きたい」という率直な思いからでした。 コロナ禍真っただ中の2020年にアメリカへ渡り、Hult International Business SchoolでMBAを取得。就職市場が厳しい中、STEM分野であるデータサイエンスのデュアルディグリーを追加取得し、OPT期間を延長するという戦略的な選択をしました。その後、AppleのコントラクターとしてApple Mapsのデータ検証業務に携わり、自らサーバーアクセス権を得てSQLやPythonを学ぶなど、積極的にスキルアップを図りました。日本、中国、アメリカでの働き方を比較し、アメリカの給与水準の高さが、生活の困難さを上回る魅力であると語り、将来はアメリカで資金を貯めて日本で悠々自適に暮らしたいという野望を明かしました。

オープニングと自己紹介
アメリカンナイトGOLD。 アメリカからこんばんは、ナカムラです。
アシンさんとのワラです。 この番組では、アメリカ研究留学4年目を迎えた私ナカムラが、ゲストとお話しながら、アメリカ留学の魅力を再発見し、大きなアータにおすわけすることを目指しています。
最近あの、ワラさんも気づいたと思うけど、俺のさ、ほっぺにさ、なんかでっかい出来もあったじゃん。 ごめんなさい、全然気づいてなかったです。
あれなんか、そうか、なんか出来もあったんだよ。 うん、ごめんなさい、ナカムラさんの顔見てないことがバレてしまって申し訳ないです。
それが、なんか3ヶ月くらいずっといたんだよ、そいつが。 あ、そんなにいたんだ。 そう。
で、それで、最初なんかニキビかなと思って、ほっといたんだけど、なんかどんどんでかくなってきて。 おお、怖い。
うわ、怖え。 で、そしたらさ、なんか知り合いの日本人のさ、なんか人がさ、それガンとかじゃないですよね、って言われて。
ごめんな。 そんなこと言うなよって思って。 ベラドーバじゃないですよね。 そう、そっからすげえ気になっちゃってさ。 怖いね、確かにそうやって言われたら。
で、なんか、うん、まぁ結局違ったんだけど、うんうんうん。 ただのあの紛流。はいはいはい。
なんか汚れが溜まってるのかわかんないけど。 うん、汚れてそうな顔してるから。 油消しだね。
いやいや、そんなことないですよ、はい。 今ね、ちょっと痩せては、きてはいるんですけど。 はいはい。
けど、気になるじゃないですか、なんかそんなこと言われたら。 そうだね、ちょっと怖いよね。 そう、で、ヒューヒュー帰って、うん。
そしたらなんか、紛流、なんかデッキ、なんか、うん。 中に
なんか袋みたいなやつがある。 プラス、あの毛。 毛? 毛がさ、なんか、うん。 毛が中に生えちゃってるみたいな。 へぇー、デキモノの中に毛が生えちゃってるの?
うん、なんかよくわかんないんだけど。 うん。 なんかあるじゃん、なんか、皮膚の中に。 髭とかさ、なんか内側に毛生えちゃう。 あーはいはいはい、埋没するやつだけどね。 そうそうそう。
それがなんか内側でグルグルでなんか、へぇー。 成長してるって言われて。 すごい。
どうすりゃいいんと思って。 そうだよね。
とりあえず安心してくれって言われたんですけど、その変な病気じゃないよって言って。 うんうん。
取るかどうかも、君に、君次第だって。顔だから。 うん。 君の顔に傷つけたくないって言われて。
かっこいい。 そう、ロマンティックなおじさんだなって思いながら。 え、でも普通に過ごしてて、亡くなるものではないんですか? そう、絶対亡くならないって言われました。 あ、そうなんだ。
その、ちっちゃくなることもあるにはあるけど、ほぼない。 はー、なるほど。じゃあもう取っちゃうか、共存するかの二択なんだ。 そう。
でもなんかすげーずっと気になって。 うん。 こうやって、こうやってなんか手つくとさ、はいはい。 こうやってって言ってもわかんないね。手つくと。
アデューで表情してますね、今。 触っちゃうんだよね、そこにね。ほっぺのさ、耳の下の辺にあるからさ。うん。
しかも、10円玉ぐらいの大きさね。 でっか! そう、そうなんよ。 そんなんあったの? え、気づいてたよ。だって言われたもん、だって、わらさんに。
あの寿司作ってた時さ、あの時に、中野くんできもあん、吹き出もあんじゃんって言われて。 へぇー、そんなこと言ってたよ。 そうだよ、目立つよなーって思って、そん時に。
あ、ごめん、なんか乙女心傷つけちゃったみたいな。デレカシーなかった。 けど、そんと、それもあった。
それはまあ正直あんま関係なかったんですけど、それよりか、自分がすげー気になってて、撮ったんすよ。 なるほどね。
で、撮ってる間ずっと見せてもらってて。 何を? 鏡で。見たいです。 あ、撮ってる様子を? そうそう。その切除手術を見たい?
顔を横にして、鏡を自分でセットして、手術、手術用を見せてもらって。 はぁ。 気持ち悪いね、なんか自分の。 なんで見たんだよ、じゃあ。
なんかすげー興味あるじゃん、手術とか、俺結構好きだからさ。 申し訳ないけどちょっとわかる。僕ら仕事柄。 そうそう、やっぱ生物やってるものとしてはやっぱそう。 そうだね。
まあ異常はなかったんですけど、また新しく手術をしたっていうお話です。 で、ここに今、絆創膏あるでしょ。 そうね、ありますね。
そう、絆創膏を今。 揉み上げの延長線状にありますね。 そうそう。
なんか痛いんだよね、この揉み上げがさ絶対バウンドエイドにくっついちゃうから痛いんだよね、毎回取るたんびに。 しかも1週間くらい前でしたっけ、2週間くらい前でしたっけ。結構経ちましたよね。
もうバッシュ終わったんですよ。 うんうんうん。 今週金曜にバッシュしてきて。 あ、金曜にやったんだバッシュを。 そう。
で、そこで特に問題なく。 すごい綺麗に、
すごい綺麗にね、なんかね、塞がってんだよね。 あ、じゃあもう傷も残らず美しい顔に。 そうです。成形後の美しい顔になりました。
綺麗なNAKAMURAになりましたね。 じゃあそんな感じで、今月6月の雨後は、YUはどうしてアメリカへ。
日本人企業社員が戦うアメリカンライフをテーマに、アメリカで活躍する日経企業社員さんの奮闘をお届けします。
今週からはアメリカで日経企業に勤める山田さんをお迎えします。 今回もよろしくお願いします。
アメリカンナイトGOLD。 それでは今回のゲスト山田さんです。
こんにちは。 こんにちは。 山田さんあのあれなんですね、わらさんのバトミントン友達っていう話を聞いてるんですけど。
そうですね、はい。最近バトミントンに来てくださっているのでよく一緒に。 お世話になってます。
簡単に山田さんの自己紹介お願いしてもいいですか。 はい、山田と言います。アメリカには2020年ぐらいに来たんですけども、
前は日本のメーカーで技術営業として働いてました。 でまぁ4年目ぐらいから中国に駐在になりまして3年働いて、
そこでちょっと1年復帰してMBAでも受けようかなと思いアメリカに来て、 であれよあれよという間に運が良くいろんな会社のポジションを見つけて今に至るというところです。
今は日経の会社のTPM、技術PMという仕事をしています。
文系出身から海外キャリアへ
じゃあ結構アメリカ長いんですね。 そうですね、今年で5年目ぐらいな感じですね。
コロナ禍進むね、2020年って言ったら。
ど真ん中ですね、学校空いてるって言われてきたら、学校閉まってて町もどこも何も空いてないってちょっと騙されてきたような感じ。
出身はどこなんですか。 出身は京都です。
京都なんだ、今度京都を旅行してきます。 そうなんですか。楽しめるよね、季節によると思うんですけど。
いや夏なんですよね。 最悪の時期ですね。
暑いって思って。 人多い、暑い、はい。
まあ、まあなんとかなるかなと思いつつ。
山田さん的には夏の京都のおすすめスポットってありますか。 そうだな、教えてほしいな。
ないですね。 ないの?
夏は京都、出向きを示してます。 京都、そうだよな。
嵐山も暑いですか。 嵐山もめちゃめちゃ暑いですよ。
まじか、やべえな。
中心地から離れているので交通の便もよくないし、大変ですよね。
まずいな、もう予約しちゃったな、ホテル。
レガキャンばっか。 よくないですよ。
えっと、なんだろうな、川床とかがいいかもしれないですね。 川床?
川が流れていて、その上に足場を組んで、そこでお料理をいただくような。
流しそうめんとか食えるとこっすよね。 流しそうめん。
ちょっと違うかもしれないですけど、多分海石料理とか、そういう系のちょっとお高いのを食べるようなとこだと思います。
それはありだな。 岐舟とかね、その辺のあたりは有名ですね。岐舟神社とか。
あ、岐舟神社。 その近くが有名です。
はい、じゃあそれを提案してみます。
大学はどこだったんですか。
日本は関西の関西学院大学っていうのを受けました。
そこでは何の理系だったんですか。
いや、全く関係なくて、文系の言語学科のドイツ語を専攻して。
まじ、全然関係ないですね。
え、普通その人たちってどういう職業に就いていくんですか。
女性が多くて結構、銀行に行ったり、普通のメーカーに行ったり、メーカーで営業とかっていうのは多くて。
僕も、僕が最初入った会社は自動車関連の設備メーカーの技術営業職っていう感じでしたね。
ということは、自動車だったら、営業か、営業だったら海外に行くっていう可能性とかもその時点であったんですか。
そうです。一応僕は海外営業部っていうところに最初配属されて、ドイツ語をやってたっていう事実だけで、ヨーロッパ担当させてもらってまして。
やっぱりドイツが自動車産業結構有名というか、ホットなので、よく出張とかに行かせてもらってました。
それいいですね。
そうです。すごい役得でしたね。
1ヶ月行かせてこいさいとか言って、歯振りが良かった時代なんで、1ヶ月行ってこいとか、そういうのが多かったんで。
そもそもドイツ語を先行にしたのは何か理由があるんですか。
父親が英語を話せたと。すごい小うるさい父親だったので、僕も言語をやりたいなって、コミュニケーション取るのがかっこいいなって思ってたんですけど、
英語をやると父親が小うるさく文法を訂正してくるのが嫌だったので、ここではない言語にしようと。
で、単純になんかドイツ語の響きがかっこよかったなっていうのを感覚で決めた気がします。
そうか、なんかドイツ、ドイツ語って大学にあったっけ、選択で。
結構第二言語の有名どころではあるかもしれないですね。
そうか、僕フランス取ってたんで。
フランス語もね、人気ですよね。
そうか、あったな、あったわ。
いひれべりひしか覚えてないです、僕。
まあ、必要十分ですね、それは。
それだけで。
どういう意味なんですか。
I love you っすね。
それだけでも十分。
それでも十分、それ知ってるよ、はい。
それだけ友達に教えてもらった記憶あるわ、そういうの。
アドバイスですね、ドイツ語専攻。
でも大学でドイツ語専攻出ると、ある程度やっぱりドイツ語でコミュニケーション取れるぐらいには語学は身につくんですか。
そうですね、僕もあんまりやることなかったので、頑張って勉強はしてた方なので、一応ドイツで就職を目指したこともあったんですけど。
ドイツ語が喋れるからドイツで仕事が見つかるっていうのは幻想で、やっぱドイツってマイスターの社会なんで、何か極めた人がその特定の職に就くっていうので、
僕が日本でドイツ語専攻出たっていうのを持って、どんな仕事がありますかって聞いたら、教師か警察官しかないって言われて、
警察なれんやと思ったんですけど。
だいぶなんか狭いなと思って。
っていうのでちょっと一旦諦めて日本で就職活動をしましたね。
そうやってドイツ語が喋れたからこそ、そういう職業に就けたみたいな感じになってくるんですかね。
まあ、面接、それが面接の決め手になったかはわからないですけども、部長とかになんで僕取ってもらったんですかって1年後ぐらいに聞いたら、お前は打たれ強そうだったからって答えが書いてあった。
多分ドイツ語は関係なかったんだなと思ってます。
メンタルだった。
今初年度からその海外事業部に配属されたんですか。
そうですね、はい。
で、そこからドイツ行ったり来たりみたいな。
そうですね、3回、4回、ドイツだけが守備範囲ではなくて、スウェーデン、ドイツ、オーストリア、あと中東担当してたので、その辺をぐるぐる回ってましたね。
いいですね、それ営業って売り込むんですよね、そこで。
そうです、お客さん回って、新しい設備入れませんか、設備も一番安くて3000万ドルとか、バンドルで5億とか、そういう大きな仕事だったんで、まあやりがいっていうのはありましたね。
あと、役得で海外行けるっていうのも良かったですし。
それ楽しそうですね、なんか。
楽しかったです。
22とかの時ですか、23とか。
24とか5とかかな、はい。
いいですね、ちょうどなんか楽しい時っすよね。
そうですね、元気になって、出張行ったらいろんなとこ連れに回ろうって思える時代の話です。
そっから中国に赴任したんですか。
中国駐在サバイバル記
はい、中国駐在になって、上海に3年ほどいたんですね、はい。
それもう全然、あれですね、ドイツ語関係なくなっちゃってきますよね。
関係なくなっちゃったんですよね。
僕はある日、ドイツに駐合したいっていうので、ドイツのマネージャーにずっとネゴしてたんですよ。
俺を呼んでくれとか。
お前らともう俺すごい良いコミュニケーションとれてるから。
で、向こうもOK、俺がお前のマネージャーに言うわって言われて、次の週にマネージャーに呼ばれて、山田さん駐在です、来たな、ドイツや。
中国ですって言われて。
なんでやねん。
なんで?
若くて元気があって、外国語が喋れてっていう男子が、ちょうどいい男子がいなかったらしくて、それで僕に白羽の矢が立ったっていうのがあったらしいんですけど。
それまで仕事とかで中国との関わりってあったんですか?
ゼロです。
ゼロなんだ。
中国語とかもゼロですか?
ゼロです。
やば。
駐在決まった段階で、中国のビザで点数制で出身大学とか、自分の給料とか、学歴出身大学とか、年次とかでポイントが重なっていって、ある一定の得点を超えないといけなかったんですけど、
僕は中国語のHSKのレベル4みたいな、こういう資格を取らないと点に達しないっていうので、山田さんあと1ヶ月で中国語の資格を取ってくださいって言われて、頑張って勉強した覚えはありますね。
HSKって英語でいうTOEICみたいなやつですよね?
そうなのかな。TOEIC、そうっすね。まあそんな感じ。まあまあまあ、そうっすね。一応、TOEIC的な言語能力試験ですね。
じゃあスピーキング、リスニングも入ってくるんですか?
もちろん入ってます。
きっつい。
スピーキングはなかったですね。リスニングとリーディングとライティングがあって、リスニングは壊滅的だったんですけど、やっぱりリーディングかライティングって漢字なんだよね。
ああ、確かに確かに確かに。
リスニング以外全部満点だったんですよ。
すごいおかしい。
リスニングはほぼゼロみたいな点数だったんですけど。
それで運良く通りました。
それになって、嫌って言えないんですか?
嫌って言えないんですけど、ちょうど僕も転職を考えてて、まあ海外行くのも転職するのも一緒かなっていうような僕の中で印象だったんで、じゃあまあ手軽に海外の経験も詰めるし、また帰ってきて転職しても給料上がるんでしょうっていう思いで行ってましたね。
確かに確かに。そうか、迫がつくんか。
そうですね、はい。
で実際中国に移動するって、引っ越しとかってどうやってやるんですか?
それは会社から行かされるので、会社が全部手配というかお金を出してくれるので、引っ越し屋さん呼んで。
やっぱそうなんだな。
はい。で、荷物まとめて現地に送ってもらう。で最初の方はホテルとかに一、二週間住んで、そのうち、その住んでる間にいろんな物件を見て、内見して、ここに住むって決めてっていう感じでしたね。
中国ってどうなんですか?実際住んでみて。
いや、僕楽しかったです。上海なんで、あのすごい都会ですし、同じ年次の駐在員とか結構がいたんで、英語もそこそこ通じる、通じひんかもしれんけど、だいたい通じるし、ご飯もおいしいし。
なんか安いって聞くんですよね、朝ごはんとか。
あの、ローカルの人が行くようなとこに行くとちゃんと安いんですけど、やっぱ外国人ってちょっとした小綺麗なとことかに行くじゃないですか。そうなると、あのほんまに日本とあんまり変わらないよね。
ほんとにローカルのスーパーに行くと、もうなんか値段がついてないような値段で、あのパン、焼いたパンとか、魚食材とかを買えるし、だからちょっとすごいスケッチな感じなんですけど、なんか怖いんですよね。
あの、生きたカエルを死ぬほどネットに入れてこういっぱい釣り下げてたり、ここ買うの怖いな、この食材をどう使うんだろうって、そういうところで買うのが一抵抗がなければ安く過ごせる国ではありますね。
実際山田さん的には結構余裕でしたか、馴染むのは。
そうですね、はい。最初はきつかったですけど、だいたい、はい、慣れてからは全然、汚いのはそんなに不得意ではないので。
何が一番中国で良かった、何が一番きつかったですか。
良かった、すごいなんか、僕が転職の時に受けた名誉と全く同じ。
いや、俺中国行ってみたいんですよね。
いや、全然経験するには楽しいところですよ。一番きつかったのは、やっぱり、なんていうのかな、考え方が違いすぎて、例えば順番抜かさないとか、人に死ぬほど当たったらごめんなさい言うとか、そういう文化はまずないので、そこに慣れるっていうのが。
本当にあそこにいる人たち、年来にもよるんですけどね、おじいちゃんとおばあちゃんと若い子はだいぶ違うんですけど、本当に通覚が頭の真ん中にしかないので、そこの以外のところに当たってもみんな怒らないんですよ。
僕も最初は肩とかぶつかるたびに、ごめんなさい、ごめんなさいって言ってたけど、誰も振り向いたりしに立ち止まったりもしないんで、こんなもんだ、っていう。
なんか強くなりますよね、人とぶつかることに対して、ぶつかるっていうのは身体的接触語やし、言語的なこのコンバンセーションっていう意味では接触語、でもぶつかることへの恐怖感がなくなったっていうのが中国で一番良かったことですね。
そうか、確かにそれはなんか想像できちゃうな。
本当に、とりあえず言っとこうみたいな、例えば、なんていうんですかね、その商談のときとかに、やっぱ向こう、僕一人で行って、で、向こうは5人ぐらいとか出てきて、で、マネージャーとか出てきて、で、この商品何パーセント負けなさいってガツガツ言ってくるんですけど、
そういうときにもうなんか、うってならずにちゃんと言い返すみたいな。今のあんた何パーセント負けなさいって言いましたけど、何パーセントって金額でどれぐらいですか?1000万ぐらいだよ。それあんたの年収いくらぐらいですか?あんたの年収分負けろって言ってるの分かってますか?みたいな。
けっこう強気で行くですね。けっこう行きますね。
それが良いかどうか営業戦略によるんですけど、そのときはちゃんと僕はいろんなものを握ってたんで、あまり怖いものがなかったんで良かったんですけど。
弱みを見せて助けてくれる人もいれば、弱みを見せるとこうグイグイ来ちゃう人もいるので、そこは見極めて、ちゃんと戦えるような、このマインドみたいなのが。
確かにな、グイグイ来られたら普通の日本人だと負けちゃいそうすもんね。
そうですよ。1回、銃刑に出張に行って、タクシー乗って、山奥のお客さんのところに行きたくて、乗る前に値段いくらやっていい?100円だって言われて、乗った瞬間メーター倒しちゃったんですよ。
で、山の真ん中で120円ぐらいになって、お前100円って言ったの覚えてるよなってドライバーに言ったら、もうメーター倒してんじゃんって言ったんで、
もちろんお前信用できない、俺もここで降りるわって言って、山の中で一人ドーンって降りたんですよ。
降りたんだ。
で、タクシーラプリ見ても周りタクシー絶対ないから、もう歩いていくしかないな、2、3時間歩くかと思ったら、ぐーって回って戻ってきて、お前乗れって言われて、
お前乗れってお前、いくらで言ってんの?100円や。いやいや、お前嘘ついたから割引けよって言って。
で、60円に刺して、60円やったら、もういい、乗れ乗れって言われたから、持って、はい60円って言ってさよならって。
すげえ。
強いな、それは強いわ。
だから選ばれたんですね、たぶん。
日本とかアメリカだったら死ぬほど嫌われると思うので気をつけた方がいいと思います。
そうですね、日本でそれやったら白目眠られますね。
そうですね。
え、でもその時ってどのくらい勝算あって降りるんですか?そこのタクシーを。
マジで歩いて行ったろって感じですか?
ゴブゴブっすよね。
あいつらも30分も40分も客乗せて山まで来て、収入ゼロで引き返すっていうのはこいつは絶対嫌やろうなっていう考えもありの、
でもワンチャン帰ってこーへんかなっていうゴブゴブの気持ちでその時は降りてました。
なるほど。
で、勝ったんですね。
負けたよな。
負けたらなんか楽しそうですね。
楽しいっすね、サバイバルな感じで。
で、そっから3年間いたんですか?中国に。
MBA取得とコロナ禍のアメリカ
はい、3年間いました。
で、そっから急にMBAを取ろうと思ったんですか?それともなんか徐々にそういうのを考えていったんですか?
めちゃめちゃ俗な話になってしまうんですけど、やっぱり日本の地方のメーカーって当時、今はどうか分からないですけど、
当時は給料がだいぶ低かったんですよね。
で、僕上海駐在だったんですけど、周り貧乏の人とか、少者の人とか、20代の後半とか、
で、もう普通に一千何百万、駐在だったらもう更に豪邸付き、運転室付きみたいなので生活してて、
僕はその時、家賃補助とかも入れて600万ぐらいしかなかったんですよ。
半分ぐらいか。
で、いつもみんな遊びに行くときに、山田豪華行くけどお金大丈夫?って聞かれる半年。
で、この会社で自由で働きやすいけど、やっぱりお金が欲しいよね。
どうやったらお金が一番貯まりやすいかな。
MBA取って博付けていいところに就職しようっていうのが、新しい能力も身につくからいいかなと思ってMBAを目指しました。
なるほどな。やっぱMBAをみんな持ってるんですか、そういう人たちって。
中国ではどうなの、中国ではあまり持ってなかったんですけど、
当時、下っ端だったけどもう仲在ということで、いろんな財務書評を見たりとか、
ちょっとマネージャーチックな仕事をしなきゃいけないことが多くて、
MBAってマネージャー養成学校なんで、そのときやってた仕事とシナジーがあって、
さらに高いポジションを目指せるんじゃないかなっていうのが僕の狙いだったので、
みんながやってたからっていうわけではなかったですね。
実際なんか僕結構MBAとってる人、この番組も出てくれてるんですけど、
MBAを取るのってやっぱりそんなに価値があるんですか。
中国、日本ではほぼ無価値なんじゃないかなと僕は勝手に思ってるっすね。
そうなんだ。
本当に僕はただキャリアブレイク、キャリアブレイクかつ、ちょっとステップアップのために選んだだけで、
ただアメリカで就職するのは多分普通に有用だとは思います。
じゃあもうその時点でアメリカを目指したからMBAに行こうみたいな。
別にアメリカ目指してないです。ただただ博が欲しかっただけです。
日本で給料高い会社って思ったら、いいとこの会社であったり外資系だったりするんで、
アメリカ系の資本の会社をもし狙うんだったらMBAも行けるんじゃないかなっていう、
ちょっとそういう下心チックなところはありましたけど。
そっからMBAは結局アメリカのMBAに行くんですよね。
そうです、はい。
多分日本でもMBAって取れるんですよね。
取れます取れます。
それをアメリカを選んだ理由って何かあるんですか。
何か、多分その日本でいっぱい、日本でMBA取ってる方もいっぱいいると思うし、
内容もあんま変わんないと思うんですけど、やっぱちょっと本物感が味わいたくて。
MBAはやっぱアメリカのものじゃないですか。
MBA取ったら英語ができるんだねって。
いや日本のMBAだよ、みんな英語もできはると思いますよ。
でもまあ、そういうプランクなしのMBAよりかは、
ちょっと背伸びしたMBAの方がかっこいいんじゃないかなっていう、
これもまた下心なんですけど、それでアメリカを選んだ感じですね。
MBAどこで取ったんですか、結局アメリカの。
サンフランシスコで、皆さんがよく行くような州立大学とかそういうところの付属のMBAではなくて、
ほんとに一般のビジネススクール。
ハルトですか。
そうです、ハルトです、はい。
ハルト、みんなハルトで取りますね。
そうなんですよ。
実際に行ったのは、入学したのはいつぐらいなんですか。
2020年の9月かな、確か。
2020年の9月、まじでコロナ禍っすね。
はい、ど真ん中です。
え、もう始まって大パニックの頃か。
そうですね、2月ぐらい、ちょうどコロナ始まったときは中国にいて、
まだコロナ報道がなかったけど中国で、
なんか謎の病気が重型で起こってみたいだぜって言うときに中国にいたんですよね。
コロナを追っていったみたいな感じ。
そこの重型というか、そこの中国からコロナ始まったぐらいには、
いったん日本に戻ってくるみたいな感じですか、タイムラインとしては。
そうですね、ごめんなさい、重型じゃなくて武漢でしたね。
武漢か。
で、そうですね、始まって、春節を挟んだので、春節だいたい日本に帰ってたんですけど、
そのときにコロナのアウトブレイクが報道され始めて、
戻りますか、戻りませんか、あなたの自由ですって会社に言われて、
ああみたいな、いやいや。
戻ってこいじゃないんだな。
そう、自分、自己責任で戻ってねって言われて、どういうこと?
でも日本にいても一生やることないし、とりあえず会社行って座ってるだけなんで、
まあ3週間ぐらい粘ったけど帰りますわって言って帰りましたね。
もう空港着いたら料金金扱いで、全身検査されて、車に乗せられて、
警察パトカーのエスコートで自分の家まで行って、
家に入った途端に自分家のドアにセンサーをつけられて、
開閉センサーみたいなのつけられて。
やば。
で、1日に2回検査員が訪問に来るから、それに絶対出ろと。
で、私は全部デリバリーを取ると。
で、デリバリー取ったやつはプールしておいて、1日に1回配送すると。
あ、じゃあ3回来るわけじゃないんだ。
1回しかできない。
それお金はもらえるんですか?
もちろんもらえないですよ。
給料はでもその会社から。
うん。
で、リモートで確立するのも1ヶ月。
そのときは3週間やったのか、ちょっと思い出ないですけど。
家から働いていいっていうので。
で、それを破ると、このアリババ信用とか、
WeChat Payっていう全員の口座番号とか、
携帯電話が紐づいてるアプリケーションをみんな使わざるを得ないような生活環境なんですけど、
そこにコロナアプリをインストールさせられて、
で、そういうルールを破ると、
自分の、自分のなんて言ったら、
そのヘルスを証明するQRコードが赤く染まったり黄色く染まったりするんですけど。
こーわ。
そうなると、建物に入れなくなりますよね。
へー。
で、それを緑に保つっていうのが当時、
目標っていうか、それを頑張って緑に保つっていうようなことをしてましたね。
そうか、結構厳しかったんですね。
そうですよ、ゼロコロナ政策してありました。
もっと後で厳しくなるんですけどね。
海外から来たら全員ホテル隔離1ヶ月とか。
僕はその1個前だったんで、比較的ゆるかったときなんですけど。
で、そっからまたアメリカに行くんですよね。
キャリア戦略とAppleでの経験
そう、その時ぐらいにはもういろんなとこに願書出したりテスト受けたりしてて、
その頃にはもう決めてたんですかね。
で、またコロナ禍にサンフランシスコに飛ぶ。
そうです。
会社辞めるんか。
1回日本の本社に記任しないと辞めれないって言われたので、
5月に記任して、で、
あとは悠久昇華とかで9月までだらだらして、
で、そうですね、9月の7日ぐらいにサンフランシスコに来ましたね。
どうだったんですか、コロナ禍のサンフランシスコ、僕ら知らないんですけどね。
なんもないですよ。
1個1人道にいなくて。
そうなんだ。
で、料理屋さんとかも空いてるけど、空いてるとこも少なかったけど、
僕は置かなかったのでチャイナタウンの近くに住んでたんですけど、
チャイナタウンの中華の店はちらほらやってて、
そこが僕の唯一の食料を取れる場所だったんですけど。
スーパーとかも空いてたんですか。
スーパーギリ空いてたんじゃないか。
スーパー空いてたと思いなさい。
そうか、じゃあ学校も多分あんまり空いてないですね。
そうですね、学校は閉まってましたね。
なんかあんまアメリカっぽくないですね。
なんか楽しくなさそうですね。
なんかハルトはその当時はボストンとサンフランシスコにこのメインキャンパスが、
今はもうサンフランシスコキャンパスがなくなってはいないけど、
そのメインキャンパスではなくなっちゃったんですけど、
ボストンに行くかサンフランシスコに行くか考えてて、
ボストンはずっと空いてたんですけど、
サンフランシスコだけ僕が来た途端クローズするっていうことが決まっちゃって、
来たはいいものの6ヶ月ぐらいずっと家にこもってるっていう生活をしてましたね。
ずっとオンライン授業みたいな。
そうです。
じゃあもうあれですね、友達とかもできにくいっすよね。
思うじゃないですか。みんなね、飲み会はやるんすよ。
まあそうか、まあそうだよな。
飲み会では会えへんけど、飲み会では会えるみたいな。
ある意味そういうのがあるからこそ、
日本に帰ってオンライン授業というよりかは、
こっちでオンライン授業の価値があるっちゃあるですね。
いやまあ別に、飲み会に価値があるかって言われると僕は疑問ですけど。
ただ、やっぱりこっちに来て授業を受けてたっていうのを証明できないと、
ビザが下りないみたいな。
アメリカにフィジカルでいるっていうのを証明できないといけないっていうこともあったんで。
で、そこでMBAを1年でしっかり取れたみたいな。
そうですね、最初1年で卒業しようと思ってたんですけども、
1年終わった段階で日本の就職マーケットもあんま良くないし、
アメリカでもほとんど仕事ないっていうので、
ちょうど学校がデュアルディグリーという2個目のディグリーを、
本当はお金かかるんですけど、ほんまに生徒は得ないから、
タダで取っていいよって。
プラス半年でデータサイエンスの触りみたいなのを。
それがSTEMの学科だったんで、
STEMだとやっぱり就職するときに有利。
STEMがないと1年しかOPTで働けないんですけど、
STEMの学科を出てると3年間働けるんで。
それで、もしアメリカに残ろうとしても3年間バッファーの時間を稼げるっていうので、
データサイエンスと勉強しましたね。
それ賢いですね、戦略的に。
なりゆきでしたけど。
そこでけど、OPTさんになっても職を得ないとたぶん残れないですもんね。
もちろん。
OPTが3年あるとはいえ、仕事がないと、
たぶんグレースピリオードが60日か90日か、その間に仕事を見つけられなきゃいけない。
そもそも仕事がなければビザが下りないんで、
雇用後60日ぐらいで帰国しないといけないとか。
仕事があってもクビになったら、クビになった後60日以内に仕事を見つけなければ、
退去しなきゃいけないとか、そういうルールがあります。
実際インターンとかそういう就活とかっていうのは、いつぐらいから始めるんですか?
みんなもう本当に授業が始まったその日から周りの人たちが知ってました。
へえ。
やっぱね、就職目当てで来てる人は、
結構就職目当てステップアップ目当てで来てる意識高い子たちが多いので、
僕はアメリカで就職するっていう計画では当初なかったので、
卒業する3ヶ月とか4ヶ月前ぐらいから始めましたけど。
それで就活を取れたんですか?
たまたま知り合いがAppleで働いていて、
Appleのコントラクターポジションを紹介してもらって、
そこの面接がたまたま通って、いい場所が見つかったって感じですね。
Appleのコントラクターってどういう仕事をするんですか?
僕が働いたのはApple Mapsのポジションなんですけども、
本当に日本に関する地図情報に誤りがないかとか、
例えば住所の割り振り方が変じゃないかとか、
存在しない住所が地図のデータじゃないかとか、
新しいお店ができたけどそのお店とかがちゃんとMapsのデータに載ってるのかとか、
そういう基本的なバリデーションをするようなポジションでした。
じゃあガッツリMBAというよりCSの方が役立ってるんですね。
そうですね。ポジションにはデータエディターみたいな感じだったと思います。
むしろ理系になってしまったわけですね。
それ自体は別に理系じゃなくても全然できたんですけど、
本当に仕事的には結構ストレートな仕事なんで、
僕的には本当に週の半分ぐらいで1週間の仕事みたいな、
終わってしまうくらい感じだったんで、
学校でSQLとかPythonとかR勉強したんですけど、
なんかやらせてくれないですかって言ったら、
地図データのサーバーのアクセスを、フルアクセスをいただいたんで、
それでマネージャーからこんなことがしたいからやってみてっていう注文を個別受けながら、
ちょっとずつちょっとずつ勉強兼仕事をしてたって感じですね。
ただそれをやると給料は上がらないですよ。
ただのエキストラの経験だけの話だったんで。
なんかアメリカの企業で、
日中米での働き方と将来の野望
そうやって育てるような仕事を割り振るイメージってあんまりなかったんですけど、
あるにあるもんなんですか?
結構あると思いますよ。
チャレンジしたいって言ったらチャレンジさせてくれて、
そのままうまくいったら採用、
そのまま正社員とかっていうのは多分今の仕事でもあると思います。
それいいですね。
日本と中国とアメリカ、3つで今働いた経験があって、
どこがいいとかありますか?
どこがいいか。
どういう違いがあるとか。
それぞれの良さはもちろんあって、
日本はやっぱベースなんで、生活がしやすいじゃないですか。
あらゆることが日本語でできるし、
僕たちのこのスタンダードも共有できるんで、
コモンセンスが一緒なんで。
中国はとりあえず気分、気持ちがすごい楽っていうか、
なんていうんですかね、
人に気を使う必要がないっていう。
アメリカは生活全然楽じゃないし、
英語もしんどいけども、とりあえず給料がいい。
給料はほんまにぶち抜けていいので、
これ貰えるんやったらどんなにしんどいこともやりますっていう気持ちになります。
物価を考慮してもアメリカのほうがいいですか?
物価を考慮してもアメリカのほうがいいと思います、僕は。
そうなんだ。やっぱ違うんだね、アメリカの企業って。
本当に1社員が貰える給料の額としては全然、
もちろん生活コストは高いですけど、
ボリュームが大きいと、
例えば旅行行って遊ぶってなったときも全然まず減り方違いますし、
物価が違うって言っても生活費そんな10倍とか違うわけじゃないんで、
全然吸収できる範囲かなって分かってますよ。
そうか、そういう意味ではアメリカのドリームがあるわけですね。
会社員でもドリームはあるかも。
その代わりレイフでいつ切られるか分かんないですけどね。
あーそうか、そのリスクはあるんですね。
じゃあ今後は可能な限りアメリカで働いていきたいって感じになるんですか?
そうですね、妻が何て言うかはさておき、
定年ぐらいまでどっさり金を貯めて日本に帰って、
札束で周りを仕事着ながら生きていきたいなって。
野望が。
すげえ嫌なやつに聞こえるけど大丈夫。
いい野望だ。
じゃあ後半で回収していきましょう。
交換の。
いい人っていうのを。
エンディング
というわけで今回は山田さんがアメリカに来た経緯について伺ってきました。
今回初めて参加していただいたわけなんですけども、いかがでしたでしょうか。
身の上話をこんなにしたのが久しぶりだったので緊張したんですけど、
それと同時に昔受けてた面接を思い出してちょっと緊張しました。
そうか確かに面接みたいだったな。
僕から器用に話せればいいんですけどね。
引き出してもらわなきゃいけなかったんですみません。
後半は好感度を上げに先輩としていろいろ教えていただければなというふうに思います。
はい、頑張るからな。
それでは来週後半もお付き合いよろしくお願いします。
さてアメリカンナイトGOLDは毎週日本時間の金曜0時に配信をしています。
番組のご意見ご感想は、
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皆さんからのコメントをお待ちしています。
ここまでのお会いとはNAKAMURAと山戸でした。
また来週。
40:25

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