早速ですけど、橋原さんから、過去の自分に伝えたい、仕事をする上で大切にしていること、
大切にした方が良いと考えること、何かありますか。
若い頃、若かりし頃、20代ぐらいの頃に経験して失敗して、
それが今の自分の仕事のやり方、スタンスにつながっているとは思っていて、
今からちょっと話したいことは一つぐらいしかないんですけど、
あの頃こういう失敗して今の自分につながっているなみたいなのが一つあって、
ちょっとその話をしたいなと思っていて、
それがもし20代の自分に今あったら伝えたいことになるかなというふうに思うので、
ちょっとお話ししようと思っています。
これ過去にもPodcastで話したことがある内容ではあるんですけど、
前提として自分が結構こう仕事する上で、
割ともう暗黙的に大事にしていることっていうのが一つあって、
それは結構しっかり準備をする、準備をしっかりするっていうことを意識的にというか、
割と染み付いてやっているかなっていうふうに思っていて、
それってどういう経験から来ているのかっていうのをちょっとお話したいと思うんですけど、
まずめちゃくちゃ古い話をするんですけど、
今僕45歳なので、22、3歳くらいの頃の話をするんですけど、
大学生の頃の話なんですけど、
確か大学の3年生か4年生くらいの時に、
僕大学の大会系の公式の野球部に所属していたんですけれども、
結構その当時自分のチームは一部リーグにいて、
結構そこそこ強かったところもあって、
なかなか試合に出るのは難しいっていう立場にいたんですよね。
で、たまたま試合の展開的に台打が出るシチュエーションがあったんですけど、
自分も台打で出る候補の一人はあったんだけど、別の選手がまず先に呼ばれたんですよね。
相手ピッチャーが右投げのピッチャーだったんで、
監督は台打を左打ちの打者、
野球ってセオリーからすると右投げのピッチャーに対して
左打ちのバッターの方が確率が高いっていうのが一般的にはあったりするんですよね。
なので左打ちのバッターが先に台打でコールされたんですけど、
そうするとコールされましたと。
その時点で僕は今日俺じゃないんだっていうので、
結構気持ちを切ってしまって、
ぼんやり味方の選手が台打に登場していくっていうところを眺めて見てたんですけど、
その時点で完全にもう今日俺ないんだなみたいな感じでスイッチを切ってしまったというのがあって、
そうすると相手の監督が、
要はこっちが左バッター出してきたんで、
今度その向こうもピッチャーを左に変えてくるみたいなのがあって、
要は左打ちのバッターが出てきたんで、
じゃあこっちは左だけのピッチャー出すぞみたいな感じで、
系統してきたんですよね。
そうするとこっちの監督もそっち左出してくるんだったらこっちは右出すわっていう感じで、
次呼ばれたんですよ。
お前行ってこいみたいな感じで台打。
で台打で行って、
普段だったら要はもう初級からどんどん台打ってその1出す日しかないので、
例えば1試合丸々出る選手だと4打席ぐらい回ってくるので、
その中でヒットを1本打ったら25%、2本打ったら50%みたいな、
そういう勝負をするんですけど台打ってその1打席しかないので、
そこで結果を出すしかない。
しかも台打が出るシーンって結構その試合の重要なシーンだったりするので、
要はストライクが3つ取られるとアウトっていう世界の中で、
その33%を逃してはいけないっていうそのゲームなので、
こう積極的に振っていくってことをしなきゃいけないんですけど、
それ当然のこととして台打として出ていくんですけど、
要は1回気持ちを切ってしまったっていうのがあって、
めちゃ覚えてるんですけど、
バッターボックスさせて気持ちがもう1回切れてるので、
突然呼ばれて出てきた人がバッと思ってバッターボックスに立ってるっていう感じで、
試合に出たくて練習してそこにいるんですけど、
心の準備ができていないので足震えてるっていうのが今めっちゃ覚えてる。
シーンがすごい今でも頭の中にクリアに浮かんでくるんですけど、
そういうシーンがあって、
初級結構ね、真ん中低めのストレートがズバッと入って、
普通だったら絶対打ちに行くはずのボールを平然と見逃してしまうみたいなのをして、
その時点でもう負けなんですよね。
初級の上手いボールを台打で出てきて見逃してるっていう時点で勝負があったみたいな感じで、
その後はあんまり記憶がないんですけどやってしまったっていうので、
多分三振だったと思うんですけど打ち取られてしまって、
その多分打席の内容自体が、
要は台打で出てきて初級の甘いボールを見逃して三振して帰ってきたバッターに
次の機会はないんですよ残念ながら。
なので多分そのシーズンはもう二度とチャンスをもらえることなくシーズンを、
大学ってリーグ戦なので大体6チームでリーグ戦やるので、
最低でも10試合ぐらい回すんですけど、
そのリーグはもう一度も名前を呼ばれることなくシーズンを終えるみたいなのがあって、
自分もレギュラーじゃなかったんで結構貴重な打席が回ってきたんだけれども、
準備がない状態で打席に立って足震えてて、
初級のストライクに手が出せなかったみたいな経験があって、
その準備不足みたいなのをめちゃくちゃ痛感して、
こういう後悔がないように生きていきたいなみたいに思ったのが、
大学の時のすごい一番今でもクリアに覚えているエピソードなんですけど、
そこから就職して一社目の会社で結構忙しい時期があったときに、
一社目の会社も今の仕事に似てるんですけど、
いろいろクライアントに対して分析したりして提案を持っていくみたいな仕事をやってたんですけれども、
忙しかったが故に手を抜いた報告書を作って持っていこうとしたときに、
結構その当時の上司に、あんまり怒られるタイプではなかったんですけど、めっちゃ怒られたことがあって、
その時言われたこともすごい頭に残ってはいるんですけど、
要はその提案内容がクライアントに刺さるかどうか自体はまだお前も分かってたからいいんだと、
もうそれは結果がダメだったらそれでもいいんだけど、
お前がそんな手を抜いた準備をして持っていくことがお前の成長には絶対繋がらないから
二度とするなよお前みたいな感じの女性の人だったんで、そんなに言葉汚くなかったんですけど、
めったに怒られることはなかったその人に、結構要はその1回の提案の機会の話もそうだし、
お前の自分の成長においてそんな手を抜いたことをやってたら成長しないから絶対ちゃんと1個1個しっかり仕事しろみたいなことを言われて、
ちゃんと準備しっかりしろみたいな話なんですけど、言われたのがすごい今でも頭に残っていて、
その20代のその2つのエピソードがあったので、そこから大事な仕事というか重要なチャンスの前には、
後悔しないような準備をしっかりするみたいなのは染み付いた気がするし、
20代の自分にもし会話する機会があるのであればそういう話はしたいなみたいなのは思うのと、
あとちょっとなかなかと余談になりますけど、自分の息子も今高校野球やってるんですけど、
初級のストライクとか見逃し、甘い球見逃したりすると僕のその当時の記憶も蘇るし言っちゃうんですよね、
あの打席初級から行かなかったのはこういう準備が足りなかったんじゃないみたいなことを家に帰ってきて言っちゃうこともあったりするので、
実際自分に言い聞かせる機会はないんですけど、そういえば息子に言ってるなーみたいなのを今話しながら思い出したっていう感じですね。
なるほど。まずあれですね、自分が野球好きだったらもっとこういい相手打ちを打てたりとか盛り上がれた気がするんですけど、
野球自体は別にそこまでなんで、おーとかあーとかしか言えなくてちょっと申し訳なかったなっていうのと、
でもなんか大学時代の話もそうですし、たぶんその一社目の話っていうのも、たぶん割と橋原さんは若い頃にその経験をされているってことですよね。
そうですね、両方20代の、大学の頃はたぶん22、1、2歳かな。で、そのもう一つの社会人になりたての頃の話もたぶん26、7歳とかだったと思うんで、
比較的若い頃の話、エピソードですね。
なんかこう、今この年齢になってこう大切にしていることとか大切にしたいことにつながることっていうのを、
結構その若いタイミングで経験できてるっていうのは結構なんかいいですね。
たぶんそれを大事にしている期間が長いっていうことだと思うんで、すごく良い経験を結果的にすごい早いタイミングでされてるんだなっていう印象を受けました。
たぶん色々、自分も社会人になってから失敗をたくさん経験してるんだと思うんですけど、
おそらくはその失敗の理由をこう考えた時に当たりやすいのが、なんかその前のこう準備が足りなかったみたいなことが多分多かったと思うので、
たぶん他にもエピソードあるような気がするんですけど、それがたぶん自分の思考的に失敗の原因を見つめた時に、そのプロセスに結構理由を求めやすいタイプなのかもしれなくて、
それを繰り返しているうちに、やっぱり準備大事だなみたいなところに至ったんじゃないかなっていう気はしていて、特に今2つのエピソードみたいなのは、野球っていう自分の子供の頃からやってきた中で結構悔しかったシーンの1つであるのと、
あと2つ目のエピソードも割と普段そんなにあんまりとやかく指導されることがなかった上司から結構きつく言われたので、なんか印象的に残っているみたいなのがあって、なんかその2つのエピソードが割と尖ってるので自分の中に頭に残ってるなっていう気はしますよね。
つまり今日このトピックというか、このアジェンダを持ち出した趣旨って、当時は意識できていなかった自分に対して、今の自分から語りかけるみたいな話だったんですけど、柱さんは割と早いタイミングでそれを意識していたんで、なんか今更語りかける意味もないっていう感じかもしれないですね。
でもあれか、結局その準備を大切にして積み重ねてきた結果、やっぱりそれっていうのは本当に大事だったよって伝えることにはすごく意味がある。
そうですね。それでいくと、もうちょっと高校生ぐらいの僕に言ってくれたら、その大学の一座席は無駄にせずに済んだかもしれないなっていう。貴重だったんですよね。
どの時間軸の自分に呼びかけるかはルール決めてない。じゃあ高校生の時でもいいんですけど。
まあでもいろんな経験を踏まえて今になってるっていうのはすごいありますね。
うん。でもなんかすごいいい話ですね。なんか想像以上にいい話。特にその野球のエピソードとかすごいどこでも話せるぐらい、なんかいい話だなと思いました。
いやでもね、もう一回あの座席立ちたいとかって未だに思うんですよね。でももうできないんでね。
で、ちょっと僕の話長かったんで、えなみさんのエピソードでは次ぜひ、たくさんありそうなんでお願いしてもいいですか。
たくさんはなくてというか、なんか今ちょっと過去自分が書いた記事を見返してると、
シニアなプロダクトマネージャーへの道のりと心構えっていう、25年9月に出した記事の中で、なんか過去の自分に伝えたいことみたいなのを4つぐらい書いていたんですけど、
そこに書いてある話だけしても仕方ないんで、ちょっと書いてない話も含めてちょっとできればなと思ってます。
で、一個なんか全然橋原さんのそのエピソードみたいに何て言うんだろう、すごい引きのある話はできないんですけど、
なんか自分が、今となってもはや意識してないですけど、途中からこう意識して仕事してきたこととして、仕事っていうかしてきたこととして、
仕事の愚痴を言わないとか、仕事の愚痴を表に出さないみたいなことが1つあるんですよね。
で、たぶん特にTenXで働いてる人とかは、たぶん自分が仕事の愚痴を言っている場面に遭遇したことはおそらくないような気がしていて、
というのは仕事の愚痴をどういう場でも言わないからなんですけど、
で、これ昔からそうだったかというと、結構若い頃の自分は仕事の愚痴を同僚と飲みに行って飲みの場でしたりとか、
あるいはちょっとぼかしてSNSに愚痴をかけ込むみたいなことをやってしまっていた時期もあって、
それで結構やってるその瞬間は結構楽になるというか、結構ストレスの発散にもなるし、
当然同僚とか立場が近い人たちから共感も得やすかったりするんで、
結構そこである種発散ができて、また次の日から仕事頑張れるみたいな好感は一定なくはないと思うんですけど、
もうちょっと俯瞰してみると、すごく非生産的というか、それをすることによってその瞬間ただちょっと気持ちいいだけで、
何も物事は改善してないなっていうことに徐々に気づいていったんですよね。
やっぱりそういう愚痴みたいな形で、あまり適切じゃない形で発露してしまうと、
結構自分の成長機会だったりとか、ことに迎える機会みたいなものを結構失ってしまったりとか、
そういうふうになって、結局自分がすごく損するなっていうことに気づいて、
そこからそういうことをしなくなって今に至るみたいなところがあって、
でもこれ今振り返ってみると、やっぱり直近の自分の仕事への向き合い方みたいなところは、
過去の自分と比べても圧倒的に自分のためになっている仕事への向き合い方ができているなっていうふうな気がしているので、
もちろん個人の特性とかもあるんで、あんまり自分の中に抱えすぎると精神的にダメージを受けちゃったりする人もいると思うんで、
全ての人にそうするべきっていうふうには思わないんですけど、
少なくとも自分にとっては不適切な形で外に発動するのではなく、
ちゃんとそれをことに向かうっていうふうにつなげるっていう意識を持っておくほうが、
圧倒的に自分のためになったなっていうふうに思っていて、
自分は結構このマインドに慣れたのが割と後半だったので、
もうちょっと若い時からそういう意識で仕事をしていたら、
もっと違う自分っていうか、もっと成長した自分であれたかもなっていうふうには思ったりするんで、
まず一つ目は仕事の愚痴っていうのを言わないっていうことを過去の自分に伝えたいですね。
これは今も理性的に言わないようにしているっていう感じなのか、
もう愚痴言ってもあんまり意味がないっていう経験を繰り返した結果、
自然とさっきのことに向かうっていう思考により近づいていって、
今は言いたいけど言わんとこうとかじゃなくて、
もうそれが当たり前になっているっていう、そういう感じなんですか。
当たり前になってますね。
もうすごい愚痴言いたいんだけどすごく頑張って、
なんか代わりに一人でバッティングセンターに行って、
そっちにストレスをぶつけてるみたいな、そういうことではなく、
そもそもそういうことを言いたいっていう感情にならないというか。
なるほど。
なんかあれなんですよね、もう少し軽くなくと結局、
これ仕事だけじゃないですけど、自分の思い通りにいかないことなんて腐るほどあるじゃないですか。
自分が直接コントロールできることっていうのは、
自分の発言とか行動だったりとか、自分の選択とか意思決定とか、
この辺は自分がいかによりもできることだけど、
他人とか組織とか事業とか制度とかになっていくと、
どんどん自分ではどうしようもなかったりとか、
さらにマクロ環境とか政治的な決定とかになっていくと、
より自分は直接コントロールできなかったりするんで、
結構そもそも多くのことっていうのは必ずしも自分の思う通りとか、
自分が望む通りにはいかないっていうことを一旦は受け入れた上で、
自分がコントロールしやすいこととかによりフォーカスするとか、
そのコントロールのしやすさにはグラデーションがあると思うんで、
コントロールしやすいことを通じて、
少しコントロールしにくいことも変えていくみたいな、
そういうふうなマインドとか向き合い方でいないと、
例えば世の中でコロナが流行ったこととかに対して
怒っててもしょうがないんじゃないですか。
それと近くて、なので基本的に思い通りにいかないとかっていうことを
一定所要としているみたいなところは多分あるような気がしますね。
前回の神戸ラジオで、僕が松井秀樹さんのエピソードを話したときに、
他人と過去は変えられなくて、自分と未来が変えられて、
コントロールできることにフォーカスしたいみたいな話をしたような気がしていて、
同じ思想、同じ考えを江田部さんと僕は持っているんだなって思いつつ、
僕は未だに公式のバッティングセンターに普通に行くので、
もしかしたら僕はストレスをそこで発散しているかもしれないなっていうのを、
今知らないはずなのにディスられた気がしたっていうのが少しありますね。
いやいや、すいません。単純に自分が野球好きじゃないだけで、
もしバッティングセンターじゃなくてバスケができるそういう施設があったら、
自分行ってると思うんで、野球の好きかどうかの違いですね。
そうですね、今バッティングセンターに行く人はストレスを発散するために行ってるんだっていう、
ちょっと野球界を今敵にした感じは少し。
いやいや、そんなことはないです。あくまで例えで出しただけです。
ちなみに僕、未だにバッティングセンターは息子と一緒に、
自分が行きたいから息子を誘うところも時々あるんですけど、
未だにまだもうちょっと上手くなれないかなみたいな感じで行ってるんで、
世の中の野球を知らない人に言っときますけど、
バッティングセンターは必ずしもストレスだけじゃなくて、
まだ上手くなりたいと思っているおじさんもいる場所ですっていうことだけちょっとお伝えした上で、
エナメさんのエピソード2行きますか。
ちなみに自分はバスケまだ上手くなりたいと思って練習してるんで、
上手くなりたいって思う気持ちは全く否定してないです。よく分かります。
一緒ですね。
もう一個は、これもさっき紹介した記事の中にも書いたことなんですけど、
改めて、特に若い頃の自分に伝えられるといいなって思うのが、
外ではなく内に意識を向けるっていうことを書いていて、
これは今だからこそすごい意識できてるし、当時の自分に伝えたくて、
結構、自分そもそも新卒時代は営業の仕事をしていて、
2社目からプロダクトマネージャーに転身している。
かつ、プロダクトマネージャー1社目の環境も、2社目の環境も、言ったら3社目の環境も、
結構、自分の周りに先輩プロダクトマネージャーはいないみたいな、
ずっと1人プロダクトマネージャーだったんですね。
TENXに来て初めて、あの周りにもプロダクトマネージャーがいて、
切磋琢磨するみたいな環境で仕事をしているっていうこともあって、
結構、自分のやり方、自分の考え方が合ってるのかどうかみたいなところに、
いまいち自信を持てないみたいなことが、特に1社目とか2社目の途中くらいまではあったりして、
それもあって、結構、転職市場とかプロダクトマネージャー界隈から、
自分がどういうふうに見られるか、どういうふうに評価されるかみたいなことが、
結構常に頭の片隅の奥底にはあったなっていうふうな気がしていて、
ヤモトさんもすごい当時発信してたりして、すごい優秀なプロダクトマネージャーの人だなって思っていたりとか、
他にもいろんな発信されてる方もいたりとか、いろんな企業の事例とかも見ながら、
自分と比較するみたいなことがなんとなくあったなっていうふうに思っていて、
ただ今思うとというか、結局、例えば今の自分の仕事もそうですけど、
今の自分の事業への貢献だったりとか、プロダクトマネージャーとしての働きっていうのを、
外部の人が正しく評価することって絶対にできないと思っていて、
っていうのは、事業とかプロダクトを取り巻く環境とか、制約みたいなのって、
当然外から見えることも一部あるかもしれないけど、多分多くは外から見えないものだと思うし、
プロダクトマネージャーとしての自分の影響って、事業とかプロダクトとか、
顧客とかステークホルダーに対して発揮されるんで、
言ったら基本的にすごく自分に近いところに対して発揮されて、
やっぱり外からそれってなかなか見えないと思いますし、
結局プロダクトマネージャーの評価みたいなところって、
内部からの信頼とか、一緒に働く人からの特に非公式な評価、
会社としての組織的な評価制度ではなく、
非公式な評価とかっていうのが、結構プロダクトマネージャーとしての
自分の形作るかなとか、今は思っているので、
外からどう見られるかとか、
転職市場でどういう点数がつくかみたいなことを、
向いて仕事しててもしょうがないというか、
そのマインドは自分の事業とかプロダクトに対して、
全くプラスにはならないなっていうのが自分が思っていること。
これもしかするとスタンスとして極端かもしれないですけど、
自分は結構そういうマインドで今仕事をしていて、
これも結構今の自分にすごく合っている向き合い方だなっていう風に
感じているので、
当時は多分いろんな不安とか焦りとかもあったと思うんで、
結構周りとの比較だったり、周りからの見られ方っていうのを
どうしても少し気にして仕事していたと思うんですけど、
ちゃんとした姿勢で、ちゃんと仕事に向き合ってやっていれば問題はなくて、
なんで安心して自分の目の前のこととか、
自分の事業プロダクトに向き合って大丈夫だよっていうことを、
結構当時の自分に伝えたいなっていう風に思います。
さっきの話とつながっているような気もしていて、
結局外からの、要は転職市場の評価とかプロダクトマネージャー
っていう一般的な物差しで自分を図るみたいなのって、
結局物差しが結構、自分より自分の外にあるもので
図ろうとしている話だとは思うんですけど、そうではなくて、
より自分なりし身近なところからの、身近なところというか
自分の中の価値観でのよしよしみたいなところで
納得を得るみたいな話だとは思っていて、
さっきの結局他人だったりの評価って
別に自分でコントロールできるわけではない話ではあるので、
より価値観を自分の中の価値観で見るっていうのが、
外部のコントロールできないもので自分を評価されて
それに対してどう思うよりも、精神的にはやっぱりヘルシーだし、
そっちのほうが自分らしく生きれていいんじゃない、
自分らしく生きるというか、自分らしく仕事できて良いみたいなところが
つながってそうな気は話を聞いていて思いましたね。
そうですね。ただ、こう思えているのは
多分自分が運が良いというか恵まれている部分もあるかなと思っていて、
それは多分今というかTENX5年目になりましたけど、
自分に合った事業プロダクトとか自分に合った組織、
自分に合った仲間と一緒に仕事ができるっていう、
ある種チケットを手に入れられて今自分は仕事できている
ので、そう思えているみたいな部分もある気がするんで、
これが正しかったと今思えているのは、
そもそも自分が今この環境で仕事できているからで、
少しバイアスもあるなっていうふうに自覚はしているんですけど、
でも当時からこのマインドで仕事をしていた先には、
もしかしたらTENXじゃなかったかもしれないけど、
同じようなもしくは似たようなところに到達して、
危険で働けているような気もするので、
やっぱりそういう意識を持った方が良いよということは、
やっぱり振り返ってみると伝えたいことです。
僕も20代の頃は焦り結構あった気がしてて、
今45でどっかの家庭でその焦りはなくなったんですけど、
どこでなくなったかが思い出せなくて、
えらみさんの方が若いから覚えてそうな気がするんですけど、
その焦りはどの辺からなくなっていったのかなって。
どの辺からなくなっていたんだろうな。
でもTENXに来てからかも。
しかしともそんなすごく前ではないですね。
TENXに来る時とか来て少ししてからとか、
この3,4年とかそのくらい焦りないといっても、
もうあぐらかいてこのまま上がってやろうみたいな
安心感みたいなのは全くないですけど、
そういう外からの見られ方とか、
周りとの比較でジタバタしてもしょうがないっていう
腹のくくり方みたいなものができたのは、
ここ3,4年くらいかもしれないですね。
ちなみに僕の話をもう一回しちゃいますけど、
僕は前職に入社する時に10年間転職しないっていう縛りを、
今思えば何でそれをそこまで課したのかっていうのはあるんですけど、
内なるルールとして作ったので、
10年間転職とか一回も考えないってことにしてたので、
そこから解放されて生きているうちに、
確かに外の評価とかもほぼほぼ考えることなく、
事業に向け合えてきたっていうのはあったので、
きっかけはいろいろ人それぞれあるかもしれないですけど、
周りの物察しに振り回されずに、
何か没頭して集中して何かことを成すみたいな経験があった方が、
長期で見た時にはその人の結果的に価値を上げてそうな気は、
なんとなくするかなっていう気はしているばっかりですけど、
そういうふうに思いますね。
でも間違いなく今の橋原さんがあるのは、
10年以上脇目も振らずというか、
多分自分がやることに集中して取り組んだ10年ちょっとがあったからこその今だというふうに思うんで、
逆にそのくらい強い縛りを自分に課せたっていうのはすごいですよね。
別に誰に強制されたわけでもなく。
今何でだったっけなと思いながら話している中でいくと、
結局、短期と長期のトレードオフみたいなのは必ずあって、
短期的には例えばこっちに転職した方が給料高いとかいうのって、
いくらでも多分オプションあったはずなんですよね。
それを繰り返していった、例えば2年ごとに転職して5社に行った後の自分と、
1社でしっかり結果を出した自分を比較すると、
どっちが自分にとっていいんだろうなみたいなものを、
とはいえ結局それ考えた時って30代ぐらいなので、
あと30年ぐらいどうせ働くんだろうなみたいなのがある中で、
目の前の短期的なオプションをベストを尽くすよりも、
もう少し長い目で見た方が結果的には多分プラスじゃないかなっていう、
なんていうかな、こうイデオロギー的な話じゃなくて、
合理的に多分僕がそっちを取ってたような気はするので、
短期と長期のオプションがあった時に、長期を意図的に取って、
結果を検証して、まあまあよかったんじゃないかなっていうふうに思えているので、
今もそのスタンスを継続しているっていうのが実際な気はしていますね。
なので合理的にその選択を取ったような気がしていますね。
でもそれが合理的であるとはいえ、脇目を振ろうと思えば
いくらでも振れる誘惑とかはあったはずだけど、
やっぱそこを惑わされず貫き通すっていうのはすごいことだし、
結果的にそうしてよかったなって、
よかったなって自分が言うのも変ですけど、
よかったんだろうなっていうふうに思いますね。