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父親も夫も虚構の存在 映画「レンタル・ファミリー」に寄せて
2026-09-19 22:54

父親も夫も虚構の存在 映画「レンタル・ファミリー」に寄せて

父親も夫も「父の息子」も、家族の中での男性の役割ってぜんぶ演じるもんだよね、と考えてたことをレンタル・ファミリーという映画をみて思ったよということを話しました。

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私は自分の本業を、夫と父親というふうに話をしています。 仕事というふうな捉え方をしているの?というふうに言われると、
仕事かなというふうなのが一番近いなというふうに思っております。 というふうなのも、夫と父親というふうな、男性が家族の中で演じる社会的な役割というふうなのは、
全部フィクションのものだよなって私はどこかで考えている節があるんです。 今回はそういうふうなことを考えたきっかけにもなった映画、
レンタルファミリーについて話をしていこうと思います。 一応こちらの映画についてはですね、全部ネタバレをしていこうかなとは思っております。
なんか調べたらディズニープラスだけ無料で全話配信されているような状態になっていて、 アマゾンとかそこらではレンタルで見れるような状況になっておりますので、
映画を見られた方も見てない方も分かるように話をしていこうとは思っておりますけれども、 まあネタバレは全部するというふうなことだけご念頭に置いた上でお付き合いをいただけるとありがたいです。
こちらのポッドキャスト番組は、普段夫と父親を本業としている私がいろいろと思ったようなことを、わざわざ人に話すことでもないようなことを話をしていくポッドキャスト番組続きとなっております。
今回はちょっと話をしていきたいのはレンタルファミリーと、父親とかをはじめとした家族における男性の役割って全部フィクションだよねっていうふうな話をちょっとしていければなぁと思っております。
最初にこのレンタルファミリーってどんな映画だったのっていうふうな話からしていこうと思うんですけども、こちらの映画は今年、2026年の2月27日に上映されております。
日本が舞台になっている、全編日本で撮られている映画でもあるんだけれども、座組は海外での映画スタジオと、あと海外で活躍されている光さんという、この方の36ミニッツという、
脳性麻痺で生まれて、脳性麻痺じゃないや、なんかちょっと障害を持って生まれてきてしまった車椅子の女性が主人公の、車椅子の女性なんだけれども、エロ漫画家さんをされているというふうな女性を主人公にした映画を撮られたことで有名な方となっておりまして、その方がブレンダンフレイザーという、
ハムナプトラではイケメンアクション俳優というふうな感じでデビューしてきたんですけども、その後ホエールとかでブックブクに太ったデブのおじさんをやっていたりとか、今回もブックブクではないんだけどそれなりに体格がよく太っている、
日本で落ちぶれた外国人俳優をやっているというふうなおじさんが主演をしております映画となっております。私はこの映画をとりあえず2月に見てきてどんな感じになってたかというと、映画を見た後はスタッフロールを見ながらボロボロに泣いてるくらいには弱い台座だったなというふうには思っております。
なんでね、そういうふうな弱いところをつかれたなというふうな弱点属性をつかれたというふうなだけで、すごく過転対象にはなっちゃってはいるんだけどね。その辺も踏まえて色々と家族における男性の役割的な部分についてお話ができればなと思っておりますので聞いていただけると嬉しいです。
この映画はどんなような映画だったのかというと、あらすじを話をしていきますけれども、主人公になりますのはブレンダーンフレーザーというふうな俳優さんが演じております。これまた映画の中でも俳優を演じているというふうな、そんなような感じになっております。
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主人公はフリップさんというふうな白人男性になっております。彼は元々日本にやってきて、それで映画俳優の仕事っていうか、CMとかでおなじみのあの人みたいな感じでデビューすることをきっかけにしていて、
その後、日本で俳優の仕事って言っても、なるほどザワールドとか再現VTRみたいなので出ている、海外の人役っていうふうな感じで日本で働いている俳優さんとして、落ちぶれた生活を何なりをやっているというふうな人となっています。
なんだけど、この人、こういうような俳優の仕事をしている方はら、ある日、エージェントからちょっと変わった仕事なんだけどやってみないっていうふうな感じで、お葬式で個人の知り合いだった白人男性として泣く人っていうふうな役で、カメラも何も回ってないところに呼び出されるというふうなところからお話をスタートしていきます。
そこで呼ばれていって、いろいろと1時間ぐらい個人を思いってスピーチを適当にやって泣いてみたりするっていうふうなことをやった後で、この個人が実は生きていて、自分の葬式が仮にこんなに盛大に開かれたらどんな感じになるかっていうふうなのを体験したかったっていうふうな人だったっていうふうなのがあって。
その後、フィリップさんはそれを運営している会社、レンタルファミリーという、家族とか家族の人に頼まれた役柄を演じるプライベートな俳優っていうふうなのをやるようなお仕事を始めていくことになります。
ちなみにこのレンタルファミリー業というか、レンタル知り合い業というか、インターネット上にレンタルなんもしない人とかそういうふうなのいますけれども、レンタルファミリー業のこのお仕事っていうふうなのは、実際に日本国内に300社ぐらい結構あるそうですね。
意外とご利用者が多いんだろうなとは思うぐらいには、舞台になっているようなものとなっています。
東京舞台としていて、本作ではこうやって、いろんなレンタルファミリーを頼んで何かしなければならないような人のところに、フィリップさん、白人男性というふうな役柄でいろんなところに出張して、それぞれの役を演じていくっていうふうなことをやっていきます。
それこそ最初は、結婚式の花婿役。この花婿役をなんでやっていくのかというと、どうもレズビアンのカップルがいるんだけども、家がとっても堅い感じとなっておりまして、両親を安心させるためにカナダ人男性と結婚をしてカナダに移住するっていう。
それで、カナダの方に移住して、本当のパートナーと一緒にそこで暮らしていくっていうふうな、同性婚をして暮らしていくという。そのために、フィリップさんを花婿役というふうな形で使っていくっていうふうな感じをやります。
そんな感じで、フィリップさんはいろいろと白人男性役をやるっていうふうなことに対して、最初はいろいろと俊人をしていくんだけれども、いろんなところの家族とかそういうふうなところに入り込んでいくことによって、この仕事の面白さに目覚めていくっていうふうな感じになっております。
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だから、途中、冒頭の方から、中学受験をするために母子家庭の中に入り込んで、いいところの中学受験をするために、どうもその中学受験をするための条件として、家族、父親と母親2人が揃ってることっていうふうなのが条件になってるような学校に入学をさせるために、父親役としてフィリップさんが入り込む家庭があったりとか。
あとは、もうボケ始めてしまった元俳優さんのところに、雑誌記者の役になってインタビューをしてくれとかっていうふうなことを頼まれたりとか。
あとは、引きこもっている男性宅の家に行って、お友達役として一緒にゲームをしたり、外に出たりとかっていうふうなことをやっていくっていうふうなのを、フィリップさんはいろいろとやってたりしております。
そうやって、家族の中に入り込んで演技をしていくっていうふうなことにのめり込んでいく時々に、いろんな役を演じていくんだけれども、演じていく最中にのめり込みすぎてしまうっていうふうなことが、映画の常としてあったりするわけなんです。
例えば、中学受験をするためにお父さん役をやっておりますミアちゃんという。このミアちゃんはどうもお父さんが白人のアメリカ人男性で、お母さんは日本人なんだけれども、どうもお父さんとは縁がすっぱり切れちゃっていて、
この中学受験をするためだけにお父さん役をやってくれっていうふうな形で頼まれて入り込むんだけれども、このお父さん役をやっている関係で本当にお父さんのような気分になってしまうっていうふうなのが、ミアちゃんのパートの方では描かれていくし。逆に、高齢の俳優のおじいさんのところにお話を聞きに行くっていうふうなところはやってると、
今度、この高齢の俳優さんのボケているような状態っていうふうなのをどうにかするために、このお父さんが考えているというか、そのおじいさんが考えている内容っていうふうなのを聞いていくうちに、どんどん息子のような振る舞いをしていくようになっていくっていう。だから、やればやるほど、この家族の中に入り込んでいろんな仕事をするごとに、この家族のような振る舞いをどうしてもしてしまうっていうふうな、そんなような話になったりはするんですね。
実際に、こうやってフィリップさん自身も演じていくんだけども、このフィリップさん自身が所属しているレンタルファミリーというふうな会社の中においても、この会社の中で働いている人々もまた同じようにいろんな闇というか、レンタルファミリー業をやっていく上でいろんなところにのめり込みすぎてしまって、おかしくなってしまうっていうふうなところの描写とかもね、多々あったりするんです。
例えば、社長が一番ね、やべえなっていうふうな感じになっておりますんで、この辺の部分はちょっと伏せとくので、ぜひ見ていただきたいなというふうに思っておりますね。
で、あと大変そうだなというふうに思うのは、このレンタルファミリーのお仕事の中で働いている女性スタッフがいるんですけども、この女性スタッフのお仕事の主な役割っていうふうなのが、不倫相手の不利をして家族に一緒に謝ってほしいっていうふうな謝りサービスというかね。
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で、それを頼んでくる男性客が主になんですけども、男性の側は、実際の不倫相手とは関係を続ける。でも、不倫相手の不利をして謝ってもらったことで関係を清算したよってことにするっていうね、本当最悪だなっていうふうなことをやっていくんですけどね。
そういうふうなところとかも描かれてたりするので、とっても興味深いかなとは思ってます。
で、そんなような形で描かれていくレンタルファミリー業で、いろいろとひともんじゃがあったり二もんじゃがあったりするっていうふうなことをやっていって、このフィリップさん自身もこの仕事をやっていくごとに、いろんなところに入り込んでいって、それぞれの契約の中でのお仕事っていうふうなのをやっていくんですよ。
なんだけど、契約期間が切れたらどうなるかっていうと、当然のことながら他人に戻らなくちゃいけないんですよね。なんだけど、他人に戻った後も関係をちょっと続いてしまうような描かれ方とかっていうふうなのが用意されているパートもあったりする。
特に父親役をやることになったミアちゃんという女の子は、契約期間が切れた後に会うシーンっていうふうなのがありましてですね。もう思い出すだけで泣きそうになっちゃうぐらい、うわーってきちゃうんだけどね。
まあ、それこそ小枝裕和監督の、そして父になるでもおなじみのあれなんですけども、その時まではパパだったんだよっていうふうな感じのことを本当にこの映画の中でも言ってたりはするんですね。
言ってしまうと、演じてはいたし、役割としてそれを受け負ってはいたんだけども、確かにそれをやってる間はお父さんだったんだよっていうふうなことを本人も思っているし、子供の方もそういうふうに思っている。
で、その後、年の離れた友達として会えたらとか連絡先を買わせたらみたいなことを言ったりするんだけどね。
でもこれは絶対に母親が許したくないだろうなっていうふうな事案にもなるだろうなっていうね。
なんせ、実際に血縁関係もないし隕石関係もなかった中年の男性と娘が関係を持っているっていうか、コミュニケーションを取っているって怖すぎるような感じになるので、反対する気持ちもわかるんだけど。
でも、映画の中での関係としてはちょっとそういうふうな形で終わっていくっていうふうな形をやってたりするんですよ。
で、こんなようなことを見ていて思っていたところなんだけれども、本当に男性って家族の中においての役割って、本当に演じるものしかないんじゃないかなっていうふうに私自身は考えてたりはするんですよ。
で、演じるものっていうふうなのはどういうふうなものなのかというと、確かに肉親関係というか、私も家庭を持っておりまして子供たちも2人おりますけれども、一応血縁関係があります。
血縁関係があって父親になっていてっていうふうな関係ではあるんだけれども、これって別に関係がないよなっていうふうな気がするんです。
私が彼女たちにとっての父親であるのっていうふうなのは、一緒に暮らしていて彼女たちのことをやって、彼女たちの生計を支えている一方で彼女たちに父親として関わっていることができてるからっていうふうなので、父親をやれてるんだろうなというふうに思っております。
だから私がまかり間違って死んでしまって、他の男性がここの立場に入ってしまって、そして同じことを全うするのであれば、それも父親だろうなって私自身は思ったりするんです。
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だからこの映画を見ていて思っていたのが、血縁関係があるなしじゃなくても父親っていうのは割と慣れるなというふうに思っております。
言ってしまうと母親も別にそれでも慣れてしまうなと思っております。
それこそね、養子縁組とかで子供が埋めないようなご家庭が養子をもらってきて育てるっていうふうなこともありますけれども、そういうふうな場合でも一緒にやっててそういうふうなことができるんだったら、それはその人たちの方が親だろうなというふうには思っております。
血がつながってるから親だっていうふうなのは、ちょっと言い過ぎた部分もあろうなというふうなのはね、ちょっと思ってたりするんです。
特に男性に関してはね。
血族だうんうんだとかっていうふうなことを話し始めると、私はいろいろとめんどくさいことを話しをしようとして、そこの部分に知識も何の準備もしていないので、あんまり話したくないなと思って話してる部分なんだけども。
夫婦別姓とか苗字とかあるじゃないですか。あれは男性の苗字をそれぞれついていくっていうふうな形になっていて、それが疑似的に子供たちとか子子孫孫に広がっていくっていうふうなものだったりするんです。
だから男性の血族でつながっているっていうふうなことになってるけれども、本来生物の広がりとかその辺の部分を考えると、私は女性の方が優位なんじゃねえのって思ってたりはするんですよね。
だから実際に腹を痛めて産んだ方の方に血とか家とかそっちの方が収束というか、そっちの方で広がっていくもんだろうなというふうに思ってて。
たまたまの拡張性とかそういうふうなのが優位だからっていうふうなので、今現在はこんなふうになってるけれども、でも本来女性の広がりの方が優位なんじゃねえのって思ってるんです。
男性がそういうふうな形で入り込まないといけないというか役割を演じないといけないのって何でかっていうと、基本的にこの女性の社会において男性って多分どんどん弾かれていく存在だったりするんですね。
だからその役割を演じるからこそそこにいられるっていうふうなわけであって、その中に本来はずっと位置づけることができないなっていうふうな気がするんです。
実際にこういうふうな生き方をしているような部族とかそういうふうなのっていうのは世界各地でどうもあるらしいとは聞くんですけどね。
うまくしゃべれないのはですね、この辺は昔調べて話そうと思ってたんだけど話す機会もなく4,5年過ぎていてもう覚えてないっていうふうなのがあったりするんですけどね。
たしかに中国の南都家族とかっていうふうな部族が女系の家となっていて、男性が通い婚をして子供を産むんだけれども、男性が住んでいるのは母親の家っていうね。
子供部屋おじさんをやっていて家族を持てるってすごくすごいなと思うんだけどね。そこはそこで男性はそれなりに肩身が狭いような状況になるかなと思うんですけど。
でもそんな感じで、すごく何ていうの、過不調性においての男性とかその辺の役割って全部役割を演じているだけなんだよなっていうふうな気が私はしているんです。
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確かに子供たちの振る舞いとか顔つきとか見てると私に似てるなというふうなのもあるんですけどね。
でもまあ、父親の役割とかその辺の部分っていうふうなのを本当に演じてやれるもんだろうなっていうふうには思ってるので。
そういうふうなところも踏まえて、演じるっていうふうなことで家族に入っていくっていうふうなフィリップさんの振る舞いとかそういうふうなものが、
私はすごく家族の本質的な部分を表してるなっていう、特に男性から見た家族の本質的な部分ってこういうふうに演じるからやられてるんだろうなっていうふうな気がしてしまうんです。
だってね、私は多分、こういうふうな役割とかを演じてなかったら家事もできないだろうし、料理もする気も起きないし、育児なんてもっとする気が起きないだろうなっていうふうに思ってます。
で、私が多分これをできてたりするっていうふうなのは、映画の中とか物語の中に出てくる良き父親に対する憧れみたいなものから多分来てるんだろうなっていうふうに思うんです。
そして、社会的な規範。例えば、今現在の父親はこういうふうなのをやって叱るべきっていうふうなところから来て、いろいろとやってるっていうふうなのもあったかなと思っております。
言ってしまうと、父親のあり方はいろいろと時代に応じて全然違ったりするっていうね。
その辺の部分も影響を受けてるっていうふうなところを考えると、余計に演技をしてどうにか振る舞っていくものなんだろうなっていうふうな気がしてしまうんですね。
一方で、父親もそうなんですけど、息子っていうふうなのも多分演じるものなんじゃないのって私自身は思ってたりしております。
だから、良き息子でいるっていうふうなこと。それこそ父親がやってきたことを引き継いでいくっていうふうなポーズを見せるというふうなのも良き息子の振る舞いであるっていうふうなのも、やっぱり演じてなるようなものでもあるかなと思っておりますし。
言ってしまうと、それを言ってしまうと、全部演じて演じて演じてしまうっていうふうなところからスタートするんじゃないのっていうふうな気がしてしまうんですよね。
でも、そんなもんなんじゃねえのって思っております。正直なところ、仕事とかそういうふうなのって演技でやってるとしか思えないようなことってあるじゃないですか。
私は結局、仕事に対するモチベーションとかそういうふうなものって持てなかったのは何でかというと、多分、仕事とかを通じてモチベーションを得るというふうなものを描いているフィクションで、面白いものに当たったことがないからっていうふうなのもでかいだろうなと思っております。
多分、スポーツとかを面白いと思ったことがないのも、そういうふうなエンタメに当たることができなかった、もしくはそういうふうに面白いと思うような経験ができなかったからだろうなっていうふうな気もしているんです。
その辺の部分で、多分、外部から規定されている演じ方、演じる良きとされているものっていうふうなものをわからなかった、触れ損なってしまったっていうふうなところから、
多分、変なことにもなっているんじゃないのって思ってはいるんですよ。それもあって、多分、私は仕事に対しては今現在も父親というふうな役割をやるために必要なものだからやっているっていうふうな感じが、
とても強いなって思いながらやっているところなんです。だから、もし私が仕事熱心な父親というふうなのを見て育っていたんだったら、仕事に対するモチベーションとかその辺の触れ方っていうふうなのを、
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多分、学んだり違った形で受け取ったかもしれないなーなんて思うんですけどね。私はどうだろうな、生活のために働いているなっていうふうなのは見て思ってたので、結局のところ仕事が好きとか面白いとかそういうふうに考えたりなんだりするっていうふうなことを発揮するのはついぞ学ぶことができなかったなと思っております。
ただ、映画の中に出てくる父親たちとかっていうのを見ると、その映画の中に出てくる父親たちで私が好きな父親ぞっていうふうなのって、だいたい血がつながってなかったり疑似親子だったりするっていうのが多かったりするからね。
例えば、アウトローなんだけどもちょっとの間だけ子供の面倒を見なくなっちゃって、その子供を引き連れている間に不正が芽生えるみたいなパターン、ああいうの大好きなんですよね。
だから、そういうふうな感じで子供と関わっていたりするっていうのはあるんですけどね。
でも、ああいうふうな父親って子供の物を買えることもなければ、勉強しない子供に勉強しろっていうふうに言うこともなければ、普段の学校の送り前とか多分しねえだろうなっていうふうな感じがするんですけどね。
でも、私が好きな父親像とか、それこそ映画の中に出てきた80年代、それこそオークストリートの異変とかそういうふうなのとかに出てきたような父親像が結構好きだったりするんですよ。
で、そういうふうなのを見ていたおかげで、ああいうふうになってみてもいいんじゃないかなとかっていうふうな思いで、いろいろと父親のポーズっていうふうなのをずっと撮ってたりはするんですよね。
そういうふうなのをやらないと、多分、普通に生きてるだけでは父親をやろうとか夫をやろうとか、そういうふうなことっていうのがなかなか思い浮かばないんだろうなっていうふうなことを、ちょっとこの映画を見て思っていたところですね。
映画としては、とりあえずそうだな、おじさんをやってるとすごく胸にグサグサ刺さるなっていうふうな部分が多々あるなっていうふうに思っております。
で、あと同時に思うのがですね、夫婦とか男女間について、私は夫婦関係については映画で嫌な方向ばかり学んでいるなっていうふうに思っております。
結婚する前に見といた方がいいよっていうふうに、結婚する男性にこの映画を見とけっていうふうにお勧めする3本が私、昔からありまして。
まず1本目がですね、デビット・フィンチャー監督のゴーンガール、それと監督の名前をどう忘れしたけれども、ブルーバレンタインっていうふうな映画がありまして、これも是非とも結婚する前に見といた方がいいよっていうふうなのと、
あとはレボリューショナリーロードっていうふうな映画なんですけども、この3本を見ておいて、ここの門をくぐる者は全ての望みを捨てよっていうふうなところを常彦から言ってたりはするんですね。
まあでも、基本的に男女関係とかその辺の部分っていうふうなのは、まあ変わっていったりもしたりしますからねなんてのはしょっちゅう思っておりますから、こういうふうなのを見て学んで、今現在もどうにかこうにかいい夫でいようかなと思って頑張っていったりしているところでございます。
で、あと本作の中に出てくる部分でですね、男女関係虚構でいいなというふうに思ってたのが、映画の中にですね、フィリップさんが定期的にデリヘルを呼んでいるシーンというふうなのがあります。
だから、要はラブホテルで本番行為なしでお付き合いというか代わりの恋人をやってくれているというふうな女性が出てくるんですけども、この方、他の映画でもちょいちょい見てるんですけど、なんて女優さんなのかわかんないんですけど、まあいい感じの女優さんなんですよ。
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で、この女優さんがちょいちょいこのデリヘル状としてフィリップさんの前に現れるシーンもありし、デリヘル状じゃない時にバッタリやっちゃうシーンとかもあって、この辺の部分とかがですね、すっごくいいなというふうに思っております。お互いにケアワーカーだというふうに言ってるところもですね、すごくいいところだなと思っております。
で、この辺の部分の虚構性というか嘘みたいな部分。フィリップさん、独身の中年男性のおじさんなんですけども、このデリヘルとか風俗を使ってるふうなところっていうので、目くじら立てたがるような人もいるだろうなと思うんですけどね。
でも、この辺の部分の虚構性みたいなものっていうふうなのを意図して利用してるっていうふうなところが、私はいいところだろうなというふうに思うんです。むしろ、フィリップさんが普通に同年代の女性と付き合ってとかっていうふうな描写がある方が嘘くさいなっていうふうに思うし。
で、この関係とかそういうふうなもの自体っていうふうなのも、やっぱり演技をしているからできているものっていうふうなのも多々あると思うんです。その関係の相手として恋人関係にあるような女性っていうふうなのを描くんじゃなくて、風俗のお仕事をされている方を使っているっていうふうなところが、私はちょっといいところだなーなんていうふうなのは思っております。
で、そうやって何でもかんでも演技してないと考えると辛くないっていうふうな部分ではあるんですけどね。まあ、辛いは辛いんですけど、でもそれ以外にないじゃないですかっていうふうに私自身は思っているよっていうふうなところで、今後ともいろんな演技、普通の社会人の演技、いい父親、いい夫の演技っていうふうなのを続けていって、そのうち死のうかなっていうふうに思っております。
はい、というわけでまとまったんだかまとまっていないんだかのお話はこんなところにしておこうと思います。ではまた次回。
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