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2026-03-03 1:04:17

【レンタル・ファミリー】孤独と親身、本音と建前

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HIKARI監督、ブレンダン・フレイザー主演、新作映画『レンタル・ファミリー』を深め"ぬ"回

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配信スケジュール:火曜19時(基本)

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サマリー

今回の「深めるシネマ」では、映画『レンタル・ファミリー』を題材に、孤独と親身、本音と建前といったテーマについて語り合います。この映画は、孤独な中年俳優フィリップが、他人の人生を演じる「レンタルファミリー」の仕事を通じて、様々な人間関係を築いていく物語です。特に、ブレンダン・フレイザー演じるフィリップが、日本の独特な文化や人間関係に触れながら、孤独を乗り越え、他者との「親身」な繋がりを見出していく過程が描かれています。 番組では、日本の「本音と建前」の文化が、フィリップのような外国人からどのように映るのか、そしてそれが人間関係にどのような影響を与えるのかを掘り下げます。嘘によって救われる側面と、その限界についても考察。また、登場人物たちがそれぞれの孤独と向き合い、他者への「親身」さを見出すことで癒されていく様子が、感動的に描かれていると語られます。最終的に、登場人物たちがそれぞれの方法で孤独を乗り越え、前向きに生きていく姿が、希望に満ちたメッセージとして伝わってきます。

オープニングと映画紹介
まあ、もしかしたらなんか、ちょっと聴いてる人を、ちょっと傷つけてしまうかもしれないようなことを言うかもしれないんだけど。
でも大事なことなので、ちょっと言っておきたいっていうのがあって。
ポルノ・グラフィティってバンドがいるじゃん。
いるね。大人気バンド。
あれはあの、ポルノ・グラフィティだけど、ポルノって略すじゃん。
ああ、そうね。
あと、サザン・オールスターズは、サザンだよね。
だな。これはもう土手版というか、長年サザンでやってるよね。
最近で言うと、ミセス・グリーン・アップルはミセス。
になってるよね、確かにね。
あの、ラッド・ウィンプスのことを、ラッドっていう人のことがあんまり好きになれません、トリビアです。
いや、あの、全国のラッド・ウィンプスファンの皆様、おはようございます、こんにちは、こんばんは、トモヒーです。
ラッドだけなんだよ。
なんでだよ。
ちょっとラッド。
大体みんなラッドって言ってるよ。俺の周りのラッド好きな人たちも。
仲良くなれないと思います。
なんでだよ。なんでなのかはないんだよ、多分な。
ラッドだけ。
ラッドだけです。
そう、とんでもない人数的に回して、これ収録できんのかな、大丈夫かな。
すいません。
生理的に受け付けません。
いや、もう謝ったんなら、謝ったんなら追い打ちはするなと言いたいところですけども。
深めるシネマです。
深めるシネマは毎回一本の映画について語られ、そのテーマとメッセージを読み解くことで映画の見方を深めていく徹底対話型番組です。
です。
今回は深めぬ回と称しまして、そこまで深めない回を撮ります。
やる気ねえみたいな。
やる気ねえみたいな。
普段というか前後編で分ける深める回と単体一本のエピソードで終わる深めぬやっております。
今回はレンタルファミリーね、新作映画。
見てきましたね。
光監督、主演がブレンダー・フレイザー。
制作とかも海外なんだけど、日本で撮影されてて監督も日本人だから。
そうね。
つい最近公開されたやつですが。
だいたい簡単なあらすじを説明するとですね、ブレンダー・フレイザー演じるフィリップ。
フィリップだね。
日本に住むアメリカ人。
しかも日本で俳優として活動する男、中年男性かな。
そうね、昔なんか歯磨き子のCMで大ヒットしたみたいな、なんか歯はねた人みたいな。
いそうって感じなんだけどね。
日本に長いこと住んでて、ただし役者としての仕事がだんだん減ってきてというか。
役者としての未来があんまり見えなくなってきて、なんか孤独に生活してたんだけど。
そんな中でレンタルファミリーってタイトルにもなってる。
他人の人生を演じるサービス業みたいなやつ。
そうね、人材派遣業というかなんというか。
レンタル彼女みたいなもんだよね。
レンタル彼女って本当にあるの?
あれ本当にあるらしいよ。
1日デートして最後、じゃあお時間です、お題をいただきますっていう。
なんかあるらしいよね。
なんかそういうふうに、よくあるのは結婚式とかで、新郎新婦の友達として人が足らないから、
友達役として派遣されたりとかするとか。
そういうことをやっている会社に出会って、
どっちも演じることに関わる仕事だからということで、結構やり始めて、
自分にも向いてるなと思い始めるのかな。
そこで出会っていく人といろんな関係性ができていくっていうような映画ですが。
「レンタル・ファミリー」のあらすじと感想
そうですね。
今回はあれですね、オンラインコミュニティの深めるシネマクラブの方で、
有料会員のみんなで集まって一緒に映画を見に行き、映画の感想をしゃべるっていう会をやりました。
やりました。
深めるシネマ初イベント、本当に。
あれも言ってみればレンタルファミリーみたいなもんだけど。
そうだった。
全員もしかして俺らが雇ったレンタルファミリーだった可能性もあるよね。
リスナーという属性で、やってくださいって僕らが金を払ってやってた可能性もある。
そうね。脚本作ってね。
ちゃんと言わなきゃお前バレなかったのにお前。
今聞いてる一人以外は全員仕込みだったっていうことにしたら、
次岸アンキーになる。
参加した人が、私以外全員実はレンタルファミリーだったっていう。
ここまでがドッキリですみたいな感じになるんだけど。
いずれにしてもね、参加してくださった方ありがとうございましたっていう。
ありがとうございました。
移民心な。
移民心。
そんな感じで楽しくね。
ちょうど昨日みんなで映画見てしゃべって。
そうね。
タモヒもリモートで参加しまして。
大変楽しゅうございました。
自分の部屋でビールが進みました、本当に。
お前だけな、なんか家から参加でな。
そうね。
でも遠くから福島から来てくれた人いたからね。
いやそうだね、本当に。
ありがたい。
ただただありがたい。
お前も来いよってことだよ。
福島から来れるんだから。
多いだから。
多いだから来れない理由ねえだろっていうことなんですけどね。
でも本当楽しかったし。
次回はね、ちょっと俺も対面でちゃんと参加したいという意気込みがあります。
意気込みか。
そうそうそう。
来月4月ちょっとやりますので、会員の皆様はお楽しみという感じなんですが。
でもその時にちょっと軽く感想はね、お互い出してはいるんだけど。
そうね。
いい映画でしたね。
いい映画だったなあ。
多分いろんな見方はあるのだと思うけど、
どうしてもね、俺の場合はそのなんか、
孤独な人が、人たちがその孤独を物語の中で癒されていくみたいな、
癒し合っていくみたいな、そういう群像劇は、
もう条件なしで好きなので、そういうのが。
なんで?
孤独だから。
寂しいんでしょうね、俺がね。
寂しいのか。
で、冒頭の方からそれが匂わされてるっていうか、
特にレンタルファミリーっていう時点で、
わかるじゃんっていうような感じがして、借りたいじゃんみたいな。
俺も借りるじゃん、いつかみたいなところがあるので。
自分で借りる立場のこと想像したことなかったわ。
マジか。
これ見て、やっぱ借りたいなって思ったってこと?
PRムービー。
そうだなあ。
何だろうな。
いや、やっぱブレンダー・フレイザーとゲームしたよね。
それはそうだね。
ドリームキャストやりたいよね。
ドリームキャストやりたいよね。
やってたからね。
ゲーマーの男が、ゲーム相手としてレンタルするみたいな。
ブレンダー・フレイザーをそんなことに使っていいのかっていう。
いや、もういいんだよ。
レンタルファミリー所属なんだから。
きっとそんなに値は上がらないんじゃないの?って思うけどね。
まあ、いそうな感じだったよね、日本で。
そういう外国人俳優みたいな枠で、
テレビとかドラマとか、バラエティの再現エピソードとかに出たりする役者さんって結構いると思うから。
そうね。
いそうって感じだったけど。
なんか、わりとリアリティがありそうな気がしたけどね。
しかもブレンダー・フレイザーがちゃんと冴えない俳優みたいな。
真っ当してたよね。そうとしか見えないみたいな。
喋り方とかも含めて。
あれすげえよ、大スターなのにさ。
いい俳優だよな。
普通の人が演じられるっていう、すごいよねっていう。
そうね。
だからそれも含めて本当にすげえいい映画だったし、
孤独の対義語としての「親身」
やっぱりなんかその、なんていうのかな。
今回、ある種発見だったのは、
孤独な人たちが結構孤独に生きてる映画だと思うのね、冒頭の方というか。
なんだけど、この物語を通して、孤独っていう言葉の対義語がわかった。
反対の言葉?概念というか。
楽しい。楽しい。
ゲームみたいな。
お菓子みたいな。
お菓子。美味しい。
ゲームもお菓子も美味しいも対義語だったと思うんだけど、
一個新しく、これはその、親身なんだと思ったね。
孤独の対義語とは。親身である。
親身。
親身になる。
そうそうそう。親しい身。
親情の親。親しい親情って意味わかんないけど。
親しい親情。親しみのある親情。
親しみのあるブレンダー・ブレイザーですね。
確かにね。でかい外人とか言われてたしね。
日本の家ちょっと窮屈そうだったしね、なんかね。
親身というのが孤独の対義語としてあって、
それがやっぱり人を作ったりするんだなっていうふうに思ったし、
なんかそれが映画のテーマとして、
そしてメッセージとして通廷されてるような気がして、
めっちゃ癒されたなっていう感じだったね。
親身が人を救って、具体的にどういうシーンって描かれたの?
そうね、シーンというかね、やっぱりレンタルファミリーじゃん。
レンタルファミリーは家族借りてこなきゃいけないわけよね。
家族的な役割をする人を借りてこないとどうすることもできないみたいな。
状態の人がレンタルファミリー株式会社に電話かけて、
借りてきて、演じてもらうわけじゃない。
つまりそれは親身な存在が欠如してるわけよね、その人の人生に。
人生のその今の場面に。
なんだけど、そこで派遣されてきたレンタルファミリーとしての俳優というか、
演じる者として来てんだけど、やっぱり人と人とが最初は嘘なんだけど、
接していくうちに親密さみたいなのが生まれてくる。
要するに仲良くなっていくってことだよね。
仲良くなっていった結果、その人に対して派遣されてった先の嘘家族に対して、
親身にだんだんなっていくっていう、ブレンダー・フレイザー演じるフィリップが。
っていう形に何家族かに派遣されてるんだけど、フィリップは。
でもそこが全部共通してて。
ある種一番わかりやすいのはあれよね。
昔売れてた俳優というか、名役者としてされてるんだけど、今はもう病気にかかっちゃってて、
家で引きこもってるっていうか家族から、もう家から出るなみたいな感じで言われてる役者さんを、
フィリップは記者として行ってくれって言われるんだよね。
娘さんが、確か父が自分のこと、かつては大有名な俳優だったのに、
世間から忘れ去られてると感じていて可哀想みたいなことなのかな。
おそらくね。
だから記者として話を聞きに来てくれると元気が出るんじゃないかと思って依頼するんだよね、確か。
そうね。だから、褒めたたえる記事を書くみたいな感じで言ってくださいみたいな依頼だったわけよね。
で、それは全然嘘なので、そんな媒体もないし、っていうかそもそも記者じゃないしっていうことなんだけど、
話していくうちに、一緒に接していくうちに、一回きりじゃないから、何日にも分けていくうちに、
キクオっていう俳優に対して親密さが生まれ、そして彼は親民になった結果、危険を犯して、
彼を、つまりキクオを天草、故郷に連れて行く旅に出るっていう、これもう身を投げ打ってるじゃん。危ないじゃん。
結局危ない目に遭うんだけど、それができるのって相当親民になってないとできないじゃん。
でも親民になってくれた結果、キクオの孤独は癒されてるわけよね。
っていうのが一番象徴的にわかりやすく、孤独の対義語としての親民を表してるなっていうふうには思ったね。
日本独特の「本音と建前」文化
なるほどね。なんか、俺、最初見たときに、これがアメリカ人だっていうところにすごい意味があるんだろうなと思ってたから、
要するに外国の人がそれを体験していくっていうので、一種のカルチャーショックムービーみたいになってるはずなんだよね。
なるほど。
で、それ何なのかっていうのが、日本独特の本音と立て前の文化みたいなやつ。
なんか俺の友達とかで、アメリカ人とかでもよく言うんだけど、日本に来ると結構ギョッとするらしくて、この感覚。
要するに社交辞令じゃないけど、形式みたいなのがやっぱり日本多いじゃん。
本心はこう思ってなくても一応こうしますみたいなやつとか。
例えばなんか食事に誘ったりとか。
この飯行きましょうねとか、この飲みましょうねとか言って、社交辞令なんだけど。
ほぼほぼ実現しないやつね。
実現しないやつ。
みたいなやつにやっぱり戸惑うらしくて、本心だと受け取ってしまうから。
なるほどな。
それで本当にその具体的に話を詰めようとすると、そういうんじゃないですみたいな。
いや、ああ、みたいな感じになっちゃうんだ。
確かに考えてみればおかしな話だよな、本当にな。
本当にそうなんだ。
で、それって欧米の文化からしたらなんでそんなことをするんだっていうことなんだけど、
なんか劇中でもさ、最初の依頼終わった後かな、結婚式で、
多分同性愛者の女性が両親から認められないからといって、誰かと結婚したことにして、
国際結婚で海外に移り住むっていうふうに見せて、親から離れようとするっていう。
そうね。
依頼があんだけど、あれ終わった後とかに、その最中にフレンダー・フレイザー演じるフィリップがバックレートするんだよね。
俺にはこんな嘘つけないって言って。
でもまあ、形式的にそれをやり遂げて、
割とちゃんと意味があるなっていうことを確認した後に、中華料理屋かなんかでレンタルファミリーのスタッフと話すシーンがあったりとかしたときに、
女性のね。
外人、やっぱりあんた外人だねみたいな。
言ってたな。
日本のことは分かんないんだよっていう。
その、建前でもいいからそういうことをすることによって救われるものがあるっていうことが、
アメリカ人にとってはよく分からないっていう。
なるほどな。
その意味が、その欧米人から見たら意味ないじゃん。
実際にじゃあ本当に親から離れたいなら離れたいって言えばいいじゃんっていうさ。
要するに角を立てるっていうか。
正面からぶつかるっていうね。
その権利があるんだかっていう。
あれなんだけど、日本人はそういうのはせずに、
表向きの建前だけ取り繕って、
裏で相手を傷つけないように、自分も傷つかないようにみたいなことをすることが多いっていう。
その外国人の目から見た文化、
それをブレンダー・フレーザーが理解していく話だと思ってて。
なるほどな。
これって結構多分日本人からすると当たり前すぎてよく分かんないじゃん。
その本音と建前みたいなものって。
で、この映画が俺すごいいいなって思ったのは、
文化としてその建前みたいなものは良しとされている。
そうね。
だから要するに嘘みたいなもの。
社会がうまく回るとか人間関係がうまく回るように嘘をつくっていうことは当たり前にされてるんだけど、
要するにレンタルファミリーみたいなのを描くときに、
それの素晴らしさをアピールするみたいなことだったら、
なんかすごい結構一面的というか。
まあそうだな。
嘘をいくらでもついて、
なんかおため動かせばみんな幸せになるんだみたいな感じになりがちなんだけど、
割とこの映画の中で嘘によって救われることも描くし、
嘘の限界みたいなのも描いてるなと思って。
なるほど、なるほど。
結構それで回らなくなっていくじゃん。
嘘をつくことによって人を傷つけることは当然あってみたいな。
例えばその主人公のフィリップが、
嘘の限界と誠実な描写
シングルマザーなのかな。
娘。
がお受験を控えてて、
その学校の試験に受からないかもしれないって思ってるお母さんが、
父親役として雇って、
娘にも本物の父親だよっていうふうに紹介して、
父親がいることで有名私立校なのかな。
ご受験見たのに成功するように依頼をするっていうのがあるんだけど、
終盤それがバレるというか、
実はこのおじさん自分の父親じゃなくて役者だったってことはバレるっていう展開になってって、
そうだね。
いったときにやっぱり普通に嘘ついてるわけだから、
傷つくじゃん。
そんな簡単に嘘つけば全部丸く収まるみたいな描き方じゃなくて、
レンタルファミリーができる限界みたいな、
そこまでちゃんと描いてるのがすごい誠実だなと思ったって感じかな。
なるほどな。
そうなんだよね、たぶんね。
嘘には限界があるっていうのはいいな、確かにその通り。
嘘にできることもあるわけで、
最初はそれで成功するんだよね。
だから国際結婚のやつで、
まさに同僚の女性のレンタルファミリー、レンタルファミリストなんていうんだっけな。
レンタルファミリスト?
愛子でやってるかな。
愛子、愛子だね。
あの人が言う、正確にこのセリフがあったかはちょっと覚えてないんだけど、
この嘘によって、要するにこの嘘によって、
彼女のこの先の人生が開かれるんだ、自由が得られるんだみたいな感じのことを言ってて、
それはすごい希望としての嘘なんだけど、
やっぱりとはいえ嘘は嘘であるっていう、
このビターさよね。
そこに多分本当のことが必要になってくるんだね。
その場面に至って初めて本当のことが必要になってくるっていう、
そのメッセージはすごい刺さってくるよね。
切れ事じゃないんだっていう。
感じがするよな。
この絵が嘘みたいなものがいっぱい出てくるからね。
主人公がつく役者として演じるみたいな嘘もあれば、
劇中で出てくる化け猫フェスみたいなやつ。
あれ本当にあるっぽいんだけど、神楽座でやってるパレードみたいなやつがあるっぽくて。
化け猫の格好をして練り歩いたりするみたいなやつなんだけど。
主人公と娘、娘役か。
受験することになったミヤっていう女の子が、
猫の格好しながら喋ってちょっと関係が深まっていくっていうのとかもあるけど、
化けるっていうのも嘘だし、猫の格好をするっていうのも、
一つの演じることによって何か普段できないことができるようになったりする。
まあそう、確かにな、そうよね。
お祭りとしてね。
日本人とかも、やっぱりそんな普段からはっちゃけて動けるような民族じゃないじゃん。
昔から。
だから渋谷のハロウィンはあんなとんでもないことなんだけど。
あの時だけはブレイコーみたいになるんだよっていうね。
そうなんだよな、確かに。
で、ブレイコーって嘘だからね。
別になんかそういう本当にそうしていいルールなんてあるわけじゃないんだけど、
ある種立て前として嘘として、もう今日は何してもいいみたいな、
今日はブレイコーですみたいな感じになるっていう、その力があるってことだよね。
そうだし、あとね、チームラボ出てくるよねっていう。
ああ、出てきたね。
チームラボもまああれ嘘だよねっていう。
チームラボの人に怒られるけど。
お前はなぜ大人気コンテンツをそんな、あの今日は。
いやだって、俺もさやっぱさチームラボ全然行きたいと思わないわけ。
まあ俺も思わんね正直ね。
でしょ、なんかその滝の映像みたいなのがこうプロジェクターで投影されてたりとか、
本物の滝じゃないみたいなのとか、その偽物なんだよね。
この劇中でもそのミアっていうのとその主人公が一緒に行く時に、
これ偽物じゃんみたいなこと言うけど、あれもまあ要するに偽物ではあるんだよ。
そうね。
間買い物だし、あとまあ夫婦族、性夫婦族も今回出てくるけど、
そのフィリップが行きつけなのか、まあデリヘル城なのかな。
その時間だけ恋人のように一緒に時間を過ごすみたいなのも、
まあある意味嘘だし。
そうね、嘘の性愛なわけよね。
っていうこの、なんか日本の文化の中で結構培われてきた、
建前があるからこそ独自の変化というか発展してきた文化みたいなのがいっぱい出てくるなと思って。
なるほどね。
それやっぱりその本音と建前みたいな文化だからなんだろうなっていう。
それによってこう心が軽くなる瞬間がいっぱい描かれるけど、
やっぱりその限界みたいなものが見えてくるっていう。
でもやっぱあれなんだろうな、
嘘には限界があり、
今回はレンタルファミリーっていうすげえわかりやすい形になってるじゃん。
本当に嘘を依頼されて嘘をつきにいって、
嘘を鑑定するっていう、
基本的にはその形の業務になっているけども、
これ現実的な人間関係も割とそういうところがあるような気がするんだよね。
日本においてなんだけど。
これでもとりあえずあんまそんなことないのかもしんないけどね。
日本の文化と「嘘」
お前決めつけんなよ。
建前でもいいからわかってくれる前提で喋ってくれよ。
お前は外人だって言うなよ。
人間関係の最初って手の内明かさない建前的な、
当たり障りのない会話が繰り広げられるじゃん。
苦手だね。
苦手だろうね。
俺ね、割と得意なんだよね。
得意そうだな。
ずっとそれだと苦しいわけ。
苦しいね。
それはそれでいいと思うけどね。
それはそれですごく楽しいと思う。
そんな慰めてもらわなくてもいいよ。
そっちの意味じゃなくて。
違うの?
建前同士の。
お前はお前でいいみたいなこと言われたのかと思った。
それも言うとくよ。
この建前として。
言っといてやろうかなっていう感じだけど。
建前同士の話っていうのも別に悪いもんじゃないと思う。
当たり障りがないし、傷つくことがないしね。
何より。
ぶつかることもないしね。
日本人は避けるのですよ。
お前は分かってないっつってね。
何かきっかけ。
本当に大きいことじゃない。
ハプニング的に。
どちらかが本音を話し始めたり。
関係が深まっていくにあたって。
嘘が壊れるわけよね。
一番分かりやすい例で言えば。
同じ界隈にいる人の中で。
建前的に付き合ってるんだけど。
差し飲みとかになって。
その界隈の中にいる別の人。
その場にいない人。
俺あの人ちょっと苦手なんだよね。
みたいな話しだすと。
急速に仲が深まっていくみたいな。
俺も実はそうだったんだ。
みたいな感じになると。
人って自分勝手だよね。
みたいな感じになっていくと。
それは建前じゃなくて。
ある種の本音。
本当のことなわけよね。
っていうことになってるから。
入り口として建前嘘っていうのはいいんだけど。
本当のことを話さないと。
もしくは本当の気持ちで接しないと。
やっぱり親身に。
親密にならないっていう構造がやっぱり
示されてる気がしたよね。
なるほどな。
具合悪くなっちゃうんだよな。
俺だけの会話ずっとしてると。
そうなんだろうな。
何やってんだろうこれってなる。
そっちも分からいではない。
それだけで終わるのも
いいんだけどね。
優しくて。
いいなとは思うんだけどね。
優しいですか?
でもやっぱりうっすら苦しいから
我々日本人も。
あなたはどこの国の人なのか知りませんが。
外人だから。
でもだから酒飲んだりすんだよね。
飲みの場で長くなったりっていう。
ノミニケーションって言うじゃないですか。
ある意味日本的な
コミュニケーションだよね。
さっきのプレイコーと一緒で。
飲みに行くっていうのは
日本独特の文化だもんな。
職場の人と飲みに行って
本音を話すみたいな。
それがないとやっぱりできないっていう。
飲んだときは別みたいなね。
昼間は建前で生きてて
夜アフターファイブ
アフターシックスで
本音を酒をこうチビチビ
飲みながら語る。
それで親しくなり
建前の世界も
少しこう
生きやすくなるみたいな
感じのところがあるよね。
でもなんか
演出から見るフィリップの居心地の悪さ
序盤から結構
主人公のフィリップが
役者としてのオーディションを受けに
行くシーンとか
あとね
着ぐるみ着てるシーンとか
あと家に帰ってきた
時のシーンとかも
ブレンダー・フレンズは体でかいからさ。
なんかすごい
窮屈な撮り方ずっとされてて。
オーディションのシーンとかも
わざわざ
ドアのこんな細長い
窓越しに
彼が
オーディション受けてるシーンとか。
だったなぁ。
撮ってたり。
あと着ぐるみもね
顔だけこうキュッて
木だよな。
木のぬいぐるみみたいなやつを着させられて
仕事の合間に
休憩してるシーンとかも
あれも狭いなっていうのだし
家に帰った時もすごい画面の端っこの方から
端っこの方に一人で
ポツンといるみたいな
感覚で撮ったりとかして
なんか
孤独でもあるんだけど
とにかくカルチャーとしてフィットできてない
っていうか
日本のそういう
文化にまだ馴染めてない
のをそういう風に
演出されてるのか分かんないけど
とにかく居心地ずっと悪そうなんだよ。
でもだんだん話が
進んでてそのネタのためにやるようになってからは
割とそういう描写が
なくなってきて
最初はね、看護犬になんか入ったり
するシーンとかもあれも狭いな
っていう。 そうね、足伸びねえな
みたいなね。
もうあるけど
最後
神社のシーンとか
あんじゃん。
あれもカーテンがさこうふわーって
最後お参りに行く
主人公お参りに神社に行くと
神社の奥に
鏡が置いてある
中もこう見えて
ご神体のように。 なんだよみたいな
顔をしてで終わるっていう
ラストカットなんだけどあれもこうカーテンが
ふわーって彼の顔の
周りをこうふわーって広がって
終わるっていう
突入になってるなと思って
なんかこう広がりが出て
彼自身がすごい
居心地が良くなったみたいな
描き方になってるな
と思ってやっぱりその
本音と建前みたいなカルチャーに
だんだん馴染んでいったみたいな
風に俺には見えたかな
うーん
なるほどな。
同じことの別の言い方なのかも
しれないけど
本音と建前のカルチャーに
フィットしていったっていう
のと同時に
やっぱその
ある種本音的な
関係を手に入れたっていう
その開放感
なんだなっていう風に
思ったよね。
エンディングシーンの解釈
最初の
方のシーンでさ
家帰ってきてさ
窓の外を見てさ
他の窓に人が
生活してて
要するにその
向かい側のマンション
なのかなの
窓越しに色んな家族とかが
幸せそうな風景が
それぞれの窓に
それぞれの
親密そうな
感じの人たちが写ってるっていう
ところ
だった。そして、でも彼は
孤独であり
そして
嘘をつく仕事を
しておりっていうことになってる
のが
キクオの
お葬式の時に
レンタルファミリーの会社の
4人が
肩を寄せ合って
去っていくっていう
で、一緒に働く
働いているっていうような
仲間として働いている
っていうような感じになってて
建前文化に
フィットしたと同時に
その
先があるということを
知り、そして
それを得たっていう感じが
したから
やっぱ
開放的な
終わりだったよね、そういう意味でも
風が吹いてね、フワーって
そうね
葬儀の最後の
みんなが背中が
写った
ショットみたいなのがめっちゃかっこよかったな
よかったよな
4人その
レンタルファミリー社で働いている4人が
いろいろあったけど
ハグとかし合って
雨の中傘さして
階段降りていくんだよね
それを後ろから
撮ってて
これが要するにレンタルファミリー
そのファミリーを
手に入れたっていうことにもなってるし
あと
階段降りていくっていうのがステージから
降りているように俺には見えてる
なるほどな
仕事を終えましたっていう
あの格好をされて
それは一仕事終えたんだぞ
という
この後飲みに行くんだろうな
きっとな
爺に成仏しろよっていう
映画のアキラ演じてるねキクオが
そう
一仕事ちゃんとやり終えたぞっていう
でもそこでやっぱり
ケア
キクオの孤独をケアするために
派遣されてた彼らが
それぞれやっぱり傷つきを
持っていて
うんうんうん
でそれを
傷ついた人たちが
お互い癒し合ってるっていう
ケアする人たちの
傷つきが癒える
その人たちも
癒さないといけないんだっていうのは
うん
負に落ちる描き方だったなって感じかな
なるほどな確かに
あのさ
孤独と「親身」になる力
神秘になるっていう
ワードを出したじゃん
その
孤独の対義語として神秘があるっていうのを
発見したっていうので
でも神秘の
生みの親は孤独だと思ったよね
神秘の生みの親は孤独
そう
孤独から神秘さ
他者に対して神秘になるっていうような
力が多分
湧いてくるっていう側面があるなと思ったのよね
つまり孤独って
ある種の傷つきなわけじゃん
傷ついている
一人でいるっていうこと
に傷ついていて
レンタルされてった
先で
その
孤独が
共鳴してるんだよね
うーん
全然孤独感とかない人だったら
事務的に
レンタルファミリー業務を
完遂すると思うんだよね
うーん俺?
お前は
お前はだから
向いてるよ本当に
お前は謝罪仕事だけ言ってこい
いくらもらえんだろうっていうことが
気になった
いやマジあの
給料以下によっては俺もやりたいしね
なんかね
ちなみにあれだよね
シネマクラブに来てくれた
リスナーさんのうち一人
本当にやったことある人いたよね
びっくりした
結婚式の
三列車
バイトみたいなやつやったこと
ありますって人がいて
いやーびっくりしたよな
本当なんだっていう
美味しいもの食べれていいな
でも確かにフルコースだもんな
あれはよく考えたら
結構いっぱい食べれるから
でもある意味あれって都会じゃないと成立しないからね
あのー
田舎だと結局
知り合いの知り合いは知り合いになるので
あれ自体は成立し得ない
っていうところもあるんだけど
どうせバレるみたいな
だからあの
孤独を
抱えてる人だから孤独を抱えてる
人の気持ちが分かって
それで親身になれるっていう
そのなんていうのかな
こうある意味ポジティブな
側面が
見えたんじゃないかなっていう風には
思った
よね
確かにあの
あれだよね
貴公が望んだ
そのなんか故郷へ
連れてってくれっていう
それに答えるために
まあ半ば誘拐みたいな形になる
シーンがあるけど
あれ思い立つ直前にその窓から
外見てて
いつも通りなんかその幸せそうなカップル
とか家族がいるとか子供がいる
みたいなのをみんな見た後に
なんか一人で冒頭テレビ見てる
おじいちゃんの
家を見て
思い立つんだよね
それで会っていって
その作戦を思いつく
みたいな
孤独をすごい
思い出したというか
そうね
しかもまあ事後に明かされるけど
なんであんなことやったのってフィリップが
聞かれた時にその父親が
アメリカで亡くなった時に
その空港まで行ったけど
行けなかったみたいな
関係性が
語られてないけど
複雑だったんだろうねおそらくね
それでその
でもそこを後悔してて
みたいな
非常にそこに
孤独があるわけよね
父との関係において孤独があって
だからこそ
それを
ある種聞くを
に対して親身になって
甘くさん連れて行ってあげる
っていうことによって
自分を癒やそうとして
自分が救われようとしているっていう
その
聞きようによっちゃすげえ
自分勝手にも聞こえるんだけど
でもなんか
そんなこともないじゃん
これってすごい美しいことだと思うのね
そう
だからなんか
孤独には力がある
と思ったし
それの最良の発見され方は
その
他者に対して親身になる
ほっとけないってなる
この人のために
自分が何かをするっていう
風になれるっていうのが
すごい
いいなと思った
だからあれだよ
世界で一つの彼女の
孤独の解消の仕方が
全然ダメだったとしたら
全然ダメとも言わないが
こっちは
すごい
良き形の
孤独の消化の仕方っていうか
が描かれてるよね
人間の本質だよね
他人のために
何かができるっていうのは
人間だけに与えられたものだから
だと思うよな
でもやっぱり
「レンタル・ファミリー」オーナーの孤独
レンタルファミリーのオーナー
が家に帰った時にいる
家族が全部嘘っぱちだったっていうのは
すごいゾッとしたけどね
そうね
だから
あいつはそれで
救われると思って
たんだろうね
嘘の形で
自分の孤独は癒せると
思ってたのだろうけど
なんか違うな
とか言ってみだすっていう
もう一回最初からやってもいいですかみたいな
急に怖かったよな
そうね
オーナーだから
そういうの普通に
仕事として淡々とやってる
タイプかと思いきや
家に帰った家族が全部
レンタルファミリーだったっていう
お前の孤独の遠いだったんかいっていうね
その事業そのものが
だからこそ
だからこそあの事業立ち上げて
そうそうそういうことだね
やってるってことなんだよな
まあでもいいけどね
それもやっぱり
それでもいいんじゃないかって思えたよな
ちょっとな
俺とかさ結構さ
風俗業とかに対してもさ
あんまりこう
いい思いがなかったりするんだけど
ああ
なにそんな
ぼったくられたみたいな意味じゃなくて
違う
嫌な思い出があるとかじゃなくて
なんかその
男性が
お金払って女性と
性恋して
っていうことの
なんかその意味が
俺がすごい潔癖なのか何かわかんないけど
そういうものに対して
なんかあんまりいいイメージがやっぱり
なくて正直言うとね
うん
けどなんかやっぱこういう映画を見ると
うん
まあやっぱその必要だよね
っていう
俺これでもう救われてる人がいる
っていうことだからそれは尊い仕事だよな
って思えるからな
まあね
かといって全肯定はできないにせよ
ってことだよな
まあね
状況によるからね
嘘から出た誠とカスタマーサービス
そこから抜け出したいのに抜け出せなくなってる
女性とかもいるかもしれないし
もちろんもちろん
この映画で描かれてる
なんだっけ名前
ローラでいいのかな
ローラで
ローラ
はわりと
幸せそうに
仕事やっててやりがいも感じてる
っぽかったから
うんうんうん
なんかやっぱその
一面的に見れないよね
まあそうは
女性にとって
というよりか男性にとっても
それって本当にいいのだろうかみたいなこと
すごい俺も思ってたりとかしたから
うんうんうん
いやもちろんなんかいいのだろうか
ってやっぱ思いはするんだが
まあ今回それこそ
えっとデリバリーヘルスっぽい
感じで描かれてた
ローラと
フィリップの関係は
嘘なんだけど
金銭を返しているし
っていうことなんだけど
でもやっぱ
嘘から出た誠がありそうな感じはしたよね
そうそう
そうだよね
付き合っちゃえなよっていう感じはあった
そうね
なんつーのかな
カスタマーサービス
なんでカスタマーサービスって
カスタマーサービスって言ってたじゃん
あのなんか
ローラと
化け猫フェスみたいなのに会った時に
あー言ってたね
そうだね
お父さん知り合いなの?って言われて
仕事で知り合ったんだよって言って
じゃあお姉さん
コンピューター関係なの?
とか言ったら
私はでもカスタマーサービスっていう
あー
お客様と
接する仕事ですみたいなことよね
そうそう
あーそうなー
なんか
やっぱその
あれがリアルにあるのかどうかは
わからないし
ちょっと知り得ないんだが
その
嘘から出た誠的な
親密さ
親密さがあったような気がしたし
えー
なおかつそのなんつったらいいのかな
それがなんで感じるかって
嘘っぽくなかったからじゃん
親密は嘘つかない
っていうのがあると思う
インド人も嘘つかないけど
親密も嘘つかない
お前昨日も言ってただろっていう
昨日の感想会でも言って
大して受けてなかったのに
ここでも使ってチャレンジャーだな
笑った
俺は思いついたことを
こすってみたんだよちょっと
なんつったかな
なんか嘘から出た真っ事的な
そしてその
真っ事は嘘ではないっていう
このなんか変な図式が
変なままに
成り立つような
気がするんだよね
でも嘘は全肯定されないことなのだが
傷つけることも
多々あるし
全部本当だったらいいんかいって言ったら
そうじゃない時もあるし
人生と人間は複雑でございますね
っていう
感じがするんよな
ラストシーン
ラストシーンの解釈:神と鏡
昨日の感想会でもさ
みんなに聞いてみたけどさ
ラストシーンどういう意味っていう
さっきもちらっと
言ったけどさ
神社の
先に奥に
置かれているものが
何なのか知らなかったフィリップが
最後お参りした時に
ファッて中が見えると
カーブミラーが
あったっていう
ピッカピカのカーブミラーみたいな
鏡がね
後身体みたいな感じであったっていう
それにフィリップがパッと
映るんだよね
で、なんか
表紙抜けみたいな顔して終わる
なんだよっていう
でもちょっと納得感のある顔みたいな
そうそうそうなんだよ
これの解釈聞くの楽しかったな
楽しかった
なんかまあ
俺が見たのは
俺の見方としては
どうしてもその
親密な
流れになっていくんだけど
どうしてもそういうテーマ
として見てしまってるから
結局
あれなんか
神社の祈ってる先には何があるんだって
気にしたのはキクオさん
俳優が
お参りを必ず非常に
律儀にやる
ことによって
最初に疑問を持って
その後に
日本的な神の在り方
みたいなのをキクオさんから聞くんだよね
要するに八百万の神って言って
どこにでもあまねく全てに
神が宿っていると
石にも土にも木にも
というかもう全てに
神が充満しているみたいな
感じの考え方
怖っ
いやでもだから
平成時代だから怖すぎるだろ
西洋人がそんなこと聞いたら
気くると思うだろ
神はお前を見ている
いたるところから
そういえばさ
Xのポストでさ
八百万の神ってどういうことだ
そういう風に説明
聞かれた
日本人の人がツイートしてたんだけど
説明する時に
全てに神が宿っている
だから今お前が食ってる
お米の
ご飯の一粒一粒にも
神が宿ってるんだって言ったら
うわっって言ったんだよ
怖すぎる
神食ってる
なんていうのかな
本質は
でも
何か大いなるものに
包まれているとか
いう感覚ってことじゃない
守られている見守られているみたいな
ことで
孤独とは対極なわけよね
孤独って
一個人としていて
自分しかいないっていう
状態を指すわけだから
に対して八百万の神
がいるっていうのが伝統的な考え方
今そんな風にはなかなか
捉えられないじゃん
センスを失ったわけよね
日本人たちも
現代人たちは
トイレの神様もいなくなり
磨いたら永遠やで
みたいな歌も流行らなくなり
エンタの神様も終わり
アニミズムとは何も関係がないだろうっていう
関係ないの
そうなんだけど
なんて言ったらいいのかな
その中で
でも
あの鏡を
フィリップが最後に見て
神を発見したんだと思った
最初見たときは
自分が映ってるんだから
神は自分であるっていうことなのかなって
思ったんだけど
私だって
お前だったのかって
これはエンタの神様じゃなくて
なんだっけな
「神は自分である」から「親密な他者」へ
荒引きなんだ
モンスターエンジンね
懐かしいね
置いといて
鏡に自分が映って
私が神である
みたいな
意味なのかなと思ったけどやっぱり
この物語を通してラストシーン見ると
全然違くてやっぱり
自分の中に神が
住まっている
宿っているというよりは
住んでいるみたいな
感覚を得たんだなと思ったんだよね
それはこの物語を通して
得た親密な他者のことだ
っていう風に見たの
心に
親密な
親身な人たち
自分に対して親身な人たち
っていうのがある種
宿っているインストールされている
っていうのを
鏡をパッと見たときに
直感的に
分かったみたいな感じのシーンに
見えて
めちゃめちゃ爽やかな終わり方だと思って
もう
大好きなシーンだったね
それは怖いけどね
怖いんかい
こんな勇気づけられることないだろ
と思うんだけどな
その会場があんまピンと来ないんだよな
俺に
そうなんね
来てなかったもんね昨日もね
ちょっとよく分からない
でも
トリビアさんの見方も聞きたいよな
俺の見方はだから
神頼みみたいに来た
人に対して
甘えんじゃねえって
お前が何とかしろっていう
カーブミラーが置いてある
っていうことだと思った
お前がカジオ取れと
お前が運転手だと
キャプテンの座席
長渕剛
俺だけじゃなかったしね
昨日の感想会で同じこと思った人がいたからね
これだからやっぱ
映画の感想って
面白いなってしびれたよね
本当に
いやめっちゃマッチョじゃん
そういう意味では
すごい勇気づけられるじゃん
勇気づけられるんだよねそれで
大丈夫だよっていう
風に
感じるけどな
「ミア」との出会いと別れ
これつまりだから
お前しかいないんだよっていうことじゃなくて
お前ができるんだよ
っていう風に
勇気づけられたってことでしょ
その
もう満ちている
っていう
何か欠けてるわけではないあれもさ
カーブミラーだったじゃん四角い
カーブミラーじゃないけどね
カーブミラーだったよあれは絶対
どっかから重なってきたと思った
綺麗な円だったんだよね
綺麗な円だったもう
完全な円だったわけ
完全の象徴だよね円っていうからね
どこも欠けてない
っていう
その中に自分が映ってるっていう
だからもう
その大丈夫だよ
っていう
お前は
お前で大丈夫だよっていう
大丈夫だよっていう
そうか
全然
違うなお前には仲間がいるよ
っていう
仲間って言っても
俺じゃん
カーブミラーに映った俺じゃんっていう
いや
なんつーのかな
圧が強いしっていう
全然圧強くない
本当
本当
疑問の投げ掛け
全然圧強くないって言ってる人
めっちゃ圧強いっていう
怒んないから
言ってみなみたいな感じ
何だろうね
何だろうね
これも同じこと
言ってる気はせんでもない
わけですよ
自分で何とかできる
っていうことではあるから要するに
そうだね
これからも君は生きていけるよってことじゃん
要するに
理由はどうあれ
神がそれを教えてくれたわけよね
というか
自分で見出したとも言えるんだが
その時に
神頼まなくても
君は
君としてやっていけるよっていう
オチなのか
神とは
やおよろず
君の中にインストールされているんだよ
っていう風に
だからある種君なんだよ
っていうことなのか
理由はどうあれ
お前がカジョンだよ
っていうことではある
そうそう
お前は一人じゃないんだよってこと
伝えるんだったら
友達のアクスタみたいなのが
いっぱい並んでるとかのほうがいいな
っていう
何なんだ
達成神社
なんか
いっぱい
並んでるとか
だったら
ワンピースだったみたいな
サンジじゃんこれ
おいおいおい
印象的なシーンと演技
波じゃんみたいな
まあねファミリーだからね
麦わらの
僕ら
全然ワンピース知らないんですけどね
知らないから
麦わらの先が何も出てこない
そう
一族なんだよね
麦わらの
海賊団だっけ
まあまあな
でもあれじゃない
それぞれの人がラストシーンに
それぞれの希望を
見出してるわけだから
見る側がね
そうそうそう
俺の希望ってカブミラーなんだ
交通安全
みたいな
あれがないと事故
ものすごく起きてしまうからね
安心
俺車
運転しねえから
ペーパードライバーだから
ちゃんとカブミラーとして見れなかったっていう
可能性もある
人生の陶芸だね本当にね
まあやっぱ
人によって別れる
ところではあるよね
あと一番
締めかけた
一番好きだったシーンが
昨日話し忘れたんだけど
俺はミア
レンタルファミリー先の
親子
親だよパパだよ
って嘘ついてた女の子と
自己紹介
最後にしあうっていうのが
めっちゃ好きで
ここはうまく言葉にあんまできないんだけど
本当名前は
なんていうのって
ミアから聞かれて
フィリップっていう
だっつって
私はミアよろしくねみたいな
もうあそこで泣いちゃって
すげえなんか
始まるんだなみたいな
これから
この二人の人生
みたいな感じがして
よかったん
ような
いややっぱり
神は神秘な他者で
ありますよ
それもあったから思ったかもしれない
お前一番好きな
シーンは
俺はあのじいさんがめっちゃ泣いてるシーンかな
このじいじい泣いてやがるみたいな
言い方すんなよお前
そういうことじゃねえだろお前
いやなんか
子供みたいに泣いてたからちょっと
あそこはちょっと泣きそうになったな
あー確かにね
生まくさで
失った
過去の人生みたいなものを
思い出して
恋人を思い出して
泣いてるシーンは
ちょっとやっぱ
元明良いよね
いやそうね
すごいよかった
っていうか今回演技はみんな
マジでよかったな
そうね
撮影もすごいよかったけど
さっき言ったみたいに
こった演出もあれば
俳優の演技もやっぱり
すごく自然体
だったしね
なんかそういう意味で
だから
嘘なんだけど
映画自体が嘘だし
嘘についての話だし
演じてるっていうことだから
嘘なんだけどでもやっぱほんとだよね
っていう感じが
なるほどね
総合的にしたよな
総合的にね
良い映画ですね
総合的に良い映画ですね
オーナーの家のシーンとブレンダン・フレイザー
クソ卑怯みたいな
あとやっぱり
レンタルファミリーのオーナーの
家のシーンが一番グッとはきたけどね
闇にちゃんと
触れていくっていうね
ちなみに言うと
あれは
そっかぐらいにしかならなかった
っていうか
あーなるほどね
ぐらいになったね
全然衝撃は正直受けなかった
マジ?
だってぎこちなかったもん最初の方の
家族のシーンも
変だった
絵に描いたようなね
あそこだけ演技レベルみたいなのが
若干浮いてた気もするもんな確かに
自然体とはちょっと
違うみたいな感じだったかもしれないけど
だからある種
今絵に描いたって言ったけど
ある種
絵に描いたような定型家族みたいな
定型家族って言うんだっけ
なんかあるじゃん
すごい模範家族みたいな
感じのって嘘なんだろうね
あんなんないんだよきっと
あんまり
あんのかもしれないけど
っていうことが匂わされているのかなとは思った
なるほど
なんか
お前が締めようとしたところで俺が口を挟んじゃったから
うまく締め方が難しくなっちゃった
いやでもね
あとなんだっけな
なんか
なんかずっとあの
いろんなCMに出る
ブレンダンフレイザーみたいな
そうね
歯磨き粉だけじゃなくて
なんだろうな
山崎の食パンのCMとかにも出てほしいわね
出てほしいこれを機に
なんかあのね
日本のでかい会社さん
オファーしてみては
あーそうね
第2のトミーリン・ジョンズいましたよ
いましたよって
やっぱ愛嬌がすごいよね
あの人ねブレンダンフレイザー
そうなー
可愛かったずっと
うんうん
いい人なんだろうなーっていうのはすごい伝わるし
うん
憎めない愛される感じが
したよね
しょぼくれてる
ブレンダンフレイザーとか
楽しそうなブレンダンフレイザーとか
もっといっぱい見たいなと思ったら
こんなブレンダンフレイザーが見たい
見たい
を概要欄にある
Googleホームで
お待ちしております
すいませんブレンダンフレイザーさん
締めに
送るんで本人に
本人に送ってみよう
そうね
ベタにあのさ
日本に来たがいたれ
みたいな感じで
ちょんまげのこういうカツラと
ちっちゃい刀みたいなもっと
ハピを着させられた
ブレンダンフレイザーも見てみたい
確かにね朝の情報番組に
それで出さされている
ブレンダンフレイザーも見たい
で聞かれるのは
日本の好きな食べ物について
こんにゃくはエクセレントだみたいなこと
言ってるブレンダンフレイザーが見たい
ですみたいな
の係までお待ちしております
01:04:17

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