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ケアマネ×やまとゆき=人生には終わりが来る、そのことを伝えていきたい。
2026-07-27 13:36

ケアマネ×やまとゆき=人生には終わりが来る、そのことを伝えていきたい。

2040年問題にあるように、日本は今、多死社会を迎えようとしています。
26年前に蒔いた種(介護保険法)の芽が出ている今。
未来を考えるタイミングにきていると思います。
私は、未来の子供たちに今のままのケアマネジャーという仕事は残したくない。
どうやって変えるのか?
政治?ケアマネ協会?

いいえ、私はここでずっと『いつかは人間は亡くなる』と言い続けます。
そうすることで大人たちが『自分が亡くなる準備』を自分でできる社会へ。

終わりを考えるから、今を一生懸命に生きることができる。
そう信じて、これからも発信していきたいと思います。

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サマリー

現役主任ケアマネージャーであるやまとゆきさんが、自身の経験や痛ましい事件をきっかけに、ケアマネージャーという仕事のあり方と、人生の終わりについて考えることの重要性を語ります。誰もがいつか死ぬという現実から目を背けず、準備をすることの大切さを伝え、それが今を懸命に生きることに繋がると訴えています。未来の子供たちに、より良い社会を残すためのバトンとして、このメッセージを発信し続ける決意を表明しています。

ケアマネージャーとしての葛藤と決意
ライフデザインチャンネル。このチャンネルは介護・福祉業界で約20年間働き、現役の主任ケアマネージャーである私、やまとゆきが、介護の話や自身で作ったノート、ライフデザインノートのお話をしております。
おはようございます。やまとゆきです。
今日は、先日から少しシリーズといいますか、続きものみたいな感じでお話しさせていただいているものの、最終的なものになるかなと思います。
6月1日にケアマネージャーさんが亡くなるという痛ましい事件を受けて、そこから少しスタンデーFMでの配信をお休みして、
先日、復活するまでにたくさんの温かい人たちとの関わり合いがあったというお話は、前回の放送でさせていただきました。
今回は、その1ヶ月間の間、私がケアマネージャーという仕事に対して、どんな気持ちの変化があったのか、どんな思いで仕事をしていこうと思っているのか、などお話しできたらと思います。
ご興味のある方、最後までどうぞお付き合いください。
はい。実際、6月の初旬から、まあ月末にかけてはですね、正直考えるということをするよりも、バタバタバタバタと日が、もう月初から、やっぱり月初の処理、処理というか、あったりですとか、
中旬がご訪問の、そうですね、私、件数的に言ったら、どうなんでしょう、平均的より少ないのかもしれないですけども、40数件、予防の人たちも1件として考えるのであれば、40数件を1ヶ月で回るという感じなので、
土日以外ですよね、ほぼほぼ誰かの家に行って、こんにちはって言って、おかげんどうですか、みたいな話を聞くっていう、そこでまたサービスの調整をして、変更が必要であれば会議をして、また新しいプランニング、プランを作って、そのプランがまた妥当性があるのかっていうのをですね、訪問したりとか、
そういったことを繰り返し繰り返しやっていましたので、正直、しっかり考えるということを持っていていなかったかなと思っています。もうなんか、嫌だな、めんどくさいな、めんどくさいなというか、嫌だな、なんかもう気持ちが落ち込むなとは思えど、もうやるしかないという感じだったので、日々淡々と仕事をしていたというような状況だったんだろうなというふうに今思うと思います。
まあそんな中ですね、いろんな話をしていたりとか、いろんな出会いがあったりして、ちょっと自分の中で考えていることがありました。
このケアマネージャーという仕事、職種、かける私、ヤマトユキという人間をかけてみたら、イコールになるのは何なんだろうか。
ケアマネージャーの私×ヤマトユキ×イコール、何になるのかっていうのをですね、ちょっと考えたときに、
そうか、私はケアマネという経験、ケアマネという職種、そして私ヤマトユキという個人を合わせて、死ぬことの授業をしたいんだなっていうことに、今現段階で気づいたというお話です。
「死ぬことの授業」の必要性
死ぬことの授業って何?何それ?って思われるかもしれないんですけれども、こういうことをやっている人もいるとは思うんですけれども、
皆さん、生まれる時のこととか、人間がどうやって生まれてくるのかとかって、中学高校の保健体育の授業で習ったりですとか、
お子さんがいらっしゃる方っていうのはですね、トツキとかお腹の中に子どもを宿して、そしてそのお子さんがどういうふうに生まれてくるのか、どういうふうに成長していくのかっていうのを目で見て、肌で感じて体験していると思うんですよね。
なんですけれども、亡くなっていく、自分がこの世からいなくなるといったことって、どこでも学ばないですよね。
これは私にとっては問題だと思っています。
人間は一人残らず、いつかは亡くなるんです。これは2026年の7月前、現代、絶対です。
意志を引き継ぐですとか、思い出として残るとか、今後AIが発達してロボットとして残る、そういったことはあるかもしれませんが、この生身の人間というのが残り続けるというところは、今の時点では難しいとされています。
そんな中、自分がどうやって最後を迎えるのかとか、自分の親がどういう最後を迎えるのか、パートナーがどう迎えるのかっていうのを全く知らないまま急にそのフェーズに入るのって、皆さん怖くないですか?
私は本当にずっと疑問に思っています。怖くないの?できる準備しといた方が良くない?って。
人間は正直、いつ亡くなるか分からないので、その準備っていうのは遅から早からやっといた方がいいんだろうなぁと思うんですけれども、
あまり見たくない現実ですよね。自分が明日この世からいなくなるとか、あさって、しあさって、来年、1年後、2年後とか、直視したくない問題ということはよくわかった上でお話をしています。
じゃあ急に1年後、あなた余命1年ですって言われたら、その時に考えれます?わたわたしません?
いや、準備しててもわたわたするんだけど。
終わりを考えることの意味
そして私はこの終わりを考えるということは、今を一生懸命生きること、今を楽しく生きること、今を後悔はするけれども、後悔を薄くする努力ができることにつながっていると考えています。
そしてこの考えが、私は未来の子供たちに素晴らしい未来を渡すためのバトンになるとも考えています。
私は自分の母親を見取りました。見取るといっても何かをしたというわけではなく、本当に大したことは何もできなかったんですけれども、見送りました。
そしていろんな方の最後に立ち会わせていたことも仕事柄あります。
そうなった時に、私が仕事で経験させていただいた、いろんな皆さんの人生の最後の時に一緒にそこにいさせていただいた、この経験っていうのはもちろん個人のことになるので、これは完全なプライバシーに関することなので、
どういったことがあるとか、どういったことになるとか、そういったことは全くお伝えするつもりもないんですけれども、そういう人の亡くなる、人の死というところに近い仕事をしている人間が、人の死というものをタブー視する社会というのにクエスチョンマークを持つというのは何も間違っていないと思っています。
何でだろう、何で皆はクエスチョンマークを持たないのかなって思うのも間違いじゃないかなと思うし、多分思っていらっしゃる方もいらっしゃる多いんじゃないかなっていうふうに思っています。
でも気持ち的に考えて、そして今の日本という社会が築き上げている構造として、そういったことはタブー視しているっていうのが多いと思うんですよね。
それはいろんな事情があると思います。ただ、何も考えずに安らかに亡くなるっていうことは結構難しいよっていうことを知っているからこそ皆さんに、じゃあどういうことを考えていけばいいのかというところまでを伝えるわけではなく、
人間はいつか亡くなるんだよという現実を知ってもらう。これだけでいい。本当にこれだけでいいから、私はこれをきちんと伝え続けていかないといけないっていうことに、この1ヶ月半ぐらいかな、行き着いたっていうところですね。
ケアマネージャーという仕事への思い
私は前回の放送でも、ケアマネージャーという仕事に対して誇りを持っているっていうお話をさせていただいたんですけれども、私個人の意見としては、この職業というものは、亡くなった方が今の状態のままで続くのであれば、亡くなった方がいいと思ってさえいます。
なぜなら、このような仕事を自分の未来、自分の子供たち、いろんな世界の子供たちがこの仕事をしていく、憧れるという未来が描けないからです。
ヤマトユキという人間としても、こういう亡くなるということを伝えるっていうことはやっていくけれども、ケアマネージャー、一ケアマネージャーとしては、やっぱりできる、できないこと。
親が介護状態になった時に、本当にいろいろと考えなければいけないことが多いこと。それは子育てをしていようが、仕事をしていようが、全く関係なしに来るよということを、やっぱり伝えていかないといけないんですよね。
後でいい、まだ元気だからいい、今考えるのはしんどい、その気持ちはよくわかるんだけれども、じゃあいいよ、いいよ、いいよって言って、ずっと蓋を閉め続けているっていうのは、私は違うと思うし、それで幸せになったケースを正直私は見たことがありません。
現実的に言うと、後回しにしてきた分、大きい大きい代弁返しがあるんじゃないかなとさえ思っています。
未来への責任と行動
実際実際、私たちのこの仕事って、自分たちが蒔いた種が今、花開いているというふうに思っているんですよね。
これは26年前、介護保険法ができて、介護保険という制度ができて、そこから運営曲折いろいろありながら、3、4年に一度の法改定を加えながら、今の状態になっているというところも踏まえてではあるんですが、やっぱり一番最初にいろいろとやってきたことのツケが今回ってきているんですよね。
そして、このツケをずっと未来の子どもたちに渡していくのか。私たちも今、バトンはもう受け取っているんです。私たちの受け取ったバトンをそのまま未来の子どもに渡すなんてことは、私は絶対にしたくない。
だから、もっと皆さんが親のこと、自分の未来のことを考えられるような世界を作っていきたい。それは、自分たちが困らないために。
親が最後を迎えるときに、いい人生だったなと思って、この世を旅立っていただけるように。そして、未来を生きる子どもたちが、私たちが作ったこの基盤で、それを足枷にして生きていかないように。
私はこれからスタンドFMで、介護の話やケアマネージャーの話や、資生館の話や、そしてそれがどういう意味を持つものなのかというお話を今後もさせていただきたいと思っております。
ご興味がある方、そして少しでも、本当に少しでも、自分の未来のことをちゃんと考えようかなと思っていただける方がいらっしゃったら、私がこの放送をして、そして続けていることの本当に意味があると思っています。
いつも本当にコメントや応援ありがとうございます。皆さんの今日が、そして未来が、子どもたちの未来が明るいものになっていきますように。それではまた次回。
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