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スピーカー 2
働き方ラジオ始まります。株式会社セッションクルー代表、働き方エヴァンジェリストの田中健士郎です。このラジオは、誰もが自己表現をするように、情熱を持って働く、そんな世界を目指す、仲間づくりをしていくポッドキャスト番組になります。
スピーカー 1
みなさん、自己表現していますか?そういう意味で言うと、広瀬さんも結構日本でやるプロジェクトとかも結構増えてきてたりとかするんですか。そうですね。なんかね、2020年に日本でちょっと大きな展覧会をやったんですね。初めて。
スピーカー 2
それまでギャラリーとか、あとはグループ展とかがあったんですけど、個展で結構大きいお金で動かしてやった展覧会が評判が良くて、それからなんかオファーがね、いろいろ来るようになりましたね。そうなんですね。
まあでもちょっとこう、なかなか難しいんですよね、今は。僕はやっぱり物とか結構大きいものって輸送費がすごいかかるんで、そうするとビデオアートとかってほら、USBを送るだけでいいから、輸送費かかんないわけですよね。だからビデオアートとかはやっぱり今ずっと人気があったりとかね、してますけどね。
なんか広瀬さんが手がけられてるもので特徴的なものとか、ちょっと視聴者の方がイメージできるものとか。
スピーカー 1
えーとね、僕はだから純粋にペインティングとかスカラプチャー、彫刻とかに特化してなくて、割と最初にコンセプトがあって、それからマテリアルを選んでいくタイプなんですね。
だから一見すると分かりにくいんですよ。例えば、この絵って言ったらあ、これはピカソだとか、この作品って言ったらアイコンがないんで。で、みんなアイコン作るんだけど、やっぱりヒットするにアイコン作るのが一番楽なんですけど、マーケティング的にはね。
でもそういうところじゃない形で、僕の場合は割と読み込んでいく部分で、根底は共通してるんだけど、見るものは違うみたいな形で、そういう特徴、特徴というか見た目はそんな感じなんですね。で、あとは割と生物とか食材とかを使うのは特徴ですね。
あと見るだけではなくて匂いとかね。匂いとか。あとは中には政治的な問題で割とそういうのを告発するような作品とかそこに問いを立てて、そういう作家もいらっしゃいますよね。
例えばアイウェイウェイとか中国の森美術館である作家とかそういう作家もいるけど、僕はそこまでポリティカルじゃなくてもうちょっと日常的な、本当に身近な中にダイヤモンドがあるみたいな、探せば。
だからその見方があればゴミが錬金術みたいに金になる可能性があるっていう考え方で、何気ない中に幸せがあるとか何気ない中に宝物があるっていうのを見つける、そういう作業をずっとしてきたんですよね。
スピーカー 2
あれですよね。代表作の一つでレモンプロジェクトという。
スピーカー 1
これはですね。今では割と匂いをいっぱい使っている作品がいっぱいいますけど、30年前にこれを発表していてあんまりいなかったんですよね。
で、アートヒストリーの中でその儚いものとか形にならないものっていうのはどうしてもアートになれなかったんですね。
そういう考え方はやっぱり永遠にものが残っていかないといけないので、そうすると日本的な儚さとかっていう理学っていうのはなかなかなかったわけですね。
それより日本はそういう特徴はあるんですけども、そういうのもあって自分の中で歴史に残っていくにはなるべく人がやっていかないものを提案していかないと残んないんですよね。
だから似たような作家っていっぱい出てくるじゃないですか。例えばカラバッチョとかカラバッジョハとかいっぱいいたわけですよね。300人ぐらい。
でも歴史に残るには1人だけなんですね。で、そういうことも含めてなんかこう、何だろうな、ちょっとは美術史を意識して作品を作っているという感じですかね。
で、その中でやっぱりそういうのがなかったのがレモン。たまたまレモンと出会い。で、イタリアっていうのは食が、やっぱりアイデンティティーが豊かなんですね。美味しいものがいっぱいあって。
そこでレモンっていうのは市場行ったら山のように売ってるわけですよ。こういう光景も見たこともないし、ソ連と半島とかでちょっと旅をしたらですね、街がちょっとレモンで匂ってるみたいな。
これは素晴らしい経験。この経験を自分のなんかアイデンティティー活かしたいみたいな形で作品にしたいと思って。それですごく単純な行為なんですけども、床にレモンを一番最初並べたんですよ。
そこで実際に匂う作品とかいっぱい。千個とか出会えるけど、日本でレモンを一番見るってないんですね。その時の驚きとあと入った時の匂いの感じ。
でもね、そこにはね、もうちょっといろいろ複雑なものを組ませてるんですね。コンセプト的に。わざとレモンオイルをちょっと撒いてるんです。
で、それはね、ちょっとどういうことかというと、このレモンって匂いってレモンから来てるってみんな思うわけじゃないですか。でも実は吹きかけてるっていう、そういう裏の世界があって。
やっぱり我々の世界ってやっぱり単純じゃないので、そういうメタファーになってたり。
あとは数の概念っていうのが曖昧で、人間がいかにパッと先見て、これって千個ぐらいですかっていう人もいるし、十万個ですかっていう人もいるし、やっぱりある程度言っちゃって本当に曖昧なんですよ。
だからそれだけいかに我々は曖昧な中で生きてるのかっていうのは思ったりとかね。
あとは変化していくという時間というのはなかなか視覚で感じることができないので、そのレモンという腐敗していくことによって時間を感じるとか、なんかいろいろそういう裏にコンセプトを詰めてあるんですね。
で、そこはやっぱ大事になって、さっきの話に戻りますけど、ただ並べるってことは感覚的にはできるんだけど、そこに意味がいっぱいあると。
で、その意味がいっぱいあればあるほど面白いですよね。っていうのは、僕がアート作品を言うときにジャッジメントするのはそういうところなんですね。
面白いなと思う作品は単純じゃないんですね。見た目は単純なの。だからいろいろ問いを出してるから、あ、なるほど、いろいろ想像できちゃうんですね。そこが面白いところなんで。
だから僕も作品はいつも、例えばいろいろ自分の疑問点とか謎とかを50個詰めたりするじゃないですか。20個大体。
でもそれは例えばすごいいろんな観賞者のレベル、例えば1段階の人とか10段階の人ってあると思うんですよ。
例えば色しか綺麗と思わない人もいるし、すごい深読みする人もいるわけですね。僕以上に。で、その人に全員響くようなものを仕込んどくとやっぱり面白くなってくるっていう形ですかね。
だからそんなことがあっていろんな衝撃があったと思いますね。それは。だから今までその光景も見たこともないし、匂いを実際嗅いでこんだけ見るだけじゃない。
人間の持っている身体勢の豊かさを感じた人もいるしとか。面白い話があって、あと毎日来る人がいたんですよ。
スピーカー 1
それじゃわかんないって言ってほしいと思うんだけど、何でも自分で言っちゃう。
そのくらいちょっとやる気持ちもそうです。
そうですね。
でもなんかね、それはね、僕思ったのはうちの息子はね、
学校教育を受けてて、その同じ答えを出すと点数低いんですよ。
で、それは教科書で言ってるでしょ?じゃあなたはどういう考え方の?っていうところが評価の対象になるわけですね。
日本はとりあえずそのみんなと同じ答えができるようになればいいっていうのがあって、そこが大きな違いではありますよね。
やっぱり教育家資格とかね。
あと僕は大学、こっちの大学行った時に結局言葉もできないんで、すごい不利なわけですよね。
だから逆に自分でやってきたことを試験で、オーラル試験、オラーレって言うんですけど、口頭試験なんですよね。
だからいくらでも説明によってはテーブルをひっくり返せる。
そうするとその時にやっぱり負をマイナスをプラスにしていく方法として、やっぱり人がやってないことを僕は知ってるわけじゃないですか、日本人だから。
だからそれを美術に絡めて勉強してきたことを説明すると、言葉はできないしちょっと難しいけどその視点が面白いって評価してくれてしまう。
それで助かったのもあったんですよ。もし試験だったら難しかったかもしれないですね。
スピーカー 2
自分なりの意見とか、それこそ意味みたいなものを常に問うて持っていることが学校でも評価されるし、
それがもう生きていく上で常に私がどうなのっていうのを問い続ける。
今日何食べるとかもってことですよね。
スピーカー 1
とにかく今日食べた昼飯の時に夜の今日何食べるかみたいな、そのぐらい食べることに関しては好奇心がある。
スピーカー 2
確かにね。やっぱり日本で気軽にコンビニでいいやとか、一番安いやつにしようとかなりがちですけども、
一歩ちょっと立ち止まって、今日は自分は何を食べるとハッピーなんだっけとか考えていくことがアート的な生き方につながるかもしれないですね。
スピーカー 1
まあでもそれが強すぎるとマイナス面もあって、例えば責任問題とかってなすり合うんですよ。
日本で例えばね、僕たちが今5人で話してて、真ん中の物が割れたとするじゃないですか。ガシャーンとか言って、誰かが同時に動いたとしてね。
日本だったら、あ、ごめん、俺がちょっとこう足やっちゃったからかなとかさ、そういう感じになるじゃないですか。
スピーカー 2
でも俺もこれやってみんなでこう。
スピーカー 1
まあいいかみたいな、その辺のうまく空間を読むみたいなのがあるんですよ。
リューンってするんじゃなくて、全員まず一歩下がるんですよ、同時にダーンって。
僕じゃない、僕じゃないって。それは面白いですよ。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
あとね、大学の書類とか出したらないとか言うわけ。おかしいよそれはって言うんだけど、
いやしょうがないねこれ、書類が勝手に動いちゃったんだからとか言って言い逃れするとかね。
もうそういう天才的な言い逃れの悪い方向に行くとそういう風になりますけどね。
まあでもイタリア的にはそれはフルボって言って納得させられちゃうんですよ。
スピーカー 2
フルボなんですね、それ。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
うまくやってると。
うまくやってきたね。
安易にごめんとかって謝らない方がいいってリサに言われました。
スピーカー 1
それはありますね。
まだね、イタリアとかアメリカとか行っちゃったらやばいですよね。
スピーカー 2
確かに確かに。ありがとうございます。
いろいろと作品の話も含めてアートの考え方がだいぶいろいろ見えてきたんですけど、
スピーカー 2
今日ちょっともう一個話したいテーマがありまして、これがですね、テリトリオっていう概念で、
これから日本の地域を盛り上げていくためのすごい重要なキーワードなんじゃないかっていうところで、
ミヤさんがめっちゃくちゃ今注目してるキーワードで、
ちょっとミヤさん的なこの考え方、テリトリオとはみたいなところで、どういうふうに捉えられてますか。
僕が普通に本を読んで、イタリアのテリトリオという本を読んで、
素晴らしい考え方だなと思ったっていうのがまず第一なんですけども、
もう一つはやっぱり日本に適応し得るものだけれども、根源的に日本人はこういうの苦手な部分みたいなのも差もあって、
それを考えると、日本をより良くするためにすごいヒントになるなと。
自分と西洋の考え方の違いとかいうところにもつながるかなと思ったっていうのは一つですね。
テリトリオっていう考え方自体はもう本当に、
広瀬さん前にして僕が説明するのもあれなんで本当に簡単に言いますけども、
やっぱり食とかお酒とか、その土地の魅力っていうものをいかに際立たせるか、
あるいは自分のルーツとして誇りを持つかみたいな、一連の営み。
スピーカー 1
結果的にそれが産業になるみたいなことだなと。
スピーカー 2
これイタリア語なんですか、テリトリオ。
スピーカー 1
テリトリオはイタリア語。
スピーカー 2
フランスになるとこれあれなんですよね、テロワールになるんですけども。
テロワールってワイン用語でしかあんまなくて、
この土地でのテロワールだとこういう味のワインができるようなみたいな使い方するんですけども、
イタリアだとそれをもっと広げて、
食やその人らしさ、アイデンティティとかね、
昔はシエナ公国だったとかね、そういうとこにまでつなげるわけですよ。
そこのちょっと違いが面白いですね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
なんでしょう、日本語で直訳すると何になるんですか?
テリトリの発音なので、英語で言うね。
そのやっぱ地域とかエリアとか。
エリア、エリアとかそんな感じですよね。
ただそこが物理的な地理的なエリアって話じゃなくて、
そこにある食とか文化とか、あるいは産業みたいなものも含めたものとして捉えてるんで。
そうですね、イタリアだと自治体のことはコムーネって言うんですけども、
コムーネよりももうちょっと広い、トスカーナとか、
ああいう感じでテリトリを語られることが多いというのと、
もともとイタリアっていわゆる共和制の独立国みたいなのが連合して、
都市国家が連合して、しかもそれもわりと近世においてそうなった国なので、
日本にちょっと近いっていう意味で言うと、爆反体制の名残まだあるじゃないですか。
江戸時代の。
だから日本人だと思わずに山口賢人だと思うみたいな。
あるいは山陰地方とかね。
ああいう感じでの自分の生活圏とか文化圏とかという捉え方ですよね。
そういうのもあるんで、日本人がもっとそういう考え方を学べると、
スピーカー 1
ひとまず美味しいものが食べれるよね。嬉しいよね。
スピーカー 2
なんかこう、日本ってわりと最近のグローバル化みたいな流れの中で、
どんな場所でも同じようなものが食べれて便利で、特に東京には集まってるよねみたいな中で、
僕もわりと生きてきたんですけども、ちょっとむしろ逆というか、
地域ごとの美味しいものとか、そこにある文化とか人とかっていうことにもっと注目していこうみたいな感じなんですかね。
そうですね。やっぱり東京に確かにレストランもいっぱい集まって世界中の人が食べれますけれども、
新鮮なものを食べようと思ったらその土地で取れたじゃないですか。
そうですね。間違いないですね。
決まってるわけですね。
イタリアもわりと素材を生かした料理ですし、日本もそうじゃないですか。
考えると、東京にいっぱいどこでも美味しいよねみたいに言ってる場合じゃないっていう。
言ってる場合じゃないと。
その土地へ行って、土地の美味しいものを、新鮮なものを食べるっていうほうが本当の美味しさなんではないかみたいなことですかね。
これ、ひろしさん、イタリアではわりともう市民レベルでその感覚は持ってるんですか。
スピーカー 1
そうですね。すでにみなさんが言っていただいた都市効果っていうのもあるし、その土地のアイデンティティってみんな強いんですよね。
だからイタリア料理は存在しなくて、トスカの料理とかミラの料理とかしか言わないです。
スピーカー 2
言いますよね。
スピーカー 1
だから日本人はイタリア料理って言うんだけど、イタリアは他の国のレストランを探すのすごい大変で、特にフランス料理とかね。
移民がいまいっぱいいるので、中華とかベトナムとかタイ料理とかはできてるんですけど、日本料理もね。
でもみんな今日はトスカの料理かとか、今日はシチジャン料理か、そういう感じじゃないですか。
なのでそのローカルの基調はすごい強いっていう感じですよね。
だからそれがもうすでにあるので、そのテリトリウムっていう考え方は非常に普通に浸透してて、
で、日本にも近い、日本は本当はあるようで、ないようであるんだけどあるようでないっていう状況なんですよ。
スピーカー 2
まあそうですね。特にそう思います。
スピーカー 2
同じタイミングで切り替えられなくなったとすると、
50年代、60年代の高度経済成長というか、
工業化一気にしたっていうところは一緒だったんだけど、
70年、80年あたりでちょっと変わってきてるんですよね。
いわゆるベッドタウンの公共団地みたいなのを作るお金を、
もっと都市を保存したり。
スピーカー 1
これチェントロストーリーって言いますけども。
スピーカー 2
ロストーリー保存のために使ったっていうふうにも言われてますし。
スピーカー 1
でもね、そこから何十年ってかかってここまで来てるんで、
そう簡単にはできないんですね。
だから今からやり始めた後30年後とか、
そんな感じですよ、きっと。
スピーカー 2
今世界からそれが価値を認められてるっていうことですね。
80年代とかにやってたことが。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
そうやって歴史を遡って自分たちは何者だって考えられるのって、
スピーカー 1
やっぱり日本とのちょっと違いで言うと、
スピーカー 2
日本ってしなやかに受け入れるのが得意で、
イタリアとかヨーロッパってやっぱ攻めき合ってるじゃないですか。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
なのでゲルマン民族が攻めてきたりとかね、
ゴシック教会がいっぱい立つとか。
そうやって攻めき合ってる概念に自分たちのルーツとか、
自分たちの幸せとかみたいなことにちゃんと目が行くけど、
日本の和洋説中ってどっちかっつーとボクシングで言うスウェーに近くて、
引いて守ってるみたいな感覚なんだろうなっていうのは、
ちょっとヨーロッパ行ってすごい感じたことがある。
なるほど。
スピーカー 1
あとしなやかさとか柔軟性ってすごくて、
700年に1回外国の文化を常に受け入れて、
それを十分に日本化していくじゃないですか。
そこがあれはすごいですよ、日本は。
海外の人はイタリアなんかがもうそんなのダメだ、やっぱり。
俺たちの海じゃない。
だから日本は日本のしなやかさっていうのは、
これから生きていく可能性の一つではあると思いますよ。
スピーカー 2
しなやかっていう意味で言うと、
やっぱりイタリアとの違いだと石の文化ではなくて木の文化なので、
伊勢神宮とかは何十年かに1回戦って、
スピーカー 1
後にずっと伊勢神宮みたいなね。
だから一回その話をしたら、やっぱり彼らは彼らの考えが染まってるんで、
そういう発想もあるんだっていうふうになるわけですね。
スピーカー 2
だからあんまり勉強してないんで、日本のこととかね。
スピーカー 1
だからそういうのを知るっていうことの驚きはやっぱりみんな感じて、
そういう聞く耳がある人はやっぱりなんかね、
スピーカー 2
それはすごい評価してくれますよね。やっぱり日本はすごいねって。
だから残すのは革命であるって言ったときの、
日本はじゃあ何を残すのかっていうのが問いとして。
スピーカー 1
そうですよね。
スピーカー 2
確かに。ヨーロッパが残そうとする歴史とかとは何かもう少し違う、
そのしなやかさも含めた変化の奇跡みたいなものをちゃんと捉え直すみたいな。
スピーカー 1
だから常に旅行して感覚を研ぎ澄ませているんで、
自分の日本の良いところもわかるし、日本のダメなところもわかるっていう。
だからそういう絵文化理解みたいなのはすごい大事で、
やっぱり自分を発展させる具合が一つの重要な要素ですよね。
あとね、イタリアで金継ぎとか流行ってるんですよ。
スピーカー 2
そうなんですね。
スピーカー 1
これもすごい日本の文化ですごい。
これ僕一回説明したら驚いてましたよ。
要はヨーロッパでは物がこう皿が割れちゃうじゃない。
そしたらもうそれで価値がないわけ。要するにもう完璧なものがいいから。
日本って不完全性っていう文化もあるし、
それを繋ぎ合わせてそのダメな部分を今度金で継ぐわけじゃない。
金っていうのはある意味魔法の言葉で価値があるんだね。
それがさらに最初の完全なもので価値を持ったりするわけね。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
それってやっぱりすごいコンセプチャルで、
そういう考え方なんだよっていう話を説明すると超みんな驚いて、
それはすごいってなるわけ。
要は若いらにとってそれは逆に意味が深いからね。
深いですね。
だからね、それを説明するってことが大事ですよね。
ある意味ね。
だから日本は素晴らしい文化だってみんなすごく尊敬されてますよね。
そういう勉強してる人とかね、そういう興味ある人はね。
スピーカー 2
やっぱそれを日本人がある種、何て言うんですかね、
異文化理解として自分たちの文化をまず理解するっていうところは、
もっともっとやっていけると思うんですよね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
ちなみにミラノでアート活動をやる際に、
テリトリオ的な文脈で、先ほどのレモンもそうだと思うんですけども、
スピーカー 1
影響する部分って感覚で近いのかな。
そうですね。まずは、今それまではアートって独立した、アートないアート、
要するに例えば絵画だったらバルーンとかいろんな問題とかフォームとかいろいろあったんですけど、
そうじゃないものに気づきましたね、イタリアに来てから。
それは要するにアートが生活と結びついてるんですよ。
だから何か何でもないものに価値を見出す意味とか、
そういうことがすごくテリトリオ的っていうか、
要するにテリトリオもただの領域じゃなくて、
すべてが一緒に結びついて、あらゆるものを生活と歴史とか、
それが一つの形になってくるじゃないですか。
だからあと景観とかはよく言われるんですけど、景観もそうなんですよ。
景色じゃなくて、さっき言ったテリトリオと一緒で、
景観というのはそれがものが、人の営みとか歴史とかものとかいろんな職とか、
そういうものを農業も含めて形式なんですね。
だからそういう考え方というのがアートの中で僕の中ではすごく影響してますね。
だからそれが何か逆にその何て言うんでしょうね、
アートないアートで作品を表現していくのももちろんありなんですね。
ありなんですけど、そういうどっちかというと日常生活の中の豊かさというものが形になっていくというのは、
やっぱり知らない間にテリトリオを勉強してたのかなみたいな、
スピーカー 2
そういう感じですかね。振り返ってみればね。
日本人も、展覧会は世界一に来る民族なんですけど、
アートはちょっと遠いって感じで、僕はあるので、とっても参考になります。
スピーカー 2
日本、そのテリトリアの話とか、さらっと聞いちゃうと、
行政がこの地域はこの文化で押していこうみたいな、
何て言うんですかね、そういうふうにやったのかな、
じゃあどうやって行政の人とかが視察に来たりするのかなって思うんですけど、
スピーカー 2
今日の話聞いてると、そうじゃなくて、もっと暮らしとか市民とか、
そういう感覚の中から生まれて、そこにアートも分け隔てなくつながってるっていう、
これを日本にどうして、日本のこう、どう導入していくのかっていうのが、
難しそうだけど面白そうだなという、今日の感想なんですけど。
スピーカー 1
まずは旅行して、そういう大都市とかじゃなくて田舎がキーポイントに対しては、
イタリアは田舎のほうが面白いんで、そこを何か所が回ると面白い、違いが出たりとかね。
スピーカー 2
そうか、イタリアの田舎に行こうっていうところですかね。
スピーカー 1
そうですね。宮地さんも、けんしろうさん全部、実際行って、
なんかビビッと感覚的にかじらげて、ああ、おいしいもの食べてみたいな。
スピーカー 2
いや、くれものだけでもめちゃくちゃ僕も感じましたし、宮はね、オウルチャ渓谷のほうもね。
スピーカー 1
やっぱりその身体的な体制感覚っていうのかな。
それって僕もそういうのを体験したんで、やっぱりアートの中で見るだけじゃないのがあることによりこう、
イマジネーションが湧いてくるしっていうのを実行してるんですけどね、実践してるんですけどね。
だから、今日ラジオを聞いていただいて、イタリアのおもしろさがちょっと脅威を持っていただいたら、
レンタカーを借りて田舎に行くっていうのがいいかもしれないですね。
スピーカー 2
最高なんですよ。
やればよかった。ちょっとね。
国際免許が間に合わなくて。
スピーカー 1
あのね、バスのタイムはありますけど、本当に風景を見ながらこう、町の中、
ほら電車だとあまりにも町と町に着いちゃうんで、その間が面白いんですよ、間が。
スピーカー 2
間が、なるほど。
スピーカー 1
その次こそは。
そうですね。なんか面白いです。
スピーカー 2
そうですね。最後にこれは働き方ラジオで聞いてて、
アーティストのひろすさんに聞いたらもう全てだって言われそうなんですけども、
ひろすさんが自己表現をしていると感じる瞬間ってどんな時ですかっていう。
僕自身ですか。
スピーカー 1
そうですね。
そうですね。なんか確かに全部だなとは思うんですけども、
スピーカー 2
職業柄、そういう自己表現をするのが本職っていうか、メインなわけじゃないですか。
スピーカー 1
でもなんかこだわりを持ってなんか接するっていう、なんか食べるものでも、
例えばですよ、僕はですね、ちょっと10分歩けばおいしい店があるっていうとするのと、