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スピーカー 2
働き方ラジオ始まります。株式会社セッション・クルー代表、働き方エヴァンジェリストの田中健士郎です。
このラジオは、誰もが自己表現をするように、情熱を持って働く、そんな世界を目指す、仲間づくりをしていくポッドキャスト番組になります。
皆さん、自己表現していますか。はい、ということで、今日はですね、ゲストの方をお呼びしてお送りする回になっておりますが、
今日はですね、ミラノ在住のアーティスト、広瀬さとしさんにお越しいただいております。広瀬さんよろしくお願いします。よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。ということで、いきなりミラノに住むアーティスト、なんで働き方ラジオに?っていうところでですね、リスナーの方も気になっていると思うんですけども、
ミラノといえば、働き方ラジオ、よく聞いていただいている方にピンとくると思うんですけども、
はい、純レギュラーリサがですね、また例によって、会いたい人に会いに行く活動の一環としてですね、広瀬さんと出会い、会いに行ったという繋がりなんですよね、リサさん。
スピーカー 1
はい、よろしくお願いします。こないだ会いに行ってきましたよ、ミラノに。アペリティーボ一緒にしてきました。
スピーカー 2
アペリティーボって、夕方に軽食みたいな感じで軽く食べて飲んでみたいなやつですか?
そうそう、おしゃべりしながら飲む。
あれいいですよね。イタリア、僕らも行ってきたんで。ということで、なんで広瀬さんに会いに行ったんですか?
あのですね、私たちが今関わっている、一緒にやっているマチプロタウンの仲間に、昭和プラスティック工業さんの内川さんという方いらっしゃるんですよ。
スピーカー 1
内川さんのご紹介する記事を、取材と記事を書かせていただいて、その中で僕の同級生、中学校の同級生がミラノにいるんですよってお話を伺って、
スピーカー 2
それ記事には書いてないんですけど、ちょっとじゃあ私会いに行っていいですかって言ったら内川さんがいいですよって言ってくださったんで、
スピーカー 1
なぜか私が会いに行ったという、そういう繋がりです。
スピーカー 2
そこからまさか繋がるという。
でもなんとなく存じ上げていったんですよ、存在というか、広瀬さんのことはミラノにいらっしゃるアーティストってことで。
これはよし、今行く時だと思って、タイミングだと思って行きました。
なるほど。
働き方ラジオだとおなじみな意味のイノベーションとかね、一緒にいろいろと取り組みさせていただいてる安西さん、ミラノに住んでる安西さんとも繋がりがあるというか、結構深く繋がれてるとかっていう話もあったり、
こう会ってみるといろいろなところがまた繋がっていくっていう感じで。
そこでいろいろと仲良くなりたい、一緒に仲良くなりたいなと思う純レギュラーのもう一人のミヤも一緒に話せる話しましたね、その後ね。
ということで今日は純レギュラーミヤにも参加いただいてます。ミヤもよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日はですね、後半は広瀬さんにミヤがいろいろと聞きたいことがあるというところで、最近ミヤの中で非常にホットなワードであるテリトリオ、これね働き方ラジオでも少しずつ広げていきたい言葉なんですけれども、これについて深くお話しいただくっていうところも後半できればなと思っております。
スピーカー 2
ということで、お待たせしました広瀬さん。広瀬さんはアーティストとしてミラノにお住まいになりながらも、本当世界中、アジア、ヨーロッパ含めてあと日本もですね、いろんな展覧会とかインスタレーション、パフォーマンス、彫刻、本当にいろいろなアーティスト活動っていうのをやられている美術家さんになります。
本当にですね、僕がこないだ聞いたのでもすごく特徴的だったレモンプロジェクトっていうですね、ものもやっていたりとか、そんな話も今日いろいろと聞ければと思うんですけれども、まずは広瀬さんにちょっと簡単に自己紹介というかですね、ご自身の紹介いただいてもよろしいでしょうか。
スピーカー 1
はい、初めまして。広瀬です。今日はこの働き方ラジオにゲストとして参加できて大変嬉しく思います。ありがとうございます。
僕は今回リサさんと司令になってこういうチャンスをいただいたというか、働き方ラジオに出ることになったんですけど、実はリサさんも長い間結構イタリアに住んでたんですよね。
でもなかなか何十年後に出会ったみたいな感じなんですけども。
スピーカー 2
そうです。リサがもう、そうですよね、20年越えで、25年間いて、広瀬さんは何年くらい?
スピーカー 1
僕はほんのちょっと長いので、30年過ぎなんですけども。
スピーカー 2
すごい、ベテラン同士。
スピーカー 1
なんかそんなわけでね、お話をしたときになんとなくこう言ってることが簡単に伝わるっていう、やっぱりそういうものを感じましたね。
それで僕はもともと日本でずっとからもうアート一本でやってたんですけど、もともとそのリサさんの同級生だった、
あ、すみません、僕の同級生だった、その内川健っていう、リサさんに取材した例の会社の総務です。
で、映画作ってたんですよ、一緒に彼と。
スピーカー 2
映画を。
高校生の時に、なんていうんですか、学園祭みたいな感じの。
スピーカー 1
そうですね、まあ当時は8ミリ映画で、今みたいな機材とかと違う、デジタルと違ってアナログでですね、本当に。
ただまあ、その一つの流れとして、映画をやるっていうのは割とトレンディーなときがあって、
で、ピアっていう雑誌が、情報誌があってですね、そこにピアフィルムフェスティバルっていう賞を与えるっていう企画があって、
映画人のちょっと卵みたいな、そういう感じだったんですよね。
それでそこに募集したと。
ただまあ、もう僕の周りの人たちでも映画を作ってるんですけど、やっぱりね、今もそうだと思うんですけど、だいぶ変わってると思うんですけど、
当時やっぱり、なかなかフィルムを回してすぐ消せないし、一回ね、フィルムを現像しないといけないので、結構一発勝負というか大事なんですよね。
だからみんなこう、やっぱり捨てらんないの、編集とか。だからすごく長々に、ちょっとこう見るのに耐えられない映像ばっかりだったりするね。
今はもうやっぱり編集っていうのが大事だということで、もううまくみんな作ってますけどね、YouTubeとか。
そういう時代ですね。
そんなわけで、実はリサさんとのつながりもあったということで、それでまあ、それからやっぱり映画をやろうと思ったんだけど、
スピーカー 1
ちょっとその当時はまだね、ビデオとかもちょっと技術的なものばっかりだったんで、なんとなくこう、美大人じゃ行こうかなっていうことで、
いつの間にかね、ファインアートを本気を持って、それでアーティストを目指すことになっちゃったんですね。
スピーカー 2
その段階ではまだ日本ですよね。日本の美大に行った大学生。
スピーカー 1
それでその前に、あの時はね、やっぱりちょっとこう、助手、副主っていう職種なんですけど、助手の下っていう、なんかそういうのがあったんですよ。
まあ要するに雑用ですね。学生さんと先生の間を切り盛りするみたいな。
で、そこで一応就職を始めたりしたんですよ、大学に。で、その間に今、ちょっとこう、バックパーカーでいろいろ世界中を回って、
海外にちょっと住んでみたいっていうのがあった、アメリカとかいろいろ行ったんですけどね、やっぱりヨーロッパのこう、なんていうのかな、
こう、文化の深みというか、そっちの方がやっぱり僕はね、憧れてしまい、それでイタリアが特に良かったんですよ、直感で。
直感で。で、まず食べ物が美味しい、あとね、文化的な空間が深いっていうのかな、多様性があるというか、歴史もあって。
それでイタリアに来ることを決めて、イタリアの政府給費留学生っていう、まあ国費留学ですね、そこでたまたま受かって来れたんですよ。
それがきっかけですね。まあ、もともとね、映画でのゴッドファーザーっていうのはハマってたりとか。
スピーカー 2
ああ、確かに。そっかそっか。
スピーカー 1
みんな僕、なんで行きたいんですかって言うと、ゴッドファーザーが好きですって言って、冗談でしょって言われたんだけどさ。
本当にそのくらいあの映画はすごい面白かったですね。
高校の時の映画はキューブリックに憧れて、なんかそのああいうクリエイティブな感じを目指して映像美とかね。
だからその辺はちょっと凝って3年間かけて作って、20時間ぐらい撮って20分にまとめたみたいな、そういう感じの作品だったですね。
まあそんなわけでイタリアにたどり着いたと。そういう感じです。
スピーカー 2
ちょっともうここまでで聞き応えめちゃくちゃあるんですけれども、僕らの今仲間の内川さんと一緒に映画作ってたところからしっかりそれがつながって、
美術、美大行って、海外に行くっていうところで。
でもあれですよね、美大行って、そこまではなんて言うんでしょうね、よくいらっしゃる方はもちろんいると思うんですけど、
そこから海外住みたいなーでいろんな国行って、イタリアがいいな直感で行っちゃえっていうのはなんかあんまり聞かないというかですね。
スピーカー 1
そうですね。僕らの時代ってやっぱり海外は結構植えてたんだよね、きっとね。
情報もあんまないし、今は簡単に情報が手に入るし。
海外行くことで逆に日本が見えたりとか、なんかいろいろして、そのなんていうのかな、旅自体が面白かったですよ。
ただやっぱり旅をしてると、やっぱり旅の視点と住む視点って違うわけよね。
そうするとなんかちょっと住んでみたいなっていうのもあって、あと大学時代にゼミでね、現代美術ゼミで先生がイタリアのスペシャリストだったんですよ。
そういうのもあって、なんかイタリアの素敵なアートの世界っていうか、
アメリカはわりとね、分かりやすさっていうかすごく大事な感じで、
あとちょっとオップな感じがして、わりとね、そうじゃないものをちょっと僕の感じとしては求めてたってこともあるので。
とにかくあとは、何でしょうね、イタリア好きになっちゃったっていうこともあって、入れないとか言っちゃったんですよね。
スピーカー 2
そうですよね。留学で、国費留学に受かったっていうところで、それもね、大体、留学行ったらもう、じゃあ日本戻りましょうっていう感じが多いと思うんですけども、そこをやっぱり残りたいと思って残ったんですか?
スピーカー 1
やっぱりね、2年間だと何もできないですよ。言葉もダメだし、それで本当に苦労して、でもなんかやっとこう、なんかするまでには戻れない。
昔の人はね、本当に明治時代の人はなんかね、成果を出してからじゃないと戻れないみたいな性格だったけど、
それにちょっと近いような気持ち的にはあったのと、なんかこのまま帰っても中途半端かなっていうこともあったんですよね。
でも何より、やっぱり面白さ、やっぱりここにいたほうが居心地がいいなっていうのがあったんで。それでそれは何かというと、テレ東京の話にもつながっていくとと思うんですけども、後でね。
貧乏人でも楽しく生きていけるという。この発見がすごいびっくりしました。ようは、選べるんですよ。だからお金持ちもいっぱいいる。
みんな人が嬉しい、貧乏の人が嬉しいんでね。
学生は学生のレベルでちゃんと満たせるような、職が満たせて、文化も満たせて、なんかこう思考を満たせるみたいな。
日本ってみんなほら、ちょうどその時は特に今はだいぶ変わりましたけど、本当にみんなが平均というかね。
スピーカー 2
そうですね、あの豊かな中間層がみたいな、よく言われてましたよね。
スピーカー 1
だからそういうのをなんかね、やっぱりさっき話した直感っていうので感じたんでしょうね。
それでここだったら貧乏、なんかもしかしたら生き残っていける気がしたわけよね。
でね、当時の現代美術やってる時、僕なんか世代ってほとんど食えない、というか売れないんですよ、作品が。
スピーカー 1
海外の人も全然相手にしてくれないというか、基本的に西洋を中心にできてるんで、アートの世界というのは。
で、彼らがすべてジャッジメントしたわけですね。
そうした中で今は逆に彼らが行き詰まっちゃって、東洋とか西洋とかじゃなくて、アジアとかアフリカとか南アフリカとかそういう今までの現代アートの未開の地にどんどん広がっていって、
今は逆にね、みんな見に行くようになったわけ。
その当時はもう誰も自分で求めるしか何もない、教えてくれないし、そういうのもあったんですよね。
だから長くちょっといないとこれはわからないなと思って、今みたいに情報がない時代だからね。
だから大学の時はよく図書館にこもって様子を見て、なんかいろいろ情報を得たりとかしてましたけどね、今はもう一発じゃない、シュッシュッシュッ。
スピーカー 2
いやもうほんとね、いくらでもでAIなんか出て、もう現地の情報すら調べられるようになりましたね、ほんとに。
スピーカー 1
逆に言うとね、情報に価値はなくなるというか。
そうですね。
スピーカー 2
ってなってきてますよね。
スピーカー 1
考え方とかアーティチュードとか、いろいろアーティストが持っている感性とかってやっぱり重要になります。
たぶんね、その情報をジャッジメントする力、みんな触れちゃってるだけでみんなフワフワ言って終わっちゃうんだけど、
それをジャッジメントする力を身につけないと厳しいのかなっていう点ですよね。
結構ね、アーティストの問いを立てて問いを探求する力って結構やばいんですよ。
僕はヤフー時代に部活動でやってたことがあって、その時にあるサポートしてくれるコンペティションのところの人が、
たとえば、ひろしさんのあれで言うとレモンを選んだとします。
なぜレモンなのかっていうのを問うんですよ。
そうですね。
なので、他じゃだめなのかとか、そういういっぱい問いを作って、それを探求していくんですよね。
そうですよ。なおかつ決して答えが一つじゃない。
一つじゃないっていうね。
そこは面白いです。答えと意味を自分で作り出して。
答えは作らなくていいんですけどね。問いを作り出していって、そこで考えていくとか実践していくっていうのが面白いですね。
日本人だとよくね、アート作品をアートだと思いがちで、アート作品もアートなんですけど、
本質的にやっぱりアーティストがアートであるということがもっとね、理解されると。
そうですね。あとはその作品、目に見えてる作品の背後に見えない世界という前提で、
そこのプロセスとか、例えば同じコップが2つあっても見えるのは同じじゃないけど、そこに意味があることでどうやってそこにある、
なぜそこにあるかっていうことをみんな問うわけですね。
それでそれをメーカーに答えてあげると、そこを評価してくるんです。
だから同じ似たようなコップでも、その背後にあるものが豊かであると気が付く。
そういう世界なので、本当は言葉で表現できないことを、アートは作品を使って表現するから、
そんな言葉で言わなくてはいいんだって言う人もいるんだけども、日本人とか。
でもね、言葉で説明できないが故に、それでも言葉を使うんですよ。
言葉っていうのは当てにならないんだけども、とりあえずそういうふうに訓練されちゃってるんで、こっちの人は。
それをやっぱり理解してやらないと、なかなか自分の感性でやったら見てって言っても、
え、なんでって聞かれるんだよね。それをうまく答えないとだめなんですね。
日本人はロゴス主義的な発想を持ってないので、
そこを言葉にするっていう、ある種ゲームであるルールがあるっていうことに、なかなか気がつかないみたいな。
だから、そういうロゴスを徹底的に追求したい上にロゴスがダメだっていうんであればわかるんだけども、
いきなりピュッシュリスみたいになっちゃうんですよ、みんな。
でもその1回ロゴスを突き詰めた上に、以前の古代ギリシャの本当の思ってる自然のとこに戻るんであればいいんだけども、
なかなかそういうふうにはいかないので、やっぱり言葉で説明はダメだっていうのは確かにそうだけど、
でもそれは1回ジングリして、ロゴスを突き詰めた上で言えればすごく説得力あるけどね。
いきなりそこは行かずに、いや感覚でいいんだって言われちゃっても、うーんってなっちゃったりはしますけどね。
ただ、どこで生きていくかっていうこともあると思うんですね。
例えば日本の世界の中でその感覚だけで、雰囲気だけでいいって言えば十分通用します。
でも海外では難しいんで、だから自分が日本だけでやりたいんだったらそれでもいいし、
もし海外で世界的に動くんであれば、そういうこともあるないと難しいっていうかね、いうような感じです。
スピーカー 1
まあそういう話をですね、美術教育では全く行ってないですよね、日本ではね。
だからそういうことを、僕はまずこっち来て徹底的に学びましたけどね。
スピーカー 2
いやー、これはすごいですね。なんか本当ちょっと脱線しちゃうかもしれないですけど、
逆に今ビジネス界が、もうやっぱり今ある課題をどう解決するかみたいな問題解決型のビジネスでも、
課題がもうすでに解決され尽くしていたり、もう同じようなものがたくさんあったりして、
あんまり差別化にならなかったりっていう中で、やっぱりその問いを立てることが重要だったりとか、
あるいは、なぜそれをやっているのかとか、何のためにその会社があるのかみたいなことを、
まずは頑張って言語化するっていうことが大事だとか、結構だんだんアーティストが今まで、
特に西洋かもしれないですけども、やってこられたことがビジネス界でも必要になってきているみたいなところで、
よく働き方ラジオでも、やっぱりそういう目に見えない資本とか資産みたいなものを価値としてどう言語化していくのかとか、
それを商品とかブランドにしていくのかみたいな話が出るので、今すごいそのあたり重なるなと思って聞いてました。
スピーカー 1
そうですよね。だから西洋の人たちが今アートに、経営者みんなアートを注目してるみたいな話の本がいっぱい出てるじゃないですか。
スピーカー 2
そうですね。よく。
スピーカー 1
でも確かにそこはやっぱり感性がすごい大事なんですよ。実は。さっきのロゴと感性がちょっと矛盾するようなことになっちゃう。
それはちょっとうまく使い分けないといけないんですけど、その感覚とかって、要するに言葉で説明できないこととかも、
やっぱり数値では割り切れないっていうのは我々のリアルな世界じゃないですか。
で、そこを得るための感覚っていうのが非常に重要になってくるということで。
あとはこっちから築いてきたその限界に来てるんですよね。
言言論的にこう物を分けて考えるとか、やっぱり明快に答えを出していくっていうのはこっちの人のスタイルじゃないですか。
でもそうじゃないところに本当はなんかあるんじゃないかっていう話なんですけどね。
日本はもともとそういう文化はあるんですよね。
だから逆に西洋の方が日本文化や東洋思想とか興味持ってアクセスしたり観光で来られたりとか、よく来るようになりましたけども、
日本人は自分たちのことや歴史を果たして外国人に伝えられるほど知っているのかというと、決してそうではない。
日本は経済がダメになって没落しているわけなので、文化を成熟していくというすごい大事なことだと思うんですね。
で、イタリアなんかはやっぱりその考え方として面白いのは、経済を考えようと思ったら文化を考えるんですよ。
そうすると経済が良くなるみたいな。
やっぱり経済イコール経済なので、そこに文化的なものっていうのをもうちょっと送れちゃうというかね。
そもそも文化とは何かという話がなってくるんですけども、やっぱりこう生活様式全般のこととかね、
人がより良く生きていくための蓄積して成長してきたものとか、いろいろ価値観の共有してるなんか高めていくコミュニティみたいなのもあると思うんですけども、
だから日本も決して悪いわけではない、すごい歴史もあって、ただそのうまく使い方が悪いというかもったいないような気がしてるんですよね。
だから例えばわかりやすく言っちゃえば、イタリアなんかはすごい有名なダヴィンチの英語があるわけじゃないですか。歴史的価値がね。
それを世界中に回すわけ、1年間貸して、それでもう美術館の2年間分の予算を稼いじゃうっていうね。
スピーカー 2
稼げちゃう。
スピーカー 1
だからそういう使い方、すごい宝物いっぱいあると思うんですよね、日本にも、その歴史で。
それをうまく利用してないって、今、日本は。まだオクラに眠らせてる状態。
だからそういうような文化政策がちょっと出てくると本当はいいんですけどね。
やっぱり政治家の人たちがやっぱりどうしてもそこの辺が不足してる部分もあるのかな、みたいな僕は思ってて、
やっぱりあるんでしょうね、経済で考えちゃうんですよね、今ね。
スピーカー 2
そうですよね。文化と経済っていうのは全く別物だと思って、文化庁みたいなものは経済的ではないものを扱ってますみたいな、
切り分けちゃってるみたいなところはあったりしますね、確かに。
この間、僕もミヤもイタリアに行って、僕もすごい感じたことなんですけど、ミヤが言ってたのが印象的だったのが、
残すことは革命であるって話を、もう今回の旅の一番大きな感想として持って帰ってこられて。
スピーカー 1
素晴らしい。だからイタリアに来ていただいて分かると思うと、歴史に対する貪欲とかすごいんですよ。
スピーカー 2
本当に。
スピーカー 1
だからそれが全てといったらおかしくないですけどね。
だからそれはやっぱり自分たちが世界の中でこれだけの歴史を持ってて、物質的にも精神的にも豊かであるっていう確信を持ってるんですよね。
だからローカルなどこ行っても自慢できるんですよ、自分たちの場所を。それが素晴らしいと思って。
だから日本も多分いいものいっぱいあるって、そういう歴史を見つけ出して自慢してぐらいのものにしていけば全然いいですよね。
あとね、この働き方ラジオなのでちょっと経営的に、中小企業の方とかが興味ある話ですよ。
イタリアの人はやっぱりね、大企業はあんまり少ないんですよ。本当にね、中小企業天国。
スピーカー 1
それはなぜかというと、やっぱり日本みたいに産業が発達しないこともあるんですけども、みんなはね、やっぱり一国の主になりたいんですね。
そこでやっぱり自分の生き方を実現していくとか。それでそういう形が多いんで、中小企業が多くて。
ただ、経営的には厳しいんだけども、それでもやっぱりそこの中に儲けでは数値ではかじけない価値っていうのをちゃんとみんな作ってるんですね。
それはどういうことかというと、自分の時間を作る、大切にする、楽しみを持つとかね、おいしいものを食べるとか。
そうするとやっぱりお金だけじゃない価値観ってあるじゃないですか。そういうのがあるんで、
そういうのってどんなお金持ってない人でも共有できる部分でもあるし、
しかもイタリアの政策としては食べ物とかアルコールって超安く設定されてるんですね。
それはやっぱりローマ一代以来の知恵で、それをちゃんと抑えとかないと氾濫とか起きるわけですね。
日本は今、米ここまで来てパンがない状態に近いので、イタリアだったら氾濫をたく米みたいな大げさじゃないように暴動が起こるかもしれないみたいな。
スピーカー 2
確かに米言われてますけど、値段倍になっても暴動までは起きてないですね、確かに日本は。
スピーカー 1
そこはある意味日本人の素晴らしさでもあるかもしれないし、ダメなところであるかもしれない。それは文化の違いがいいんじゃないかと思いますけど。
スピーカー 2
確かにお酒すごい安かったですね。
スピーカー 1
確かにですね。
そんなわけでですね、中小企業の人たちも本当にみんななんか、自分でお金を管理していってもらうし、
で、すごくこうみんなさ、中小企業で自分が社長、国の主ってことに関してすごいみんな誇りに思ってるしね。
誇りに思ってる。
思ってる、楽しむ。それをやっぱり人に使われたくないですよね、みんなね。
それがすごい強い、みんな。
スピーカー 2
なるほど、なるほど。
スピーカー 1
自分で裁量していく。それはやっぱりね、自分の道は自分で切り開いていくしかないっていう、そういう発想なんですよね。
だから国は政府をまず信用してないですよ。
ありますね。
だから日本は割とね、大震災前まではそういう傾向が強かったとは思うんだけども、
とにかくこっちの人は自分で情報を得てジャッジメントして自分で選ぶと。
そういうのが教育でもあるんですけどね、慣れてるっていうか。
スピーカー 2
面白いですね。
でも本当、働き方ラジオは自己表現するように働くみたいなテーマを持ってるんですけど、
やっぱり一つの手段として、自分で会社を持つっていうことは、
その自己表現と働くをつなげる手段としてすごくやっぱり近づくなと。
僕自身も自分の会社っていうのは、会社員はやりながらも自分の会社を持つことはそっちでより自分の表現ができるみたいな感覚はあって、
それはお金だけじゃない部分の豊かさっていうのは本当にあるなと思うので、
多分イタリアの方もそういう感覚が割と多い。
スピーカー 1
それがマックスですね。
マックス。振り切れてるぐらいですよ。ピーって。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
暴動起きちゃうっていうのもやっぱりすごいですよね。歴史があるっていう。
スピーカー 2
いいですね。
スピーカー 1
そうですね。あとはですね、なんて言うんでしょうね。
ちょっとこう、日本ではなかなか難しいんですけど、税金の話とかもあるわけですね。
日本はきっちり税金を納めるじゃないですか。
そうです。
犯罪ですかね。
イタリア式も犯罪なんですけど、それをうまく抜け出る手口っていうのは逆さげですよ。
いわゆる節税という言い方ですね。
スピーカー 2
経費とかいろいろね。日本でも多少なりはやってる方がいると思いますけど。
スピーカー 1
だからそれもやっぱりうまく遊びの空間って言ったらいいんだろうね。
要はハンドルを見るほうがあまりにもがちがいすぎて、それが国がちゃんとお金を儲けてる一つの原因なんですけど、
イタリアは遊びが多すぎちゃって、今までは。だいぶ縮まっちゃったんですけどね。
それがあるゆえに、例えばその余剰のお金、アートが市場を活性化するとかね。
そういう話もあったりするわけ。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
無駄な税金払うんだったら、要するに税金の使い方がひどかったりするんです。
応料とか。
応料。
政治家とかね。
今だいぶそういうのは厳しくなってきたけども、やっぱり家族愛が強いんで、
家族のために20億くらい使っちゃったとか、国の税金を。
そういうレベルなんですよ。
でもね、そういうのが頻繁してあるんで、もうみんな信用してないですよね。
下手な税金払うんだったらみたいなのがあって。
スピーカー 2
そういうことか。
スピーカー 1
でも、それはいけないっていう部分も当然あるし、ちゃんと真面目にやってる人いるんですけど、
やっぱりサラリーマンだとそれはもう自動的に取られちゃうんですよね、税金って。
ところが経営者であれば自分でコントロールできるっていう。
ちょっと裏話もあって、そういう遊びの空間。
だから真面目に言えば悪い空間なのかもしれないけども、こっちではなかなかそういうことは大事。
それでね、あとイタリアで面白い話が言葉でですね。
ズルイって日本語で訳すんですけど、フルボっていう言い方があるんですね。
フルボを直訳するとズルイとかダメみたいな、そういう要素に認知が出る感じが出る。
ところがこっちはフルボっていう言い方は両方の意味を含んでるんです。
要はお前フルボだなって言ったら、さすがって意味があるんです。
それはなぜかというと、お前は知恵者だってことですよね。
スピーカー 2
うまいことやってるっていう。
スピーカー 1
うまくやってるっていう。
だから日本語はそれはすごいネガティブに1本なんだけども、
面白いのは、ある意味褒め言葉ではあるんです。
使い方によっては。だからそこが反映されてると思うんですよね。
だから税金でそういう変な20億使われるんだったらっていう話もあって。
そうですね。
それだったらっていう。だから全てがイタリアが素晴らしいわけじゃないんだけども、
そういう人間らしさ、要は機械じゃないんだ俺たちはみたいな。
いやー、いいですね。
そういうのが本当に満たされてますね。
スピーカー 2
遊びとか余白みたいな言葉がすごく今何度も出てきたんですけども、
スピーカー 2
でもそういうところにこそイノベーションとか、
今まで考えていなかったようなものが生まれる余白がある感じがしますよね。
そうですね。
スピーカー 1
だから本当に考え次第でいくらでもどうでもなるので、
そういうことの遊びの空間を持った方が
いろんな発想が浮いていくっていう感じじゃないですかね。
スピーカー 2
いやー、ちょっとこれ一つのキーワードかもしれないですね。
確かに。
そんな文化の中で、ちょっとヒロシさんの話に戻るんですけれども、
学生時代からある意味最初は全然相手にしてくれないみたいなところから、
どういうふうに変化していったのかみたいなところ。
そうですね。
スピーカー 1
僕はやっぱり言葉にすごい苦労して、今ではそんなにイタリア語うまくないんですけど、
うちの息子とかがね、インタビューとか答えたりしてたり、
テレビとか見て、あんな恥ずかしいイタリア語、恥ずかしい聞いてたとかよく言われるんだけど、
本当に言葉で苦労するっていうのは僕の中でも最大の最初の苦難ですね。
ハードルだったんですね。
そのためにはどう説明していくかということで、
別に言葉じゃなくても何か人に理解していただくための手段として、
やっぱりいろんな方法を考えたんですよね。
その中で常に笑顔でいるとか、
あとは必ず言葉とか見ぶりとか、
とにかく総動員、全てを使うっていう、
そのパフォーマンス性をどんどん解像度を上げていくっていう訓練をすることによって、
何かわりと理解してあげようかなって気持ちにする。
そうすると言葉が下手でも、こういうこと言いたいんでしょっていう形で、
それそれみたいな話になってたりとか。
あとは何でしょうね、ある程度アートの世界のちょっと絡めて言うと、
作品を買ってもらう前に人を値踏みされるんですね。
この作家は伸びしろがあるかとか。
みんな買わないんですよ、すぐにパッときて。
まずは僕みたいな名前が知れてないアーティストはね。
例えば有名な人はもう投資という価値もあるだろうし、
失敗がないっていう人は、
ギャラリストがパーティーを開いてくれるんですよ、
自分たちのホームパーティー。
ケータリングして買いそうな人だけ呼んでくれて、
それで話したりするわけ。
その時にやっぱり気づいたのは、
お金持ってる人とかどんな人でもやっぱり満たされない欲求とかあるんです。
お金で買えないものとか。
そういうことを伝えることによって、
この人は私と違う生き方をしてて面白いとか。
そういうところに価値を生み出して、でも作品も好き。
スピーカー 1
買ってくれると。
ある意味ケーロって言ったら言い方も切じゃないかもしれないけど、
そういうぐらいの人を、
この人がどういうものを欲望として持ってるのかみたいな。
そういうことが大事だったりしますよね。
そうするとパーティーが終わると、次の日ギャラリーストからピッと電話がかかってきて、
スピーカー 2
あ、なんて売れたよって書いてある。
そういう感じで売れていくんですよね、作品が。
そういう世界なんですね。全然イメージと違って。
だから、ある意味アーティストは自身の人間性というか、
そっちもちゃんと磨いていかないと、
スピーカー 1
良ければ売れるっていうことでもないというか。
やっぱり天才はいるんで、何かの直感であるみたいな人もいるんで、
そういう人は売れていく場合もあるんで、いろいろなパターンがありますけどね。
ただ、多かれ少なかれまず人を見る。
要は例えばプレゼンテーションでみんな作品持っていくわけですよ、
私の作品見てという感じで。
僕の前に付き合った時、ギャラリーストとか見ないで捨ててましたからね、ゴミ箱に。
だから、その中でどうやって見てもらうかってこと自体も大事だし、
本当に大変だと思いますよね。
だから、ギャラリーに入れないんですよね、なかなか。
要は貸しやろうというシステムがあんまりないので、
アーティストと一緒に付き合っていくという形で、半分取るわけですよ、作品売れたら。
不動産と芸能プロダクションみたいな感じで一緒なんですけどね。
スピーカー 2
はいはい、事務所みたいな感じなんですね。
スピーカー 1
力持っているギャラリーアーティストはそのパーセンテージがどんどん高くなってくる。
スピーカー 2
自分は7割取っているギャラリーストは。
スピーカー 1
自分は取るよね。
まあでも基本は50%なんですけどね。
で、その中でやっぱり人を見てますよね、ギャラリーストとかもね。
だから当然アート作品も必要だけど、
自分のビジョンとか、なんかそういうものを感じさせる。
まあコミュニケーションは別に言葉だけじゃないので、
なんかそういう身振り素振りとか、やっぱり仕事の背中を見てもらうとかいろいろあると思うんですよね。
だからやっぱり何かこう人に魅力を与えるビジョンとか目標とか、
何かそういう自分の持っている得意なものが伝えられるってことは非常に大事かなみたいな感じがありますよね。
アートの世界もね。
スピーカー 2
やっぱりそういう時にはさっき言ったような、
言葉にして目に見えない価値を何とか伝えるっていう努力も大事っていう。
スピーカー 1
そうですね。アートの中では特にそういう形ですね。
あとはね、僕が昔ファウンデーションから呼ばれて、
予算いくらでやってほしいって言われて、バジェットが提示されてるのはめちゃくちゃ低いわけ。
それで全然これ実現できないなみたいな感じで、とりあえずいろいろ、まあそれを説得しないといけないんですよね。
で、そのファウンデーションのプレジデントに直接模型まで作って、こういうのをやりたいんだけど、
この予算じゃできないから何とかしてくれって言って交渉するわけ。
で、一応ね、何とかしてくれるんですよ、そうすると。やっぱりそういうのを納得させればね。
だからそういう力を育んできたっていうのはすごく大事だし、僕も勉強してきたんですよね。
未だにでもそれは本当に戦いですね。