1. JOI ITO 変革への道
  2. #5 メディア・アーティストの..

千葉県市原市で行われた「今こそ茶道!茶の湯にまつわるいろんな話」の直後に控室で収録した講演後のアフタートークをお届けします。

ナレーション:Lulu



【編集ノート】

編集ノートには難しい用語や人物名などの詳しい解説をお伝えしています。  

https://joi.ito.com/jp/archives/2024/03/04/005943.html



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00:02
今週も舞台は千葉県市原市。
エンジン01のイベントの合間に、メディア・アーティストの落合陽一さんとJOIさんが、現在執筆中の本について話をしているようです。
機械室の二人の会話、こっそり聞いてみましょう。
落合さん、この間話してた真言の本、今どんな感じ?
真言は結構調べて書こうと思って、いろいろやってるんですけど。
その前に一冊、マタギドライブっていうマタギの本を書いてて。
なぜマタギかっていうと、民芸と民俗を一度終わらせないと真言…。
真言は今、継続的に僕は作品としてやってるので、そこはそこでリサーチしながら、今マタギのやつを終わらせようとしてるんですけど。
お茶のついでに話をすると、民俗学と民芸っていうのが、だいたい日本だと20世紀の初頭、1920年代ぐらいに出てくるカルチャーで。
その中で、例えば柳田邦夫っていう民俗学者だと、いろんなところの民間の伝承だったりとか、
そういった山に住んでる人がいて、その人たちはマタギさんかって呼ばれてる人たちがいるんじゃないかって言われてやってたんですけど。
その時代感で言うと、小道具の方に行ったのが柳森義で、柳森義は民芸って言って、
例えば器であるとか、朝鮮雑巾の雑巾であるとか、あと千利休の批判とかも書いたりとか柳はしていて。
柳田の方はもうちょっと稲作だったりとか米だったりとかいうカルチャーにやってて、
そこと今デジタルによって水田で物を作ったり、限界費用を考えるとどのくらいの最適収益性で土地を埋めていくかっていうものが変わりつつある中で、
民芸や民族ってのはどう変わるのかっていう本を書いていて。
で、それを今終わらせようとしてるんですけど、その後次になぜそこから神言に行くのかっていうと、
どちらも大体日本の中心意識にあるのが仏教と神道っていうところがあって、
で、その中で神言の面白いところというのは、やはり古来宗教であった、
例えば日本の神道と仏教輸入型の空間に入ってきて仏教が入れて出てくるカルチャーっていうのが、
世界にあるあらゆるオブジェクトに名前をつけていくところに非常に興味があり、
それは神言で言うと、例えば大日如来があり、そこで阿弥陀如来があり、
その周囲にいろいろな機能を持った仏があり、
それっていうのは今我々が世界を認識している世界モデルを仏の形で書き直したものであって、
すべてのものがどう仏によって関係しているのかっていうのを、
昔の人は昔の人なりに理解するのに仏で理解しようとしていて、
今の人は科学やコンピューターを使って理解しようとしていくっていう中に、
日本人がどういうオブジェクトとして世界を捉えて、
どういうモデルで世界を認識してきたのかっていうところと神言の関係性について非常に興味があるので、
それを調べながら最近は新しいのに取り組んでいますところですかね。
この間も少しコンピューター言語の表現と神言が近いっていう、
もう少し掘り下げて。
03:01
おだしょー 掘り下げると、例えばコンピューター言語だったらオブジェクト思考で
ものを捉えるというのはよく使うコンピューターのモデル、
PythonとかC++とかJavaとか、よく使われるプログラム言語ってオブジェクト思考でできているんですけど、
だいたいプログラムの書き方で言ったら、例えば世界を誘う一番大きいクラスがあって、
一番大きいクラスの中に、それの中で画像を表示するためのクラスだったりとか、
データベースを原作するクラスだったりとかして、
とある機能をそういったオブジェクトやコンポーネントと呼ばれるものに切り替えていくわけですね。
神言未教も面白いところは、世界を構成するのが大日如来で、
その中で知識を取ってくるのは、もしくはこういうような物事を考えるのは、
もしくは悪い人を罰するのはとか、悪を退散させるのは、方角はどっちでいっていって、
あらゆるものにプロパティやオブジェクトが伴ってくることによって、
世界を理解しようとしたっていう形が現れていて、
空海から見た宇宙は当時の立体マンダラもそうですし、
平面のマンダラももちろん世界を表現しようとしたものなんですけど、
ただ、今の人たちはたぶんインターネットやプログラムやメタバースや何でもいいんですけど、
そういったような情報科学的なものを使って、世界の仕組みや形を描き出そうとしているっていうのと、
古代の人がそれを仏を使って解釈して理解しようとしていたことっていうのは、
非常に関係性が深い。
今だったらクラスどう分けるかっていったら、空海が言ってるようなクラスに分けていってることも多いですし、
いろんなデータベースでアクセスするようなところはここで、
それはじゃあ知恵の誤差とどう違うのか、たぶんほんのほんの一緒かもしれない。
そういったことを考えたとき、人間のハードウェアはあんまり変わってないので、
空海の頃から、もちろんここ10万年くらい変わってないので、
皿の状態から世界を認識しろって言われたら、
たぶんほぼほぼ同じようにしか世界を認識しないけれども、
それを今のコンピュータサイエンスの人間はどうやって認識しているのかっていう差はすごく興味がありますね。
なるほどね。
じゃあパーソナリティタイプなのかわからないけども、
世の中を整理しようとする、理解をしようとする意識ってたぶんあると思うんだけど、
大地愛さん自身もそういうのが好きな人なの?
それともそれをただ感じて表現している?
僕の場合は、世界をどうやって捉えたかっていうものを聞くのが結構好きなので、
僕には僕の世界像があって、
人がこの世界をどんなふうに捉えたんだろうっていうのが、
例えばキリスト教にはキリスト教の世界があるし、
仏教には仏教の世界があって、
コンピュータエンジニアにはコンピュータエンジニアの世界があって、
その世界をだいたい標榜する、
なんか表彰、マンダラだったり、聖書だったり、教会だったり、茶室だったり、舞台だったり、
あと運動場だったり、サーバラックだったり、シンセサイザーだったり、シンセサイザーの置き場だったり、
そういったものがあるわけで、
それを比べてどういう仕組みでお互いに繋がっているのかなっていうのの相互関係を見るのが好きで、
そういったタイプでいうと、たぶん昔の人だったらベイトソンの本とか読むと、
ベイトソンは例えばバリ島の文化と西洋文化の違いを調べたり、
じゃあ例えばレビストローソだったら神話っていうのは構造があって、
じゃあこういうアジアの神話はここの島とここの島が似てるよって言ったり、
そういったものを見るのが好きなタイプなので、
06:02
歴史上の人たちだとそういう人も結構構造主義の頃とかも多かったから、
それを僕の時代だとやっぱり道具だとかプログラムとかコンピューターに変わったときに、
文化を分析するのにコンピューターを使うっていうジャンルのことを今はよくやっています。
宗教からコンピューターやテクノロジーに繋がる落合さんの世界観、
聞いているだけでどんどん引き込まれてしまいますね。
このまま二人の話はどんな風に続いていくのでしょうか。
僕も今またこの年になってもう一回プログラミングを勉強していて、
今クロージェルっていう言語を学んでいて、
リスはちょろっと前に言ってたんだけども、
やっぱり今クロージェルのコミュニティがいて、
やっぱり言語によって全然コミュニティのノリが違うよね。
そういうのが好きな人が集まってるのもあるけれども、
その言語が上手に表現できる構造とか形って言語によって違うよね。
それすごく今楽しくて、
AIの種類とかも多分それぞれみんなモデルの作り方によって全然違うと思うんだけども、
今聞いてて思ったんだけど、
例えば仏教の種類によって似た感じがあるのかな。
あると思いますよ。それは多分お茶でもそうだし、
能でもそうだし舞台でもそうだし、
ブレイクダンスしてる人と能をやってる人多分微妙に違うかなと思うし、
ただひょっとしたら能をやってる人と歌舞伎をやってる人は意外と遠いかもしれないし、
要は身体言語と頭で使うプログラムの言語、
あと口頭でしゃべる言語っていうのは、
今までっていうのはもう表現形が違いすぎて多分考えてこなかったけれども、
コンピューターに入力にするとどれも今AIでベクトライゼーションされるし、
つまりエンベディングや文章に変換されてしまうので、
プログラム言語で捉えるか身体言語で捉えるか体で捉えるかみたいな問題を
どうやって扱っていくかってところに、
意外とコミュニティ同士のこの色があってカラーがあって分かれていってるので、
非常に今の時代は面白い時代だなと思いますね。
なんでそういった身体の言語、体の言語、形式の言語、
頭の言語っていう言語の体系が異なっていくことに非常に僕は興味があり、
今の構造だとコミュニティの違いはAIで分析したり解析したりも
割としやすくなってるから、
意外と今まで近いと思われてたけど遠い。
例えばノート歌舞伎っていうのは近いかなと思ったら意外と遠い。
でもノート歌舞伎でちょっと思うんだけど、
日本の美学とかを海外に説明するときって、
秋葉原のガチャガチャと日本のリョーアン人のミニマリズムで、
すごい日本ってコントラストがすごいよね。
ノート歌舞伎もあるし、ぐちゃぐちゃなウェブサイトもあればミニマルもあって、
気がついたんだけど、
日本料理だけが塩としょっぱいものとしょっぱくないものを最後口の中で合わせる。
例えばイタリア料理だと最初のパスタの水からずっと塩加減っていうのは
パーフェクトなまま持ち上げていって常にしょっぱさをコントロールしてるけど、
日本の珍味って強いけど、白いご飯とかすごいブランドじゃない。
このコントラストそのものがとてもジャパニーズなような気がしてるんで、
さっきのパネルディスカッションの質問で、
お茶屋さんが作ったヌルアンの過激なものってお茶にふさわしいかどうかっていう話も誰か質問出たけど、
09:06
ノート歌舞伎の関係じゃないけど、
ミニマリズム、マキシマリズムのコントロールのような気がするんだけども、
歌舞伎とノートすごく違うけれども、
そういう極端なところもあるんだと思う。
そこら辺のバランスで遊んでるような気がするんだけど。
晴れと気っていうのが結構重要だと思う。
晴れなのか気なのか、日常なのか、よそいきなのか、
あとは気多いのか気良くないのかみたいなところがあって、
そういう二面性っていうのを非常に僕は作品の中で大切にしていて、
これは日本の作家としては重要なことなんだけれども、
ヨーロッパの作家たちはたぶん晴れと気がないんですよ。
僕は晴れと気があって、晴れの時はガチャガチャしたものを作っていて、
毛の時はプラチナ印刷とか茶色いものをよく作ってた。
つまり茶色くて黒くて白黒で、テクスチャーがあって古っぽくて、
あんまり動きは感じないし、デジタルの匂いはほとんどしないものを大体作って、
仏像を作ったりとかもそうで。逆に言うとチャッチャカしたもの。
僕は晴れの時は鏡のものをよく使ってるので、
日本は鏡のことを神道でもよく使われるので、
鏡はわりとテーママテリアルなんですけど、
鏡のマテリアルLED、動いたり変形したり音が鳴ったり、
うるさかったりでかかったり、そういうものを晴れの時に使って、
毛の時はもう日常生活にかけておけるような、
掛け軸に使えるような茶色いものなんかないかなとか、
黒いプラチナプリントないかなとか、そういうのを使ってよく作品作ってて、
この間茶室のぬるあんの作品だったら、ぬるあんがあるところはもう晴れのところなんですよ。
ギャラリーの中にぬるあんが置いてあって、
そこ面白いのはギャラリー裏まで展示空間になってるんで、
舞台裏に行くとプラチナプリントが並んでて、
仏像があってみたいな感じの作りになっているので、
いうて二面性をどうやったら作家のスタイルの中にとどめて、
かつ両方が繋がった世界で作っていくかっていうと、
茶文化は多分結構重要な要素ですし、
あとは神道や仏教っていうものの中で、
芸術がどう解釈され、それが現代美術に戻る時に、
向こうのルールでは、一作家一コントラストのものが多いんですけれど、
一作家二コントラストをうまく共存させるような展示の仕方っていうのをよく考えてます。
なるほどね。
なので僕は茶色いジャパンってよく呼んでるんですけど、
あの木の肌が古くなってみたいな。
赤黒白金色ジャパン、鏡もそうですけど、
京都のいい湿気とか、あと金銀ギラギラのやつ。
あの二つが同時にあるのがやっぱ日本だなと思うところが僕は大きいですかね。
あれなんて言うんだっけ、京都の和美錆の宮火だっけ?
宮火、はい。
この間の京都のある人たち、何十代の人たちが、
もうそろそろ和美錆ちょっと飽きたよね、
宮火リターンズどうかなみたいな。
でもこれなんかもう450年経ったからいいかなみたいな感じで、
日本のこのうねりって結構。
ミニマリズム、メタポリズムみたいな。
その中でもね、ちっちゃいうねりはあったかと思うんだけども、
どっちかっていうとミニマリズムの方が、
日本の外へのプレゼンテーションの美学だよね、今。
12:02
そうですね、見た目がやっぱ特殊だったんじゃないかなと思って、ミニマリズムが。
つまり円空って昔、ナタでカンカンカンって切ってシンプルな、
ソリッドな面でできてる円空物とか、サイバートラックそっくりですから。
面の取り方とか、バーチャファイターとかサイバートラックとか、
ポリゴンと物をやると円空物になるし。
で、ああいう見た目のものが出てくるのはやっぱ日本の面白いところだし、
ただ晴れの時の日本もやっぱギンギンギラギラかっこいいんですが、
ただ、やっぱ空物も、つまり中国の影響を受けて入ってきてるものは、
やっぱチャイナもチャイナですごく綺麗なものが多いので、
本当は二面性で表現されるからもっと特殊なところがここにあるんですけど、
どっちかっていうとミニマリズムだけが出てっちゃってるのは、もったいないなと思いますね。
この間、英語のThe Great Waveっていう本なんですけど、面白かったな。
アメリカの結構有名な建築家、フランク・フロイド・ライトなんかは、
結構、岡倉さんの茶の本を読んで結構影響を受けてるっていうのもあって、
で、そういう意味でアメリカの影響って、明治時代の前ぐらいにすごいあったんだよね。
で、その日本のミニマリズムを、あの時代のギルデデイジのアメリカ人にとってはすごくこう迫力があって、
知らないところに色々出てってるんだなという感じですよね。
そうですね。ミニマリズムもそうです。
ミニマリズムとあと空間、エンピティスペースだとか、そういう感覚っていうのはかなり影響。
最近わかってきたものもあるみたいですよね。
最近の、まあよく言う言葉で、まって言葉はよく使うじゃないですか。
まって言う言葉はオブジェクトとオブジェクトに含まれないものだから、
それはすごく、なんだろう、日本人の空間や社会や言語や風習理解において重要だっていうのは。
この間アメリカ人連れて相撲に行ったんだけど、相撲ってさ、この準備してる間があるじゃないか。
で、それこそ間じゃない。なんかアメリカだったら、ピッピッピッピーって始まるところが、
日本だとなんだかわかんないけど、みんながだんだん盛り上がってきて、で、一瞬で終わるっていうその、やってない時間が結構大事で、
そこもなんかこう、相撲とかアートとかお茶室みたいな、体系をしないとわからない感覚だよね。
日本の音楽もそうだよね、この間の取り方とか。
で、その時間と空間両方とも同じ言葉を使ってるっていうのを竹村先生とかもよく言ってたけども、
それも西洋にはないよね。
確かに。我々にとってタイムとスペースっていうのは極めて近いものですからね。
名前も近いし。ただ、宇宙っていう言葉は漢字で言うと、宇は空間、宙は時間っていう意味なので、
ユニバースを指す宇宙っていうのは。だからもともと時間と空間っていうのを一通りで表すっていうのは、
よく使われる言葉なんですけど。で、ただ今の話聞いてちょっと気になったのは、
ベースボールずいぶんマノスポーツじゃないですか。
あー、確かにね。
で、あれはヨーロッパ人、てかアメリカ人も、まあヨーロッパはそうでもないか、アメリカ人も日本人も比較的好きなスポーツで。
で、フットボールは、サッカーはずっとひとつなぎで動いて、セットプレーすらも含まれてるので時間の中に。
で、あっちに比べて野球っていうのはずいぶんマノス競技で、かつ日米どっちも好きなんで、
結構共通カルチャーがありそうな匂いもちょっとだけしてるんですよ。
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確かにね。確かにそう。なんか相撲のスタートとピッチャーの。
そうそうそうそう。
スタートが近いとこがあるよね。
すごい似てる。審判が判定するとこまでよく似てる。一発一発が。
確かにそう。
プログラミング言語の話が、わびさびの話になって、最後は相撲と野球の話になる。
急展開に脳みそが追いつくので精一杯ですが、すごく面白い。
そして話題は、落合さんの活動拠点についての話に、気になりますよね。
戦後の日本ってやっぱりアメリカの影響がすごい大きい国だから、つまりよくドンキホーテみたいなって言うんですけど、
ドンキホーテってお店屋さんがあるじゃないですか。ネオンガチャガチャ音ガチャガチャよくわかんない音楽になってて、
棚にはすごい大きい数字があって値段書いてあって、大量生産品がバーって並んでるって。
あれもうアメリカでたまに見るっていうかよく見る風景って、それをもっとおかしくしたらあんな風になる。
でもあれはあれですごく日本の文化の中の背骨に近いところで、
それは京都だったりとか宮城なものの中にあった色彩感覚だけを取ってきて、
庶民に安く広げたらあんな風になっているっていうのがあって。
だから意外とそっちは近しいので、ミニマリズムと両方を合わせてみたら社会の中できれいな位置になったっていうのは、
なんかUSにその辺が受け入れられてるのもなんかルーツ側戦後の感じも含めて、
なんか似通ってるとこもあんだろうなって思ってはいる。
大地屋さんの今SXSWとか行ったりしてると思うんだけど、
自分のアートの向けてる視線とか声っていうのは日本と海外どんな比率なの?
まあでも30代の前半は僕日本で過ごそうと思ってたんで、割と展覧会よく日本でやってて。
最近はまあ例えば海外でも展覧会よくやってんですけど、ドバイ行ったりサウスバイに物持って行ったりとかするのもあるんだけど、
なんか海外で見られるときのジャパン感が、国内では僕の作品あんまり日本だと思われてないことが多いんですけど、
まあどうしても海外から見ても圧倒的に日本的なものしか僕は作ってないので、デッドデスビ。
でそれがなんか説明しなくてもジャパンだねって言われるのは結構海外楽なんだが、
どっちのジャパンかっていうのは海外の人は判定不能で、
つまり腫れのジャパンなのか毛のジャパンなのか表ジャパンなのか裏ジャパンなのかっていうこのものを説明うまくして、
2つが二律背反でまとまっているから必要な作品なんですよっていうのを説明してきたらだんだん伝わってきてるような気がするけど、
あと10年すると伝わるかなってもっと思ってます。
そう僕もそのメイジーの時代のいろんな電気とか読んでて、
で岡倉天心は結構日本だと外国人ぽかったわけなんだけども、
アメリカに途中で行ってでなんかいろんな人のアドバイス受けて着物を着るようになってお茶を立ててなんかスーパージャパニーズになるんだよね。
だから日本だと結構尖った英語喋れるやつだったがアメリカに行くとザジャパニーズの代表になって、
18:00
それでまた彼のポジションがそれになってそれでまた日本に戻ってきたりしてるんで、
結構行ったり来たりするとなんかこう日本の本質もちょっと海外の目線で見ることもできるし、
彼がそれによって今度はボストンの方のキュレーションで日本にもなかなかないようなコレクションをできるので、
なんか上手に行ったり来たりするっていうのもパターンかなと思うんだよね。
確かにそう思いますね。だから日本が一体どんな形だったのかっていうのは外に出ないとよくわからないこともたくさんあるので、
そこは常によく見てはいると思うんですけど。でもなんかやっぱ地域コミュニティに入り込まないと絶対に出てこないし、
見させてもくれないようなものが世の中に結構日本はいっぱいあるから、あれがやっぱまだまだ発掘されてないので、
それをどうやってカルチャーとしてね、ちゃんと見つめていくかは大切かなと思います。
あとはビジネスのレイヤーでも、こないだ外国人を日本に5月に連れてきて、コロナで3回延期されて結局起きたんだけども、
コロナも含めて最近はもう海外の人がサポートしてくれないと残らない方々とかいるので、
今までみたいに閉鎖的にやってられないなっていう現実も日本の中にあるので、
そうするとどうやってちゃんと日本の文脈をこうレスペクトしてくれる外国の人たちとつながるかっていうのってなんか課題なような気がして、
こないだアメリカ人連れて伊勢神宮に行ったら、その宮司さんが自分の本を英訳して、
で僕らにできましたって渡してくれて、でもうこれから外国の人たちにちゃんとアピールしたいとか言ってるので、
だからそういう時期でもあるんじゃないかなと思うんだよね。
たしかに。まあでも他言語であらゆるものを翻訳したり理解したりをコンピューターによってやりやすくなってきて、
で文字になってるものは比較的変換ができるようになってきたので、
そういう意味では今日本語でしかなかった文献や意味が英語や他の言語に変換されるのはすごくあるだろうなって思っているのと、
あともう2個ぐらい着目してるのは、でも日本って言ってもそれで明らかになるのは真ん中の日本なので、
アイヌと琉球、つまり沖縄と北海道に僕は近年ずっとそういうプロジェクトやってるんですけど、
アイヌは文字がないので音声でしか残ってないから、あれはもうちょっとLLM頑張んないと多分わかんないし、
で琉球はもうずっと中国に影響が受けてるんで、もうずっとチャイナカルチャーではあるんだけれども、
ただあそこはもう米軍によってすべて焼かれてしまったので情報が残ってなかったのを、
東京の美術の先生が写真撮ってたやつで今あるんですけど、なんかその辺を含めて上と下と真ん中で日本って多分できてて、
それが混ざり合ってできたのが日本の民族体系なので、あれをもうちょっと掘りたい、掘りたいなというかディグりたいなと思ってよくやってます。
あとは日本って結構記録残しちゃダメだとか教えちゃダメだとか見せちゃダメっていうのは結構あるじゃない、
でもそれがなんかほっとくと死んじゃうものって結構あると思うんだけど、それってどうも変わるのか、でも変わると日本じゃなくなっちゃうのかな。
そうですね、あの秘仏とかもあるじゃないですか、その人しか拝めない仏、で次の世代の時はまた新しいの作ってみたいなのがあって、
21:06
あれなんてほとんど残ってないだろうなと思っているし、一紙相伝のものもそうで、大体その人しか知らないこともたくさんあるんで、
ただ一紙相伝とかの場合は一人の人同士が繋がっていけばいいから、成果物を誰かが受け入れてくれれば多分大丈夫ですけど、
トランスレーション保存とかを考えた時にデジタルアーカイブはとっておいた方がいいなっていうのは常に思っております。
アーカイブとっておかないと多分無くなるだろうなってものは常にほどよく見ている気がする。
大体僕はこれ3Dスキャンしてもいいですかって大体3Dスキャンしちゃうんですけど、データは出しませんっていうものがすごく多いんですよね。
もし無くなったらこれを使おうと思うのが結構たくさんあります。
まだまだ続きが聞きたいところですが、オチアイさんとジョイさんの会話はここでおしまい。
オチアイさんありがとうございました。
さて、来週のお客様は。
ニューヨークで自分のアパートに茶室を作ろうと思った。
畳を虹を引いてそこで手前らしきものをして、
そうするとそこで視点が下がった途端に畳の上に座らせた途端にうるさかったアメリカ人もちゃんと黙るみたいな感じがあるじゃないですか。
それで視点の変化と身体のポジショニングだけでこんな風に世界が変わって見えるんだなっていうのが面白かったので。
建築家の熊健吾さん、ぜひぜひお楽しみに。
番組ではオリジナルNFTを無料でプレゼントしています。
ご希望の方は特設サイトにて次の問題の答えを入力してください。
ジョイさんが最近勉強しているプログラミング言語の名前は何だったでしょうか。
大文字半角英数字でお答えください。
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番組詳細欄にあるリンクよりぜひご覧ください。
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