1. つくラジ by THINGMEDIA
  2. 2日間徹夜で撮ったのに主演が..
2026-11-09 1:00:19

2日間徹夜で撮ったのに主演が競合CMに出ていた|宮腰リョウ(映像監督)・シング松田雄太

おたよりを送る

今回は、映像監督・宮腰リョウさんと、THINGMEDIAプロデューサー・シング松田雄太が登場。

トヨタ・レクサス・ホンダなど自動車CMを数多く手がける宮腰さんと、AOI Pro.で12年を過ごした松田。

薬師寺多聞と3人で挑んだ中国向け自動車CMの裏側を、前後編でお届けします。

ドバイまでロケハンに行ったら「中国で撮れ」。400坪のグリーンバックで2日間徹夜した翌朝、主演が競合CMに出ていたことが発覚——。


▼今回のトピック

3人で手がけた中国向け自動車CM/日本の2〜3倍のスタッフが集まる上海の撮影現場/スタイリスト志望だった宮腰さん/ディレクター2人で年間160本のMV/独立後の仕事をつないだ制作時代の人脈/プロダクトを撮る面白さ/「予算はいくらかかってもいい」携帯電話CM/VP(ビデオプロモーション)で身につけた企業理解/ヒット作の賞味期限は1〜2か月/松田Pの初現場はAKB48『恋するフォーチュンクッキー』MV/ドバイでロケハン中に「中国で撮れ」/2日間の徹夜撮影後に主演の競合出演が発覚/劇車の鍵を紛失、北京まで往復/社長の一言でワンカット撮り直し、再び中国へ


▼チャプター

 オープニング・ゲスト紹介

 3人で挑んだ中国向け自動車CM

 スタイリスト志望から映像監督へ

 携帯電話CMでつかんだ大きなチャンス

 VPで培った企業理解と表現の土台

 ヒット作の賞味期限は1〜2か月

 ドバイでロケハン中に「中国で撮れ」と言われる事件

 寡黙に現場を支える松田Pの仕事

 中国での徹夜撮影後に発覚した大問題!

 まだまだ続く撮影トラブル


▼番組について

映像プロダクション「THINGMEDIA Inc.」がお届けするトークプログラム「つくラジ by THINGMEDIA」。

MCは映像のプロ・シング佐藤一樹とシング薬師寺多聞

“究極のつくらずにはいられない人(つくり人)”をゲストに、大作の舞台裏や人生を変えた仕事を掘り下げます。

毎週月曜更新


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●制作:THINGMEDIA Inc.

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サマリー

映像監督の宮腰亮とTHINGMEDIAプロデューサーの松田雄太が、薬師寺多聞とともに中国向け自動車CMの制作現場を振り返る。上海では日本の2〜3倍のスタッフが集まり、許可や機材の規模も含めた撮影環境の違いが語られる。宮腰はスタイリスト志望から制作会社に入り、MVを年間160本撮る経験を経て、車や時計など動かないプロダクトを追求する映像監督になった。携帯電話CMでは「予算どんなにかかってもいい」という依頼を受け、VP制作で培った企業理解を短尺のCMにも生かしている。VPは企業の目的を理解して長尺映像を作る訓練になり、作品が注目されてもCM市場での賞味期限は1〜2か月ほどだという。松田はAKB48『恋するフォーチュンクッキー』の現場などで、静かにリサーチと準備を積み上げる制作姿勢を示してきた。中国向けCMでは、ドバイでロケハン中に撮影地が中国へ変更され、400坪のグリーンバックで2日間ほぼ徹夜の撮影を行った直後、主演が競合自動車メーカーのCMに出演中だと判明する。代役を見つけて一週間後に再撮影したほか、蘇州では劇用車の鍵を北京まで取りに戻り、別の女性出演者のワンカットも社長の判断で撮り直すなど、次々に起きる問題を現場の判断で収束させた。

ゲスト紹介と中国向け自動車CM
その当時の会社がすごくて、一番ピークが1年間で、160本かな?
以上。
で、ディレクターが2人です。
以上。
つくラジ
つくラジ
つくラジ
つくラジ
THING 佐藤薬師の作らずにはいられないラジオ始まりました。
THINGMEDIAの薬師寺多聞と
佐藤和貴です。
この番組は、映像プロダクションTHINGMEDIAがお届けするトークプログラムです。
毎回我々が主観で厳選した、究極のつくらずにはいられない人、略してつくり人をゲストにお呼びしてお話を伺っております。
今回はTHINGMEDIAの社員と、仕事のお仲間をお迎えいたしました。
映像監督の宮腰亮さん、それからTHINGMEDIAプロデューサー松田雄太さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まずですね、簡単にプロフィールをご紹介します。
宮腰さん、僕も宮腰くんと言ってるけど、もう宮腰か、宮腰か。
フリーランスの映像監督さんです。
製作会社の製作部からディレクターに転身してフリーランス。
トヨタ、レクサス、ホンダなど、数多の自動車メーカーですね。
それから時計、家電製品、プロダクトを描くのが得意な映像監督でらっしゃいます。
その他にもですね、企業のブランディングムービーとか、
あとアスリートを起用したジャンルも得意とされています。
松田雄太さん、THINGMEDIAのプロデューサーですね。
1987年、川側県生まれ。
在学卒業後、映像専門学校を経て青井プロに入社。
CMを中心に海外撮影やタレント撮影など、様々な映像コンテンツの制作を経験。
12年間勤めた青井プロを経て、昨年25年ですね、4月にTHINGMEDIAに参画。
現在はプロデューサーとして活躍しているという形で、
僕は松田君とは入社2年目から一緒にやっていただきました。
何年ですか、関係は?
だから知り合って…
14年ぐらい。
14年ぐらい。
まだピッチピチです。
宮越さんとは?
宮越君は何が…
一番初めの記憶違いじゃなかったら、パザブ10番で飲んでるんだよね。
多分それが初めじゃないかなと思って。
その場合にもしかして赤坂で会ってるかもしれないけど、
思い出したんです。
思い出してみてもそれが初めなんじゃないかなっていう気はしてます。
4人で飲んだ記憶があるな。
全然思い出せない。
僕は宮越さんとは初めて会ったので、思い出は聞いてますが。
3人の仲がいいと今日は書いてますね。
3人の仲の良さを色々伝えられたという。
この3人で一緒にやった仕事というのが、
2018年から19年くらいにかけてやった、
中国の車のお仕事でご一緒させていただきました。
中国向けなので日本では流れてないですね。
中国で流れるというものを作って、
全部で4本作ったんですけど、
その時一番最初の印象というか、
かっこよくフルモデルチェンジというか、バーンて出る車を撮りたいと。
企画段階では結構色々な話があったんだけど、
それが現実に落とし込んでいく家庭とか色々あったと思うんですけど、
最初に声をかけられてどんな印象でしたか?
初めにタモン君から電話をもらったんだよね。
こういう作品があるんだけど。
1本目はグラフィックをコラージュして作るコマーシャルだったんです。
だから撮影じゃなくて、
グラフィックだけでうまいことを何かやっていこうみたいな。
でもあれも決まるまで結構かかったんだよね。
Vコンも何回も作り直して。
何回も中国に行って。
今でも覚えてるけど、大急がに中国に行った。
なんで大急がに行くんだろう。
1本目のグラフィックだけであれだけ海の苦しみを感じたので、
その後ちょっと経ってからだよね。
3本後あるよっていう情報をいただいて、
これは相当頑張らなきゃなっていう記憶はありましたね。
その前から実は中国の仕事はやっていて、
別の家族さんとやってたんだけど、
ガラッと作品を変えたいみたいな。
それでお声掛けをしたの。
覚えてます。
向こうは本当に上の人が言うことが絶対みたいな。
そうでしたね。
小州からの違いなところで感じたんですけど。
なんでタモンさんはミヤコスさんに決めたって感じだったんですか?
やっぱりミヤコス君が、この後も紹介するけどね、
かっこいいものを作るのがすごい上手いんですよ。
プロダクトを取るのがすごい上手で、
でもちゃんと話聞いてくれるっていうか。
中国の長春館に振り回されるのに、
一緒に振り回されてくれるかなっていうのも違いはあります。
確かにね、それこそ私の後でプロフィールにもひも付くんですけど、
昔、青いプロの青いアジアがあった時代に、
よく向こうで僕一人体一人行って、
現地で同じ国産の自動車メーカーのコマーシャルを取ってたんですよ。
そういうキャリアももちろん見てもらってたんでしょうけど、
その頃から中国と日本の精神的距離感というか、
ものづくりに対してですよね。
すごくそういうところがあって、タフな時間だったなと記憶してますけどね。
あれだとお願いした時、まだ10年経ってないもんね。
そうだね。
だからもう40歳超えてて、
推移も甘いも分かってるっていうのも結構ポイントだったかなと思って、
人によってはこれで手柄立てたろうみたいな、
手柄とかいらないからまじでっていう、
本当にちゃんと着地していいものが送り出されるってことが大事っていうスタートもあった。
ここで同い年なんですよ。
そう同い年。
同級同級なんですよ。
松坂さんその時どんな感じだったんですか?
どんな感じ?
このお二人の今同い年面として、
日本と中国っていう差をあり。
僕その時宮古さんそこで初めてやったんですけど、
もうすぐ仲良くというか。
なんかめっちゃ辛いもん食べに行ってたよね。
毎回ラーメン食ってたよね。
ホテルの近くにすっごい辛い麺の店があって、
中国で。
懐かしいね。
上海とかですか?
あれは上海。
風は上海。
上海。
いつも同じペンタホテルで。
そうそう。
いいな。
ペンタホテル以外泊まってないですから。
いいな。
中国って車の撮影する時に、
その前雲南とかに行って撮影したのもあったんだけど、
圧倒的に許可が取れるとか、
離れしてるとか、
撮影スタッフが集まるとかっていうことで言うと、
アメリカで言うとロスみたいな。
上海。
そうですね。
日本で大阪で撮影するとか地方ロケするって言うとやっぱり大変になっちゃうのと一緒で、
中国も地方行くと本当に敵地とか大変なんで。
映画いいけどみたいな感じですよね。
インフラっていうか環境が。
撮影環境整えるのが難しいし。
そこだけで大変なんで。
中国は本当にスケールがでかいんで、
機材であんま不自由したことなかったですしね。
上海で撮影するとかは。
さらに言うと、
日本のチームの2倍3倍くらいのスタッフが、
一つの場所に駆けつけて。
グワッと。
すごいいっぱい来てる。
YouTubeをアングルから破棄させるのが大変だったっていう。
そう思うと本当に思い出すことがたくさんあるな。
道路にある路中とか気づいたら動かしてたの。
動かしてました。
こうやって。
みんなで。
動かしてたよね。
せーのでおみこしみたいに持ち上げて。
フランスでも昔やったことあるけど、
なんかね、力持つ出会い。
いきなり中身の話になっちゃったけど。
中身の思い出話だった。
そんな出会い。
あれやったときに随分中国が進んでるんだなって。
もう今から10年近く前だけど、
すっげー中国って進んでるなって思った。
もう現金使えないし。
今はもう我々ペイペイって使ってるけど、
ペイペイって調べたら2018年くらいだったよね。
導入が日本。
でももう中国ってアリペイかな。
アリペイってもう1個あった。
あとWeChatマネー。
WeChatマネーは今なに銀行口座を向こうに持ってないと使えないんだよね。
アリペイは使える。
アリペイってさ、2004年とかからあるんだってね。
確かにさ、うちらもう行き慣れた頃ってもうアレでやってたよ。
確かにね。
アプリで。
アリペイ使ってた?
WeChatと両方入れてた。
WeChatは使ってた?
まだ携帯入ってたね、アプリが。
WeChatは入れてた。
だからその支払いができない。
WeChatだと支払いできないから、
一緒にいた人に向こうの現地のスタッフの人に払ってもらって、
現金出すと受け取れないとか言われて見せた。
嫌がられるもんね。
すっごい嫌がられて、
じゃあもう受け取ってもいいけどお釣り出ないけどいいとか言われて。
なんかホテルの朝迎えにさ、朝なんか食べに行く店あったよね。
ありましたね。
あそこも確かにPDやってた気がするんだけど。
やってましたね。
でも現金も行けましたよ。
あったっけ?
そうそう、懐かしいね。
カード使えるところって一定ランク以上になっちゃうから、
街の食堂みたいなところは使えないんだよね。
いやいやいや、今どうなってるのかね、あれから。
あれからペンタ行ってないな。
行きたい。
行きたいね。
7年くらい経ってますからね。
そうですね。
でもいつだっけな、コロナの頃かコロナ明けたくらいで、
シャンハイの知り合いのプロダクションの社長と連絡取ったときは、
中国ってさ、カメラがいっぱい街中に監視目的と言われてたけど、
カメラがあるじゃない。
あれがセンシングの技術が発達して、
もう2秒で個人が特定できるようになった。カメラで。
だから物理犯罪を犯すと捕まるんじゃなくて、
アリペイとかWeChatマネーが止まるんだって。
インフラがバーンって全部止まるから、
タクシーも乗れないし電車も乗れないし、
金払えないし水道ガスも払えなくなるから、
実証するしかなくなって、
そういう物理犯罪をする人がすごくいなくなって、
本気引きとかもなくなったし、
平穏なりましたよって言ってて。
じゃあ悪いことする人だってみんなネット社会に行っちゃった。
だから頭いい人じゃないと犯罪ができなくなっちゃった。
言ってたのがもう今から4、5年前。
なるほど。
カルチャーショックですよ。
そうですね。
確かにな。
スタイリスト志望から映像監督へ
ニナコースターのプロフィールを囲りにしていきましょう。
ずっと中国の話で終わりそうだね。
もともと製作部で始めて。
製作部だったんですね。
もともとさらに一個ほじると、
もともと僕の母屋の弟、僕の叔父ですね。
彼が監督だったんですよ。
ディレクターだったんですよ、当時。
でも今60、70くらいなんで地元に帰って、
いまいよいよ自敵なんですけど。
で、おじさんが正月に東京から帰ってくるかっこいいおじちゃんっていう人がいて。
聞いたら業界の人だと。
で、そういうこともちょっと気になりながら、
高校生の時に、全然違うんですけど、
実はスタイリストになりたかったんですよ。
おしゃれ。
で、そしたら絵を描く勉強をしようとか、
よくわかんないことも言われながら。
で、その後に上京してきて、
ちょっとだけ専門学校とかでグラフィックの勉強をしたんですけど、
もう辞めちゃえと思って。
途中で辞めて、おじさんにもう一回相談したんです。
辞めたからスタイリストさんになりたいから、
どっか修行できる場所を紹介して、
で、紹介されたところがコマーシャルの制作会社です。
それが、今もう名前ないですけど、日本ムービーっていう、
もともと新店だったね。
そこの3階の制作会社に入って、
そうするとおじさん、なんかよくわかんないけど、
朝早く、早起きしたらロケバスの一番前に乗せられるみたいな、
何やってんだろうみたいな感じだったんですよ。
入社した初日から撮影現場に連れてかれて。
なんかおかしいなと思ってるけど、
違う感じがしてるけど、
この先にスタイリストがあるのかなみたいな。
で、ただ紹介された手前、
簡単に辞めるのも悪いなと思って。
で、半年くらいやってみるかみたいな。
当時20歳なんですよ。
若いんですよ。
やってみるかみたいな思ってたら、
なんとなくやっぱり当時すごく体育会系な時代じゃないですか。
ゴリゴリだったもんね。
前年になる前ですよね、前夜。
なので、その体育会系な感じの男祭りな感じが肌にあったんですね。
で、信頼する上司とかを見つけながらやってたら、
ある時に出入りしてる、今の僕みたいな、
出入りしてるディレクターに出会って、
その方を見て、監督かっこいいなみたいな。
それまで全然監督とか興味もなかったんですけど。
交番作るのに必死だったんで、当時。
で、そこから監督を目指そうと思ったんですよ。
そしたら僕の言った日本グビーの会社の演出部がちょうどなくなったタイミングで、
上司に相談したら、君はプロデューサーになるよね、みたいな。
うちの会社はそうだよね。
って言われて、そうだよな。
でも面白いもんな、この男祭りみたいな思いながら。
ただちょっとそこで自分の意思を初めて貫いたというか。
それで泣きながら頭を下げて、監督になるために辞めますって言って、
辞めたのが24ですね。
ちょっと長くなりましたけど、それが1個目の会社。
監督になりたいからって、じゃあどこ行こうって言った時に、
拾ってくれたところがミュージックビデオの結構新生の会社だった。
そこでもうとてつもない本数とやりながら、
監督と女監督というか、2足上原寺でやり続けて。
そこで3年やったのかな。
3年やって、その当時の会社がすごくて、
一番ピークが1年間で160本かな。
以上。
ディレクターが2人なんですよ。
以上。
ほぼもう人でも80本だね。
社外とかは頼まず。
やっば。
当時僕ともう一人、僕の師匠の監督がいて、
その2人でマックス160ですけど、少ない年でも100本は確実に行ってまして。
だからオフラインとか1日3ラウンドとかやるんですよ。
違うアーティストのミュージックビデオを3ラウンドとか、
師匠をやってるのを後ろで見て、
そっか、ディレクターってこのくらいやるんだろう。
基準がバグってる。
バグってるんですよ、本当に。
っていうすごい思いっていうのがある。
2000年から2003年です。
一番元気やった時代ですからね。
本当に出せば見るよみたいな時代ですからね。
すごく凝縮した3年間を送らさせてもらって。
っていうとこが2つ目までで、
そうやってる後半戦に、やっぱりミュージックビデオって独特じゃないですか。
自分の独創世界とアーティストとのコラボレーションですけど、
やっぱり宮越亮は、
ミュージックビデオも広告ですけど、
コマーシャルとか広告やりたいなって、
ふとまた思ったことがあって。
当時の2系目の師匠に、
もう一回コマーシャルのマーケットに戻りたいんだって言って、
そこはちゃんと人形を切って戻らさせてもらって。
そっから今の僕のフリーが始まったんですよ。
当時だから?
そっからフリー。27ですね。
今50なんで、23年フリーなんですけど。
フリーになった時は、
そんないきなり監督ですってなってないんですよ。
今で言うとビデオグラファーみたいに、
若手がチャレンジできるマーケットもなかったですし。
全然ないですよね。
ほんと辛くて。
その時に、
仕事をご紹介いただくために、
いろいろ頭を下げながら案外してたんですけど、
そこで助けていただいたのが、
ひとつめの会社だったんですよ。
ひとつめの会社でデイリーしてたスタッフです。
車とプロダクトを撮るルーツ
カメラマンとか監督とか照明とか。
ひとつめの会社の僕のメインの仕事が、
大手の自動車メーカーの広告をずっとやってたんですよ。
そのチームの制作だったんですよ。
なので、フリーランスになって頼っていくカメラマンとか照明とかも、
みんな車をレギュラーにするスタッフなんですよ。
そういう人から、
宮腰、この会社紹介するから行ってみろって言って、
ちょっとした仕事をいただくのもやっぱり車の仕事なんですよ。
それが今の僕のほぼど真ん中のルーツですよね、仕事の。
そういう風に始まったっていう記憶がありますね。
考えてみればそうですよね。
そうなんですよ。
もともと車も好きですし、バイクも好きですし、
そういうものが大好きだったんで、
すぐにフィットできたんですよね。
あと時計とか好きなのもそうですけど、
とにかく被写体が動かないし、
ずっと綺麗になるまで追求し続けるじゃないですか。
カメラの方が動く。
なので、そういうプロダクトっていうのがすごい好きだっていうのは、
そういうとこかなとか思ったりしてますけどね。
青井と出会ったのはそんな中?
そうですね。
青井とはですね、
青井にいたエバスさんですね。
エバスさんが当時、
その前にガラスメーカーの仕事があって、
何を落としても割れないぞみたいな。
黒い世界にガラスを真っ平に浮かしておいて、
そこに鉄アレーとかハンマーとか、
何でも落としても絶対割れないよっていうガラスがあって、
その広告をやったんですよ。
その時にすごく馬があって、
宮腰くんちょっとさ、
携帯電話のコマーシャルあるから、
ちょっと一本やってくれないかと。
いろいろ事情を聞いたら、
ちょうどレギュラーでやってた監督がいらっしゃったんだけど、
その方から乗り換えのタイミングでした。
割とソリッドというか、
僕の作品ってだいたいクールとかソリッドとか、
そういうことがよくあるんですけど、
そういうトーンマナーでやってみようと。
ということで、バトンをいただいたんですよ。
その時も忘れもしない、
その時に宮腰くんさ、
予算どんなにかかってもいいから、
絶対にクライアントに受けるCMを作ってくれたんですよ。
やばっ。
むちゃくちゃな。
チャレンジ違いはあるけどね。
その時はちょうど、
ビーチフラッグの走るシーンみたいなのをやられたんですけど、
それもすごいんですよ。海の日に。
夏のど真ん中のビーチを見渡して、
たぶん1キロぐらい全部走ったんですよ。
どうやって見つけてきたのかちょっと分かってないんですけど。
で、バーッとビーチフラッグの選手が走るんで、
カメラももちろんローアングルで攻めたいですよね。
どうしたかというと、1メーターぐらいに
砂を掘ってそこにレールを引いたっていう。
で、砂の下からカメラが。
そうなんです。たぶん1日がかりで
トッキブとか頑張っていただいて。
あの時のメイキングもたぶんあったんですけどね。
工作兵みたいな。
なかなか面白かったですね。
それと1本目ですね。
それが1本目の出会いで。
そこからうまいことハマっていただいて、
そこからなんだかんだでトータル10本ぐらいやったと思うんですよね。
きっと。
エバシさんっていうのも伝説のプロデューサー。
大先輩。
数々の伝説を残している。
ちょうど僕この時期に青井の隣の部署にいて、
エバシさんの隣の部署ってすごかったですね。
この携帯電話、フィーバーの裏側を
大変そうだけど楽しそうに
行くぞ!みたいな。
夜中いきなりエバシさんが行くぞ!みたいな。
どこに?みたいな感じ。
あのシリーズってとにかくその業界を突き詰めた人間たちなんですよ。
そういう塊なんですよ。
だから何でもいいんだけど、
突き詰めるものなんてジャンル広げていくらでもあるじゃないですか。
じゃあ宮腰くん来週までに50案作ろうかみたいな。
もちろん代理店のクレイティブも含めてみんなで何十案出し合ってやるんですけども、
その1時間もしないうちに、
じゃあ残すのこんなもんだろう。
じゃあまた来週までに2時間。
永遠に1000本ノックで、
企画からさせていただいてたんで、
すごかったですね。
エネルギーを感じてましたね。
代理店の人はその時代、
代理店のコピーライターとか、
じゃあもう最終は明日までに100本書いてこいよみたいな。
当たり前ではありましたけどね。
はい、ありました!みたいな感じで。
運を弱さないし。
そうやっていいものでできるのかなって思ってたし。
そうですね。
なのでその辺の回転力とかスピード勝負っていうのは、
あの時代ならではですし、
今ね、逆にそれやると、
本当に考えてるの?みたいになっちゃうかもしれないし。
バエアリだね。
だから時代に適応した楽しみ方っていうか、
みんなチャレンジしてた、
いうような気がしますけどね。
今聞いてて一瞬思ったんですけど、
やっぱり機械を逃さないじゃないですか。
逃してないじゃないですか。
何なんですか?振り返るに。
そうですね。
VPで培った企業理解
ちょっと時節戻っちゃうんですけど、
フリーランスになってから、
今一気にアオイプロとの出会いまで行っちゃったんですけど、
その間って5年ぐらいあるんですよ。
その5年間は何やってるかっていうと、
主に車産業とか、
車に紐づいてタイヤとか、
そうするとゴムメーカーがあるんで、
ゴルフボールだったりとか、
そうするとゴルフのギアが来たりとか、
そういういろんなプロダクトがあるんですよ。
なんですけど、
ちょっとメモにも書かせてもらったんですけど、
昔ってVPって言われるジャンルありましてはね、
VP監督とCM監督って大体別れてるんですよ。
もちろん映画監督もあるんですけど。
ビデオプロモーションの略ね。
ちょっと長者で。
今で言うと会社の紹介ビデオ、
ウェブムービーって言葉で、
きれいになっちゃいましたけど、
昔ってVPって言われるのって、
代理店さんとか、
当時の大手のプロダクションとかって、
あんまり杭に行かないじゃないですか。
マーケットがやっぱり細いんで。
なんですけど、
それをチャンスに若い頃キャリアがなくても、
下積みできるのもVPだったりするんですよね。
なるほど。
あとVPが上下じゃなくて、
やっぱり企業のことをしっかり知った上で、
企業のプロモーションを作るっていう、
結構根底から勉強するっていう、
すごくいいトレーニングになってます。
表現って話じゃなくて、目的とか。
だから僕自身も、
15、30みたいなコマーシャルも大好きなんですけど、
60秒とか90秒とか、
何なら2分、5分みたいな長いもので、
コーポレートを伝えるっていう仕事もすごく好きなので、
そこの土台になったなと思ってました。
なるほど。
でもやっぱり、
よく上手くいかない人って、
あえて言うと、
表現だけとか企画だけの話に包括しがちで、
っていう話よりも前の、
何のためにとか、
その理解がその5年間の間で積んだっていうのが、
デカい。
今でこそ、
クライアントさん直接とか、
クライアントのマーケティング部と、
直接とかっていう企画が増えたんで、
色々勉強したのもあるんですけど、
青井にいた時代も、
CMが基本だし、
もちろん長者もやるんだけど、
鼻形ですからね。
で、CMやってて、
そのCMの監督もやっぱり、
15、30っていうのが主戦場で、
60上手い人とかっているんだけど、
基本はテレビCMっていうフォーマットの中での話で、
考える人もいて、
クリエイティブディレクターがいて、
映像に落とし込む演出っていう、
本当に分業された世界の中で、
VPってちょっと異質で、
あんまり上手い人がいない中で、
宮腰くんめちゃくちゃ上手い印象で、
すごい企業理解が深いというか、
そういう印象があったのを、
今思い出しました。
それを本当食い口にしてましたし、
今もすごい生きてると思うんですよね。
それが短い尺にしても、
やっぱり根っこからちゃんと、
一応僕なりに勉強した上で、
表現方法を出していくっていう、
作業をすることが多いかなと思っているので、
すごくやってよかったです。
今でも得意っていうか、
好きなの何?って、
やっぱり長物って言いますね。
会社紹介って面白いですね。
面白いです。本当に面白いです。
半分ドキュメンタリーみたいな。
そうですね。
今年も名古屋にある、
自動車メーカーの関連、
違うな、
人材派遣みたいな会社があるんですけど、
そこの新社屋ができましたっていう、
発表用のビデオで、
マイクロドローンで、
小さい手のひらに乗るみたいな。
それでずっと社内を、
永遠に飛び続けて、
そこに働いている人たちのセリフを当てて、
近づいてくると、
その子たちの喋りが聞こえてきて、
一周すると、
最終的にビルが分かるみたいな。
どのくらいかな?
5分くらいだったかと思うんですけど、
やっぱりすごいそれって、
行ってビルの中身をちゃんと、
勉強しないとできない企画だったりとか、
そういうのもあるんで、
すごくやりがいありましたしね。
すごいな。
作品の賞味期限と人脈
今、CMからVPの話に戻りましたけど、
ここからまたCM土台も、
ゴリッとやられていくんですよね。
なんかね、面白くて、
ないものねだりなんですよ。
ないものねだりとは?
VPやっていると、
VPは得意なんだけど、
CMって仕事をいただけなかったんですよ。
やっぱり、
コマーシャルのジャンルの人たちから見たら、
あ、VPの人ねって。
割と差別的な言い方あれですけど、
知ってましたよね。
分けられてました。
それで、とはいえ、
たまに作品ができて、
日の目を浴びたなと思うと、
生々しい話なんですけど、
事務所に問い合わせが来るんですよ。
あ、宮越さん、次の仕事の作品、
何かくださいって。
でも、
たぶんね、
1、2ヶ月なんですよ、賞味期限って。
賞味期限。
なんか、1回ムーブメントが起きて、
宮越を呼んでみようかって、
皆さん、コマーシャルのマーケットの方が、
思い出すタイミングが、
たぶん1ヶ月か2ヶ月くらいで終わっちゃうんですよ。
短い。
短いんですよ。
その山が来るんですけど、
やっぱり無くなると、
また僕の得意なジャンルで、
どうにか食っていくんですけど、
そのチャンスが何回か来て、
エバスさんだったんですよ。
なるほどな。
エバスさんに携帯電話のコマーシャルもらって、
10本もやってると、
さすがに青いプロの人たちは、
僕にとっても理解いただけるんですよ。
あれやってる人たち。
目指してますし。
あれでようやく、本当に掴み取った感じがしました。
面白い。
その時とどんな気分だったんですか?
その時でもね、あれですね、
今、遠くで時間が経ったから掴み取ってると思ってるんですけど、
その頃分かんないですよね。
ガムシャラで。
結果としてってことですね。
結果次に次に来るし。
ただ、僕本当に外部から見ると、
青いの方はね、もっと青いの方は、
外部だって分かってるんですけど、
他の方から言うと、
宮腰さんってもっと青いの演出好きですよ。
結構言われるんですよ。
また、また言われる印象を持たれるぐらい。
そのぐらいお世話になって。
それこそ、タモン君もそうですし、
色んな青いのプロデューサーが、
本当にご連絡いただいて、
本当に仕事でやらせてもらってた時期でしたね。
今も青いプロって携帯で調べると、
多分200人ぐらい入ってるんですよ。
電話帳に。
電話帳に200人。
社員。
社員より知ってる。
社員。
本当にそういう時代でしたね。
それがCMに、
別にVPからCMに転身したとは思ってないんですけど、
そのマーケットも一本柱が立ったなと。
立ったんですね。
おもろ、この話。
勝利券って話も面白いですね。
確かに意外とバッと露出が増えたものは誰やったとか、
こっちサイドもグラウンドサイドも気になりますよね。
それでお願いしますみたいな。
そうですね。
実はまた違う人が出てきて、そっち行ってみたいな感じですよね。
やっぱりノイズを立て続けないと、なかなか皆さんに。
思い出してもらえないというか。
でも皆さん覚えてるかな。
宇宙遊泳みたいなやつがありました。
あれが一番来ましたね。
あれは面白かったですね。
確かにあったな。
目立ってました。
あれはすごく映像表現としてね。
とがってますしな。
浮かぶもんね。
ちょうどタレントを辞めたというか、
絶妙な時期ですよね。
タレントを辞めてその道の極めし者たち。
そうですよね。
思い出してきた。
ダンサーのやつとか。
あったわ。怖かったあの時のエヴァ支部。
エヴァ支部がね。
よりもっと怖いところに移動したのが赤坂だったんですけど。
僕はタマチだった。
もっと怖いところがあったという気持ちが。
その赤坂でカズキもユータも一緒にね。
この辺で出会ったっていう。
そっからですよ。
タモンさん、マツダとの仕事。
より具体に。
誘ったのは僕だったんだけど、
実際に実動はほぼユータと。
一緒にやったじゃないですか。
それがやっぱりタモンワールドですよね。
ドバイから中国へ変わったロケハン
詳しく。詳しく。
ちょっと詳しくお願いします。
タモン君はちゃんとフックしてくれる人なので、
僕をアサインしたらタモン君の仕事の半分は終わってて。
あとは何かの炎上処理だと思うんだけど。
どんだけ炎上したか。
ちゃんと仕事しようとしてる。
そういう意味で。
あれドバイ行ったんだよ。ロケハンでドバイ行ったよね。
俺行ってないもん。
俺行ってないもんってどういうことですかね。
何から話していきましょうか。
ちょっと重たすぎて。
同じ車種で3本撮ってるんですよね。
見てたらグラフィックの話から。
ティザーで。
女性のワークカーを走るってやつと。
純不動なことになっちゃうかもですけど、
ドバイの話からしていきましょう。
意味が分からない。
その車が加速性能がいいっていう企画だったんですよ。
ドバイにジェットマンっていう、
ジェットを背中に積んで空を飛ぶっていうアクティビティというか、
パフォーマンスがあって。
そこで車を撮ろうと。
そこで車を撮ろうと。
ジェットマンも撮ろうと。
大変ですね。
そしたらまず、
ジェットマンが権利的な話でNGになっただけ。
出演が無理。
じゃあこれはジェットマンをCGで作ろうと。
ジェットマンを飛ぶ空の足元でやるのは、
そこはドバイであったほしいと。
ジェットマンはドバイのスポーツだから。
ドバイに行きました。
それをユータと2人で。
カメラマンと。
4人で。
行きまして。
ちゃんと予定通りにいろいろロケハンをして。
そしたらユータが、
ずっと電話してるんですよ。
ロケハン中に。
電話とかメールとかずっとしてて。
多くは語らなかったんですけど、
ロケハンのすっごくクソ厚いドバイの炎天下の中、
もしかしてこのロケハン、
亡くなるかもしれない。
行ってみなかったかも。
2日目くらいだったと思うんですけど、
ロケハンしてて。
どういうこと?ってなって。
連絡が来て、
なんでわざわざドバイに行って撮るんだ?
そんな感じだった。
中国の車だから中国で撮られてる。
モーテンだよ。
その話を日本で聞いたんだけど、
3年くらい前にも
同じような話があったなみたいな。
うゆ煮えんこで撮るって言ってたのに、
なぜか温暖床で撮ることになった。
結構同じような理由だった。
もうワントライしたら
ワントライダメだったって言われちゃった。
ワントライも狙いたいですもんね。
それあの時はあの時だったんじゃないかと。
で、いざ行って。
そうなんですよ。
ただちょっとそこから開き直って、
じゃあこれはもう何なら若干、
ご褒美的な?
何日くらい?
4日くらい居るんですか?
そうですね。
3、4日居ましたね。
最低限それくらい居ますよね。
割と早々にそれが分かってたんですけど。
何ですけど、
何ですけど、
一応カメラマンには
もうちょっと待っとこうって話をしたんですよ。
なんでかというと、
ロケラン資料としては
ちゃんと作り込まないといけないから。
それは営業さんに伺ってたんですよ。
一応行ったのは、
ロケラン資料として仲のないように。
請求できるようにちゃんとエビデンスとして
ロケランの資料とかは
ちゃんと提出するっていう。
確かそうだよ。
だから2人だけにしてたんだよね。
結果これ。
カメラマンには言わないようにして、
一応シャッターの時にちゃんと来てもらうために。
ヘリまで乗ってますからね。
ヘリまで!?
それもう僕らは
もう無くなる前提なんで、
ドバイの上空観光になってるわけですよ。
カメラマンはもう
血まなごでロケーションで探してるんですよ。
しかもどうやってカメラで撮るかも
相互連絡から
どう伝えなきゃとか色々あるからね。
そのヘリすら
そのヘリが
上空で
すごいバニクってるんですよ。
操縦士が。
ベースの人間とトランシーバーをしてて、
一緒にいたカメラマンが
バリバリのバイリンガルで
全部聞こえてたと。
ヘリが落ちるっていう。
ガソリンの供給してるところが詰まったか
飛ばないみたいになっちゃって。
我々知らなかったらよかったけどね。
カメラマンも大変だったって言ってました。
全然何言ってるかカメラマンが
俺らの
そんなことで
ロケハンがドバイ観光になったっていう。
でも資料はちゃんと提出した。
観光してたんですけど
最終日でしたっけ?
いわゆる
でっかいプールがあるんですよ。
ウォーターパークの有名な。
そこで
ミヤコスさんと
カメラマンと
国際の人で遊ぶんですけど
次の日に資料提出しなきゃいけない。
でも行かないわけにはいかないから
チケット入って入館して
裸で
俺だけ一人で
裸でパソコンで
水着で
皆さんちょっと行ってください。
ワーケーションですよ。
40度から
遠征館なんか来てて禁止。
いつ合流するのってずっと合流しなかったもんね。
最後の最後。
最後の最後
もう終わっちゃうから一回だけ行ってきなって言って
一回だけ
ウォータースライダーだけ座って
ピラミッドみたいなとこから
ウォータースライダー。
意外と制作部はあるあるですけど
僕も多分その立場だったらそっちに取るんですけど
なんかそっちよりも一緒に遊べそうじゃないですか。
うん。
むしろ皆さんとその時間を
一緒にやった方があって
思うか思わないかって
だから天候予備っていうのが
基本使わないようにやるじゃん天候予備って
でもスケジュールとってるじゃん。
で、使わないから一日早く帰りたいみたいな人たまにいるけど
一日ボーナスタイムっていう考え方をね。
多分この話は一生わかんないとは思いますけど
予備日に資料を提出することを優先する時とかあったんですか?
あったよ。
あるよそれは。
一生わかんないとは思いますけど。
エンプフルで資料ないとかないでしょ。
でも多分ちゃんと割り切ってちゃんと遊びながら
やる印象ですよ。
上手く。
上手くはやっといても含めて
何か方法は考えますよ。
もう少なくしますよ。
もちろん。
気になったことして突っ込んだ。
遊んでばっかりいるように。
きっとあれでしょ。
ユータがその頃パソコンでロケアン資料を作ってる頃
多分僕が東京にいたんだよね。
一方その頃。
一方その頃何やってたんだろう?
大変だって感じではあるんですよ。
やっぱり作戦が変わっちゃうわけだから。
プランを立ち直さないといけないし。
まだまたかって感じだった。
まだ?
どういうテンションですか?
裏話でいくと
一応営業さんから行ってる間に電話がかかってきたんですけど
事後で話を聞くと
最初から行く前から決まってたらしいですよ。
いろいろやってもらってるから
行かせてあげたいっていう営業さんの
行く本部でも何日か前に
フライト決まっててとか
向こう側も話もつけてて
これ実際どうなんですか?
割と淡々と話してますけど
達人の息の人たちと話してる感じが
結構怒ったりとか
してもいいじゃないですか。
そうですね。そこが
タモン君が僕を寄与してくれた
もう答えなのかもしれない。
そんなしょうもないことに怒らない宮本さん。
彼も彼で
起伏ないじゃないですか。
仏のようにいるんで
松田雄太の現場力
どういう印象なの?そもそも
ユータとはじめた時
当時
トラデューサー?
28とかでしょ。
ちょうどいいとこですね。
まだプロデューサーじゃない。
タモンさんの下の
制作として極まってるとこですね。
それこそ
葵のPMのこの世代とか
ちょっと下の世代とか
やってる中
やっぱり一番静かなんですよ。
みんなイケイケな人たち
小魅力の塊だったりとか
いろんなそういう人がいる中
すげー静かだな。
すっげー静かだな。
でもすごいのが
当時リファレンス探しといてとか
こういう世界観のムービー探して
完璧に仕込みっていうか
リサーチとかをしてくれてるから
彼は
やっぱり口で勝負するよりは
実力でちゃんと出すタイプなんだな
と思ったんですよ。
得意でしたよ。
それは本当にすごかったよね。
きっと今もちゃんとそこは生きてるでしょ。
俺も得意だったよ。
なんでそこで対抗してんの?
でも分かります。
ユータは2年目で
僕のチームに来て
来てすぐ恋するフォーチュンクッキーの
現場に投入されて
福岡で撮影した時は
青井から15人くらい行って
やってるんだけど
東京戻ってきて
雲のこ散らすみたいに
パーっていなくなって
ユータしかいないわけ。
俺も終わったって思ってた。
終わってないよ。
終わってないよ。
東京メインティエンスして
来週撮影みたいな。
ダンサー起用して
キャバクラで撮影したり
タクシーの運転手撮影したり
あれ全部東京でやってるんだけど
ユータ一人ぼっちで
みんな終わってると思ってんのにね。
ビームス40周年記念の
PMとかね。
あれもPMだったの?
数々の地獄みたいな現場を
乗り越えて
亡くなっちゃったんだ。
アセリメーターとか
早い段階で上まで見ちゃった。
ゴムが伸びきっちゃってるみたいな。
彼が本当にすごいなって思うのが
これだけ全振りする薬師寺先生が
本当に文句言ったこと一回もないんですよ。
聞いたことない。
裏側でも聞いたことある。
俺も聞いたからね。
最悪だよって。
二人でいる時でも
タモン君の文句言ったことない。
確かに。
割と遠いところで見てる感じ?
たっかんしてる。
それ以上に目の前の必要とされることを
やってるタイプっていうか。
裏も表もない
静かにしっかりやるタイプなんだなっていう
印象ですからね。
サイボーグで。
制作サイボーグといえば。
プロダクションサイボーグ。
淡々と消化していく感じがある。
徹夜撮影後に発覚した競合出演
ドバイの話はちょっとだけ聞きたいのが
その後じゃあ
プールの後はしっかり撮れたんですか?
その後は
中国にロケーションを
お話しして
さっき言ってた3本ある
1本目は先取りしてて
2本目ドバイ
3本目中国だったのかな?
これも中国になったんで
一緒に撮ります。
1週間ぐらいあったのかな?
で、2本撮りしました。
そこからがまた事件が
ちょっと終わらせてくださいよ。
早く。
何から話しますかね?
1本目はうまくはいったんですか?
1本目は
すごくスムーズにいって
だだっぴろい
中国じゃなくてもいいだろう
駐車場に撮って終わり。
これ製作部がよく最後に
見たというやつですよね。
これどこでもよかったですよ。
ここ来なくてもよかった。
ただの駐車場で
グリーン。
最後の走りだけだよね。
高速道路の
製作中の工事途中の
高速道路で撮影したやつ。
見たいなそれ。
見てないの。
本当それだけだったもんね。
あとお台場の駐車場みたいな感じだった。
そんな1本終え
2本目3本目が
すげーでかいグリーンバックのスタジオで
撮影して
2本目っていうのが
赤と青って言いましたけど
1本は
ほぼほぼグリーンバックで
人物を撮って
走りはもちろんロケーションで
人物だけ
撮るだけなんですけど
インスタートみたいな感じで
人物がすごいちっちゃくなって
逆に言うとすごいでかい車の
タイヤの前に人間が立つみたいな
ミニチュアな感じにする
だから大きなスタジオの箱で
大きいライティングをしないと
作り込めないってことになって
人一人撮るのに400坪とか
そういう世界観の
撮影だったよね。
全部グリーンバック
消えるか
原子流れか
人間にすると
車の存在を保持して
今あなたが立っているステーション上に
アルミホイルのタイヤが
上40mぐらいが一番上なんで
そういう風に見上げてください
みたいな演出になるんですよね
それも2日間ぐらい
ほぼほぼ徹夜みたいな感じで
バカバカさせて
全然終わらなくて
終わらないもんね
最後は徹夜のまま
空港に行ったんですよ
そのまま空港に
繋がるつもりもなかった
スタジオから直接空港に行って
僕がその翌朝
その日の昼に
また別のコマーシャルの撮影が
都内であったんで
早く出たんですよ
そしたら彼から電話がかかってきて
空港で
着いたら
宮古さんは工事町スタジオにいますよね
行った
ちょっとこれから
後でスタジオ行っていいですか
別件の現場に
それも2日間徹夜した後に
なぜか都内の僕のスタジオに来る
時計やってましたよね
時計のコマーシャルだったんで
どうしたどうしたって言ったら
実はですね
帰りに営業さんと出演者が
仲良くなって
インスタを交換したんですって
その営業さんがインスタを見たら
今現在進行形の
海外の自動車メーカーの
CMの主演をやってたんですよ
別のね
別の自動車メーカー
オンエア中だったんですよ
絶対ダメですよ
絶対ダメですよ
強豪なしとかじゃないですよね
強豪なしとかあるかという事件じゃない
過去に出てたとかじゃない
今現在出てる
それが終わったその日の朝発覚したっていう
あんだけ時間かけて
終演
パッと思いつく方法ってどうするんですか
採冊ですよ
シンプルに採冊して
顔変えようとか色々あるじゃないですか
採冊か
なんかもう
来た時に笑っちゃうしかないっていうか
怒りなんてとうの取り越した
そんな世界線があるんだねみたいな
もう一回中国行けるのねみたいな
おかしいですよ
さっきから楽しめる
楽しめるというか
そうなんですよ
よく受け止められますね
そこを
同じ事実をもちろんカメラマンにも出して
最短でいつ行けるんだって
多分一週間後ぐらいに行ってるんですよ
行けるんだ
すごい撮影も
クローズアップから全身で本当に点になるような
人物をちっちゃく撮るやつがあって
よくよく見たらこれ
使えるのかみたいな検証をしながら
取りためていったんですよ
そしたら身長も姿形もほぼほぼ同じような顔のやつの
偶然に出演者を発見できたんですよ
キャスティングのクリティカルヒットなんですけど
ナイスプレイなんですけど
その彼を捕まえて一週間後に再撮すると
まあ不思議なもんで一週間経ってんですけど
あれこれついさっき撮影してなかったっけみたいな
ちょっと記憶が被ってる
でカメラマンとあれこれやってないっけって
いやいやこっしーそれ先週だよ
で記憶合わせしながらやってたら
二日間ほぼほぼ鋼鉄で撮影してた素材を
全部撮り直してたら
朝から初日の夕方ぐらいで終わってんすよ撮影が
確かめっちゃ早かったんだよね
豪華なグループチェックをしてますから
現場オフラインも入れてますからね
完全なね
そうなんですよ
シミュレーション合成しなきゃ
現場で合成しながら
これ二つじゃねみたいな
まあそういうのもちゃんと整理してやってたら
再撮俺行かなかったんだけど
行かなかったんだって
行けなかったんだよね別にね
行けなかったんだけど
すごいびっくりするぐらい似てる人で
これ本当に再撮したのっていうぐらい
顔同じだっけ
今考えるとさ
二人目のね
ナイスプレイで見つけてくれたやつと
契約だけして撮影しないで
こいつだって言い張ればよかったんじゃないかと
分かりすぎてね
この人出てますか
いや違う人ですと
いや別人なんですと
この人ですって出すエビデンスだけ用意して
再撮しなきゃよかったなと
すごいこと言ってますけどね
まあ専用ぐらい聞いてるんでね
でもねやっぱり濃密なアングル
二日間アングルチェックやったら
上段半分言ってますけど
でもやっぱり凝縮して
二日のものが一日でやりきるっていう
すごいですねそれは
同じスタジオで
それをスタンバイできたっていうのも
でかいですよね
あれすごかったよね
絶対スタジオにいるとさ
すごいおいしい果物とかフルーツを
回って持ってきてくれる
ケータリングサービス
あれがまたね
揚げ物とかで持ってきてくれるんだよね
しかも大体キャッチな人なんですよね
1時間に1回持ってくる
いいよねコーヒーとかどうとかね
中国それが頻繁に来るよね
へーおもろ
お腹いっぱいで飯食えないよ
本当だよ
車の鍵と出演者の撮り直し
でもこれだけじゃないんですね
まだ天候おりすぎるぞ
それがスタジオでのエピソード
ロケはロケで走りは走って
またエピソードがあって
まあでも大きいエピソードは
あれだよね
鍵ですよね
鍵
女性のモデルもあります
女性のモデルってなんだっけ
振り返るやつ
あれも同じことですからね
思い出したの
消えてた記憶から
かけるにんやってます
じゃあどっちからいきますか
話の長いのも相まって
ショート版でお願いします
じゃあ鍵のくだりは説明してください
鍵のくだり
今まで上海で主に撮影してる
っていう話しましたけど
蘇州っていう都市
上海から3時間4時間くらいですかね
静岡の親の距離ですね
日本東京から
撮影するやつもあったんですよ
ベース上海に拠点があるんで
そこでも撮影しました
みんなで移動だ
劇社も新社のやつも
移動だみたいな
次の日朝から撮影だ
みたいな感じだったんですけど
いざ朝蘇州で
車撮影するぞってなった時に
トレーラーで動かすからね
カギがねえみたいな話に
劇社の新社のカギがねえみたいな話になりまして
エンジンかわかんないし
動かせないんで
もちろん動かす撮影
走りますよ
それもちょっとだけ深掘りすると面白くて
朝一で地下の駐車場で
地下の駐車場で置き撮りしてたんですよ
それが撮れてた
その車は2台あって
1台でやってて
走りはこっちでやってほしい
我々こっちで駐車場で置き撮りしてたら
またプロデューサー連中が
奥で内緒話が始まって
それ田本さんも言って
もう代理店とかみんな含めて言ってるけど
多分ただ事じゃなくて
1回カメラマンの
1回これに進めようって
淡々とやってたんですよ
初日は別の車だったんで
その車は使うことはなかったんで
翌日やったんですけど
そしたらちょうど終わった頃に
横井さん事件です
また来て
運転トランポに積載して
運んでくれた人が鍵を落としたらしい
どこだよ
そんなんさ別に
マスターキーみたいな
ディーラーに行けばあるから
その日が週末で
どこも開いてないと
最寄りの工場も開いてない
だから300キロ戻って
鍵を取って
6時間確定みたいな
でも持ってくればよかった
ペキンにある工場でしか
鍵がなかったんですよ
ペキンとんでもない遠い
9キロくらいの感じ
夕方それが発覚して
次の日朝から撮影です
今もうこの場では
どうすることもできませんって
クライアントに言って
往復してもらって
往復してね
ペキン往復
次の日朝鍵を持ってきてくれて
撮影はできたんですけど
大事故ですよね
でも入れ替えてたよね
撮る内容違かったっけ
多少変えましたね
工場も変えたかもしれないですね
このシーンここで撮れなくなっちゃうよ
って記憶があったから
でも鍵落とすって
何事じゃいって話じゃないですか
劇者の鍵がないとか
これ結構あれですよね
大問題レベルで言うと
かなり大問題
おっしゃって感じですよね
おっしゃですね
さすがに焦らない
同時にお二人も
ちょっとピリッとしました
なんでって思った
何が起きたのかなって
なんでって
想像つくよ
一瞬分かりますね
なんでって
その時できることするしかない
これはそうですね確かに
キャスティングの結果そうですけど
再撮の時も
瞬間的に持ち出しだと思った
だって
自分どちらが
管轄で言ったら
こっちが用意して提案して
この人で撮りますって言って
僕は倉田さんは承認しただけだから
いいよこの人でお願いねって
言っただけだから
こっちで集めてきて提案してるから
心情としては
現地のキャスティングがあるよ
現地のあるけど
責任者としては
うちが提案したキャストが
私なわけですよ
これは1円ももらえないなって
1円ももらえないんだ
どうやって言い訳しようかな
会社に謝るだけだなって
確かに
当時の田本さんそこの引きの強さ
そこの責任の取り方の強さ
ありましたかね
しょっちゅうやってる
呼んでるのかもしれない
呼んでるのかもしれない
俺のせいだったな
あともうこれに書いてないけど
女性のあれもあったね
それも同じやつで
バーッと走ってるところに
あの車何?って振り返るっていう
窓の中が必要だと
それもちゃんと厳正になる
オーディションの後に
すごい綺麗な女性を
一人で撮影したんです
もちろん編集までしたら
社長だよね
社長ですよね
リーさんですね
クライアントの
本社の社長が
この女気に入らねえと
俗人的な好みの問題ね
気に入らねえと
トップダウンで言われたら
ははぁわかりました
それも結局速攻いって
もう一回撮ったんです
そんな近くないよ
急いで速攻いって
おかしいですよ今この話
あれもだから撮り直し
その人を振り返らせて
見返り美人の
ストップ
それだけワンカット
それは我々のせいではないか
そこは言えますよね
全然言えよ
でもなんか
個人的好みで言うと
一人目のほうが良かったな
一人目のほうが良いという
一応オンラインで色々顔をね
色々イメージしてたんですけど
それでもちょっと
ダメだよ
個人的な恨みがあったんですかね
社長と宮腰くんの
好みが違うっていう
そういうことか
本当に語り尽くせない
思い出ばかりですけど
濃い一つの何かを経験体験
一緒にするっていうのは
それでいい方向まで
ちゃんと持っていけるっていうのは
いいですよね
さっき宮腰くんが話してた
いい話だなって思うのは
どう考えても何か起きてるけど
プロが集まってるから
出来る話をね
どうしたどうしたって言っちゃうとね
色々リズム感が変わるなって思います
我々は我々の仕事をやる
言われるまでは気にせずに
確かにね
業界特有ですよね
その中でも一部の方
人がゲットする能力っていうか
戦闘能力高い人たちが
高い人たちは
ムーブっていう
下手つって耳が閉じるやつ
結構もう1時間ぐらい
話してしまってるんですけど
一旦ここでね
中国撮影の
ドタバタ話
その時終わった
ちょっと後半戦は
その辺を踏まえた
かかぼりをしていければと
思いましたね
じゃあ一旦ここで
切りますかというわけで
今回のゲストは映像監督の宮腰良さん
それからシンキュメディアプロデューサーの
岡田さんでした
01:00:19

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