1. つくラジ by THINGMEDIA
  2. 3年半売上ゼロから社内No.1を..
2026-10-28 29:31

3年半売上ゼロから社内No.1を争うプロデューサーへ|田口将伍(THINGMEDIAプロデューサー)

今回は、THINGMEDIAのメンバーを迎える社員回。

ゲストは、テレビ番組制作会社で約10年ADからディレクターを経験し、赤坂のガールズバー店長を経て創業初期のTHINGMEDIAに参画したプロデューサー・田口将伍さんです。

入社から3年半、個人売上はほぼゼロ。転機は某省庁の大型生配信でした。

テレビ時代の経験と人との縁が仕事に変わるまでを、シング佐藤一樹とともに振り返ります。


▼今回のトピック

テレビ番組制作からガールズバー店長へ/シング佐藤一樹との出会いは深夜3時の店の前/ナンバーワンの女の子より売り上げた店長/「2秒で入社が決まった」/3年半のブランクを経て映像業界へ/自分のデスクがなく、雨の中ベンチで仕事/売上ゼロのスタート/展示会で一から営業/配信の技術側には回らないという決断/プロデュースとテクニカルの二軸/転機となった某省庁の大型生配信/スタッフ100人・配信5時間・リハは朝6時まで/テレビ時代の人脈が活きる/生配信をノーミスで終えた瞬間/停電したらどうする?配信のリスク対策/「配信といえば田口」になるまで/広告の王道ではなく隙間で勝負する/実績が次の仕事への信頼になる/テレビ局の番組を3クール


▼チャプター

オープニング

テレビ制作からガールズバー店長へ

2秒で決まったTHINGMEDIAへの入社

3畳半のオフィス、雨の中ベンチで仕事

売上ゼロの3年半と展示会営業

配信の技術側には回らないという決断

転機となった某省庁の大型生配信

生配信をノーミスで終える瞬間

売上1位を争うプロデューサーへ

実績が信頼になる、テレビ局の番組3クール


▼番組について

映像プロダクション「THINGMEDIA Inc.」がお届けするトークプログラム「つくラジ by THINGMEDIA」。

MCは映像のプロ・シング佐藤一樹と薬師寺多聞

“究極のつくらずにはいられない人(つくり人)”をゲストに、大作の舞台裏や人生を変えた仕事を掘り下げます。

毎週月曜更新


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●制作:THINGMEDIA Inc.

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サマリー

THINGMEDIAのプロデューサー田口将吾さんが、テレビ番組制作会社で約10年働いた後、赤坂のガールズバー店長を経てTHINGMEDIAに入社した経緯を語る。テレビ時代はゴールデンのバラエティーやスポーツ、料理番組を担当したが、精神的な負担から突然退職し、3年半のブランクを過ごした。シング佐藤一樹とは深夜3時に店の前で出会い、店の閉店をきっかけに「2秒」で入社を決めたという。入社当初は3畳半ほどのオフィスに自分の机もなく、雨の日にはベンチでパソコンを守りながら作業した。個人売上は3年半ほどゼロで、展示会で名刺交換を重ねても仕事につながらない時期が続いた。コロナ禍に配信事業へ取り組む中、田口さんは技術担当ではなく、企画や制作を担うプロデューサー側に立つことを選んだ。転機となった某省庁の大型生配信では、5時間の配信に約100人のスタッフが関わり、テレビ時代の人脈も活用して企画、ロケ、演出、テクニカルを組み合わせた。朝6時までリハーサルを行い、停電や災害で配信が止まる場合まで想定して、最終的にノーミスで本番を終えた。以降、配信のリスク対策や生放送の知見を強みに受注を増やし、売上1位を争うプロデューサーへ成長した。広告の王道ではなく隙間の領域で独自路線を築き、実績を積み重ねてテレビ局の番組を3クール担当するまでに至った。

テレビ制作からガールズバー店長へ
配信は撮影ものと違って、終わった後の編集があるから、みんなどっかで、次、編集に伸びたら、シフトにしてるじゃないですか。
配信は終わりなんだ!
全員の!
全員終わりなんですよ!
終わる、終わる、終わる、終わる、終わる、ありがとうございました。
で、10秒くらい経った後の、配信終了しました。
わぁー、お疲れ様でした。
やばいよね、その映画。
つくラジ、つくラジ、つくラジ、つくラジ
シング佐藤、薬師寺のつくらずにはいられないラジオ、始まりました。
シングメディアの佐藤和樹と、薬師寺多聞です。
この番組は映像プロダクションシングメディアがお届けするトークプログラムです。
毎回我々が主観で厳選した究極のつくらずにはいられない人、
略してつくり人をゲストにお呼びしてお話を伺っていきます。
今回は定期的に身内をお迎えする社員会。
今日のつくり人はシングメディアのプロデューサー田口昌吾さんです。
よろしくお願いします。
まずは簡単に田口さんについてご紹介いたします。
1984年、福岡県生まれ、日本大学文理学部体育学科卒業。
2007年、テレビ番組製作会社に入社。
およそ10年間、ADからディレクターまで経験。
その後、異業種での仕事を経て、創業初期のシングメディアに参画。
現在は映像番組、イベント、ライブ配信などを手掛けるプロデューサーでございます。
一気にいきました。
異業種って、いろんなところで話されてると思うんですけど、異業種って何?
赤坂のガールズバーの店長がやってました。
そこのお客さんだったんだよね。
常連ですね。
常連ね。
出会いは深夜3時くらいに店の前に僕が立ってて、
そしたらカズキ君らが5人くらいで来て、
ガールズバーいかがですか?って言ったら、
行く行くって入ってくれたの。
なんとかホイホイみたいな。
交渉とかもなく。
だから俺は逆に驚いた。
いくらもなく。
逆に。
それ前職時代。
前職時代ですね。
田物さんの元に入る前かな、多分。
そのテレビ番組制作会社時代っていうのは約10年か。
どんなことやってたんですか?
結構ありがたいことにゴールデンとかやる制作会社だったんで、
有名なところにテレさんとかテレドさんとかTBSとかやらせてもらって、
ゴールデンのバラエティーとかスポーツの番組とか、
あと料理番組とかいろいろやらせてもらって、
ディレクターもやって。
心を病んで。
やめなちょっとやめて。
それはやっぱりブラックだったかな?
精神的な圧が。
皆さん近い業界にいるんで分かるんですけど、
3,4年くらいからやる気とモチベーションがぐちゃぐちゃになり、
サボり方もいろいろ覚える時期じゃないですか。
そういうのでダブルパンチで人間として腐っていったのもあります。
自分で自己嫌悪みたいな。
自分のことが嫌だ。
もうありますし、結果仕事もできないし、
みたいなジレンマに陥り。
最終的にはオフラインチェックとかで、
1フレチェックとかやられちゃって、
1フレずつ直されるみたいな。
それを半年、1年くらい耐えたんですけど、
心がぶっ壊れて。
飛んで辞めたんですよ、僕だから。
もう言いますけど。
辞め方も綺麗に辞めてないですよね。
ある日、行けなくなった。
行けなくなった。
その日から全ての窓のシャッターを閉めて、
カーテンを閉めて、
携帯も変えて。
変えてみたいな。
携帯だけはそのままでした。
鳴るんだよね、でも。
鳴るんだよ。
怖いから、ずっと電源オフみたいな。
そんな時期も減ってます。
葵の時代も、突然来なくなる人とかいて、
来るかもしれないとか言って、
総務に千葉さんって人いたんだけど、
千葉さんっていうおじさんの、
全部引き受けてくれるおじさんがいて、
そいつのところに行って、
どうしようとか言いながら、
大谷さんに言って、
合鍵で開けてもらったら、
普通に大型でテレビ見てて、
電話出ろよ、お前みたいな。
ありましたけどね。
そっちだったら、
まだいい話になるけどってやつですよね。
本当にこう、
エグかったらどうしようって、
ちょっとこう、
親じゃないですけど、
そういうのをよぎりはしますよ。
一瞬。
でもなんか、
安心しながらブチギレにいくっていう、
業界得意のなんか、
飛ぶことへの、
飛ぶことへの、
今ちょっと解像度の話をした。
飛ぶ経験あるじゃないですか、
っていうおかしな話です。
そんなやついない、
普通のね、
一般の。
まあそういう時代だったっていうのは、
まああれですね。
あるでしょうね。
もう時代オブ時代じゃないですか、
一番多分テレビが、
勢いのいいだった。
いやいやいや、
勢いが。
10年上ですけど、
その活躍した人たちが上にいるから、
もうその上りを一番も得る。
そのハードルの高さと、
期待値の高さと、
俺たちはっていうこの、
一番の実現しなきゃいけない、
実行舞台としての、
だから、
CMもきついけど、
きつくはないとは言えないけど、
一番よかった。
もうしんどかった。
だから、
そんな話を、
一瞬だから、
同じキャッチされた時に、
大体悟るじゃないですか、
いろんな人の間で働いてるから、
この人はなんかあるなとか、
あるじゃないですか。
その奥行きと、
でもなんか、
まだ屈してない感じが、
あったんですよ、
田口さんに。
すぐ格好で分かれて、
似た制作の人だなと思って、
話したらCMの方やってるって言って、
俺もなんか親近感はあって、
で、同い年なんですよ。
っていうので仲良くなってったみたいな。
田口さんを、
田口バーって言ってたから、
ガールズバーとかよく行ってますけど、
田口のとこ行こうぜみたいな。
田口の店行こうぜ。
ガールズバーなんだけど、
ナンバーワンの女の子より、
俺の売り上げの方が高かったんですよ。
どういう現象なんだ。
でもすごかったですよね、
そういう。
バー田口みたいな。
そうですね。
楽しかったですね。
2秒で決まったTHINGMEDIA入社
それで創業、
シングルメディアに参画するに、
どういう風にしていたんですか。
ガールズバーのオーナーがいるんですけど、
オーナーが金を持って飛んじゃって、
だから店が潰れるんですよね。
潰れるってなって、
正確は飛ばなかっただけで、
オーナーが飛んだ。
俺らがいて、
飛んだわってなって、
だから店潰れるわって言って、
いろんな人お礼しながら家族も電話して、
店潰れるわって言ったら、
来るって言ったから、
行く行くって。
本当に。
このあれで入社が決まったんです。
僕はだから、
来ると2秒くらいしかかってないんで、
2秒で入社が決まったんで。
それは好きだったから。
困ってそうだったから。
あんまりそんなこと考えないわって。
まあそうですね。
実際のところどうなんだろうっていうのは、
今分かんないじゃないですか。
飲みの場ではとかっていう。
でも飲みの場である程度パフォーマンスが高い人は、
ある程度仕事ができるっていう、
僕の中のロジックがあったんで、
それに当てはまりそうだったから。
来るって言って。
そんな感じでしたね。
それで来ました。
早速シングメディ。
来るまで前と、
だってよく分かんなくて来てるわけだよね。
シングメディやってるの前しかない。
8年前とかですね。
創業1年目とか2年目とか。
机もない環境から売上ゼロの営業へ
初めてのメンバー。
安瀬田が前にいたんでね。
2人目ですね。
で来て、
とんでもないとこ来ちゃったと思った。
それにまず気づく前に、
3年半ブランクがあるじゃないですか。
ガールズバーやってて、ブランクあるから。
製作って言うしね。
なんとなく製作、
俺は3年半まで止まってるから。
しかも業種が似てるけど違うんで。
ちょっと様子見てみようかなみたいなのもあり。
大変でした。最初どんなのか分かんないし。
彼らもまだ分かってなかったし。
オフィスが3畳半くらい?
4畳?
この部屋の半分。
田中さんの机、
かずき君、安瀬田君の机で、
俺のデスクないから、
ソファーでやったり、
ソファーも荷物があるときは外のベンチで
作業をしてたんですよ。
雨が降ってるときはパソコン濡れるから
パソコン濡らさないように傘を持って
自分は寝た状態でやってた。
本当にやってた。
っていうところからスタートやったんで。
絵に描いたような、
デッチ防護みたいな感じがあった。
ブランクっていうのは良かったんですよ逆に。
シングがどれだけ異常かというよりも
自分のコンディションというか
一旦デトックスされたというか。
僕はテレビの村、
超村だったんで
そこの世界しか知らなかった。
ガールズバーの時に
商社の人とか
いろんな企業の人が来てそこと話すから
世界って広いんだって
本当に気づいた。
いろんなあれがあるんだって
気づいたもあるんで
結構生きてますよ今の仕事に。
そのままストレートに
いろんな業種の人には
いろんな業界の考えがあれがあるから
そこに知ることってすごい大事だな
みたいなのはガールズバー時代は
生きてたりはします。
意外とだから
今覚えたんですけど
あんまり言ってなかったんですけど
女性よりも高い売り上げを誇ってるとか
それが口だけじゃなくていくと
回しというか
どの宅からも
ショウゴみたいな感じになるんですよ
ちょっとごめんねみたいな
売れてるその店の
ナンバーワンホストホステスというか
感覚と同じ感じで
ショウゴの取り合いみたいになってた
スナックショウゴみたいなことは
それってなんか
自分からすると
声をかけられないで
グチグチあそこはさーとか
言ってる人よりも
比較的この客商売というか
我々も人からバイデーブで
仕事を依頼
相談されるっていうのが
ちゃんと仕事として
前提である仕事として
いけるだろうっていうあそこまでの
人気者だったらっていう
感覚はあったはありましたね
別になんの
あれもなく
おいでとは言ってない
気はしましたけどその後ね
全然仕事をやっぱ
売上作んないなー
っていうので
3年?3年半ぐらい
個人の売上ゼロ
それは真口がなかった?
もちろんテレビの
コネしかないから入ったときに
広告の人の知り合いもいないし
もちろんクリエイティブとか知ってるわけもないから
仕事が来ない
カズ君が来たやつを手伝うとかしかないから
1年目ゼロ
2年目30万とかかな
1年間
1年間での
売上30万
3年目でやっと300万ぐらい乗ったぐらい
そんな宣言
大変でしたね
しんどかったです
制作会社とまた違う
また違う
ちょうどだから
展示会に出展した時期も
あったんで
逆に言うと
いろんな人たちと直接名刺交換して
っていう
ゼロ1
営業ですよね
みんなでチリチリになって
自社の売り込みを
営業して
それでも全然仕事来なかった
どうしたの?みたいな
こんな感じで
結構ね
1個ずつ
出した後に来た
人たちからので
徐々につながりつながり
セレブリックスさんとかもそうだし
ここに書いてある
ユニドルとかっていうのも
たぶんその時に知り合った人も
確かに
いやだからすごい
ですよ
田口の根性
なんて言うんですかね
ようやく
そんだけめげない
昇吾くんが飛んだって
よっぽどひどい状況だったんで
そうですね
しんどかったし
自分が大きいと思ってます
なるほどね
でコロナがやってくるわけですよね
コロナ
入って何年かしたら
コロナが
3年ぐらい
2019とか
三角の
三角してすぐ
コロナ2022じゃないですか
東京オリンピックの
コロナは
2020年の頭よ
そんな早かったっしょ
じゃあ移転してね
オフィスにするぞって
ホームズ行って
2019年の11月とか
秋の深まった頃に
中国で
変なウイルスがあるみたいな
話になって
走行してるうちに日本にも
やってきました
ロックダウンだとか言ってたのが
2月とか3月とか
配信の技術側に回らない決断
だから配信
始めた時に
本当あれですよ
当時は逆に言うと
昭和は配信に
あまり乗り切れはないというか
自分たちがやっぱ
当時も言ってたんですけど
技術側をやるなっていう
明確に
心を示してた人間なんですよ
これが結構ポイントで
そうですね
技術側にもあった人間が今いないですけど
マジ君って人がいて
配信のテクニカル全部
機材とかやる側のほうで売ってたんです
数はいっぱい来るんですよ
そういうのがいなかったから
俺はそっち側に行くと
テクニカルになるし
案件高が低くなるから
プロデューサー側をやらなきゃいけない
二塾に分けさせてもらった
ここで結構あったんですよ
内側の需要と
とはいえっていうところと
いやいや
あるべきやねんっていう
ここが
それは昭和君と
マジ君の間で
僕は僕ですね
僕の中での
マジで行くぞっていうことに対する
田口の
それちゃうやろっていう
なんで違うの?みたいなことで
あった
比較的
企画筋というか
いわゆるプロダクションの中でも
プロダクションっていったら
技術の高い人たちは
アサインして
振興に務めるっていうのが
一つ充積だとしたら
やっぱりその技術の
板を担ってしまうっていうか
だいぶね
実はすごく
リスクがでかいっていうか
の割に稼ぎも
そんなに稼げないだろうっていうことを
ずっとずっと言ってた
僕は
テクニカル会社とかを一個ずつ探して
今でもやってるエスパシオさんとかが
まさにその時で
その頃の一貫してるもの
伝わし続けて
絶対自分はプロデューサー側をやる
っていうのでずっとやり続けて
今みたいな感じですね
今やね
配信といえば正午みたいになって
いる感じが勝手にしてんだけど
多分
あの
そうだと思いますよ
なんか困った配信の話はあってなってると思って
そのポジショニングが
取れた気はしてますね
意外とだから
僕もアサーハだったなって思いました
ニーズに対して行っちゃうんで僕は
こういうことしたら
一方で自社でやれる
スキームを持っていれば
変な話喧嘩はかからない
そっちのニュアンスですよね
収益性はすごい上がるんで
自分たちが行けるときは行く
でも行けないときもあるし
外部のスタッフにも手伝ってもらって
両党行けるとまあいい
そこを
分かっとるわいって僕は
僕の中での登っていく道と
正午っていうのが
意外と頼まなかった
正午に対して
マジがいたからってことはあるんですけど
でもそれでうまく
マジなだけに関係ないんですけど
うまく交わったのが
あるね
確かにダジャルっぽかった
某省庁の大型生配信が転機に
某省庁の仕事は
こう来たの
ギュッとしないと
さすがに無理だから
一緒にやった
あれがでかかったですね
どんなことしたの?
某省庁
その仕事
某省庁は単純に言うと
本当に
ザ番組みたいなのを
生放送
3時間
求められるところVTR
某省庁さん主催で
その省庁の言いたいこと喋る番組とか
記念日みたいな
ゲストも呼んで
Zoomで入ってくる人たちもいる
前橋市とか
いろんなところにロケVTRも作るよ
オープニングVTRも作るよ
スライドも作るよみたいな
全部勝負になるわけですよ
それをまるっと受けれるのみたいな感じに来て
代理店さんから
そこで来て
マジックン一人では受けられないわけですよ
テクニカルのことは分かるけど
企画構成とかロケとか分からないから
そっち側を俺で
初めてそこで生きてくるんですよね
二軸に分かれてたら両方やれるみたいな
マジックンのところだけで足りないから
俺のエスパシオさんのところとか
岡田さんとかもいろいろ入ってもらって
すごい規模になるんですよね
100人ぐらいは余裕でいたんですか?
スタッフが
配信時間は5時間とか
それだけの台本作らなきゃいけないね
とか分かって
じゃあテレビの構成作家入れます
演出もいるってクリエイティブ側がいるから
演出も読んできますみたいな
それを俺はテレビの関係の人で読んできて
オールスターコンサルサーインみたいな
そうそう
しかも俺もいけるっしょみたいな
いけるっしょみたいな
パンる
俺らはうわーってなって
やれるっしょって
もうやりきりましたね
3日4日間くらい寝ないでね
リハーサルもずっとして
テクニカルセッティングリハーサルして
リハーサルが朝の
6時くらいまでやって
配信開始が9時か10時
10何時間リハーサルやってて
俺らもアサイン忘れてるから
フロアDとかいないから
自分たちでやって
自分たちでダビーとか
大丈夫だからこの会社みたいな感じになるけど
でも後ろの
運営側ね
受けとかは別の会社頼んだし
ちゃんとね
ポイントはちゃんと
いなくても
事故らないぐらいの
状態にはなって
いやでも爽快でしょ
爽快だから
それで本当に爽快でしたよ
終わった後の
全員が
ショーかな
お疲れ様でした
ブワーって
スタジオの
撮影でCMで
制作してた感じの
体感
1億倍
言い過ぎじゃない
74歳の
ノーミスを支える配信リスク対策
配信は撮影物と違って
編集があるからみんなどっかで
編集にノーミスをシフトして
配信は終わり
全員の
終わる終わる
ありがとうございました
10秒ぐらい経った後の
配信終了しました
お疲れ様でした
ヤバいよね
ノーミスで行った時は
ノーミスで
一応行けたからね
ノーミスで行けた
本当にノーミスで行けて
ミスがあるとそこで
終了です
まあまあまあ
ノーミスだったから
ブワーって
スラウナンクのミッツィと
さくらぎとルカ
ブワーって
ショーの二人で
俺たちの見たかった景色は
って言って
一応だから
何が起きたらとか
災害における
配信が止まった場合とか
ある程度プロたちをちゃんと
入れて
どうなったらどうなるとかを
しっかり組むんですよ
どこまでの予防線を張るかみたいな
ゲームになってくるんですよね
停電来たらどうするの
誰の責任なのか
ここもめちゃくちゃ
勉強になりましたね
それが今もベースになってます
全部それを使ってるんで
井上市場にまず
配信インフラというか環境大丈夫ですか
とかそういう
話から入ってたもんね
そこで随分
知見が溜まったんだね
かなり
調べましたし
逆に俺らのキャラをあれして
聞きまくったんで
同業ライブ
配信の専門性と売上上位への成長
僕はほんと配信会の
青井プロ行けるやんっていう
感覚でずっと
それで行ってたんで
それが何年の話だったの
21だったよね
でもね配信の仕事
がきっかけで
CDから
受注も増え
今年はまだ結論
出てないけど今売上の1位に
争うプロデューサーになってる
これほんとにすごいことですよ
何があったのかね
3、4年くらい前からずっと
ナンバー2ではあるんですけど
おお
そうか
ずっとナンバー2ではあるんですけど
少なくとも
厳しめな
ことを言えば
超1000級の
人間が
ここに当時のシングメイド
4、5年前くらいとしましょう
そこに超1000級が
来てしまうと
どれだけ
質と言いながらも量で
とにかくカバーしまくっている
我が社として
どれだけ利益を積んだとしても
1プロデューサーが上げる利益というか
売り上げって
言うてね
ちっちゃい感じなんですよ
それがその中で
ずっと2位ではあったんですけど
もっといかないと
っていうのはずっと
再三話はしてて
いきなり
じゃあ仕事下さいって来る
甘い業界でもないから
そういう広告
上のうまく近づいた
ことをきっかけに
徐々に
話
広げていった感じではありますよね
多分
隙間市場と実績が生む信頼
俺はずっとたまに言ってるんですけど
広告のPみたいなところは
いけないって言い方変ですけど
勝負するところじゃない
やらない隙間とか
いろんなこぼれ落ちてるところが
いっぱいあるなと思ったんで
そこで独自路線を築こうと思ったんで
今やっと形になってきたかなと思ってます
真似できる人他いないから
結構当時に
僕の前職時代も含めてなんですけど
結構
ある程度ブランド化された
例えば前の会社
葵プロみたいな会社があったとしたら
そこに
途中から来た人たちが活躍するって
なかなか難しい
印象を受けてたんですよ
青井の場合は特にそう
ある程度出来上がってる
この人の直径の
血筋は変な話ですけど
そういうのがあって
そこから入ってきたら
そこじゃない人たちとやるしかない
みたいな
そんな印象もあったんで
でも比較的だから
僕をというよりは
持ってるものが
そもそも
某省庁の案件でも分かった通り
配信とか生放送への
造形の深さっていうか
そもそもそれを作ってきた人たちとか
なんで
ここはだから広告系の人からすると
そもそも持ち得ないというか
そういう能力だったりしたんで
それはいけると思ってたんですけど
なかなか
いけないんですよ
伝わらないと
伝わらないといけない
最初のファーストステップって
すごく難しいと思うんだよね
じゃあ昇吾君が
こういうことできるって
聞いても僕こういうことできる
そうなんだじゃあ機会があったらお願いするねって
言うけど
大事な仕事いきなり
本当にできるかどうか
口だけしかかもしれないし
人にお願いしづらいな
みたいになるし
それがシーンが入って
ずっとそうでした
テレビやってたら
最終的には信頼がないから
信頼というか
エビデンスがない
ずっと難しかったですね
言うてCMの会社というか
CM出自の
僕が割と目立っているからこそ
映像でしょってなってる時の
映像としての
配信というのは映像だし
とかいろんな言い方あるんですけど
番組とか
そっち側になると途端に
こっちもあんまり
プロフェッションじゃない
ちょっと身読み真似になっちゃうな
みたいな気持ちになっちゃう
それは結構
グヌヌありましたね
どうすれば
とかさんのように
に行くような
どういう風に来るんだ
日々ギャーギャー言ってたよね
そもそも
その界隈に知り合いがいない
という時点で積んでるんですけどね
営業先が
ないみたいなもんで
行っても
映像の会社だと思われちゃったりとか
映像の会社だしね
しかも歌ってたのが
ゲームとかで歌っちゃってたんで
結構
難しかったですね
昇吾が一番難しかったんですよ
でも今は
テレビ局の番組もやってますし
そこを
自分で引っ張ってくるっていうか
そういう機会にちゃんと
自分が持ってけるっていうのは
サンクールやりましたから
サンクール
番組ね
シングメディアテレビ局の番組やってます
サンクール
それは強いよね
これだってやってない会社
ではないですよね
実績ってやっぱ会社にとって
本人にとって大事なんですけど
社にとっても
ものすごく大事ですよね
これは普通に思いますね
昇吾のこの
ようやくっていう
言い方も
なんで身になったのかっていうと
実績一つ一つが
自分の
ステージを上げていったんじゃないかっていう
話ではあるんですけど
なるほどね
ちょっとワーワー話してますけど
田口さんはなんかちょっと
戦略があるらしくて
一旦これでちょっと
この時間は伝えてたはずなんですけど
急に言えられたんですよ
プロデューサーってそういう仕事ですかね
どんな時間しかないんです
調整します
急ぎながら話しちゃってましたもんね
後半は少し
お茶でも飲みながら
話したいと思います
じゃあ一旦ここで
前半は
今回の作る味ゲスト
シングメディアのプロデューサー
田口昇吾さんでしたありがとうございました
29:31

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