私、なんかこう、よくないなと思うのは、急いで面白い本だと、うわーって勢いで読んじゃうんですよね。
で、半分ぐらい読んでから、この本の題名なんだっけってなって、何の本だこれってなって、で、それをおまじないって表紙で、おまじないっていう題名の短編集だったって。
で、よくよくこうめくり直したら、ほんとに短編がいくつか入って、8編か入っていて、その中にそれぞれの人がこう、誰かから、どこかからおまじないみたいなフレーズを聞いてというか、もらってというか、言われてというか、
それで、なんていうのかな、進んでいくみたいな話の構成なんだっていうのに気がついて。
そう、だから途中までにしさんの、にしかなこさんの意図を感じないで、ああ、こういうのあるよねって思いながら、読んでましたね。
そうですね、私もなんかケースケースというか、ほんとに幼少期の子も出てくるし、思春期の子も出てくるし、妊婦さんも出てくるし、いろんななんだろう、いろんなもやもやをその年代の女性たち抱えているパターンがすごいいろいろ出てくると思うんですけど、
なんか、私もそのケースケースで読んでいて、でも、なんか、あ、これがおまじないだったか、みたいな、もう一回見返して、自分がなんかこう喋るときの、何が刺さったかなとかっていうことを思い出したときに、
あ、これか、この人が言ってる、この人が言ってるっていうのを確認していて、一個、なんか、にしさんも別の記事でおっしゃってたんですけど、あの、おまじないを唱えてる人が、結構その、なんて言うんでしょう、社会の中でちょっと生きづらい人とか浮いてる人とか、ちょっとアウトサイド気味な人?
でも、それぞれの立場でなんか苦労されてたり、なんか淡々と生きてる人たちの言葉だから、なんかおまじないっぽく、なんかより聞こえる、その存在が一つだからこそ、より目立つな、みたいなことを、なんか、感じて、なんか、そうですね、その、
そのところ、切り口で言うと、一個、なんか話があったのが、いちごっていう、あの、タイトルの短編があって、それは、なんだろう、結構、幼少期から可愛い女の子で、モデルをやり始めて、こう、自分の世界がどんどん、こう、いろんな人と関わる中で拡大していく。
どんどん、こう、なんだろう、社会の中心に自分が入っていって、その中で華やかな世界をたくさん浴びる主人公なんですけど、それとは全く対照的な、こう、おじというか、遠い親戚。
この、なんか、距離感があるからこそ、言葉がすごいおまじないっぽく聞こえるというか、距離感を安心材料にして、なんか、いるさまとかがすごい、なんだろう、なんか読んでて、言葉が大事っていうよりは、なんかその二人の関係性だから、なんだろう、おまじないになってるんだなっていうのを、
一語ではそういう感じがしましたね。なんか、変わらない、その、なんだ、主人公の私は、そう、モデルとかやって見た目が派手だから、こう、いろんな人から可愛い可愛い特別扱いをされるんだけど、なんか、一方のおじさんうきちゃんは、こう、私に対して変わらない、特別扱いをしない。
それでいて、なんか、こう、自分はあまり過美なものとか派手なものとか既存から変わるものとかがあまり好きじゃなくて、みたいな、そういう、なんだろう、変動し続ける私と変わらないことを続けているおじさんとのなんか対比の関係性がすごく面白くて、
なんか、言葉は大したことないんですよね。だから、おまじないと言われるそのキーフレーズみたいなものが、全然大したこと、言葉じゃないんだけど、その、なんか特殊な関係性によって、主人公がすごい救われてる感じでしたね。
そうですね。おまじないって、だから、ちちんぷいぷいみたいな、意味なくていいものですよね。
そうですね。
なんかその、きっかけになるとか、気分を何かに戻すきっかけになったり、ちちんぷいぷいはおまじないじゃないか、魔法か。
いや、おまじない。
おまじないってなんだ?おまじないってなんだ?ってなっちゃった。
確かに、ほんとですね。
でも、大丈夫できるっていうときは、緊張したら、手のひらに人という字を書いて飲むみたいな、それもおまじないですよね。
そうですね。
それをすると、なんかこう、冷静になるとか、それをすると、何か自分の心が真に戻るみたいな、ふにゃふにゃしてたものが、ひゅってなる。
さやにおさまるというか。
だとすると、ほんとに意味じゃなくて、それでいいのだみたいなことが、おまじないの功用なのかもしれないですね。
おまじない、なんだろう?
明日天気になれとかのおまじないかな。
おまじないってなんだろう?
なんですかね。
定義づけがわかんなくなっちゃった。
この本の中では、ほんとにあるときに、誰かに言われたある一言みたいなものが、ちょっとした、おりじゃないな、トゲみたいにピッて刺さって、
引いていくみたいな。
ふんってなるっていう。
それをおまじないと呼ぶか呼ばないかは、わからないんだけど、なんかすごくいい、おもしろいなと思ったのは、
西さんが、言葉から話を作ったのか、話があって言葉を入れたのか、なんかすごい断片的なシーンのお話ばかりだから、
私にもある、思い出したくない嫌なシーンとか、だけどそこから抜け出して、それを忘れることができた、何か一言だったり、そういうのってあるし、
そういう、言ったらどうでもいい瞬間を拾って、ちゃんと作品にするっていうのが、やっぱり小説家って、なんか目がいいなというか、
そうですね。
見てんな、みたいな感じはして、こんなふうに自分の人生を眺めてないから、一般の描かない人は、どんどん流れていくけど、
それをつなぎとめる言葉で、一個の言葉で、そのシーンをつなぎとめて、永遠にして、本にして、人に分けて、なんかありがたいなと思いました。
そうですね、おまじないっていうタイトルだから、すごく内観しているような思想の話とか、こう思って、ああ思って、みたいな話っていうよりは、
結構、場面説明とか状況説明とか、登場人物の置かれている立場とか、そういう結構、外観の情報のことが多いなと思って、
そこで、悩みとかはもちろん言葉として置いてあるんだけど、基本的にはその人の置かれている状況と、一個考えていることとか、引っかかっていることで、最後おまじないがあることによって、
すごく中の話、思考の話をしているっていうわけじゃないのに、すっと収まりのよく、すっきりするみたいな感じがしましたね。
たぶんこれを読んだ人は自分のことを考えるんじゃないかな、自分がこういうことあったなとか、この考え方自分もしてるな、みたいなのがありそうな気がしたかな。
そうですね、特に親族、親子とか、特に女性の家族みたいな描写も短編の中であったと思うんですけど、
母の思想と祖母の思想と、揺れ動かされるというか、どうしてもそれをそこから抜け出せない、呪いみたいに捉えてしまって、
でもその呪いって本当は愛情ゆえの言葉っていう、ただそれだけだったんだけど、なかなか生きてる間というか、自分にショッキングなことが起こらないと、なかなかその呪いっていう捉え方を変えることができなくてっていう様とか、
全然自分にもあるな、みたいな、変えられないこととか。
役割みたいな話があったんだけど、今の家族のおばあちゃんとお母さんと自分みたいなのもあったけど、すごく思ったのは、自分が見てる自分は自分の見てる自分なんですけど、
たぶんお母さんが見てる私は私のある部分で、おばあちゃんが見てる私は私のある部分で、逆に私が見てるお母さんは自分のお母さんを見てるんだけど、お母さんは私が見てないお母さんもいるとか、
だから、私と会うときは、お母さんはお母さんの役をやってるんだな、みたいなことは、ちょっとおもしろいなと思って、お母さんの私生活とかあんま考えたことないけど、お母さんでしかないから、
でも、自分で考えてみると、やっぱり会社にいるときは会社の人の役をやってるし、家に帰ったら、話し方も違うし、全然違う人になる。
だから、みんなそう、私結構役をやるっていう概念好きで、なんていうのかな、お芝居が好きっていうのもあるんだけど、今苦しんでるのは私ではなく、この役を与えられている自分だよっていうふうに考えると、
例えば、会社のめんどくさい役割とか、しょうがない、これは役だからやります、みたいな、いやいややるとかじゃなくて、この役割は誰かが演じる役だから、それがまわってきたので、やりますよ、演じ切りますよ、みたいな、嘘をつくっていうより、どういうグループに配属になるかっていうのも、そのお話の役じゃないって思うと、
自分自身じゃなくなって、面白がれる傾向があって、昔ってことでもないですけど、そういうライフハックがあるんだけど、なんか、その感じ、家族を大事にするおじいちゃんの顔っていうのは、その人の一部なんだな、みたいなことを考えると、
普通に生きてる人を面白く見れる、この人家帰ったら、すごいド変態かもとか、わかんないじゃないですか、すごい赤ちゃん言葉をしゃべってたりして、みたいなことを思うと、人間の役目だから役をやってるだけだよっていうようなおまじないがあって、
面白いって、そうそうって、共感というか、私もそういうふうにやってるよって思ったっていうのがありました。
いいですね、なんか、物語の中では、おじいちゃんと孫が、自分のお母さんと、おじいちゃんからしたら娘に対して、良き祖父、良き娘を演じようっていう、
そこで、ちょっと思うところというか、本当は一人の時間欲しいよね、とか、本当はそんなに善良な人じゃないんだけどね、みたいなところを、共有していって、なぜか急速に距離が縮まる、みたいな描写だったと思うんですけど、
そうか、私なんか、これその物語を読んだときに、家族のことを思い出して、家族というかパートナーが、すごい人当たりがいいんですよ、実際悪い人じゃないんですけど、
私の前でだけトロするときとか、感情を出すときとかあって、それは私の前での彼の役割とか、私の前だからっていう鍵かっこがついてると思うんですけど、
なんだろう、でも私の中では、それって、それを完璧に見せないことって、すごく性格が悪いんじゃないかなって思うときがあったんです。
でもよくよく考えてみたら、きちんと係りをしている、区別をしている、それでいて、決して出さない。それは意地悪なんじゃなくて、配慮なんだなっていう。
で、本にもおまじまいの中にもそういう描写があって、それが同じことが本に書いてあったときに、なんかパートナーを見るだけでは、なんか腑に落ちてなかったんですよ。いや、この人ちょっと悪いとこもあるしな、みたいな。
なんか、それが100%思いやりだって取れなかったんですけど、なんかこの本を読んで、そういう描写を見たときに、やっぱり5割ぐらい思いやりかもな、この人のって思ってたのは、思いやりでいいのかもしれないって、ちょっと自分の中に落ちることがあって。
なんかそれはすごく、なんか面白かったなっていうか、自分ももうちょっと取り入れたいなと思いました。そういう役のスイッチってできないんですよね。でも役のスイッチできないと疲れちゃうんですよね。結構。
あの、れいさんがさっきお仕事上でその役を演じられる瞬間で、役が苦しんでいるが、まだできないんです。
自分が苦しくなるってことか。
そうなんです、そうなんです。
やってみるしかない。
やってみるしかない、そうですね。
全然なんか、できないときは、忘れちゃうときは確かにあるかも。苦しい、みたいな。もう嫌だ、みたいに。でもなんか、待て待て待てって、これは私が別にやりたくて、やらせてくださいと言ったわけではないよね、みたいな。
なるほど。
役来たよねっていう発想をしてみるっていうことを思い出せると、分かんない、人によるのかな?それをやると人格崩壊を起こしちゃう人もいるのかもしれないけど、私はわりとそれが好きだし、好きっていうか、気分悪くなくて、自分が二重人格だとか悪い人間だとか思わずにいられるっていうか、
いい人間でありたいとは思うけど、360度いい人間ではないから、どっかで悪いことを考えたり、なんだろう、それとか、なんでしょうね、すごい自堕落になって、それをよしとしたりとか、
自分の中にはいろいろあるぞっていうことを認めるしかないということにあるとき、思い至り、そうじゃないと自分のことが嫌いでしょうがないから、自分のことが嫌いっていうのが一番嫌なことだから、考えついたのかな。
え、それって結構若いときからできてました?
いや、そんなことないですね。
なんだ?
20代はとにかく自分のことが嫌いだ、暗黒時代と私は呼んでるので、
そうなんだ。
うん。嫌いっていうか、何もかもあんまりうまくいってなかったから、うわあ、絶対20代には戻りたくないっていう感じぐらいの、あんまり覚えてない、記憶がないっていうか、それなりに楽しくしてたんだけれども、仕事も楽しかったし、
でも、楽しかったしって今言ったけど、それは嘘かもしれないし、なんでこんなに毎日長いんだろうなって思ってたから、暗黒時代ですね。
役の意識が芽生えたのは、結構後、高校10年、15年ぐらいかな。
本当ですか。
じゃあちょっとその、長年で得た、体得した技をちょっと私は、
そうですね、やってみてください。
やってみたいと思いましたよ。
本当に。
そうなんだ。
で、そう、私一回本当にあるとき、全然夫でも恋人でもない人から、自分を嫌いになるなって言われたことがあって、
おまじないですね、それ。
そう、おまじないだったの、それ。それ結構、はいってなって、文脈はまあちょっといろいろあるんだけど、いいこと言うな、この人って言って、
嫌いになりたくなかったけど、このことで自分を嫌いになるのは良くないよ、みたいな、良くないっていうか、必要ないよだったかな、なんか言ってもらって、
全然仲良しとかそういうんじゃない、たまたま喋ってた相手がそう言った、必要な会話をしてた相手にそれを言われて、
ありがたいと思って、それはとっても覚えてる。
リアルおまじないですね。
でもありますよね、この本にも偶然、旅先で会った人に見た笑顔とか、言葉とかですごい救われるシーンとか、
なんか偶然たまたま境遇が似てる人に会うとか、なんか、で、その人じゃないとダメ、家族とか近しいパートナーに言われても、
響かなかったかもしれないけど、その人じゃなきゃ響かないおまじないってあるな。
タイミングとか、空気とか天気とか、自分の状況とかで、なんか一瞬、針の糸が通るみたいな瞬間があって、
その素晴らしさを小説にしている本だなって思って、
だから、初めて読んだ西香奈子の本は、好きなタイプでした。
よかったです。ちょっとドキドキしてたんですよね。
パートナーさんがたくさん西香奈子さんお持ちだって言って、どれもうーんっておっしゃってたから、刺さるのかしらって。
そうですね、私も心配でしたけど、これはよかったと。
だからこれからもうちょっと読んでみたいなと思いますし、
なんかこの人自身が面白そうな人ですよね。見た目が。
なんか可愛いし、絵も描くんでしょ。この絵自分で描いてるんだよね。
そうなんですか。
確か。
中のイラストも可愛かったですよね。
カバーイラスト、著者って書いてるから。
絵を描いて、物語を描いて、素敵です。
読んだことないし、自分で読もうと思わない作家の本を読むのは、いいなって思いました。
楽しかったです。
そして、私はレイさんからいただいた、役を演じるというおまじないを今後活用させていただきたいと思います。
それは役だよ、あなたじゃないっていう感じ。
ありがとうございます。
また9月お付き合いいただければと思います。
ありがとうございました。
ありがとうございました。