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「夏休みでも、脳みそはデザイン中」|しゅっちゃん|一行日記 #004|沖縄・喜如嘉
2026-09-14 1:09:45

「夏休みでも、脳みそはデザイン中」|しゅっちゃん|一行日記 #004|沖縄・喜如嘉

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岩手で育ち、2011年にやんばるへ移住したグラフィックデザイナーのしゅっちゃん。2012年に国頭村でデザイン事務所を開き、地域のさまざまな仕事に携わってきました。現在は喜如嘉翔学校で、やんばるの植物を使ったハーバルサウナも営んでいます。

今日の一行日記は「夏休み、岩手の実家に帰りました。畑の夏野菜やスイカ割り、大好きな温泉やサウナを楽しみましたが、移動中もデザインのことばかり考えてしまい、脳みそは夏休みではありませんでした」。

震災をきっかけに沖縄へ移り、何も知らなかった土地で少しずつ友達が増えていったこと。忙しさのピークで出会ったサウナを、自分の暮らしに取り入れたこと。地域から届くハーブや薪、使い終えた灰までが巡る、小さな循環について語ります。

人生に大きな影響を与えた作品は、どんとの『ごまの世界』。23歳で受けた衝撃が、約20年後、どんとの公式Tシャツをデザインする仕事へとつながりました。好きなものを追いかけ、土地や人との縁を重ねてきた、しゅっちゃんの現在地に耳を傾けます。


感想

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ストーリーズ人生物語
ここは沖縄、ヤンバルの小さな集落喜如嘉。
120年以上の歴史を重ねた小学校跡地にあるストーリースタンド喜如嘉から、
この場所に関わる人の物語を紡いでいきます。
誰かの物語に耳をすますことで、人と人、この場所と誰かをつなぐきっかけになるかもしれません。
今日、お話を聞くのはしゅっちゃんさんです。
しゅっちゃん、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
それでは、さっそくですが、しゅっちゃんの今をあらわす一行日記を教えてください。
えっとですね、昨日から実家に帰ってまして、一行日記、いわて帰ってたんだけど、
まあ、一行日記、一行じゃないんだけど、大丈夫。
全然大丈夫。
夏休み、いわての実家に帰りました。
で、おじいちゃんの畑、夏野菜もむいで、みんなでスイカ割りをして、
で、大好きな温泉やサウナにも行きましたが、ありがたいことなんですけど、
もうね、行ってる道中、デザインのことばっかり考えてしまって、
脳みそは夏休みではありませんでしたということです。
という感じですね。
ありがとうございます。
そんな感じだったんですよ。
なんか、今のお話聞いて、頭の中でサマがラララって鳴ってたのって、
流れました。
あの音楽が聞こえてきました。
ほんと、そんな感じだね。
全然さ、今年はさ、初めて、那覇空港から伊丹空港、
で、伊丹空港から仙台空港行って、仙台空港からレンタカーかけて、
いわてにたどり着くっていう道だったんだけど、
えー、結構。
そう。で、那覇空港から大阪行って、大阪着くじゃんね。
大阪も観光地だよね。
そしたらさ、たこ焼きのマスコットとかあるわけじゃん。
もうそんなの見るとさ、全部デザインに見えるわけ。
そう、もうそれがもう1週間続いてさ、至るところで。
それでもう、休まってねーとか思いながら、夏休みを過ごしてきました。
意外に仕事人間ですよね。
めちゃめちゃね。
それ、私も野球場時代から思ってて、
なんか、しゅっちゃんと仕事する機会があった時に、
なんかこう、あの時はね、ヤンバルサンソのルールブックだったかな。
うんうんうん。
あの、まあ原稿をこっちが渡して、
懐かしい。
で、なんかしゅっちゃんがデザインして、文字とかもね、入れ込んでくれるんだけど、
なんか野球場の仕事だからさ、やっぱりここの文章がおかしいとか、
なんか、この決済が上がっていく上で、
なんか、いろんな人にいろんな意見が入ってくる時に、
いちいちこう直しを入れてたわけ。
でもしゅっちゃんさ、この行間は全部、この隙間、手作業で直してたわけよ。
03:05
すっごい能力かけてて、
もう、なんかこの直しをお願いするのが、めっちゃ申し訳なくなって、
スペーシングね。
そう、すごいこだわってやってくれて、めっちゃいいものになって、
私、退職して7年以上経つかな。
なんだけど、今でもペースまだしゅっちゃんのブック使ってくれてる。
すごい読みやすくて、かわいいデザイン。
懐かしいね、めっちゃ。
あれが初めてかな、仕事をしたの。
その前に、たぶん、世界遺産より全然前に国立公園になるじゃんね。
国立公園のさ、ポロシャツのデザイン。
それだ!
ヤンバルサンソンのね。
あれもロングセラーだよね。
ロングセラーだね。
国立公園を目指しますみたいな。
そんな感じだったよね。
そんな感じ。
結構行政の仕事やってましたよ。
そうそう、行政はね。
国がミストンにいたからね、俺が事務所あったし。
そうだ、それで思い出したけど、
なんか、しゅっちゃんとの出会い、めっちゃ覚えてて。
今だから言うけど、めっちゃ印象悪かった。
そうなんだ。
それはしゅっちゃんのせいじゃなくて、私の問題で。
で、私その時、たぶん出港行ってたのかな、沖縄県に。
で、しゅっちゃん役は地域保守協力隊やってたんでしたっけ?
俺?
違うか。
やってないよ。
住んでただけ?
やってないやってない。
ヘントナ大通り祭りがあって、しゅっちゃんそこのデザインめっちゃ関わってて、
すごい、私が久々に戻るとしゅっちゃんデザインであふれてた。
なるほど。
で、私の母がしゅっちゃん見つけて、あんた紹介してあげるよって言って、
その頃にはしゅっちゃん、国神奏のマダムの心捉えてるから、
すごい可愛がられてて、
すごいおしゃべりが楽しくて、絵の上手な子がいるのよみたいな感じで、
母にあんたも紹介してあげるよみたいな感じで紹介してもらって、
すごい愛想いいじゃん。
誰もしゅっちゃんの第一印象悪い人なんていないと思うんだけど、
その頃私、失恋したのかなんなのか、男の人に対する偏見がすごい強くて、
女性の、その時も彼女がいて、彼女にフラれたかなんかしてて、
結局男のところに行くんだ、こんなヘラヘラしたやつなんかのところにみんな取られてくんだぐらいの気持ちになってたから、
もうみんなの心は静かみじゃん、国神のマダムは初め。
06:04
みんなそういうモテそうなしゅっちゃんになんか焼いてた。
そんなこと全くないのにね。
そう、たぶん私の一人の心の中ではあって、しゅっちゃんにはめっとした態度を取ったと思う。
全然わかんない、ほんと。
なんかそんな愛想よくなかったと思う、その時の私は。
え、めっちゃ俺印象悪くないけどな。
よかった、それはよかったです。
全然印象悪いって感じしない、えつみちゃん。
仕事できんなと思った。
それはあるかも。
仕事モードの時ってなんかすごい、県庁時代すごいくびって、
メガネもなんかこう仕事できます?メガネみたいな。
後でちょっと写真出しとこう。
いいねいいね。
かっこよかった。
まあそういう、自分プロデュースしてたかも。
あ、なるほどね。
目指してた。
やべ、伝わってなかった。
いや、これは、でも逆に伝わってなくてよかった。
全然伝わってないです。
別にそれで誰かに悪いこと言うとかではなくて、私がその時すさんでた。
あ、そうなんだね。
からよく覚えてる。
なんかすごい、いい人そうなのにしゅっちゃんのことをなんか悪くとったなって印象が。
初めてね、ゆかちゃんと会った時はさ、エンデミックガーデンのロゴデザイン。
あ、そうだそうだ。
で、パートナーなんですって言われて。
その時はさ、パートナーって意味がわかんなくて。
そうかも。
どういうパートナー?みたいな。
全然そんなにも気にしなかったんだけど。
なんかね、流してね。
せっかくなので、しゅっちゃんの何してるかみたいな。
たぶん聞いてる人が、デザインのそんなのかな?何してるんだろう?みたいな。
そうなんです。
2011年にこっちに移住してきて、
で、2012年にさっきお話にあった大喜美村の隣の国神村っていうところで、デザイン事務所を開業したんですよ。
で、そこから今までずっとグラフィックデザインだったり、いろんな地域のお仕事をやらせていただいております。
で、今は貴女川小学校で、この貴女川周辺のヤンバルのハーブを使ったハーバルサウナを営んでおります。
って感じですかね。
めちゃめちゃセンスがいい。
そんな感じでございます。
行きたいサウナ、ベスト5に入ってね。
いやいやいやいやいや、ありがとうございます。
でもなんかすごいね、貴女川小学校に関わることができて、ほんとにね、楽しいですよね。
そうですよね。
いろんな人いるから。
ちなみに、この、先頭何に住んでた?
09:00
初め国神に住んでて、なんで貴女川に?
あ、貴女川のね。
そう、大喜美に引っ越して、で、貴女川小にジョイン、ブナサウナを始めたきっかけみたいな。
えっと、僕ね、すごい内地から来て、まあ内地というかさ、内地から来て、国神祖めっちゃ好きだったの。
へー。
ほんとに好きで。
だって国神祖がさ、ちょっと中毒性あるんだよね、なんか。
わからないでも。
わかるんだけど、でももう大喜美に引っ越したじゃないですか。
でしょ。わかった、その話ちょっとやろう。
お願いします。
それで、俺はもうどうしても、もう国神コミュニティが、僕のこのデザインって仕事とかを育んでくれたわけだから、
それこそ、いつみちゃんのお母さんだったり、あの、もう変とな商店街の皆さんだったりっていうので、僕は仕事させていただいてたんだけど、
でもそれはもう、あの、もう国神の人に感謝しかほんといなくて、で、俺はもう国神、国神、国神言ってさ、
もう変となスポーツっていうスポーツ屋があるんだけど、なんかね、野球部が被るね、国神って帽子があるわけ。
知ってる?
知ってます。
もうあれがすげえかっこよくて、それはずっと被ってて、もうそんぐらい好きだったの。
すごい。
好きだったっていうか。
おしゃれ万丁なのに。
そうです、もう大好きで。
で、もうあれ被ってたんだけど、かっこいいなと思って、ほんともう民調でさ、なんかアイロンで貼ってあげた感じでさ、めちゃめちゃいいなと思って。
で、それで国神もめっちゃ好きだったんだけど、その自分が住んでたアパートが更新ってなるわけ。
そして、で、あ、なんか、あの、一軒家に住みたいなってやっぱ思い始めるじゃん。
俺田んぼもやってたから。
あ、へえ。
そう、まあそうそう、ずっともう15年ぐらい田んぼやってる。
あ、今もやってるんですか?
今も自分の田んぼは持ってるけど、今はもうブナサダネ始めてからは貸してたりするんだけどね。
え、あかさと?
にもあるし、国神にもある。
へえ。
そう、なんで、まあそれはね、ちょっと長くなるからなんだけどさ、そう、ずっと田んぼやってたから、その田んぼのさ、うーん、全部手ではできないじゃん。
器具も増えてくるじゃん。そしたらやっぱ一軒あったほうがいいなと思って。
それで、住むとこないですかってもうみんなに相談したら、もう国神住むとこないって言われたんだよね。
それです。そしたら、あの、僕のお世話になった、まあ、国神村にあるヤンバルマナビノ森の社長さんがいて、その方とすごく仲いい人が高里の方なのね。
あ、はい。
へえ。
もう名前も顔も分かりにくい。
そう、その方が僕を、なんて言うの、拾ってくれたの。
うん。
いや、しゅっちゃんだったら、もう住んでいいよって言ってくれて、まじで、ほんとですかってなって、すごい破格で住ませていただいて、
俺実は高里すっげえ嫌いだったの。
へえ。
びっくりですよ。
12:00
びっくり。
それの理由もあって、まあ、嫌いっていうか、もう印象すごい悪くて、それなんでかって言うと、俺岩手に住んでたじゃん、18まで。
で、エサシシって言うんだけど、そのエサシシのどいなかの、なんかね、こわい地域があるのよ。
ヤンキーってこと?
違う違う違う、あの雰囲気が。
なんか山に囲まれて、ちょっと暗くて、なんで妖怪出るんじゃないかなっていう地域があるの。そこにそっくりだったのよ。
それで、うわ、ここなんか嫌だなとか思って、でも住んでみたら、めっちゃいいじゃんって。
まあ強引に従うタイプなんだけどね、って感じだったんだよね。
それで、高里。
名前出しちゃうけど、ゆきおさんっていうキーパーソンになるおじちゃんがいて、その方が連れてきた人、めっちゃいますよね。
この高里の移住組の人たちって。
めっちゃいますね。
やっぱ地域にはね、そういう人がやっぱりいるの。
呼んでいるんだね。
窓口になるっていうかね、この人が連れてきて、この人がオッケー出したら、なんか住めるっていう。
なるほどなるほど。
もう本当にね、名前出しちゃうけど、ゆきおさんに感謝ですよね。
安尾さんとゆきおさんと。
やっぱりそういう人になりたいなと思って。
そうだね。
やっぱりね、どんどん人口が少なくなっていく中で、そういう人がいてくれないと、不動産屋さんもね、ままだらないようなところで、
土地の売買もないし、人の信用でまだ成り立っているようなところに入っていくって、そういう方がいらっしゃらないと、なかなか難しい。
不可能ですね。
だからなんか俺が高里でこうやって、お家も建てて、デザイン事務所も建ててってなってるじゃん。
そしたら、えっと、なんていうのかな、国民から高里に住んだわけだから、住んで家も建てた、なんていうの、このフォーマットっていうか、成功のさ、モデルキースみたいになってるわけじゃん。
だから、いろんな人が家ないってくるわけ。
次の人になってるね。
そうそう、次の人になってる。
家ないんですよって。
だから、本当にリアルに、十何年前から、家問題っていうものってどうやって、解決しようとしてきてる役場とかはもちろんあるんだけど、
本当に実際どうやったらいいんだろうかって、本当に思うようになってね。
そうですよね。
でも、住んでいくにあたって、家を貸したくないとか、家をちゃんと守ってるっていう沖縄の方の気持ちも、すごくギュッと入ってきてて、そりゃそうだよなっていうとこもあるんだよね。
たまに移住者に厳しい移住者っているじゃないですか。
15:02
そうなんだ。
でも、そんな感じはしない。
しないよね。
寄所箇所自体が、半分移住者?
そうだね。半分、半ぐらいかな。
すごい、そんなの関係ないぐらい、元からいる人も、移住してきた人も、わちゃわちゃしてるイメージがある。
それはあるかも。
そうだね。
私も公務員時代に移住フェアとか行って、やっぱり移住フェアに来ると、一定数、値踏みする人がいるんだよね。
どこどこの地域は、役場の人が案内してくれたのにとか、家賃が高いですとか、もっと安いのを他の地域は用意してくれてますよとかって言われると、
ここで生まれ育った私からすると、え、なんで好きなカオスの家じゃないの?って。
なんかそんな、人として何かと比較してここに来るって、条件がいいところに来るっていう感覚って、ちょっと信じられないっていうか、ちょっとすごいショックだった。
そうだね。
そういう意味で言うと、ここに来ると本当に好きな人が来てくれてる。
だって、ままならないのよ。そんな移住施策もそんなに充実してるわけでもない中、家もない中、裸一貫でやってるじゃん。
どうやって政権を成り立たせてるのか、わからない人って結構いるけど、やっぱりこの人との人との繋がりを大事にしながら定着していく過程があって、
その中でやっぱり訳隔てなく地域の人たちと混ざり合って、高里の一代目になってるわけじゃん。逃げ立てて。
そうだね。息子とたちは高里温宙だからね。高里温宙っていうか、生まれてるからね。
でもなんかその、ちょっと違うのが、沖縄好きで来たわけじゃないって。
そっか。
俺は別にっていうかさ、そこは全然好きになってったって感じだね。
なんで沖縄だったんですか?
震災きっかけで2011年に来たんだけど、そのときに関東にいて、お客さんの美容院で働いてて、お客さんのシャンプーしてたのね。
これちょっとストーリーになっちゃうんだけど、それでシャンプー中に震災あって、そっから陽震すごかったわけ。
で、俺結構みんなそうだと思うんだけど、地震嫌じゃん。不安じゃん。で、ちょっと休みもあります。
そしたらヤンバル、僕の友達の友人がヤンバルの方だったの。
へー。難しい。
それで1回、じゃあこっちに来てみない?って言って、1週間ぐらいかなと思って行くじゃん。
そしたら結構さ、はまっちゃってさ。
18:02
結構寝ることがめっちゃ好きなのね。
で、夜暗いじゃん。もう最高で、BGM虫の声だったりするの。暗くて。
うわ、ここ住む場所じゃん。とか思って。
へー。
で、あともちろんさっき話し合ったように、先輩たちのミュニケーション的なものもすごいよかったし、なんかね、はまったんだよね。
まんまと。
まんまと?
あ、住んでもいいかもみたいな。
しゅっちゃんがやってるポッドキャストのたそかでアコースティック、私たまに聴いてるんですけど、
ありがとうございます。
その中でやっぱりめっちゃ風ちゃうな話するじゃないですか。
めっちゃする。
ファッションとか大好きで渋谷系とかっていう、もう全然追いついてないけど、
でもなんかこの90年代とかの2000年代とか、あのファッションの感覚って私たちの中に一応あるから、
そういうのが好きで東京出てブイブイ言わせてたんだなっていうか、そういう憧れもあってやってた。
そのヘンディーも今でも感じるし、
めっちゃそう。
対極じゃないですか。東京で最先端のものに触れるために岩手からわざわざ出てきたのと、
そこからまた南の島に来るっていう、しかも結構田舎に。
全然想像もしなかったよね。興味もなかったわけ。
俺はどっちかっつと江戸文化とか日本文化がめっちゃ好きだし、
琉球文化みたいなのにはそんなに興味がなかったから、
やっぱ常に興味あるもの好きなもので、面白いか面白くないかみたいな感じで進んできてるから直感で。
だから興味なかったんだけど、でももうなんかこっち来た時20代後半で、
やっぱ年もあんのかもしれないけどね。
すごくそんなね、都会の、せたがなくこのコンクリートジャンルに住んでたりしてたからさ、
モロに。
で、もうバンドやってみたいなさ、もう絵に描いたようなさ、バンドマンみたいな感じでやってたから、
もういいかなみたいなとこがあって、やりきった感じがある。
めっちゃ。
じゃあ楽しみ尽くしたって感じですか?
うん、そうだね。
次のフェーズに来たんだよね。
そうだね、第2章じゃないけど、そんな感じがあったかもしれないな。
それもなんか意外で、私たち家族ぐらいの付き合いがあるじゃない、
子供とか奥さんとかも含めて付き合いがある中で、意外だったのが単身できてるっていうのが意外で、
最初から家族で移住してきたんじゃなくて、こっちで家族作ってるんだよね。
そうそう、そうだね。
それは結構珍しいかもしれないね。
で、奥さん岩手っていうね。
ね。
なんでよ。
ほんとなんでよって感じですよね。
なんでよって感じだよね。
すごいですね。
よく来てくれましたね。
よく来てくれましたね、こんな僕に。
21:03
信じてね、こんな堅い中に。
もう騙されたと思ってるんですけどね、それはね。
まあまあまあ、そんな感じでしたよ。
奥様もね、なんか木塚小学校の工芸店で働いてるけど、
ここで働けてよかったって前の飲み会でも言ってたから、やっぱ好きなんだなっていうのがすごい伝わってきます。
ジンと来ちゃう。
ジンと来ちゃう。
しかもおしゃれだしね、2人ともね。
2人ともね。
かわいいし、子供たち。
やっちゃで。
でもね、ファッションは面白いよね。
やっぱすごい好き。
ファッション、音楽とか、やっぱ大好きです。
私も毎年しゅっちゃんのTシャツ買うんですけど、いぎみティグマのTシャツ着てる。
子供も着てるもんね、うちの子も。
結構着てる人いるよね。
結構やんばるね。
子供園はほんと多いですね。
多いね。
しゅっちゃんT着てる。
しゅっちゃんTを見ない日がない。
ほんとだね。
確かに。
狭いからですよ、この話は。
でも正直なやっぱ愛着があるものをデザインに落とし込んでくれて。
ちなみにこれとかね。
はいはいはい。
木塚小学校のキャラクターね。
真面目。
ふながや。
ふながや。
ちなみにこのコースターっていいんだけど。
これは私が木塚小学校のクラファーしたときに、
しゅっちゃんがクラファーのリターンで、
この人イメージしたキャラクター作りますよっていうのを選択したら、
これを作ってくれたっていう。
コーン様。
コーンさん太鼓叩いて。
ちなみにどんなイメージで。
やっぱコーン様のイメージはさ、
めっちゃいつみちゃんというかさ、
南明神室だったりエンディングガーデンっていうストーリーをやっぱ知ってるから、
すごい国神を意識したキャラクターで、
なんか国神のこう、
なんか、アハとかアダとか、
死ぬぬとか。
それですね。
音をこう、音とか歴史を記憶してきた、
ずーっと記憶してきた木みたいなさ、
そういう精霊っていうイメージで、
一応顔が一応琉球やまがねみたいなイメージと、
あとお腹はヤンバルクイナみたいなイメージで、
確かに。
ちょっとね国神感満載なんだよね、実は。
エキゾチックな見た目してますね。
それで太鼓叩いて、結構あんまり無口でみたいな感じ。
そんなイメージで浮かんできました。
ありがとうございます。
いやいやいやいや。
すごい気に入ってて、
今なんか会社のロゴとか、
名刺にね、会社のロゴとか、
宿のロゴとか入れてるのを全部抜いて、
24:00
これだけくっつけて。
いやーありがたいね、そんな使い方。
なんか鬼女化粧にそれこそこうジョインして、
ブナサーナを始めて、
で、このやっぱり精霊たちのモチーフを作っていったっていう、
その流れとか聞いてみていいですか?
いいよいいよ。
えーっとね、
えーっと、精霊たち、
結局ブナガヤっていう素晴らしいこう、
カルチャーがあるわけじゃんね、鬼女化は。
で、大喜美村の公式ブナガヤって見たことあります?
赤い。
赤い。
キジムナみたいな。
なんか待って、幾つか思い浮かんで。
大体のあの、
あの漢字?
あの少年の中に行くのかな。
が結構多い中で、
鬼女化小学校がさ、
何、30年くらい前にみんな子供たちが教頭先生と作ったさ、
赤いブナガヤ像が。
はいはい。宇宙人みたいな。
あれがすごくさ、素敵だなと思って、
あれをモチーフにこのブナガヤからスタートしたんだよね。
で、テナントさんがこうどんどん入っていくわけじゃん。
で、そのテナントさんの教室に、
えー、なんていうのかな、
イスワルというか、住む精霊をどんどんこうイメージしてって、
ハンモックならモックのカズ君の精霊みたいな感じで、
どんどんどんどんこうやってったって感じかな。
かわいいでしょ。
すごいね、好きなのっていうか、
偶話とかが俺昔から。
で、バンド時代にやってたのと、
結構バンド時代も、
あの宮沢賢治とかの世界観を、
いいですね。
結構モチーフにやってたりしてたから、
モチーフっていうか、テーマにやってたりしてたから、
もう偶話が大好きで、
生きてきたので、なんかすごいね、
バッチリリンクしてましたね。
なるほど、そこにも一応地元、
元々の地元も関わって。
河童とかさ、ブナガヤと近い。
そっかそっか。
妖怪に触れてた。
そうそう、ゲゲゲの鬼太郎も大好きだし、ムーミンも大好きだし、
宮沢賢治も大好きだし、みたいな、
ああいう、なんかこう、
ポップの中に哲学が入ってるみたいなのが、
すごくね、大好物なんだよね。
大好物。
そう、そうなんですよ。
なんかちなみに、
ストーリースタンド記事書の、
インスタにも載せてるんですけど、
入口にいる赤いブナガヤの像。
あれを、
それこそ、ゲゲゲの鬼太郎の水木茂大先生が見に来たって聞きに来た話。
ブナガヤの、大気味のブナガヤの話を。
すごいよね。
すごいなって思って。
すごい頃だよね。
大気味結構、偉人さんが来てるんだよね。
文王とかね。
すごい、それは。
なんか、大気味の人が国神の人のことを、
27:01
国神はラテン系だよねって、
パリピのイメージ。
パリピのイメージ。
それで言うと、やっぱ大気味って文化系のイメージがあって、
私はてっきり、
しゅっちゃんってそういうところに心惹かれて、
ここに移住したのかなって思ってたけど、
たまたまっていう。
でもお祭り好きはね、伝わる。
よくね、お祭り会場ってか地域のね、
各集落の放年祭とかで見かけるし、
そうだよね。
ジャナケスクの放年祭だったかな、
たまたまあっこさんとかしゅっちゃんとかが来てて、
一緒に飲みながら放年祭見てるときに、
しゅっちゃんが、
2つ覚えてるんだけど、
すごいな。
でもその時もすごいデイスイしてましたよね。
だよね。
めっちゃ2人で。
嫌だ、嫌だなんか。
2人で結構相当飲み込んでて。
飲み込んでた。
あっこさんとってこと?
座り込んで飲み込んで続けてて。
めっちゃ飲んでた。
その時、
祭って、魔と人の世界を釣り合わせっていう意味があるんだって。
へー。
ものとかもすごい印象的。
ほんとそうだなって。
この集落の中を、
まるで音が響き渡るじゃん、その時だけ。
いつも静かな集落の夜を、
この太鼓とか三振の音とかが響き渡ってて、
ほんとになんか浄化されるっていうか、
別の世界に来たような感覚があるじゃん、私たちにも。
やっぱ晴れの日っていうか、そういうのもあって。
すごく浮き足立つ雰囲気がちゃんとある祭り。
それはもう、魔物と人の世界が釣り合って、
いつもはへだたりがあるんだけど、
この日は境界が曖昧になるっていう、
そんな話をしたっていうのと、
あとね、ジャナグスクの方年さんに宇宙を感じるっていう。
確かに感じた。
それは私も至る所で引用させていただいてるんですけど、
ほんと感じるのよ。
特にね、平和っていう踊りがあって、
そういう蝶々が、学芸会みたいな蝶の羽を背負って、
全身タイツ、全身タイツではないんだけど、
ほぼ。
すごい衣装を着たお姉さんが蝶になって踊るんだけど、
それは日露戦争の時にできた。
すごい古い。
第二次世界大戦でもなかったんだよね。
その時にできた踊りで、やっぱり平和を願う。
沖縄は、これはちょっと後から私が付け加えたんだけど、
沖縄ってもともと蝶って魂を運ぶ役割があるっていうのがあるから、
やっぱり蝶が平和の象徴であるっていうのもよくわかる。
ある意味、鎮魂。
亡くなった人たちに対するレクエムというか、
そういう踊りなんだなっていうのもなんとなく理解できるし、
30:00
すごい蝶の踊りを見ながら、
すごい酒がすすんだなっていうのを。
でも楽しかったよね。
めちゃめちゃ楽しかった。
なんかやっぱ移住してきたからさ、
今でも思うんだけど、
さらっと今こうやって話してたり、
あとは近所の役員だったり行くととかと、
普通に飲んでたりするわけよね。
それをさ、はっと気づくと、
俺は沖縄に友達できてるっていうこの感覚さ、
めっちゃ嬉しかったけどね。
ふとね、めっちゃ嬉しい。
ゼロ人だったわけだから、知り合いなかったわけだから。
ほんと開拓してますね。
すごく嬉しいよね。
しゅっちゃんすごいコミュニケーション、
コミュ力お化けって言ったらあれだけど、
すごい仲良くなるなって思いますね。
でもなんか若い頃はめちゃくちゃさ、
この八方美人な感じがね、
なんていうのこれ、なんていうんだっけ、
コンプレックス。
コンプレックスだったんだよね、若い頃。
でももういつの日からか、
俺めっちゃ才能じゃんとか思って、
それをこうバーンとさ、
包み隠さず、もうそのままの自分で行くっていうことをしたら、
割と何にも思わなくなったっていうか。
意外に頑固な一面もある。
もちろんもちろん。
ある割にやっぱ利きつくらないし。
まあ、でも割とでも効くよ、デザインとかは。
自分のデザインなんかは、
自分がやりたい表現っていうわけでもないからさ。
もうお客さんのね、処方箋だしみたいなところがある。
これでなんか。
いいんじゃないかなみたいな。
だからやりたいデザイン、意外に思われるかもなんだけど、
やりたいデザインをやってるわけではないんだよね。
プロですね。
そう、全く。
極端なんだけど、これいいかなって。
自分だったらあんまり好きじゃないなみたいなのも、
相手にとってはめちゃくちゃいいわけだ。
わかる?何て言うの?うまく言えないけど。
会社の動画作るときも、そんな話めっちゃコンコンと語り合ったから。
ほんとそう。
だから、頑固ではありませんってことだ。
そうですか。
でもそんな、しゅっちゃんがサウナを始めたっていうのは。
サウナを始めたのはね、デザインの仕事が4年前にピークを迎えたんだよね。
忙しいピークを迎えて。
で、結構企業の案件を3つ抱えるみたいになっちゃって。
3つだったかな?当時。
いやいや、もっとあったかも。
3つ以上あったのかな?いっぱい抱えてたの。
33:01
で、うわ、やば!と思って。
俺、こういう生き方するためにいるわけじゃないみたいに思ってて。
でも楽しいじゃん。悔しいことに。
でも、物理的にはきついじゃん。
っていう時に、福岡の出張で、福岡のお客さんだったんだけど、
それで出張に行きました。
その時に近くにサウナがあったんだよね。
ウェルビー福岡っていうサウナがあって、
ちょっとサウナでも行こうって。
まあ、音楽施設好きだったし、サウナ好きだったから普通にね。
で、そこでサウナ入ったら、
疲れとかっていう次元じゃなくてね、
なんかこれだって思ったんだよね。
ライフスタイルの中にこのシステム導入するべきだって思って、
帰ってきてすぐ奥さんにサウナやりますと。
ここで。
え、なんて言ったんですか?最初。
家で裸の人とか来るの嫌だって。
家でやるという。
工房があるんだけど、隣でやります。
そりゃそうだと思って。
それで、頭の中に置いといて、
嫌じゃ無理だなとか思ってて、
その時ちょうど4年前だから、
福岡小学校のさ、
あっこさんと福岡小学校のスタートで、
なんかテナントやる?みたいな話してて、
いや、俺やるわけないじゃん、テナントなんて。
みたいな感じで回ってて、
その時にね、たしかね、この裏山見たんだよ。
そしたらボロボロの焼却炉があって、
その焼却炉いうより、その後ろの原生林がめちゃくちゃ美しくて、
うわ、俺ここにサウナ作ろうってすぐ思って。
で、すぐやって、3年前に建てて。
でも今って感じ。
だから本当にお客さんのために
ブナさんが作ったわけでもないっていう感じかな。
自分が入りたいからっていう感じ。
いやー、でもそれはそそのかされてると思う。
長いよね。
そうかもしれないね。
ここここみたいな。
そうかもね。本当にそんな感じでした。
じゃあ、思わず作っちゃった。
そう。
やってみていかがですか?
めちゃめちゃ楽しいよね。
楽しそう。
楽しいし、あと浄流とかさ、アロマト抽出したりさ、
もう植物好きだからさ、
なんか結構鳥性だからさ、合ってるよね。
で、香りも好きだし、
サウナも好きだし、おしゃべりも好きだし、
全部が。
で、その薪をくべたら一回剥けていくんだけど、
36:03
その間にまた仕事できるじゃん、デザインの仕事。
そっか。
こっちで。
この下なんですけどね、ブナさんの事務所。
うんうん、本当に下。
下でございます。
だからなんか無駄がないというか、
ずっと好きなことやってるって感じがする。
幸せですね。
そんな感じですよ、本当にずっと。
高校生から。
高校生から。
はい。
最高。
そう、ずっとです。
そのブナサウナは、しゅーちゃんが今言ってたみたいに、
自分で浄流してるんですよね。
そう、自分で浄流してます。
ハーブを。
ハーブを、ヤンバルの高校の企業化しようのハーブを取ったり、
あとは自分で栽培したり、
あと最近では、国がみんのね、
おばあ、おばあって言ったらあれだな、
うん、おばあだな。
おばあでした。
おばあから買わせてもらったり。
おー、いい循環。
そしてあと、これ草刈りしたんだけど、みたいなゲットだったりさ、
あとは、特に薪、薪だったり、
もう電話くるようになった、知らない人から。
え?
アンタサウナやってるんだってなって。
すごいな。
ありがとうございますみたいな。
もらうか?って。
いい仕事だ。
もらえ!って言われる。
そうそう。
で、そのサウナの灰を燃やして灰になるじゃん。
その灰は、僕のブナサウナの事務所の隣のバシオ風チーム、バチバチが、
あの灰油?灰汁として使ってるから、
本当に全部循環してるの。
すごい。
循環なんです。
循環してますね。
感動しちゃって。
そうなの。
で、俺捨てるだけじゃん、灰はさすがに。
土地を改良するわけじゃないけどさ。
だから良かったなと思って。
いいですね。
すごい良い循環ですよ。
いや、本当回ってるんだなって。
ストリートスタンド形状化も、循環の輪の中に入っていきたいなと。
どんな循環?しゃべりたいときに来るみたいな。
いや、でもなんかこう、言ってもさ、こうやって長い時間マンツーで話すことってそんなにないからさ。
確かに。
これはめちゃくちゃいいんじゃない?
そういうきっかけを与えてくれる場所になってるよね。
俺、ゲストさん呼んでもすごい感じるもん。
俺、りょうたとこんなに長いことマンツーまで話したことないなとか。
そう、ここをポッドキャストスタジオもやっていて、ストリートスタンド形状化。
で、第1号ですね。
チャンネル。
チャンネルが誕生した。
はい、もちろんつもりです。
紹介して、せっかくなので。
このストリートスタンド形状化から一応、黄昏アコースティックスっていうラジオ、
39:03
ラジオじゃないか、ポッドキャスト番組やらせていただいてます。
結構ヤンバレの、まあ同じような感じなんだけど、ヤンバレの様々な面白いゲストさん呼んで、
そこでうちは結構ダラダラ本当におしゃべりして、
コンセプトは、僕らのふざけたおしゃべりをリスナーさんが盗み行きしてるみたいな、
それが結構コンセプトだから、もう本当に、いかにゲストを緊張させないかみたいなところに意識してやってます。
結構聞いて、しゅっちゃんのカルチャー、私もすごい好きで、鼻と口がつながってるピアスやってる人とか、
いたな、奈々の世界だなっていう、なんかそういう、中学校の時とかもすごいツンツン頭の先輩、
みんなワックスでこうやってるみたいな。
どうせワイだからね。
胸がスリップしたような、あの頃にスリップしたような気持ちにさせてくれて。
本当だね。
それで言ってさ、一緒にやってるキワ君20代だし、この前のゲストのりょうたはもう同い年だし、
やっぱちゃんとジェネレーションギャップもあんだよね。
でも不思議と話が噛み合ってるから、すごい面白い。
なんかこんな感じでしゅっちゃんいつもコミュニケーション立ってるんだ。
キワなんか特にね、うちのスタッフで、
別にスタッフっていう意識はもちろんあるけど、社員とか、
そういう意識っていうよりは本当友達で、一緒になんか面白いことをやってるって感じで、
本当に一緒にやってるからそんな感じで、本当あのままなんだよね。
本当にちょっとキワもね、お便りが来たりして、結構メールも来るんだけど最近。
キワ君のファンがね、いるんですよ。
あれ?ちょっと彼じゃない?
まあまあまあ、そういう恋愛的なあれではないかもなんだけど、
すごくね、キワ君のバランスがいいってよく書いてくれてます。
嬉しいですね。
嬉しい、本当に。
キワが楽しくなるようなポッドキャストにしていきたいなとは常に思ってますよ。
そんな裏目標があるんですね。
あるあるある。
愛を感じるね、キワ。
そうだね。
キワのこと好きだからね、俺。
そうしそうはいいよ。
仲良し。
仲良し。
そうそうそう。
いいですね。
キワ君とのエピソードも。
入ってるからね、アコーティスティックの。
そうだね。
ぜひ聴いてもらえると。
よろしくお願いします。
そちらも聴いてみてください。
42:00
なんかちょうど、作品とかカルチャーの話が出たので、
今日、しゅっちゃんの人生に影響を与えた本とか作品なんか一つ紹介してもらえたらなと思ってます。
そうですね、そのアーティストさんの作品だったりでもいいかな。
本ではないんだけど、
感受性の強い23歳の頃、若いし、
僕、東京に行って、さっきも言ったけど、コンクリートジャグにしてた役に行って、
安アパートで、絵に描いたような貧乏バンドマンをやってたんだけどさ、
その頃に90年代に活躍したボマンボスっていうバンドに出会ったんですよ。
あったんですよ。
で、その頃にはボマンボスはさ、とっくに解散してて、
95年に解散してるから、解散して10年後くらいかな、
そのバンドのボーカルのドントさんっていう方がいるんですけど、
その方は2000年にハワイで亡くなってるから、
僕はそれを知ったときにボマンボスもドントさんもいない状態で、
2000何年とかに俺は聞いてるわけだから、2006年とかに聞いてるのかな。
で、ドントは1995年に解散のときにボマンボスを脱退するんだよね。
それは多分、レコード会社っていう所属の商品っていう世界からね、
簡単に言うとマネーゲームから離れるっていう感じだったんだよね、多分ね。
で、それ離れて、これまたすごい話なんだけど、
沖縄に家族でその後移住してるわけよ、ドントさん。
するんだよね。
で、それを2000、僕がドントさんと出会った頃に、
出会ったっていうか作品と出会ったときに、
あ、もうこの人に会いに行かなきゃとか言って、
実はね、俺2006年くらいに一人でフィッチハイクして、
ドントさんの住んだ沖縄の空気とか、追っかけみたいになってて、
とにかくこの人に会わなきゃいけないみたいになって、
死んでるわけじゃん。でも何も知らない状態。
この人何なんだ、みたいになったから。
で、奥さんを発見して、ミクシーで。
ミクシーって、懐かしい。
ミクシーで、ソーシャルネットワークで、
ミクシーで奥さんにどこの馬のほうかわからない、俺がメールして、
ぜひ手を合わさせてください。
すごい行動力。
それで一週間くらい、そのとき、
某ハンバーガー屋さんの店長をやってたんだけど、
一週間くらい休んで、そっから沖縄に来て。
で、南城市だったよ、ドントさんのお墓っていうか。
45:03
ドントさんが、なんだろうな、
亡くなった後に、建てた場所があるんだよね。
お寺的なと。そこでちょっと手を合わさせてもらって。
で、ドントさんが生前、
交流してた焼き物作家さんだったり、
いろんな方、音楽関係の方だったりにも、なんかこう、会うんだよね。
なぜか。こっちがそういうアンテナ持ってるからなんだろうけど。
磁石みたいにくっついてた。
で、そんな感じで、ドントさんにはまったんだけど、
これはまた面白い作品で、
なんか、商業音楽のアンチテーゼットも結構撮れる。
俺も23だから若いからさ、結構尖ってるのも好きだったし、
自宅録音で、自主制作で販売したソロアルバムっていうのを、
ドナムスの後に出すんだよね。
ゴマの世界。
言わないで。
パクペンコ。
まあまあまあ、その通り。
ゴマの世界っていう作品があるんですよ。
それが、あのもう、もちろん決して、
宅録だから、宅録ってもうほんとこんなしてさ、ガーってテープみたいなさ、
ダットっていう機械ってあるじゃないですか。
荒いのね。音が荒削りで、もうゴリゴリみたいな、
インディーズバンドのカセットテープみたいな、すごい音悪いわけ。
でもそれをドントさんは自主制作で発表するわけ。世の中に。
そのアンチテーゼットというか、
ドントのさ、行動とか思想にハマっちゃって、
あ、もうこれだーみたいなって。
とにかくあの作品はね、かなり影響を受けたかな。
リリックが、今までは例えば、
あんまり体験したことのないリリックの世界で、
なんかね、精神世界とか内側の世界とか、
なんて言うんだろうなあれは、ちょっと悲願の世界とかね、
ちょっと浮世離れしてる世界を表現してるんだよね、ドントさんって。
なんか、ドントイズムがさ、
ドントそのものが等身大で描かれていて、
なんか、プラス、
なんか俺はそれを資本主義社会へのアンチテーゼとして捉えたんだよね。
それで、衝撃でしたね。23歳だよ。
そうだ、そしてそれから20年後、
俺がドントさんのオフィシャルTシャツをデザインするまでになった。
え、そうなんですか?
鶏肌でしょ?
欲しい。
ぜひぜひ。
48:00
そうそう、そういうことを考えると、
当時の自分にそんなことを教えたら、どんななるかみたいなね。
そんな感じで、ゴマの世界が俺はめっちゃ大きかったかな。
せめて言っちゃったんだから。
いいよ、いいよ、全然。
そんな感じだったな。
そこはちゃんと聞きたいかも。
なんでそこにいたったのかっていうのが。
ドントさん、それは全然、
あれよ、なんかね、
世田谷のアパートで、
友達が遊びに来てたんだよ、夜、いつも。
そこで、いつもビール飲んでみたいな、
すごい仲良い友達。
ちょうどね、ボガンボスのね、
解散ライブのDVDとか持ってきたんだよ、たまたま。
で、へーみたいに見てた。
へーって見てたんだけど、
ん?ってなって、
え、何?なんだこれ?みたいな。
そのパフォーマンスとかもすごいあったわけ。
なんか、インドみたいなのが起こしたりして。
90年代初頭の、
イカテンっていうバンドの番組があったんだけど、
そこから生まれたのが、
ブランキー・ジェットシティだったり、ビギンだったりっていう、
当時のアサヤンみたいなさ、
オーディション番組が、
90年代初頭ってすごいバンドブームだったんだよね、日本は。
で、そこにも、そんな感じのね、
ちょっと清寺ったような、
90年代のバンドブームの生き残りみたいな感じに見えたんだけど、
すごい奇抜で。
奇抜だからでもいいってことじゃなくて、
なんかね、どんとさん見たときは、
ちょっと弾いてみたらさ、
ん?この人言ってることはちょっと、ん?っていう感じになったんだよ。
とにかくリリックがさ、
たたずまいとかっていうよりは。
なんか、私の浅井どんとの知識だと、
平成教育委員会に出てて、
めちゃくちゃ頭良い。
普通に兄弟だからね。
すごい奇抜な格好してるけど、
すごい頭良くて、クリアで。
素敵な人。
そこから、なんでまたTシャツ、公式Tシャツ作るの?
それはもうガーンって、
未来にタイムスリップして、デザインの仕事始めて、
ほんとにこの間みたいな話で、
えっとね、どんとさんのホームページっていうのがなくなってからも、
ずっと継続されてるの。
どんとさんってさ、
割とミュージシャンズミュージシャンで、
黒音ミュージシャン、黒音に好かれるタイプの方です。
くるりだったり、ちりまりのゆきちゃんだったりとかさ、
みんながどんと、ソウルオブどんとを言ってさ、
そのどんとさんのツイートをやるぐらいの、
なんかもうほんとに、なんていうのかな、
今活躍してるミュージシャンに愛されてる素敵な方なんだけど、
51:00
だからそれゆえに、
ホームページもずっと継続してくるわけじゃん。
誰が引き継いで、引き継いで。
それ引き継いできた、
元ボガンボスの追っかけずっとやってた方がいて、
その方は身が、
どんとのオフィシャルTシャツを作りたいとなったんだろうね。
なったんだろうねっていうか、なったんですよ。
その時に沖縄にそのカモッタもいて、
そして探していただいてというか、
噂で知ってたみたいな。
どんとさんのことを心から愛してる人、
本当に好きな人に作ってもらいたいってことで、
サンシャインデザインに連絡きて、
すっごいね。
その時さ、俺もぶっちゃけトーク、
こんなこと思うとも思ってなかったんだけど、
そんな話した時に、
デザインっていう仕事に一区切りついた感じがした。
みんなからしたらすげえちっちゃい仕事なのかもしれないよ、
金額とかその枚数とか。
俺の中ではもうすごいさ、
お金とかっていう世界では全然なくて、
なんかここまでやりきったなじゃないかと。
どんとさんのオフィシャルTシャツやることができたなみたいな。
本当に当時の僕はそんなの考えてもなかったし、
夢みたいなことだし、
本当に憧れの存在だったし、
ひとすりひとすりのエネルギーっていうかさ、
まだ忘れられない。
魂こもっちゃいますね。
ちょっと怖い。
魂こもりまくってしまった。
なんか祈るような。
本当にデザインさせていただく時も、
やっぱりどんとさんと更新してたよね。
いいですね、わかりますね。
そんな感じでデザインさせていただいてた。
で、どんとさんの生写真とかも資料でもらうわけじゃん。
おー!みたいな。
ここからちょっと選んでくださいみたいな。
で、これをどうやってデザインに起こしていくかみたいなさ。
で、どの言葉を使っていくか。
どんとさん結構言葉上手な人だからね。
この言葉使いたいからね。
で、どんとさんのタグまで作ってさ。
オフィシャルだからね。
これは買わなきゃいけない。
買えるのかな?
買えますか?
もう言ってください。
私も大好き。
そうなんだよね。
オガンボスどんとは。
フィッシュマンズも。
フィッシュマンズも。
ほんとだよね。
たぶんしゅーちゃんとは音楽が、カルチャーがすごい共通してるので、
なんか本が来るのかなと思ったら、
今日オガンボスどんとって言われて、
うわー!みたいな。
そっちか!みたいな。
54:00
もう酒持ってこい!みたいな。
本で影響されたこともないんだよね。
なるほど。
なんなんだろうって。
音好きだからね。
音好きだからかもね。
音の方が自分には合ってるのかも。
お祭り好きだし。
そうだね。
どんとさんもね。
どんとさんもね。
ほんとに影響与えていただいて、
そっからもすごく今の自分、
今の自分っていうかずっと自分なんだけど、
かなり考え方がまとまったって感じかな。
すごい胸熱なエピソードでした。
そうなんですよ。
いいね。
こういう仕事をやってみたい。
ね。
なんか、なんだろうな。
なんて言って、
ちょっとごめんなさい。上手い人言うしかできない。
私の友達にPAの仕事をしてる人がいて、音響の。
しーなりんごさんとかすごい好きで、
本人じゃなくて、うきぐもさんっていう方が、
沖縄で出た時とか、
とくるまわりしゅうことか、ななおたびととかが出た時に、
仕事でPAとして音響に入ってるっていう。
いい人やってますね。
そういう自分が好きな人と仕事をしてるっていう。
いいなって。
いいよね。
どういう感覚なんだろう。
それがなんか、ちょっとどんとはいないけど、
そうやってどんと通じて、今しゅうちゃんがやってるデザインっていうので、
作品を作れるって、どういう気持ちなんだろうね。
あーなんかちょっと。
なんて言うんだろうな。
あのー、ちょっと話したい。
もちろん。
すごい話があって、
えっとね、これもこないだの話なんだけど、
国神村にエイムプランニングっていうね、会社があるんですよ。
知ってます?
もちろん、同級生。
あ、そうですか。
そうだよね。
エイムプランニングを調べてたのね。
で、どんとってさ、当時VHS、DVDとかじゃなくて、
VHSの時代の人じゃん。
はいはい。
だから当時VHSで、
どんとが沖縄に来て、
どんとの世界満遊記っていうVHSを出してたの。
結構レア、発行物少ないからさ、レアになるじゃん。
で、結構憧れのVHSだったの。
手に入んないから。
で、それって何入ってるかっていうと、
小沢とかでどんとが沖縄に来て、
ライブをやった、切り抜きみたいな感じで、
57:01
もうすんげえ貴重映像なんだけど、貴重映像が入ってるんだよね。
で、うわー欲しいなーと思ってたの。
でも手に入れることももちろんできて、
裏ルートというかさ、
手に入れることできて、
あ、もう俺当時これ全然手に入らなくて、
めっちゃ夢だったわ、この満遊記とか持ってて。
で、そのパッケージデザインもめっちゃ独特なのよ、イラストが。
で、この絵もすっごい好きだったーと思って。
で、そのどんとの世界満遊記のイラストが、
話戻るけど、俺がフィッチハイクでどんとを巡った時に、
持ってったどんとの、奥さんが書いた本があるんだけど、
その本のジャケットとそのイラストが一緒なんだよね。
すごい好きなイラストだった。
そして、そのエイム・プランディングさん調べた時に、
なんとね、そのイラストレーターの方のまま書いてるわけよ。
えー?
えー?と思って。
でも勘違いって思うじゃん。
どんととエイム繋がんないでしょとか思って。
あ、沖縄のね、撮影者さんだし。
で、いつみちゃんのお友達のハッシーに、
この人ってデザイナーじゃない?って言ったの。
もうデザイナーですけど、
エイム・プランディングの沖縄のCさんの絵描いたり、
まあ本も出してるんだけど。
はいはい、フリーソーサインだね。
フリーじゃないの、そう。
あの、書いてるよって言ってて、えー?とかって言ってて。
で、それで、え、この人ってどんとのパッケージの、
あ、どんとの仕事してた人だよねって言ったら、
いや、絶対違いますって言って。
えー、橋口どんと知ってる人かな?
知らなかったんだけど。
いや、でも絶対そうだって思ったの。なんか直感的に。
そして、あの俺この絵めっちゃ好きで、
これも俺の青春の中のさ、大事な思い出だから、
その人来たら、会ってみたいって言ったの。
そしたら、ちょっと待って確認してみますわって。
そしたら翌日かかってきて、
その人でした、みたいになって。
エイム・プランニングの共同代表みたいな感じの人だったんだよね。
そしてさ、1時間だけ時間とってもらって、
この間だよ、あのエイム・プランニングに会って、
俺のこの当時の熱い思いを伝えて、
そしたらもうあっちはびっくりしたわけ。
まさかそんな人がここにいると。
私、マイクリとどんとさんニッチじゃん。
だからそんなに知ってる人もそんな多いわけじゃないから、
すごいびっくりしてて。
いや、不思議ですね。
エイム・プランニングの社長って国髪の人なんですけど、
ではない方?
国髪ではない方。
でもすごいこんな繋がり。
共同代表だったかな。
でも結構昔から関わってる。
1:00:03
名前見た時に絶対そうだと思ったもん。
でもまあ、そのどんとのあれが出てくるわけじゃないんだけど。
意味があるんじゃないかって思っちゃいますよね。
思っちゃうよね。
で、沖縄に住んでたりさ。
そこにシンパシーを感じたってことが、
ここが好きっていうことに繋がってないわけではなさそう。
なさそうだね。
そうなのかもしれないね。
だからどんとさんも沖縄のこういうとこが好きだったのかな、
もしかしてとか考える時があるよね。
もし、こんなこと考えたらあれなんだけど、
生きてたら仲良くなれたのかなとか、
なんかね、そんなこと思っちゃうよね。
絶対仲良くなれますよ。
なんかね、そんなこと思ったりもしたことはあったけどね。
じゃあもう23の時にはもう沖縄へ続く道が生きてたかもしれないよね。
羽巻いてたかもね。
確かに。
懐かしいですよ。
懐かしいですね。
だから沖縄に来て、何年間かは南城市のほうに行くじゃん。
もう胸がドキドキするわけ。
南城市に行くだけで。
恋みたいな感じ。
恋みたいな感じ。
なんかね、ドキドキするの。
南城市に行くだけで。
思い出したんだろうな、あの時のこの香りじゃないけどさ、
蘇るわけよ。
この通り通ったなとかさ、あるんですよね。
冒険した、あの時の甘酸っぱい。
そう、当時の甘酸っぱい青木初期衝動の何も考えない感じの自分が蘇るみたいな。
どんどんの話またぜひゆっくり。
ちなみにゴマの世界では特に好きな?
温かい方へっていう1曲目からも。
でもあれで、なんていうの、ゴマの世界に関しては、
1曲選んでってことじゃなくて、本なんだよね。
本って詩集なんだよな。
だから、ライナーノーツっていうか、歌詞カード、本だと思っている。
あー、読み物ですね。
読み物なんですよ。
だからゴマの世界にしたっていうか、CDでもいいかなと思って。
CDっていうよりは、俺はリリックの方に聴かれてるから。
私もちょっと今日帰って久しぶりに、
物はなかった気がします。
私はパソコンにしか入ってなかった気がします。
でも今、どんとホームページ運営してる方が頑張って、
アイプルミュージックかな?に登録したんじゃなかったかな?
1:03:04
登録なってるんじゃないかな?
どんとぜひ皆さんね、知らない方も多いと思うんですけど、聴いてみてもらえればと思ってます。
その話すごい興味が湧いてますね。
本当にすごいから。
いいものとかってさ、古くないんだよね。
本質を捉えてるから、古くないみたいな。あるじゃん、そういうのって。
どんとさんそんな感じ。
年取れば取るほど、もしかしたら意味がわかってくるような。
そんな感じなんだよね、どんとさんの作品って。
すごい、私、むかしむかしっていう子の世界で。
そこですね。ありがとうございますって感じで。
あれとかすごい原始的だけど、すごい宇宙ともつながって。
あれもすごい不思議な曲だな。ちょっと沖縄っぽいなっていう。
さすがですね。
俺、むかしむかしはさ、曲の作り方の中に、たぶんね、これどこにも書いてないことだけど、あれはさ、乾燥とか争いを表現してるみたいな。
うでうでと、ガタガタガタガタ。
なんかね、戦争が見えてます。聴いてみて。
もうちょっとそれ意識的に。
じゃんじゃんじゃんじゃんって後半、じゃーんじゃーんじゃーんじゃーんってなるときが、もう鼻が芽吹いて再生してるっていうような。
なんかね、むかしむかしはそんな曲なの。
曲っていうより、ひとつの巨大スペクタルな映画みたいな感じなんだよね。
この話聞いて急に雨が降り始めました。
そうだって言ってるかもしれない。
なんかほんとに、なんか音楽の枠超えてる。むかしむかしは。
すごい好きな曲。
あれすごいね。映画。
映画か。
映画です。
じゃ、映画をこの後みんなでむかしむかし聞いていきましょう。
ちなみにポッドキャストって、音楽とか流していいもんな。
どうなんだろうね。
ぜひ検索してみてね。
検索してね。
ラジオじゃないからな。
それこそ、私の大好きなクラブ本の原田育子さんがむかしむかしをカバーしていて、
そっかそっか。好きだもんね。
それで初め、なんだこの曲はみたいな感じから、
ドントはもちろん知ってたんですけど、ドントのカバーだみたいな。
より好きに、好きな人と好きな人がつながると、好きが大爆発みたいなことになるじゃないですか。
つなりますね。
そんな感じでしたね。
すみません、盛り上がってうれしい気持ちです。
僕もです。
なんか興味なかった人がちょっとでも、ドントさんってやっぱ作品として素晴らしいから、アーティストとして。
1:06:01
いいもの作ってると思うから、なんか聞いていただけたらなって思う。
で、いつみちゃんが興味あるみたいになってくれるのがなんか嬉しい。
いつみは知ってるしね。
ゆかさん経由でね、ちょこちょこ聞いたことあるかなって、でもさらに興味持ったし。
なんとかTシャツ欲しい。見てないけど。
お揃いで買いに行きましょう。
いいですか。後からサイズ言っていただければ。
ありがとうございます。
じゃあ、そろそろ締めに行きたいなと思うんですけど、最後に聞いてもいいですか。
はい、なんでしょう。
しゅっちゃんの人生を一冊の本に、まあ音楽でもいいですけどね、この場合。
音楽にするなら、まあ本がいいな、にするなら、今日は何ページ目に、今。
今?
今。
この今?
今。
何ページ目?
ぐらいになりますか。
今ね、10ページ中の8ページぐらいかな。
薄い。
意外に薄いね。
フリーペーバーだもん。
フリーペーバーなんだ。ジンみたいな感じ。
かっこいい。
なんかっぽい。
だいぶ後半に濃いしてる感じですね。
1枚1枚濃いと、なんかそんな感じかな、今。
すごい質問だね、なんか面白いっす。
さっきそれからちょっと違う話になっちゃうんですけど、ゆうまくんと収録してて、何ページ?って聞いたら、2ページって言ってました。
2ページ?
いやいや、いいんじゃないですか。
始まったばかりだね、みたいな。
いいですね。
そしたら、しゅっちゃんは10ページ中の8ページって。
8ページ目です。
なんか面白いなって思って。
なんか充実してる感じがわかる。
確かにね。
なんかほんとそんな感じ。あと2ページ、またね、何するかわかんないっていう。
自分の人生ってもうわかるじゃん。わかるっていうか、自分の性格とかもわかるから。
ほんと8ページ目ぐらいあるんじゃないかなって感じしますね。
第2弾が出るかもしれないですね。
そうだね。
最後、最後って言ったらあれだけど、温泉が近くにある場所で暮らしたいんだよね。
ほんとそれがもうずっと夢で。
80歳とかの時に。
それはもう必須。
湯宛てって温泉あるんですか?
めちゃめちゃあります。
湯宛てなのかもしれないし、もしかしたら南城市なのかもしれないし。
掘るんですか?
いやいや掘るかもしれないし、わかんないわかんない。
掘ればだいたい何かしら湧いてくるし。
そうだね。とにかく温泉の近くで最高の眠りを。
1:09:00
眠りですね。
温泉と眠りは重要なんですよね。そんな感じでございますね。
ありがとうございます。またここから一緒にじゅんかんを作っていけたら嬉しいなと。
これからもぜひよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
ストーリースタンドキジョカでは、ヤンバルに暮らす人、働く人、通う人、関わる人の人生の物語を紡いでいます。
今日の物語が小さな出会いやつながりのきっかけになりますように、あなたのなぜここにいるのかという物語もぜひ聞かせてください。
感想やメッセージ、公開収録への参加は概要欄のURLからお送りください。
それではまたお会いしましょう。
01:09:45

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