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「知れば知るほど、簡単に言葉にできない」|あおか|一行日記 #006|沖縄・喜如嘉
2026-09-18 55:53

「知れば知るほど、簡単に言葉にできない」|あおか|一行日記 #006|沖縄・喜如嘉

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関東で生まれ育ち、大学卒業を機にやんばるへ移り住んだあおかさん。集落案内や料理・草編み体験を通して、やんばるの暮らしと文化を伝える仕事に携わり、FIFTYS PROJECTのやんばる会場づくりにも取り組んでいます。

今日の一行日記は「やんばるに来て1年半。今あらためて、沖縄の集落生活でカルチャーショックを受けています」。

違いがあっても、すべてを分かり合えなくても、隣にいられる。あおかさんの言葉から、地域でともに暮らすことを考えます。▼ STORYS 人生物語さまざまな拠点から届く、一人ひとりの日常と人生の物語。一行の日記や、心に残る一冊を入り口に、その人の言葉に耳を傾けます。

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ストーリーズ人生物語
ここは沖縄、ヤンバルの小さな集落喜如嘉。 120年以上の歴史を重ねた小学校跡地にあるストーリースタンド喜如嘉から、この場所に関わる人の人生を紡いでいきます。
誰かの物語に耳をすますことで、人と人、この場所と誰かをつなぐきっかけになるかもしれません。
ストーリースタンド喜如嘉のゆかです。 今日お話を聞くのは、あおかさんです。
はい、あおかさんよろしくお願いします。
それでは早速なんですけれども、あおかさんの今日の一行日記を教えてください。
はい、ヤンバルに来て1年半で、今改めて集落でのカルチャーショックを、沖縄集落生活でのカルチャーショックを受けています。
はい、ありがとうございます。
そっか、1年半。
そうですね、去年の春に来て1年半になります。
この国々に引っ越したきっかけっていうのは何かあったんですか?
きっかけは、パートナーがもともとこっちに2,3年住んでいて、それでちょっと訪れるようになったのをきっかけに、
私大学卒業のタイミングでこっちに来たんですけど、そこで沖縄のことをもっと知りたいなっていうのもあったし、
こんな集落の中に実際に住んで、その暮らしを体験するっていう機会もなかなかないなと思って、思い切って移り住んできました。
はい、ありがとうございます。ちなみに今、国が身で何をされてるんですか?
ヤンバル株式会社エンディングガーデン一のヤンバルホテル南名寝室という会社で、観光業に携わらせていただいていて、
こっちの集落の中をご案内したりだとか、集落に住んでいる方たちと一緒に料理体験だったり、草編み体験だったりっていうのを一緒にお客さんとやるっていう場をご案内したりする仕事をしているのと、
自生活、プライベートなところでは50'sプロジェクトという全国で行われているプロジェクトなんですけど、政治界の男女平等を目指すために20代30代の女性を特に議員さんに数を増やそうという活動のオンライン講座の現地会場を開いたりしています。
茉麻さんと結構近いところにいるというか。
ヤンバルホテル南名寝室は、時折ここのストーリースタンド記録家の人生物語のポートキャストのMCをしている中本一美が代表でやっていてっていうところと、私とも50'sプロジェクトだったり、
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それに限らず音楽とか、フェミニズムというか女性の生きやすさ、フェミニズムに限らない生きやすさとか、社会について個人についてっていうのを青香とかいろいろおしゃべりしてきたなというふうに思ってるんですけど、
せっかくなんで、今週から50'sプロジェクトが始まるっていう中で、沖縄で、しかもこのヤンバルっていう地域で50'sプロジェクトを始めるきっかけとかを教えてもらえたらなと思って。
そうですね、きっかけは去年の秋から始めて、その時は第3回のオンラインゼミっていうのがあったんですけど、それが私にとっても初めてのイベントを作るっていう経験で、新しい場所に移動してきて見送るようになって、
そこで自分自身にとってもあんまりそういう政治的なイシューとか、日々のモヤモヤとかを共有する場がなかったっていうのもあって、もちろん他の人たちにもそういう場があったらいいなっていうのもあるんですけど、一番結構自分にとってもそういう場が欲しかったっていうのが大きかったかなと思います。
でも同時に自分が生まれ育った場所ではないので、そこで私が場作りをするのってどういう形でやったらいいんだろうとかいうちょっと迷いもありつつ、とりあえず場を開いてみようと思って、結構勢いでゆかさんとかにも連絡をして、やってくれませんかって始めたのがきっかけです。
そう、その時ちょうど去年で私が40歳になった、ちょうど40になるタイミングで青香が一緒にやりませんかって声かけしてくれて、30代っていうのが初めあったから、いや40、ギリ40なってしまったけどってちょっとソワソワしながら、でも一緒に、その当時はね他のメンバーもいたりして4人で、
ちょっとおそろおそろ、でもパッションを持ってやってみようってやって、2回目もまたこのヤンバル大喜美で開催できるっていうのがすごい嬉しいし、那覇とかはね、それこそ結構こういうイベントをやるかなって思って、人も来るかなと思ったけど、
06:05
なんかこの地域でやるっていうことに、なんていうのかな、少し私は震えたというか、嬉しいなっていう気持ちになりましたね。
そうですよね、やっぱりこういう、だから1回目は結構ここでやったにもかかわらず、ちょっと違う地域からも来てくださったりとかして、それもすごい嬉しかったんですけど、今回ももちろんそういろんな地域からウェルカムですし、やっぱり地元の方にも届いたら嬉しいな、地元にもこう、何ですかね、目指した活動になっていったら嬉しいなというふうに思います。
確かに、なんか結構さ、関心ごとが似てるじゃない、でもさ、フィフティーズに参加しませんかって、ここの方というかつながっている方とかにお誘いするのって結構勇気がいるっていうか、私自身も。
ママ友の方とかに、ママ友と言っていいのか、子供の同じ保育園の同じ学年の方とかに、どうですかとかって聞いたりもするんだけど、LINEとかに。でもやっぱりちょっと勇気がいるなっていうのが正直。
やっぱり政治、暮らしのことなんだけど、そこを話すっていうのって結構ハードルが高いし、家族とかパートナーとは話するけど、それ以外だと、なかなか言うのがはばかれるみたいな雰囲気とかもあるじゃない。
だからこう、地元の人、どれだけこう一緒にこういうね、オオギミとかカニガミとかヤンバルって沖縄ってどういう風になっていったら嬉しいねとかさ、なんか自分たちの生活ってこういう風になっていったらハッピーだねみたいな話をザックバランにおしゃべりできる場が作れて嬉しい。
そう、地元の人も一緒にお話できたら。
そうですね。私からこんな素敵な場所も出していただけることになったので、やっぱり私も難しいなと思うんですけど。
だからこそ、このフィフティーズプロジェクトをゼミで場所を持ってたこととか、そこを通して繋がれた人がいることもすごい私にとって貴重な機会だったんですけど、それだけじゃなくて、もうちょっと狭口の広いというか、地域での困りごとをみんなで持ち寄ってみようみたいな。
いいですね。
やっぱりフィフティーズプロジェクト、特に今回とかも結構具体的な内容が多いと思うので、それもすごく勉強になる一方で、もうちょっと入り口的な役割を果たせる場作りだったりだとか、
09:11
私が今年の春に映画上映会やってない映画、沖縄のピファスに関する映画、上映会やったんですけど、
その時も、いきなり基地の話とか、政治の話っていうよりも、やっぱりヤンバルという土地にいるからこそ、沖縄にとっての水源地でもあるし、水っていう誰にとっても生活する上で欠かせないものに関する話だ、なんだよっていう、
そういう入り口から、だったらもう少し間口が広がるかなという思いもあって、そのテーマを選んでたんですけど、それでも難しかったんですけど。
すごい良い回。でもなんだかんだで地元の人、来てくれてる。
そうですね。
こっちでね、実際に調べてる方とかも来てくださって、話聞けたりしたのもありがとかったし、嬉しかったのは、私の働いてる集落に住んでる方が一人来てくださって、
ちょっと最後のディスカッションまではいられなかったんですけど、それはすごい嬉しかった。
そういう日々のつながりからちょっと足を伸ばしてみようと思ってもらえるのはすごい嬉しいなと思いました。
確かに。良い回でしたよね。ありがとうございます。
今、集落案内して国々に、結構仕事の内容としても、より地域に根差したというか、文化だったりとか、暮らしだったりとかっていうのをお客さんに説明したり案内したりっていうのがあるので、
たぶん私も知らないヤンバルのことを、青川はお客さんとかに伝えていたりとか関わりの中で、それこそ先週踊ってたじゃない。あれは何踊りだった?
あれはウシデクっていうウンジャミ、ウンガミっていう海の神様に対してのお祈りごとをするっていうお祭りの後で、儀式の後でその儀式をやってくださったのロサンとかミンチュさんに対して捧げる踊りなんですけど、女性だけの踊りで。
私が住んでる集落は結構行事ごとが多くて、その踊りにもちょっと参加させていただく機会を得て、去年と今年で2回目。
そうか、去年も出た。去年初めて行った。去年、結構集落の中にすぐ溶け込んで一緒に参加したみたいな感じ。
そうですね、でもパートナーが結構そういうのを積極的にやるっていうのもあって、何か思い出し事があったり準備のみんな集まるので、ボランティアに行ったりだとか、夕方いつも飲んでる人と一緒になって飲んでたりとか。
12:08
なのでやっぱそこを通して私も知ってもらえる機会があったっていうのは結構大きいなって思って。
あとは集落での月1回の浄会っていうミーティングの場とかにも、ちゃんと私も行ったりとかしてるの。
なんかちょっとずつ覚えてもらって、それ踊りも出たらいいよっていう風に言ってくださったりとかして、やっぱそういう行く場所行く場所でなんか見かける集落の方もまたちょっと違ったりとかして、
飲みの場はやっぱ男性がちょっと多かったりとか、逆に踊りの場だと普段会わない高齢の女性の方にもお会いできたりだとかして、そういういろんな場に顔を出す中でちょっとずつお互いを知れる場があったのがすごいありがたいなと思いました。
女性踊りも含め。
ちなみに聞くの忘れてたなと思うんですけど、アボカンはもともとどちらの出身ですか?
そうですね。私は神奈川の生まれで、神奈川の川崎でずっと生まれ育って、中高大と東京に通ってはいたんですけど、基本ずっと関東圏で生まれ育ちました。
例えばずっと関東で生まれ育ってきて、ここに来た時に何か自分の地元と今いるこのヤンバルトっていうのの違いとか感じたこととかありますか?
最初にその時こそカルチャーショックって言ったんですけど、たくさんあると思いますけど、やっぱり一番は人との距離の近さですね。
私はもう、生まれ育ったのは集合住宅みたいなところで、そこはある程度週1回掃除の日があったりとかして、若干つながりはあったりしたんですけど、その後はマンションに移り住んで移行して、
そこはほんとお隣さんの顔も知らないぐらいの距離感だったし、会ってもなんかぺこぐらいだったので、改めてこっちに来てこの人の近さとか、休みの日にどっか行ったりしたら、なんか気づいたらみんながそのこと知ってる。
なんか会社がある集落でもいつも何か差し入れに釣った魚持ってきてくれたり、お野菜持ってきてくれたりする方がいたりだとか、そういうお互いを常に思い合って何かを与え合っているみたいな社会はすごい新鮮でした。
いいなぁと思いました。
今、このカルチャーショックって最初に言ったのは、今その法年祭っていう、なんて言うんですか、収穫とか豊作とかを祈りする。
15:04
はい、法年祭。
愛する祭ですかね。それの練習が絶賛、真田田中で私の集落では、あと3週間ぐらいで本番なんですけど、そうなんです。なので今はもう仕事終わって、そのまま練習に行って、10時ぐらいまで練習っていう。
結構。
結構やるね。
がっつり集落のあれを宣伝して、受けているんですが、それがだから本当にすごいなって、まずはもう集落の方たちのその熱意もすごいし、これをいいものにするぞっていう、もちろんちょっと大変だなって思いながらやってる方もいるかもしれないんですけど、
それでも今もこうやって集落に住んでる人だけで形にしてるっていうのがすごいなって改めて思うし、なんか集落に住むようになって、それこそこっちに来る前からちょっと政治のこととか興味あったんですけど、いかにそういう政治の場で話されてることが、
何て言うの、ずっと都市とかを中心にしてるのかみたいな。
あーなるほど。
何て言うんですかね。
例えば株長制とかって地方の方がもちろん強いかもしれない。
それをこう解体しようっていう語りとか結構都会では当たり前にされてるけど、いざ地方に来てみると、なんか役割分担できる部分ももちろんたくさんある。
男女に関わらず性役割なく一緒にできることもたくさんあるし、そういうところはもっと選べるようになったらいいなとか思うこともある一方で、ある意味そういう役割があるからこそ、例えば女性はマキチンにいることが多かったり男性は飲んでることが多かったりするけど、それがある意味女性にとって集まる場にもなってたりとか。
台所で繰り広げられるおしゃべりみたいなコミュニケーションみたいな。
そういう場があるからこそ発揮できる言葉もあるのかなみたいなのを見てるときに、必ずしもそれが台所じゃなくてもいいと思うんですけど。
そういう地方ならではのコミュニケーションのあり方とかコミュニティのあり方みたいなのをちょっとですけど私も見てきた上で、改めてこの地域に根差したあり方でのそういう平等って何なんだろうとか、どう変えていけたらいいのか。
地域の良さは残したまま、でもいろんな人がいろんな選択肢を持っている社会にどう変えていったらいいのかっていうのがちょっとこうよりリアルさを持って考えられるようになってきたのかなっていう。
18:01
そういう意味で、今まで都会で感じてたこれが正しいっていうものがちょっと地方に来てまたそれだけじゃなかったかもって揺れ動いてるっていう意味でのカルチャーショックもあるなと思います。
じゃあいいカルチャーショック。
そうですね、なんかより自分が見えてなかった地域ならではのそういう環境とかが見えてきた、広がった視野が広がったっていう意味でのカルチャーショックですか。
なんか私もそれこそ結構多分正義感が強いタイプだと思ってて、握りしめてることが多いのよね。こうなっちゃいけないじゃないかとか。
でもなんかその一般論的に言うと最近のこの風潮としてはリベラルというのかなっていう表現をすればいいのかちょっとわかんないけど、なんかそう平等とはっていう中で、
でもちょっと場所を変えたりとかするとそれが通用しないというか、なんかこういろんな正義があるから、いろんな正義じゃない、いろんなこう価値観があって生き方があって、
自分だけのこれが正しいにしがみついていることにこう不意にパンチされることがあって、なんかそれはなんかちょっと違っていたなって思う。
だからそのいろんな意見に耳を傾けてというか、青川は体験を通して、この地域の暮らしの中でそういう、なんていうのかな、言葉にならない。
体験として感じられることがあったんだな、なんかそれってすごく大事なことだな、空上、なんかこう卓上の理論っていうのなんかこう、これが正しいであろうだけを言ってるのじゃなくて、体験として暮らしの中でそう感じたことってめちゃめちゃ大事だろうなっていう風に話を聞いてて思いました。
そうですね、そういう機会があって本当にありがたかったなって思う一方で、私も言葉にならないって言われてきたけど、本当に言葉にならないことが増えた。
いろんなものを知れば知るほどやっぱり簡単に何か言葉にしてポッて出すことが難しくなったなっていう感覚もあるんですけど、
でもそうですね、なんかいろんな正義が、難しいなと思うのは、いろんな正義があるとか価値観があるよねだけで終わらせるんじゃなくて、でもやっぱりその中で、
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一人一人の問題だけじゃなくて社会構造の問題もあるし、権力構造の問題もあるし、そこを無視してフラットにみんな違うねだけだったら変わっていかない部分もあるから、
なんかそのどっちもを見ながら、メタとミクロっていうか、構造を見つつでも一人一人の声を聞くことを忘れないでいるっていう、聞く姿勢を持ち続けるっていうことの修行。
修行してるんだ今。
できてるのかわかんないけど、そうありたいなと思ってます。
確かに私も修行すればしたいところです。
でもねこのポッドキャストというあれがまさにそういう場の一つじゃないですか、その人一人一人のストーリーを聞くっていうこと。
もしかしたらね、あの今の私とは違う考えの方ともおしゃべりをする機会がこれ今後またどんどん増えていくこともあるだろうなっていう中では、
そうそういろんな考え方に触れて、今までもしかしたら一方的にちょっとどういうことなんだろうわからんなーって言ってたことがなんかその相手と会話することで、
もしかしてこういうことなのかなっていう気づきを得れるかもしれないですよね、私自身も人の話を聞くことで。
なんか必ずしもそれが自分もそう思うようになったり、腑に落ちたりはしなくても、でもそこから来てるんだってわかるだけでも、
自分もちょっとこうね、広がるというか想像できるようになるし、やっぱりもう今 sns とかもあるし、政治の場とかでもすごくわかりやすい言葉がたくさんあるな。
たとえば?
何々人とか、まあ今最横右翼とか、何ですかね。
保守確信とか、違う。
保守確信、そうですね。
なんかそういう言葉ってもちろん必要だと思うんですよ。
なんかその話をする時にちゃんと伝えやすかったりもするし、運動を進めていったりする上で推進力にもなる言葉だし、
でもその一方でそういうわかりやすい言葉だけで話してる時にこぼれ落ちてしまう、救いきれないものとか見えなくなってしまうものみたいなところを
に何か耳を澄ませることにも私はすごい興味があって、
そうですね、特にやっぱり sns とかもあって、そういう言葉がバズりやすかったり、
24:06
資本主義的な社会の中でそういう数を取るっていうことの方にどんどん意識が入っていったりする中で、
より分担が進んでいく社会で改めてこういうお互いの話を聞き合う場とか、聞かれなくなってしまう声をどうやったら聞く場とか聞いてもらえるって誰かが思える場を作れるかなっていうのを思ってますね。
なんかすごい、先週末、寺尾沙穂さんっていうミュージシャンでもあり執筆者でもある、結構社会的な活動とか運動もしている方のライブに行ってきたんだよね。
それで、この札穂さんがやってることで、すごいストーリースタンドが目指すところと近いんじゃないかっていうのを感じて、声なき声を言葉にしたり音楽に乗せて伝えるっていうことを、札穂さんのビッグイシューかな?
書いてあって、そのライブの中でもそういったことを感じられるような内容だったんだけど、ストーリースタンドって基礎があって、その地域の人の声とか文化とか歴史っていうのをアーカイブしていきたい、残していきたいっていう思いがあって、
で、なんていうのかな、結構ポッドキャストとか他のいろんなメディアってさ、声が大きい人の声とかがゲストで呼ばれたりとか、なんかそのしがちだなと思って、それこそその方が数字も取れるし、視聴率とかね、影響力もあるし、っていうところとはちょっとまた違う部分で、
小さな声というか、小さな声って失礼なのかもしれないですけど、なんかいろんな人の声とか考え方、人生、価値観、暮らし、文化、その地域で暮らす文化とかっていうのを、やっぱりその人の体験事として記録していくっていうところを目指しているんだよね。
だから、青子が今言った話、すごいパチッと通じたなと思っていて、いろんな話をここでまた聞けたらいいし、なんかそういうイベントとかもね、やれたらいいのかなっていうふうに思っています。
うんうんうん、なんかほんと面白いな。しかもその、このポッドキャストはすごい地域に根差してるから、なんかその普段会うことはあるけど、そこまで深い話を聞いたことない人とか、実はあの人こんなこと考えてたんだみたいなのが、自分の知ってる生活圏の中の人の話をこうやって聞けるっていうのはすごい面白いなって思う。
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そうなんだよね。売店でなんかよく見かけるあの人、こんなふうに考えていたのかとかね。
ちょっと恥ずかしくもあるけど。
確かにね。それをやっぱり目指してるんだよね。ちょっとローカルメディアっていうかさ、なんか結構さ、沖縄だけじゃないと思うんだけど、いとこの子供の何々が、今度部活の県でなんかRBCかなんか地域のローカルテレビ出るってよ、見てねーってめっちゃライン来るじゃん。
親戚ラインみたいな。
そういう感じのイメージ。
うちはネタだけになってしまったら、あれかなと思うし、ちょっと沖縄、それこそユタとか、平和とか、そういう沖縄ネタあるある。沖縄のカルチャーとかね、クイアカルチャーとかも面白いなって、私自身の体験も通して。
そういう、まあ少し大きい目線でもそうだし、やっぱりこう軸としては地域のことっていうのを軸として、いろんな人にいろんなことを聞いて残せていけたらすごくいいなというふうに改めて思いました。
はい。さっきなんか寺尾さんの話してくださったんですけど、私もやっぱ寺尾さんとか長江レイさんとか。
よく出るもんね。
なんか本当にちょっと憧れというか、だなって思うのは、すごい似た観点なんですけど、なんかそういう小さい声というか、こう普段生活してたら思わず聞き逃してしまいそうなこととか、なんか見逃してしまいそうなことに目を向けてなぜだろうって。
長江さんだったらね、なんか考えてこう文章にされてたりとかすることとか、寺尾さんもそうなんですかね、日々の中で出会った人から聞いた話とかを元にお話ししてくださったり曲作ったりとかされてる一方で、こう社会的なメッセージも発されてるし。
そうだね。
長江さんなんてニュース、ポッドキャストもやられてるし。
毎日聞いてる。
はい。
助かります、30分で全部まとめてくれて。
その小さい視点の話と、でもこれって生活のことってこういう政治のこれと繋がってるよねって大きい視点の話を生き生きしながら活動されてるの、すごいなと思って。
私結構政治の話とかずっとしてるとだんだんそっちの大きな言葉に引っ張られていっちゃって、そういう小さい視点で何かを考えるってこと忘れがちになってしまうので、そういう自分に表現もされてて、で、小さいものを見つける意識もあって、でも大きい視点からの話とか発信もされてるっていうのを全部やってるのがどうやってんだろうって思うんですけど。
30:17
でもほんとそうなれたらいいな、そういうどっちも生き生きするっていうことを私も大事にしたいなっていつも思いますね。
なんか今、それこそ大好きな寺尾さんとか永井玲さんの話が出てきて、私たちとても彼女たちの作品として、すごく今の人生に影響を、私たち自身の活動、フィフティーズやろうここでとかっていう活動にもすごく影響を与えているのかなというふうに思っていて、
このタイミングでちょっと青香の人生に影響を与えた本とか作品っていうのを一つ紹介してもらえたらなと思うんですけど。
ありがとうございます。ちょっといろいろ考えてて、結構私映画とかが好きなのでいくつか思いついたんですけど、
最近に見たのだと、オールドオークっていうイギリスイングランド北部のパブを舞台にした移民とかについての話、映画だったりだとか、あと急に具合が悪くなるっていう。
気になってたんだ。
まだやってるかな。
やってるかな。
浜口雄介さん監督の映画とか、もうすごいよかったんですけど、改めてこの質問を聞いて、人生にっていうくらいのスパンで考えたらどうかなって思って、
1個思い出したのは、ナウシカの漫画バージョンが原作なのかな、映像の原作になってる。全部で7冊ぐらいある、結構ボリュームのある漫画なんですけど、それだなと思いまして。
どういうふうに、どういう内容なのか、どういうふうに影響を受けたのかっていうのは。
内容がすごい壮大すぎて、ちょっと私じゃ説明しきれないんですけど、ナウシカの映画あるじゃないですか。
ある。
見たことあります。
あります。
あれは、たぶん本当その7巻とかあるうちの1巻目の、今見たないぐらいの内容なんですよ。
そうなの。
あの、めちゃくちゃ本当に広がりがあって。
そうなんですよ。
で、何ですかね。私あれ読んだのは、2、3年前ぐらいの正月とかで実家に帰っている時に読んだんですけど。
大人になってから?
そうですね。大学生の時かな。
実家にずっとあったの?買ったの?
買いました。それぐらいの時に。ずっと読んでみたいなと思ってて。
で、買って、結構内容もちょっと難しいというか、ちっちゃい子が読むにはちょっと複雑な内容だったりもするんですけど。
環境問題みたいな感じかな。
環境問題もあるし、宗教の話とかもあるし。
33:04
そうですね。結構あの時代に書いたとは思えないぐらい、今のことを言ってるんじゃないかみたいな話だったりもして。
でも、草寺読んだ時は、ほんとご飯食べるのも忘れて、3日間ぐらい寝てたよね。
で、何ですかね。その時すごい、ナウシカはある意味っていうんだろう、他の、ナウシカってあの国というか集落の村の長みたいな立場なので。
民衆の人に対してすごいフラットだけど、でも自分はちょっと一歩引いた目で世界を見てるみたいなところもあるんですよね。
で、その自分だけ気づいてる、実は環境問題というか、この世界で今こういうことが起きてるんじゃないかみたいな気づきがナウシカだけにあったりとかもして。
で、それを元にこのままじゃいけないって言って、ちょっと引っ張っていくような立場なんですよ。
で、そこになんかすごい感化されて、しかも一人で立ってどんどん行くから、強いな。
何ですかね、なんかナウシカにはなりきれないけど、ナウシカについていきたいみたいな。
あの民衆の一人になりたいっていう感じ。
そう、何ですかね、なんかこう、いやー説明しきれない。
ちなみにこのナウシカはさ、ワーって行くって言ってたじゃない。それでみんなついていくの?それともなんかいろんな反発とかついていく人もいれば、なんだこのみたいなのもあるんですよ。
むしろついていくみたいな人そんなにいない。もうナウシカだけが何歩も先が見えてて。
あーなるほどね。
だからみんなからはそんなのどうするんだって思われるようなこともしたりとか、ある意味ちょっと異端みたいな、その場で行ったら、周りから見たら。
でも、なんか何が好きなんだろうって改めて思った時に、ナウシカとか今さっき言った映画、他の映画とか、今までちょっと印象に残った作品で何が好きなんだろうって思った時に、
なんかこう善悪をきっぱり分けるんではなくて、
なるほど。
その社会ってそんな綺麗なもんじゃなくて、これもこれもこれもこれもあるけど、それも含めて人間だよねみたいな。
でも人間、そんな人間にもこういう美しさもあるんだから、それでもやっていこうよみたいなメッセージがあるものがすごく好きなんだなと思って、
ナウシカも途中で一回、すごい綺麗な存在がナウシカを誘惑しに来るんですよ。こんな素敵な世界があるんだよみたいな。
でも、ナウシカは違う違う、本当の世界はもっと混沌としてて、闇もあるけど、でもこれが美しいこの今の世界なんだみたいなのに改めて気づくっていう描写があって、
ちょっとお説明しきれないんですけど、そういうメッセージがすごく好きなんだなっていう、好きというか響くんだなっていうのを改めて思いました。
36:11
オールドオークっていう作品もちょっとちらっと話すと、シリアかな、どこかの国から難民としてイングランドに来た人たちが、すごい保守的なというか小さな集落の伝統をずっと守ってきた人たちがいるような集落に移り住むっていう話で、
そこでも、最初はその移り住んできた人に差別があったり偏見があったりとかも描かれてて、最終的には別にみんなでハッピーみたいな話でもなくて、まだなんて言うんだろう、
だから周りもあるし、やっぱり分かり合えない部分もあるけど、それでも隣人同士として一緒に今この場所で生きてるんだよねっていうことが、私はメッセージの一つだったのかなって思ってて、
そういう違いがあるのは当たり前だし、全部全部は分からないけど、でも現実として今一緒に同じ世界で隣同士で生きてて、だから分かり合えなくてもいいけど隣にいることを尊重し合ってもいいよねっていうことをすごい感じましたね。
そういうメッセージがあるのが好きなのかなって思いました。
すごく大事なテーマ、大事なこと言ってるなと思って聞いていたのと同時に、すごく沖縄っぽいなとも思ったかも。沖縄って結構揺れるじゃない、選挙の時も。
全国的に揺れるのかもしれないけど、特に基地があったりとか、いろんな内容で揺れ動いたりとかしてる。沖縄の人ってオブラートに包むっていう、よく表現されるじゃない。
基地の反対してる人と、勧めてる人が同じ食堂でご飯食べるみたいな、なんていうのか、これは比喩なんだけど、ちょっと情報しながら、もしかしたら思っている、見ている、見ている世界はきっと同じなのかもしれないんだよね。
お互い幸せになりたいとか、こういう社会があったらいいっていうのに、大きいそごがないのかもしれないけど、アプローチの考え方みたいなのが違っていたりするのかもしれないんだけど、その中でオブラートにして一緒に揺れる感じがするんだよね。
それをフェンスっていう映画を見たときに、すごく感じたように思っていて、白黒をはっきりさせることだけが正義じゃないっていうか。
39:03
そうだね、私ちょっとさっきから正義って言葉を使いすぎてて、あまりにもちょっと強い言葉だなって、自分でこう言ってても思ったんだけど、なんか、そうそう、なんかすごいこう、青香の話を聞いていて、沖縄の人のこの今の暮らしというか関わり方みたいなところもすごく、みんながみんなそうではないんだけど、近いなっていうふうに感じた。
思いましたね。
そうですね、今は県知事選もあって。
そうね。
で、なんか沖縄の方が何回か言ってたのを耳にしたのが、沖縄の人は優しすぎるからね。
うちなんちがうちなんちに対して言ってたってこと?
うちなんちに対してとか、うちなんちの方が私に対してとか、優しすぎるから、こう、いろんなものが入ってきて、今内包してる状態が成り立っちゃってるというか。
何ですかね、なんかそのいろんな、それこそさっきのこういろんな価値観があるよね、だけで終わらせられないなっていうのは、沖縄については特になんか思うところで。
例えば沖縄の中でこうこれに、このイシューに対して賛成も反対もあるから、だからもうどうにもならないんだよっていうのを、沖縄の人じゃなくて、例えばその県外の人が沖縄の人がこう言ってるからいいじゃないかっていうのはまたちょっと違うなって思ったりとか。
それすごい体験としてある。
そうですか。
なんかこう、私が知ってるうちなんちはこういう風に言ってたよみたいな。
外からなんか代弁されると、なんかすごくこうもやっとするというか、そうかな、なんでもやっとするんだろう、ちょっとその辺はね、ちょっと考えていきたいなと思うんだけど。
県知事選についてもSNS上とかでの投稿も、すごい7割8割とかが県外の人の。
そうなんだ。
みたいで、デマとかも含めてやっぱりそういう県外からの声の方が大きいっていうのはどうなんだろうとか、代弁するみたいなのってどうなんだろうとか。
だしその沖縄の中でいろんな意見があるようになってるのも、なんかでももうちょっと引いてみると、それもある意味構造があってそうなっちゃってる。
基地とかがいっぱい沖縄に押し付けられてる中で、もうそのいつの間にか基地があるみたいな状態にもなっちゃって、でも中はそこで諦めみたいなのもあって、
もうしょうがないから基地と共存していく方向性で、じゃあどうしていくかみたいな発言をする方がいて、基地に反対の方がいて、
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っていう、一旦分断してるように見えるかもしれないけど、それでちょっと一歩引いてみると、そもそも沖縄にそういう負荷が強いられてるっていう構造があることで起きてる。
あれだから、やっぱ沖縄だけの話ではない。
いや本当に、それこそ本当にそうだなと思うし、なんかこう、なんていうのかな、ピーファスの話、ちょっと詳細は避けるけど、
青川がウナイの女優をやった後にみんなでトークした時とかに、もうすごくこう感じたんだけど、なんていうのかな、
この県民同士が、ここで県民同士が言い合う、対立をしてしまうっていう構造に、いろんな部分でなんかこう起きてると思うんだよね。
なになにはっとかさ。これって、今、青川が言ったみたいに、構造の問題で、本当はこんな対立分断しなくてもいいよね、の中にいるのに、せざるを得ないような風になってしまっているっていうのは、
なんかそこがおかしいよねっていう、なんで私たちって言い合いしてるんだっけ、みたいなところの視点がとても必要だなと思ってる。
なんかそこで喧嘩してさ、ナイフ言葉だったり、ナイフを投げ合ったり、あいつはならんとかっていうのは、どうなんだろうかっていうのはすごく感じるなと思う。
そもそも私たちって、こうやって戦ったり言い合ったりする必要あるんだっけかしらね、みたいな気持ちになるときがあるよね。
それもやっぱり、例えば誰にどうお金が来てるとか、結局外からの分断を煽るじゃないけど、仕組みとして、例えば基地で働いている方がいて、そうじゃない方がいてとか、その分、余地を持っている持ってないとか、
そういう沖縄の人が決めたわけでもないこと、外から来て、いつの間にかそうなってたことを通して、なぜか沖縄の中での分断みたいになってるっていうのは。
勝手に決められたルールの上で戦わされてるみたいな感じだよね。リングの上に上がらされてる。上がる必要はないっていう。
これはなんか、いろんな分野でも思うけど、なんかさ、たまにさ、娘とかがさ、戦おうぜみたいな感じで来るじゃん。で、ああいうのはさ、かわいいっていうか、えーってママは戦いたくないみたいな感じで言うけど、
45:08
なんか不意にさ、日常生活の中でもさ、なんかマント取ってくる人とかいるじゃん。で、これ乗らなきゃいけないのかなみたいな、戦わなきゃいけないのかなって思うけど、
ほんとは戦う必要がないのに、これ全然別、ちょっと別県なんだけど、なんか戦わされ、なんかこう、上らされることがあるよなって、すごいごめんなさい。今ちょっと別県なんだけど。
そこでなんか乗らない。いや、戦いますよ。この県に関してはっていうのも、まあありかなとは思う。
なんか戦いなさい、戦いたくない、私ほんとは。あんまりね、あんまり。でも、いろんな面で戦い抜いてきた先輩たちがいるから、
私たちクイアのこともそうだけど、勝ち取ってきたもの、生活の中に入り込めてきたものっていうのはもちろん、もちろんあるんだけど、なんかそれに関して先輩たちがそれこそ尊い犠牲とかさ、なんかそういう戦ってなんちゃらかんちゃらしてきたからっていうのも、
ありがとうとは思うけど、なんか本当の本当に本当のことを言うと、あんまり戦いたくない。本当はね、嫌だなーみたいな。あんまりそういう闘争心が薄いかもな。
必要だと思うから活動はするけど、なんだこっちゃみたいな。
いやー、わかります。私も、それこそさっきのわかりやすい言葉みたいな話もそうですけど、その役割は絶対に大事だし必要。その前で引っ張っていく人、ムーブメントを大きくやっていく人が必要だけど、
私はどうしてもなんかそこまではっきりした何かを持ってこう突き進んでいく引っ張っていくっていうよりは、なんかそのプロセスの中で生まれるもやもやとかに興味がある。
自分もそういうの持ちがちだなと思う。みんな多分あると思うんですよ。その引っ張ってる人にもあると思うんですよ。でも、うーんって思った時に、役割分担だなと思いますけど、私はそうですね、戦う中でのもやもやを拾うみたいな。
拾っていく。こうやって。
戦ってきたらなーっていう。
戦う以外の言葉を私はちょっと見つけたいなと、今あおかとおしゃべりしてて、なんか違う表現があるのかもしれないなと思いました。
ちなみにさ、なんか話がちょっとそれちゃったんだけど、なんかナウシカの話で言うと、
48:03
でも、それを見て、ナウシカになりたいわけではなく、ついていきたいっていう中で、今後ついていきたいっていう思いはどこかで、どういう形?
ま、フィフティーズもそうだと思うんだけど、どういう形?なんかハッキリして。
ハッキリ?
どうなんですかね。でも、なんかナウシカに感動した時の自分のある意味でのちょっと青臭さというか、忘れないでいたいなみたいな。
そういうのに感動する自分とか、何かを諦めなくてもいいよね。
やっぱり政治とかの場でも、そんなお花畑みたいなこと言わないでって言われたりすることもあるけど、お花畑を思い描けないでどうすんだって思うんですよね。
いや、わかります。
だから、そういう足元を見て着々と進んでいく一方で、やっぱりそういう先を見て何かを諦めない、やっぱりこうなっていきたいよねみたいな気持ちを忘れないでいたいっていうのは、なんかナウシカに続く一つなのかなとか。
あとはナウシカのそのすごい長期的な目線。
なんかこう、ナウシカはその世界の人間が生きてる人生の長さだけじゃなくて、もっと長いそういう環境のこととか他の生き物の目線とかに立って、世界が今こういう流れにあるならこうしていかなきゃっていう長期的な目線を持ってるんですよ。
それもすごいなって、そういうものを持っていて、自分の今の身の回りの社会からはそれでちょっとおかしいと言われたりとかしても、ナウシカはもうそれが見えちゃってるから、それをどうにかするしかなくて、その孤独さと強さがすごい刺さったんですよね。
短い視点で見たら間違ってるっていうふうに見られることなのかもしれないけど、でもこの社会という大きな目線で見たときに、いずれはこういうふうな方向に持っていかなきゃいけないよねっていう信念を曲げない強さみたいなのは見習いたい。
なるほど。そのナウシカを読んだときに感動したというか、心が震えた自分っていうのも含めて、この本がすごく大事なものになっているっていうところなのかな。
51:04
そうですね。そのときの感覚も含めて。
なんか置こうかな、ストーリースタンド。
ぜひ置いてください。
高そうだな。
1冊でも数百円。
そんなもん?
千円はいかないんですよ。
じゃあ7冊?
はい。
7千円ぐらいで買えるんですか?
しないぐらい、5千円くらい。
じゃあ買っておこうかな。
今ね、ストーリースタンドの棚には、青香が置いて、たぶんそのうち持って帰られるであろうスキマっていう漫画もあるから。
青香が持って帰らないうちにそれもちゃんと読まなきゃなと思っているところ。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
そんな感じで、なんかすごくね、やっぱ喋っちゃうね。楽しくて。
大丈夫ですか?
こういうおしゃべりがね、めちゃめちゃ大事だと思うんだよね。こういうおしゃべりできる人がいるかいなかってさ、人生。
大事です。
私はね、青香とこういうふうにおしゃべりしたり、音楽の話したりする時間すごい好きだし、豊かな人生の一つになってるなって思います。
嬉しい。
今後ともよろしくお願いします。
お願いします。
はい、こんな感じで、今日はですね、青香の人生の、あ、そうだね、聞いてもいいですか?
はい。
前後しちゃった。
最後にゲストの方に、自分の人生、今日は何ページ目かなっていうのをお聞きしてるんですけど、
ページ目。
何ページだろうね、何ページですか?
難しい。最近なんか、今27になったんですけど、改めて周りの人がアラサーとか自分のことを言ってるのを聞いて、アラサーか、みたいな。
自分が思い描いてたアラサーってもうここ、今、今なんだって。結構びっくりして。
別に何を思い描いてたのかわかんないですけど、周りの人たちはこう、新たな結婚したりなんだり、子供が生まれたりとか、なんかこう、違うチャプターに進んでいるのも見ていて、
自分は何ページ目なんでしょう?
気持ち的にはまだ最初の方です。
2ページっていう人がいる。
2ページ?2ページか。
っていう人もいれば、10ページ中の8ページですっていう人がいて、
本当に人それぞれ、100歳生きるとしたら100ページ目の実音、霊っていう人もいれば、
なんかその感覚は本当に人それぞれで面白いなっていうふうに聞くほど。
54:04
そうですよね。なんか、
自分がこの歳ならこうあるべきみたいなのから思い描いてたところよりも、結構手前にいるかもっていう気がする。
あー、なるほど。
何ですかね、2ページ。
でもそっか、100歳までって考えたら実質に3ページですよね。
100歳までいけるかわかんないけど。
思ったら入り口でいいのかな。
2ページですね。
まだこれからどうしていきたいとかもまだ探り途中だし、
住む場所とかも含めて自分がどこがしっくりきて、
どういう生活とどういう社会を作るために何をしていけるのかみたいなのをまだ探ってる途中なので、
そういう意味では。
はい、じゃあ2ページ。
2ページ。ありがとうございます。
今日はじゃあ、青香の人生の2ページ目。
その1ページに少しだけお邪魔させていただきました。
ありがとうございます。
ストーリースタウンの木坂では、沖縄ヤンバルに暮らす人、働く人、通う人、関わる人の人生の物語を紡いでいます。
今日の物語が小さな出会いのつながりのきっかけになりますように、
あなたのなぜここにいるのかという物語もぜひ聞かせてください。
感想やメッセージ、公開収録への参加、ご希望は概要欄のURLからお送りください。
それではまたお会いしましょう。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
55:53

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