1. そろそろ美術の話を...
  2. #158 AI時代の魔法と、3,000点..
#158 AI時代の魔法と、3,000点のオカルト資料。トニー・アウスラー展・完結編(森美術館 キュレーター 椿玲子)
2026-07-18 50:08

#158 AI時代の魔法と、3,000点のオカルト資料。トニー・アウスラー展・完結編(森美術館 キュレーター 椿玲子)

映像を「枠」から解放した先駆者、トニー・アウスラー展の深掘り完結編。森美術館キュレーターの椿玲子さんを迎え、19世紀の「偽の巨人事件」に着想を得た新作や、AI・5G時代の妖精を映す《マシンエルフ》を解説。さらに、パリでの「おばあさんハント」やファッションから現代アートへ至った椿さんの独自のキャリアに迫ります。⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://sorosoro-art.vercel.app/ep/15⁠⁠⁠⁠⁠8⁠  番組の感想は、⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#そろそろ美術の話を⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ でお願いいたします。⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠番組公式Twitter⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠もフォローをお願いします!


Guest Profile

椿玲子(つばき れいこ)

  • 森美術館キュレーター。2002年より森美術館に所属し、「医学と芸術展」「宇宙と芸術展」「レアンドロ・エルリッヒ展」など、数々の話題の展覧会を企画担当
  • 現在、虎ノ門ヒルズの文化複合施設「TOKYO NODE」の企画にも携わり、本展「トニー・アウスラー展」のキュレーションを手掛ける

Show Notes

森美術館とTOKYO NODEについて

トニー・アウスラーの出展作品

  • 《ホイス・イット・フロム・ザ・ピット》: 1869年に起きた「カーディフの巨人(偽の巨人の化石発掘事件)」をモチーフにした新作
  • 《マシンエルフ》: 電子機器に不可欠な「クリスタル(水晶)」と、5Gなどの見えない周波数(妖精=エルフ)を掛け合わせたデジタル・オカルト作品
  • 《ユーフォリア》: 1991年発表の作品。人々がテレビ等のメディアを注視し続けてトランス状態に陥る現代社会を30年以上前に余見していた


椿さんのキャリアについて

  • 原研二 (1951年生のドイツ文学者)): 椿さんの指導教官。ウンベルト・エコの『開かれた作品』の訳者であり、村上隆の博士論文の審査員も務めた美学者
  • やなぎみわ: 京都出身の現代美術作家。パリ留学中の椿さんが制作アシスタントを務め、新作のモデルを探すためカフェで「おばあさんハント」を行ったエピソードが語られる
  • カルティエ現代美術財団: ジャン・ヌーヴェル設計のガラス張りの建物で知られるパリの現代アート拠点。椿さんはアジア人初のインターンとして展覧会制作を経験した

展覧会情報

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回のエピソードでは、森美術館のキュレーターである椿玲子さんをゲストに迎え、トニー・アウスラー展の魅力と椿さん自身のキャリアについて深掘りします。トニー・アウスラー展では、19世紀の「カーディフの巨人事件」に着想を得た新作《ホイス・イット・フロム・ザ・ピット》や、AI・5G時代を象徴するデジタル・オカルト作品《マシンエルフ》などが紹介されました。これらの作品は、現代社会における信仰やメディアとの関係性を問いかけ、テクノロジーとスピリチュアリズムの交錯を探求しています。また、1991年の作品《ユーフォリア》は、メディアへの没入によるトランス状態を予見しており、アウスラーの先見性を示しています。 後半では、椿さんのキャリアに焦点を当て、幼少期から絵を描くことが好きだったこと、大学で美学美術史を専攻し、ファッションやモードといった「新しさ」への関心から現代美術へと興味を広げていった経緯が語られました。パリでの留学経験や、やなぎみわ氏のアシスタントを務めた際の「おばあさんハント」のエピソード、そして森美術館でのキュレーターとしてのキャリア形成についても触れられました。特に、「医学と芸術展」や「宇宙と芸術展」といった、異分野との融合を試みた展覧会は、椿さんのユニークな視点とキュレーション能力を象徴しています。番組の最後には、トニー・アウスラー展のグッズや、椿さん自身の美術以外の趣味についても語られ、多岐にわたる興味関心が示されました。

00:11
はい、アートテラー・とにぃのそろそろ美術の話を、この番組は私、アートテラー・とにぃが、アートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
今回は前回に引き続き、アウスラー展のキュレーターで森美術館キュレーターの椿玲子さんをゲストにトークをしていきたいと思います。
はい、ということで前半、お疲れ様でございました。 お疲れ様です。
どうでした?前半やってみて。 いや、すごい面白い。なんか雑談をしてる感じで、楽しくさせていただきました。
そういう番組で、後半もいっぱい雑談をしていただいて、前半と後半の一番の違いはですね、椿さんの前にお菓子がたくさん。
より雑談モードで後半をしていこうかなと思いますので、よろしくお願いします。
トニー・アウスラー展の後半:新作とデジタル・オカルト作品
さあ、ということで改めて前半でも展覧会の話をしましたけど、展覧会のタイトルから改めてよろしくお願いいたします。
とにぃ・アウスラー 技術と霊地の狭間 魔術・メディア・アート
はい、この副題だけ最初聞いた時に、一体どんな展覧会なのかなと思ったんですけど、前半の話を聞くと、本当にまさに魔術・メディア・アートの展覧会というのがわかったと思うんですが、
前半でもたくさん作品を紹介していただいたんですが、改めて出展数が49点のうち、前半では言っても4点しか紹介できなかったということですから、後半でも紹介していただきたいなと思ったんですけど、
前半で紹介しなかった中で、椿さんの時に、これもぜひぜひというのがあればよろしくお願いします。
そうですね、例えばですね、穴から釣り上げられて、これ去年彼が新作として発表しているものなんですけども、ホイステッド・フロム・ザ・ピット
これ前橋でも出ていましたけど、これも非常に面白い作品で、今回はジャイアント、巨人の像みたいなのがあったと思うんですけど、あれを新たに加わっていて、
ちなみに前橋のお風呂の話ばかりなんですけど、あそこにある岩石もそこで使っていたものをいただいて、
映像プロジェクションがあって、その前に黒い石みたいなのがたくさん、小さい石が敷き詰められていて、そこに映像が映っていたんですよね。
その黒い石は実は前橋で使われていたものをそのままいただいて、サスティナブルな、とても良い取り組みだと思っているんですけど、それを再利用していって、
新たに今回はどういうお話かというと、穴から釣り上げられて、ホイスティット・フロム・ザ・ピットというのは、カーディフの巨人といって、
19世紀の1869年になっていますけれども、ある神父様、キリスト教信者と、それを信じていない無神論者の間で、
いざこざというか、やっぱり主義主張が違うじゃないですか。
これはアメリカにおいてずっと今も起こり続けてきていることらしいんですね。
本当にキリスト教を信じている方とそうじゃない人。
無神論者の方が、神父様は何を言っても話が通じないので、
ということで、自分と似た巨人を作って、それを知り合いの農地に埋めて、
1年後に、さもそこで発掘調査か何かする人に、わざと頼ませてやったところ、
巨人が何かいるみたいな感じになって、穴から釣り上げたんですよ。
作り物も巨人だけど。
作り物も巨人だけど、そこに差も長いのがあったかのようにして、わざと掘り起こさせた。
以前ゴッドハンドの事件があったけど、あんな感じのことですよね。
そうすると、巨人が出てきたということで、みんな見に行きたいわけです。
見に行きたい人たちから、さらにお金を取って、
鑑賞料というか、テラセンを取ったわけですね。
そういうことで、すごく知られている事件があるそうで、
実際にあった話なんですね。
ある意味では、それが偽物だと分かっている人もいたし、信じている人もいたと思うんですけど、
その話を元に、今我々が信仰しているものというのが何なのか、みたいな話になってきていて、
映像とかは、結構抽象的なので、はっきりとした、これがこう言っていますとかいうのもないんですけど、
角を持ったおばあさん、実はジョーン・ジョナスというすごく有名なアーティストなんですけど、
お友達だったりするので、その人が杖を振ったりする中に、
鉄筒というか電気の鉄筒が映し出されたりとか、
若い綺麗な女の人たちが携帯を持っているんですけど、携帯が溶けていくんですよね。
この辺りは多分AI映像とかを作っていますし、裸のおじさんがコロコロ転がってきたり、
いろんなところでニュースをしている女の人の前におじさんが現れたり、野原に行ったりとか、
ちょっと不思議な、あとはテレビがあって、テレビの中に見てる人が入り込んじゃってみたいな、
いろんなでもある種の、何を信じてメディアを通して、私たちが今見ている現実とか、
何を信仰しているかっていうようなことをテーマにした、非常に面白いというか、
キュー・アノンっぽい人も出てきますね。キュー・アノン信者みたいなトランプの人たちも出てきたりする。
最新の時事ネタみたいなのも入れてるってことですね。
これも前橋でも出てたけど、今回用にさらにパワーアップした作品ということでございます。
あとですね、マシン・エルフという作品がありまして、これも非常に幻想的なというか、
見ていただくと非常にいろんな色の光が、水晶の形を模したような、
巨大なクリスタルみたいなのがあって、そこにいろんな不思議な人たちが登場して、
ちょっとサイケな感じもありますけど、カラフルなものがあって、お花が咲いたりしてる。
ありました。
あれがマシン・エルフと言いまして、マシン・エルフのエルフには低周波、5Gと言われる、
人間が感知できないんだけれどもある周波数で、それがそういう意味もありますし、
エルフって普通に妖精。
妖精の意味かと思った。
クリスタルって、いろんな電気機器、電子機器の部材に使われてるんですって。
クォーツとかもそうですよね。水晶時計とかもそうですよね。
使われているけれども、テクノロジーの最先端なものに必要なんだけれども、
同時にスピリチュアリズムの象徴でもあるわけですよ。
水晶、占いとかでも使います。
から始まって、みたいなそういうものがですね、見れる作品なので、非常に面白い。
確かに、いろんな作品がある中で、マシン・エルフだけ今っぽいなと思っちゃいます。
もちろん、でも今っぽいんだけど、今の技術なんだけど、
トニー・アースラーさんの作品って、オカルトからスタートしてるから、
なんとなくいい意味でエモいというかね、
時代でいうと2世代前のような雰囲気もあるじゃないですか。
だけど、やってることはデジタルなんだけど、
マシン・エルフは結構今っぽかったですよ。
若手の作家さんがやってるのかなぐらい若々しかったけど、
2、3年前の作品。
だから、すごい失礼なこと言うけど、トニーさんもちゃんとブラッシュアップされてるんだなっていう、
なんか思いましたね。
昔のことをずっとやってる人ってイメージだったんですけど、
意外とちゃんとテクノロジーに合わせて進化されてらっしゃるっていう、
当たり前のこと言ってるのかもしれないけど。
2023年なんですけど、
それで言うと本当に彼は、
批評的な視点で出てくる新しい技術っていうのを必ず作品化していて、
この中でですね、例えば91年の
ユーフォリアっていう作品があって、
なんかカプセルみたいな青い、
お薬をカプセル。
その中にちっちゃいモニターがあって、
そこの中にトニーがカカシとずっと隔離をしてたりとかする。
91年の作品なんですけど、ユーフォリアって広告状態じゃないですか。
その当時からメディアに人がテレビとかそういうのをずっと見続けることで、
広告状態になるっていうようなことをちょっとそこで予知してるんですよ。
他にも顔認証システムみたいなものを作品化した作品で、
これ読めないんですよね。
Cに大小のクレッシェンドのそういうマークがあって、
Oがあってプラスプラスっていう。
これ2017年。
読み方はトニーに聞いたんですけど、
いや、わかんないって。
本人もよくわかんない。
でも同時に自由に。
これ関心さんの講習会とかでも、
これなんて読むんですかって言われて、
いや、ちょっとこれは作家もわかんないみたいな。
でもある意味自由に。
顔認証のね、
それはでもある意味では、
これ顔のなんか、
なんだろうな、
顔自体ではないんだけれども、
顔認証システムってコンピューターっていうか、
どうやって人の顔をそういうデータ化するかっていうことで、
角度とかそういうもので見てるわけですよ。
目とか鼻の配置とか含めて。
そういうデジタライズ化されたものとして把握してるから、
我々が多分そのデータを見ても、
何なのかわかんないんですよ。
それを何かこのタイトルも多分表してるのかなとか思うと、
なるほどなって思うんですよね。
でもなんか本当にそれを今聞いて思ったんですけど、
これ言ったら古典ですけど、
トニー・アウズラさんという一人の。
この人が本当にメディア・アートの先駆者である以上、
初期から今の作品を見ると、
メディア・アートの歴史が一人の展覧会だけど、
メディア・アート史みたいな展覧会でしたね。
メディア・アート史であり、マルチメディア・アートと言ってるんですけど、
なぜかというと、日本ではメディア・アートって結構使うんですけど、
欧米のメディア・アートってどうしても技術だけに寄ってるみたいな感じで、
彼ってもう少しそこから自由で、
いろんなマルチな言葉とかね、あるいは香りとかを使うんで、
僕はマルチメディア・アートを言うんだったら、
でも別にマルチメディアもなくてもいいよって最初は言われたんですけど、
そうするとどういう人なのかっていうのが伝わりにくいなっていうので、
マルチメディア・アートの巨匠っていうふうにしたんですけど。
マルチメディア・アート、メディア・アートのそういう意味では入門編でもありますよね。
歴史もわかるし、入門編だし、
なんとなくやっぱりアート好きな人の中には、
絵画とかが一番っていう人ももちろんいらっしゃると思うので、
ちょっと敬遠されがちのところもあるかもしれないけど、
むしろこれを見ることによって入りやすさもあるっていうのが、
面白い作家さんですね、その意味で言うと。
そしてこのトニー・アスラテンは、ちょっと話が変わりますけど、
グッズもたくさんできたわね。
充実してまして。
何を作るんですか?
なんかいろいろあって、
目玉が入ってるキャンディーとか、
あとなんか最近お子さんに人気のステッカーみたいな、
ちょっと厚みのあるぷくぷくシールってやつ?
ドロップ、ボンボ、ドロップシール。
今シール交換流行ってるらしいですからね。
すごく素敵なのできてますんで。
でもそれがあって子供が交換した時に、
相手泣くかもしれないですけどね。
その目玉とかもらって。
向こうはお花とかくれてるのに、
こっちが目玉とかあげたら。
比較的でもちょっとかわいいぐらいな感じのね。
かわかわいい。
かわこわいいだとちょっと怖いになっちゃうんでね。
かわかわいいの。
かわかわいい感じですし、
オリジナルで作ってますし、
他にももちろんTシャツとかね、
あとキャップとかね、
それからポーチもありますし、
キーホルダーもありますし。
これトニーさんグッズってこれまでもあったんですか?
あんまりなかったみたいなんですよね。
本人も喜んでた?
本人も喜んでて、
もう絶対帽子は買うって言ってました。
帽子は何がデザインされてるんですか?
帽子はね、
トニーアオスラーテックグノーシスって、
タイトルがちょっと、
英語の英題が書かれてるだけなんですけど、
なかなかオシャレな。
あとはトートバッグも、
メッシュのやつにスペキュラーが。
目玉がたくさん。
すごい軽いので、
あれはいいなってちょっと個人的には思いましたし、
これ目引きますね、本当に。
すごく素敵な。
もちろん普通のノートとか、
こういうのを挟む。
クリアファイルとかもね。
クリアファイルとかもありますし、
いろいろね、
TシャツもロングTシャツ、
長袖と半袖と両方あるみたいなので、
どれも可愛かったしね。
これはここでしか買えない?
買えないですよね。
あとこの期間中って結構いろんな店舗さんで、
オリジナルのカクテルとかも出してるんですよ。
このトラノモヘルステーションタワーの中の、
45階の東京ノードダイニングでも、
そのカクテルが出てますし、
他にもですね、
いろんなところで実は目玉が入っている、
目玉が入っている。
目玉が入っているドリンクとかもあるので、
ちょっとそういうのも買っていただけると、
いいですね。
見た後に2度おいしいみたいな。
確かに。
楽しみに買ったら押していただけるんじゃないかなと思いますけどね。
これはぜひ皆さん来たくなったと思いますので、
まだまだ本当は
トニー・アスラテの話も聞きたいところなんですけど、
この番組は後半では、
ゲスト本人のプライバシーというか、
プライベートな部分を聞いていくという番組ですので、
ここからはちょっと椿さんを掘り下げていこうかなと。
椿玲子キュレーターのキャリア形成:描くことからキュレーションへ
皆さんにいつも聞いている質問なんですが、
いつから美術に興味を持っていましたか?
これはたぶん小さい時から、
アートっていうのかわからないですけど、
絵とかそういうのも好きでしたし、
書くのも本当に
小学校1、2年生の時から
綿装筆とか買って、
普通そんなの買わないじゃないですか。
日本画で使うやつ。
みんなわりと中くらいのやつで書いているのに、
めっちゃ細いやつとかもやって、
枝の一本一本とか書いて、
図工の時間とかは時間を忘れちゃって、
その時は一生懸命やるみたいな。
他の時はちょっと
集中力が足りなくて、
途中で立っちゃったりとか、
座り。
でも図工の時間だけは、
すごい真面目にやってましたね。
授業以外でも家でも書いたりしてた?
書いたりしてましたね。
じゃあ最初はというか、
スタートはもう描く側?
アーティスト側は?
見るのも好きでしたけど、
そこは言っても、
美術館とかに来た時から
全部行ってたとか、
そういうわけではないけど、
たまに連れて行ってもらうこともあったけど。
その時は現代アートなんですか?
それともいわゆる西洋技術とか?
いわゆる、今はわりと普通に
印象派とか見たり?
そういう感じですよね。
すごい覚えてるのが、
だいたい図工とかで、
張り出されるんですよね。
絵が上手い。
小さい時から、
ちょっと子供らしくない絵を描くとか
言われてたのを覚えてて、
これは昔の設定だから、
かすりの着物だろうとか言って、
着物とか描いて、
そしたら、
いつもは結構いい、
言われるのに、
ちょっと子供らしくないので、
って評価が高かったりとか、
あと、
サワガニの宮沢賢治の、
サワガニの親子が川にいて、
梨が流れてきて、
みたいな、
そういう話あるじゃないですか。
あれをみんな描く取材で、
その時に、
いつもは普通にサワガニとか描くんですけど、
梨だけを、
すごい上手く描こう、
みたいに思って、
小学生の時?
小学生の時。
小学生の時。
描いたら、
その時は全然張り出されなくて、
面白いしなよ。
もうなんか、
言い方は確かに良くないかもしれない。
コンセプトを持ってるんですね。
言われたことを描くじゃないですか。
普通、子供だったら。
ちょっとそれじゃつまんないから、
思ったらやっぱり出なかった、
みたいな、
そういうのはちょっとありましたけど。
結果として、
そっちの方がアーティストっぽいけど、
当時としては、
多分先生的には、
ちょっと気に食わなかった。
こういう生意気なというか、
思われた。
分かんないですね。
分かんない。
中学校とか高校ぐらいの時も、
結構やっぱり美術の先生とかとは、
やっぱり話が合うというか、
私、大学とかも、
美術系の学校とか、
アーティスト系のやつに行ったら、
とかも言われたんですけど、
その時ってね、
多分私が知らなかっただけなんですけど、
やっぱり芸大とか行くと、
同じことずっとやらなくちゃいけないのかな、
みたいな感じだったんですよ。
絵を描く人はずっと絵を描く、
彫刻する人はずっと彫刻する。
私、結構飽きっぽいっていうか、
同じことずっとアーティザナルに、
職人的にはできないな、
というのは分かってたので、
アートに関わることは勉強するんだとしたいけど、
自分が作家になるんじゃないなと思って、
それで美学美術士とかに行った感じですかね。
高校ぐらいの時には、
もう悟ったじゃないけど、
自分はそっちの方だな。
そっちの方が合ってるかな、
というのがあります。
じゃあ、その時はもう描かなかったな。
それはそうだけど、描くのは好きだった?
うん、好きでした。
大学行って、
もうちょっとだけ美術部とか一緒に行ったりとかしてたんだけどね。
大学では、その時に岩手の美術美学士入ったから、
言ったらもう学芸員とか研究者の道に行きたいなと思って入った。
その時はあんまりでもね、
そんなに、
学芸員の資格とかも、
実は一回、授業あんまり行ってなくて、
試験は絶対点数は大丈夫だったはずだと思うんですけど、
出席人数が足りなくて落とされちゃって、
大学で私、取ってないんですよ、学芸。
おかしいでしょ。
この郷内の文学部の美術士とかの学科出て、
取ってない人ってあんまりいないんですけどね。
その時は卒論とか、だから研究分野は何だった?
その時はちょっと変わってて、
私、新しいもの、ファッションとかも好きだったんですよね。
何で人は新しいものを求めるのかっていうのはすごい興味があったんですよ。
だから、ちょっと恥ずかしいんですけど、
それだから現代思想っていうか、そういうものもちょっと深くついてたし、
結局ね、人って新しいものって、近代的な時間軸がないと。
過去があって現在があって未来があるっていう、
この進歩的な時間軸がないと新しいっていう観念はないわけじゃないですか。
遠間的な時間軸だったら、別に常に戻ってくるから。
新しさではない。
そう、そういうものがないと、ちょっと新しいものっていうのは、
これはボードレールっていう人とかも語ってるんですけど、
ほぼほぼ、何パーセントだったか覚えてないけど、
かなりのものは古来、受け継がれてきたものの上に成り立つんだけど、
そこにちょっとの新規さが乗ることによって、
新しい美っていうのが生まれる、みたいなそういう言い方をされてるんですね。
100新しいはないってことなんですか?
ないってことなんですね。
そういうこととかにすごく興味があったんですよね。
なぜかっていうと、今っぽさとかってあるじゃないですか。
今っぽさってどうやって生まれるのかなって、
今っぽい考え方とか、
今っぽい考え方といろんなものが組み合わせて、
今っぽい美っていうか、今の人が見て面白いとか、
今の人が見ていいっていうようなものがどうやったら生まれるのか、
っていうことがすごく興味があったので、
よく大学の先生とかにも、
君はなんでそんなファッションみたいな、
ファッションというかモードって言ってたんですけど、
なんでそんなことをやってるんだねって言われてたんですけど、
それで文学部の美学美術士だと、
いわゆる西洋美術士とか東洋美術士とかやってる人が多いので、
人間環境学研究科っていうところに、
篠原もとあきさんっていう、
その時東京芸大からちょうど戻ってきたぐらいだったかな。
人間環境学研究科創造考慮論っていうところで、
彼はベルトエイコの開かれた作品とかも訳してますけど、
ジル・ドゥルーズとか、ベルクソンとかの哲学者の、
哲学者の、
美学者、美学界の会長とかもやってましたけど、
そういう方ですごく割と、
現代美術表とかで、それこそ美術手帳とかに書いてたりとかもした人で、
村上隆さんとかの博論とかにも審査やってたりとかもした人みたいですけど、
そういう方が戻ってきたので篠原先生のところで、
創造を超えろうだったらもう少し自由なことできるんじゃないって、
文学部の先生たちに言われてそっちに入ってっていう感じですかね。
その時には現代屋というのはもう興味持ってたんですか?
いやいや、現代屋って見てました。
その同じぐらい見てて。
自分にとってはそこが割と続いてて、
現代美術も好きだけど、
デザインとは言わないけれども、いろんなものが、
例えば建築にも、
例えば、わからないけど、
その時は思ってたのは、
靴の先っぽの形にも、
何らかの今っぽさっていうのは現れると思うんですよ。
あるいは口紅をつけるのかつけないのか、
髪の毛はあれなのか、
ショートなのか、そういうのが面白いなって思ったんですよね。
新しさを感じた。
何が今っぽい考えか。
例えば、今って結構ジェンダーレスな感じになってきてるじゃないですか、全体的に。
これ確かに当たり前のように使ってるけど、
今っぽいって確かに何をもって今っぽいと思うのかって言われたら、
えらい気になりますね。
しかも、たぶん僕らが使う今っぽいは、
ある程度周りの流行に敏感な人が今っぽいっていうのを作ってくれるから、
例えば、そういうことが今っぽいんだって後付けで知るじゃないですか。
要するに僕はファッションリーダーじゃないから。
でも確かにそれももちろん構造的には作られてるんですよ。
毎年ね、次の流行色とかが決められたりとか、
もちろん売るためにはそういうことも操作もされてるんだけれども、
でも、よく言うのはモードでは流行って戻ってくるし、
ちょっと螺旋状にぐるぐるこういうふうに。
今ってでも不思議なのは、
すごい若い子でも昔の曲も知ってるし、
昔のファッションも知ってるし、
すごいミックスしているじゃないですか。
それはちょっとね、違う次元に来てるなって感じがあるし。
聞いてて思ったのは、
アドが出てきた時って今っぽいんだなって言ってたけど、
でもあの歌はよく聴くと、
ギザギザハートの子守唄の今晩だとか。
言ったら80年代の曲が内包されててみたいな。
確かに藤井和さんとかも多分いろいろ、
お父さんゴスペルとかも好きだって言ってたし、
そういうのとかもすごい混ざってると思うんですよね。
確かに。
だからそういうのに興味持ってる。
いや、卒論とかもそういうこと。
終始とかは、終始何だったかな。
モード論だったかな。
モードにおける意地考察とか、
いろいろあったかもしれない。
そこだと、あんまり美術館の学芸員さんの道までは、
全然まだ続いてない。
どこからどうなっていくんですか、そこから。
この後に、
実はファッション系のブランドビジネスみたいなところに、
一瞬だけいたんですよ。
そうなんですか。
一瞬で辞めてるんですよ。
でもやっぱり、そういうところにいて、
もう一回美術に戻る。
その時にもね、アート系のところと一緒に組んで、
やったりとかした時に、
その人が、椿さん絶対アートっぽいよねとか言われてて、
私もちょっとやっぱりやってること、
勝者じゃないなって思って、
なんか違うなって思って、
ちょっと先輩とかに聞いたら、
パリ大一大学の修士課程とか、
デイワーっていうところがあるんですけど、
デイワーって、ちょっとややこしいんです。
日本とはシステムが違って、
そこの哲学科の現代美術秘宝とか、
あの辺だったらいいんじゃない、みたいに言ってもらって、
じゃあそこにしようかな、みたいな感じで、
仲良い先生がいたんですけど、
森美術館でのキャリアと代表的な展覧会
完璧なモチベーションレターを書いてくれたんですよ。
フランス語の。
それと私の修士の学歴を見て、
向こうの先生は、この人はフランス語もできるし、
完璧だと思って取ったんだけど、
向こうに行ってメッセージをしたら、
あれ、あなたフランス語そんなにできないのね、みたいな感じで、
最初はフランス語から始めてちょうだいとか言われて、
なかなか大変な2年間だったんですけど、
一応その間にフランス語も習得し、
論文も書いて、
スートランスっていった高等指紋みたいなのを2年後にする。
その時ちょっと個人的な事情で言うと、
父がすごい病気だったりして大変だったんですね。
日本に戻ってきたりとかしてたんですけど、
最終的に戻って、
2年目を無事終えて、
スートランスを終えて取って、
それからカルチェ財団っていうところ、
カルチェ現代美術財団という、
今論文予約展やってますもんね。
それが今はルーブルのすぐ近くにあるんですけど、
その頃ラスパーユ通りっていう14区にあるところに、
それこそ同じジャンヌーベルが庭の中に建てたガラス張りの、
すごい透明な建物があったんですけど、
現代的な建物を作る。
そこにインターンを、
一応アジア人として初めてのインターンスーパーがあるけど、
5ヶ月くらいやって、
それからちょうどその時に、
長谷川陽子さんという人が、
21世紀の美術館館長、今退任されて。
その方がイスタンブル・ビエンナールのミッショナーというか、
されていて、
その時東京都現代美術館の学芸された時代ですか?
どこにいらっしゃったんでしょうね。
それでそっちの仕事をやってたってこと?
そんな仕事をやってたっていうことではなくて、
パリにいるんで、よかったら使ってくださいみたいに言ったら、
3日間くらいの間に、
わーってリストが送られてきて、
この人たちとのアプローチを全部設定してくださいと。
名前だけのリストで。
ありがたいことにカルチェ財団でインターンをしてたので、
聞いたら全員ここに連絡したらいいよとか全部教えてくれたから、
できてそういうのをやって、
オープニングとかも、
その時はカルチェのオープニングの時にも行くことになって、
伊勢文化財団の伊勢さんとかも来る、
アテンドをその後にするということで行って、
イスタンブールのオープニングに行ったりして、
最初はノーデューティーだったので、
結構作家とも仲良くなって、
ミスをしているうちに、
柳見和さんという京都の時代に知っていた人が、
その人もポンピドゥセンターで偶然出会って、
何してるのとか言って、
私今パリに住んでるんですよとか言ったら、
私パリの展覧会のやることになってて、
ちょっと手伝ってくださいって言われて、
柳さん本人の。
お手伝いして、それもすごい面白くて、
柳見和さんの作品を作るために、
お年寄りの女性とかを、
探す必要があったんですよ、モデルで。
その展覧会に合わせて新作を作ると。
新作を作ると、モデルになる人。
だから、サンジェルマンデブルのカフェとかに行って、
おばあさんハントとかしてたんですよ。
こうやってカフェにいるでしょ。
ナンパ、ナンパ。
ナンパ、ナンパ。
一緒にいて、柳さん、あの人を声かけてきて。
とか言って、私が行って、
あの柳見和さんっていう人、あそこにいる人が、
あなたをモデルに。
作品を作りたいって言ってるんですけど、とか言ったら、
だいたい断られるんですよ。
最初に柳見和さん、さすがに目があるなと思ったのが、
一回断られたおばあさんが、
もう一回、新聞かなんかを買いに、
キヨスコに行ったんですよ。
もう一回行って、
言ったらしょうがないよね、みたいな感じで、
オッケーしてくれたんですけど、
その人、ソル・ボンヌの、
歴史の教授だったかな、元。
すごいアカデミックな感じの人だったり、
あと、そういう人を探すのに、
いろんな向こうのコーディネーターみたいな人もいて、
ここに行ったらいいんじゃない?とか言って、
パリのね、お年寄りの人たちが集まる、
ディスコみたいなのがあったんですよね。
そういうとこも、ナンパしに行ったんだけど、
ここにはいない、とか言って。
ここには気に入る人はいない、とか言って。
その時は、柳さんはどういう肩書きになるんですか?
立ち位置的には。
アシスタントになってるんですか?
アシスタント、ちょっと分かんないですね。
私も住んでた、
結構、パリのすごい便利なとこに、
H&Mマルセルって本当に中心のとこに、
すっごい小さい、
友達たちの家、メソンドプッペって、
人形の家っていうぐらい、
めっちゃちっちゃいとこに住んでたんですけど、
素敵な場所にあって、
そこの、同じマンションに住んでた、
アパルトマーに住んでた、
一番最上階に住んでた、
アンヌっていう名前の人だったと思うんだけど、
南アフリカ出身のおばあさんがいて、
その人もすごい、
宮永さんがこの人、
いいって紹介したら、
その人をモデルにしたりとかして、
その人たちが、
自分の娘たち、
グランドドーターズだから、
孫とかに、
語りかけるみたいな、
そういう作品を、
作品を作るのに、
手伝ったりしてて、
ちょっと話長くなったんですけど、
やがて二羽さんが、
東京で森美術館っていうのができるらしいよ、
私もそろそろパリで、
いい加減で仕事を探さなくちゃいけないなって思ってたんで、
できるよって言われて、
CVとか送って、
戻ってきたって感じだったんです。
会館の時には、
2002年に戻ってきて、
最初は、
すぐにね、
4,5年したらもう一回海外に行こうかなと思ったんですけど、
なかなかキュレーター道があまりにも険しくて、
大変で、
結構長い間行っちゃったなっていう感じなんですけど、
森美術館って最初から、
今は本当にもう、
日本を代表する現代美術の美術館として、
しかも若者にも大人気みたいな、
もうそれって会館時からそんな感じだったんですか?
会館したハピネスの時は、
すごい人入ってましたね。
やっぱり六本木で、
私はパリにいると、
いろんな友達がいたんですけど、
仕事してる子もいれば学生の子もいたし、
結構みんなやっぱり展覧会とか見に行くんですよ。
映画を、パリってみんな映画を見る文化があるので、
新しい映画が出たらみんな見に行って、
それが良かったとか良くなかったとか、
批評するみたいな文化があって、
同じようにポンピルとかで有名なやつがやってると、
あれ見に行ったみたいな感じで、
それが数学者であろうが、
ちょっとわからない八百屋さんも見ていたかわからないけど、
本当にいろんな人が見てて、
その感じが良いなと思って、
やっぱり自分たちで批評できる文化、
あれは面白かったとか面白くなかったとか、
こうなったら良かったみたいなのがあって、
日本って何でも、
高尚なみたいな感じもあるし、
ファッションとかもそうなんだよね、
ブランド物が良いみたいなのもあるし、
そうじゃなくて、
自分で見て面白いと思うとか、
良いとか思うとか、
そういうのができてきたら良いなと思ってたので、
でもある意味で六本木の、
六本木ヒルズの一番上にあるとか言ったら、
ある種ちょっとキラキラしてる感じなんだけれども、
だから現代アートとか知らない人でも、
一回見に来てくれるんじゃないかと、
そしたらもしかしたら、
現代美術の良さに気づいてくれる人もいるだろうし、
すごい可能性のある場所だなって思ったので、
思ったっていうのはありますよね。
今でこそ六本木はアートの街になったけど、
よく考えたら、
国立新美術館はその時にないですもんね。
ないですね。
三鳥美術館もないし、
2121もないですよね。
ないですよね。
だからあの時って森美術館しか、
多分あのエリアに、
美術館らしい美術館ってないですよね。
確かにないですよね。
いつからこんなに気づいたらアートの街?
いつの間にか、
そうですね。
もちろんギャラリーとかを、
ピラミネのあたりとかに森ビルが誘致して、
来ていただいたみたいなのもあると思うんですけど、
いつの間にかね、
確かにトライアングルって。
なってますもんね。
アトロマっぽいとか。
多分前半でもチラッと言った、
いちばっきさんも何回も伝えた、
ママンですか、
クモのね、
作品があるじゃないですか、
ルイーズ・ブルジョワの。
もう今はもう、
慣れ親しんだというか、
もう愛好になってますけど、
あれって最初から、
あのとこにクモを置くって、
反対運動じゃないですけど、
なかなかパンチ効いてるじゃないですか。
あれは最初から、
クモで行こうっていうのも結構。
なんかその、
最初の森美術館のファウンダーである、
森実さんと森吉子さん。
森ビルの。
今はもう2人とも、
亡き方になってしまったんですけれども、
2人が、
世界中を森美術館を作るのにあたって、
旅をされて、
いろいろ視察をしていたときに、
テイトーモダンかなって、
そのままを見て、
これが欲しいって思われそうです。
でも最初はやっぱり、
もしかしたらおっしゃるように、
なかなか強烈なので、
ちょっと置いて、
様子を見ようっていう感じで、
でもそのままもうやっぱり、
ずっと置くことになった、
みたいなふうに聞いてますね。
だから結局美術館だけじゃなくて、
足元というか、
あのあたりにパブリックアートがあるのも、
結構大事ですよね。
重要ですね。
今はパブリックアートが、
結構いろんなところにあるようになっているじゃないですか、
再開発とか開発するときには。
でもその当時は、
内田茂さんという人に頼んで、
いろんなパブリックファニーチャー、
パブリックアートというか、
ファニーチャーもすごい掘っていますし、
欅坂のところですよね。
そうですそうです。
そういうのも結構考えられていたなと思います。
椿さんの話もあれで、
今は学校議員さんになりました。
一番最初に担当した展覧会は何ですか?
森美術館のハピネスですね、最初に。
ハピネスは本当にすごい数の作家さんが、
その当時52階も53階もあったんですよ。
2フロア?
2フロアあったんです。
2フロアあって、
開館展なので、
初代館長のデビッド・エリオットが、
ピエロ・ルイジ・タッチというコーキュレーターを呼んで、
どこの国ですか?
イタリアです。
もう今はちょっとお亡くなりになったんですけど、
ピエロ・ルイジと2人でやった展覧会で、
本当に古今東西のいろんなものを集めた。
古いものから、
ソガ・ショウハクとかも出ていましたし、
日本の古美術もあるし。
あるし、現代美術もある。
そういうすごい大きな展覧会で、
そのカタログなので、
8本くらいエッセイもあった気がして、
なんかすごい大変だったんですよ。
あんまりまだわかってないので、
いつ力を抜いたらいいのかもわかんないですよ。
確かに確かに。
ともかくですね、
11時半くらいに家の近くのカフェとかで、
夕飯を食べられたら、
なんて今日は幸せなんだろうって思ったくらいの、
ハピネスってなる。
本当にそういう、
いや、大変だ。
良くないですね。
いやいやいや。
でもそういう勢があり、
今はね、あれですからね。
じゃあ椿さんが、
企画から全て自分で、
デビューだなって思えるのはどれになるんですか?
そうですね。
結構あるんですよね。
自分の中で分岐点というか。
小企画で、
小企画でマウンプロジェクトで、
サスケ・アウルド・ウォーバースっていう、
イギリス人を見せたのが、
多分最初じゃないかな。
いわゆる、
自分で企画したものっていうのは。
何者ですか、その人は。
女性の作家さんなんですけど、
模型みたいなのを作るんですけど、
すごい綺麗な模型で、
その中で物語が、
独り語りの物語が、
でも誰も、
人間は出てこないんですよ。
常にちょっと近未来的な、
面白い、
ちょっと狂ったストーリーが、
そこで語られるっていうやつで、
なかなかいい作品だったんですけど、
その人のやつをやって、
その後、
医学と芸術展とかは、
パフォーアナウンサーさんの企画なんですけど、
現代美術の、
どういう人を入れるかっていうのを、
セレクションとかをして、
これ僕、かなりインパクトある展覧会で覚えてて、
なんか、
偉そうなこと言いますけど、
ブログで三つ星評価みたいな、
ブログ書いてるんですけど、
これ、
ダントツで三つ星つけたことあるぐらい、
いまだに覚えてます。
医学と芸術っていう、
タイトルだけ聞いたら、
どういうことって思うじゃないですか。
医学と芸術みたいな。
ところがやっぱ、
これも、これも、
ダミア・ハーストも多分、
ありましたよね、確か。
ありますよね。
ダミア・ハーストもあったの。
ドットの。
お薬のやつね。
あったのと、
すごく強烈に覚えてるのは、
海外のスーパーマンとか、
そういう有名なキャラクターが、
もしも老人ホームに入ったらみたいな、
作品ありましたよね。
ありました。
あれがすごい強烈だったの。
あれ私、選びました。
あれ面白かった。
プラス、医学と芸術だから、
昔の入れ歯とか。
ウェルカム・トラスト・コレクションっていうのが、
イギリスのロンドンにあって、
すごいそういうので、
財を成したところが、
医療器具とか、
全部そういうのを集めてるんですよ。
すごいお金のある財団なんだけど、
そこに持ってるコレクションに、
現代美術とか、
あるいは川鍋教祭とかのね、
ドクロの。
だから、現代アートの展覧会ってやっぱり、
今は僕はこういう仕事やってるから、
さすがに苦手式ないですけど、
やっぱり最初見始めた時って、
やっぱりわからないとか、
難しいなってなってたんですよ。
こういう切り口で入りやすくなったのが、
結構初めて僕は。
カルチャーショックというか、
面白い展覧会だなっていうのは、
未だにインパクトあって。
これがつばきさんだったんだっていうのが。
全貌では全くないです。
いくつかの、
現代美術の作家とか作品とかで、
私がその中で入れたものはあります。
つばきさんの中で、
展覧会で、
これはもう自分の中で。
そうですね。
それはやっぱり、
宇宙と芸術展とか、
2016年の。
これはもう、
南條さんと一緒に、
これも南條文夫さんと、
その当時館長だったと、
ご一緒にしたんですけれども、
かなり、
私のアイデアは入っているので。
あれ、宇宙と芸術展に、
チームラボが出てました。
はい、あれは出てました。
チームラボ初めて見たの、
俺からの気がします。
なるほどね。
確かに。
今、あんなになると思ってないですよ。
プラネットとか作ると思って。
本当に、
作家の一人みたいな感じだった。
チームだけど。
そう、最後の方にね。
カラスが飛ぶ。
カラスでしたっけ?
鳥が飛ぶやつですよね。
ヤタガラスが飛んでいく宇宙空間をね。
そう。
はい。
だから、それ…
あれも新作で作ってもらったんですけど、
いろいろね、あれはNHKさんとか、
読売新聞さんとかと一緒にやったので、
そういう中で、
もちろん、
チームラボさんも入れましょうって話になったんですよね。
あれ、なぜチームラボさん入れましょうってなったんですか?
あの当時。
だって今はもう…
いやでも、その当時から人気が、
もちろんあったと思うんですよ。
見たいって思う人、
いたと思います。
なんか、どっかで見たんですか?最初。
これもうこの人連れてこう、みたいな。
うーん、なんかそれはまあ、
なんぞさんとか、
その…
なんぞさんとかと、
その実行委員会の中でも話して、
決まったりとかしますね、それについて。
これなんか、医学と芸術と宇宙と芸術、
なんか3部作ぐらいあります?
あ、えっとね。
もう一個なんか。
未来と芸術。
これもうやらないんですか?
そろそろ。
これはね、もうなんぞさんが館長だったというか、
なんぞさんがやってたシリーズなので、
多分やらないですかね。
いや、なんか最新作をそろそろ、
なんかリターンズ的な感じで、
新バージョンみたいですけどね。
いやー。
あとはレアンドラ・エルリッヒとかね。
そう、それ。
これやっぱり結構、
やったなっていう感じはありますし、
最近…
まあ最近でもないか。
ウッポンギクロシング10は、
この3年に一度。
他の2名の
徳山さんと熊倉さんという
キュレーターと一緒にやったものですし、
私たちのエコロジー展もなかなか大変だったんですけど、
これもマーティン・ゲルマンさんという、
その当時のアジャンクトキュレーターの方とやって、
ルイーズ・ブルジョアですよね、ルイーズ・ブルジョア。
これだから今回、
椿さんにトニー・アウスラー展で出演いただきましたけど、
またこれは後に、
森美術館の展覧会を担当することももちろんあるんですよね。
可能性はあります、はい。
ぜひぜひ今後もということなんですけど、
あともう一つだけ最後質問を聞いて、
美術以外の趣味と今後の展望
美術以外で好きなものはありますか?
これ難しいんですよね。
でも、
最初に言ってたみたいに、
デザインとか、
全般に建築とかも好きですし、
建築家のお友達も結構私たくさんいるので、
ファッション好きっていうのにはあれですけど、
そういう見るのは好きですし、
デザインとかインテリアとか、
あとは美味しいものも好きです。
ざっくりしてますけど、
美味しいものを食べたり、
ワインとかシャンパンとかも好きですし、
日本酒も好きですし、
あと旅行とかね、
割と普通ですね。
趣味は?って言われたらどうですか?
趣味あんまりないですね。
美術館巡りが多いですか?
休日の過ごしとか。
そうですね。
結構ネットフリックスみたいとかもしますけど、
全くアートと関係ない世界を見つつ、
結局はやっぱりアートとか見たくなって、
大体旅行するのも展覧会見に行ったり、
あと実写物画とかね、
そういうのを回るのも好きですし、
それこそ今日三上さんいらっしゃっててから
その話をしてたんですけど、
虎井陣関係とかも興味あるので、
そういうところもちょっと有名なところを
ちょっと回ったりとかすることはありますね。
どこがあるんですか?虎井陣の見る場所。
虎井陣…
ちょっと気になる。
虎井陣関係ってのはざっくりしてるかも。
なんかはたし系。
はたっていう字の。
それも京都の友達と一緒に、
実は八坂神社とかね、
あるいは下釜神社とかの狛犬って、
実は狛犬って言ってるけど、
一角獣とライオンなんだよねみたいな。
そういうのを彼女に言われて彫っていくと、
結構面白くて。
日中同祖論っていうのがあるんですね。
それではないんですけど、
なんかいろいろと、昔から日本って、
日本だけじゃなくて、
世界中結構つながってるんですよ。
シルクロードを叱り、海も叱り、
いろんな人たちが入ってきてるので、
結構いろんな文化が入っていて、
文化を持っていた人たちに、
いろんなものを教わりながら、
その時にいろんなものができていってるので、
そういうのが面白いなと思って。
仕事とは別にまた研究するんですね。
研究ではないんですけど、
掘り下げるみたいな。
ちょっとそういうのはありますね。
でもそれがいつかもしかしたら、
アウトプットするかもしれないですね。
なんかつながって。
そうですよね。
なんかそうですね。
昔はそうですね。
そういうデザイナーとかも興味があったし、
いつかそういうことができたらなと思う。
でもそれによって、
何か風に落ちたのは、
やっぱり医学と芸術とか宇宙と芸術って、
他ジャンルとの展覧会って、
そういう人じゃないと生まれないのかなっていう、
発想として。
だってずっと美術畑にいたら、
興味持たないと思うんですね。
違うジャンルと。
そこがやっぱり椿さんが生んだ展覧会だったのは、
なんかわかったし、
その椿さんがトニー・アウスラに興味持つのも、
すごい納得したというか、
なんかつながりました。
僕の中ではね。
ありがとうございます。
すごい貴重な話をたくさんいただけたので、
他にも話し足りないことないですか?
大丈夫です。
たっぷりお話いただきまして、
展覧会情報と番組告知
改めて企画展の告知を最後にお願いしたいと思います。
このトニー・アウスラ技術と霊地の狭間、
魔術・メディア・アートですけれども、
9月27日までやっております。
必ず見に来てください。
ぜひ。
そして前半でもお話ししましたけど、
僕と巡る関羽の特別ギャラリーツアーが
7月22日にあります。
もうこの時点でもしかして手に埋まってたら、
ごめんなさいですけど、
一応言っておきますということですが、
それとは別に椿さんのギャラリーツアーが
ございますということですね。
今チラッと出た三上さん。
前半聞いてない人いないと思いますけど、
月刊ムーンの編集者の三上さんが、
YouTubeで出ていただくことになります。
この時点で配信されているか、
もしかしてされていないか分かりませんけど、
気になる方はXをチェックしてください。
ということで、前後半本当にありがとうございました。
どうでしたか?ちょっとやってみて。
面白かったです。
本当ですか?
ありがとうございます。
また椿さんの中で展覧会やる時には、
ぜひ告知を兼ねて。
ぜひよろしくお願いします。
ありがとうございました。
50:08

コメント

スクロール