だいたいその後新作を書けるのって1月とか2月ぐらいの最初の1枚2枚ぐらいしか書けなくて、
その後3、4、5ぐらいまでもうがっつりオリジナル作品を書く時間なんかなくて。
もうね、個展直前になってうわーって書き始める。
その残りのね、枚数を書いて仕上げるみたいなタイプだから。
毎年そうなっちゃう。
だから本当は今年こそはそうしないようにするぞっていうのを考えてるんですけど、毎年そうなっちゃう。
マジで?結構やってるじゃん。毎回。
結構な枚数用意してはいるけど、毎回そんな感じ。
マジで?あ、そうなの?
あとさ、じゃあそれ踏まえた上でこの質問聞きたいんだけど、
いわゆる個展ってもちろん考え方にもよるけれども、
ギャラリーさんとかね、あとは最近だとね、カフェの壁とかでね、やったりとか、なんかいろいろ形式はあると思うんだけど、
壁に何かを、もちろん立体だったら床に置くけどさ、壁に何かを飾る。
空間をね、やっていくという、やっていくっていう動詞も変だけどさ、空間をやっていくじゃないですかとか。
ここのリスナーさんはもうみんな聞き慣れた感じですよ。
やっていくっていうね。
やっていくで全部伝わる。
そう、空間やっていくじゃん。で、やっぱりこう並びもそうだけど、
その入ってきてどういう感じで作品を見せるか、いわゆる作品のキャンバス通過、カンバス通過、その印刷された媒体のこの端っこだけではないところも、
ある種干渉の文脈というか、どうしてもついてもあるじゃないですか。
古典ってなると。
Twitterのタイムラインと違うから。
タイムラインだったらさ、これはもうイーロンが決めたUIだからさ、ここに合わせるしかないんだよ。
とにかく顔、顔面でアップしとくぜ。
そうやってできる。でも古典ってさ、イーロンいないからさ、自分で決めなきゃいけないじゃん。
ホワイトキューブの中をどう使うかって。
その空間をやっていくやつって、古典毎年やっててどのくらい考えてる?
作品順は考える。並び順はとにかく割と考える。ただ考えると言っても結構現地で考える。
面白い。
あまり凝った空間設計してないからってのもあるけど、単純にその壁にかけていく。
等間隔にかけていくだけであまり事前準備が必要ないのもある。
現地に行って作品見てこの順番かなみたいな決める流れがターンとしてある。
あと単純にホワイトキューブ、完全なっていうか割と天井とかごちゃごちゃしてるから、しっかりしたホワイトキューブだよね。
でも割と壁の白とかっていうのを割と大事にする。
どういうこと?どういう大事にするの?
作品と作品の間の間隔って、作品数が多くなったら当然詰めなきゃいけない。
でもこれ以上詰めたら邪魔すぎるのがあって。
それをこれ以上詰めたら邪魔の敷地っていうのを割と広めにとってる印象、イメージは自分は。
例えば作品数これぐらい何枚持っていきますってなって持って行って、現地に行って並べてみたけど、
これ全部入れたらちょっと狭すぎるなって減らしたりとかもする。
え、マジで?そんなあり?
そうそうそうそう。
マジで?
ってぐらいは。
せっかく作ったのに。
いや、もちろん全部新作だったらそこまでそんなことはしにくいけど、
既存作、古い作品もリバイバル展示とかよく何枚かするから、大体その古い作品を抜いたりするっていうだけなの。
なるほど。
でもそれくらいはどちらかというと空間ファーストになる。
周り回って作品ファーストの話なんだけど、
作品をたくさん見てもらうよりかは、作品をどういう見え方して欲しいかの方に思う気がする。
それさ、じゃあ真っ先にさ、伊藤プレイラーだったらこれどうしてるのって聞きたいのがさ、作品の大きさよ。
大きさね。
でもあれは正直個展してる会場がもう慣れ親しんでるから、これくらいの作品サイズでこれくらいの枚数だったらこれくらい埋まるなみたいな感覚がなんとなくあるからあんまり考えてない。
とはいえ最初にそのサイズ決めた時に考えたのは、やっぱり日本の家屋で飾りやすいサイズ感。
あーそこにあるのか。なるほどね。
それがどれくらいのサイズかと、僕的にはB3だとちょいでかいな。
B3ね。B3でかいね。B3タペストリーで想像するけど。
ただキービジュアルとかその年に見せたいとかっていうのは結構大きめにする。
だいたい長い長辺で600ミリくらいの作品で出力する。
とはいえ飾りにくいサイズ感にすると、それはもうシンプルに売上的な部分で影響が出ちゃう。
まあ確かにね。持って帰れないなこれはって思っちゃったらね。
これ飾れないな家に。ってなってくると買って欲しいなって思ってこの辺を考えたかなっていうのは。
でも最近は僕作品がデジタルだし、パネル加工とかいわゆるデジタルを出力したものをいい具合に加工してもらっている状態のものだから。
別にサイズの制約って実はない。
確かに。
だから大きく出力してそれを自由なサイズで買えますよって言っちゃえば別にそれでもいい。
ちょっと煩雑だな。めんどくささが勝つか若干勝つかなくらい。できればこのまま買って欲しいかなみたいな。
これは気合い入れたやつだから。
もしこれを聞いているリスナーの人が、もういいからひろたかにぃの話を全部聞かせろよって思ってしまうかもしれないんだけれども。
例えば伊藤ぽゆがさあの空間をなんかやるってなった瞬間にさ、まず何と見立ててみたいな。
そういう無をやり始める人は絶対伊藤ぽゆのことだから。こいつのことだからよ。また無をやり始めるからこいつは。
そうなるとさ、これは売るとかじゃなくて見せ玉ででっかくやるんだみたいな。
でこれによって他のものが初めてかけがえてくる成立してみたいな。でこやつらを買ってもらえればよしとするみたいな。
なんかいわゆるこうなんていうのかなその空間を作品ファーストよりも空間をやりにやっていくのが予想つくじゃん。
なんか伊藤ぽゆって。やりそうじゃんなんか。やりそう。やりそうじゃん。
もう一挙一投足に能書きがあるみたいなさ。もううるせえみたいな。なんかそういうのやりそうじゃないですかと。
でやっぱりそれでやっぱ気になるのがあのキービジュアルになるような、まあいわゆる今年のYはこれやみたいなやつ。
このYのテーマはこれやみたいな。そういうものをでっかくやるぜとか、なんか違うメディアでやるぜとかミクストメディアでやるぜとか。
なんかそういうアプローチってもう軸に考えたりとかはしない?
したいっていう気持ちはある。
なにそれどういうことどういうこと。
例えば僕もイラストレーターになる前はアーティストだったんですよ。さっきなんかアーティストの話を散々しながらやるんだけど、僕1年間アーティストとして生活してて。
ほんとだよね。しっかりやってたじゃん。
まあいわゆるね、アーティストの活動ってざっくり言ったらギャラリーで展示して作品を売ってお金を稼いで食べる。
絵をねちゃんと買ってもらうというかね、絵を描いて売ると。
活動をしてたんだけど、なんか僕がその当時からやっぱり制作してるスタイルっていうのはデジタルアートだったから、作品に価値をつけるにはエディションナンバー必須だし。
エディションナンバーを入れたところで、あんまりその単価はやっぱり上げにくい分なんですよね。
確かにね。
とはいえ新人作家の作品だけど、そんなポンポン売れるものでもないし。
で売れたところでギャラリーとの合体後で接班するからは、だから全然その商業的に食えなくて、食えなすぎてイラストレーターになる。
自分の略歴があるから。
作家時代に、アーティスト時代にやってたものの中で、縦2メートルの作品を2つ用意して、周り小作品とA3ぐらいの塔を他のところの壁で使って、
メインのビジュアルは縦2メートルで出力したものを展示してみたいな展示空間を作った。
それすごい楽しかったし、それぐらい派手なことをやりたい気持ちはずっとあるんだけど、これ正直現実問題。
そういう作品が売れることは、よっぽどのことがない限りなくて、売れないってことは、それは在庫として自分が持ってなきゃいけないわけ。
それを置いておく場所がない。
確かにね。
破棄するわけにもいかない。
もし今後、自分がすごい広い土地を買って広い家を建てて、そこに作品の在庫をボンボン置けるようなことになれば、そういう作品のアプローチもしていけるけど、現状なかなか考えにくいみたいなのはある。
できるとしたら、ペーパーでやるぐらい。
例えばターポリンでもなんでもいいけど、2、3メートル、天井高ちょうどぐらいの出力をして描ける形で、あくまでビジュアル、空間を占めるものとして演出して、
実際に破けていくだろうなみたいな作品は、いつも通りの現実的なサイズ感で、みたいなことはできない。
どうしようかな、ちょっと考えつつ、今回はいいかなって毎年なっていうのもある。
毎年なってんの?
そっか。
ちょこちょこ考えて。でもそれの一端が、今言った問題点で、おおむねサイズ感の話だよね。
このサイズ感の問題さえなければ、そういうことはできるんじゃ。
と思って去年やったのは、パネルの裏にLEDを仕込んで光らせるみたいな。
あの綺麗なやつ。
僕の作品って出力の仕方が、アクリルフォトっていう加工をしてて、
プリントしたものを上からアクリル板で圧着して、アクリル板でプラス裏からアルミ板で裏打ちしてて、
アクリルの板に作品が印刷じゃなくて入ってる、包まれてる状態の加工をしてもらってるんだけど、
それに裏に高さが1センチか10センチのアルミの下板を履かせるとかくっつけて、
それがあると壁から1センチ浮くわけです。絵の面。
そうするとギャラリーに展示するとライティングの関係で影もできるし、壁から浮き上がってすごい綺麗だし、
自分の作とかデジタルのイラストとかにアナログ出力されたときのイメージとして、
すごいぴったりだなと思ってやったのがあって。
だから壁と作品の間に1センチの隙間があります。そこの隙間にLEDテープで外側に向けて光らせる。
作品の裏側が光っているときに使ったLEDテープの色がブルーだった。
青色でフワーってなってたよね。
作品のタイトルもコバルトブルーオーバー。
全体的に青基調の作品の外側に青が漏れてオーバーフローしてるっていうのを作って、
これだったらサイズの問題はないし、
空間とかもギャラリースペースの演出として成り立つし、これいいなと思って。
まあまあまあ楽しかった感じで。
でも毎年光らせるのはちょっとなんかゲイがないというか、
そこもねまた飽き性というか、
同じことをやりたくない農民さんがそういうところにも来るから、
前にやったからことじゃやらないみたいなね。
このアプローチをやってるってことは、
これはさ、2023年のコピー&バーストのタイトルの、
青い車が並んでて、
ボートが並んでて、真ん中に女の子がいて、
青いジャケットを着てこっち振り向いてるあのイラストだと思うんだけど、
それの外側、いわゆるあのイラストの外側、
いわゆるハードウェアの外側でやったじゃないですか。
のを拡張してるっていう感じじゃないですか。
これだからあれでしょ、内側も拡張するみたいなアプローチも、
もちろんなんかこう想像したり、なんなりっていうのは考えてしたんでしょ。
例えば透明にするとか、なんかイラストの一部を光らせるなり、
いわゆるミックスメディアと言われるようなね手法というか、
いわゆる絵を、それこそ、
ひきな例で言っちゃうと、書店とかのさ、
書店員さんがすごい表紙を一個一個カッターでレイヤー分けて切ってさ、
あるじゃんこれ立体的にするやつ。
シャドーボックス的な。
そうそうそうそう、みたいなやつとか、
なんかアクリルに印刷してそれをレイヤーっぽく重ねて、
全体をこう、なんていうの、額縁みたいなのでグンってやって、
ちょっと立体テイストみたいな感じにしたり、
透明にしたり、なんか抜いてみたり、いろいろあるじゃないですか。
そういうアプローチも、まあ考えたり、
なんかそういうのもあるんだろうなっていうのは、
こう検討したりみたいなのはしてる。
考えたし、
結構いろんなイラストレーター、
古典やるのが流行って、いろんな人がいろいろやってるじゃない、手法で。
いろいろやってる。
そういうのを見て、いいなと思うものもあったり、
自分でもやりたいなと思いつつも、
なんか個人的にあんまりしっくりこない。
デジタルでイラストを描いてる人間としての境地、
境地って言うと意味が重くなっちゃうけど、
あれなんですけど、なんていうかな、
デジタルで描いたもので、
例えば画面で見る、ブラウザで見る、
要するに液晶に画面に写されたものを見るわけじゃないですか。
もうその一言だけで作品が作れるレベルで飯が食える。
白飯がうまい。
でもさすげー納得感。
いやこれね、なんで伊藤ぽれはこんなに白飯をバクバク食ってるかっていうと、
いやこれリスナーには伝わってないかもしれないけれども、
これのやっぱり白飯のうまいところとしては、
ひろたかにぃは、
だから普通の人はいわゆる絵を、
例えばキャラを描きたいとか、
こう描きたいものがあって、
でそれの描く手段の一つとして、
ある種デジタルを使って描いてると。
便利だし消せるしレイヤーもあるしみたいな、
なんかいろいろ描きやすいしみたいな。
でなんだけどひろたかにぃは前さ、
前っていうかもうめっちゃ最初じゃない?
それこそガリベンガーさんとかの、
メイキングやった時に、
アンチエイリアスやんだかやんないんだかって、
すっごいアップにしてさ、
すーごいアップにしてさ、
チバチバチバチバチバチバってこうやって描いてるところさ、
すっごいアップで紹介させてもらったとこあんじゃん。
あれを知ってるポイント化すると、
いやあれを、だからなんて言えばいいかな、
ちょっとこれはある種変な言い方というか、
間違った言い方になっちゃうんだけど、
例えばドット絵描いてる人とかって、
ドットの大きさのずれとか、
なんかこのドット斜めじゃんけみたいなのとかっていうのに、
いやそれはドット絵とちゃうやんけっていうのってあるじゃないですか。
昔はやっぱりそれ結構強かったけど今はね、
もうなんかドット絵というアプローチがかなり人口に感謝して、
そういうのもある。
動画にするんだったら動きやすい方がいいでしょうみたいな、
雰囲気になってきたけど、
ある種その世界というか、
その液晶の視覚なのよ。
もうすーげー、
すーげー、
チバチバチバチバチバっていうのを綺麗に、
チバチバチバチバチバチバチバって一生懸命描いてるわけ。
本当に映像見てほしいんだけど、
頭が狂うよ普通に。
糸っぽいのだったら発狂する本当に。
フゥーみたいな感じになってるやつをやってる。
で、それを選んでやってる。
ひろたかに本人はこれが一番楽だからって、
楽とはなんだって意味がわからんっていう感じなんですけど、
ポイントとしては。
でもあれをこうやってるわけ。
だからあれをやっている人がそれを言うってなったら、
すごいそれはそうだねってなって、
もうご飯パクパクパクなわけ。
すごく。
そうね。
あれをやってるんだったら、
まあそうだねってなるよ。確かに。
だからそういう意味では、
全部モニターの展示でもいいと思うんですよね。
そうだよね。そういうことになっちゃうよね。究極はね。
なんかそこまで行くとさすがにちょっと現代美術すぎて、
あんまりこう僕のファンに向けた展示じゃなくなっちゃうから、
現実問題はそこまでやることはないとは思う。
それこそ何年前だろう。
10年以上前だよな。15年前とか。
ジュリアン・オピーっているじゃないですか。
はい、います。
ブラーのジャケットとかで有名な。
ジュリアン・オピーが古典で、
すごい巨大な液晶モニターを展示してて、
そこにジュリアン・オピーの絵画、
イラストチックな絵画を展示してるっていう場所があって、
それで完成なんですよ。
あとさ、わって思ったのが、エキスニモさんだっけな。
なんかさ、それこそインターネット闇道とかやられてた方。
日本の作家さんというか。
で、床にめちゃくちゃケーブルが敷き詰められてて、
で、すっげえでっかいディスプレイに映った、
女性と男性かな?わかんないけど、
キス顔みたいなのがでっかく映ってて、
そのディスプレイ同士がくっついてて、
チューしてるみたいなやつとかがあるのよ。
面白い。
そうそうそうそう。
で、2018年だったかな。
あ、ごめん。もうちょっと前かもしんない。
あのー、美兎の現代美術センターかなんかにあった記憶があるんだけど、
あのー、なんかそういうアプローチ。
でっかい、でっかいモニターに、
なんかこう、アニメーションとなんかイラスト作品みたいなのを、
なんかこう、VJ的にこう流したりとか、
なんか、あとディスプレイをちょっと斜めに置いてみたり、
上から映ってみたりみたいな。
あとはまあ、その、もしかしたらちょっと、
それこそ全ゼロ的になっちゃうかもしんないけど、ね。
ブラウン管を積んでみたり、みたいな、あるじゃないですか。
なんか、いろいろそういう。
まあ正直そういうの嫌いじゃないし、
いつかやってみたいっていう気持ちしかないんだけど、
一回でいいからやってみたいみたいなのもあるんだけど、
なんかディスプレイがいっぱいあるみたいな、
かっこいいみたいな思っちゃうんだけど、
それ系って、なんか考えたこととかってないの?なんか。
まあ、その、舞台装置としていろいろ使うみたいなの、
実際はあんまり考えたことないというか、
考えられるような現場で今まで展示してなかった。
ああ、そっか。でも確かにあそこだったら、
それは違うアプローチになるよな、ちょっとね。
まあ、でも正直今やってるあそこのギャラリーだったら、
させてくれると思うんですよ。
でも、それより前にやってた場所って、
新宿の雑貨屋さんの壁面だったんで、