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セルフラブってそもそも何?
2023-06-01 36:11

セルフラブってそもそも何?

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00:02
こんばんは、セクシャルメンターのガネシャンです。
えーっと、やっと2本目、聞き流しのYouTube動画上げました。
いやー、外だとえらい時間かかるんだなぁ、アップロード。 30分ぐらい、もじもじもじもじもじもじもじもじもじもじ、早く終わんないかなと思いながら待ってましたけど。
あんまりね、無理せず、ぼちぼちやるのが私には一番長続きする方法かなと思っているので、
過去のスタンドFMの音声をね、ぼちぼちアップしていこうと思っております。 スタンドFM以外の方にもね、ちょっと認知されたら嬉しいなぁなんて思いながら。
えーモリーさんこんばんは、お久しぶりです。 えーっとですね、
私、セルフラブをね、広めたいっていうところで、いろいろとお話をしてきているんですが、
そもそもセルフラブって何よっていうことを、まああんまり、
その、 興味がないっていう声はあんまりいただかないんですが、
なんとなく興味ある、でも知らないっていう人が大半だなんですね。
何度もお話ししているこのアンケートの回答を見る限りですね、
まあ言葉からするとね、自分を愛するとかっていう、
このセルフラブっていうのを直訳するとね、非常に単純な言葉だと思うんですけど、
じゃあそれって一体何よっていうところでは、あんまり、あのー、
私もじゃあ、これ、あ、そうそう、なんかね、
セルフラブっていうのは私の造語だと思ってた方がいらっしゃったんですよね。
えーっと、日本では、まあ、そもそも愛っていうことがさ、あんまり日常的に使われない言葉なんで、
自分を愛するっていうところがなんかちょっと、あの、違和感があったりね、むずがゆかったりするのかな、とか、
あとは逆に、そのむずがゆいっていうよりも、えー、なんかこう、ちょっとナルシスト的なイメージがあって、
いやセルフラブってなんみたいな、自分を愛するってなんなんみたいな感じになっちゃうかなって思って、
えー、ちょっとね、お話をしてみようと思いました。
えー、私が考えるセルフラブなんですけど、自分を大切に愛するという、まあそのまんまなんですよね。
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でも、えーっと、愛って言うと何か、こう、なんていうの、例えば素敵な男性に対しての愛情であったり、
子供に対する愛情であったり、なんかこう、対象がいるじゃないですか。
愛するとか、愛って言った時にね。なので、自分自身にその愛情を向けるってどういうことなのかなーって、
えー、そういう感じなんじゃないですかね。
えー、ちょっとよくわからないよっていう方、
うーん、今のところ、なんかそんな感じなのかなと思ってるんですけど、
えー、日本語でね、もっとわかりやすく言い換えると、
えー、自己需要っていう言葉が一番ぴったりくるかなと思っています。
えー、自己肯定感っていうのは、えー、自分を肯定するっていうことですよね。
で、えー、自己需要ってなると、受け入れる。
ね、許容するとか、そのまんま受け止めるみたいな感じに言い換えられると思うんですけど、
うーん、と、
まあ、うーん、
愛、愛するっていうのが、例えば自分にとって、まあ、えーと、これは外側の話でね、
えー、外に向けるこの愛情っていうので、
えー、愛しやすい対象であれば、まあ別に愛することに苦労はしないんですよね。
それと同じように、あの、自分に対して愛情を向けるっていうのは、
なんか、自分に嫌な部分、こういうところ自分嫌いとか、こういうところダメよねとか、
私バカよねーじゃないけど、そういうふうに思っていると、自分を愛し、自分に対して愛情を向けにくいっていうのがあるのかなぁと思うんですよ。
なんかさ、割とこう、まあ、学校教育の中でも、
丸罰式であったりね、えーと、成績の順位をつけられたりとかさ、うーん、
よくできるできないみたいなところですごく評価をするということに、あの、
まあ、良くも悪くもね、慣れているというか、なので、何事につけても結構ね、評価をしてしまう。
だから自分に対してもですよね。で、えー、
そうやってこう、自分の嫌な部分を、
なんとなく受け入れにくくなっているというか、ダメな自分を変えていきたいみたいなふうに思いがちな気がするんですよ。
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で、でもさ、セルフラブ、セルフラブ、セルフラブ、もうそれが一番大事とか言ってる私だって、
なんかすごく、なんていうの、あの、おバカさんな自分がいたり、ちょっと、なんていうの、こう、調子に乗りすぎてやらかしたりするわけですよ。
でも、あの、そういう自分も可愛いよねとか、まあ、ちょっと、あの、なんていうのかな、
それを無理やり肯定するっていうよりは、
ちょっと、なんだろう、うまくいかなかったねっていうことはもちろん考えますよ。
だけど、それによって自分がダメな人間っていうレッテルを、あの、自分自身に貼る必要はないわけですよね。
だけど、結構この他者との評価の中だと、なんか、何か勉強ができたり、特別なスキルがあったり能力があったりする人が評価されてもてはやされてみたいな世の中だと、それから外れてる自分ってダメだなって思いがち
じゃないですか。
で、まあ、私自身も実際に、ああ、もう自分って、なんか、結局何やってもダメだなみたいに思っていたし、
えーっと、そうだな、なんかこう、離婚という、その、子供に対してもね、
ちょっとこう劣悪な環境に巻き込んでしまって、もう私母親としてどうなんみたいな感じにすごい落ち込んでいたし、そんな中で、いや、でも自己肯定してあげなきゃ、なんか進めないから、
自信満々な自分になりたいと思って、一生懸命、なんかいろいろ学んでいたわけですよ。
でも、その、例えば、えっと、えっと、コーチングとかで、コーチング?ん?自己啓発。えっと、自己啓発の、例えば、そういうセミナーに行ったりとか、コミュニティに所属をして、いろいろとやりとりをする中でも、
周りの人はすごいなーって、私同じことを学んでるはずなのに、ちっともなんか自分が変化してないような感じがして、逆に落ち込むっていうことが、あのー、ずっと続いてたんですよね。
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頑張る、頑張る、まだ頑張りが足りないみたいな。でも、なんていうのかな、あの、頑張るっていうこと?頑張って何かを手に入れようとか、何かを達成しようとかってやって、もちろんその達成をできれば、それなりに達
成感、やったーっていう感じ?
自分よく頑張った、みたいな感じになれるんですけど、そうじゃなかった場合、頑張っている自分とか、せっかく行動できた自分を、なんか、ものとも否定してしまって、やっぱ私できないじゃん、みたいな感じになっちゃ
ってたんですよ。
これをね、聞いてくださる皆さんどうですか?日後の自分に対してどんな言葉かけをしてますか?
なんかね、えっと、私この元人気な版は、紛続状という風に書いていて、あの、自己漫画みたいな、なんていうの、そういう、こう、名前をつけてますけど、
夜のお仕事に関しても、最初はね、そもそも、自分の容姿に対してのコンプレックスっていうのがすごくあったんですよ。
で、でも、子供に離婚した後ね、もう本当になんか、あの、子供からね、夢を見ることを諦めたみたいな、結局、なんか例えば進学したいとか言ったって、こんな状態じゃ進学の夢を持つだけバカだ、みたいな感じで言わ
れて、
将来何したいとか、そんなことを考えたところでしょうがないみたいに言われた時にですね、いや、やっぱり子供には夢を持ってほしいって思ったわけですよ。
で、じゃあ子供に夢を見てほしいって、あんたは将来に夢を抱くべきだ、みたいなことを言う親がですね、日々日々、いや苦しい、いや苦しいって言ってたら、子供だってそのいや苦しいが伝染しちゃうわけじゃない
ですか。
って思った時に、じゃあ私の夢は何だ、えっと、その時自分の夢っていうのが思い描けなくて、じゃあ昔は何をね、夢見ていたかっていうと、歌とか音楽が好きだったし、あの芸術関係のことがすごく私は好きなんですね。
なので、なんか芸能人、歌手とかになりたい、みたいな夢があったわけですよ。で、それを思い出して、じゃあその時ご縁のあった養成所に通い始めたんですね。
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でもさ、まあ経済的に大変な状態でそんなことしたら、余計大変になるじゃないですか。で、じゃあもっとそのパートの掛け持ちっていうのは、ちょっと効率が悪いと思って夜のお仕事を始めたんですね。
で、その時にもやっぱり、ちょっとね、その何だろう、その時養成所にいた同期の方で、そういう風俗とかね、AV女優をやってた方がいらっしゃったので、いや私、もうちょっとね、効率よく収入を得るために、自分の夢
にかける時間というのを作るために、夜のお仕事をしたいと思うんだけど、
私いけるかなぁみたいに聞いたんですよ。そしたらその方はですね、いや大丈夫じゃない?みたいな、なんか明らかんと言ったんですね。
ちょっと太鼓板を押されないとその時動けなかったっていうのもあるんですけど、そう言っていただいたなら、ちょっとそこを踏み込んでみようと思って、その言葉に背中を押されて風俗というお仕事を始めたわけですね。
でもさっき言ったみたいに、その養子にコンプレックスがあって、どうなんだろう、私受け入れてもらえるのかな、そもそも私とそのお遊びをしたいと思う人がいるのだろうか、みたいな風に思っちゃったんですよ。
とにかくじゃあ、子供のために稼がなきゃいけないから、できる限りのことをしようという、ある意味自己犠牲の精神で頑張っていたわけです。
でも、リピートが最初の3ヶ月は全くなかったんですね。
いやーどうしよう、みたいな。
最初の新人の頃っていうのは、お店側がちょっと優遇してくれたりするんですね。
これは男の差がかもしれませんが、ちょっと新しい物好きの人たちとかが順繰りに最初は来てくださるわけですよね。
なので、どうにか収入にはなっていたんですけど、それにしてもリピートがないな、みたいな感じで、これも困ったもんだなと思っていたんですよ。
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で、私、稼がなきゃいけないんです、みたいな。
子供5人がひもじい思いをしてるんで、みたいな感じで言ってた。
その時、かわいそうだなと思ってくださったのか、ちょっとお客さんは増えたんですが、
要は、自己評価がとても私自身低いわけですよね。
そうすると存在に扱う、私を人間として扱わないみたいな、ちょっとひどいお客さんが増えちゃったんですよ。
で、まあちょっとこういろいろ、なんていうのかな、お客さん、嫌なお客さんがいっぱいいて、いや困ったなぁ、みたいな、体ボロボロですよね。
やっぱり女性の体というのは繊細なんで、私合体はいいけど、そういう部分は繊細なんでね。
いろいろと体も悲鳴をあげるみたいな、そんな状況の時にですね、
お客さん、いいお客さんがいてくださって、私が頑張っていたりすることに対して、すごく肯定的な言葉をたくさん言ってくださったり、
私の外見的なところも褒めてくださったんですね。
で、いやいやいやいや、みたいな感じで否定したら、なんで俺の褒め言葉が受け取れないんだって、すごい怒られた。
そのことをきっかけに、あ、そっかーと思って、そういう自分に対してとても良い評価、言葉すら私は拒否してたんだなぁ、みたいなところから、
なんだか自分を見直すきっかけをいただいた感じがして、そこからいろいろとね、
あ、もっと自分大切にしなきゃなぁ、みたいに思えてきだしたんですよ。
そっか、自分を大切に言って、嫌なことは嫌って言おうとか、
頑張って耐えて、嫌なお客さんの言葉も受け入れよう、みたいなスタンスじゃなくて、とにかく私が楽しいことをしよう、みたいな感じになってきました。
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そうすると、結果的にどんどん良いお客さんが来て、
そうだなぁ、かなりお店側からの評価も良かったんですね。リピート率が一番だとか、
リピートってあれですからね、私を選んでお店に来てくださるという方が増えたっていうところで、
よくね、勘違いされがちなのは、そういうところで人気になるっていうのは、
業界でNGにされているような本番行為をやっている人だというふうに思われがちなんですけど、
決してそういうことで一番になったわけではなくて、とにかく自分が楽しむっていうことをし始めると、一緒にいる人が楽しい気分になってくれるっていうことなんですよ。
なんか苦痛に耐えて、例えば一緒にいる人がさ、お腹が痛いとか言いながらさ、
うううって言ってるのに食事楽しむってことは無理じゃないですか、一緒にいる人がね。
なんか気になって食べた気にならなかったみたいになるじゃないですか。
それよりも、おいしいね、楽しいねって言って、なんかその食事をしっかり味わって、なんか幸せそうな顔をしていると、
相手、一緒にいる人も楽しい気分になるわけですよね。
良かったなぁとかっていうふうに思ってくださると思うんですよ。
それと同じで、私が自分を犠牲にして一生懸命歯を食いしばったところで、一緒にいる人は楽しくないんですよね。
まあちょっとこう、なんていうのかな、かわいそうな女の子に恵んでやったっていう気持ちにはなれるかもしれないんですけど、
それってあんまり、なんだろうな、長続きしないというか、いい気分は持続しないと思うんですよね。
それよりも、一緒にいて楽しかったなぁって思うと、またそういう時間を作りたいなっていうふうになるわけですよね。
で、この一緒にいて楽しいなぁとか、よくいただいた言葉は、なんかホッとするとか癒されるとかっていう言葉だったんですけど、
これは私が相手を楽しませようっていうふうに意識を外に向けていると、起こらないことなんです。
21:06
ワーッと盛り上がることはあるかもしれないけど、その人の心に響くような、じんわり染み渡るような癒しであったりホッとするであったり、
ああ楽しかったなっていう時間にはならないんですね。
これが私がセルフラブの効果だと思っているんですけど、
実は外側の評価だったり、意識が外側に向いている、
例えばさっきちょっとちらっと言ったナルシストみたいなのは、意識はね外側に向いてるんですよね。
なんかみんなよりもかっこいい自分、俺ってすごいだろう、みたいなのをみんなに見せつけている感じ。
だけどセルフラブ、自分の内側に対して意識を向けているっていうのは、
実は非常にそばにいる人に癒しを与えることにもなるんですよ。
ただ外側に意識を向けて癒してあげようみたいになるとまたこれは違うんですけどね。
自分自身が楽しみながら、自分が楽しめることにフォーカスをするっていうのは、
周りの人が楽しくなくても別にそれはそれっていうか、
あえて楽しくしないっていうことではないんですよ。
それはそれでまた外側に意識が向いてるからね。
自分の内側に意識が向いてて、自分軸が整っているみたいな感じですか。
自分に正直になるとか、嫌なことは嫌って言うとかさ、
無理やり会わせないとかさ、そういう感じですよ。
接客業って相手のことを、相手が間違っててもゲーゴーしちゃうみたいなところあるかもしれないですけど、
実は私はそんなことは一切していませんでした。
でも相手の人は喜んでまた来てくださるんですね。
ミキャさん、お久しぶりです。こんばんは。
セルフラブを改めてお話をしようと思いました。
自分の内側に意識を向けることで、
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その空間は他の人にとっても居心地がいいっていう空間になるんですよ。
他人からどう見られるかとか、人よりも優れた能力がなきゃいけないとか、
そういう実績を残さなきゃいけないとか、そういうことはね、
一切自分の価値とは何の関係もないんですよ。
でもそうすると、例えば素敵なパートナーに恵まれなかったら、
一生一人とか、それでも幸せって言えるの?みたいな感じで、
やっぱり意識を外に持っていこうとするかもしれないね。
だけど、どんなに美人さんで、どんなにハンサムな人だって、
居心地の悪い人とはずっと一緒にいたくないんじゃないですか。
セリフラブができていて、
癒しを外に、自分の内側に意識が向いていると、
これは出演的に外に癒しのフォトンっていうんですか、
量子力学的な話で最近フォトンっていう言葉をよく聞くようになりましたけど、
私流で言うなら、癒しのつぶつぶ、ハッピーなつぶつぶをいっぱい振りまいていることになるんですよ。
これはちゃんと説明できているかどうかわかんなくなってきましたけど。
内側の問題です。
なので、自己需要ですね。
愛しにくい自分にも愛を向けてほしいなって思います。
愛しにくいっていうのは、いろいろ失敗しちゃったり、うまくいかなかったり、
最近の話で言うなら、三日坊主なんですみたいな自分でも、そのまま受け入れる。
自己肯定感的に言うと、三日坊主な自分だっていいじゃないとか、
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またやればいいんだから、大丈夫よ、みたいな自分への言葉かけになると思うんですけど、
自己需要的、セルフラブ的に言うと、
三日坊主だったね。以上〇。
これはてなかな?大丈夫かな?
そこにジャッジを入れない。それでもいいじゃんとかダメじゃんとか言う言葉すらない。
自分がやったことに対して、以上〇って感じ。
いいも悪いもないんです。それでいいんですよ。
で、何の進歩もなさそうな気がするけど、
私は結果的に、そうやって自分に〇を、〇っていうのは以上〇ですね。
例えば、今日もYouTubeアップできた。アップできたぞと。
その中身については、それは考えなきゃいけないんでしょうけど、
よし、今日もアップできたぞって、そこしか考えていない。
で、自分の、私自身の中の意識としては、
また次もやってみようっていう風に思えるんですね。
それがクオリティがどうとかとか、何回見られたとかっていう風に意識がいくと、
あー、もうちっとも回ってないし、ってなっちゃうんですよ。
そういう風に考える自分も、
なんていうの、かわいいじゃないの?と思ったりしますよ。
なんかさ、
例えば、自分にとって嫌な言葉を投げかけてくる人に対しても、
いろいろと理屈をつけて、
そういう人も、いいじゃないのって、そういう気分だったのよとか、
30:05
あの人はあの人で、いろいろと大変だからね、みたいな感じで、
受け入れようとするんですよ。
理屈をつけてね。
っていうことは、自分の気持ちを置き去りにしてるんです。
その人の言葉によって自分は傷ついたっていうことを置き去りにして、
あの人はあの人で頑張ってるんだからしょうがないのよって言って、
自分を納得させようとしたりするんですよ。
だけど、それはね、
しなくていいと思うの。
あー、あの人にあんなこと言われて、傷ついたね、とか、
嫌な気分だったね、っていう風に、
自分が感じた気持ちをそのまんま肯定してあげる、
っていうことを、意外とみんなしてないし、私自身も、
例えば、親はとっても私のことを、
いつもダメなやつ、バカなやつ、アホやね、みたいにね、
散々言ってきたんですよね。
いやいやいや、そうは言っても、親は私に対してね、
そういう言葉で愛情表現をしてたんだ、とか、
親だって人間だもの、そういう言葉を言うさ、みたいにして、
自分を納得させようとしても、
自分が傷ついたことを置き去りにすると、
それってきちんと解消されないんですよ。
自分の中でどっかワダカマリが残ったまま、
その嫌な気分っていうモヤモヤ感が残ったまま、
頭でもってそれに、理屈で蓋をしようとする、
自分のモヤモヤに対して。
そうじゃなくて、
いや、なんかそういうふうに言われて悲しかったよね。
で、自分が感じた感情をそのまんま認めてあげて、
その感情を味わうことだって大事だと思うんですよ。
で、その味わって、自分でモヤモヤ感が、
ちゃんと味わうと、
その嫌だった感情っていうのは自然と消えていくんですよね。
これは不思議なもんで、
多分人間ってこの世に生を受けた、
一つの意義みたいなものは、
いろんな感情を味わうことなんだと思うんですよ。
だから、なんていうのかな、
その一つの感情を蓋するんではなく、
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親のレーンを出したんで、
親が何か私に言ってきたことに対して、
みたいな、愛の持ちだよねとかって思ってると、
ちっとも、
結局私だって、
離婚してから30とか40手前くらいまで、
親との確執みたいなのがずっとあったんですよ。
それは要は、
親だって私のことを思って言ってくれたんだから、
そういう嫌な感情を持っちゃいけないって思ってたんですよ、どこかで。
だから、自分が感じた悲しい気持ちとか、
辛い気持ちをちゃんと直視してあげなかった。
だからこそ、奥の方に溜まっていたものが、
何か自分自身で自分を否定するみたいな、
言葉になっていたんだなって思います。
何度も繰り返しになるかもしれないですけど、
あの時私はすごく悲しかった。
どうして欲しかったの?
いや、なんか、
ちゃんと私が言っていることを受け止めて欲しかった、
みたいなことをね、自分の中で対話をするわけですよ。
そうかそうかって、受け入れて欲しかったんだね、みたいにね。
そうしていくと、
悲しかった自分、何か親に言われたことに対しての、
わだかまりが消えていくんですね。
なんならすごい涙をいっぱい流すかもしれないし、
腹が立ってなんか叫びたくなるかもしれないし、
それは、そういうふうに感じている自分を、
ちゃんと肯定してあげて欲しいなと思います。
そんな感じでございます。
セルフラブって言うと、
なんかちょっとね、
わかりにくいのかもしれないなと思ったので、
今日は改めて、私が思っているセルフラブのお話をさせていただきました。
はい、ということで、この辺でおしまいにいたします。
お付き合いいただきましてありがとうございました。
ではでは、またね。
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