1. シゴクリラジオ!
  2. AIを使うにも期待と不安の両者..
2026-10-29 15:25

AIを使うにも期待と不安の両者があるのが健全なのかも

おたよりを送る
https://internet.gmo/news/article/222/
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/618b94773db982af52639b7a

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:18
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。 このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
番組はSpotify、YouTubeでも聞くことができます。 お好きなプラットフォームで聞いてみてください。
今回ですね、テーマはAI系というかですね、まあ調査ですね。
今話題になっていますが、GMOですが、対話ございません。 GMOのですね、グループ会社で、GMM、これ日光というんですかね。
Z世代トレンドラボ by GMOというですね、そういったトレンド調査している、コンサルなのか研究所なのか、リサーチ会社なのかわかりませんが、
そういったところがリリースとしてアンケート結果を出しています。 このURL貼っておきますので、よかったら読んでみてください。
端的に言うと、若い学生さんZ世代等ですが、 学生さんだけじゃないですけどね、もう20代30代Z世代で、
AIを使ってますと、AI就活とかなんだけど、その後ろめたさみたいなのがあると。
つまりAIを使っていいのだろうかみたいなのが、なんか26%、3割くらいあるんで、
ちょっとね、そのものすごく感覚的に言えば、AI便利で使ってるし、いい効率的なんだけど、
でもですね、使っていいのだろうかみたいな、この調査結果でも矛盾というか葛藤みたいなふうに捉えられていると。
その通りだなと。一面的というか見方として、AI使って便利だから、そういう便利でいいよねっていう一面だけで捉える人ももちろんいると思うんですが、
この調査結果からわかることというところでは、項目はね、使うことに後ろめたさ、罪悪感。
罪悪感って何に対して罪だっていうかわかんないんですけども、使っていいよねって。
この主任研究員の方が書かれているのは、自分の言葉で書いてないんで、要は自分で書いてないんだけどね、みたいな。
アハハとなるのか、別にそれでもいいですよっていうふうになるのかは、正直な話はわかんないんですけど、
03:04
でも非常にここの点が重要じゃないかと思いまして、こういう便利でOKっていうよりも便利なんだけどみたいな。
そういう二択で一方だけで便利だからいいのだみたいな。不便だからダメなんだみたいな。
そういうことじゃなくて、便利だけどなんかねっていう。不便だけどいいんじゃないとか。
その要は二つのですね、相反するものというか矛盾というか葛藤と言えばいいんですかね。
それを様々なものは抱えているんじゃないか。多分そういうものが多いんじゃないですかね。
ということでですね、その辺りを少しだけ、深掘りはあんまりできないんですが、今回はこれをテーマに考えていきたいと思います。
ご興味あれば引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、深掘りラジオ大橋です。よろしくお願いします。
今回ですね、ある調査結果からですね、Z世代のAI活用ということで、便利に使っているんだけど後ろめたさがあるというのが面白かったので取り上げてみました。
URLも貼っておくのでよかったら見てみてください。
これは面白いなと思ったんですね。直感的に。
面白い部分はAIが便利で使っているんだけど、でもですね、何か使っていいのかなという話になります。
この深掘りラジオでもずっと言ってますが、何かを考えた結果とか考えているものをAIに投げて整理するとか、
判断してもらうのは若干怪しいんですけど、
全部ね、何を考えるかとかっていうのを全部投げちゃうと、つまり自分で考えていないってことですね。
考えてプロンプトを投げるとか考えてAIにこれさせるっていうのが、
ある種ですね、これは僕自身誤解だと思いますが誤読というか、
AIエージェントがそれを全部やってくれるみたいな世界観とか世界視線もあるのは何となく分かるんですよ。楽なんで。
でもそれって考えたり悩んだりとかですね、どうしたらいいんだろうねっていうことをやらないわけですよね。
悩みと思考は別なんですが、その考える行為を行わないと人間が思考する、何だろうな、
先回か忘れましたけどニューラルネットワークですよね。
神経細胞の生成みたいな形成化が許可されなくなって、
許可ですね、黙っていくんじゃないかなって思ってます。
そんなことないよと考えて使ってたり、他で考えてて研究者とかエンジニアみたいな人がすごい考えてて、
06:08
めちゃくちゃ考えててそれをAIでやらせてるんだったらいいと思うんですよね。
誤解を恐れずに言えばそんな風にめちゃくちゃ考えている人がどれくらいいるのかというところで、
僕も含めてですね、そんなに考えてなかったら、まさにAIで考えるという行為を奪われているというふうにすら思えるわけですね。
そこのトレーニングの機会を奪われてたら、練習するっていうことが奪われますから、
当然ですね、考えるっていう力っていうかあると思ってます、思考ですね。
何かを繋げたり、問い合わせたり、仮説を立てたり、物事と物事の関連性を見出したりですね、
様々な具体的な抽象ということも言ってますが、そういったことが全部思考を考えるということになっていくと思います。
っていうのをサボりたいわけじゃないんだけど、AIに投げてしまえば文章も生成できますし、
ずっと言ってますけどね、擦ってますけど、過剰がけで書いたものをそれっぽく自分っぽく文章にすることができるんだけど、何か違うなと。
それは過程にあったんですね、プロセス。
つまり結果だけ見たらアウトプットがそこそこ綺麗でいいふうになっているんだけど、書きながらですね、しゃべりながらとかもいいんですけど、
考えることでこれ違うなとか、こういうことだったんだなって気づく。
自分が学ぶっていうことで一番いいのはやっぱり教えることなんですね。
自分が今得ていることとか、学んでたりとか、こういうの得たよってことを誰かに話したり書いたり伝えるってことですね。
伝えることで自分の理解度が明らかになります。
理解できてないなら説明しても何か伝わらなかったり、もしくは伝わらないことが分かったりですね、メタ認知ですね。
相手からもそのフィードバックがあってそういうとこ分かってないんじゃないですかって言われたら分かってないですよねってなるんで、
それしょうがないですよね。理解していくように努めるしかないみたいな。
そういう地味な話になってきますが、でもその繰り返しをしていかないと上達したり分かるっていうことがなかなか難しいんじゃないかなと思ったりします。
その繰り返しですね。
今回の話に戻せば、AIを使うことで便利になってるんだけど、
じゃあそれでいいのだろうかっていうですね、ある種、そういう意味では素直というか素朴な感じがして、僕は好感が持ってたんですが、
それに対してもういいよね、それでいいんだよねって断じてしまうというかですね、もういいんだ。
使っていくことでいいよねって。使うのはいいんだけど、本当にいいんだろうかねっていうのが全くない状態ってまた怖いなっていうふうに感じたっていう話になります。
リスナーの中からどういうふうにAIが使われているか分かりませんが、
09:01
何事も葛藤とか、期待だけじゃなくて不安とか、リスクとリターンとか、だいたいそういうふうにくっついてくるものじゃないですか。
便利さとか効率の話をするとアナログとか、手作業とかね、リアルで感じるとか、アナログなことっていうのを美化しがちですよね。
別に僕自身美化してるわけじゃないんですけど、じゃあそこにも味があるよねっていうのはあるんだけど、でも便利なデジタルがあったり、コピーして劣化せずにできるっていうのもいいじゃないですか。
例えば何かを伝えるようにメールとかチャットとかね、スマートフォンとかSNSとかが便利なわけですけど、
それをやめて、全部やめてね、手紙書きましょう、手書きでやりましょうっていうのもまたちょっと戻しすぎかなと思います。
だけどバランスというのはやっぱりあるわけなんで、SNSをやりすぎて自分の時間がなくなっちゃったりとか、
集中力を欠いてしまって、SNSをやってるときは集中できてるんでしょうけど、そうじゃない、自分がやりたいことにできなかったらさすがにそれは違うよねみたいな。
AIも同じで、AIを使っているときはよくて、AIを出しているときはいいんだけど、
はてと自分で考えていることは何だろうねとか、それを人に説明できますかっていうときに、
AIを使えばできますとか、AIにまとめてくれたらできますっていうのはダメじゃないんだけど、
実際に人と話すときにAIを通すことができなかったり、リモートでやり取りするとかそういうのだったらいいかもしれないですけど、
なかなかリアルタイム性とか瞬発性とか、アダムの回転とかにはなっていくんですが、
ただそれって、善意が善意とは言いませんが、ある程度訓練して鍛えるっていう部分の好転性がやっぱりあるんで、
それをやっぱりやらないと、いつまで経っても回転しなかったり、紐づかなかったり、
ずっと言ってますが違和感発想みたいなね。
日常の気づいたことから考えてみる。そのネタを取り出すとか、こんなことあったんだよねっていう風に話していくこともそうですし、
そういったことで鍛えられないような気がします。
鍛えるっていうと、すごく充実させたりとか、意思が高いみたいに聞こえるかもしれませんが、
そういう意図はあまりなくて、やっていったほうがいいんじゃないですかね、ぐらいの感じで捉えたりします。
今回はこういうふうにAIの使い方一つとっても、期待と不安みたいなのがあるとするならば、
処遇理的に言えば何事も良い面と悪い面があるみたいな風にも捉えられるんじゃないかなと思います。
その不安の方にアプローチして不安を煽るというのもどうなんだろうねとは思いますが、
一方で、いいよねって期待だけ伸ばすこともなかなかできなかったりするんじゃないかなと思っています。
12:02
なので、その辺りを踏まえて何かできないかと考えるのもいいんじゃないかなと思いました。
だからAIでは様々なことがあって、例えばここでも話したかもしれませんが、
すごくざっくり言えばアジア圏ですよね。中国、東南アジア、しっかり日本、アジアですが、
割とAIに対して寛容的な傾向がある。もちろん人によると思いますが、
それをヨーロッパとかアメリカとかだと、結構アンチと言われている、反AI的な使うなというものはあったりします。
これはどういう部分で使ったらいいか、どこまでやっていいかという線引きは、
僕も何か持っているわけではないんですが、当然すでにある著作物からトレースしてとかコピーしてというのは明確には反映しているわけなんですが、
そういうところの倫理だけでできるものかっていうところがあったりするわけじゃないですか。
著作物、AIに学習させるものがどうなのか、学習したものがどうなのか、もしくはそれを関係せず出てきたものがどうなのか、
非常に難しいところでありますが、AIを通さずにでもできていたんだけど、それをたくさん量産したりとか、
何かしていっているから問題になっているわけですね。今よくある構造が品質が低かったりするとか、文章でもいいですよね。
写真でもいいです。ゲームでもいいですし、アプリでもいいです。そういうものが石鹸といいますか、たくさん市場や目に見えるところに出回ります。
そうすると何が起きるかというと、それを見なくなったり嫌になったりするわけですね、人が。
低品質じゃなかったらいいんでしょうけど、量産型って低品質ですよね。それが高品質のアウトプットになるかというと、
ちょっとよくわかんないですね。その場合の品質って何なんだろうねってなっていくので、
多くは低品質なものが量産されて、それを目にした人が嫌になって、もう見なくなったり、そういうところ自体が嫌になっちゃうと。
ただ、そもそも品質って何というのもありますし、そこで汚染というと言い方が悪いんですが、
低品質なもののコンテンツにまみれてしまって、そこで元々やってたり品質が良かったものとか、品質を高めてた人とか、そういうコンテンツに注目が行かなくなるというところが問題だったりします。
行動的に分かりづらいですよね。低品質コンテンツ1つや2つだけ問題じゃないんだけど、それが1万、2万とか、億とか出てったらやばくないですか。
だからもう規制をしたりとか、コントロールしていくってことにはなっていくんでしょうね。
それはですね、ある程度のものはやっぱりあった方がいいんでしょうね。
人はですね、どうしてももう楽をしちゃうし、確認とかチェックを省いてしまったりしますよね。
15:02
そういうどうしても心理や感情の面があるんで、このあたりはどう向き合っていけばいいかっていうのは別の問題になりますが、
考えていかなきゃいけないなというところで正解はございませんが、今回はこれぐらいにしたいと思います。
何かヒントになれば幸いです。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
守護栗ラジオ大橋でした。
以上、失礼いたします。
15:25

コメント

スクロール