1. シゴクリラジオ!
  2. 自分が気になることを積み重ね..
2026-10-30 30:26

自分が気になることを積み重ねると個性になっていくのかも


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00:18
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。 このシゴクリラジオはパーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
番組はSpotify、YouTubeでも聞くことができます。お好きなプラットフォームで聞いてみてください。
はい、今回はシゴクリっぽいかわかりませんが、気になることは人によって違うと。それが個性じゃないかというようなそういうテーマです。
今回気になったというのも、僕自身がある文章、ちょっと批判みたいになってしまうので、ちょっとご紹介はやめておくかなと思ったんですけど。
いい批判というか、別にダメなものはダメなんですけど、ダメですって言ってもね。改善するやり方もあるんですが、まあまあ置いておきましょう。
ある記事を読んでて、文章がちょっとAIっぽいと。このシゴクリラジオでも申し上げてますが、AIに欠かせたからダメとかはないです。
だけど不自然なんですよっていうだけです。しかしですね、様々な文章じゃなくても画像や動画や様々なプログラムもそうですが、AIが生成したものが今溢れているじゃないですか。
よくあるかわかりませんが、AI生成画像の街中でエラストがあったように、同様になんかよくわかんないチラシが。
本当にリポストに入ってくるチラシもAIだったりするんですよね。
それはですね、外中というか外に出してデザイナーさんが人力で作った。デザイナーさんがAIで作っている可能性もありますが、ちょっとその辺りは置いておきましょう。わからないんで。
これを見て、なんか不自然だなって思いますか、どうかって感じですよね。
これですね、ちょっとデータがわかんなくて気にならない人は気にならないっぽいみたいな。気にする人は気にするっぽいみたいな。
正解も何もなくて、少なかったらダメ、多かったらいいとかっていうこともないし、多かったらダメ、少なかったらダメとかね。ちょっとよくわかんないです。
だけど、ここから戻ってきたいのは、気になるものって気になりません?気になって夜も眠れないじゃないんですけど、やっぱ気になるよねみたいな。そこなんですよ。
自分はこう思います。気になりました。相手、例えばリスナーなどは気になりません。でも僕は気になります。
っていう時どうします?別にそこで、まあそういうもんですねって、折れるというか、まあそういうもんですよねっていうのも一つですよね。別にそれが悪いわけじゃない。
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だけど、ここで主張を通して、僕はこう思うんでこうしたいですっていうのも一つですよね。
だからその時の気になったものというものですし、あとその時の状況によるから、要は気になったから良い悪いとかじゃなくて、気になったから通す通さないとかでもなく、その状況により全く選ぶものが変わってくる。
どちらかというと、正解不正解とかではもちろん全くなくて、判断の話になるんですよね。
それをどうしますか?で、判断というのはですね、この四国ラジオを聞いてくださる方だと、もしかしたらお分かりかもしれませんが、正解とか不正解じゃなくて、これをやってみるって決めることなんですよね。
決断する判断する。まあ決断というと重たいんですけど、ABCだったらAをやってみる。それが正解じゃないんですよね。
Bかもしれない。Cかもしれない。で、Bをやってみる。わかんない。Cをやってみる。わかんない。だけど、どれかを選ばなきゃいけないんですよ。
はい。ということが決断とか選択ですよね。はい。そして、ABCのどれかが正解ですよなんていうのもないんですね。
わかります?この辺りの感覚もそうですが、別に正解探しゲームをやってるわけじゃないんですよね。で、話を戻して、文章が気になったっていうのは、僕が気になっただけで、リスナーのあなたが仮にね、この記事を読
んでみてくださいって言ったときに、紹介しませんけどね。
やっぱり気になる人もいれば、お母さん気にならないですよ。別にそこまで。それは、その人からしたら気にしすぎじゃないですかっていうのもあるし、逆に、いやめちゃくちゃ気になるよ、これ気にならない人はちょっと
ないわみたいなね。
それぐらいのことを思う人がいるかもしれない。で、僕の立場というか考え方としては、気になるものは気になるんです。
どこどこのなんちゅら公文かもしれませんが、気になることだから気になるんです。それがですね、それを1個だけだったら、その人のたまたまってことかもわかんないですけど、それを何個も何個も重ねていくと、その人
の視点であったり、気づき、見方、それこそ個性までいくかもしれませんが、
そういったものが炙り出されていくような感じがします。炙り出されは良くないな。積み重ねていくっていうのが一番いいですか。
というわけで、今回話してみたいのは、気になったAIの文章を、僕が何が気になったかを述べていくことで、結論的には僕は人の言葉や使っている言葉や言い回しに気をつけるというか気にしているんだなと。
僕の言っていることが変な言い回しとか、おかしな使い方とか、間違っている言葉とか多数あると思うんですけど、そういうのも踏まえつつ考えていけたらいいかなと思います。
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今回はAIが書いた文章かの確証は取れていないですが、仮にそれを聞いたところで、そうですよと言ったときに、出てきているものが直していないし不自然なままだから、僕からすると信頼というか微妙だなと思うし、
その記事を読みたくなるかと言ったら読みたくないんですよ。正直なところ。ここが難しくないですか。一方で僕はAIにゲームを作らせてやってますけど、AIで作らせたゲームをやりたくないんだよねという人がいても
別におかしくないんですけど、そこを気にするか気にしないかというところですよね。
難しいところではあります。僕自身も正解は持ってないです。そこらへんの葛藤を踏まえたまま、こないだの話じゃないですけど、別に全部これでいいんだって思ってるわけじゃないんだけど、やってますよねってことはい
っぱいありますよね。
そんなことを話していければいいかなと思います。今回も引き続き興味があれば聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、しごくりラジオ大橋です。改めましてよろしくお願いいたします。今回ですね、自分が気になること、リスナーのあなたが気になっていることは人によって異なります。リスナーのあなたご自身だけが気になっている
ことかもしれないし、他の人が気になっているかもわからないです。
だけど、そういった気になったこととか気にしていることっていうのは、まさに個性を作るし、その人自身を作る。結局、仕事を作っていくことも、その人が気になることとか、課題だなとか問題だなとか、こうしたらいい
んじゃないかなってことをやっていくこと、実践することでしか他ならない。
そんなふうに考えています。今回ですね、僕が気になったということを具体的に挙げつつやっていきたいというか考えていきたいなと思います。まずAIの文章の話です。
明らかに読みづらいというかAIっぽいなというのがあって、2つ気になったところがありました。1つは、その表現をするか人間がするかってやつですね。いわゆる日本語ネイティブであれば書かないだろうなみたいな
ものをやってます。
しかしですね、その筆者は日本人だし日本語ネイティブだから、単に日本人がAIを使って、SSAIを使って文章を書かせると。それは別にいいと思います。僕も書かせます。
ただ、ネイティブならチェックしてほしいって感じですかね。不自然だな、変な感じするなってチェックをしましたと。今の僕が読んでいる文章であれば、単的にはその文章の質が低いということでいいんじゃないか
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と思います。
質が低いって言うとすごい厳しい言い方かもしれませんが、質が高い文章を求めているわけじゃないんだけど、そういう表現をしておくと言うと微妙じゃないですかね。要は品質全体が良くないというか。そんな感じです。
わかります?
なんか表現が難しいんですけど、例えば就職活動もしくは転職活動で面接とかがあって、そこでいきなり元気みたいな風に言わないじゃないですか。それを常識とかビジネスマナーみたいな話っていうのかなってないね
っていうのか、何々と言いますよろしくお願いしますっていう風に敬語でいくのか。
敬語だったら正しいとか、ため口だったらダメっていうわけじゃないですよ。だけどそこは安倍というか、安定行動ということで無難なことを振るわけではないけど、あえてため口する人はいないと思うんですけどね。変わ
った人だったらそうかもしれない。そういう人を取りたいという人だったらいいですよ。だから絶対正しいわけじゃないんです。
だからそれを踏まえた上でやっているのかどうかっていうのがまず気になりますね。知らなくてため口でやっているみたいな方が多いんじゃないか説です。ここでは。もちろん文章自体がAIが書かれたと思われるね。文章
自体がため口で書かれているとかそういうラフなカジュアルなことはないですよ。
例えとしてそんな感じです。それを見たらちょっと嫌だなって思いますね。っていうことを僕は思ったって話です。もう一個は1個目と近いんですけど直訳ですね。要は英語ね。AIって英語ベースだから日本語をそんな
に学んでない。もしくは日本語を学んだとしてもネイティブの自然なものがない。
だからネイティブの日本人が日本語を話す人がチェックをして品質を上げるもしくは品質を下げないということが必要なんですが、それされてないのかなっていうところで心配になる。
そういう意味では個人でノート記事書いてなんかAIっぽさがないなっていう人の方がまだマシと言ったら怒られますが、そちらの方がいいんじゃないかなと思ってます。僕自身文章は自分で書いてますし、AIで書かせる
ことはほとんどないですね。
ゲームプラットフォームとかの紹介文とかそういうのは英語で書かせるとかはやってますけど、ネイティブの日本語自体をやらせるってことはないですね。つまんないなっていうのをここでも何度も言ってますからさすが
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にっていう。
むしろ自分のメモとかもAIで書かせるとかは結構危険だなと思ってまして、要はメモするとか書くってことが僕の中であくまでもやっぱり思考するし考えるし整理するっていうところがあるので、そういう意味ではやっぱ
り書くこと好きなんですよ。
書いているという状態や、書いているというただそのことを指すのではなくて、書くことで自分の脳、神経細胞、ニューラルネットワークがシナプスが動き出してこれと関連しているのかな、これもあったなとか、振り返
ったりとかそういうことになっていくので気づいたりする。
具体的な中傷でね。ここ見えてなかったなとか。そういうふうに改めて見えるっていうのがいいと思ってて、書くって。そういうのがあるので、単に行為として100文字書いてそのデータが100文字ありましたとか
ということじゃないんですよ。そこはご理解いただけると大変助かります。
っていう意味でAIには日本語文章を書かせてっていうことはあんまりない。仮にそういうふうに書かせる人はいたもいいんですけど、チェックしていただいて自分ではそういうふうな書き方しないかなっていうのは手直
しするっていうようなことをやると。もしかしたら手直しされたのかもしれないけど微妙だなと。
で、AIで書かせた文章が微妙だからダメなんですっていう。それはちょっともうレベルが低いというかもういい話だと思うんですよ。別に使って使おうが何しようがいいんですよ。ただ今回の話は気になったわけ
ですね。僕が気になった。気になったからそれがダメだっていう話じゃないですけど、気になることはやっぱり気になるんですよ。
ということは、逆に言えば僕がAIに書かせてもしくは僕が書いた文章が変な文章でなんかよくわかんないですと。そんな言い回しじゃない。だから言いたいことが伝わらないとか書いてることがよくわかんないは別にいい
んですけど、その言い方とか言い回しっていうの方が気になります。僕は。
だから例えばなんだろうな。例えば何でもいいんですけど、なるべく日常に近いということで。例えばどっかにカフェとかに行って勉強しましたとか、本読みましたとか、もしくはちょっと休憩で友達と行きましたっていう
時の表現として、そこに行った人ならではとかもしくはそこに行ったからの表現をしますよね。
例えばそこであるカフェに行ってコーヒーを飲んだっぽいみたいなことは言わないですよね。飲んだんだから。要は事実と伝聞と推測と自分が思ったこととか。
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ITエンジニアとかだったら、プログラマーだったら、事実と意見を分けるとか、思うと考えるは分けるとかっていうことをある種の訓練をすることになるんですが、そういうのに近いですよね。
自分がそこに行っている当事者ですよね。まさに行ってるのに、なんか行ったらしいみたいなことを言わないじゃないですか。逆もありますよね。行ったらしいのにもう行ったみたいなふうに言い切っちゃうと。
〇〇だってっていう伝聞もありますが、そういう言葉の使い方を一つとってみてももうそこで見えてくるわけですよ。だからそれが正しいという意味で、正しいというのは真にその筆者や言っている人が推測ですってな
ったらいいんですよね。
〇〇っぽいだったら推測だからいい。だけど、それを見ましたが飲みましたっていうのが推測じゃないのに、事実なのに感じたことがあるのに、そうじゃない表現をしてたら違和感があるわけです。そっちが重要ですね。
つまり自分が筆者とか、もしくは会話の主ですよね。人が自分の表現をしたいこともしくは伝えたいことがずれてないか、合致しているか、合わせにいっているかっていうところが一番気になるわけです。
っていう意味での表現ですよね。だからそれぞれが自分の言葉を用いて適切な何かを伝えようとしていくことを、僕が望んでいるかどうかわかんないんですけど、そうあってほしいっていうのがあるんじゃないですか。
だけど、これは盲点というか、僕が気をつけなきゃいけないというのは、別に皆が皆ですね。レスラーの方もそうですが、書いて、もしくは喋って、伝えようとして、それを磨いていこうというわけじゃないと思うんです
よ。
別にそれを鍛えられて何かやろうとされている方がいてもいいし、別にそれは僕と戦っているわけでもないんで、別にご自由にですし、それぞれやりたい範囲でやっていくってことだと思うんですけど。
だけど、書くってことに非常に出ると、書くってことができなかったりすると、この人は美貌だなっていうふうに思っちゃうのがあるわけです。それわかります。
自分が時間を割いたり、お金をかけたり、考えていることを重要視していると、他の人にもその評価を当ててしまうっていうのがあるわけです。
難しいんですよね。だから解像度が低いですよね。
例えばイラストを書いて、絵で表現をして伝えようとしている人を見たときに、僕は解像度が低い、もしくは分解能と言ってもいいですし、それにあまり熟知していないので、わからないんです。
だから、それで何か言われたときによくわからないみたいになったりするし、そこでコミュニケーションとしてずれたりしますよね。
そういう危険性というか、ずれることはあります。
でもそれも踏まえた上で、まあまあいいやと。ただ事実としてまず整理しますと、人が書いた文章が気になった。
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まず一つ目。それはAIだと思われる。これは推測です。
だけど、僕はAIだと思います。一箇所だけで見抜くんじゃなくて、言い回しがくどかったり、ずらずらしてたり、その表現は直訳的だなと。
AI固有の表現だと思いますが、があったりします。
これもしかしたら、そんなわかるんだっていう人がいるかもしれませんが、AI特有のリズムみたいな、逆に言えばリズム感のなさって言えばいいんでしょうか。
平凡というか、ずっとこのポッドキャストのリズム感がいいかわかりませんが、熱がこもって感情が入って、これはこうでもねっていうときは声が大きくなったり、
あと早口になったりする。僕自身は結構早い方だと思うんですが、だけど落ち着いて、冷静に、ゆっくりと、みたいな風にもできるわけですよ。
強調したいからこれなんです、みたいなね。ゆっくり話すこともできます。
だけど、ちょっとストレスじゃないですか。わざとそうやってるんだったらいいですけど、ちょっとね、遅いでもイラッとしてくると思うんで、
こういうぐらいのペースで喋ってますけど、でもそれでもちょっと早くなったりちょっと遅くなったりとか、声が大きくなったり小さくなったり、これがまさにリズム。
省略したいね。何度も繰り返したり、キーワードとかね。そういうのがリズムなんですけど、それは多分AIにはない。
文章でも、これ今会話の話ですけど、文章でもそれがあるんですよ。リズムがあって、この人はこういうことを言いたいんだよなっていうのが、
全部読んで分からなくても分かったりするし、分かりやすい流れというのがあったりしますよね。
入ってくる文章、入ってこない文章とかもありますし、体調もありますけどね、読み手のね。
それを置いといて、そのリズムが一定であると眠くなるし、あと入ってこないですよね。
これまた同じようなトーンとやり方で言ってるけど、分かんないです。それがもう気になります。
だからそういうようなAIらしきものにあった時に、どうします?ってことなんですよね。
リスナーの方はどうします?別にこれはAI画像だからダメとか、AIが作ったゲームだとか、
AIが書いた文章だからダメとか、つるし上げとかさらし上げみたいにしてて、ところでどうなるかは正直分かんないです。
だけど、これは原則として抑えたいのは、そのアウトプットは、やっぱりAIが書いたからAIの責任だとかできないじゃないですか。
ですよね。だからその人が書いたことになりますよね。
だから自分でゲーム作ってなんか出してますけど、これはAIが作ったから僕が作ったものはありませんとはさすがに言えないし、
なんか動きが悪かったらそれは自分がチェックできなかったな、甘いなってことになるし、ということは引き受けるわけですよね。
って思いません?AI生成でやったものも、あんまり思い入れがなくても、なんか似てたりなんか微妙だなと思ったらやっぱり直せばいいし、
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あと文章も、いやさすがにそれは違うなって思ったら直していけばいいっていうところで、やっぱりその責任というかですね、
責任とは思いたいんですけど、それを作ったのは誰ですか、それを書いたのは誰ですかって言ったときに、
私ですって言うときに、そこにAIが99%あって99.9%書いたとしても、書かせたとしても、
そのチェックしてなかったとしても、全部何にせよその生成物、成果物、成果物というのは自分じゃないですか。
それが厳しい話じゃなくて、そうしないと、この原則を変えてしまうともう誰も責任取れないし、
誰もいいみたいになりません?そうなんですよ。それが一番僕は厄介だなと思うし、
仮にですよ、じゃあそれはAIで生成したんで別に自分に責任はありませんみたいなことがまかり通ってしまったら、
それをずっとやってて何も話が始まらないですよね。さっきの一番話で冒頭に戻るんですけど、冒頭しましたっけ、
ABCってあって選択肢があったときに、A選んでも、それAIが選んだから自分は責任取れません、知りません、AIです。
Bを選びました、AIです、知りません。CもAIです、知りません。
その人は何に責任を取るんですか。仮に責任を取りたくないってことであったら、それは別にAIがやればいいわけなんで、
その人が改ざんする意味がなくなってくるんですよ。これは怖い話かもしれないですけど、それぐらい人は選択してるし判断してるんですよ。
それが今日の昼ご飯でもカレーうどん食べようって言って、別にカレーうどんめちゃくちゃカレーの汁が飛んでくるけど、
美味しいよねみたいな、紙エプロンをつければいいと思うんですけど、紙エプロンがないところとかもあるかもしれないんで、
ミスったなみたいな、まあいいや、黒いからいいやみたいなね。それも判断じゃないですか。
それを、キムチとか餃子とか昼食べちゃって口がニンニク臭いみたいな、それも判断じゃないですか。
それがご飯を食べることができなくて、コンビニでケーキみたいな甘いものしか食べてなかったら、それも判断じゃないですか。
なんかちょっと偏っててごめんなさい。だけど、ご飯を食べないのも選択してるんですよ。
それが判断なんですよ。で、今日ご飯食べませんでしたっていうのを誰かのせいにします?
お金が全然なくて食べれないとか、ひもじ系の話は全然してないですけど、
すごいリッチなものを食べなくてもご飯を食べられるぐらいの稼ぎがあったり、もしくは学生となったらお小遣いがあったりとか、
様々な状況はあると思いますけど、その手持ちのお金があって、食べてる時に食べないっていう選択肢も別にダメじゃないわけですよ。
でもそれは選んでますよね。選んでいることに対して、やっぱり自覚的であるってことが重要じゃないかと思います。
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だから、全部生きてること、全部僕が言ったこと、全部を僕が責任とって、
全部が自分の責任だ、みたいなことまで言わないですよ。さすがにね。
知らないこととか分からないこととか、不安なこととか、そこまで言えないなとか分からないこともめちゃくちゃありますからね。
だけど、自分の考え方とか、自分の意見とか、自分のそのいわゆるクリエイティブと言われているようなもの、成果物というものに対して、
自分が作ったと言わなくてもいいんですけど、
何て言うんだろうな、映画作ったんで別に関係ないですっていうものだったらいいんですけど、
やっぱり署名をするし、その人の名前が出るしってことになっていくと、その人が書いたものっていうふうにはなるんじゃないかなと思ってます。
だけどこれが僕からすると社会通年状というところのそういうものだと思っているんですけど、もしかしたら全然違ってて、世の中がね。
いや、おばさんが言ってるのはもう古いですよ、と。書いた文章とか、書いた成果物、作った成果物に対して、
人が責任を取るなんていう時代はもう終わりましたよみたいな。そうなの?みたいな。そんなことないですよね。
例えばちょっと違うんですけど、良くない例でその飲食店でいわゆる食中毒とかですね、起こして、
本当は食中毒は気をつけてくださいよねって、今夏場じゃないですけど油断はできないですよね。
で、生物とか食べて、本当死んでしまいますからね人はね。
だからその飲食店側はすごく気を使ってですね、ちゃんと火を入れたりね、適切な調理をすると。
で、いやそれは知りませんでしたで済まないわけです。例えばね。食べ物っていうのがそこの怖さがありますよね。
趣味で作って家庭で食べてもらうのだったらいいし、火を入れたらね、さすがにそんなにね、すごく腐ってるものだったらダメですけど。
なかなかね、そんなひどいことにならないですけど、まあでもね、事件事故ということで起きてますから食中毒。
っていう時に、いやそれはAIが作ったんで知りませんとかはできないわけですよ。そこですよね。
だからもしかしたらAIに作らせるから自分は関係ないですっていうようなことができると思っている方がいないと思うんですけど、
いたらそれは逆なんですよ。その人が責任を逃れて楽だっていうことではなくて、それはAIにやらせてる分が多かったら、その人がものすごくね、
AIをうまく使ってて、独自の見解とかその人のコアな体験や知見や切り口を出してて何かやってたら話は違うんですけど、そうじゃない場合は、
そういう方の方が多いと思ってるんですけど僕は、それはAIに代替されてるってことなんですよ。
AIでやればいいやっていうことが、そんなに自分の特殊な体験とか経験とかそういうことはなく、
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さらっと平均的なAIのアウトプットができるのであれば、それはその人自身がいらないってことになるんです。
このロジックというか目指認知のところに行けるかどうかと、そこに気づいているかみたいな話にもなってるわけですね。
責任を取らないからダメだとかいう話じゃなくて、責任をその人が自分がやったと自分のものだっていうふうに主張できないということは、
結果的にそれを自分が作ってないことになってしまうって話ですかね。
ちょっと長くなりましたけど、そういうわけでですね、話をだいぶ戻しますが、
自分がですね、ご自身が、リスナーのあなたがご自身がね、今日でもいいし、昨日でも明日でもいいですけど、
気になったことってやっぱりですね、ヒントになっていることが多いと思います。
もしかすると、自分にとって重要なことなわけです。
よくですね、ビジネスもそうですけど、アイディアがないとかね、何をしたらいいかわからないって方が、
もしかしたらね、そういう人がね、この職業ラジオを聞いているかわからないですけど、いらっしゃるかもしれないです。
だけど、すごいことを探そうとしたり、ものすごい発見をしようとするから、そういう変な内容ってなるんですけど、
あります。気になること絶対なんかあるんですよ。1個ぐらいあって、それをなんか言わないだけなんですよ。
要は、こんな話したら笑われるかもしれないけどねとか、こんなことを言っているのは自分だけかもしれないですよねって思っているだけなんですよ、結構。
今僕が話したAI文章があってって言っているのも、別にね、そんなことどうでもいいよとか思っている人もいるかもしれないじゃないですか。
これ聞いている方でね。わかんないです。
あと、そこまでは思わなかったって人も多いと思うんですよね。
だけど、この感覚が気づいたことというのは、僕の中ではやっぱり一つ気になっていることで、
それは思ったことは大事にされた方がいいと思います。
それは誰かに言うとか言わないとか発信するかはわかんないんだけど、それは大事にされた方がいいと思います。
その気になったこと。
というか、そういうことを大事にしてくれる環境や、そういうことを大事にしてくれる人の、
そういうことをビジネスだったら周りのお客さんとか関わる人を選んだ方がいいと思います。
それがまさに環境づくりの一つであるかなと思います。
それをですね、大事にできない。
自分が気になったことっていうのをあまり聞いてくれないとか、
そんなお前どうでもいいよって言われるようなところは、もう超絶微妙です。
そこはエイヤーで少しずつ変えていったほうがいいんじゃないかなというところになるかなと思います。
個性をそれで出すとか、人と全然違うとか変わった感じで生きるなんてことは全然僕から言うことはないし、
別に僕は普通というか平平凡凡でなんかってことは全然ないんですけど、
別にちょっと変わってるねとか、そこ面白いねって言われるときぐらいがちょうど僕はいいんで、こういうことをあえて言ったりしています。
だから変われとか個性があるっていうふうなことまでは言わないですよ。
だけど、自分が気になったことっていうのを否定されずに、肯定までいかなくてもいいんですけど、
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なんとなくそうなんだねぐらいのものを少しずつ固めていったら、一個ずつ個性っていうのは自ずと生まれるものなんじゃないかなというふうに思って今回は締めたいと思います。
はい、ここまでを聞いていただきましてありがとうございました。シゴクリーダージオ大橋でした。
以上、失礼いたします。
30:26

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