00:05
こんにちは、レイです。このラジオでは、SNSを経営者さんに変えるヒントや日々の気づきをお話ししています。
それでは行きましょう。今日のテーマはジャーナリングの効果です。 皆さん、ジャーナリングという言葉は聞いたことあるでしょうか?
もしかしたらね、馴染みのある人も、馴染みのない人もいるかと思います。
私はですね、2013年から日記を書き始めました。
かれこれ11年ほど日記を書いて、2024年からジャーナリングにシフトしました。
日記とジャーナリング、何が違うかというと、英語だったらほとんど同じ意味なんですけど、
日記っていうのは、一日の出来事を自分の視点で書いていくのに対して、ジャーナリングっていうのは、
もちろん一日に何が起きたかを書くのもそうですけども、自分が今心に感じていることとか気づきとか、
それをまるで自分と対話するようにして書いていく。
もうちょっと自由度が高いかな。自由に何でも自分の心に浮かんだことを書いていくっていうのがジャーナリングになります。
僕ね、10年以上日記を書いてたんだけど、ジャーナリングに変えてからかなり多くの変化を経験したんですよ。
今日はジャーナリングの効果みたいなものをですね、私の経験を通して皆さんに共有したいと思います。
まずですね、2024年にジャーナリングを書いたことで、それまではあんまり自分の心の声に耳を傾けるっていうようなことをしなかったんですよね。
してなかったのかな。
だからなんかね、自分がしたいこととか、自分が行きたい方向とか、やりたい、ありたい姿とかそういうものがね、
多分あんまり分かってなかったというか、分かろうとするのが怖いみたいな。
分かってしまうことで、それが実はできないんじゃないかみたいな現実を受け止めるのがね、多分怖いんだろうね。
03:06
だからね、先延ばしにするんですよ。自分のことを知ろうとする行為を。
でもね、やっぱりありのままを知る。
自分のありたいことを知って、自分に何が足りていないのかとかっていうことを知ることって、やっぱりすごく自分の向かう方向に向かう上での羅針盤になるので、
実はすごく本当は先延ばしにせずに、いち早く取り組まなきゃいけないことだと思うんですけど。
そんなカンナでね、ジャーナリングを始めたことで、自分のやりたいことが分かってきたんですね。
例えばその一つの例が、ずっと伊勢神宮に行ってみたいと思っていたとかね。
実際にそれが書いてる、ジャーナリングしてる中ですごく湧いてきたので、あ、もう行こうと思って。
もう言い訳すんのやめて、先延ばしにすんのやめて、行こうと思って伊勢神宮に行ったりしたら。
なんかね、旅先でまたジャーナリングとかしてると、
ふとね、せえばずっと居合道やってみたいと思っていたなーみたいな。
それでこう実際に知り合いとかに聞いて紹介してもらって、居合道場を教えてもらって、で居合始めたりとか。
あとね、人前で話す仕事をしてみたいなーって思ったときに、
なんかですね、ちょうど会社で、レイさんこのコミュニティに入りませんか?みたいな。
たまたま誘われて入ったら、そこでちょうど人前でMCをする機会とかが得られて、
そこでこう、何だろう、大勢の前で話したりとかする機会が出てきたりとか。
あとなんかリノベーション物件に住んでみたいなーみたいなことが湧いてきたりして。
探してみたら、たまたますっごくいい仲介業者、フリーランスでやってる仲介業者の人と知り合えて、
その人がもう本当に僕の好みのドンピシャのリノベーション物件を紹介してくれたりとか。
なんか本当にね、不思議な出会いとか不思議な巡り合わせが、
いろいろジャーナリングをすることで、書くことで、なんかこう巡ってきたんですよね。
この自分の心の声に耳を傾ける習慣っていうのは、やはり誰でも持っておくのがいいなっていうふうに思ってて。
もちろんね、この心の声に耳を傾けるのっていろいろな方法があるんですけど、
ジャーナリング以外にもね、いろんな方法があって、
例えばお祈りをするとかね、よく神様とか言って、今こんなふうに思ってますみたいなね。
06:01
あとよくあるのが瞑想、マインドフルネス瞑想ってやつだよね。
今自分は何を考えているのかを知るみたいなね。
そんな中でなんで僕がジャーナリングを選ぶかっていうとですね、
お祈りも瞑想も僕すごくいいと思うし、何ならノートもペンもいらないから手軽でいいんですけど、
お祈りや瞑想っていうのは言葉が湧いてくるじゃないですか。
言葉が湧いては消え、その後でちょっと戻って、
自分が何を考えたかみたいなことを思い出そうとすると忘れちゃうってこととかが起きちゃったりして、
あまりにもスピードが速すぎてですね、
ゆっくり自分の気持ちにちゃんと耳を傾ける余裕がないというか、
気づきがあるようですぐに去ってしまうんですよね。
これ僕ね、乗り物で例えたら分かりやすいかなと思ってて、
車運転してるとさ、例えば海沿いとか山の中とかさ、
山は走んないか、森とかかな。
綺麗な景色が見えたときに、
わー綺麗!ひゅん。
わーこっちも綺麗!ひゅん。
意外と景色楽しめなかったりするじゃん。
わー月綺麗!でもちゃんと前向かないと事故っちゃうとか。
それに対して自転車とか徒歩って、
もうちょっとゆっくり景色を楽しむことができるというか、
なんなら自転車越えてて、
ここ綺麗だな、ゆっくり見てみたいと思ったらさ、
後ろとか気にせずゆっくり走ったりとか、
なんなら止まってじーっと見ることもできたりするじゃん。
僕はジャーナリング、
ノートに字を書くって意外と時間がかかるんだよね。
特に日本語って漢字で書いたりすると、
英語以上に時間がかかるんだよ。
やっぱり一単語を書くたびに。
さっき話したようにお祈りとか瞑想だと、
ぽんぽんぽんぽんいろんなことが浮かんでは消え、浮かんでは消え。
ひゅんひゅんと去っていっちゃうんだけど、
自転車のようにゆっくり書いていく、ゆっくり眺めることで、
やっぱり気づきとか発見が多いんですよね。
特に今の世の中ってすごい速いスピードで物事を過ぎていくので、
ちょっとこうゆうゆっくりした時間っていうのを、
09:02
せめて一人でいるとき、ノートとペンを持つときぐらいは、
ゆっくりとやってみることで、
自分でも気づかなかった、自分の心で感じていることとか、
ありたい姿っていうのが見えてくるんじゃないのかなっていうふうに思うので、
最近自分軸ではなく、自分の軸ではなく、
他人の軸で気づいたらオートパイロットで動いちゃってるなとかって感じる人は、
ぜひ散歩するような気持ちで、サイクリングするような気持ちで、
ノートとペンで自分の心の声に耳を傾けてはいかがでしょうかって思います。
ちなみに皆さんはジャンナリングについてどういうイメージありますか?
どう考えますか?できたら気軽にコメントしてみてください。
ぜひぜひ一緒にコメント欄とかで話し合いましょう。
それではまた明日。レイでした。