00:05
おはようございます。4月17日、金曜日です。 こちらはアウトプット雑談プログラムとして書くことで穏やかに暮らしたい私が、ジャーナリングのように雑談をするラジオです。
さて、昨日なんですけど、私がジャーナリングの師匠として仰いでいるジャーナリングアドバイザーのカナさんという方がいらっしゃるんですけども、
カナさんがノートで書いた記事なんですね。それが私の中で朝からグッと来て、今朝はこのタイトルで話そうと。話す内容よりもタイトルを先に決めて話してみようと思います。
タイトルだけ見ちゃうとね、何の話って感じなんですけど、ジャーナリングよ、非効率であれ。
カナさんのノートは、ジャーナリングはできる人の習慣じゃない。大事なのは効率のその先であなたは何をしたいかっていうタイトルでノート書かれてます。
これは概要欄に貼っておくので、ぜひ読んでほしいと思いました。
カナさんには3年くらい前からジャーナリングのことでお世話になっている方です。
私がジャーナリングの師匠と仰ぎ、ジャーナリングのことで困ったらカナさんに相談をし、そしてカナさんから大いに影響を受けているのが今の私のジャーナリングだと思います。
今の世の中は何でもすぐ答えが出るじゃないですか。
スマホで調べれば知りたいことはだいたいわかるし、AIに聞けば自分が迷っていることも選択肢を出してくれたり、こういうのもあるよって教えてくれるような世の中だと思うんですね。
だから、なんでそんな時に、ジャーナリングって正直すぐ答えも出ないし、絶対効率よくはないんですよ。
効果が出るには何年もかかることもあるし、これ今書いたから今答えているっていうことはあんまりないなって私は思ってるんですけど、それでもなんでやるのかと。
自分の中に問うた時に、この非効率なところもまたいいのかなと思って。
というか誰かの用意した答えじゃなくて、自分の答えにたどり着きたい。
それが仮になんですけど、誰かが言ってたことだったとしても自分で気づきたいわけですよ。
03:06
あの人がこう言ってたなっていうのは後からついてくるんですけど、言ってたことをその時は受け入れられないわけですよね。
だけど自分で書いて自分で、やっぱりそうだったって気づきたいんじゃないかなって思ったんです私は。
そうしないと自分の行動に結びついていかないのかなと思って。
かなさんのそのノートの中にね、緊急じゃないけどずっと心の奥にあったこと。
誰にも言っていない小さな望み。うまく言語化できないけど確かにある違和感。
効率の世界では後回しにされやすい。ジャーナリングはそこに光を当てる。
声にならない本音をそっと拾い上げる。っていう文章があるんですね。
ここが昨日多分私にとって一番こうグッときたところだと思うんですけど、上辺だけではわからないというか感じられない自分が。
ことってたくさんあって、ジャーナリングを続けてきたことによって、私が何が良かったかっていうと、自分の本音みたいなのにアクセスしやすくなったなと。
何を思っているのかとか、上辺だけではね、いっぱいこう思ってるよって思うことあるんですけど、その奥の奥っていう。
少し前の私のジャーナリングはなんか上滑ってるってよく思ってたんですよ。
なんかいいことばっかり書いてたりとか、あとあんまりこう、なんていうのかな。
本音っぽいことが出てこないというか、最後なんかポジティブで締めくくってみたりとかね。
してたわけですけど、悪いまま終わってもいいっていうか。
なんかネガティブのまま今日はとりあえず書き終える。
今日は今日の時間で書いたとして、特に特段何も解決策も出てこないし、ただ吐き出しただけだったとしても、それが後々生きてくるっていうか、気がします。
私は現在地を確認するために書いてるよって思ってるんですけど、
カナさんはずっと書き続けてるから、
未来と現在と、逆だ、過去と未来と現在を繋ぐものっていう見方をされてる。
今書いてるんだけど、それは過去の出来事かもしれないし、過去から繋がっていることかもしれないし、
未来に繋がることかもしれないっていう意識で多分書いてらっしゃるのかなと思います。
もしくは書いてる時はあまり意識してないのか、振り返った時にわかるのかもしれないですね。
06:05
そういう感じで書いてらっしゃるのかな。
ジャーナリングっていう言葉がいろいろなところで聞かれるようになって、もちろん私もまだまだ新山者ではありますが、
一応4年ぐらい続けてきて、私が始めた頃と景色が変わってきたなとは思ってます。
何ていうのかな。ただ未来だけを見ていくとか、いいところだけを見ていく。
こうしていきたい、やりたいっていうことだけにフォーカスするんじゃなくて、
何でそう思うのかみたいなこととか、どういうことがあったからそう思うのかみたいなのに、
気づけるのが毎日毎日書いていくことなのかなと思うわけですね。
もちろん自分の頭を整理したいとか、今漠然と思っている不安を出したいっていうのはもちろんいいと思うし、
でもその不安って何から来ているの?みたいなところまでなかなかたどり着けなかったりするわけですよ。
もっと心の奥にあるこういうふうにしたいとか、そこを解決してあげないと多分満足しないっていうか、
また同じことを繰り返しちゃうじゃないですか。
そういうふうになりにくくなるっていうか、
ここに原因あったのかとか、これが理由で私進めなかったのかみたいな。
ある日突然気づくわけですよね。
それはやっぱり1日2日では出てこないなって思っていて、
毎日繋がりがないように見えている書いていくことの中に、
だんだん自分の中での、これとこれは繋がるのか?みたいなのが出てくる。
あまりうまく言えないんだけど。
ジャーナリングのことを知りたかったらというか、知りたいなと思ったら、
ぜひかなさんのノートを読んでほしいっていうのが今日の言いたいことです。
私は大いに影響を受けていて、かなさんが出してくださるものに、
そうなのよ、そういうふうに私も思っているところがありますっていうのがあるんですけど、
なぜ言語化が下手くそすぎて文章に起こせないんですけど、
だいたいそういうことはかなさんが書いてくれてるっていうか、書いてる、すでに。
でもずっと前からやってるし、ずっと前から思っていることをノートにしてくださってるので、
とても分かりやすいし、とても伝わる。
だから私が喋ってることがよく分かんないなってなっちゃってると思うんで、
09:01
それはもうぜひかなさんのノートで保管してもらいたい。
保管じゃないな、向こうがメインだ。
そうそう、かなさんがメインで、私こんなこと言ってたなって思ってもらえたら嬉しいなと思います。
今日何の話したろう、分かんなくなっちゃったんですけど。
でもね、何でも効率的にできるわけではないじゃないですか。
効率的にやろう、何て言うかな、効率的にやったほうがいいことはいっぱいある。
何か無理してやってることとか、何て言うのかな、何かを導入すればうまくいくなってことはもちろんやっていいと思うんですけど、
自分の心の中だけはなかなか効率よくならないかなっていうのと、
やっぱり効率よくしたからにそこで何やるのっていうのは大事なのかなと思って。
これはまた別の話になりますけど、
仕事上で効率よくいろんなことやり始めると、また仕事降ってくるじゃないですか。
何のために効率よくしたのって、全然楽になんないみたいな感じになっちゃうなと思って。
そういう感じには自分の中ではしたくないなって。
空いた分はちゃんと自分でやりたいことに当てられるような、そんな心持ちでいたいなと思いました、改めて。
ぜひ、かなさんのノート読んでみてください。
今日も最後までお聞きくださりましてありがとうございました。
良き一日となりますように。ではまた。