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第百九十八回:Tak.さんと生成AI時代の執筆ツール
2026-10-15 1:51:16

第百九十八回:Tak.さんと生成AI時代の執筆ツール

感想

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サマリー

今回は、ZoomからGoogle Meet/Google Workspaceへの移行を試しつつ、Obsidian 1.14やRemember the Milk、Rust製ソフトなど最近のツール事情が話題になります。中心テーマは、生成AI時代に人間が文章を書くことと、執筆ツールをどう設計するかです。話者は、生成AIに完成した文章を書かせると自分のリズムや書きたい欲求が失われやすく、本文よりも資料探し、誤字脱字確認、ファイル操作、構成の分析、秘書的な補助に使う方が有効だと語ります。Codexに作らせたローカルの執筆インデックスや、エージェント自身に情報収集させて独自の書き手を育てる試みも紹介されます。 後半では、チャットよりアウトライナー型のUIが生成AIとの文脈管理に適しているのではないか、という議論が展開します。階層を開閉・ズームすることでAIに渡すコンテキストを調整したり、過去のメモや「浮遊断片」を必要な場面で提示したりする執筆環境が構想されます。1100行規模のアイデアメモをAIに整理・リンク付けさせた経験や、ルーマンのカード法をめぐるリンクと読解の関係も話題になります。最後に、文章から身体性や人間が手間をかけた痕跡を完全に取り除くと、文章を読む価値そのものが薄れるのではないかと述べ、生成AIを使いながらも人間が手を動かして書く意味を再確認します。

Google Meetへの移行と最近のツールニュース
スピーカー 1
はい、うちあわせCast第百九十八回ということで、 今回もゲストにたくさんお会いしております。よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
スピーカー 1
これ本当に録画しているのかが、画面からは分からないんですけども、 そっちなんか変化ありました?画面に。
スピーカー 2
録画マーク出てますね。
スピーカー 1
というわけで、今回はいつもZoomで録音録画しているんですけども、 Google Meetというツールに変えて初めての試験チャレンジをしておりまして、
毎回聞いていただいている方は知っていると思うんですけど、 私も毎回Zoomの更新のたびに、
ちょっとググっているんですけどね。
スピーカー 1
とりあえずに、Zoomというツールが頼りないとか、 だからお金払いたいとかではなくて、
僕のユースケースの場合、ほぼこうやって二人で喋って、 録音したいというだけなんですよね。
Zoomの場合、何と45分以内であれば、 そのような用途は無料で使えるんですけど、
45分をこのたつ間に年間160ドルくらい必要が出てくる。
スピーカー 1
その間はプランがあったら、僕はもう大喜びでZoomにお金を払うんですけども、
一番手軽なプランでその上であるんですけど、 それでもすごい機能が盛りだくさんついてくるんですが、
全く使っていないので、それにお金を払うわけではないかというふうに、
いつも思ってしまって。
今回も一応更新しようと思って、 クーポンを色々探したんですよ。
年間支払いで30%引きのクーポンというのが見つかって、
スピーカー 1
前までは半額とかがあったんですけど、 もう30%ぐらいしか見つからず。
30%のクーポンを適用して、デジを見たらですよ。
手押しで込みだと思うんですけど、150ドルって出たんですよ。
150ドル×160円ってことじゃないですか。 簡単にいけないから。
スピーカー 2
現状のように。
2万5千円。
スピーカー 1
余裕で。
投資に対して割合が合わないというわけではないんですけど、
スピーカー 1
何かちょっとないかなということで、
今回のGoogleMeetsっていうのが、 無料で使えるプランと、
録画をするためにはGoogleワークスペースに 入らなければならないというのがありまして、
Googleワークスペースは大体1,600円ぐらいで、 2万円前後ぐらいで、
ちょっとお安いのにもかかわさず、
Googleサービスがポワーッとしているという おまけになってくるんですね。
特にGoogleのドライブとかドキュメントの 保存の要領が増えたりとか、
自然な感じでジェミニーとの連携ができる というような付加機能があり、
機能と値段を転移していった場合に、
Googleワークスペースに入れたら いいかという感じがしてきまして、
今回これを試しまして、音声とかの具合を見て、
よさそうだったらこっちでいこうかなとは 思うんですけども。
スピーカー 2
そうですね。
こちらの音声って大丈夫ですか?
スピーカー 1
全然聞こえてます。
スピーカー 2
ちょっと倉修さんの音声がこっちからだと 聞きづらい感じになってるんでしょうね。
スピーカー 1
それはあれかな。マイクの問題かな。
マイクどれやっけ。これか。
音声。外部マイク。外部マイクやな。
スピーカー 2
今いいですね。
スピーカー 1
通信の問題かもしれない。ちょっとこっち 弱いかもしれません。もしかしたら。
という感じでGoogleワークスペースを使って やり始めたということで、
Googleワークスペースであれば仕事上でも 使えるんで、
予算感というかお金支払ってる感は 全然悪くないんですけども、
一応リンクを貼っておきますが、
打ち合わせキャスト募金っていうのも あるんで、
ご興味ある方は500円ぐらい募金して いただければ運営がマシになります
という話です。
細かいLIFACニュースがあるんですが、
Obsidianが1.14になりまして、
これまで僕ずっとObsidianに感じていた ボルト外のマークダウンファイルを
そのボルトから開けるようになった ということができるようになりまして、
今まで一つのボルトを開いてるときは そこのフォルダのMDファイルしか
開けなかったんですけど、この点によって 僕はObsidianはテキストエディターとは
何も出ないなとずっと思っていたんですけども、
今の指定したボルト以外のローカルにある MDファイル全て開けるようになったんで、
かなりテキストエディターに近い振る舞いが 期待できるようになったかなと思います。
これは結構大きい変化だと思いますね。
スピーカー 1
今までObsidian外のMDファイルを開くために 別のMDファイルを開くエディター、
AIエディターを合わせて使っていた人も いると思うんですけども、
今回からはこれ一発でも使えるようになった という感じで、大きな変化かなとは思います。
細かい話なんですけど、たまたまなんですが、
Remember the Milkを久しぶりに調べてまいりまして、
スピーカー 2
懐かしい。
スピーカー 1
そもそもまだ残っていたんやに驚いたんですけど、
頑張ってるんだなと思いますね。
スピーカー 1
全然残ってる上に、APIがちゃんと整備されている上に、
最近、MCPサーバーもかなり物々な感じに 仕上がっているなというところで、
スピーカー 1
今、現代でこの話題を初めて触れた人は、
そもそもRemember the Milkか何かは 知らないと思うんですけど、
老舗のタスク管理ツール、タスクリストツール というところでしょうかね、きっと。
昔から愛好者が多くて、結構マニアックなことができる、
スピーカー 1
裏面でマニアックなことができるツールで、
たぶんまだ使っている方がおられるから、
こうやって長いこと続いていると思うんですけども、
こういう頑張ってるツールを見るといいなと思いますし、
表面的に複雑なことはできず、いわゆる タスクリスト管理なんですけど、
来ろうと思えばいくらでも来れるタイプの 普通好みのタスク管理ツールですね。
スピーカー 2
トゥードゥルドゥとか今あるんですかね。
スピーカー 1
もうないんじゃないですか。
あれはもうちょっとデータベースっぽい。
あるわ。
スピーカー 2
データベースっぽいんですね。
スピーカー 1
っぽい感じですね。
ありますね。
スピーカー 2
あるんだ。
スピーカー 1
おーすごいなー。
こうやって残っているいろいろ現金。
あんまり私たちのタイムラインとかには 出てこないようになってしまいましたが、
ちゃんと残っているのはいいかなと思います。
スピーカー 2
こういうのを守備的に追求する人じゃなくて、
過去のデータが残っていればずっと使いますよね。
スピーカー 1
確かに。
それに別にタスク管理ツールAからBに変えたところで
生産性が劇的に上がりだってことはないわけで。
スピーカー 2
そうなんですよ。
スピーカー 1
Thingsとかこの手の普通のシンプルなタスク管理ツールでは
回せることが多いと思うんでね。
気になった方は、
基本的な金額は多分無料で使えて、
何かアップグレードしたら年間50ドルぐらいだったかな。
49.99ドルぐらい。
スピーカー 1
そんなにお高くないんで、
試す価値はあるかなと思います。
スピーカー 2
Nozbeとかあるんですかね。
スピーカー 1
Nozbeはどこかに埋葬されたんじゃないかな。
あるわ。
スピーカー 2
メンバーザミルクからいほずる式に
いろんな過去の。
スピーカー 1
ありますね。
これら全部アカウント持ってると思うわけで。
いろいろですね。
生成AI時代のコーディングと言語選択
スピーカー 1
あとね、Dのっていうのがありまして、
ノードJSとかBANみたいな
JavaScriptランタイムっていうものになっておりまして、
これを入れたらJavaScriptのコードか
パソコン上で実行できたりとか、
そこでWebツールを作るとかいうのがあって、
これノードJSの開発者の方が
ノードJSの設計間違えちゃったって
新しく作り直したのがそのDのなんですけど。
スピーカー 2
そういうことなんですね。
スピーカー 1
だからかなりシンプルな設計になってて。
スピーカー 2
ノードJSの人がやってるんだ。
スピーカー 1
ちょっと非大化してて、
設計の仕方がちょっと根本的にやり直したり
ということで作られた方なんですけど、
それがクラウドフレイヤーに買収された、
参加に入ったということで、
今後クラウドフレイヤーとDの信用性が
高まっていくんじゃないかなというのが
観測されておりました。
で、DHHなんですけど。
スピーカー 1
DHHの話はちょっと驚いたんですけど。
スピーカー 2
落ちちゃったんでしょうね。
スピーカー 1
ルイオンレイズのイベントやったんかな確か。
ルイオンレイズのイベントかなんかで
公演されまして。
まず自分はもうほとんどコードを書いていないと
おっしゃられたと。
スピーカー 1
で、その1回前はやっぱりコードを書かなきゃならない、
手で書かなきゃならないと言ってたのに、
一切、一行も書いていないと言われてて。
で、あと、ヘイのメールサーバーとかを
Rubyじゃなくてラストに書き換えてるという話を
ルイオンレイズのイベントで言うっていうところが
すごいんですけど。
スピーカー 1
基本的にラストはすごく嫌われてたんですけども、
人間が書く言語ではないという話だったんですけど、
自分が書くんじゃなければ別にそれで構わないし、
肩が安全度が非常に高いのはラストなので、
人間が書くならRubyかもしれないけども、
スピーカー 1
今はもう全然ラストにしてて、
パフォーマンスも上がっているという話を
カンファレンスされたらしく。
カンファレンスすごい人だなと思いましたね。
スピーカー 2
ぶっ飛んだ人ですよね。
スピーカー 1
ある程度パフォーマンスとして言ってると思いますけど、
現代のコーディングはほぼそっちに向いて
動いているなというのは感じましたね。
レールズを最初にやり始めたときの、
スピーカー 2
ものすごい初期の頃のデモの動画とかがあるんですけど、
テンション感がやっぱり同じような感じなんですよね。
なんかちょっとぶっ飛んじゃってる感じの。
スピーカー 1
いやー、いつでも話題をさらっていく。
その話題をさらうということも意図して
やられてるんでしょうけども。
でもやっぱりラストに書いてパフォーマンスが上がった
ということはもう事実でしょうし、
ここの会社って小規模の人数で
しておられると思うんですけど、
そういうとこと、いろんなしがらみを無視して
一気に前方向でやり方を変えることが可能な
体制だと思うんで、こういうのも可能でしょうけど、
日本のプログラミング会社と同じことができるかというと
たぶんなかなか難しいとは思いますが。
そうですね。
スピーカー 1
で、無償のオフィススイートっていうのがあって、
アイビスオフィスっていうのが、
スピーカー 1
アイビスオフィスというのが有名なところで、
アイビスペイントっていうのが昔ありまして今もあると思うんですけども、
それの姉妹ソフトということで、
オフィスシリーズがファイルが編集とか開くとかが
スピーカー 1
できるセットが無料で使えるやつということで、
これも生成AI絡みで作られたんやろうとは思いますが、
これもラストなんですね。ラストで書かれてるらしく。
なるほど。
パフォーマンスが早いってことで、
もう最近生成AIで何か作らないっていう話があるので、
大体ラストになってますね。
スピーカー 2
AIに書かせる前提の高級言語みたいなものが、
という方になってたりするんですかね。
スピーカー 1
おそらくそうなんじゃないですかね。
PythonとかRubyとかJavaScriptは動的な片付けで、
人間が読み書きするとき非常に楽なんですけど、
基本的に動作が、型が不安定なので、
エラーが出るとき困るみたいなことがあるわけですが、
C++とかラストとかは非常に型が強いので、
型が強いほうが先生も使いやすいということで、
絶対その動的より静的のほうがパフォーマンスが高いわけですから、
スピーカー 1
パフォーマンス追求を考えたときに、
どうせ人間がコードを書かないと言うなら、
そっちC++とかラストになっていくんじゃないですかね、今後は。
スピーカー 2
人間が書きやすく読みやすいということをあんまり考えない、
むしろパフォーマンスのほうに振っていくみたいな感じになるんですかね。
スピーカー 1
おそらくはそうなるんじゃないですかね。
だから見てもわからないみたいな。
あと、彼らが書いたコードを実直な好き勝手に書かすと、
やっぱり人間が読むの全くわからないし、
普通に読んだら読みにくいんですけど、
でも彼らが自分で書いたコードを直すとか探すというときに、
多分そのほうが探しやすいコードになっているんだろうなと思うので。
スピーカー 1
だから人間のクラフティングとは別の領域のプログラミングが
もう駆動しますし、今世界で書かれているコードの分量は
多分そっちの方が多いんじゃないかと思うんですけど。
これもう本当に精神AIはすごいという話の一番大きな領域がここで。
プログラミング領域で。
そこから周辺に行くにつれ、疑心暗鬼というか、
またそこまでじゃないかという話は多分聞くと思うんですけど、
スピーカー 1
中心分野のプログラミングはやっぱりすごくて。
この精神AIのコーディングエージェントとかも
プログラミングの算出物なので、言ったら
彼らのコード能力の高さが、彼ら自身の能力を上げていくというような感じで、
スピーカー 1
恐ろしい速度で成長しているのが今なんじゃないかなと思いますね。
スピーカー 2
だからそこの領域に関わって使っている人の精神AIに対するイメージと
そうじゃない人のイメージがどんどん変えていっているような感じがしますよね。
スピーカー 1
それはそう思います。
スピーカー 2
実際にそうなんだと思うんですけど。
スピーカー 1
そうなのだから、しかるべき正解かどうかを判定する基準があり、
バックグラウンドに大量の勉強できるコードがあるという状況の
その限定的な領域において、やっぱり精神AIが持つ力は非常に強いですけど、
そもそも正解がわからないとか、
スピーカー 1
判定基準そのものが人文的にアップデートされていくような領域で、
同じようなパフォーマンスを求めるのがやっぱりちょっと違うよなという気はしますね。
人間が書くための執筆ツール設計
スピーカー 1
ニュース周りはこんなところでして、
本題なんですけど、精神AI時代の執筆ツールということで、
非常に根深い問題で、さっきのDHSの話と変わりますけど、
そもそも人間科学に必要なのかという問題がステージされると思うんですけど、
人間が書く必要があるとした上で、
執筆ツールっていうのがどうデザインされるべきなしをされてほしいのかということなんですけど、
ここを僕、JetGPT Plusに課金して今1ヶ月経ちましたが、
スピーカー 1
どう足掻いても文章を書かせない。
何をどうしても文章を自分が書くということはしませんが、
一方で周辺分野に関しては圧倒的に楽になっているという感じがありまして、
まずこの切り分けですよね。
本を書くとか執筆するという行為の全体像ってかなり幅広くて、
そこにどのような形で関わらせるかを考えた上で、
それを例えばツール上にどう実践するのかというところなんですが、
考えてみても、エディターの横にタイトルバーにチャット欄を設けて、
それとやり取りしながら文章を書くというのは、
多分あんまり違うんじゃないかなというのが今のところの感じですね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
どっちかというと僕の場合は補佐的な、
アシスタントというよりは秘書とかそういうのに近いやり方で使っているんですけど、
だから基本的にはもうこれこれ作ってっていう、
こういう機能が欲しいからこれ作ってって言って、
はいできましたっていうのを確認するだけで、
書くという作業に本格的には立ち入れてないですけども、
最近やってるので結構いいなと思っているのが、
画面を共有するにはどうする。
これか。
スピーカー 1
許可する。
このウィンドウを共有。
はい。
見えてます?
執筆インデックスとAIエージェントの書き手
スピーカー 1
執筆インデックスというのを作ってまして、
これいわゆるただのHTMLファイルです。
ローカルに保存されている。
URLが見えるんやったら多分見えると思いますけど、
僕のパソコンにあるHTMLファイルが表示されていると。
これ自身はもうCodexに作ってもらってまして、
要するに僕のプロジェクトDHっていうのを保存しているフォルダが一つあるんで、
その中身とかを整理してもらったという形で、
本を書くときとかにプロジェクト用のフォルダを作って、
そこに原稿ファイルとか資料とか集めるってことはよくやられてる手法やと思うんですけど、
例えばMacのファインダーでそれを見たところで、
ファイル名が並んでるだけなわけですよね。
それぞれが何であるのかとか、どういう位置づけであるとか、
どんな役割を担っているのかは本部に書くしかないわけですけど、
本部を開くしかなく、一つ上の視点で全体を見通すっていうのがなかなか難しいなとずっと思ってたんですけど、
これだったらインデックスHTMLでまとめさせないんじゃないかということも至りまして、
適当にやってほしいことを言ったら、パパーと作っていただいて、
このリンクを押したら、僕が作っているエディターでそのファイルが開くようになってまして、
そのまま執筆に書かれるようになっているというところで、
執筆プロジェクトごとにすべてこのインデックスHTMLがあるんですね、フォルダごとに。
それを人間が自分で作るのはまずスカーンをするわけですね。
スピーカー 1
しかもこれ一個一個プロジェクトごとに雰囲気が違うんですよね。
Obsidianのほうを今ちょっとやっているんですけど、その背景が黒くて字が紫っぽくて、
いかにもObsidianみたいな感じになっていて、ページの情報の配置もそれぞれ違うんですけど、
人間がやる場合、テンプレートみたいなのを作って、どこに置きはめていくということになるわけですが、
そうすると味気ないというか、見てても退屈するわけですけど、
ここのフォルダの状況に合わせて作ってくれと、適当に言えばそれっぽい案を出してくれるので、
あとは文句つければ、自分の執筆用の情報が一個に集まったファイルが開くというものができあがると。
これはローカルで動かしているだけなので、別にサーバーとかローカルサーバーとかはいらなくて、
このファイルをブラウザーで開いて一覧できるという簡単なものが、SCI周りで作っているものの一つです。
MCPDOとかはあれなんですけど、もう一個考えていたのが、書き手を作れるかということを実験的にやってまして、
よくやられているのは、暮らしたただのに名義の文章をいかに書かすかというテクニックの追求という、
自分の代わりの書き手、自分に代わって書いてくれるエージェントを構築するという話がたくさん出てくると思うんですけど、
スピーカー 1
僕の感じで言うと、一生そんなことでは実現できるわけではなく、
僕の過去をなぞるだけしかなくて、僕が新しく書く文章は絶対に満たせないなということで、むしろ逆じゃないかと思ったんですね。
エージェントにしか書けない文章を書かせるのが多分筋が良いのではないかと思いまして、
じゃあどうしたらそれができるかなと思ったんですね。
つまり、書き手を作るにはまず何が必要かと考えたんですよ。
そしたらまず情報収集が必要だなと思って、
僕の情報収集と全く関係なくて、エージェントにフォルダを一つ与えて、
あなたが情報収集するとしたらどうしますかって言ったら、
例えばRSSをチェックしますかね、みたいなことを言ったんで、
じゃあRSSをチェックする機構を作ってとかって言って、
あれだけが使えるRSSリーダーとフィギュアチェックで、
あとウェブクリップみたいなものも勝手に作り出して、
知らん間に小説を書き始めとったんですけど、
これが面白いなと思ったんで、
だから僕はその中身に全く関与せずに、
適当に記事を読んでみたらみたいなことを促すだけみたいなことをたまにやってまして、
これはだから僕の仕事を代表させるというよりは、
一人のオーターをエージェントの中に育てるということを最近やってますね。
スピーカー 1
これはこれでまた面白いです。
ちょっと結城先生っぽい感じがしますね。
結城先生も本当にいろんなことをやられてますけど、
文章を書くことそのものは別にやっぱり自分でやるしかないということはおっしゃられてましたね。
スピーカー 1
先生に話題で書かせてもいいけど、
結局そこから自分で書き直すことになるとおっしゃってて、
それはそうで、それが二度手間ではないんですよね、基本的には。
そうじゃないよとあなたはこう書いてるけど、
スピーカー 1
私が言いたいことはそうじゃないっていう駆動力というか、
そういうドリブンによって書いていくということは普通にあるでしょうし、
そうじゃない、私が書きたいのはこうだっていうのは、
そうじゃないから立ち上がってくると思うんですよね。
スピーカー 2
わかります。
スピーカー 1
書かれたものを読んだときに自分が書きたかったことのズレが際として
知覚できるからこそ具体化が進んでいくっていう方式はあると思うんで、
だから先生に文章を書かせた上でそこから書き直していくというのは、
土台とかたたき台のもっと手前のところに位置させれば、
一つ方法としてはありかなと思いますけど、
スピーカー 1
そこがうまく立ち上がってこない段階でやってしまうと、
それはそれで問題があるかなという気もしてまして、
特にアプリとか作ってるときはそうなんですけど、
何か作らせるじゃないですか。
スピーカー 1
そうするとその形が僕の中でのスタート地点になってしまうんですよ。
全く違うUIの可能性とかがもう頭に浮かんでこなくて、
そこの画面でどうするかみたいなことになってしまうわけですけど、
それは僕の中でアプリのイメージが弱いからなんですよ、基本的には。
そういうふうに文章の場面に置き換えたときに、
やっぱり自分が書きたいこと、これっていう書きたいことがまだ熟識ってない段階で
しなかったみたいな文章が出てきてしまうと、
これで良いかっていうふうになってしまう可能性があるんじゃないかなと、
ちょっと懸念がありますね。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
この辺で、そこも自分の執筆経験から判断していることであって、
今日今から文章を書きますっていう人がそれの判断が効くかどうかで言うと、
ちょっと怪しい側面もあるかなという気はしますね。
スピーカー 2
そうですね。そこがたぶん一番の問題なんじゃないですかね。
普段自分で書いてる人じゃないとできないみたいな感じになっちゃうと思うんですよね。
スピーカー 1
実際、今正々堂で自分でコードを書かなくて任せまくってるって言ってる人の大半が、
コードを書けてた人なんですよ、元々。
そこにある経験値から来る判断みたいなのがあって、
その判断を抜きにして同じことになるのかっていうと、
それはだいぶ怪しいという気がしますね。
スピーカー 2
そうですね。
だからこの執筆においてエージェントを使っていくっていうことは、
スピーカー 1
普通に広範囲に行われてるでしょうし、
特に現実的な範囲で言うと、リファレンスをさらうときに、
資料を探したいときに、彼らに最初の一歩を提示してもらうということは、
多分普通に行われてるでしょうし、書き終えた文章の誤字脱字とかを確認するっていうことも、
多分普遍的に行われてるでしょうけど、
その間ぐらいにあるアイディアから文章になすときに、
どこまで生成AIを役に立つかというよりは、
どこまで介入させるかという判断がないと、
その状態で作られた生成AI with Editorっていうのは、
だいぶ危なくなる気がしますね。
スピーカー 2
そうですね。そう思います。
アウトライナー型UIとコンテキスト管理
単純にエディターの画面と、
スピーカー 2
AIとインタラクトする画面を並べておけばいいということにもならないし、
AIが書きつつある文章に介入させるさせないという問題でもないと思うし。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
だから難しいですよね。
エディターにしてもアウトライナーにしても、
生成AI時代にそれはどうあるべきかみたいなことを、
コメントとかに書かれる方がいるんですけど、
スピーカー 2
エディターとかアウトライナーの機能そのものは変わらないんじゃないかという気がしていて。
スピーカー 1
あー。
スピーカー 2
少なくともAIとの関わりというものを前提に、
機能的に変わるところがあるのかっていうとないような気がするんですよね。
スピーカー 1
エディターに関しては、この形以外になったらもうそれはエディターではなくなると思うんですけど、
ちょっと面白いなと思ったのは、アウトライナーと言うよりは、
アウトライナー的な開口、開倉の閉会?
開閉か。開閉の発想を使って、生成AIに対してコンテキストをどう与えるかというのが常に問題視されるわけですけど、
ある程度コンテキスト量が増えると圧縮するんですね。
コンテキストウィンドウの9割ぐらいだったら自動的に圧縮してそのまま続けられるように賢く振る舞うわけですけど、
そこの圧縮についてアウトライン的発想を持ち込んでいるものがあるらしく、
つまり単純に圧縮するんじゃなくて、一瞬見えなくする。コンテキストの参照から見えなくすると。
ユーザーが例えば、あのときああ言ったじゃんって言われたら、その圧縮したものを回答して、
確かにここに書いてましたねって切り替えせるようにするという仕組みがあるらしく、結構今はと思ったんですよね。
アウトライン構造が例えばUIとしてあって、今彼らに与えたいコンテキストのとこだけを開いておくと。
そこを読んで世知谷が行動する。逆に言うと、あるコンボコにズームした状態で世知谷にコンテキストを渡すと、
そこだけ神が理解するみたいなことができたら、これ新しい形での情報の利用の仕方じゃないかなってちょっと思ったんですね、そのとき聞いたときに。
これらが非常に人間のこれまで使ってきた階層構造で情報を扱うっていうのと、コンテキストウィンドウには限界があるよねっていう話が
うまく組み合わさってるんじゃないかなと思いますね。
スピーカー 2
そもそも僕は生成AIとのやりとりというか、UIってチャットよりもアウトライナーのそのものの形になってる方がいいなと思ってるんですけれども、
ただそれが今倉下さんが言ったみたいな、文脈の抽象度とか下下げとかいうことにも使えるというのは確かにその通りだなと思いますよね。
スピーカー 2
単純にUIとしてアウトライナーになるといいなと思ったんですけど、そういう意味もありますよね、確かに。
スピーカー 1
だから全体的な話したいときは開講目全部閉じた状態のコンテキストで、ある作業の具体的な話だったらズームしてみたいな使い分けは、
たぶん形を変えて行われてると思うんですよ。
実際、LLMウィキっていうのがありまして、まず生の情報をロー情報を与えたら、
水性AIがそれを全部読んで第一段階の抽象化を行うと。
それを第一段階の抽象化をさらに第二段階の抽象化っていう風にして、それらを全部リンク構造でつないでいくことで、
一番上の項目を見るだけで全体像がわかるし、水性AIは情報を適切に見つけることができるっていう、
効率的なナビゲーションのための方式なんですけど、結局抽象度を上げていくっていうことは、
アウトラインでいうとズームアウトしていくっていうことに似てると思うんで。
やっぱり回想構造で情報をうんちゃらするっていう思想そのものは絶対に必要なんだなという。
水性AIがいくらウィンドウの桁がでかいといっても、
全部読み飛ばせると読み飛ばすところから出てくるので、
ここはわかってほしいっていうことを回想構造的に操作できた方がいいんじゃないかなと思うのと、
スピーカー 1
人間はこれを結構ナチュラルにやってるってことだなっていうのもちょっと思いましたね。
スピーカー 2
やってるんですよ。だから回想の上下というのを人間はナチュラルにやってるんですよね。
だから個人的にはリンク構造を再現したハイパーテキスト的なものよりも、
回想型のアウトラインのほうが人間の思考の補助に向いていると思うのは、
回想の上がり下がり、レベルアップレベルダウンが形として目に見えるように操作できるというところに追うところが一番大きいと思うんですよね。
自分の中で考えるときも回想の上がり下がりって人間ってやってると思うんですけど、
コミュニケーションのときも、結局人に伝えるときに、いわゆる結論を早く言えると言われちゃう言い方ってあるじゃないですか。
それを避けるためにどうするかっていうと、回想一段か二段上がってまず、
上の回想のレベルの中小度で一旦伝えておいて、これこれこうなんですよ。
スピーカー 2
相手が、それはどういう具体的に言うかとか、もうちょっと詳しくって言われたときに、
今度は一段か二段回想を下がって、それはこれこれこうでこうでこうでっていうふうに伝える。
コミュニケーションのときも、お互いに回想の上下をしあいながらやってると思うんですよね。
だから、そういう意味では思考の補助をさせる者は、
個人的にはすべからくアウトライン構造を持っているべきだと、私は思いますね。
スピーカー 1
まあだから、結論から言われてしまうタイプの人は、
メンタルモデルとしてあんまり回想構造がないんでしょうね。
自分のしゃべりの中に。
スピーカー 2
そうなのかもしれないですね。
スピーカー 1
それが、訓練なしに使ったらちょっと、んーっていう感じはあるのかもしれないです。
スピーカー 2
だから、もともとはない。
そうなんですよね。僕今、人間はそういうふうに思考してるみたいなこと言いましたけど、
それって人間の思考に自然にそのあっているものなのか、
それとも、今の現代社会で生きてコミュニケーションしたり考えたりする中で身につくものなのか。
スピーカー 1
まあ、こうしたじゃないですかね。
スピーカー 2
そうなんですかね。
僕は、たとえば平気物語の時代に回想って、まあでも組織構造はあったか。
スピーカー 2
いや、でもそれを言うと暗黙主的なものを持って上位回想に登るということなんで、
そういうレベルではあると思うんですよね。人間の本来的な部分に。
スピーカー 1
たとえば狩猟時代にあったというかとかじゃないな。
そのような思考が必要とされたのかどうかということですけど、ここで言うと。
必要とされたんじゃないですかね。
スピーカー 1
ああ、そうか。
スピーカー 2
たとえば狩猟時代にロジカルな思考はしなかったとしても、
たとえば技術に習熟するってことはあるわけじゃないですか。
たとえば弓矢を扱うときに、
猪に向かって矢を放とうとするときに、
当たり前ですけど、走ってる猪に今見えてる場所に打つとたぶん当たらないですよね。
だから偏差削減をしなきゃいけないわけじゃないですか。
そういう言葉はなくても、狩猟時代の人も自然にそういうことをやるようになっていくわけじゃないですか。
そのときって、おそらく一段階回想的には上に上がってると思うんですよね。
スピーカー 1
なるほど。
それを言語的に表現しようとするとなさそうですけれども、
人間の認識ってそういうものなのではないかという話が大きくなりましたね。
スピーカー 1
でも、ごく単純に今聞いてて思ったんですけど、言語って回想できるよね。
言葉を使うということ自体が、もうその抽象性の移動を知るんですよね。
スピーカー 2
そうですそうですそうです。
いわゆる言語化するっていうのもそういうことじゃないですか。
言語に置き換えられるレベルに上がって考えるっていうことですよね、たぶん。
スピーカー 1
そう考えたら、言語が使えるほどの脳を持った人間にとっては、わりかしナチュラルな感じ。
もちろんある程度そういう考えに親しむことで、より具体的に強まっていく考え方ではあると思うんですけど、
能力としては普遍的な感じかな。
スピーカー 2
そうだと思いますね。
スピーカー 1
うーん、そうか。
だとしたら、単純にチャットで流れていくだけも、
実際はチャットを上から眺めるスレッド一覧があって、もうすでに階層があるんですよ。
もう一覧があってもいいってことね、要するに。
スピーカー 2
そうだ。スレッド一覧とチャットの流れの間にも、おそらくあるはずなんですね。
スピーカー 1
たしかに。
スピーカー 2
AIの回答ってだいたい内部でベタ打ちのテキストで出てくることはほぼなくて、階層化されてるじゃないですか。
見出しと過剰書きみたいになってるんで。
だからその間でも、もう何段階かあってもよさそうですよね。
スピーカー 1
うーん、たしかにね。
そこの設計はあんまり今のところ意識されてない感じがしますね。
そもそも例えば、何かプロンプトを与えて、向こうが何か返してきて、
それに対して、今言ってもらったこれはこうじゃないですかとかって、
スピーカー 2
こちらからもう一回返すときに、それが文章であったら境目に見出しが入ってもいいわけじゃないですか。
スピーカー 1
そうですね。たしかに。
スピーカー 2
その見出しを入れた状態にすると、もうその間に中間階層がもう一つできてるわけです。
スピーカー 1
うんうんうんうんうんうんうん。
僕は、性性愛とのやり取りをアウトライナーの上でやったほうがいいと思うのはそういうところで。
そうすると、中間階層ができればそれを閉じちゃうことによって、
スピーカー 2
今までどんなやり取りをしてきたのかっていうのも把握できるようになりますし。
スピーカー 1
それはそうですね。
例えば往復しているうちに、途中で考えが変わって、
三つ四つ前のプロンプトはもう全部忘れてほしいみたいな時があるんですけど、
スピーカー 2
そうそうそうそう。
スピーカー 1
途中ではいいってことですね。
スピーカー 2
そうなんですよ。
そうそうそう。このやり取りのこの辺からにしてほしいねって。
スピーカー 1
ありがとね。
スピーカー 2
忘れてほしいみたいなのがありますね。
スピーカー 1
ありがと。
でもそれは面白いですね。
スピーカー 1
でも結局、ここはやり取りにおけるアウトライン機能の便利さということで、
切実におけるSSAIの介入のレベルでいうと浅いというか、
外側、周辺位置に位置すると思うんですが、どうなんでしょうね。
例えば本当にしょうもないんですけど、
例えばChapter001ってなってるファイル名をChapter01にしてくださいみたいなことは、
SSAIでないとやる気がほとんど行わなくなってきてるけど、僕は。
そこをファイル操作に関するコマンドをプロンプトでできるっていうタイプのエディターは嬉しいかなと思いますけど、
それ以上のことですよね、要するにね。
日本語入力のリズムと文章生成
スピーカー 2
そうですね。だからファイルの操作、テキストの操作はもう全然お手の物じゃないですか。
はい。
スピーカー 2
だけどそれと文章の操作は全く別次元の問題であって、
そうするとテキストエディターと文章エディターの差って何?っていうときに、
単なるテキストの操作じゃない文章の操作って何なのかって問い始めてしまうと、
スピーカー 1
じゃあ文章って何なのかって話になっちゃうわけですよね。
スピーカー 2
で、それを操作する文章エディターの機能って何が考えられるんだということと、
文章に対して生成案をどう介入させるかっていうのは、たぶん同じ話になると思うんですよね。
スピーカー 1
それはそういうと思います。
だから文章っていう包括的な表現の場合、
事務的な文章と操作的な文章の両方が含まれてしまいまして、
スピーカー 1
でも電車は生成案で良かろう、何しらもう生成案の方が良かろうみたいなことの流れはあると思うんですけど。
スピーカー 2
ありますね。
スピーカー 1
校舎ですよね。
ここで言うと小説とかだけではなくて、もっと広い範囲での操作的なクリエイティブな文章を書くっていうことを混ぜて考えると、
圧倒的に不利なんですけど、こっちが不利なんですけど。
スピーカー 1
例えば手で入力することが必須なのかということもあり、
音声入力でもいいじゃないかもあり。
スピーカー 2
あると思います。
スピーカー 1
僕もそこはちょっとはっきりしないところがありまして、
すごい見たのは、もう漢字変換せずに、全部平仮名で入力しても生成案が良い感じにしてくれるよっていうのがあって、
僕はあれは音声入力より悪いなと思ったんですけど、
漢字で変換するときに起こっている知的作業を無視してはいけないと思ったんですけど。
スピーカー 2
そのとおりだと思います。
これは若干マッチョな発想かも。
スピーカー 2
マッチョではないと思いますよ。
僕がこんなこと言うのもあれですけど、
それって書くということの本質に触れてる話だと思うんですよね。
僕、ライブ変換がだめなのも、誰にとってもだめだとは思わないんですけど、
自分がライブ変換をうまく使えないのもたぶんそこにあると思うんですよね、理由が。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
Macのライブ変換って能力的にはもう十分、完全に実用レベルだと思うんですけど、
どうしても僕だめなんですよね。
もともと僕はものすごく細かく区切ってる感じで。
みんな変換のことを言うんですけど、
スピーカー 2
僕は大事なのって確定だと思うんですよね。
なるほど。
スピーカー 2
日本語をコンピューターで書くときに重要なのは、
昔変換が今みたいに賢くなかった頃は、
変換の能力、変換の機能ってすごく大事だったと思うんですけど、
今はだいたいどれを使っても実用レベルじゃないですか。
Macの標準変換でもWindowsの標準変換でも完全に十分実用レベルなんで、
エトックのほうがいいかもしれないけど、でも実用レベル。
何が一番違うのかっていうと、確定の仕方だと思うんですよね。
なるほど。
スピーカー 2
僕はやっぱりエンターキーでパーンって確定するっていうのは、
どうしてもおかしいと思うんですよね。
あれは絶対に、あんまり悪く言うとそれをやっている無数の人が悪く言うんですけど、
エンターキーを押すっていうのは理想的な形じゃないと個人的に思っていて、
だってあれ開業するときに押すものですから、アルファベットであればね。
スピーカー 2
じゃあだから、スペースバーで変換を起動するっていうことを始めたのはおそらくエトックなんですけど、
80年代にジャストシステムが発明したんだと思うんですけど、あれはすごい発明なんですよね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
それだと普通に文章を書くリズムの中に変換を組み込めるんだと思うんですよ。
で、変換するだけじゃなくて、どういうタイミングでどう確定するかっていうのが、
実はすごく書くことに大事だと思うんですけど、あんまり同意してもらえないです。
スピーカー 1
ライブ変換はどっちかっていうと、しゃべるとか話に近い位置付けになりますね、あれはリズムという感じで言うと。
スピーカー 2
もちろんライブ変換で自由自在に書ける人は全然ライブ変換でいいし、
音声入力で自由自在に書ける人はそれでもいいし。
スピーカー 2
つまりすごく整理的な話ですよね。
スピーカー 1
たしかに。
スピーカー 2
で、直接書かれた内容と自分の肉体がインタラクトするところなんで。
スピーカー 1
はいはい、たしかに。
スピーカー 2
そこの好みというか、自分との相性は無視してはいけないような気がしますね。
スピーカー 1
そうですね。ここは効率性では測れない何かは確実にありますね。
僕もライブ変換は2、3回たまりますが、やっぱり馴染みませんでしたね。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
僕も細かく変換するほうなんで、細かく変換する人間はあれは合わないですね。
合わないというか、リズムが合わないというべきかな。
スピーカー 2
そうなんです。
だから英語で言うと、単語の区切りがない文字の連なりを延々書き続けてるような感覚になっちゃう。
スピーカー 1
なりますね、なりますなります。
スピーカー 2
ということは自分にとっては、ほぼ1文説か2文説ぐらいで変換確定する癖がついちゃってるんですけど、
でもそれによって書くときのリズムを作ってるんですよね。
そのリズムが上手く自分に乗ってくると、内容にも影響してきたりするし。
すごくその辺は大事で。
でも逆に言えば音声入力とかライブ変換に最初から慣れてる人は、
そういうこととは関係なく頭から出てくるものを映し取っていくみたいな書き方ができるってことかもしれないし。
スピーカー 1
それは結局原稿用紙自体の通人と一緒ですよね、やってることを。
スピーカー 2
かもしれない。原稿用紙で書ける人なのかもしれないですよね。
そうですよね、きっと。それはできるタイプの脳の構造になっている。
スピーカー 1
もちろん後から直すってことはするにしてよ。
細かく説を区切りながら考えて書くというのとは違った脳の動きで書かれてますよね。
スピーカー 2
だと思いますね。
もしくは思考の区切りが長い。
人行きですね。人行きが長い。
僕から見ると倉下さんも長いですけどね。
スピーカー 1
でも、1ツイートを1回も途切れずに音声入力で完結させられるかっていうと、かなり難しいですね。
スピーカー 2
例えば昔から漢字変換、IMで等点変換みたいなのがあったじゃないですか。
丸や点を打つとそのタイミングで変換してくれる。
だからいちいち変換キーを押さなくても自然に変換できますよっていうのがあって、
あれも昔から使えないんですけど。
だって1センテンス変換しないで打ち続けるなんてできるわけないだろうと思ったんですけど、できる人はできるんでしょうね。
スピーカー 1
そうですよね、きっとね。
スピーカー 2
実はそのほうが変換効率も上がったりするんですか。
スピーカー 1
結局文脈の長いほうが変換効率が上がるんで、頭ではわかってるんですけど、
何回練習しても元のところに戻ってくるんですね。
でも、いわゆるスペースで変換って偉大なんじゃねえだなというのは。
スピーカー 2
あれはジャストシステムさんが現代日本語に対して行った偉大な貢献だと思いますね。
すごいな。
スピーカー 1
基本的に英文の場合は、まさにそのスペースが単語と単語の区切りで、
たぶん英文化を維持したらそこがリズムの基点になってるんでしょうね、きっと。
それを未練のニュアンスに持ってきたという発想はすごいですね。
スピーカー 2
そうなんですよ。
スピーカー 1
だってスペース入れてないのに、スペースで使われて誰かが酔ったってことですもんね。
スピーカー 2
そうだと思いますね。
スピーカー 1
いやーすごいわ。
スピーカー 2
だから本当は英語のスペースの代わりになっているとすれば、
本当は変換したタイミングをエディターなりワープロなりが覚えてくれてて、
その区切りごとにカーソルがジャンプできるとか、選択できるとか。
スピーカー 1
あーだから、文節といえばその人の文章リズム説が確保できるってことか。
スピーカー 2
それやってくれるといいのになと思うんですけど、まあまあ。
スピーカー 1
これだけのことでも結構ありますけど、
こういう話が出てきてる時点で、
AIに文章を書かせることの限界
エディターに生成AIで文章をダラッと流したらそれでOKみたいな話と程遠いですよね、これは。
スピーカー 2
程遠いですよね。
それが役に立つ場面があることは全く否定できないしないですけど。
そうですね。生成AIのアウトプットがうまく自分になじまないときっていうのは、
だいたいリズムが違うというか、変なリズムが。
勝手にリズムを作ってるみたいな感じにこっちが感じてしまうと、
それを直すこともできなくなっちゃうというか。
だからあえて過剰書きで出してとか、
あとは感情を入れないで淡々と出してもらうとか、
工夫の仕様はいろいろあると思うんですけどね。
スピーカー 1
まあでもやっぱり生成AIが書いたものを手直しして云々の手法は、
たぶん全面的にやめたほうがいいというのか。
もう始めから書き直すか、おっしゃられたようにアウトラインにとどめておくのがたぶんよくて。
やっぱり直せないですね、あれはね。
文章を生成させちゃうと直せないですね。
スピーカー 1
直せないですね、あれはね。
スピーカー 2
あのなんというか、もう線が一本通っちゃってる。
よくも悪くも通っちゃってるので。
あれほど強い線が全く同じように途切れず最初から最後まで通っちゃってる文章って、
なかなか人間は書かないんじゃないかと思うんですよね。
スピーカー 1
まあ書けないでしょうね、きっとね。
よくこの訓練しても難しいと思うんですけど。
スピーカー 2
難しいと思うんですよね。行き継ぎが全然ないみたいな感じになっていて。
この間ノートに、敵孤独マガジンの記事ですけど、書きましたけど、
そのときアウトラインをあえて出してもらうっていうやり方が一つあるなとは思いますね。
ちょっとリッチめなアウトラインね。
見出しを並べただけじゃなくて、それこそ戦略まで書き加えた。
でも本文は書いてない感じのちょっとリッチな感じのアウトラインを出してもらうと、
それをベースにシェイクするみたいなことはできるかなと思いますね。
スピーカー 1
そうですね。まだそこは余白がありますからね。
項目と項目の間に余白があるんで、介入する余地はありますけど、
生成された文は、僕自分のテキストボックスとかエディターとかほぼ彼らに書かせてるんですけど、
もう手入れられないでしょ、僕が。
スピーカー 1
入れとくないとかじゃなくて、入れられないような感じで。
完成した文章が出てくるのはたぶん同じことになるでしょうね、きっと。
スピーカー 2
なると思いますね。
スピーカー 1
この前、生成AIっぽい文章がいかに出てくるのか実験をしてまして、最終的に失敗したんですけども、
うまくいくやり方としては、僕はプロンプトで記事を書けってのはそもそも無理だったんで、
だって記事を書くってそういうことではないので、あるテーマについてGPTに投げて、
スピーカー 1
それについて聞き返してきたことに対してまた説明を重ねていくということをした上で、
それを文章の形とアウトラインの形に2つ出させたんだけど、
アウトラインの形をベースに文章を書ける感触はあったんですけど、
やっぱり出し切った感があるんで、1つ前のプロンプトのやり取りで。
だから書きたい欲求がかなり減退してたんですよね。
そうすると、文章オリジナルの機能としてそれがあったとしたら、あんまりよくないような形ですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
だからこれ難しいなと思って、ソードラインっていうやつの紹介で徹底的にこっちに質問させて、
強化なアウトラインを築かせて、あとは書くみたいなことが紹介されてたんですけど、
やっぱりそれでなお書きたいという気持ちが残っている対象に限られるのかなという気がするんですけど。
自分の中で書くことを通して物事をはっきりさせたいとか、自分の考えを発見したいみたいな欲求があって書くんで、
そのプロンプトのやり取りで自分の考えたことはこういうことだったんだと。
そのプロンプトを出す前には気づいていなかったことを往復のやり取りで、
スピーカー 1
自分の言いたかったことはこういうことだって、発見した瞬間に書く意欲が逆転してくるので。
このやり方も通常の筆筆とかではたぶん変えないかなという気がしてしまうんですよね。
スピーカー 2
そうですね。それで思い出しましたけど、僕一回やったの。
ある内容について書こうと思って、いわゆる壁打ちをするつもりでやり取りしてたんですけど、
それをやったあとで、AIの言ったことは全部消して、
自分のプロンプトだけ抜き出して、それで完成させたみたいなことを一回やりましたね。
スピーカー 1
そっちのほうがまだあり得ますね。空白ができるから全然。
また何か埋めるものが出てくるでしょうけどね。
もちろん内容によりますけど、意外にそれがね、
スピーカー 2
要するに相手にしゃべると自分でわかるのと同じ件だったと思うんですけど、
意外に勘弁、アイディアジェネレーター的な役割を果たしてくれるということはわかりましたね。
ポートラインみたいにまとめてくれなくても、
自分がAIに理解させようと思ってプロンプトを打つということによって自分が理解できる。
そのプロンプトを後で集めると、自分が理解に至った即席がちゃんと並んでるっていう。
スピーカー 1
こっちのほうが望んでる使い方に近い。
そう思うんですけど、僕、文章を書いてるときって、
AIに理解させようとプロンプトを打ってるのと似た気分で文章を書いてる気がするんですよね。
読み手に、このことをわかってほしいと思って。
もちろん応答がないから一方通行なんですけど、
でもマインドとして、シフェーとして、たぶん似たことを教える気がしますね、あれは。
スピーカー 2
かもしれないですね。
スピーカー 1
こっちの応答だけを残すようなエディターであれば、まだ余地があるか。
スピーカー 2
そうですね。
すごく直接的には、チャットの画面で言うあっち側とこっち側を区別しておいてくれて、
こっちだけとかあっちだけ抜き出すみたいなことができると便利かもしれないとは思いました。
スピーカー 1
やっぱりやりとりをどう生かすのかも、これまでの執筆にはなかった観点が必要ですよね。
基本的には自分一人で考えて、自分一人で書くというのが物書き作業なわけですけど、
エレンティックなものが出てきて、何か役に立たせられるだろうというこの地点において、
どう使っていくのか。
スピーカー 1
これまで本当に悩んでしまって手が進まなかった人が、
正々堂を使うことによって文章をとりあえず出せるようになったと。
そこから自分で直していけるということを喜んでいる人が何人かいまして、
それはひとつテクノロジーの救いかなと思うんですけど、
それと自分がどう書くのかはまた別の次元に残ってしまっており、
どう試しても直接は無理で、
執筆の方向性を決めるときの話し合いでも多分ダメで、
例えば今ちょうど書いてる本で、4章と5章の内容が一応つながっている感じで書いてるんですけど、
2つのファイルを読んで、つながりの観点から何か言ってって言ったら、
こことここの点がつながっているのはいいですけど、
スピーカー 1
この4章に加えて5章、この辺がバランスよく記述が足りないですよみたいなことを言われて、
まあなるほどなとは思ったんで、やっぱり全く役に立たへんと言えないなとは思うんですよね。
だからどこまでを引き出して、どこから立ち入り禁止にするのかというところを、
双方側がかなり見極めておく必要がありそうだなと思いますが。
スピーカー 2
一般論ですけど、バランスの悪い側、悪い方がバランスが悪いことによって、
本当にべきとして悪いと言えるのかというのもわからないですね。
スピーカー 1
わからないですね。
スピーカー 2
何を基準でバランス。
スピーカー 1
記述の量が揃ってないよっていう指摘だった。
だからそこは客観的じゃないですか。
データを見ているだけなんで、文字の量を見ているだけなんで、
そこは別にですけど、だからそういう分析と、
例えばこの文章は面白いですみたいなのはまた別の次元じゃないですか。
バランスが悪いことを踏まえた上でもっとバランスをこうしていこうと
判断するのは大差なわけですね。
そこはやっぱり自分で引き受けた上で、価値判断は自分でするけども、
まず客観的な、主観が必要とされないような分析について
手伝ってもらうことは有益か、むしろ人間が見過ごすようなことがあるので、
悪くはないかなっていうのが一つと、
あと一人でやってると延々と同じことを考えてしまう問題が起こりやすく、
それを切断する手助けにはなってくれるかなと思うんですけど、
そこも使い方によってはより混乱することは全然あり得ると思いますが、
一人で悶々としてるのは結構危険なのでね。
スピーカー 2
そうですね。混乱させられちゃう可能性もかなり高いので、
そこが難しいんですよね。
スピーカー 1
ちなみに僕は最近、執筆プロジェクトごとにagent.mdを置いてまして、
執筆作業をしようと思ったらそこでコーデックス立ち上げるんですけど、
何も言わなくても、本日は第5章の読み返しをしてくれて、
確かにそうだった、思い出すっていうことがあって、
やっぱり秘書的なものでは非常に強いなと思いますね。
ということは、倉田さん、実在の秘書がいたら使えますか?
スピーカー 1
いかねえ目な人であれば、
経済的な話を無視するとしたら、アシスタントがいてもいいよなと思いますけどね。
そうかね。でもだって倉田さん、アリス……。
そうそう、まさにそう。
結局、セルフマネジメントの大半は、半分自分で自分の秘書をしてるっていうことですから、
そこをある程度アウトソーシングしたとしても、
例えば今日第5章から始めるってことを自分でメモ帳を開いて、
それを確認するのとほぼ変わらんわけで、
彼らがプロンプトで流すことは、
プロンプトじゃないけど、オートで流すことはほとんど変わらんわけで、
そこはある程度自動化の範囲でいいと思いますけど、
ただ、次何をするかを彼らには決めてほしくないんで、
次の作業は第5章から読み返しってログに書いたから、
彼らが復習してるわけではないっていうのは特徴かもしれませんけど。
スピーカー 2
これ僕の問題点だと思うんですけど、自分の。
例えば自分が秘書というかアシスタント的な人を雇える状況にあったとしても、
スピーカー 2
全然そういう人を有効に仕事をしていただける気が全くしないんです。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
例えば秘書の人から、アシスタントの人から、
今日の作業はなんとかからですってリマインドされたとしても、
それができる気がしないし。
スピーカー 1
でもまあ、できないといいんじゃないですか。
スピーカー 2
まあそうなんですけど。
スピーカー 1
できないと申し訳ない感じがあるということですね。
スピーカー 2
申し訳ない感じがありますね。
僕はAIに対してさえ申し訳ない感じがあって。
スピーカー 1
それは一人で喋ってると疲れるでしょうね。
寝ちゃうんですよね。
スピーカー 2
それは別にその中に人格を見出しているわけでは全然なく、
言語的な刺激を直接的に受けすぎるというか、表現が難しいんですけど。
なんというか、直接影響を受けるんですよね、言語に。
スピーカー 1
ちなみにですけど、利用される頻度が高いエージェントは
ウェブブラウザーでほにゃららみたいなやつですか。
スピーカー 2
そうですね。
基本的にはウェブブラウザーで、そんな高度な使い方は何もしてないですね。
スピーカー 1
ちなみに僕の経験はウェブブラウザーのほうが上手ですね。
コデックスとか、クロードコードは使ったことないけど、
コデックスは比較的、あの鬱陶しさはないですね。
だから多分、システムのプロンプトが違うんですよね。
GPTはちょっとやからキャットを押しようとしておるんでしょうね。
スピーカー 2
あと変に自慢気だったり得意気だったりするし。
それは別にそういう人なんだと思えばいいし、ある程度設定で調節もできるんですけど。
そういう喋り方、饒舌さというよりも、
スピーカー 2
仮にもっと淡白に言ってくれたとしても、
なんか影響を受けちゃう。
スピーカー 1
うーん、なるほどね。
スピーカー 2
ですよね。
あるとき集中的に使ってその後酔っちゃって、
もう使えなくなってしばらく一切触れないみたいなことを何度も繰り返してるんですけど。
仕事でっていうか、例えば会社で内部的な業務用の特化したAIとか。
って言うとまた全然違うと思うんですよね。
スピーカー 1
それはね、きっと。
スピーカー 2
この汎用のチャット形式でそれをやるというのが、
非常に自分の精神衛生に悪い感じがしますね。
スピーカー 1
ほぼブルーブライザーでは使ってないですね。
言葉の意味聞くときぐらいかな。
それ以外のときは、クロードも最近それでは使わなくなりましたね。
やっぱり言葉圧が強い。どれも言葉圧が強いんで。
だからちょっとしゃべるターミナルのアシスタントぐらいの位置づけなんですよ。
僕の中でも最近。
自伝言語で応答してくれるターミナルみたいな感じで使ってるんで。
パッと入ったとしては今でも厳しい気がしますね、あれは。
スピーカー 2
それは全く今言ってる目的とは違う目的で、
純粋に趣味的なことで自分が専門的に知らないことを教えてっていうような用途で、
スピーカー 2
質問したときに返ってくるのはそんなに気持ち悪くないんですよね。
これも面白いという話ですね、それ。
不思議なことに。
スピーカー 2
アウトライナーのなんとかみたいなことをやり始めると、
もう完全に倒れそうになるんでダメなんですけど。
スピーカー 1
自称的に使うのと同じような文脈で専用するよね。
確かにいい。もうカメラと知的生産の技術で議論することはなくなりましたね。
スピーカー 2
その違いって不思議ですよね。
しゃべり方とかは同じなんですけど、
鉄道の技術的なことで全然詳しいわけじゃないんですけど、
ATSとかATCとかってあるじゃないですか。
スピーカー 2
それについてね。
デジタルATCとATCの機能を見ると、固定閉塞ではなくて移動閉塞を行っているかのように見えますけれども、
これは移動閉塞と見なされていないんですか、どうしてですかみたいな質問をしたんですね。
それに対していろいろ教えてくれて、
いや、これは間違ってるんじゃないですかみたいなやりとりを申し訳ありませんみたいなのが入ってきて。
で、それは楽しかったでしょう。
楽しかったというか。
スピーカー 1
質問の深い理由はなかった。
スピーカー 2
でもそれは自分が知らない内容だからですよね。
もしかしたら間違ってるかもしれないし。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
だから、知っていることをより深めようとするとダメになるのか。
スピーカー 1
そうだと思いますよ。
スピーカー 2
あるいは技術的なことは完全に一つの正解があることなんですよね。
これがわからない、ここがわからないっていうのもこっちがはっきりしていて、
それを聞きたいって向こうに対して、向こうはそれに対して答えを返してくる。
だからこっちも納得できなければ、でもそこは違うんじゃないですかみたいなやりとりを普通にできたんですけど。
正解のないことですよね。
アウトライナーの階層と文脈がどうしたみたいな話をし始めると、酔っちゃうんですよね。
スピーカー 1
それはだから、正解がないことに対するレスポンが良いを誘発させやすいようになっているんでしょうね。
たぶん彼らの回答の答え作り方が時計に沿ったものになってくるんで、
スピーカー 1
それ以上どうしようもないような話ばっかりするということだと思うんですけど。
スピーカー 2
あと正解があるかのように振る舞ってくることもありますよね。
スピーカー 1
確かに確かに。
そうしたときに自分の原稿をどうするかも正解がない話であり、
そこは相談しちゃいけないってことですね。
そこの外の領域の相談というか、作業の依頼とかは全然良くて、
ファイルの操作とかはエディター経由、プロンプトでなされれば良いですが、
文章の内容についてとか、どう修正したらいいですかっていう質問もできますけど、
回答は統計的に寄ってくるわけで、
他にある本に寄せていくってことじゃないですか。
スピーカー 2
ということになっちゃいますよね。
スピーカー 1
これはあんまり良くないですよね。
別に類似本が良くないからってことじゃなくて、
あなたがどんな本を作りたいのかという問いに答えてないということでダメだってことなんですけど、
スピーカー 1
どこに向き合えるような形で情報を提示してくれるように、
あらかじめプロンプトが調整されていたらいいってことかな。
あなたは彼の執筆を助ける存在ですということを厳明されていたらいいんかな。
スピーカー 2
例えばちょっと一般的でないやり方をこっちがやろうとしたとして、
でもこっちはこれがいいと思うけれども、もしかしたらこれは自分の独りよがりかもみたいな気持ちじゃない。
そのときに、これは一般的ではありませんって言われても困るわけですよね。
スピーカー 2
でも独りよがりかどうかなんて判断はできないわけで、
じゃあ自分はそういうときになんて言ってほしいのか。仮にAIじゃなくても。
結局そういうとき、仮に人にそういう相談されたとしたら、
それは自分がやりたいんだったら自分で責任を負ってやるしかないじゃないかとしか言えないんですけど。
スピーカー 1
例えば、おぼろげとそうは言うたって自分で決めるしかないと思ってたとしても、
他人にアドバイスを求めなくなる気持ちがあり、
スピーカー 1
その言葉を聞いて、自分の眠っていた潜在的な決意が潜在化してきて、
そうしようと思うこともあるわけじゃないですか。
その第3次は別に払ったりされることを言ったらいいだけの話であって、
メッセージの内容が別に良いとあったら、
先生がそこを担うことも別にできるわけですよね。
一般的なことを言わないという、ある種の制約みたいなのがあって、
どうしたらいいでしょうかって言って、あなたがこうしたいんだよって言ってらっしゃって、
絶対言わないですけど、今の彼らは。
でもそう言うとしたら、別にそうかって思うかもしれないですね。
そうですね。
スピーカー 1
パートGPでも特にウェブで技術的なことを質問すると、
私ならこうしますって言うんですけど、
いや、そんなことは聞いてない。
そんなことは聞いてへんがっていう特技を入れかけたことがありますね。
チャッピーさん特にそうですよね。
スピーカー 1
チャッピーさん特にそうだと思います。
スピーカー 2
なんかね、私ならって言うんですよね。
スピーカー 1
そういう時に、どうしたらいいですかって聞いてくれたらいいのに、
どこを重視してますかとかって追加の質問をしてくれたら、
より絞れると思うんですけど、
彼はその段階で平均的な答えを手早く出そうとするんですね、きっと。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
エディターの機能として、質問してくるエディターってどうかなと思って。
スピーカー 2
いやですね。
だからトリガー的な質問を持っていてくれて、
適切なタイミングでそれを投げかけてくれるっていうのはありですよね。
スピーカー 1
なんか視点を変える役割を担ってくれるんじゃないかなという気もしてて。
どっかの章で詰まってるときに、
前の章はどうでしたかみたいな一言だけで、
結構視点がクルッと変わるようなこともあると思うんですよね。
そういうのを文脈見て言うのは生成AIが得意なので、
スピーカー 1
単純な機械的なアルゴリズムよりは役立つことが言えるんじゃないかなという気がしますけど。
そうですね。
スピーカー 2
さっきの話は半ば冗談みたいなものなんですけど、
リアルに機能ということで欲しいというのが何か考えたときに、
浮遊断片とAIによるメモ整理
スピーカー 2
浮遊断片という言い方を申し上げたんですけど、
書いてる途中で思いついちゃうんだけど、
今すぐ何か使えるものでもない。
けど自分が今書いてることに刺激されて思いついちゃうことってあるじゃないですか。
スピーカー 1
ありますね。
スピーカー 2
それをどこに入れておくか問題ってずっとあるんですよね。
スピーカー 1
ありますね。ありますあります。
そのときに、
例えば、
スピーカー 2
シングスとかオムニフォーカスみたいな、
あの手のタスク管理アプリって、
あるキー、ホットキーを押すと、
別のことやってるときにピョーンとこのウィンドウだけ出てきて、
思いついたタスクをそこに入れてエンターを押すと、
パッとそれが消えて、
あとで見るとそれがインボックスに入ってるっていう、
クイックエントリーみたいな名前の機能があるんですよね。
なんかそれ的な感じで、
エディターである文章を書きながら、
それと関係ないことを思いついたときに、
今の目の前にあるウィンドウじゃなく、
クイックエントリー的なものがピョッと開いて、
そこに思いついたことを入れて、
それは消えて、それがどっかに溜まってるんだけど、
それはインボックスとかに入ってるんじゃなく、
どっかには入ってるとして、
スピーカー 2
それをAIが覚えておいてくれて、
それを後から何かしらの形で提示してくれる。
この内容は、
あなたが計画していたこのプロジェクトに関わる内容かもしれませんね、
それだったら言ってくれてもいいのかもしれないんですけど、
浮遊断片を自分が意識して扱わなくても、
キャッチしてくれて、何かしらの処理をしてくれるということが、
もしかしたら今ならできるのかなという気がちょっとしてるんですけど。
スピーカー 1
どうですかね。
できると思います。
結城先生はそれに近いことをやっておられると思いますね。
スピーカー 2
思いついたことをCDIの掲示板に投げかけることをCDIのゲームして、
スピーカー 1
それがCDIが必要なタイミングで、
例えば、5章で使うものです、みたいなことを出してくるというようなことをおっしゃられたので、
それも全然可能ですね。
エディターの機能として実装するということも全然できるでしょうね。
スピーカー 2
別にしゃべってくれる必要はないんですけど、
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
僕は浮遊断片的なものを今書いているものに関わることだったら、
いわゆる未使用というものを持っていて、その下に入れておくとか、
そうじゃない場合は、
そのライフアウトラインの特定の場所に入れておくみたいなことをやってたんですけど、
それはエディターの機能で、特に文章エディターの場合、
スピーカー 2
現代ならあり得る機能だとちょっと思いましたね。
そうですね。
スピーカー 1
僕もそれを欲しておりまして、
モノクロールはみんな欲するんじゃないですかね。
スピーカー 1
結局、僕がワークフォーリーで一番何を使っているかというと、
生活の全体で起こる浮遊断片を捕まえようとしているという言い方が多分できると思うんですけど、
他にも何も分類できないものは、IDやタグをつけて、
スピーカー 1
URLとかレファレンスをつけてという分類をしていて、
検索では絞り出せますけど、
検索しないと見つからないという状況は何も変わっておらず、
ワークフォーリーのMCPが使えるようになったので、
これの管理というか、適切な文脈においての処理というのを
彼らに改材させると、少し効用があるんじゃないかなという気はしておりまして、
実際、メモの処理に多少使ったんですけど、
すごいなと思ったのは、テキストボックスのアイディアが入っているところの中に、
1,100行のアイディアメモがあったんですけど、
もうここまでくると手をつけられないわけですよ。
もう気分的に変わりたくないようになるんで、
精々AIと一緒に1個ずつメモを取り出して、
これはこうするわって決めて、
コートにいた処理できるやつ探して、それを処理してって言って、
1個1個処理するときに、ちゃんと他に保存してることを見ながら処理してあるんですね。
この形で切り出しておいて、このテーマと関連するからリンク置いておきました、
みたいなことを言うわけですよ。賢いなと思って。
比較したときに、例えばこの精々AIで処理されたメモは、
僕の手がほとんど入ってない。メモを書くところまでは僕がしましたけど、
リンク付けとかは彼らがやってるわけですよね。
中途半端ではあるとは言えますけど、
そのリンク付けの元になっている判定材は、僕のメモの塊なわけですよ、結局。
僕が全部判断したわけじゃないけど、半分ぐらい僕の判断が関与しているっていうことと、
もう一個は、この精々AIを介在させなかったら、
その1100億のメモはずっとその形だったわけですよね。
スピーカー 1
多少半分何でも処理されて、
いわゆる個別のメモとして独立した形で、
リンクが張られている状態になったとしたら、
それも全然そっちのほうがいいなと思って。
断片的なメモを貯めて、後から何とかするという、
僕の長年の野望は人力では無理というのが分かってきたので、
思いついてちゃんと文章になるものはちゃんと書くんですけど、
浮遊断片というかワークローリーに入るメモって、
それより手前のものばかりなんで、
手前のメモを一個一個全部文章化していくのは現実的ではないので、
何とか文脈付けて、
必要な時に使えるようになっておきたいという欲望のために、
エージェントは非常に役立ちそうだなというのと、
かといってそれを統計的に処理されたら困るので、
僕のメモ群をちゃんと背後に持ったところで処理させるっていうことをすると、
そこまでひどいことにはならないなという感じが今してますね。
スピーカー 2
断片的な思いつきも、自分の中では2種類ある気がしていて、
そのときだけの思いつきと何度も同じことを思いつく。
それはたぶん重要なことなんですよね。
そのときだけの思いつきは、
おそらく忘れちゃってもそんなに害はない。
要するにずっと頭に引っかかってること。
スピーカー 2
だから頭の周りを浮遊してるみたいな感じがするから浮遊断片という気がするんですけど。
瞬間的に思いつくものを全部扱おうとするとやっぱり難しいようになるんですよね。
だけどその繰り返し思いついたり、
ずっと頭の隅に引っかかっているようなことっていうのは、
自分にとって重要なことの可能性が高いんで。
だけどその姿が明確にならないので、どこにも描けないっていうことがあるんですよね。
スピーカー 2
それをどっかで保持しておいてほしいという願望はすごくありますね。
今書いてる文章に関係ないことっていうのもあるんですけど、
たぶん関係があるんだけど、例えば長いもののときに、
どっかでは必要になりそうなんだけど、今まだ言い続けることができない。
といって、後ろのほうの未使用にまとめて書いておいても、
姿が明確じゃないままキーワードだけ書いておいてもたぶん使えない。
だけど、こういうのがあるよなみたいな、
そういう曖昧な思いつきを何度もするっていうような。
それをどっかで保持しておいてくれて、
必要なときに引き出せるようにしたいっていうのはありますよね。
スピーカー 1
そうですね。ここはずっと長年の課題というか。
富山のメタノート法というのは、段階的にフィルタリングすることで、
また忘れていいものはそのまま最初のノートに残るし、
自分が何度も面白みを感じるものはメタノートで昇格していくという手順で、
そこをうまいことしていると思うんですけど、
あれはアナログノートならではっていうのを何回もやって終わると思うんですけど。
スピーカー 2
いや、書き直すのがポイントじゃないですか。
スピーカー 1
そうですからね。
デジタルノートでそのままというのはいかないですけど、
まず全体を覚えてくれたものがあり、
そこから何かしのこっちの文脈を踏まえてページしてくれるようなもの。
あなた今これ書いてますけど、
そういえば昔こういうアイデアありましたよみたいなことを言ってくれて、
ああそうだそうだみたいな感じで役立たせられたら結構ハッピーかなって気がするんですけどね。
スピーカー 2
そうですね。
たぶん夢だったと思うんですけど、
スピーカー 2
夢って願望の夢じゃなくて寝てるときの夢。
夢で、ワードをたぶん使ってて、
コパイロットのボタンがあるんですけど、
夢を書いてたらそれがピコーンと点灯して、
ピッと押すんですよ。
押すと、今書いているところにウィンドウが出てきて、
ここの記述に強く関係しそうなことをあなたは先月メモしました。
これがそれですみたいなことをそこに出してくれたんですよね。
ワードもこういうふうになったのかと思ったのはたぶん夢だったと思うんですけど、
スピーカー 2
たぶんそれがそのイメージが頭の中にあったんですよね。
スピーカー 1
たぶん物書きが一番リソートする形のエディターだと思うんですよ、きっと。
そうですよね。
スピーカー 2
でもなんか夢だよなと思ったんですけど、
別にできるんじゃないかっていう気がちょっと…
スピーカー 1
エディターで能動的にそれをやらせればたぶんできると思いますし、
僕、最初のコンセプトを考えたときに、
ベクトル化をしなければたぶんできないだろうなと思ったんですよ。
でもね、案外できますね。
キーワードだけでも大体いきますね。
一人の人間が使う語彙は限られているので、
全人口の言葉を扱っているわけではないので、
だからタスク管理の言い換えってそんなにないんで、別に。
タスク管理のツールみたいな文脈で見たときに必要なもの、
似ているものを見つけるのをベクトル化しなくてもある程度はできる。
ベクトル化した方が精度は間違いなく高まりますけど、
ものって大量に生まれるんで、
あれ一個一個ベクトル化するのかってずっと思ってたんだけど、
別にできるようになるという。
スピーカー 2
自分が使う語彙は限られてますね。
スピーカー 1
キーワードの検索だけでも相当近しいものを持ってこれる。
違う言葉だけど同じような文脈で使ってるみたいなのを
全て取り戻すわけですけど、その場合は。
それを拾うのがベクトル化のポイントですけど。
そこだと美容室は別の文脈として扱ってしまうということですけど、
単純なキーワードであれば。
そこを拾いたかったらベクトル化なんですけど、
でもそこまで行かなくても、
スピーカー 1
そもそもそこまで行こうとする段階で
過去のメモを全部使ってやろうという方法があるわけですけど。
スピーカー 2
そうです、そういうことです。
何かあるものがたまたま見つかったらいいぐらいの期待値であれば、
スピーカー 1
今があるエージェントだけでも提示させることができるなという感触はありますね。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
やっぱりエディターを書くプロジェクトの現行の領域と、
自分がそれまで貯めてきたメモとかの領域があって、
後ろでそのメモ領域を参照しながら、
こっちに役立つものをプシャンプシャンって
跳ね上げてくれるようなものがあれば、
スピーカー 1
ハッピーなのではないかなって気がしますけど。
そうですね。
スピーカー 1
地底湖で釣りする話かな。
ワープロ作文技術の。
スピーカー 2
木原先生のやつですね。
スピーカー 1
人工的にそれを作る。
大阪が40代を人工的に作るという意味の機能があったら、
非常に使ってみたいな気がしますけどね。
スピーカー 2
そうですよね。
だから地底湖っていうのは、
おそらく無意識じゃないんだけど、
スピーカー 2
無意識と意識の中間なんですよね。
意識に浮上しかかっている領域の、
スピーカー 2
今意識してやろうとしていることに関係することで、
その意識に浮上しかかっている部分のことを、
地底湖って言いたいよね、木村さんは。
だから、村上春樹の地下2階みたいな言い方もありましたけど。
そうなんですよね。
無意識と意識の中間的な領域を実用できるといいですよね。
スピーカー 1
実際にメモしたものでしばらく忘れているようなものは、
まさにそのぐらいの領域にいるんじゃないですかね、きっと。
スピーカー 2
やっぱり何度も繰り返し思いつくっていうのも、
おそらくそれが表面に浮上しようとしてるっていうことですね。
スピーカー 1
だからそっか。
そのような、せいぜいに処理させるんやったら、
スピーカー 1
2対4のメモが大量にあってもいいわけで、
しかもそれが大水気になりますもんね。
スピーカー 2
2対4のメモが大量にあるということは、
それが重要だということだと判断していいと思うんですよね。
スピーカー 1
人間の場合はそれを整理しないと扱いづらいから、
ひとつに求めちゃうわけですけど、
スピーカー 1
彼らに投げたらそれはそれで気にしなくていいというメリットはありそうですね。
スピーカー 2
だから考えるときに民主は対になるというのはそういうことなんですよね。
スピーカー 1
あれはおもみづけを均等にするということですからね、日本的には。
スピーカー 2
それは人に情報として伝えるときに無駄なく効率よくということなので、
自分の中ではむしろ何度も繰り返し出てくることというのは、
それ自体が重要な情報だと思うんです。
スピーカー 1
そうなんですよね。
そういう考えと例えば思いついた全てのことを、
その瞬間に例えばリンク付けしてネットワークを拡大していくと、
スピーカー 1
非常に弱いものと強いものが見た目ではわからない形で混じってしまうことになりますね、きっとね。
そうですね。
スピーカー 1
だからあれはちょっと時間を置いてからリンクを付けるんやったら、
メモそのままというよりはメタノート的に寝かせてから、
いややっぱりこれはリンク付けすべきやっていうふうな段階を経ないと、
非常に弱いネットになってしまう気がしますね。
スピーカー 2
そうですね。
リンク・ルーマン・テッテルカステン
あと個人的にはそれをリンク付けでいいのかっていうのもありますけど、
どうなんですかね。
スピーカー 2
リンクって一本でつながるじゃないですか。
スピーカー 1
はい、そうですね。
リンクによるネットワーク上の知識みたいなものがあったときに、
リンクってここからここに一本の線でつながってるイメージだと思うんですけど、
本当の知識のリンクって、たぶん一本じゃないじゃないですか。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
太かったり細かったりもありますし、
なかなか言葉で言えないですけど、
スピーカー 2
いわゆるハイパーテキスト的な文脈が出てくる、
このドキュメントからこのメモにリンクされてるっていう、
そういうリンクじゃなさそうな気がするんですよね。
スピーカー 1
でもそれはそうだと思います。
その話をするとまた2時間かかりますね。
そのリンクはドキュメント管理には非常に有効ですけど、
さっき言ってるアイディアを管理するメタファーとしては非常に非力ですね。
スピーカー 2
しばしばアイディアを管理するための手法としてリンクって言われることはありますけど、
どうなのかなと正直思うんですよね。
スピーカー 1
僕はリンク賛成派ではありますが、
そのメタファーをどう捉えるかでだいぶ扱い方が変わってくるなという気がします。
スピーカー 2
この話はまた別途ですかね。
スピーカー 1
非常にホットなテーマなんですけど、
最近ルーマンの論文をずっと読み返してて、
スピーカー 1
世間的に言われてるテッテルカステンとルーマンが言ってた方法がだいぶ違うんじゃないという悟りを得たので、
いわゆるネットワークみたいな言い方は多分表面的に過ぎないなということを悟りつつありますね。
スピーカー 2
ルーマンがその手法に関して何か書いてるんですか?
それとも社会学とかそっちの論文って意味ですか?
スピーカー 1
ルーマンが自分がどうやって研究してたかっていうことを書いた論文。
スピーカー 2
そんな論文を書いてるんですか?
スピーカー 1
僕は英訳されたのを読みましたけど、
コミュニケーティング・ウィズ・スリップボックスっていうタイトルのかなり短い論文ですね。
スピーカー 2
面白そうですね。
スピーカー 1
非常に面白くて、いわゆるハウ・トゥ・テイク・スマート・ノーツとかは、
それに意見をしているように見えつつも、
うーんっていう心がいくつもあったという話ですね。
スピーカー 2
そうかそうか。あれは論文なんですね。
スピーカー 1
一応どこかに提出された論文だと思います。
学会誌は見てないんですけども。
スピーカー 2
そうかも。勘違いしました。
論文とかじゃなくて、もっとメモ的なものかと思ってました。
スピーカー 1
普通にちゃんと提出された論文の形でPDFでダウンロードできますね。
スピーカー 2
それは知りませんでした。
スピーカー 1
非常に濃厚で面白い話で。
ちょっと思い出したんですけど、
例えばテッテルカステムってパーマネントノートとか、
なんとかノートとかっていろいろあるんですけど、
そんな用語は一切彼を出せないですね。
後から分析したときにそのように分類できるというのは確かなんですけど、
ルーマーはそれを意識していたわけではないというところは、
かなり重要なポイントだと思いますね。
スピーカー 2
だからルーマンのやり方も、直接的なリンク、数字を使ってやりますけど、
それだけじゃないじゃないですか。
並びとか、そういうのが同時にあってのリンクなんじゃないかなという気がするんですけど。
あるトピックについて関係するカードの番号とか住所を書いていたりするんですけど、
スピーカー 1
モーラー的じゃないんですね。
例えば必要なノートを4つだけ記載するみたいな書き方をしてるんですよ。
なぜかというと、結局その番号の先のカードを読むからなんですね。
スピーカー 1
読んでいったエラーがちゃんとそこに記されてるからモーラーできるんで、
リンクでつながってるというか、ある種のインデックスとして動いている。
その先に読むことが意識されている。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
多数のリニアの線を走らせてるんですね、彼は。
後から自分はコミについてこう書いたからこう読めよっていう指示をしているというふうに作っているんですね。
スピーカー 1
リンクしたらOKとかじゃないんですね、あれはね。
スピーカー 2
それ結構大事ですね。
スピーカー 1
全然把握されへんまま、カードを書いてリンクを読めばいいみたいな感じですね。
どこからかなってしまっていたというところが、残念とは違うけど、ちょっと足りないんじゃないかなというところですね。
スピーカー 2
そうね。
手で書くことと文章の身体性
スピーカー 1
というところで、せいせいAI時代のエディターというのは全然わかりませんが、
文章を書く外周作業、事務作業的なところと、
背後にあるものとの接続みたいなものは、せいせいAIがやってくれた方が嬉しいとは思いますけど、
そういうのにアウトソースするからこそ、人間が手で書くということに注力できるというバランスが達成されたら、
スピーカー 1
多分最高の環境じゃないかなとは思いますが。
スピーカー 2
そうですね。そうなのかな。難しいですね。
手で書くことで生み出してしまう外周的なものの扱いっていう。
それが浮遊断片かもしれないですけど。
だから外周的なものを分離できるかっていうことですよね。
スピーカー 1
難しいところですけど、原稿用のファイルを10枚テキストファイルを作るは、
人間がやる必要はほぼないような苦労ですけど。
切り分け不能なグラデーションの中間地点はあるとは思いますけども、そういう作業においても。
でもある程度、これまで人間がやってたことをやらなくていい。
今まで例えば新しい執筆用のドキュメントを立ち上げるときに、
スピーカー 1
やっぱり一個一個フォルダとかを設定してみたいなことをしてたんですけど、
今はある程度彼らも知ってるんで、このフォルダを見て新しいのを立ち上げてって言ったら、
望む形に立ち上げてくれるんで。
これで浮いた時間は分くらいかな、分かもしれませんけど、
なんていうか、もっと精神的な進みやすさ。
生田が言うところの心の静けさみたいなものは確かに得られてるんで、
スピーカー 1
それはまあいいかなと思いますけど。
スピーカー 2
フォルダのことまで考えなくていいっていうタイプの静けさですよね。
スピーカー 1
そうですね。
結局深く考えてもあんまり変わらないんで、実際のところ。
本来集中すべきものに頭を使えるようになってるとしたら、
それはそれでいいかなという気はしますけど。
そんなとこですかね。この話は難しいし、まだ激変していくと思いますけど、
人間が文章を書くことをやめてはいけないなと思いますけどね。
スピーカー 2
この件に関しては本当に人によって全然違うものを見ているというか、
文章を脇に置いておいても、
それこそコーディングに使う人の語るAIと全然違いますし、
会社で業務とかのAIを使ってAIすげえっていう人の見ているものも全然違うし、
それを同列に語れないんですよね。
だけど、ちまたに大量に流れていく情報というのは、
かなりの程度同列に扱ってるように見えるし。
そうすると、自分の理解が足りてないんじゃないかとか、
もちろん足りてないんですけど、
もっと本当はいけるんじゃないかみたいなことをつい思ったりしちゃうんですけど。
実際そういう面もあると思うんですけどね。
スピーカー 2
だけど本当にそれを追求する必要があるのかというと、
必ずしも全てがそうではないと思うし、
そこの関わり方の塩梅というのが、状況によっても全然違うし、
難しいところですよね。でももう無視できるものではない。
スピーカー 1
それはそうですね。それは間違いなくそうですね。
だから無視できるものではないからこそ、
自分で手を動かして書くことの大切さは改めて言っていかないと、
あっという間に押し流されてしまうでしょうし、
スピーカー 1
そこを分かってもらえないと、
例えば手書きで原稿用紙で文章を書くのが一番いいのかみたいな、
そういう役立たない反応を受けてしまうので、
スピーカー 1
技術を戻すことがいいというか、それではなくてという話を、
いちいち言っていかないといけないなとは思うんですけど。
適当な例で言いましたけど、
久々に原稿用紙にマンネンツという文章を書いたら、
たぶんまた違ったフェーディングがやってくるだろうなとは思いましたけど。
スピーカー 2
いや、そう思いますよ。
やっぱり、原稿用紙は使わないまでもプリントアウトに手書きで書き込みをして、
それをデジタルに戻すっていうことをやる人とやらない人では、
おそらく全く見ているものや感じているものが違うと思うんですよね。
ここは年齢的に考えても、ある程度感覚が古いという自覚はあるんですけど、
手書きで書き加えたものをデジタルで戻したときに、
デジタルになかった肉体性というか身体性みたいなものを注入してるような感覚になるんですよね。
スピーカー 2
そこはある程度までは常著的なものだと思うんですけど、
でも全く実態のないものかというとそんなことはないと思うんですね。
文学なら意味あるかもしれないけど、
そうじゃないものに意味があるのかどうかっていう議論をしたときに、
僕は意味があると思ってるんですけど、
それは実用的な情報を伝えるためにそれが意味があると個人的には思ってるんですけど、
そんなことは全然思わない人は思わないし、
僕は思ってるけど全然間違ってるかもしれないし、
そこにはもちろん正解がないわけですけど。
でも、肉体性・身体性というところが文章から完全に切り離されてしまったら、
おそらく誰も文章を読まなくなるんじゃないかという気がしますし、
情報を添加するだけになっちゃうんだよ。
スピーカー 1
おそらくそっちの方向に向かいつつあるのが昨今の気がしますね。
スピーカー 2
だから、それがなくなると実用的な意味でもおそらく弊害があるんじゃないかなというふうには思いますね。
スピーカー 1
ある種の極論で言うと、情報を伝え合うことすら無意味っていう、
左翼か右翼か分かりませんが、片側の考え方がたぶんあって、
スピーカー 1
それをある種の能律性の観点からは反対できないわけですが、
やっぱりそれとは違う価値観で、いや違うんだって言っていく必要はあるでしょうね。
スピーカー 2
それを突き詰めてしまえば、結局人が人に向けて何かを伝えることに意味があるのかということになる。
スピーカー 1
そこですね。そこに人が価値を見出すかどうか。
それすらも価値がないと言われたら、もう僕らは反論するものが何もないわけですけど。
そこに、いや確かにそれはそれなりの価値があるねっていうところであったときに、
スピーカー 1
人が手間をかけて文章を書いていくっていうことの意味が再発見されるという気がしますね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
やっぱね、さっき今パッと言ってましたけど、やっぱ手間なんですね。手間をかけること。
これがたぶんポイントで、どのようなアプローチであっても、そこに手間がかかっているかどうかっていうことだと思いますね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
これを直前にゼロにしていくと、今度は価値も一緒に減退していくということが起きてしまう。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
でも手をかけたら価値があるという比例にはならないですよね。
スピーカー 2
でもそうですね。
最近もすごいSNSでバズったバンドが実はAIじゃんじゃないかみたいな大予想が起こっていたりするらしいんですけど、
音楽生成AIもすごいじゃないですか、今。
スピーカー 2
だからもう、専門家が聞いてもAIなのか本物なのか別がつかないみたいなレベルに近い将来になるんじゃないかと。
もしかしたら今もなってるのかもしれないですけど。
でもそれ、文章以上に身体性というものが重要だと思うんですよね。
そうですね。
僕は音楽のことはそんなに詳しくわからないですけど、
例えば中学生の頃好きなバンドの音楽とか聴くじゃないですか。
スピーカー 2
絶対自分で聴きながらなりきってますよね。
例えばメタルが好きな人だったら、
心の中でヘッドバンしながら聴いてるわけですよね。
その時に作り手やミュージシャンの身体が自分に乗り移ってるわけですよ、音楽を。
それなしにして、俺もギターやろうと思うか。
スピーカー 2
その、乗り移った身体が自分に何かさせるみたいなところが音楽ってあるわけですよね。
メタルじゃなくても昔からクラシックを聴く人は絶対自分で心の中で意識してますよね。
それと同じことが文章にも言えるんじゃないかと思うわけですよ。
文学のレベルでそれがあるっていうのはわかりやすいですけど、文学じゃなくてもあると思うし。
それがあることによって実用的な情報が結果的に伝わるということが、
特に個人的な経験上すごくあると思ってまして、
スピーカー 2
これはもしかしたら人にはないのかもしれないですけど、あると信じていて。
さっきの木村泉さんの新書なんかはもうまさにそういうもんだったと思うし。
そこを完全に排除していくと、
わざわざ文章として読む必要が最終的にはなくなっちゃうんじゃないかなという危険感を持ちますね、僕は。
スピーカー 1
そうなんですね、結局。
手間なく文章を書いたらいい話たちは、
そもそもこの世から文章がなくなってもいい話たちなので、基本的には。
スピーカー 2
そうしたら今は別に文章で伝える必要はないわけですよね。
いろんな手段があるわけですよね。
というふうに思いますね。
そうですね。
スピーカー 1
だから文章を書くとは何かと、文章を読むとは何かという対の話が、
今までは別に気にしなかったですけど、改めて気にする必要が出てきている。
それを自明な価値があるものとして受け取れない人たちが、
今後普通に出てくるというような感じがしますね。
スピーカー 2
しますね。
いやまあ、感じてる人は実はもう人口の8割ぐらいは感じてないのかもしれないですよ、もしかしたら。
もしくは感じていることに気づいている。
スピーカー 1
なるほどね、なるほど。
スピーカー 2
まあわかんないです。それは僕は古いからそう思うのかもしれないですし。
ある程度まではそうだと思うんですけど。
スピーカー 1
芸術的な表現に関して、さっき言ったその載り移る的なものが多分最大の価値であって、
文章表現も広い意味で表現的なものの一部であったときに、
それがなくなったとしたら、それはもう価値がないものに転じてしまうということは、
例えばnote.comの記事をいくつか読もうと思うんですけど。
スピーカー 2
まあわかりやすいですね。
スピーカー 1
あれが当たり前になっていくのかどうかということで、
当たり前になる人ってあるわけですけど、
だからここはいやそうじゃないよっていう。
技術的な活動で反対するしかないですけど。
そうですね。
スピーカー 1
というところで、
執筆にもしCGIをバンバン使ってる方がいらっしゃったら、
どう使ってるのかをハッシュタグ打ち合わせキャスト、
ひらがな打ち合わせアルフェットキャストまでいただければと思います。
何かお知らせしたいこととかございますでしょうか。
スピーカー 2
はい、大丈夫です。
今回はこれまでにしたいと思います。お疲れ様でした。
スピーカー 2
ありがとうございました。
01:51:16

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