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第百九十回:Tak.さんと断片的なメモの扱いについて
2026-04-09 1:52:24

第百九十回:Tak.さんと断片的なメモの扱いについて

感想

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サマリー

今回の打ち合わせCastでは、生成AIの進化と、それが知的生産やメモの扱いに与える影響について深く掘り下げています。GeminiとNotebook LMの統合や、NotionとClaudeの連携など、最新のAIツールの動向が紹介され、これらのツールが個人のアシスタントや情報管理にどのように活用されていくかが議論されました。特に、AIの進化が書籍の執筆に与える影響や、Twitterの自動翻訳機能についても触れられています。後半では、断片的なメモの扱い方に焦点を当て、GTDやZettelkastenといった従来のメモ術と比較しながら、アウトライナーや自作ツールを用いた新しいアプローチが紹介されました。参加者は、AIを活用して個人のニーズに合わせたメモツールを自作することの可能性や、そのプロセスにおける自己理解の重要性について語り合いました。最終的には、生成AIが知的生産のあり方を根本から変える可能性と、人間が主体的に思考し、創造性を発揮することの重要性が強調されました。

生成AIの最新動向と個人の情報管理への影響
スピーカー 1
うちあわせCast第百九十回ということで、今回もゲストにたくさんお迎えしております。よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
スピーカー 1
ニュースがいっぱいあるんですけども、まず、Geminiというのがありますよね。
Googleは、Notebook LMというのもあるんですね。
Notebook LMっていうのは、自分がデータ、PDFとかEPUBをアップロードして、
その内容に関してだけ答えてくれるということで、嘘をつきにくいという。
嘘というか、間違ったことを言いにくいというのがあると。
今回、GeminiとNotebook LMがほぼ合体みたいなことになったと。
見た感じ、Geminiとのやりとりのスレッドを、Notebookとして保存するっていうようなことができ、
それがたぶん、GeminiのところのNotebookっていうところに入る。
感じつつ、Notebook LMからもGeminiになったら、みたいな感じで接続するというようなニュースを見て、
僕のところにまだデプロイされてないので見てないんですけども、
やっぱり一つ、これが答えというか、
生成AI with Noteはこの形になるんじゃないかなという気がしてまして、
現状、Abernoteの動線のややこしさというのがありまして、
生成AIとの言語的やりとりをまずスタートとして、
それをたとえば後々参照した絵から保存しておいて、
次回のスレッドで、またあのNoteで書いたことをベースにまた考えたいんですけど、みたいな感じで、
やったらスレッドそのものが資産になってストックになっていくという方が、
チャット型のUIを持っている場合は自然じゃないかなという感じがしてまして、
Abernoteはツールができちゃってるから仕方がないんですけども、
Geminiがその感じになってきて、
使いやすいんじゃないかなとはちょっと今思ってます。
まだ使ってないなんて思うんですけど。
クロードコードはコーディング、コーダー向けの用途で使われてますし、
基本的にアップデートとか追加される機能も他にも使えるにしろ、
コーディングのため、特に大型プロジェクトのコーディングのためっていう使われ方が多いのに対して、
GeminiはGoogleプロジェクトなんで、カレンダーとかGmailとか諸々が、
アカウント持ってる人だったら誰でも持っているということで、
いわゆる個人のパーソナルアシスタント的な用途の方で、
使い方を見出されていくんじゃないかなという感じは受けてます。
スピーカー 2
ですね。そうですね。
スピーカー 1
基本的にいろいろな生成AIを使っている人から言わせると、
Geminiはポンコツらしいですけども、
たぶん無理な仕事をさせすぎてるんじゃないかなと思いますが。
スピーカー 2
人によって期待値がだいぶ違ったりしますし、使い方も違いますし。
スピーカー 1
この辺の生成AIの使い方って一言で言っても結構一口では語れないなという感じはします。
スピーカー 2
ですよね。
スピーカー 1
はい。で、Notionが、Notion AIというのがあったんですけど、
クロードとコラボしたらしく、
Notion上でクロードが動くということが、今日かな昨日かニュースを見かけまして、
見たらデータベースとかをクロードが操作して、
こっちが頼んだらクロードが操作して、いい感じにしてくれるみたいなことが起こったらしく。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
まあ、NotionはNotion AIで一点張りでいくんかなと思いきや、
やっぱり限界があるということを把握されて、
この手のNotionを使っている人たちは多分クロードも好きだと思うんで、
これいいコラボかなとは思います。
こういう選択肢があった方がユーザーときには嬉しいでしょうね、きっと。
スピーカー 2
しかしこれAIの本とか書いてる人大変ですね。
スピーカー 1
泣きそうですよね。
スピーカー 2
泣いちゃいますよね、これ。
スピーカー 1
だからやっぱり生成AIに関しては、
例えば生成AIとは何か、LMMとは何かみたいなのは別にいいとしても、
実際のこのツールのユースケースを紹介する本は、
執筆している3ヶ月の間に、
スピーカー 2
本当ですよね。
スピーカー 1
状況がまるっと変わってしまうことがあるんで、
電子書籍のスピード感で押し切るか、
紙の本なら本当に長く使える。
例えば、こっちが与えるコンテキストによって応答が変わりますよみたいな基礎の基礎の話しか、
たぶん常に時代遅れるものを出版せなあかんようになるんじゃないかなと。
スピーカー 2
そうですよね、でもどこが基礎と基礎かすら何かわからないですね。
スピーカー 1
わからないですね、そうですね。
現状、YouTubeとかでホットなネタっていうのは、
その時の生成範囲の足りてない部分を補うためのハックっていうのが多くて、
それはもう一瞬でアップデートされるものなので、
そこはもうあんまり追いかけなくてもいいかなという感じはしてますね。
スピーカー 2
そうですね。
AI時代の書籍執筆と情報共有の課題
スピーカー 1
最近Twitterが外国語を自動的に翻訳するふんぬらかんにゃらっていうのがありましてですね。
たまに日本語のツイートで流れてきたりとか、
何かで検索したときに海外のツイートが目に入るようになったんですけど、
ワークブローリー、僕毎日検索してるんですけど、
スペイン人のユーザーの話とかがパッとタイムラインに流れてくるので、
これはやっぱすごいなというか、こういうのがTwitterだよなとはちょっと思ってますね。
スピーカー 2
そうですね、いい面もあるんですけど、
スピーカー 1
逆に言語を使い分けるということができなくなりますよね。
確かにね。
だからよりコンテキストレスになってしまって、
ワールドワイドに何を書いても世界中に本当に広がってしまうというようなこともありますし、
ワークブローリーの使い方に関しては認知のフレームが共通してるんで別に混乱することはないですけど、
もっとこみ入った話題の場合、そんな簡単に翻訳されてもなぁみたいなことはあると思いますね。
スピーカー 2
そうですね。だからせめてこれはしないでねっていうのは言えるようにしてほしいと思いますけどね。
スピーカー 1
特にたぶん普通の翻訳でも一番難しいと思うんですけど、
ジョークというんですか、ダジャレというかジョークみたいなのは、
たぶんあんな言語で言語ボタン一発では翻訳できないと思うんで、
何言ってるんやろうみたいなことになっちゃうでしょうね、きっとね。
スピーカー 2
そうでしょうね。
スピーカー 1
あとそんなとこと、あとワークブローリー周りがまたいっぱいありましてですよ。
Googleカレンダーと連携するという機能が発表されておりまして、ワークブローリーに。
もともとカレンダー機能があったんで、その拡張ということなんだと思いますけど、
まずまずいらん機能がついてきたなというのが正直な感想なんですけども、
連携してうれしいかなという疑問が、僕には両方使ってますけどね。
僕はGoogleカレンダーも使ってますし、ワークブローリーも使ってますけど、
そこで繋がらなくていいんじゃないかなという気持ちがあります。
スピーカー 2
そうですね。ダイナリストがGoogleカレンダーと連携したとき結構喜んだ記憶があるんですけど、
結局使わなくなりましたもんね。
スピーカー 1
そこは別でいいかなという感じで、どんどんノーション化してるなというのが、
別に使わなければいいんですけど、ちょっと気になるかなというのが一つあるのと、
あと同じくコピーペーストしてませんけども、テーブル機能がワークブローリーについたらしく、
これまた使ってないんですけども、ベータ版の機能らしくて、
普通の回想化リストをテーブル化することができるということで、
これはちょっと嬉しいんですけど、特に省立てとかを考えたいときに、
横に並べたい省1省2省3省と横に並べて内容を検討したいみたいなことがありますけども、
ワークブローリーのカードビュー?
スピーカー 2
カードビュー。横に並ぶやつ。
スピーカー 1
デザインがダサいんで、あんまり使いたくないですね。
テーブルで表示されたほうが嬉しいかなということは思いますね。
その前にね、紹介しようと思ってて、
スピーカー 1
自分でテーブルビューを作ったっていう。
スピーカー 2
はいはいはい、ありましたね。
スピーカー 1
もうそれいらなくなったんですけど。
どれやったかな。これか。あ、ちゃうわ。
スピーカー 2
何さんでしたっけかね。
スピーカー 1
もうぶらさん。もうぶらさん。もうぶらさん。はい。
スピーカー 2
いろんなことをされてるんですよね。
スピーカー 1
それを表を扱うためのユーザースクリプトっていうのを使われたんですけど、
それももういらないようになったということで、
どんどんワークブローリーが高機能化している。
喜ばしい面もあり、若干不安な面もありというとこで。
正直ね、メニューボタンがもう数が多すぎて。
スピーカー 2
そうなんですよね。表示しきれないんですよね。
スピーカー 1
ここで選ぶことはほぼなくて、
スラッシュコマンドとかショートカットキーだけでやってる節があり、
これは多分個人的にあまり良くないことだなとは思うんですけど、
いくつかオプションって隠せたらいいかなとは思うのですが。
スピーカー 2
そうですね、もうこの形のメニューの趣旨からはもう外れちゃってないですよね、これね。
ここまでやるならもう、
意地を張らずにツールバーをつけなさいという感じもしてしまいますが。
スピーカー 1
そうですね。インクリメントでも絞り込めへんもんな。
スラッシュコマンドは例えば、スラッシュ入れた後にMとかいったら、
Mから8のコマンドに絞り込まれるので別にいいんですけど、
マウスで操作するにはなという感じにはちょっとなりつつありますね。
スピーカー 2
だからあれですよね、コマンド、VSコードみたいな、ああいうコマンドあるじゃないですか。
それがインクリメントか。
あれでいいですね。
あの方式でいいと思うんですけどね。
スピーカー 1
あの方式がいいと思いますね。もうそろそろ限界があると思います。
スピーカー 2
まあそのうちなりそうな気もしますね。
スピーカー 1
最近改訂のスピードも速いんで、どっかでそういうのが行われるでしょう。
WorkFlowyの進化とカスタムツールの可能性
スピーカー 1
で、ワークロリ周りで言うとね、面白いハックというか工夫を見つけたんですけども、
クロードさんにワークロリビュアを作ってもらいますよということで、
これ結構すごいんですけど、直近8日分のログを見渡せますということで、
一応画面見ますけど、これもう多分力技でウェブビューを8つ並べてるんやと思いますけど、
まあ全然普通に動くんでしょうね、これね。
スピーカー 2
でしょうね。いや、これ便利じゃないですか、これ。
スピーカー 1
便利だと思う。前にも紹介しましたけど、他の窓にドラッグしたら項目が移動するっていう機能がついたんで、
言ったらこの窓間で多分項目のドラッグはできると思いますね。
なので普通に使えると思いますし。
これだから、1週間プラス1日のデイリーが並んでるわけですけど、
さっき言ったショー立てとか、8章分プラスのショー立て並べたりとかっていろいろことができると思うんですけど、
発想としてVivaldiとかでこういうビューを作れなくもなかったですが、やったことはなかったんで僕。
まあこういうのがやっぱりピュッとできるのが最近のいいところというところで。
スピーカー 2
そうですね。だからもうバーチカルカレンダーみたいな使い方で、しかもアウトライナーの機能も使えるというですね。
スピーカー 1
いいですよね。
こういうのって基本にツール開発者が考えた使い方を超えてるわけで、ハイパーなわけで、
まさにこれがデジタルツールやなと思うんですけども、
それができるのがやっぱりブラウザーで動く、WebViewで動くワークロリならではという感じがするんですが、
この手の話題がブログの記事になりにくいという感じを受けてまして、
いやまあ記事に書けると思うんですけど、おそらく書かれないのでそれは非常に残念だなと思いまして、
そういう情報を集めるためのっぽいウィキが昔作ったのがあって、
自作ツール作りウィキというコセンスのプロジェクトがあるんで、
皆さんどしどしそこに参加して、こういうの作ったぞという自慢話をしていただきたいなと。
本当に見つかりにくいですし、例えばこれ、検索してどう見つけたらいいのかわからないですね。
わからないですね。
なので、こういうの作ってもらったよっていう、
自作、例えばApple Storeとかに登録するようなものでもなく、
皆さんに使ってもらうような公共的プラグインでもないような、
こういう自分用のカスタマイズのネタこそが今2026年一番面白いと思うんですけど、
そういうのを集まる場所ができたらいいなという感じだったんで、
そこのリンク貼っておきますので、誰でも無料で参加できるわな。
スクショ1枚とツイート1個分ぐらいだけでも十分旨味が含まれてるんで、
そこは投稿していただければ嬉しいなと思います。
スピーカー 2
これあれですかね、純粋に自作ツールに限定っていう感じですか、これ。
スピーカー 1
そこまでではないですね。
スピーカー 2
要するにプログラミング的なところは入っていないけれども、こういう工夫してますよみたいな。
スピーカー 1
全然それでもいいです。
スピーカー 2
それを入れると面白いかなという気もちょっとしますし。
スピーカー 1
そうですね。ハック集みたいなものを参加してもらって、
タイムラインで流れていってしまうのはもったいないみたいなものを拾えたらなという感じがしております。
特に最近ツイッターの検索がちょっと馬鹿なんで。
スピーカー 2
こんなコセンスいつ作ってたんですか。
スピーカー 1
だいぶ前に作ったはずですよ、これは。
スピーカー 2
もしかしたら見たことあるのかもしれない。
スピーカー 1
2年前ですね、2年前に。
僕がだからなんか自分でテキストボックスを作ったんですけど、
テキストボックスっていう自作ツールを作ったんですけど、非常に孤独なんですよ。
そのツールを話しできる人が誰もいないんですよね。
例えばObsidianとかでやったらそのコミュニティがあってアレンジでワーワー盛り上がるんですけど、
自作ツールは基本的に僕しか使ってないんで、テキストボックスの話はできないけども、
テキストボックスを作るときに考えたアイディアとかテクニックであれば他の人も参加できるだろうということで作ったんです。
スピーカー 2
なるほど。
見たことは多分ありますね。
スピーカー 1
そんなに今ページ数ないですけど、どんどん増えたらいいなという感じです。
関連なんですけど、Stage AIのおかげで新しくサイトをリニューアル、
新構築する人がちょこちょこ増えておりまして、リンク貼っておきますけども郵便屋さんとかJoyakiさんとかゴリゴさんとかが
それぞれ個性的なサイトを作っておられまして、いろいろ作り方あるんですけど、静的サイトをクロードとかに作ってもらうとか、
静的サイトをジェネレーターにアップロードするとかっていう作業を全部エージェントに任せるとか、いろいろあると思うんですけど、
ワードプレスとかに比べると、自分のターミナル上で起動するクロードコードとかアンチグラビティとかはサイト作ってって言ったら作ってくれるわけですね。
新しい記事書いたらこれを更新してインデックス更新しておいてって依頼したらしてくれるわけですね。
ワードプレスの場合もMCPを返したらできるんですけど、MCPを返さないとできないので、
ローカルに自分のテキストの情報が置いてあって、そこからサイトを構築するというやり方と、
その生成アイのエージェントって非常に相性がいいんですね。任せやすい。
だから多分そういう形でサイトを作るパターンも増えていくんじゃないかなとは思っています。
スピーカー 2
はい。これはね、やりたいんですよね。
スピーカー 1
やってください。ぜひやってください。
スピーカー 2
あのー、あれを。
あれをね。
あれを復活させたいんですけど、なかなか。
スピーカー 1
テキストを全部集めてっていうところからですね。
そうですね。
実はまだニュースがいっぱいあるんですけども、2つだけ行こうかな。
スピーカー 1
コッシーっていうKOSSHIというアプリケーションを見つけまして、MacとiOSで使えるやつなんですけど、
これ漢字のコネとコですね。コッシー。
アウトラインを日本語にした時に出てくる役の一つですね。コッシーって。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
はい。で、アウトライナーです。
MacとiOSで使えるアウトライナーで、非常にシンプルな多機能ではなくて、
リリースされたばっかりということもあるんでしょうけども、
一応買い切りのアプリで1週間テストができるようになったかな。
軽く使ったんですけども、バイクのようなものを別に求めていないんであれば、
普通に十分使えますし、エレクトロンで作られてなくて、スイプトで書かれてるっぽいんで、
非常に滑らかに早く使えるアプリでした。
スピーカー 2
だからMacとiOS専用なんですね。
スピーカー 1
ということだと思います。
これ今後どんどん機能がアップデートしていくと思います。
面白かったんですけど、できたばっかりなんでメニューがまだ整備されておらず、
当然アウトラインはショートカットキーで僕は操作したい派なんですけども、
まず項目の開閉が、ワークロイド一緒だったのかな。
下開くと閉じる。
それもすぐ見つけられて、
で、ズームインがコマンドと、これどっちだ、ドット?コロン?
ドット?ピリオド。
で、ズームして戻ろうと思ってコンマに押したら、別の画面が出てきて、
あれ?戻れへん。となって、それを一応見つけられなかったって呟いたら、
開発者の人が見つけてくれました。
その機能がついてないと。
で、ブラウザーバックで戻れますよって。
上にあるこれですね。
そうかそうかと思って。
確かにこの辺のやつって、ズームしたら一つ前のビューが上なわけですから、
それでも別にいらんなということは思ったものの、でも例えばですよ。
階層が6階層あって、トップから4階層にズームしたときに、
3階層に戻りたいみたいなときに、それ使えないですよね。
だって行って戻るわ、ホームになってしまうから。
ここはちょっとやっぱりあれやなと、実際そのコマンドつけますと言っておられたんであれなんですけど、
自分でツール作る場合、そうかブラウザーバックで代用できるっていう発想がなかったんで、
これ結構面白かったですね。
普段だからブラウザーバックでいつも操作されてるんでしょうね、開発者の方がきっと。
スピーカー 2
そうですね。これやっぱりブラウザーで動作するアウトライナーを使わないと出てこない。
それ以前の古いアウトライナーの感覚だと絶対出てこないような気がしますね。
スピーカー 1
マークフローリーの場合は確かにブラウザーバックで1個前に戻るので、
確かに行って戻る操作としては別にいらないですね。
面白いなと。その辺の感覚がやっぱりツールの実装に見えてくるなという感じでしたね。
デジタルコンテンツの紙媒体化とメモの扱い方
スピーカー 1
最後にもう1個だけ。考えてることがありまして、リビジョンがあるじゃないですか。
ePubの。あれ紙版で作れないかなという感じがありまして。
ちょっと前までは紙版って言わせればPDFか、PDFに紙面のデザインをしなければならないと。
そんなこととてもできないなと思ってたんですけど。
正々堂々にやらせたらいいんじゃないかと思いまして。
もともとのお手本のようなものがあれば、彼らはそれをそっくり真似するなんてことはすごく簡単なはずで、
やたらしててないからわかりませんけど。
それであれば、作ってKindleで売ることぐらいはおそらく不可能じゃないでしょうし、
結構紙版で書いたいという声も聞いてるんですよ。
僕自身も、明日だからAmazonストアからバーンされたら、リビジョン買えなくなるんじゃないですか。
そんなことではならないとは思いますけど。
そういう時に紙版であれば、買った人の手元に残る、所有物になるということで。
以前から値段は明らかに高くはなると思うんですけど、そういうのをしようかなと思ってて。
一応クロードに相談したら、Kindle CreateっていうアプリケーションをAmazonが準備しているらしく、
そこにEPUBを読ましたら、PDFでいい感じに出してくれますよと教えてもらって。
まだやってないんですけど、やってみていいですか。
とりあえず作ること、PDF作るところまで試してみて、
2人で状況を見て、これならいけるんであろうが紙版を出してみようかなという計画を考えてるんですけど。
良さげですかね。
スピーカー 2
僕に聞かれてるんですね。
スピーカー 1
一応僕一人で判断するものでもないので。
スピーカー 2
もちろんいいと思います。
スピーカー 1
じゃあ一回作るだけ作ってPDF見てみますと。
もしもそれだけの変換だけでクオリティが耐えるものであればちょっと作ってみたいですし、
さすがにこれはなって言うんであれば、いわゆる組み組み半ソフトで頑張ってもらうみたいなことを考えようかなという感じで。
紙版を作っても生産性が上がらないんで、いつも後回しにされてる作業をやったんですけど、
ボタン1個クリックでできるんであればちょっとやってみようかなという感じですね。
スピーカー 2
そうですね。紙版は実は僕も他のもので考えてはいたんですけども、なかなか今そこで手が回らないんですよ。
スピーカー 1
だからそこは一遍実験でやってみて、いい感じでPDFファイルが使い回せるんであれば、
最近ZINEっていうのが有名です。Z-I-N-Eっていうのは小さい同人誌みたいな感じですけど、
ああいうのを作って売ってみてもいいかなというところでちょっと反論も広がりますし、
電子書籍はどう考えても所有物ではないですし、
最近買った人がEPUBをダウンロードできる機能が付いたということで一遍試したんですけど、
ブックアプリで開けなくて、そのEPUBファイルが壊れてますって出てきて、
うーんという感じで。
スピーカー 2
それはEPUBじゃないんじゃないですか。
スピーカー 1
このリリースされた直後に確かめたんで、日本語環境と英語環境で何か違うみたいなことがあるからまだ時間を置いて確かめるんですけど、
できればやっぱり所有者の人にEPUBない人はテキストファイルとして持ってもらいたいところがありまして、
それは特に強く感じるのは先生以外に、例えばそれらの僕の書いた本を知的生産的に使いたいときに、
KindleのEPUBではどうしようもないわけですよ。触れないので。
だからやっぱりMDファイルとかテキストファイルとかPDF、EPUBファイルをその人が扱える形で提供できる体制を整えたいし、
それと並行して紙の本で買って持っていくっていうこともしようかなというのが今のところの計画でございます。
スピーカー 2
はい、なるほど。
スピーカー 1
というところで長くなりましたが、本題についてなんですけど、メモの扱いについてということで、
断片という言い方をとりあえずしておきますが、断片的なメモということで、きっかけはたくさんの記事。
これは途中まで無料パターンかな?
スピーカー 2
途中まで無料パターンですが、そうですね。
じゃあこれ全部オープンにしますか。
スピーカー 1
いや、大丈夫です。みなさん買ってください。
そうですね。無料登録、1ヶ月無料だから。
この辺の探索は大学生ぐらいから始められた、僕も大体それぐらいなんですけど、
メモっていうのをどう扱うかの右右曲折が語られている記事でありまして、
大変共感したんですけども、結局メモの扱い方をほとんど誰も教えてくれない問題というのがありまして、
ちょっとスパンを取って振り返ってみると、例えば情報処理のフレームワークで大ヒットしたものといえばGTDが挙げられると思うんですね。
GTDは思いついたものを扱っていく。
その思いついたものをインボックスに入れるものを一応メモと呼べると思うんですね。
それを達成という目標に向けて進めていくっていうアプローチを提唱して、
多くの人がインボックス方式っていうのを授業したかと思います。
ただし、GTDのやり方だけではやっぱり足りないところがあるよねと反響を翻したのが、
いわゆる徹底カスティングを提唱した人、ルーマンじゃなくてルーマンの方法を紹介した人が、
GTDはいいけどもあれだけじゃ足りないよねと多分言ったと。
要するに研究とか勉強、英語で言うとstudyでまとめられるような言葉に対して、
GTDのやり方だけでは足りませんよねとおっしゃったと思うんですね。
スピーカー 2
実際それはその通りだと思います。
スピーカー 1
だから一つの明確な目標達成に向けて情報処理していくのとは別に、
研究とか探求とかっていう方法に向けた方法も必要ですよねということを言って、
その一つとして徹底カスティングというのを出したと。
これは確かにこれで2つの領域をカバーする情報処理が提示されたわけですけど、
いかんせんね、結局ね徹底カスティング。
まず当人がまず大きなテーマというか、
研究の方向性みたいなものをまず持っていること。
生まれた社会学という研究テーマを持っていること。
スピーカー 2
そしてルーマンさんがですね。
スピーカー 1
で、何をするか例えば学会に向けて論文を書くみたいな。
具体的にアウトプットの方向性っていうのも大まかに決まっていると。
そこに向けて日々論文を読んだり本を読んだりして考えたことをカード化して、
その中でカードの関連付けとかを位置づけていって、
テーマを膨らませていきましょうというやり方なんですね。
これは確かに知的精査におけるメモの扱いと思います。
だからGTDはタスク管理におけるメモの扱い。
徹底カスティングは知的精査におけるメモの扱いを一応確立させて、
これでもやっぱり足りないというのが感じていることなんですね。
結局それらはある種明確な方向性とか目的があるわけですね。
もはや。
でも全てのメモがそうかというとそうではないと。
で、結局僕らがいつも困るのはそこなんですよね。
そういうことだと思うんですけど。
だからどんなものであっても、メモ的に書いたものであっても、
目的とか形みたいなのがはっきりした瞬間に、
もうその処理は問題ではなくなっているんですね。
ある形に載せたらもうそれはいいと。
でもそう載せられないものがあるんじゃないですかということがあまりにも言われていない。
言われていないし、今僕らもタイトルを決めるときに何と言うか迷ったんですけど、
多分何とも呼べないですね。つまり何かわかってないから。
スピーカー 2
そうです。だから扱いに困るんですけど。
スピーカー 1
名付けられるんであれば、それはもう使い方が決まっていると接続してるんで、
扱い方に困るんですけど。
名付けないものを書き留めてしまった後にどうしていいのかは何も語られていない。
少なくとも僕が見る限りその扱いを正面切って論じているものは見かけたことがなく、
結局僕たちは常にそこで悩みますし、
そこの悩みのブレがさっきのタスク管理とか知的生産のやり方にも波及してきて、
常にグラグラした感じを送ってきたここ10年とか20年やったんじゃないかなという感じがしていますね、今のところは。
断片的なメモの扱い方とアウトライナーの活用
スピーカー 2
しています。
スピーカー 1
今のところタンクさんはやっぱりアウトライナーに並べることによって、
多くはこれでいいだろうという感触は得られてますか?
スピーカー 2
これでいいだろうまではいかないですけれども、
それよりいいものは今のところ考えられないという感じはしてます。
それよりいいものというか、他の方法でうまくいかなかったことがアウトライナーを使うことによって、
要するに断片的なメモをアウトライナーに書くことによってできているという感覚はありますので。
スピーカー 2
ただ、なんて言うんでしょうね、なんでこういう歴史というか、歴史的経緯を昔のことから書いたかというと、
結局そういう経緯があって初めてその方法が有効だというふうに思えるという面があって、
逆に最初からそれをやろうとすると不自然に感じるかもしれないという気がしますね。
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
なんで不自然に感じるのか、なぜそれが不自然なのかということを説明するのが結構難しいという面があるなとは思ってますね。
スピーカー 1
確かにね。
さっき言った、その人が書き留めるメモが全てオブジェクティブ、サブジェクティブなものであれば、処理で困ることはないわけで。
スピーカー 2
ないです、そうです。
スピーカー 1
その人たちは、この人たちは何に困っているのかという感じにはなると思うんですけど。
例えば、ウメイサオのカード法というのは非常に感銘を受けたわけですが、
やっぱりね、まずタイトルが付けられないメモがあるというところで、もうトンザするんですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
逆にタイトルしかないと言っても、どっちかわからないですけど、一行だけしかなくて、それ以外のないものはカード化できない。
カード化できないものをどうしたらいいのか、ウメイサオは言ってないんですよね。
スピーカー 2
カード化しなさいと言ってるわけですよね。
マメ論文にしなさいというわけですよね。
スピーカー 1
しなさいということですね。
思いついたものを、おそらく書き留めようと。
だから、一応サンプル的に拾えそうなものは、富山さんのメタノート法というのがありまして、
メモとノートとメタノート的に、段階をフィルタリングして、少しずつ記述を増やしていきましょうというやり方の場合、
最初に書かれるものはおそらく断片的なもので良く、それを少しずつ大きくしていけばいいというやり方が、一応僕のやり方の中では成立するなというところで。
だから、メタノート法だけでうまくいくかどうかは別にしても、少なくとも一つカード法を補助するメモ術として、メタノートというのはあるかなとは感じてまして。
だから僕、ずっとメタノート法を追いかけてるというか、デジタルでずっとやろうとしてる感じがありまして。
やっぱり、エヴァノートは別にしても、ワークフローイとかでメモを残したときに、なんとなくどっちつかずになる感じがいつもありまして。
メタノート法は転記するんですよね。メモからノートへノートからメタノートへという感じで。
でもワークフローイは項目が移動できるんで、転記じゃなくてムーブになるんですよね。
でもムーブになると、もともと書いていた場所から移動しちゃうんで、メモがログにならないというか、
自分が思いついたものの着想の一つの冊子に、自分はこういうものを思いついてきたのだというログ性が失われてしまう。
でも、残しておくと、何かアウトライナーでやることじゃないよなという謎の規範感が出てくるんですね。
別に残しておいた。でも、項目が2つあると検索したときにめんどくさくなるので、
もともとの場所にある項目があって、それを別の場所に似た内容を、つまり項目を複製して別の場所に移動させるような操作をした場合、
検索したときに2つ項目が見つかってしまって、2つ項目が見つかるのは良くないという謎の規範性も今あるなと気づいたんですけど、
スピーカー 1
それは整理できてない感じがしてしまうんですけど、今喋ってたことだけど、別に見つかったらいいやんという。
スピーカー 2
見つかったらいいやんと思います。
思いましたね。今自分で喋りながら自分の考えを否定しましたけど。そういう気持ちがあって、どうもメタノード的なことがうまくいかないと。
スピーカー 1
マークロに書き留めたものでも、梅沢が言うカード化できるもの、タイトルと内容に変化できるものであれば、
例えばそれをそのままコセンスとかに移動して、一見落着感はあるんですけど、そうならないものがずっと残って、ずっと残ったままどうしたらいいかという感じをずっと覚えてまして、
本当に最近、移動を並び替えないと。さっきのようなムーブせずにただ並べておくがようやくできるようになって、
トラッシュというところにただただ時系列に、移動させた順番に並べてまして、これができるようになるまでずいぶん時間がかかったんですけど、
最近僕は日付の項目化を捨てまして、インボックスはすべてフラットに並んで、処理が終わったというか、もうこれはこれ以上手に加えられないと、
一行だけで終わるなみたいなものとかは全部このトラッシュに移動して、トラッシュで時系列に並んで、あとは検索で見つけるとか、
あと、思いつきには全部アイディアが付いてるんで、アイディアでフィルダリングしたら、場所がどこにあろうが、トラッシュにあろうが、インボックスにあろうが、ここで一列に出てくるんで、
別に無理にどうこうする必要ないなという思いつきに至ったんですけど、もっとラディカルな解決を最近してまして、
クロードにメモツールを作ってもらったと。このメモツールはTwitterのタイムラインと一緒で、投稿するだけ。ここに何か新しいものを投稿したら増えると。
増えるだけで、このドラッグで移動はできないと。これが移動できないと、僕の中で非常に安心感があるんですよね。もう落ち着いたという感じがする。
インボックス的なところに置いている限り、落ち着いた感じがずっとない感じがありまして、やっぱり見た目というかUIというか、そこが大きいなという感じがして、ここに置いといたらここからコピペして別の場所にっていうことをしていくと、メタノート的な感じに僕の中ではなるんですね。
そこがようやくだから切り分けられたというか、別にさっきのトラッシュ並べ方式でも、別にトラッシュは動かさないんで、トラッシュ並べ方式でもいいんですけど、なんとなくデイリーの項目に書き留めておくと、なんかムズムズする感じがずっとあったんですけど、もうここでタイムライン的にTwitterも特にそうですけど、Twitterも投稿したら順番変えられないんで、投稿したらある種の有限化が行われて、
自分の中でもそれでいいということができるようになるかつ、そのTwitterのようにハッシュタグとかの機能もありますし、ハッシュタグ以外にもラベルというのがあって、特別な機能じゃなくて企画案、テキストにただ頭にテキスト、文頭に企画案って書いて投稿すると、そこだけハッシュタグの別バージョンみたいなものを判断して切り分けができるようになるんですね。
これは行頭にないと発動しません。ハッシュタグは文中どこにあっても発動しますけど、このラベルは行頭にないといけない。もう一個チェーンというのがあって、これはコンテキストをカテゴリーですかね、ツールを使うみたいなことを書いて、このツールを使うというのはどういうことだろうなと一度自分で立ち止まって考えたときに、例えばノウハウ。
ノウハウという文脈の中の道具であろうと。仮に判断したとしたら、こういうふうに、これ断点記号やろ。繋いでいくと。
しょうなりで繋いでいくと。それが一つの記号として認識されると。クリックすると、それでフィルタリングされる。
これはチェーンになってるんで、ノウハウだけで調べると上位階層を含んだそれまでのが出てくるし、例えば他はあるかな。
スピーカー 2
おもしろいですね。
スピーカー 1
知性かな。知性。知性でやると、知性は頭のところにトップレベルでも知性がありますし、生成AIのチェーンとしての知性もあって、だから複数回数が飛んでても、このキーワードで検索したら全部抜粋できますし、
より絞り込みたかったら、その頭のキーワードつければそれだけで絞り込めるというふうに、非常に複雑というか、機名の細かい検索ができるように、だったツールをクロードに作ってもらいまして、
これは僕今までメモツールの中で一番書いてきたなという感じで、このチェーンが、チェーンなんて名前つけたかな。
自分で名付けたのに名前を覚えていない。
ちょっと失礼しますね。
これじゃないや。
ヌカ記法。チェーンマーカーという名前で、ハッシュタグのアレンジバージョンのアイディアを、当然これ自分で考えて実装しまして、ここにこういうことを並べておくと、ワークフローはもっと構築的な、プロジェクト的なものに扱えて、
ザッタのメモはここに放り込んだらいいんじゃないかなという気持ちにはなっています。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
これが使いやすいかどうかっていうと、他の人はそんなに使いやすくないと思うんですけど、メモってやっぱり個人的な感じがするんですよね。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
例えばタスクを、タスクリストを作るっていうところまでいくと、割と共通的だとは思うんですよね。
基本的にリストは一次元で、次にやることが順番に並んでいって、一個一個進めていくっていう、ある種の肩にはまった知的操作というか動作を促進するものなので、そこはある程度共通の形でUIはいいと思うんですけど、
先ほど言ったメモって不定形なので、その不定形さが個々人によってちょっとバリエーションがあるだろうと。
だからそれをうまく扱いたいときに、既存のメモツールではどうもうまくいかないんではないかなという思いがありまして、
そこでやっぱり生成AIでメモツール作れるのって素晴らしいんじゃないかなっていう話を最近思ってるとこです。
スピーカー 2
メモってすごい整理的な、この気持ちいい気持ちよくないの影響をすごい受けますよね、今の話を聞いてると。
スピーカー 1
そうですよね。だから、形になる前の、いわゆる感じで言うともやもやしたものをとりあえず書き留めていくものなので、
割と画一的なものよりは個人的な要素の方がおそらく強いでしょうし、
多分10人に生成AIを与えてメモツール作らせたら、多分みんな違う形になるんじゃないか。
社会人1年生に作らせたら違うと思うんですけど、自分なりにメモ人生を苦労してきた人にメモツール作らせたら、
多分違った形になるんじゃないかなという気がありますね。
スピーカー 2
そうですね。これだから、やっぱりここにはクラシタさんのメモ人生が凝縮されているわけで、
それがない状態で作っても多分できないとは思いますね。
スピーカー 1
メモに関するもやもやとかトライアンドエラーが結晶化したものが、
これでやっぱりタグとチェーンが違うという気づきも何年か前に発見したんですよね。
スピーカー 2
タグの入れ子とは違うわけですね。
スピーカー 1
違うんですね。要するにね。
だから階層じゃないんですよ。結局。
さっき言ったように地勢が上にあったりも下にあったりもするんで、
文脈の順番のだけなんです。要するにね。
それをObsidianではハッシュタグの階層が作れるんですけど、あれじゃないなという感じで。
生成AIによるカスタムメモツールの可能性と課題
スピーカー 1
ハッシュタグは僕の中ではもっとコンセプト寄りというか、簡単に言うと企画案寄りなこと。
一般名詞というのは自分が考えたフレーズのもの。
例えば個人ジグザグに生きるとかっていうテーマ性においたもので、
チェーンの場合はラベルですよね。ラベルっていうか、いわゆるタグ、本当の意味でのタグをつけるもので。
それは分けたい。なぜ分けたいかというと、こうやって見たときに分かれてほしいんですね。一覧したときに。
この一覧も、例えば個性するにはないんですね。自分がつけたタグ一覧みたいなのはないんですよ。
ワークローリは検索のとこにはありますけど、検索のとこにシャープとかあってみたらありますけど、これ上で表示されているわけではないんですね。
メモを書き留めたときに、これって何やろうって考えるときには表示されててほしいんですよ。
自分が今まで何をつけたかを見た上で、それに近いものを位置づけたいわけですから、これは表示されててほしいと。
これも別に要らないかもしれないのでしょうけど、これも長年やってきて、これがあったらいいなあみたいなのを試行錯誤しながらクローズと相談しながら出来上がったという形で、
やっぱりこういう個人的なニッチな形に応えられるものを自分で作れるというのは偉いですし、
おそらくタスク管理ツールとかリストツールは誰が作っても似たようなものでしょうけど、メモとか執筆ツール、執筆プロセスを支えるツールは、
かなりその人に合ったものになるんじゃないかなという感じがしてまして、一家に1エディターの時代がやってくるんじゃないかなと勝手に思ってますけど。
スピーカー 2
そうですね。どうなんどうなのかなあ。難しいですよね。
やっぱり倉下さんがやるのと、他の人がやるのは違う。
エディターなら、書くということをどれだけ考えているかによって、エディターの機能に対する、何と表現したらいいんですかね。解像度という言葉はちょっと使いたくないけれども。
スピーカー 1
そうですね。どういうツールがいいのかの勘どころみたいなのが働いているかどうかということですね。
スピーカー 2
要するに、自分の連載で使った言葉で言うと想像力ですかね。
そこがないまんま作ると、結局、あの機能も欲しい、この機能も欲しいになっていくということが容易に想像される。自分ならそうだと思いますけど。
スピーカー 1
それでいいんだと思います。結局。つまり、例えば100万円払って開発者を雇って作っているわけじゃないじゃないですか。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
つまり最初はもう失敗するんですよ。失敗して、「あいたたー!」ってなって、例えばシンプルな開発者が作ったシンプルな絵みたいに戻ってくると。
それを使っているうちに、なんとなくまた黙々と作りたくなってきて、作る。で、また同じことを繰り返すうちに、なんとなくいい感じで。
だから、ある最高のプロダクトをある時点で作れるかどうかというよりも、作る試すっていうプロセスをずっと続けていく中で、良いとこに落ち着けるっていう。
だから、エディターを作るということが今後書き手の一つの、なりわいの一つになっていくんじゃないかな。
スピーカー 2
それは良い考え方ですね。
スピーカー 1
例えば、プログラマーの方も、昔の人はたぶん、Emacs環境を育てるっていうことをずっと並行して進められてると思うんですよ。
それと同じことが、もの書きにおいても、自分の使っているエディターを自分の仕事の具合と見極めながら調整していくことが、ごく普通に行われる、特別なことじゃなくて。
っていうのが、新時代の知的生産じゃないかな。
スピーカー 2
それは本当にそうですね。まさにそうだと思います。
スピーカー 1
道具について、与えられたものでやるしかないということが大半だったんで。
世の中にワード大好きっていう人もいると思うんですけど、話を聞く間にあんまり好いてない人も多いわけですよね。
それは魅力がわかってないってことはあると思うんですけど。
そういう時に、自分なりにやってみるかって言って、リッチテキストエディターみたいなのを作ると。
作ってみたら、ワードすげえよくできてるじゃんってなると。
またワードを使っているうちに、ぐるぐる回ってその人の認知が変わりつつ、道具との距離感がいろいろ動いていって、理解が深まっていくという道のりが健全というか、むしろそれがいい世界じゃないかなという気がしますね。
スピーカー 2
確かに。確かにそれができるようになるというのが素晴らしいことですね。
スピーカー 1
一回だから、例えばツールを自分で作ってみた時に、そのツール作りの難しさもわかりますし。
仮に例えば、他の人が作ったエディターとかに対して、ツール機能を要求する時も、何を言ったらいいのかっていう勘どころが多分育ちますし、全体的に良い方向に進むと思うんですよね。
やっぱり今まで、開発者とユーザーが間に引かれた線があまりにも太くて、乗り越えられなかったわけですけど。
バイブコーディングですらやっぱり難しい。
スピーカー 2
いや、難しいですよ、それは。
スピーカー 1
そこだけでもやっぱり再現できるといいかなというか、アウトライナーっぽいのを作ってたんですけど、
表面はすぐできたんですよね。これちゃんとアウトライナーなんですよ、プロセス型の。
何かをした時に、項目を移動した後にコマンドZを押したら戻らなかったんですよね。当たり前ですよね、そりゃ。実装じゃないから。
ワークローリーは当たり前です。あらゆる操作がコマンドZで戻るんですよ。
あれはやっぱりテキストの操作はもちろんブラウザーの標準でできるんですけど、項目の移動とかっていうのを全部ちゃんと行って戻れるようにしているというのは、そのためだけのコードがあるわけで当たり前のことを言ってますけど、そこの偉大さに気が付きますよ、やっぱり自分で作ってみると。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
ちなみに、メニューボタンが何もないアウトライナーを作りたかったんで、最近のワークローリーのごちゃごちゃ加減にケガさせて作ったんですけど、これぐらいのレベルだったらクロードほとんど一発で作れますね。
これ本当に素晴らしいと思います。ホーム画面に戻るのはここのボタンだけで、それ以外のボタンは何もないという。
これだけのことでも、ローカルサーバー立ち上げて動くやつ作ってみたいなことを言うと作ってくれるんで、最悪ワークローリーが明日使えなくなっても全然大丈夫とは言いませんけど、危機的な状況には落ちないというセーフティーを確立できたのもちょっと心理的には大きいかなという感じですね。
人によって違いが出てくるところだと思いますけど、オブシリアンとか使ってる人を聞くと、残ってると嫌になるっていう声をたまに聞くんですよね。それもやっぱり特性というか個性というか、そういう場合は日付ごとに区切られたものしか目に入れない形の方がいいですし、タクさんもそうですけど、僕の場合は日付を超えて並んでいる方が嬉しいんで、
今僕は日付の項目切っちゃってますけど、日付があったときはここの項目に9日とか8日とか7日が並んでて、で改正したら日付を超えてメモを一覧できるみたいな環境があったんで、やっぱメモって越境するんですよね。簡単に越境してて、昨日のメモとくっつくとか、何日か前のメモとくっつくっていうことがあって、くっつくためには割と目に入っていることが必要で、普通に思い出すこともあるんですけど、
チラッと目にしたときに、これとこれみたいなことのくっつき方が起こることが多く、まさにこれが断片と呼んでいることの詳細なんですけど、すべてが未完成で、ほかとくっつく可能性が常にあると。
で、やっぱり地力生産の技術とか、徹底の仮説ないしやGTDも、その断片以降のものを扱っているんで、この断片そのものをどう扱うかの理論は、これでもどうなんかな、例えば紙のノートでメタノートをやったときには似たようなことが起きてたんでしょうかね。
僕はちょっとはっきりはわからないですけど、まあでも起きてたんやろ、まあきっとあれは。
スピーカー 2
でもアナログで断片語を扱うとしたら、あれ以上の方法はないような気がしますね。
スピーカー 1
うーん、そうは思いますね。結局こういう話したときに、じゃああの、付箋でKJ法とかしたらいいじゃないですかっていうのはちょっと違うんですね、これは残念ながら。
スピーカー 2
それはね、違うんですよ。
スピーカー 1
それができるくらいならカードにできてるってことなんですよね。
そういうことです。そういうことなんですよ。
そういうことの手前にあるものを扱うときには、やっぱり一つの場所にザーッと並べていくで、それをそれで良しとするというか。
だから未完成なんだ、どういう点かな。
メモの整理欲求とAI時代の情報収集
スピーカー 1
ほっといてもいいというものと、ほっとくことでくっつくこともあるという。
だから、inboxと書いてますけど、inboxだと処理しなければならないということになるんで、正式にはinboxじゃないですね、ここの名前は。
スピーカー 2
だからその断片語を扱うにはinboxは鬼門だと思います。
スピーカー 1
その言い方がまずいですよね。促す動作が処理に向かってしまいますよね、どうしても。
スピーカー 2
そうなの。だからinboxというのは基本的にそこにずっと入れておいてはいけない場所なので。
スピーカー 1
受信箱ですからね。
スピーカー 2
だから未整理の状態に耐えられるかどうかで、整理的に耐えられないのであれば別のことを考えなきゃいけないと思うんですけど、
逆に耐えられないというのは整理しなきゃいけないという感覚があるからという場合もあるわけですよね。
スピーカー 1
まさにそうですよね。あると思います。
スピーカー 2
で、そうじゃなくていい。なぜなら決まってないから整理できないわけですよね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
それこそ整理できるようになるためには、決まった何かに成長することが必要で、成長してないものはどうにもしようがないんで。
だからそれが整理されてなくてもいいんだということがまず考えの転換が必要で。
スピーカー 1
転換しても整理的に耐えられないんだという人もたぶんいるんですよね。
スピーカー 2
それはまた別のことを考えなきゃいけないと思うんですけど。
そうか、整理できてなくてもいいんだと思えればたぶん扱えると思うんですよね。
スピーカー 1
だからやっぱり今もインボックスとか未整理とかって言いましたけど、やっぱりそのある状態に達せてない。
未整理なんて特にそうですけど、整理すべきに至ってないっていう感じがするじゃないですか。
そこの言い方がやっぱり、ある人のメタファーがずれている感じがするんですよね。
で、例えばその整理するのが嫌いというような、整理しなければならないという観念っていう発言をSNSで見かけるんですけど、SNSの投稿って整理されてないですよね。
SNSに投稿できるんであれば、未整理のものが並んでてもいいはずなんですよ、きっとそれは。
ということは、整理しなければならないという視線で眺めてることがその場合は大きな問題で、SNSに耐えられない人であればもっと根源的な問題だと思いますけど、
あれがいけるんであれば、あれの感じで扱えばいいというふうにおそらくマインドチェンジができると思いますね。
スピーカー 2
そうですね。
だからその感覚があるからこそ昔は、ついエヴァとかで、ツイートすると同時にエヴァノートに送り込んで、送り込んだものはエヴァノートで整理しようと試みたりするということがあったと思うんですけど、
できないわけですよね。
スピーカー 1
できないですね。
スピーカー 2
整理されていないプールみたいなものがあって、それがこんなに整理できていないものがあるっていうんじゃなく、そこはある種の宝の山というか、原材料みたいなもので。
そうですね、確かに。
で、何かがその中にある記述が加わったことによって、もしくはそれは記事で書いたことですけど、
そのある項目に対してレベルアップして上位階層を作ったことによって、その上位階層に当てはまる他のものが集まってくる。
で、そのときに全部目にしている必要ないと思うんですよね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
なんとなく、そのとき目に入ったらもちろんそれを集めてくるし、だけどそれもこれに関係するものをすべて洗いざらい見つけて集めなきゃいけないっていうのは、やっぱり全部整理できていなきゃいけない発想だと思うんですよ。
スピーカー 1
いや、その病にかかってましたね、僕は。
スピーカー 2
たまたま見つかったものは持ってくるし、あとそのなんか存在を、それに似たものを前に書いたなというと、
たまたま思い出せば、それを探して持ってくるっていうこともあると思うんですけど。
なんかその、とりあえず、だってやっぱりそれこそ、これだけ膨大なことを覚えついてるんだから全部把握できてるわけないじゃないですか。
スピーカー 1
はい、そうですね。
スピーカー 2
全部目に入れるといっても、画面に表示できるのはそのうちの何十分とか何百分の一じゃないですか、たぶん。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
だから土台すべてを目にするというのは無理なことで。
だけど、たまたま目に入ったり思い出して集めてきたものが、その集まったことによってさらに成長して形になっていく。
そうするとまたさらに違うものが見つくっていう。
結果的に全てを見つけなくても、何かそれがひとつの意味を持った、
スピーカー 1
メザオ的に言うマメロン分以上のもの、もしくはタイトルを持ったひとまとまりのものに成長していくとするなら、それはメモとして十分機能を果たしてると思うんだよね。
そうですね、はい。
スピーカー 2
で、その素材をすべて使い切らなきゃと思うことによって、メモの成長が阻害されるみたいな現象ってなんかありそうだ気がするんですね。
スピーカー 1
いやー、あると思いますね。
あのー、やっぱりね、嫌気がさすんですね。とりあえず。
スピーカー 2
いやー、このねー。
スピーカー 1
それはもう間違いなくそうですね、今聞いてて思いましたけど、やっぱり2つ項目が見つかったときに、やっぱ全部操作して走るですね。操作して集めないといけないというような、何か感じがあるんですけど。
例えば、日頃ワークロリとかにメモしてるとしますよね、たくさんが。で、なんかタイムラインとかなんかで、この本書いたいなっていう情報を見つけたとするじゃないですか。それをワークロリにメモするってことは普通にあると思うんですよ。
で、その後たくさんがどうされるかわかりませんけど、僕は解体本リストをまず作り、そこまでに集めてきた解体本をそこに集合させないと、気が済まない感じがあるんですよ。
でもね、そんなことをやってたらね、1日終わっちゃうんですよ、基本的には。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
いやー、だからね、なぜっていうか、たぶん整理欲求というか、これは支配欲求というか。
スピーカー 2
支配欲求もかもしれないですね。
スピーカー 1
支配欲求スラッシュ、コレクション欲求だと思うんですよ。集めたいという。
それはなんか、これだけに限らず、例えばある作家が好きになったら全部の作品を読みたいし、あるアーティストが好きになったら全部ある曲を集めたいみたいなと、たぶん同じ感じで自分のメモを扱っていくと思うんですけど。
あれね、例えば、自分が気になった本とか解体本をリストを作るその瞬間はいいんですけど、それ以降、途端に熱が冷めるんですよね。
結局、例えばメモをレイリーの中に置いといて、ああ、なんか本、解体本あったなあ、で検索して見つけるでいいはずなんですよ、たぶん。
それで効率が変わったりとかしないとは思うんですけど、やっぱりね、自覚するまでは非常に強いリスト化欲求、完全リスト化欲求に苛まれていまして。
あれはでも、だからワークロリを使ってるとかも、どうかもっともっと前の話で、僕と情報との関係がおおむねそういう形に形作られてたんだろうなあというのは感じますね。
スピーカー 2
そうですよね。それがいい悪いということよりも、やっぱりそれだけの整理的な感覚の違いがあるのであれば、たぶん、例えば僕と倉下さんにとってのそれぞれの最適なメモの、もしくはメモツールのあり方ってやっぱり違ってきますよね。
スピーカー 1
そうですね。入力は素早くできたらほうがいいみたいな要件そのものは、短期記憶の限界って人間の最低条件なんです、一緒ですけど。
どう表示されるとか、どんなふうな動きを誘うのか、みたいなところの感覚的、整理的な感覚はかなり違ってくるでしょうね。
スピーカー 2
と思いますね。
スピーカー 1
うーん。だから、一口にメモはこうしたらいいみたいな話はやっぱりしづらいですし、デジタルになってより一層難しくなった気がしますね。
スピーカー 2
可能なこと増えちゃいましたね。
スピーカー 1
そうそう。昔はしゃーなく我慢するしかなかったようなところが、その整理的欲求に応えられる環境になったがゆえに、嬉しい反面悩みも増えるというような感じはありますね。
スピーカー 2
とか言いながら、記事を書いた後にとか、それこそ、下手すると本を書いた後に使われていないメモ群を発見して、
こんな良いことを考えていたのに書き損ねたみたいなパターンはありますけどね。
スピーカー 1
それが嫌やから先回りしてケアしたいということなんでしょうね。
機械損失に対する恐怖みたいなのがあるんでしょうね。
潜在的にあるんでしょうね。
そこを全て救っていきたいという気持ちがあって、でもやっぱりそれは本当に無理で。
でもやっぱり、このトラッシュ型に集めるやり方、普通にしていたらデイリーにそのまま置いておくでもいいんですけど。
とか、さっきのメモツール型、タイムライン型に置いていくとか。
あと最近、Twitterでつぶやいた時間あるいはフィードバックについてということをつぶやきをノートにまとめたんですけども。
自分のツイートを検索して、時間で検索したのとフィードバックで検索したのを見返して、それっぽいのをポコポコ並べたという。
あれはメモの使い方としていいなと思う。
スピーカー 2
あれいいですよ。あれは愛の僕で大好きです。
スピーカー 1
だから今までの僕の感じやと、メモツールにあれを並べて、フィードバックっていう項目を立て、そこの下に位置づけないと気が済まないんですけど。
Twitterではまず無理なの。そもそもそれができないので。
たぶん見つかってないものはあると思うんですよ。
さっきのツイッターのケースがバカなんで。
でも、ひと生地分ぐらいの分量はあるし、いいかなという思い切りができたので。
あの感じでメモっていうのを扱っていけたら幸せというか、精神的に健全さが保たれるなという感じはしましたね。
スピーカー 2
そうですよね。
もちろんでも、そのすべてを使おうという欲求によってなされてきたことというのもおそらくたくさんあるはずですし。
逆に僕はそれを諦めすぎているのかもしれないし。
自分の処理能力に対する期待値が低すぎるというか、それで失っているものもあるかもしれないですし。
だからそれはどっちがいいのか悪いのかっていうのはわかんないですよね。
すべてを網羅しようとして、それこそ操作する。デジタル的にもアナログ的にも操作することによってスパークする何かがあるかもしれないし。
スピーカー 1
まあでも、僕の経験上、トローの方が多いですね。
スピーカー 2
トローの方が多いのは間違いないと思いますよ。
スピーカー 1
むしろツイッターの検索の方が費用対満足度というかは高かったんで。
検索する言葉でキーワードで検索したものだけをざっと読み返す方が遥かに良かったんです。
操作するときって知的な負荷がめちゃくちゃ高いんですね。
AIとの対話による文章作成と編集の難しさ
スピーカー 1
例えばAに関するものを何かなかったなと思ってザラッと見ておくときに、
頭の中でAに関するものを探しつつ、見かけたらBに関するものだとか思い浮かんで。
非常にハードな知的操作だってあんまりやりたくないんですよね。
意識的にというよりは無意識的に避けるところがありまして。
スピーカー 2
違うこと思いついちゃいますよね。
スピーカー 1
思いついちゃいますね。
だから頭の中で分岐がどんどん発生していき、非常に困ったことになるんですけど、
キーワードで検索したものだけをパッと見ていくっていうのは非常にコンテキストが絞られているし、
知的操作としては割とやりやすかったんで。
おたくさんは割とワークホルダーでも検索します?キーワードで。
僕はそれしないんですね。
さっきみたいに項目を立ててまとめることをしたがるんで、その項目に移動して見るみたいなことをしたいんで。
そのために全部操作してその項目に集めるっていうことを今までずっとしてたんで、
検索頻度が低いんですね。
多分それがあんまりメモの扱いとしては良くないなというのをちょっと最近感じてますね。
スピーカー 2
僕はワークフローイの検索、ワークフローイ以前のアウトライナーではこういう検索の使い方はできなかったんで、
やってなかったですけど、
いつも言いますけど文脈を含んだ検索ができるということなので、
それはかなり気に入っているというか、
スピーカー 2
ちょうど今日記事を上げようかどうしようかと思ってるのがあるんですけど、
それはブログというかワードピースという名前のアウトラインがあるんですね。
要するにブログのネタ的なものが全部入っているのがあるんですけど、
スピーカー 2
そこを学校というキーワードで検索して上がってきたものを集めただけの記事があるんですけど、
これ多分検索しないと、この検索がないとおそらくこういうことはできないっていう。
なるほど。
スピーカー 2
タイプの使い方ですよね。
これは結果的に学校でヒットしたものを全部使ってるわけじゃないんですけど、
そこから選んだものを逆に倉下さんみたいに項目を立てて、その下に集めるっていう2段階になってますよね。
なるほどね。
学校ぐらい具体的になると、あまりにもいろんなものがヒットしちゃってわけわかんないってことはないんですけど。
スピーカー 1
なるほど。
タスクとか。
タスクとか言っちゃうとちょっと。
確かに。
スピーカー 2
僕さっき自分の期待値が低いって言ったじゃないですか。
逆かもしれないですね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
期待値高いのかもしれないですね。
失礼な人があったらごめんなさい。
スピーカー 2
倉下さんのほうが逆に、全部見つけないとダメという。
スピーカー 1
まさにそうやと思います。
スピーカー 2
僕は逆に、全部見つからなくても許容範囲の何かができるだろうという意味で、もしかしたら逆なのかもしれないって今ちょっと思いました。
スピーカー 1
そうやと思いますね。ある種の楽観性の違い、程度の違いがあって、僕はそれが少ないんで、何とかして維持しなあかんっていう切迫感みたいなものが少なくとも今まではありましたね。
スピーカー 2
あったかもしれないですよね。
スピーカー 1
それが無意味かっていうとそうではないと思うけど。
スピーカー 2
疲れるか疲れないか疲れますね。
それを倉下さんのアウトプット量の中でやるというのは、はっきり言ってとんでもない負荷がかかると思いますし。
スピーカー 1
逆に操作することが多いので、さっき言ったようにAを探したらBを思いついてっていうのがあるんで、アウトプット量が増えてくるんですね結局。書きたいことが増えていく。
それもいいことかどうかはちょっとわからないんですけど。
むしろひとまずメモをだーっと書きといて、今日はなんかあれについて書きたいなという思いがあったときに検索で始めてという方が、アウトプットの自分の中にある関心度と鮮度の高さでいうと非常に良いんですよね。
無理に項目を立てて並べとくと、なんか別にそんなに興味ないのにずっとそこにあるし、まあ書いておくかみたいなことが起こってしまうので。
スピーカー 2
起こってしまうんですか、そんなことが。
スピーカー 1
起こってしまいますね、なんとなく。ネタ上にあげたものは、なんとなく処理しないといけないものに変身しますね。
もちろんだから全然無意味というわけじゃないですよ。かつての自分が関心を持ったものですから、関心のゲージはあるんですけど、高いか低いかでいうと偏差値ギリギリみたいなとこにいるってことですね。
スピーカー 2
やっぱり違うものですね、やっぱり人っていうのはね。
スピーカー 1
そうですね。やっぱり一番見て面白いのは、人がメモをどう使ってるかでしょうね、きっとね。
スピーカー 2
そうですね。今AIというものがあるので、そういう膨大なことを投げ込んだメモのプールの中から、それをAIに読ませて、
スピーカー 1
こういう件についてここに入ってるものからまとめて、みたいなことをさせようと思えばできるじゃないですか。
スピーカー 2
できますね。
今までやってきたこの種の活動の代替になっているのかどうかっていうのがわかんないんですよね。
いいのか悪いのかもわからないし。ただ何か自分の求めているものはそこにないような気がするんですけど、
ただやっぱり自分のAIの見方には非常にバイアスがかかっている面があるので、
スピーカー 1
やっぱりかかっているのがわかっているので、自分はそのAIに対する評価という、自分の評価を全然信用してないですね。
なるほど、なるほど。
スピーカー 2
やっぱり不当に低く評価しちゃう面があるので、だからわからないんですよね。
ワークフローイもまだベータのままだと思いますけど、そういうAIの使い方を思考しているように見えるんですけど、
それは結局メモを書かれた情報としてしか考えていない使い方なんじゃないかなということが、
という頭がちょっとありまして、正しいかどうかわかんないでしょ。
なんかメモというのは、記事にもちょっと書きましたけど、書かれた情報そのものもだけれども、
そこに紐づいたメモをしたときの情報とか、自分にメモさせるに至った驚きとか感情とか、
そういうものの合わさったものなんじゃないかと思っていて、
それをデコードして形にしうるのは、やはり自分の脳だけなのではないか。
メモに関してはですよ。他の目的は全然別ですけど。
そういうとこに目的の決まっていない断片的なメモに関しては、
それができるのは自分だけなんじゃないかという思いがあるんですけども。
スピーカー 1
まあそうでしょうね。
それはだからやっぱり、AIに処理してもらいやすいような形のメモを取っていかないと、
思う期待通りには多分ならないですし。
例えば自分のメモですけど、「妄想の星座」っていう一行のメモがあるんですけど、
これはコンテキストが不足しすぎて、AIではまず処理できないでしょ、これは。
スピーカー 2
すごいなんかこの中二病感がある。
スピーカー 1
そうそう。僕はもうこれだけで2000字の記事が書けますけど、
というその思いがこのフレーズには凝縮されているわけですね。
これはその凝縮、つまりこのコードをデコードするのは、
僕のテキストを全部持っている生成AIですら無理ですね。
スピーカー 2
ですよね。
スピーカー 1
無理だと思います。
スピーカー 2
そうだと思いますね。
スピーカー 1
もっと文脈が長ければ可能だと思いますけど、
このフレーズでは無理でしょ、おそらくは。
だからこういうメモの取り方はその他の生成AIに処理される前提ではダメで、
これだから要するに僕が回答することを前提としたメモになっているわけですね、要するにね。
スピーカー 2
そうですね。メモの前提自体がそうですね、確かに。
スピーカー 1
だから生成AIに回答してもらいたかったら、
もっと交互で自分ってこう考えてるんだってことを
ずらずらずらーっと語るような感じでメモして、
後でそれに関するものを引き出してもらうという形にしない。
だからこのメモをそっくりそのまま移行するということは完全に破綻すると思いますね。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
ツールに合わせたメモの取り方をしていかなければならないし、
その練習が多分必要で。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
少なくとも僕はこのタイプのメモの仕方を20年くらい練習してるわけですね。
脳に強いネットワークがあるわけで、
もちろんだから生成AIに合わせたメモの練習をしていくこともできますけど、
現状僕が自然にメモするとこういう感じになるということですね。
断片的なメモの解釈可能性とツールの影響
スピーカー 2
もちろんこの妄想の星座っていうタイトルでショートショート書いてて、
で書いてくれるでしょうけど、
それがやりたいことなのかっていうことですよね。
スピーカー 1
まあ難しいところですね。
逆に自分は何がしたいのかということに答えなければならない。
スピーカー 2
ちなみに妄想の星座って何ですか?
スピーカー 1
これは中二病というよりはどっちかというと陰謀論的な感じですね。
つまりその人の妄想があったときに、
それを肯定する素材を何か見つけると。
点が1個あると。
それにまた別の妄想を支持するものを見つける。
で、何の根拠もないけど、
自分の妄想だけで繋がったポイントによって、
ほらこんな悪事があるんだという星座が描かれてしまうというような2発のメモです。
っていうところまで書けば。
そこまで書けば、星座AIについて、
陰謀論系のメモを拾ってきてって言ったら、
それを拾ってくれるってことはあると思う。
でもたぶんそこまで書いてないということにも意味がありますよね。
あると思います。
だから1週間後の僕がこれを違うように解釈するという、
解釈可能性に開かれているということ自体が断片的なメモ。
つまり断片的であったのは、
僕がそこまでその考え、
聞かれたから今話して言語化しましたけど、
頭の中でもっとふんわりした。
例えば今日はこれについて書こうという別の思いと、
このキーワードがくっつくことで、
記事の形がもっと違うことになったということはあると思います。
スピーカー 2
はい、その通りだと思います。
だから今僕が質問することによってその可能性を、
スピーカー 1
一つ有限化された。
スピーカー 2
破壊してしまったということですね。
スピーカー 1
そういうものですよね。
例えば中二病で書くこともできますし、
さっき言った陰謀論で書くこともできるという、
未確定な思いつきのままに書き留めているということで。
カード化するというのはそれを有限化するということなのに、
それをしていけば確かにカードはストックが増えていくということなんですが、
それを本来はもっと積極的にやっていこうというのが
カード法だと思いますけどね。
こういう断片的なメモじゃなくて、
ちゃんと落ち着いてカード化していきましょうというのが
多分カード法だと思いますが、
そうは言われてもというところですね。
スピーカー 2
そういう意味ではツールの制約というかツールの特性によって、
知的営みのありようがものすごく影響を受けてきたわけですよね。
受けてきたし今も受けてるわけですよね。
僕はだからアウトライナー上で書いて、
レベルアップっていうのにあまりにも慣れすぎてしまっていて、
それができないツールだと考えられないんですよ。
スピーカー 1
わかりますわかります。
スピーカー 2
なおかつ多くの人が思う回想化っていうのはレベルダウンなので。
スピーカー 1
あーなるほど。
スピーカー 2
というふうに思うんですけども。
もちろんどっちでもある人もいると思うんですけど。
だからなんかこう、
あー回想化ねって言われたときにかなり違うものを
お互いがイメージしてるということが結構発生していて。
だからそういう中でメモツールのあり方とかメモの仕方とかを語ること
というのはものすごく難しいんですよね。
だからできることは自分はこうやってますということだけになってしまうという。
スピーカー 1
だからこそ多くの人が自分はこうやってますを語るということが大事だと思うんですけど。
スピーカー 2
なかなかね難しいですよね。
スピーカー 1
ある程度のすごく大雑把な類型を出して、
4タイプとか8タイプとか何でもいいですけど、
こっち系の人はこういう処理を試してみるといいかもね
というガイドラインは出せるかもしれないですけど、
それですらハズレ値がありますからね基本的には。
スピーカー 2
もちろんハズレ値あっていいんですね。
スピーカー 1
もちろんあっていいですし、それを許容するのがソフトウェアだと思います。
つまりいろんな微細な差異を吸収できるものがソフトなわけですから、
柔らかいということなので。
今までねソフトウェアというか言いつつハードだったんですよね基本的には。
輪郭性も変えられないままに与えられて、
少なくともそれに習熟することがソフトが使えることだという定義だったわけですね。
だから書店に行きゃワードの解説書は山ほどあるわけですけど、
現在はだからちょっと違うよなというのに合わせてソフトを作っていける、
書いていけるという余地が生まれてますし、
個人的にそれはやっぱりより開かれた個人的なものに向かっていってるんじゃないかなと。
あとは自分が自分の特性をどれだけちゃんと踏まえていられるかというところで、
案外そこが情報不足というか、
自分の特性に注意を向けていないままに大人になってしまうパターンって多いんじゃないかなと思ってて。
スピーカー 2
それはなかなか機会がないですね。
スピーカー 1
日本の教育はやっぱりお前の特性はどうでもいいから、これに合わせろですから基本的には。
暗黙でそういう空気があるので。
でもまあ、生成AIを使って自分なりのツールを作っていくっていうことをやろうと思ったら、
自分の特性、好みと言ってもいいんですけど、把握してないとスタート始まらないので。
結局、例えばそういう場合どうなるかというと、
生成AIにワークフローリーを作ってって言うしかなくなるわけですよね、基本的には。
スピーカー 1
新しいゲームを開発するときにテトリス作ってって言ってるのと一緒で、
それする意味がない人までは言いませんけど、
ツールに対するイマジネーションと自己理解が2つ絡み合うことによって新しいツールが生まれてくると思うんですけど、
前者も欠けてますけど、後者がより大きく欠けているパターンが少なからずあるなというのはちょっと思いますね。
ソフトウェア時代の到来と知的生産の未来
スピーカー 2
そうですね。
でも難しいですね。
例えば30年以上前からアウトライナー使ってますけど、
プロセス型アウトライナー、そういうプロセス型っていう言い方をするようになったのは10年くらい前からだと思うんですけど、
昔、例えばMacのアクタとかMOAというアウトライナーがあったんですけど、
特にアクタは今で言うプロセス型アウトライナーなんですけど、
その時に仮に今の例えばAIで機能を改変する力が自分にもしあったとしたら、
おそらくプロセス型じゃないものに変えちゃった気がするんですよ。
プロセス型の何たるかを理解する前に変えようとしちゃった気がするんですよね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
変えちゃいけないのかどうかというのもあるんですけども。
スピーカー 1
確かにね。
スピーカー 2
ただそのプロセス型なのかプロセス型じゃない、まあプロダクト型なのかっていうその理解によって、
自分の中で発見されたものがものすごく大きいので、
単にアウトライナーだけのことじゃないいろんなことの理解、自分の中での理解につながったという思いがあるので、
それはむしろツールの制約がそうさせてくれたという。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
だからそれこそアナログの時代にノートだとかカードを使って、
カードをどうやったら使いこなせるのか、どうやったら自分にとって具体的な成果を、
カードを使っていられるのかっていうことをものすごく考えてきた先人たちがおそらくたくさんいるわけですよね。
だからそこでその人たちに発見されたいろいろなこと、
テッテルカステンだってルーマンが発見したそういうことなわけじゃない。
あれもやっぱりツールというツールの機能の制約があったから、
それを考えることが可能になったという側面があるわけで。
スピーカー 1
確かに。
なんかそれはそれでなんか大事なことだったんじゃないかなって思いますね。
でも何かしらの制約は自分で自分好みのツールを作ろうとしてすら多分起こることで。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
だからそこはそこで発見が多分あるでしょうし、
今まで多分なかったですけど、1000人の人間がアウトライナーを独自に作って、
いろんな機能が開発されるというのも一つ未来じゃないですか。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
それは生物界における進化みたいなことが起こるのかもしれない。
起こらないのかもしれないですけど。
だから新しい変化の芽は多分、それはそれで生まれるという気はしますけどね。
スピーカー 2
そうですね。
でも今思ったんですけど、逆のこと聞いていいですか。
スピーカー 1
はい、どうぞ。
スピーカー 2
もしかしたら、30年前にもしアクタナリ、
そういう当時のプロジェス型アウトライナーを改変できる自由がもしあったら、
より早くプロジェス型アウトライナーの何なのかを知ることができた可能性もありますよね。
スピーカー 1
ありますね、結局。
こういうのがあったらどうなのか一回自分で触ってみることで、
いろいろ変わることはあると思いますね、それはね。
スピーカー 2
逆かもしれないですね、もしかしたら。
スピーカー 1
それこそがソフトウェアという樽物じゃないですかね。
だからようやくソフトウェアの時代になってきたんじゃないかなという気も。
スピーカー 2
ソフトウェアといっても今まではプログラミングができないユーザーにとってはハードでしたもんね。
スピーカー 1
完全に。
それがソフトになることによって、試行錯誤の探求領域が圧倒的に増えるんで。
だから今多分エディター作ってる人たくさんいると思いますけど、
そういう人たちの話を聞くとやっぱりヒントというか思いつきがいろいろ出てくるんで。
それは非常に刺激的やなという感じはしますね。
スピーカー 2
そうですよね。逆にそういう理解がより促進されるかもしれないですね。
スピーカー 1
だからその場合やっぱりある程度の情報の交流というのがあったほうがいいなと思ってまして。
そこで最初の話に戻ってくるんですけど。
1000人が1000人、みんな似たようなものを作ってるだけだったら無駄じゃないですか、そういうエネルギー。
だから他の人の差異とかを意識しながら、
スピーカー 1
いやあの人は作ってるけど、俺はもっとこっちの方がいいなということが刺激されて、
独自の進化の路線を辿っていく方が健全だなということがあるので。
だからSSAIとツールを作ることと、自分の特性を気にすることと、
他の人の情報に触れて、自分の領域そのものを変えていくみたいな、
この3つの層がバランスよく動くといい感じですし、
それがなくて、何が作りたいのかもわからないけど、とりあえずSSAIに作ってもらおうって
完結しているのは非常にクローズドというか、先がないかなという感じがしますね。
当然この分野にそもそも道具論とか動画に興味がない人は別に作らないと思うんですけど、
1000人いたら1人くらいいると思うんですよね。こういうのがつい気になってしまう人が。
スピーカー 2
いやいや、もっといるでしょう。
スピーカー 1
そういう人たちが作る何かはやっぱり面白いなと思って、
SSAIでも最近例えば楽曲を作れるSSAIの専門のモデルがありまして、
それ僕結構使うんですけど、だいたい5曲作ったらもう飽きるんですよ。
イマジネーションが足りないんですね。こういう曲を作りたいというのが。
プロンプトがむちゃくちゃ貧弱なんですよ。
スピーカー 2
それを表現する言語がない。
スピーカー 1
持ってない。解像度みたいなものが全然足りないから、これは全然面白くないですけど、
でも僕自作ツールwith SSAIでもう10以上作ってますけど、
全然もっと作りたいのがあるんで。
やっぱり当人が持っている興味の領域を広げてくれる、
プロダクト志向で進められるというのがいいんであって、
何か当人に対して番人の何かを与えるというよりも、
やっぱり新しい形の道具、もうおもちゃと言ってもいいですけど、
そういうものな感じがしますね。
現状のSSAIを知性の感性として見るのは、根本的に違うという感じはしておりますね。
結局道具なんで、道具を使う人の何かが如実に影響を与えるなという感じはします。
スピーカー 2
今日はいい話でしたね。
スピーカー 1
結構難しい。メモと個人的なツール。
個人的なツールと生成AIっていう相性は本当に良いと思うので、
これからどうなっていくのかは全然わからないですけど、
現状を見る限り、個人のツール作りに関して言えば、
生成AIがもとあらしたものは相当に大きいなと思いますね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
その反面、知的生産のアウトプットに関して言うと、
悲惨なことになっているわけじゃないんだけど、
もともとちょっと悲惨だったものがさらに悲惨になったっていう感じなんですけどね。
スピーカー 2
アウトプットに関して、結局悲惨だと感じるアウトプットがたくさんあるのは事実として、
だけどAIを逆にうまく使えているというか、
使って良いアウトプットを得ている人もいると思うんですけど、
それはおそらく悲惨ではないので見てもわからない。
スピーカー 1
確かに。バイアスがあるわけだ。
スピーカー 2
やっぱり、これはAI使ったよねっていうものは良いとは思わないので。
そうですね。
スピーカー 2
そもそもその時点で。
AI生成コンテンツの評価と人間らしい文章
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
純粋に情報を得るためだけの目的なら別ですけど、
そうじゃないもので、AIねっていかにもそういうふうに見えるものは良いとは思わないので。
だから、そうじゃないものはAIを使っているのか使っていないのかわからない。
スピーカー 1
そうですね。冒頭で本人が明言していない限りはわからないですね。
スピーカー 2
あと、ひねくれた人がいかにもAI風に人間が書いている場合もあるかもしれないですけど。
ある種のアイロニーとしてなることをする人もいるかもしれないですけど。
スピーカー 1
逆にそれをわかりそうな気がするのは、自分の能力を見せたりする歌詞なのかもしれないけど。
真似して書いてたらわかりそうな気がするけど、それもまあ気のせいなのかもしれないですね。
スピーカー 2
よくある村上春樹文体模写が全然村上春樹模写になっていないのと同じで、
AI模写も多分、いかにもAIってこんな感じだよねっていうのはなんとなくできると思いますけど。
スピーカー 1
僕らがイメージするAIっぽい文章を書くことはできますけど、
AIが書く文章を本当に模倣することはむしろ僕らには無理じゃないかなと思うんですね。
できたらすごいけど。
スピーカー 1
逆にそれはできたらすごいことだと思いますね。
スピーカー 2
できたらすごいけどその能力はなんのやつか。
スピーカー 1
それはわからないですけど。
でも文体の解析能力は非常に高いとは言えますけどね、きっとね。
スピーカー 2
文体の意図的に作る部分ではない、そうなっちゃうというその部分が、
多分AIのいわゆるいかにもAIなお立てというって、
絶滅しようとしている感じがするんですけれども。
スピーカー 1
それは標準的な文章から言うと逸脱なので、
つまり直される対象なので、それはまあ消えていきますよね。
だから非常に読んでても面白くない。
面白く、役に立つ立たないの次元じゃなくて、
面白い面白くないの次元で言うと面白くないということになってしまう。
それはやっぱり人のデコボコさが人だからでしょうね。個性だからでしょうね、きっと。
スピーカー 2
そうなんですよ。
そうなんですよね。
スピーカー 2
それがないと息苦しく感じてしまうんですけれども、
ただそうじゃない人もいるんで。
スピーカー 1
どうなのかな。
1000字とか2000字の文章で非常にまとまった書かれ方をしているとしんどいなと思いますね。
でも例えば300字のニュース記事を読むんやったら多分気にならないなという気はしますね。
文章の内容とか媒体によっても違うと思うんですけど。
ニュース記事なら気にならないと思いますね。
始めから期待してないんで、読み手側が何かを、個性を期待してない媒体。
辞書を読んでるときも一緒だと思いますね。
そこに人を見てないというか。
人が書いてるだろうなという文章に人がないと楽さでちょっとしんどくなるということはあるかもしれない。
スピーカー 2
そうですね。
船を浴ぶというあれによって、辞書にもすごく人間的な個性があるということは教えられましたけども。
いや全然僕そういうこと知らなかったんで。
スピーカー 1
だからそうか。個性はあるけど何かがないんだよな。
スピーカー 2
そこの得体の知れない感じがなんかね。
なんなんだろうあれは、あのAIっぽさは。
スピーカー 1
だからAIっぽさがまずあるんですよね。
文体的特徴としてのAIっぽさがあるのと、あと人間っぽくないっていうのがあるんですよ。
AIっぽさはないんやけど、かといって顔がないって感じかな、漢字で言うと。
スピーカー 1
綺麗に書けてるけどそこに人格的手応えがない文章ってのがあって。
なんかスッキリしてるんですね。
ちょっとGPTみたいなうざいことではなくし、マークダウン失敗してる強調が出てるとか、そんなのは全然ないんですけど、
読んでても心がずっと渚みたいな感じの文章があって、
これはおそらく先生が書いてるんだろうなと気がしますね。
スピーカー 2
なぜそれをAIっぽいって感じるのかっていう。
うーん。
スピーカー 1
でもやっぱり、よくできてる文章でもよくできてない文章でも、
人間が書いた文章を読んでるときはこっちの心が動くんですよ。
それは書いてる人の心が動いてるからだと思うんですけどね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
その心の動きそのものを模倣してないので、先生の文章は。
だからそこなんじゃないですかね。
そうですね。
スピーカー 2
文章を書くときってどうしても打算も含めて。
スピーカー 1
いろんな心の動きがあって。
スピーカー 2
ここでちょっと感心させてやろうみたいなのが働くじゃないですか。
スピーカー 1
つまり意図があるわけですね。
スピーカー 2
インテンションが必ず文章とか言葉遣いとか行の作り方とかに出てくる。
そこに人っぽさというか、そこに誰かがいる感じがするということかな。
スピーカー 2
そうですね。
好きな文章って別に完璧だから好きなわけじゃないんですよね。
スピーカー 1
改めて読み返して思いますけど、そんなに優れた文章ってないんですよね。
スピーカー 2
ないですね。
スピーカー 1
読みやすいって言われる文章は多々あって、それは確かにそうなんですけど、
例えば文章の整合性とか論理が整ってるかというと別にそうではないなっていうのを
最近昔の本を読み返しても感じますね。
スピーカー 2
昔、ものすごい力づくで突破するみたいな文章って多かったですよね。
スピーカー 1
それでも納得するのは納得しますし、やっぱりこっちの頭が駆動するというか、
知的な波紋が伝わってくる程度で言うと力強かったっていうのはありますね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
精神科学文章は論理的に整ってますけど、
分かってもらいたいという気持ちがないんですね、彼らには。
その分かってもらいたいが、うまく機能するときもあるし、
暴走しちゃうときもありますけど、その振れ幅の中にあるのが人の文章という感じがしますね。
スピーカー 2
そうですよね。
不思議なことに、アウトプットを直接生成AIで作るんじゃなく、
AIと相談相手なり編集者みたいな位置づけでやり取りしながら書くのは自分がやろうとしても、
AIとやり取りしていると文章がそうなっちゃうというか、
真似はできないとしても持っていき方が引きずられるんですよね。
それは自分の問題かもしれないですけど。
スピーカー 1
引きずられると思いますけどね。
完全に無視するのは難しいと思いますね。
スピーカー 2
ニュートラルな文章を出力してもらえば引きずられないのかっていうと、
そのニュートラルさに引きずられるし。
スピーカー 1
なって思いますね、それは。さすがに。
スピーカー 2
今まで想像したことのない、いろんな文章を書くということにまつわる頭の動きというか、
そういうことを知らされる感はありますね。
スピーカー 1
僕らもたとえば一人で書いてるときも、本当の意味でフラットに書いてるわけではないと思うんですよね。
AIとの協働における文章作成の戦略と未来
スピーカー 1
何かに引きずられて書いてると思うんですよ。
その引きずられるは、候補にもう一個先生やってるのが増えてしまって。
逆に言うと僕らがどう知的精査してたのかが、
如実に現れてき始めてるなという感じかな。
スピーカー 2
そうですね。今まであまりにも自明で考えたこともなかったことが、
逆に炙り出されちゃうという感じがありますよね。
スピーカー 1
それは面白くはありますけどね。
スピーカー 2
だから、うまく書けないときにあえて影響を受けるつもりで本を開いたりみたいなこともありましたけどね。
スピーカー 1
今でもありますけどね。
スピーカー 2
ありますよ、あります。
スピーカー 1
そういうことを考えたら、たぶんどなたか忘れたけど、
自分が文章を書く前に、自分の古典となっている本を読んでから書き始めるみたいな効果があるとしたら、
文章を書き始める前に生成AIが生成した文章を読んでしまうと、それは引きずられることになりますよね。
スピーカー 2
そうですね。
だからその古典となっている文章は引きずられることがいい効果をもたらす場合もあるんですけど、
スピーカー 1
AIに引きずられてもあんまりいいことはないような気がします。
今どうしても中間的な、ブレてない文章を書かなければいけないという強いニーズがある場合を除いて。
そういうニーズのときはそもそも自分で書く必要ないですかね、最終的に。
スピーカー 2
そういうニーズのときは素直にAIで書けばいいような気もしますけど。
だからどの段階でどう関与させるのかっていうところは、やっぱり見極める必要があるでしょうね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
あとはどんなモデルにどんなプロンプトで言うのか。
スピーカー 2
そこもまたバリエーションがあるし、変化も早いしというところがあるので。
スピーカー 1
コメントしてくださいという一言でも、
例えば編集者のようにコメントしてくださいとか、ドライに返してくださいみたいに言うだけで変わってきますから、あいつら。
スピーカー 2
いや、ほんとそうですよね。
スピーカー 1
その辺のニュアンスを踏まえないと、わりと難しいです。
スピーカー 2
そうですね。
以前、15年前からクサレーンの女友達としてコメントしてくださいって言ったら、だんだん恋愛っぽい感じになってきちゃって。
スピーカー 1
面白い。
スピーカー 2
涙。
違う方向に。
スピーカー 1
使い方次第、あなたのプロンプト次第ですよねって話になってしまうんですけど。
あんまりフラットには言わないほうがいいですね。
フラットに言うと基本的に褒めてくるんで。
訳のわからんとこで褒めてくるんで。
だから、生成AIに有能な編集者として振る舞うためのデータコンテキストみたいなのが、もしかしたら有料で販売される時代がやってくるかもしれないね。
スピーカー 1
そうですね。だからAIがどうといっても結局全てのものに課金して最高レベルのモデルを使ってるわけでもないので。
そうですね。
スピーカー 2
そうなんですよね。
そんなこともできないし、難しいなと思いますね。
スピーカー 1
そうですね。特に文章を書くという業態においては、コーディングの場合は課金するだけして書かせたらいいんですよ。
そこは間違いない。
ただ個人的な文章を書くという場合には、関与量が増えたらほとんどいいことなのかということが、まだ定量的なデータは全くないですし。
僕が見る限り、関与の度合いが上がるほど良くないという気がしてるので。
必勝的に使うのは本当にいいと思うんですけど。
ゆうき先生もたまに自分が書いたメールマークで、あれについて書いたのを探してきてみたいなことをさせてあげて。
まさにそういうことをしてほしいわけですよ。
しかし文章を書く段階で真の編集者のように扱うのは、だいぶやめたほうがいいなという感じがしますね。
スピーカー 2
難しいですよね。やっぱりうまくいかないんですよね。それをやろうとしても。
スピーカー 1
彼らが下手だからですね。基本的に。
それもこっちの使い方が悪いのかな、それともあっちがダメなのかなというのも、なかなか判断がつかないし。難しい。
GPでは全般的にダメですけど、クロードであっても文章に対するアドバイスは、少なくとも僕が見る限りではそんなにピンとくるものではなかったですね。
分析は正確ですけど、例えばこの文章はこういうことを承知してるんですねという分析は的確なんですけど、その後になってくると、どうしましょうかになると、結局僕の狙いとずれてくるんで。
僕はこういうことを思って書いてるんですよって伝えたらいいと思うんじゃないですか。でもね、意識してないんです。
別に。分析された後に気が付くんですよね。ああそうかっていうのとか。プロンポとで先回りは難しいと思うんですよね。
スピーカー 2
そうなんですよ。そうなんですよ。それもね、アウトラインを先に作るのと似た難しさがあって、事前にはわからないんですよね。
そこもね、どこかまでは試行錯誤によって解消していくことができるかもしれないけれども。でもどこかから先はできないような気がするんですよね。
スピーカー 1
だから今のところ僕の場合は、例えば思いついてることをだーっとやってアウトラインを作ってもらうってことはほとんどなくて、文章を書いて、まず自分でゼロから書いて、それを要約してもらうというか。
どう読めるのかを確かめる。ぐらいまでですね。で、チャットGPTは勝手に評価しますけど、続けますけど。そこは一応無視して。
スピーカー 1
生成アイが要約するとしたらこの文はこういうふうに書かれてると読まれるんだなという確認装置としてだけ。だからデバッガーではないですけど、ぐらいまでですね。
だから、編集者的な役割は今のところはやっぱり著しく弱く。もちろんだから、例えば雑誌の連載とかで他の連載とトーンを揃えなければならないみたいなときに、ある種の制約としてプロンプト与えておいて、それが合ってるかどうかみたいなことは多分使えると思いますけど、やっぱりプロの編集者はプロなので。
スピーカー 2
いやそうですよね。
スピーカー 1
それと型を並べる仕事は期待できないとは思いますね。
スピーカー 2
いやそうですよね。
スピーカー 1
読んでもらえるだけでもね、僕は結構ありがたい。書き手って常に孤独なので基本的には。これでいいんかなっていう迷いのままずっと書いてるんで。
生成アイに要約させたときにそこまで間違ってなかったら、まあとりあえずいいかと思えるのはまあ一つプラスかなという感じはしますけど。
とりあえずここ2026年、デジタルコンピューティングによって知的生産の方向が多分大きく変わるあるいは変えようとする人が増えてくると思いますけど、是非は何年か後に分かると思います。
直後には分からなくても。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
自分の頭を使って考える文章を書くっていう面倒なことを継続するかしないかが分かれてくると思うんですけど、普通に考えてそれは知的なトレーニングをするかしないかということだと思うので、筋トレするかしないかみたいなことだと思うので。
直近ただのがあんまり変わらなくたとしても、3年後とか5年後、その人が考えていることの質的なものが多分違ってくるんじゃないかと勝手には予測してますけど、そうしたらその人たちの方がより高度な大きいことを考えられるようになっているのかもしれなくて。
スピーカー 2
かもしれないですね。
スピーカー 1
現時点の好みでしかないです。美意識に近いですよね。どうしたいのかっていうことに近いんで。
選んで実験するしかないですよね。
後の世代に育つ時に、やっぱりこっちのほうがよかったぜって言うためには、異なるやり方をする人たちが存在していないといけないので。
スピーカー 2
そうですね。
僕はどっちかっていうと、自分で書くことは譲らないけどというところを今後も続けていこうかなと思っております。
そうですね。
でもほんと5年後ぐらいには、アウトプットに人格的に参加するかどうかという。
参加しないならしない、するならするっていう、すごくオンかオフみたいな、そういう戦略になっているような気もするし。
スピーカー 1
でもなっていくでしょうね、きっとね。
5年後といわずもっと早いかもしれないですけど。
スピーカー 1
もうなりつつあるかもしれませんけど。
スピーカー 2
なりつつあるけれども、今はやっぱり明らかに、自分が見ていいと思うものは人格的に参加があるものなんですけど。
3年後もそうかどうかはわからない気はします。
スピーカー 1
人間の書いた文章は家に飾っている絵画ぐらいの位置づけになるかもしれません。
それはある種の非日常の領域に置かれるかもしれないですね。
そうですね。
そうなってすら、僕は人間が文章を書く側にいると思いますけど。
スピーカー 2
でもね、知性というものは人格と過分だとは思いますが。
スピーカー 1
確かに。
これはそうだな。
そうですね。
スピーカー 1
難しいとこですけど、今後の知的生産の未来はいろんな形が見えているなというのと、そこまで大きい話じゃなくて、メモツール自分で作れるよって本当にいいことだと思うんで。
やったことがない人は1週間ぐらい何でもいいんで、ただひたすらずっとメモしていただいて、どんなメモをしているかを自分で見てもらうと非常に発見が多いと思うんで。
もしやったことがない人がいたらメモしてください。
これを聞いている人は多分メモ癖が多い人が多いと思うんですけど。
スピーカー 2
でしょうね。
スピーカー 1
結構メモから分かることとか、メモが連鎖する、連鎖反応してくっつくとか融合みたいな反応を試されると、ボトムアップ的なものの面白さが体験できると思いますね。
スピーカー 2
自分が考えているとは思わなかったようなことが出てくるという。
出てくるんじゃないんですよね。それこそ生成されちゃうことありますかね。
スピーカー 1
あります。
というとこで、最近こんなツール作ったという話があれば、ハッシュタグ打ち合わせキャスト、イタガラで打ち合わせアルファベットキャストまでいただければと思います。
スピーカー 1
たくさん連絡したいこととかございますでしょうか。
スピーカー 2
ございます。ございません。
スピーカー 1
今回はこれまでにしたいと思います。お疲れ様でした。
スピーカー 2
お疲れ様でした。
01:52:24

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