ラーメンに限らずけど、基本的に料理が昔から好きで、飲食店で中高、中学じゃない、工房大学でかな、働いてたんで、自分で自作、自炊、すごい好きだったんですよね。
で、もちろんラーメンも作った時に、例えばなんちゃって中本とか、なんちゃって竹岡敷とか、そういうのをあれこれね、作りは作るんだけど、そういう日々やってたんですけど、ある時なんか急に降りてきて、降りてきて、二郎を作りたいなと。
ある休日の朝に二郎が降りてきて、二郎ってマジでやったら家でどれぐらい再現できるんだろうと思って、本格的にやってみようと思ったんですね。
花馬沙等々を集めて、諸々アイテムを取り寄せて、ガッと始めたんですよ。6時間とかね。できたら二郎が、もちろん本家には敵わないんですけど、目打ちから全部やってね、結構感動したんですよ。
こんなの家でできるんだって。そこそこ量もできるじゃないですか。嫁とかにも食わせたりとかして。嫁なんか二郎なんか知らないんだけど。美味しいんだ、二郎ってこんな感じなのみたいな。
火がついたというか、壺に入ったというか。すごい感動したんですよ。そこから寸胴とか斧式の製綿機とかオークションで落としたりとかいろいろしたりとかしてね。
妻からの誕生日プレゼントが0ドルだったんですかね。OK出たなと。OKが出たのか奥様がよくできた人なのかわからないですけど、お会いしたことありますけど、どちらかというと後者に近い感じがしますけど、OK出てるわけじゃないんですけどね。
やっぱりすごい寸胴で作るとスープいっぱい取れちゃうじゃないですか。取れますね。結局余ったやつとか捨てるわけにはいかないんで、ストックで投稿とか圧迫しまくって、すげえ迷惑かかる。すごいゴミの山みたいな。
これちょっと今日参考文献として持ってきたんですけど、朝日屋出版ってところが出してる。あれ出ました。自分で作るプロのラーメン屋って本ですね。3冊出てるんですけど、2004年かな。画期的な本ですよねこれね。
ラーメン屋さんが自分のレシピを丸まま出してるみたいな。ちょっと驚きの設定で。これすごいやつですよね。さっきもちょっと飲みながら話したんですけど、ラーメンを食べるって番組があるじゃないですか。
あれもうなんかね、芸能人にラーメン食わせるだけかと思いきや、前半20分はもうね、厨房の中を見せまくりみたいな。ずっと動画で映しちゃうんですかね。あれモザイクもかけず、企業秘密もなく。
ああいうのがすごい今も刺さるんですけど、この本っていうのはやっぱりすごくレシピをそのまま再現できるようなのが書いてあって、この本に出会ったときに、ちょっと二郎に系統してるときにね、ちょっと他にも何かやってみようかなってときにこの本出会ったんですよ。
基本といえば基本なんですけど、池袋大正堅のレシピっていうのが過去に何度か出されたっていうのが出てて、ここにも載ってるんですよね。実際それをそのまま集めて再現したんですよね。
漏れ証券ね。
漏れ証券。一生懸命煮込んで4時間ってとこですね。ちょっとネギを買いに行こうつって、マンションの外出てネギ買いに行ったんですよね。帰ってきてエレベーター乗って自分のフロアに降りたら、フロアがエレベーター降りた瞬間に大正堅の顔が見えたんですよ。
もう外漏れしまくってて。なんだこれ大正堅の匂いがする、この貝みたいな。それで部屋戻って、作ってる最中に慣れちゃってたから分かんなかったんでしょうけど。
実際作った4時間半とか時間守って知ったらこんなのが家でできるのかと。ちょっと衝撃を受けるを超えてライフワークだなっていう。
確かにラーメンって非日常感があるじゃないですか。普通のちょっとした料理と違って時間もかかるし材料も特殊だったりするんで、なかなか普通に家で作らないし。
やっぱりお店に行ってこその料理だと思うのが、なんとしかもそれが大好きでそれがなんと家で再現できちゃうってなったら、それはそれだけでもすでに大興奮ですよね。
かけた時間がもう味に出るっていうかなんていうかそういう料理を。
ちょっと待って、ラーメン店主みたいな言い方使ってる。
プロはそれを毎日やるんで、僕らみたいにイベントでやってるわけじゃないから、これを毎日やるっていうのは本当に尊敬にしかない。
自分で自作始めてからラーメンの食い方変わりましたよそういう意味では。本当に大切に食うようになったかなという気がしますね。
その話も素晴らしいですね。本当に再現できたことでもちろん自作って感動するんですけど、やっぱりこの労力毎日やるっていうのってまたそれを孤独との戦いだったりするじゃないですか。
そうですね。体調悪かったりもあるでしょう。
あるじゃないですか。あれをやり続けるっていうことにやっぱり本当に大切に、なんか大げさなんですけどそう思うなっていうのは自分で作ってみるとすごいわかるんですよね。
逆にシンプルで推してるマッチ中華とかトンソクとか入ってるんですよね。トンソクとか結構使い方によって危ないんですよ。
なるほど。
すっげえ臭く出ちゃったりとか、あえてこれ出してるクソそうなのかとか。
なるほど。
その辺もクンクンするようになっちゃったりとか。
ここはいい加減だぞみたいなね。これはトンソクはいい。
やっぱりラーメンって自作ラーメンって、ラーメン作りって基本的には結局どっかの模倣になるわけじゃないですか。
そうですね。
完全オリジナルで自分の理想の食いたいラーメンみたいなのを作って、それもいいでしょうけど、やっぱり僕どっかの真似をしてそれを再現して、それを誰か一緒に食べてくれる人がいたりとかするわけじゃないですか。
それでどう?って聞いてみたりとかして、そことの違いとかね。そこに登り詰めた山道の経路を探すとかね。そういうのがすごい楽しいと思うんですよね。
もちろんアマトスープとかでいくらでも自作なんかオリジナルなのができるじゃないですか。
基本的にはね、自分が愛したお店を作って、そこをちょっと再現できれば最高なのかなっていう。
なるほど。すごいですね。その開眼したのが二郎っていうのがすごいですね。
そうですね。今まで開眼してやってきたお店が破裂してみて。
お願いします。
二郎は毎年やってたんですよね。
目時とか。もうないんですけどね。
衣服帳対象犬じゃないんですよ。
先に目時です。
あともちろん林屋。家の方の林屋。
ちょっと待って、これさっき飲んでるときに話したんですけども、やっぱりこのラインナップ、この後すごい見せてるんですけど、林屋っていいなと思って。
いいですよね。
懐かしいですよね。
今まさに食べたい。
食いたいですよね。
食べたいと思う。
あともちろん対象犬って言ったらその次にあるエスカレートバージョンっていうのがベンテンですよ。
ベンテンね。
ベンテンは丸鶏とか入れて物量で勝負ですよ。
中本も今までなんちゃって中本だったんですけど、まあ香辛料か何から何まで全部やって中本やりましたよね。
あと知ってる人は古いラオタンになるでしょうか。新褒美とか。
新褒美ね。
半球取っていく。
昭和でしょ。
昭和だったやつね。
茅場町ですね。
懐かしいな。
あとは栃木一品行。
一品行。
一品行ね。
目のつけどころが農地ですよね、やっぱりね。
あともちろん経過ですね。
経過。
経過はね、ポイント集めてどんぶりとレンゲをもらってしまったんで。
取りに行ったんですけど。これ経過はやんなきゃいけない。経過と言いながらブッダだよって言われて。
経過、不安点がこの間しまってっていう感じで、経過の歴史の中でも変遷があって経過が。
目の太さから何かダメージが。
果たしてぶったがやが昔の経過なのかって言われると、そうなのかと思うぐらいぶったがやはぶっ飛んでたりして。
ぶっ飛んでましたね、あそこはね。
どっかの時点の経過を自分なりのあれで切り取るってことですよね。
武士に限らず、あら系ので改新。
毎日入るあらが違うっていうのが言い訳じゃないじゃないですか。
5種類を集めてくださいみたいな。
ある店ありますけど若い人わかんないですよね。
ヤシマ。
ヤシマ。
亀の手。
亀の手が入ります。
ひんぎゃの塩です。
ひんぎゃの塩。
ですよね。
山口甲卵。
これは牛骨ですよね。
すごいですね。
作って食べた時に甲卵の味がわかって比較できる人がそんなにいるわけじゃないですね。
北斗邸みたいな。
あとは天下一品の材料やるでしょ。
これはすげえむちゃくちゃ大変だったんですけど。
天下一品のどのおじさんの自作ブログの時を覚えてるんですけど、
材料の何使ってるか当てるっていうのを探求してる流れとかがめちゃくちゃ楽しかったです。
コメントもらって、実際中にいた人からコメントもらったんですけど、
これが入ってるけどブログには上げないでくれって言って。
なるほど。
コメントは被承認にしたって言ったら、なるほどみたいな。
その後、リュウジさんっているじゃないですか。
あの人が時短でやる天下一品って言われてて。
やってましたね。
それもやったんですよ。
それに実際秘密にされてる材料を入れたバージョンと入れてないバージョン作ったんです。
もちろん入れてないバージョンが、俺が昔作った天下一品よりよっぽど天一だったんです。
こんなに時短で、俺のあの努力は何だったんだみたいな。
今なんか否定されるかと思ったら、リュウジ美レシピもよかった。
すごかったです。びっくりした。
棒を入れたんですよね、あれを。だったらそれがなおさら入ってるんだなと思った。
あとは万来、堀内ですね。
なんとなっては僕は万来には行かなくなっちゃったんですけど。
あとは富山ブラックとかね。
もちろん後は甲州飯店。
精油系はやっぱり行くのがここでしょ。
甲州飯店はね、やっぱり意外と難しいところだなって思っちゃうんですね。
難しいですね。
あの手の味を出すのは結構簡単にできるけど、甲州飯店の味とかを全部でやるって結構難しい。
甲州飯店の人がよくわかってないんじゃないかなっていうぐらい。
甲州飯店と二郎と同じでしたよね、確かね。
何ですか?
発生が。
発生が?
生まれたのって甲州飯店と二郎と同じぐらいの時じゃったんだよね。
タイミングでそうなんですかね。
猿が急に棒を同時に使い始めるみたいな。遠隔詞なのみたいな。
甲州飯店って新潟の二郎っぽくないですか?
確かにそうですね。言われてみればそうですね。
あとは荒野。
荒野。
荒野はその本に載ってるんですよ。
載ってますね。
あとはラーメンばっかじゃなくて蕎麦の角まん。
角まんでやってましたね。
こういうエッジの効いたサレオツじゃないんだけど、心に響いて鳴り止まない的なお店っていうのを再現するのをすごい楽しんでた時期ありますね。
今は物価が上がっちゃって時間も長くなってるんで、なかなかできないですけど、機会があったら次何やろうかなみたいな。
いっぱいありますよね。
手出せないなって思うのは、やっぱり豚骨とか出しづらいですよね。
僕ね、ミキサー買っちゃいました。
セメントウォーカーってやつ。突っ込んでガーってやつ。
粉々にしたくて。
すごいですね。
野内さんと同じくらい奥様のインタビュー撮りたいですね。
どこまで許してないよっていう。
ミキサーは呆れまして。
許してないと思うんですよ。
素晴らしいです。
自作の話はもっと膨らむんですけど、膨らませると終わりないですけど、言い残したことは大丈夫ですかね。
インスパイア。
インスパイア?
っていう言葉あるじゃないですか。リスペクトとか。
僕ね、インスカパイアって言ってるんですよね。
いいんですか?それ見たら。
リスペクトはリスパクツと。
それいいですね。
インスパイアって言いにしてはあまり素人なんで。
ちょっと謙虚にね。
真似てはいるんだけど、そこの域にはもちろん達してないと。
そんな感じで。
これはちょっと面白おかしく言ってもらったと思うんですけど、
僕はすごい大事だと思ってて。
何が大事かっていうと、さっきのそのことを毎日やってるっていうことがプロとしてはとても良いわけじゃないですか。
でもたまに味が再現できたってことで、この味わかったよみたいなことを言う人いるわけですよ。
これがやっぱりラーメンにはすごい浅かったような気がするんですね。
ラーメンはやっぱり日々ブレたりもするわけですけど、
毎日出し続けてくれてるっていうことがまず尊いし、
その中でブレたりするっていうのを受け止める客側のキャパシティみたいなものとか。
地方ってずっとそうなわけですよ。
そういうのをやっぱり自分で作ることによって改めてわかることもあるし、
そもそも食べる人のことを思って作ってくれてるっていうのはどんなありがたいことなのかっていう。
自分でやるってものすごい労力ですよね。
ご馳走でってよく言うけど、材料を花鋏から買ってくるのも含めて結構大変だし、
それを何時間かかけて自分のキッチンを選挙してやるわけじゃないですか。
ああいうのの尊さと、それによって日々違うこととかも含めて、
やっぱりラーメンはそこらへん受け止めて楽しむっていうのが、
やっぱりもうちょっとみんな単純にこれがコーンだからこういう味で、
俺この味理解したみたいな、その単純な図式じゃなくて、
ちょっと楽しむためにそこらへんの機微を知ってた方がいいよねっていうのは、
今の野口さんの自作の話とか、その食べ歩きのところとかで、
やっぱりそこを受け取ってほしいなと思うんですよね。
野口さん結構やっぱり飛び道具持ってるからうまいじゃないですかとか、
だからみんなその表面のところを上積みを救う人も多いんですけど、
実はその本当のこういうところを楽しんでるよとか、
それがあるからいまだにラーメン好きでいられるんだよみたいなところがあるじゃないですか。
そういうのは感じられていいなというふうに思いました。
いやもうちょっとそれだけでだいぶ時間経っちゃったんですが、
ごめんなさいこのままいきますね。
いいですか。
いいですよ。
はいじゃあ次のトーキングアバートラーメンで、
ちょっとラーメンの一杯に絞ってですね、
もうちょっと話をしていきたいなと思ってたりしますので、
次の方に行きたいと思うんですけど、
野口さんが話したいラーメンの話はちょっとこの後にしてですね、
まず聞いてくれてる方からのリクエストワークということで、
これインスタのアカウントなのかな?
読みづらいんですけど、
fuckyoupayme1994さんですね。
これなんかヒップホップとかのワードなのかな?
からちょっとリクエストいただいてまして、
六本木店舗の話をちょっとしてくれという話がちょっと前にいただいてました。
で、野口さんに来たら店舗といえば野口さんだろうなと。
僕カラスレベル店舗といえばTT。
あれ2週間2回くらいずつ食ってたんですけど、
今は一切行かなくなっちゃった。
そうなんですよ。
だからちょうどごたんだに絆ラーメンというのができたりとか、
店舗は未だに健在だったりとかですね、あるので、
現在地、店舗のこれまでと現在地と、
それから絆ラーメンみたいなところをちょっと話していきたいなと思うんですけど、
やっぱりTTですね、店舗といえば。
野口さんもやっぱり店舗に行かれてる職場が六本木で。
職場が六本木なんでね。
もう30年になりますからね。
思い出みたいなところをちょっとお話ししていただいて。
実は店舗の店主さんってうちの顧客なんですよね。
マジですか?ちょっと待って。
ちょっと待って、ウーローハイ増えたね。
いわゆるホワイトライオン。
ホワイトライオン。
ホワイトライオン。恐怖のホワイトライオンがいるじゃないですか。
昔は奥さんがいて、屋根掛けてあられちゃんって呼ばれた奥さんがいて、
奥さんがホワイトライオンを連れてうちの仕事場に来たんですね。
ホワイトライオンがライオンじゃなくなるんですよ。
ご本人には大変あれですけど。
まだご存命っていう話ですよね。
そういう話はチラッと聞いたんですけど。
北海道に戻られたみたいなね。
はい、聞きました。
あの中では本当に恐怖の。
なんかやっぱりピーンと張り詰めた感じの空気感っていうのがあって。
佐野さんに負けずとも劣らず的な。
そうですね。
何も言われたことないですけど、佐野さんより緊張感あるんじゃないかと思っちゃったりしますよね。
うちにちょっとお付き合いがあったりとかして。
すごく急に威圧が抜けるというか。
その後も通い続けたりとかして。
会計の時に奥さんお元気ですかみたいな小話なんかもしてた時期もあったんですけど。
やっぱり本人ね、あそこでそういう小話されたくないっぽいんですよね。
なるほど。
辞めてくれるかみたいな威圧があるんで。
こっちもちょっと黙って出るようにして。
人がいるっていう雰囲気もあったりとか。
やっぱりラーメンが圧倒的にうまかったですよね。
うまいっすね。
コロナでちょっと急に閉めたりとか席数が減ったりとかいろいろと変遷があったんですけど。
無事再開されてよかったなっていう時にある時急にいなくなっちゃったりとかして。
周りを固める外人部隊がやるようになっちゃってね。
ある時に西山生命じゃなくなっちゃったんですよね。
辺りも柔らかくなったりとか。
味がちょっと明らかにやっぱり違うんですよね。
TTも通わなくなっちゃったし。
定点観測はするけど通わなくなっちゃったりとかってあって。
いつまで続くのかなっていう話をしていた矢先というか。
その時にこんな感じになっちゃってね。
今に至るわけですけど。
あれは結局いわゆるホワイトライオンと言われた親父さんが氏族ってなった時点で経営は別のところに売却というか受け負った会社があって。
今はその会社が六本木提報をやってるということですよね。
ただもちろんその時にレシピというか手順みたいなものは一応引き継いでやってるということなんですけど。
ファンからするといろんな思いがあるわけですよね。
歴史的にはホワイトライオンというか白髪の親父がいて、その前もあってということなんですけど。
僕らにとってはやっぱり親父さんがいて、あの空気感で。
本当に六本木がバブルで上着いてた時っていうのは、僕はちょっとその後だと思うんで、行き始めてるのが。
だからその空気感っていうんじゃなく単純にラーメン好きとして、またあの手のラーメンが好きな人、西山で。
あれ正確に言うとどうなんですかね。朝日川と札幌。
完全に朝日川ラーメンなんですよね。
ですよね。
でもラーメン横丁にドラム缶スープ店舗があって、札幌のってあるかな。
札幌風とも言われながら、味のベースは基本は朝日川だよね。
そうですね。味噌こそ札幌っぽいっちゃ札幌っぽいんですけど、野菜が乗らないじゃないですか。
乗らないですね。
だからやっぱり朝日川ということになるのかな。でも朝日川でもあのタイプないですよね。
ないですよ。ほんと難しいなと思うんですけど、難しいっていうんじゃないんですけど、
なんかやっぱりその雰囲気、当時の北海道かみたいなのを背負っててやってるって結構あるじゃないですか。
日風呂とかも醤油は朝日川で味噌は札幌ですみたいな歌い方する店とかが結構あったりして、
そういう感じ、別に天保はそうを狙ってるわけじゃないんですけど、結果的にそういう感じになったのかなと思うんですけど、
そこに思い入れがすごくあって、結構遅くまでやってましたから昔はね。
だからその頃の思い入れがすごくあるんで、やっぱりなんとなくちょっと寂しいな感は今はあるんじゃないかなと思うんじゃないですかね。
実際にその昔と比べてラーメンがどう変わったかとかって、ベースのところは大きく変わってないと思うんですけど、
それでなんとなくやっぱり僕らホワイトライオン世代っていうのが分からないですけど、
人たちにとってあの時の天保とかをなんか食べたいなとかって思ったときに、
突如彗星のごとくというか誰も彗星に気づかないままひっそりとオープンしたご丹谷キズララーメンというか。
キズララーメンですね。
あれはもう最後の注文にいたお弟子さん?
そうですね。あのお弟子さんから直接教わったのが、あそこが最後。
だから今、天保の六本木にいる職人さんたちは直接は教わってないっていう話なんですよね。
キズララーメンやっぱり実際食うと、丼も同じ感じの丼でね。
麺張りとかね。半分卵浮いてたりとかして。ちょっと違うんですけど。
あれ本当に嫌味な意味じゃなくて、なくていいよって。
飯無料じゃないんだけど妙に多かったよ。
なんかいろいろ違うんだけど。麺張りできますかって言うと、ちょっとやっぱりビッと空気が変わるというか。
できますよみたいなね。
実際やっぱり食べると今の天保よりはやっぱりぽいですね。
そうなんかかつてのね、あれを放出させる感じはありますね。
僕、すごい個人的な思い出なんですけど、最初食べ始めた時ってやっぱり、
535でも麺張りでももっとやっぱりね、なんかしょっぱくて脂がすごい。
当時食べたからかもしれないですけどね、イメージだったんで。
もっとガチガチにやってもらっていいよって思っちゃうんですけど。
確かにね。
だけど僕最初に絆に行った時に、久々に食ったなこれって思いましたね。
今からあの時の名残をちょっとでも楽しみたい人は五反田に行くほうがいいんじゃないですかね。
そうですね。でも五反田ね、お客さん入ってないですよね。
そうなんですよね。場所も場所なんでね。
そうですね。
なかなかね。
六本木のあの場所が、やっぱりあの辺りっていうのがいかにも、
天宝の舞台装置としては良かったなっていうのを改めて思うわけですけど、
でもやっぱりね、味というか、継承されてるものとかを感じていただくんであれば、
やっぱりぐっちぃと五反田に行っていただくというのがいいのかなと思いますね。
まあちょっと天宝はいろんなね、放送禁止な、僕ね結構六本木って遊んでたわけじゃないですけど、
社会人でお金使いと結構やらかしたこともいっぱいある思い出とともに天宝があった感じがするので、
まあそこらへんはちょっとこういうとこで語れないんですが、ぜひ五反田に行っていただいて。
あれ天宝も話さなきゃいけない。
天宝ね。天宝のおじさん行ってます?
天宝なんか2回行きましたからね。
本当ですか。
みそとしょい行きましたよ。
天宝普通に上手いですよね。
あのね、135じゃなくて倍35っていうのがあるんですよ。
はいはいはい。
なんかでもメンバリほど濃くなく、そもそも天宝って天宝より優しい感じしますよね。
あの奥さんが、長男が奥さんですね。
長男。
あれに惚れていっちゃうぐらいの感じです。
そうっすね。
もうしぼり何個も持ってきてくる。
長男奥さん。
長男奥さんに会いに行く的な。
確かにそれはある。
画面的にはいわゆる天宝よりはすごい丸い感じの。
倍35っていうのが多分一番濃そうだったんで行ったんですけど。
それでも丸いんですよね。
なんか天宝盛りみたいなサービスがあってね。
ごろうよくあったりとかして。
すごい感じのいいお店ですよね。
そうっすね。
逆に言うと天宝が感じ悪すぎるみたいな。
真逆を言ってるっていう。
まあまあまあそうですね。
僕も天宝あれなんですよね。
16時ぐらいまで営業してるんですよね。
確かに。
僕はいわゆる外回りというか。
ランチがエアランチになることもあるんですけど。
15時とか15時以降とかやってくれてる店は神だったなと思って。
空腹の時の天宝は本当にしみるなと思って。
プラス超お神。
超お神ですよね。
お神さんに癒されて。
東京ベスト数人入るんじゃないですか。
あれね。
接客で言うと何なんですか。
後悔坊、喫草、天宝、神田美。
この辺りですか。
この辺りでしょうね。
これが惚れてまうやつですね。
ベストお神、お神って言うんですかね。
ホスピタリティ最強ですよね。
最強ですよね。
いつ行っても普通あんな毎回同じようにできないですよね。
食い終わった後のおしぶりとかさ。
そうですね。
それをあの最強お神が出してくれる。
やばいですよね。
いつもカッポキっていうかちゃんとやってるはずが。
ちゃんとしてる人ってずっとちゃんとしてるんですよね。
ラーメン屋さんなんて行ってラフになっていくもんですけど。
ずっとちゃんとされてますからね。
あれないですよねあれは。
ないですよね。
素晴らしい。
素晴らしい。
ほら天宝忘れちゃダメでしょ。
確かに。
もう全く。
これはもうちょっとパッケージだし。
そうですね。
パッケージ。
確かに。
お神さんとご主人みたいな切り口でも全然話しそうですね。
逆に天宝のこれぐらいの歴史があって、
天子と御坦田しか喋れないっていうのも不思議な話ですよね。
あるんです。
あるとは思うんですけど。
じゃあ今度TT読んでね。
読んでまた深みに埋まっていくんですね。
もうだいぶ放送できない感じのやつでいきたいなと思ってますけど。
天宝はそんな感じでいければと思います。
満足された?
びっくりした。
よくわかんないです。
何を求めてるかわからないですけど。
またあれですよ。
いずれ天宝の話してもいいし。
思い出したときにちょっとおねがいします。
天宝だけで2時間ぐらい飲めますからね。
多分そうだと思うんですよね。
まだホワイトライオンがいたときの店に入ってからの挙動みたいなのも含めて。
あと僕らやっぱり写真撮るじゃないですか。
あのときのホワイトライオンがいるときの写真を撮るときの緊張感ね。
145とかできないよそんなの。
そういうやつだね。
そうなんですよね。
なんていうんですかね。
オーラが漂ってるのと、フワーっていう感じのオーラが漂ってるのと。
僕ね、1回なんか5回に2時間なっちゃいましたね。
店は閉店というか、営業時間終わるときのドラム缶を片付けるときの
親父さんの後ろ姿を見てたときに、ずっと見てますね。
ずっと絵になりすぎるんですよ。
ドラム缶を浮かして回転させながら店のほうに戻していくときに。
あの姿は忘れられないですね。
僕六本木を歩いてるときに某マンションから降りてきて、目がバレちゃったみたいな顔してた。
ここ住んでんだみたいな。
そういうのヤバいですよ。
そうなんだ、それヤバいですね。
プライベートホワイトライオンですね。
一応プライベートのときはライオンじゃないんですよ。
白いですけど。
リクエスト以上の話が出てますから、いいかなと思います。
どうしようかな。
次、野内さんの同期間バートラーメンで。
このテーマもだいぶ長いんですけど、やります?
やっちゃいますか。
野内さんからは、一応春木家の矢、
それから杉並にある中華そばについて、これ大丈夫ですか?
1週間くらい語れるやつなんですけど、ポイント絞ってもらって。
野内さんが最近、杉並系とか中華そばって一生懸命言うじゃないですか。
僕は生まれが東郷がないと武蔵境の間なんですよ。
いわゆる油そばの聖地あたりって生まれてるんで、
中央線って特に思い入れがあるんですよね。
休みに行こうか、どっか食べに行こうか。
やっぱり中央線が浮かぶんですよね。
杉並系って、はっきり言ってビールがあったりとか、心が落ち着くというかね。
しっかり来るじゃないですか。
今となっては荻窪聖地と言われてる丸町なくなっちゃいましたけど、
変わらず素晴らしい丸心とかね。
ちょっと移転されて綺麗になった丸福とか、
さっき言った春木屋、春木屋、家と奥ですね。
それが2つの連職があったりとか。
ちょっと並々ならぬ場所なんですよね、あそこまで。
いつ行っても心踊るというか、踊りながらも落ち着くというかね。
あそこってちょっと特殊な場所なんですよ。
確かにそうですね。
僕子供の頃、そこに親戚が住んでて。
うちのばあちゃんからね。
あそこにっていうのはどこですか?
荻窪地帯に。駅前まで来るから、持って行ってって言って。
おばあちゃんから持って行ったことがあるんですよ。
駅を降りると、昭和の頃なんですけどね。
本当に降りた瞬間にっていう感じで、煮干しなりヤツトリなりの香りがする。
ごめんなさい。突っ込むとこれ、北口と南口。
北口ですね。
南口ってそんなにほどラーメン屋さんってなかったですかね。
そうなんですよ。
チャーハンの有名な店とかありますね、今は。
チャーハンとラーメンの。何でしたっけ。
チャーハンがいろんな。
今となっては南口さんちゃんとか。
そうですね。
いろいろありますけどね。
だけど、基本ラーメン北口でしたね。
北口ですね。
春木は圧倒的だった。
そうですね。春木は、今はしめんどいっちゃいましたけど、丸心とかも駅前だったから。
だから、やっぱり基本北口で。
観鎮亭とか。
観鎮亭。
観鎮亭って味玉の。
そうですね。
ですよね。
丸福含めて、やっぱり北口なんですけど。
あの辺降りたら本当に煮干しの香りが、もう駅のホームにするぐらいな感じだったイメージ。
いいですね。
陸後ってやっぱり東京の中では、東京ラーメンの聖地な感じがしますよね。
はいはい、そうですね。
僕は整理するために、東京ラーメンって何なんて言う?って言うと、やっぱり定義が結構難しいんだと思うんですよ。
昔ながらの東京ラーメンって言う人が多いんですけど、昔ながらの東京ラーメンって何よ?みたいなのがあるので、そういうのが難しいんですけど。
もちろん昔からある、今で言うと街中華みたいなラーメンみたいのも、もちろん東京ラーメンであってもいいと思うんですけど、
僕はやっぱりその影響力とか含めて、魚介が入ってリボッシュとか入って、動物系も入って、あと油脂があって、
っていうのがハルキアとかマルチョウとか、後にエーフクチョウとか、それに影響を受けた石原さんがタンタンテを作るみたいな。
全部杉並で、あの辺りのが、実はああいう味って地方にあんまりなくて、それが東京のアイデンティティでもあり、それが全国に広がったっていう意味で、
一つ東京ラーメンのわかりやすい一つの形にしてもいいんじゃないかなっていうんで、ちょっと提唱してたりするんですけど。
やっぱり煮干し主体で間を埋めるような動物みたいな感じですね。
で、あれで一つのご当地としては、荻窪っていうのはもうご当地としては行っていいと思うんですけど、それにやっぱり玉ねぎをうかめた八王子もご当地ってやつかね。
でもあの八王子もやっぱり荻窪ってこその八王子なんじゃないかなと思うんですね。
町中華のいわゆる鳥がらのではなく、完全に煮干し有為っていうのが東京ラーメンの定義なんじゃないかなとは思います。
そうですよね。僕もなんとなくそう思ってて、僕は八王子とかも完全に東京のご当地だと思うんですよ。
だけど八王子ラーメンを地方でインスパイアする若い人がいるかっていうと、あんまり多くなくて、
だけど荻窪っていうか杉並で出たラーメンっていうのは全国に広がってると思うんですね。
そこにプラスつけ麺とかつけそばっていうのが入ってくることで、あれってやっぱり東京の文化にしてもいいんじゃないのかなっていうのがあって、
今杉並中華そばっていう言葉を使わせてもらってるんですけど、かつ東京の人にぶっ刺さるわけですよ、あの味。
なんだかんだ言ってこれ食べると東京のラーメンだなと思わせる。かつそれがずっと若い人にも連面とつながってるっていう意味で、
じゃあ東京ラーメンって何なんですかって例えば20歳ぐらいの人に聞かれたときに、どこ行けって言われたら、じゃあ春日県行ってみたらとかそういう感じになるじゃないですか。
なりますね。
そこらへんがすごく大事なんだと思うんですよね。
我々もどんどん年をとっていって世代が変わっていったりするっていったときに、
じゃあ俺が好きだったラーメンの、しかも住んでる東京のラーメンってどうやって伝わっていくのかなって考えたときに、そんなふうにちょっと思ったっていうのはあるんですけど、ごめんなさいちょっと野田さんのあれを遮っちゃったんですけど。
富士蕎麦が大胆グループって言うんですか。春日は見入れしちゃったじゃないですか。
先日も春季から春季に行こうって言って、先日連食で行ったわけですよ。
そうするとやっぱり本家っていうか表の春日屋さん、外国人なんですよ全員。
全員ですよ。
一人ぐらいいたのかもしれないけどみたいな。
決められたレシピで任されてやっていって。
僕はあそこあるときはすごい脂の層が出るようになっちゃって、脂少なめじゃないとちょっと救えないぐらいになっちゃったから、脂少なめって言ったら、ちゃんと脂少なめ通ってて脂少なめで出てきたんですけど、いわゆる春季屋理論ってあるじゃないですか。
こういう雑誌にも書かれてる。
周りは気づかないけど中ではバージョンアップをどんどんしているという理論ですよね。
果たしてそれが受け継がれることにはなるのかと。
どの店も春季屋理論あるはずでしょう。
だけどコストとか考えて逆にトーンダウンとかっていうパターンとかも大企業に行っちゃうとあるんじゃないかなっていう。
それはあると思いますね。
大金少ながら昔のような春季屋に行ってやっぱり春季屋だなっていうような感動はなかったのかな。
うまいじゃないですか出ないかなみたいな。
そういうのはあったなという気がしますね。
仮に春季屋理論みたいなものが、これって別に春季屋さんだけがやってるわけじゃないじゃないですか。
いろんなお店がやっぱりおいしくするために、やっぱりあと時代背景とかのために変わっていくんだと思うんですけど、
それってなんかやっぱり昔から味を知ってる一本の柱みたいのがあって、それがブレてなければいいんですけど、やっぱり経営が変わったりすることでいろんな要素が入ってきちゃったりすると、
それが果たして春季屋理論なのかみたいな疑問とかはあるんですけど、春季屋理論って言葉だけが走るから、
だから今の春季屋が昔に比べてベストなのかみたいな話になっちゃうんですけど、
やっぱり昔の春季屋っていうか、自分たちが好きな時代の春季屋なのかもしれないですけど、
そういうのを考えると、なんかねもうちょっとなぁと思ったりもするし、
で、氷山に春季屋あるじゃないですか。
あー、そうですね。
あれまた、そう。
エビスとかにもできたり。
そうそう、でも氷山はラーメン博物館に入った人たちがそのまま引き継いでやってるんで、
いわゆる今の富士蕎麦系とはまた別にやってて、
あれもあれで別味で、僕はもうブレもあるみたいなんですけど、
僕はもうすごくおいしいなと思ったりするんですけど、
だから本当の春季屋どこにあるのよって難しいんですけどね。
今はとにかくおいしくないって言うんじゃないですけど、やっぱ油もすごいし。
すごいですね。
だからいわゆる、やっぱり僕は春季屋の奥の本家の方行くと、
最初に春季屋を食べた感動とはまた違うんですけど、なんかいいなと思ったりするんですよね。
あれは僕らの世代には逆に刺さる感じ。
刺さる感じですか。
いいですよね。
って思っちゃいますね。
ちなみに、さっきちょっと閉店したって話してましたけど、
ウギクもマルチョウもよくね。
そこは本当によかったですね。
最高だったですね。
今となっては食べてないお店がリスペクトっていうか、作るみたいな。
時代になってますもんね。
吉祥寺のとことか、すごい大行列みたいじゃないですか。
そうですね。大行列なんですかね。
でもやっぱり行って、他のところにインスパイアしてお客さん入ってますからね。
あれはでもすごい画期的なメニューだったんですけど、
つけそばだけ食べに行ってたわけじゃなくて。
そうですよね。
シュウマイとかね。
そうなんですよね。
昔のタンメンとかある時代から僕は生きていたかったな。
知っていたかったなって。
ちょっと遅れちゃったなって。
なるほどね。
でも僕は結構ライフワークとして杉並中華っぽいのとか、
ああいうのをずっと今も食べ続けて。
それがそれこそ最終的に大正圏になって、
大正圏からまた弁天とか、都市岡とかみたいなそういう系風があって。
系風っていうか別に弟子関係とか修行関係があるわけじゃないんですけど、
好きだったとか関係がある人がああいうのに影響されて店を出すみたいなのが、
美しい形でラーメンの業界って残ってるような気がするんですよね。
あれをまた若い人が食べて、もともとどうだったかわかんないけど、
今の都市岡最高だよみたいな感じで食べてる人もいるわけで、
それが続いていくっていうのがラーメン業界にとってはすごくいいことなのかなと思ったりはするんですけどね。