汁は美味しい!こんにちは、ラーメン考古学者の渡邊です。 この番組、Ramen After Hoursは、日常にあるラーメン・会の話題を、 雑談形式で語り合っていくメディアです。
いっぱいのラーメンの背景にある文明を、皆さんと一緒に紐取りでいきましょう。 第2回はですね、4月下旬に配信される予定ですけど、
今日は収録日4月23日ですね。 結構外は雨でですね、寒いんですよね。
でももう4月はもう桜散ったらね、めちゃくちゃ暑くなってきていて、 おそらく5月になったら、去年もそうだったんですけど、本当に暑くなると思うので。
まあ、暑くてもね、ラーメンは食べ続けるわけですけど、 今のちょうどね、心地よく過ごせるタイミングで食べられるラーメンも。
今日、第2回はですね、第1回に引き続きゲストとして、私の友人を呼んでおります。
バンドですね、サルサというバンド、ロックバンドですね。 鈴木健介さんこと、鈴玄をお迎えしております。
どうもいらっしゃいませ。 鈴木健介です。よろしくお願いします。
長いお付き合いになっておりますけど、何のつながりかというと、バンドでもあるし、ラーメンでもあるというかですか。
そうですね、ラーメンが強いですね。 ラーメン強めで。
まあ、ほとんどラーメンですよね。 鈴木健のイメージって、皆さんどうなんですかね。どういうイメージなんでしょうか。
人によって多分違うってことですよね。 そうですね。
下北界隈の人はどういうふうに思っているんですか。
下北の人たちはですね、バンドマンとしての僕の姿をやっぱり一番見てるんで、バンド界では偏屈頑固ジジイって思われてるんですよ。
ご意見版じゃないですけど、なんか語ってるやつみたいな感じになってて、
これことラーメンに関しては、皆さん純粋おじさんって言ってくれるんですよね。
みんな純粋にラーメンが好きな人っていう言い方してくれて、偏屈頑固ジジイと純粋おじさんが同居しているのが僕って感じになっちゃって。
まあ、なんか偏屈で純粋。路線としてはつながってるっちゃつながってますけど、
最終的にはその純粋さが頑固になっていくっていう感じなんですけど。
そうですね。たぶん作ってる側だと頑固が出ちゃうんでしょうね。
なるほど。
ラーメンはユーザー側なんで、非常に楽しませていただいてるだけなんで。
そういうことね。確かにそれはすごく説明としては利にかなってる気がしますね。
ちょっとね、先ほど4月っていうことで話を振ったんですけど、4月っていうのは気候もいいんですけど、
当然ね、フレッシュマンというか、学生も社会人もですね、新たな生活を始めた方も多いんじゃないかなと思うんですけど、
新たな生活と生活とラーメンみたいなものはあると思うんですけど、
鈴木くんはどうですか、学生時代とか。
いやもう学生とラーメンって切っても切り離せなくないですか。
僕あの先日、ちょうど、いやいや昨日か。
昨日に明大前のおみじ屋さんっていうジローインスパイアのお店に行ったんですけど、
ジローインスパイアというか藤丸出身なんかな。なんですけど、もう学生したらけでしたよ。
本当に前に5人の団体、後ろに5人の団体みたいな。そういうふうに来る店なのかなと思いながら。
でもすごく綺麗にさばいていくから、お見事でしたけど。
多分彼らの大学学生の思い出に確実に刻まれるお店になるでしょうし、
僕もね、もう学生時代に開発したところに近くにあったラーメンジローインスパイアに結構影響を受けてたりもしますし。
本店ですよね。
スパイア本店です。見た本店にもう週一で行って、その午後の授業、お腹パンパンで集中できないっていう。
そういう形でね。
なるほど。
なるほど。
気をつけましたし。
あの、ごめんなさい。疲ることを伺うんですけど、学生時代は勉強してたんですか。
してましたよ。僕は友達少なかったんで。
授業行ってラーメン食べて、音楽をやってっていう感じで。
なるほど。
初めに授業に出てましたね、僕。
なんかね、授業出ないでラーメン食ってロックだと見ちゃってそうですけど、授業はちゃんと真面目に。
全部やってたんですよね。授業をラーメンロックで。
なんかすごい結びつきのそうなあれなんですけどね。いいですね。
ちゃんと出てるタイプの人でしたね。
でもなんか学生代のラーメンってやっぱいいですよね。
いいっすね。
やっぱいいですよね。
我々社会人になってもやっぱりね、さっきの明大前じゃないけど、学生代に行ってラーメン食べたりするんですけど、
その学生たちがちょっとイキってる感じとかね。
はいはいはい。そうなんですよ。
初めてわがまま注文を入れたイキってる感じとかね。
そうですよね。我らがね、あの制徳。
そうですよね。
もうね、あの農大の近くの世田谷通り沿いにある東京農大の近く、共同普通線本橋もより駅の制徳がありますけど、
あそこも学生さんね、あのノールックでネギをね、切ったりしてますからね。
ちゃんと目を見てお願いしますと言いなさいよって思うんだけど、
お願いしますだろみたいなね。
はいーっつって受けてくれるあの優しさに大人になってから気づいてほしいっていう。
そうなんですよね。
ミジアは全員に怒られてましたね。店長に。
店の写真撮らないで消してって。
いや、撮ってないですって言ってましたけど。
僕はもう逆にその明大前がまさにその大学の通ってた駅だったんですけど、
まあ今あるお店とかほとんどなかったんで。
どちらかって言ったら衛福町対象圏とか当時やっぱりね、大田橋の対象圏とか。
あそこら辺がなんか。
ちょっと足伸ばしちゃってる。
まあ足伸ばしちゃってるんですよね。
でもなんかやっぱりそのちょっと庭科の知識なんかも入ってて、
やっぱり当時からちょっと歴史みたいな、
その古い店とか追いかけて、
ちょっとなんかみんなより意識高いみたいなとこ見せたかったんでしょうね。
当時ね多分ね。
ありますよね。
背伸びしたい。
したいと思ってたんですよね。
そうなんですよ。
でもなんかまあそれがなんか今の自分の礎にもなってたりするなあと思うし、
でやっぱり何て言うんですかね、
若い時に食べたお店がやっぱり大人になって食べられるっていいじゃないですか。
そうですよね。
鈴木も本いっぱい読むけど、
若い時に読んだ時の解釈とまたこうね、
年取って、年取ってっていうのはあれだけど。
そうなんですよね。
結構10年20年経ってもう一回読む本とかラーメンって感じ方違えるじゃないですか。
全然変わってきますよね。
そうなんですよ。
あそこのその、僕はその三谷通ってたんですけど、
三谷の二郎とあざぶラーメン、マスタニラーメンって全部背脂が並んでるんですけど、
やっぱマスタニとかもう今はもう魂みたいにはなくなっちゃってるんですけど、
日本橋の食べるとめちゃくちゃグッとくるんですよね。
なんか思い出しちゃって。
より濃いのを求めてたあの時では分からなかったこのマスタニの良さみたいなのが今は分かるようになったりもするんで。
いやいいですよ。
なんかそういう、きっと今新入生とか新社会人とかで、
よく動然的にね、よく行くところの近くにあるラーメン屋っていうのは、
その本当に名店かどうかっていうのは一旦さておいて、
やっぱりきっとその人生のね、その礎になる思い出の味になるはずなんですよね。
大切にしてほしいですよね。
そう本当に大切にしてほしいですよ。
まあ今は情報たくさんあるから、その中でもいいお店とかっていうのは比較的チョイスしやすいと思うんだけど、
まあぜひ通ってほしいですよね。
そうですね。
やっぱそれがね、一番近くにいるっていうのは通えるってことなんで。
そうなんですよ。
通うとまた見え方が変わってくるんでね、お店。
そうなんですよ。
やっぱりラーメン屋さん一回行ってね、味分かるなんて思ったら、
学生の時期なんかよりね、
まあやっぱり僕も若い時はそれ結構い切ってね、こういう味なんかなんつって、
一回で割り切ってたりしましたけど、
やっぱりなんだかんだ言って通ってる店が後でも思い出に残るし、
そのなんかベースがあるから、まあ他のお店も買たれるみたいな。
まあこれをね、新入生の人が聞いてるとは思えない。
思えなくて、むしろ何十年前に学生でしたみたいな人がね、ほとんどの方なんだと思うんですけど、
まああの届いてほしいなとも思いますしね。
またそういう何十年も経ってる人がね、そういう思い出とともに飲んだりした時にね、
語ってもらえればいいんじゃないかなと思います。
じゃあごめんなさい、もうちょっと本編的な内容に行っちゃったんですけど、
まずいつものコーナーというかですね、プライムムーバーということで、
まずは初登場というかですね、
鈴木のいろんな頑固で純粋おじさんの側面を紹介してもらったんですけど、
本業というかですね、そのバンドをどんなことやっててみたいなことをですね、
いろんなメディアに出てもほとんど語らないというかですね、
ラーメンの、メディアに出てくると本当バンドの人なのかラーメンの人なのかで言ったらもう、
8人ぐらいでラーメンを出てますね。
まあこのね、ゆるい番組なんで、せっかく聞いてる人にね、ぜひ知っていただきたい。
プロフィールに宣伝されること。
そうですね。
僕はその先ほどご紹介いただいたように、サルサというロックバンドをやってまして、
これもう20年ぐらいありますね。
20年やって、
で、まあラーメン、
まずサルサの説明をしたほうがいいんですけど、
バンドはずっと継続的に活動していて、
メンバーチェンジもせずに20年やってる、結構珍しいバンドなんですけど、
近年はアメリカツアー行ったりとか、
ちょっと海外で若干増えてきていて、
まだまだヌキヌキガリガリでやってますという感じでやってます。
ラーメンに関しては本当バンド始める前から大好きで、
それこそ小さい頃から親に連れて行ってもらった中華屋とかから、
ラーメン好きだったんですけど、
小学生の時にですね、
神奈良に南田寒伝っていうラーメン屋さんがありまして、
大行列、当時もメディア出まくり、
川原さん露出しまくりの時期だったんで、
それは親に連れて行ってもらったんですけど、
それがもうカルチャーショックの体験だったんですよ。
まずあんな夜に並んでる、大量に人が並んでて、
ネオンがバチバチにあって、
外でお酒売ったりとかも当時してたし、
ごまたっぷり入れてくださいとか、紅醤油入れてくださいとか、
替え玉というカルチャーも将棋だったし、
まず醤油色のラーメンしか見たことがなかったのが、
白い豚骨ラーメン、臭い豚骨ラーメンが出てくるっていうのは、
全部がカルチャーショックで、何より美味しかったっていう記憶があって、
あれでもうラーメンって面白い、すごいぞっていうのに気づいちゃって、
学生の時に部活、中学生の時にサッカーとかだったんですけど、
どっか試合行く度にラーメン本でその近くのラーメン屋調べて、
試合終わった後にお小遣いで行くみたいなことをやってたんですよね、ずっと。
なんでなんか、旅歩きっていうほどそんな歩いてないですけど、
本で見て探していくみたいなのを結構昔からやってるんですよね。
うーん。
ごめんなさいね、ちょっとどうしても話の割合がラーメンの方の、
ラーメンの番組だから。
聞いてるのね、多くなるなと思って。
バンドの紹介これからもしていただくんで、興味ある方はぜひと思うんですけど、
例えば音楽を好きになるアプローチとラーメンを好きになるアプローチって共通点とかってあったりするもんですかね。
あるんじゃないですかね。
すごく聴く方もマニアックにいろんなバンド聴いてみたいとか。
そうですね。
いろんなタイプの人ですね。
僕はもう、もちろん音楽リスナーとしてはもうラーメンと同じくらい古いわけで、
昔から聴いてるんですけど、やっぱり一つのアーティストが好きになったら、
そのアーティストのルーツは何なんだろうとかいう形で聴くじゃないですか。
僕なんかパンク世代だったんで、日本のメロコア、ハイスタンダードとか出てきて、
それのパンクって何なんだろうってどんどんさかのぼっていったら、
セックスピストラズ、ラモンズとか出会っていくみたいな。
で、もっと昔にはガレージパンクがいて、ストーンズがいてとかっていう風になるわけなんですけど、
そういうのを辿って聴くのが楽しかったっていうのがまずそもそも自分の中にはあったんで、
ラーメンの世界でもやっぱり、
食べ歩き、これ聴いてる人にはもう本当当たり前のことのように馴染んでると思うんですけど、
あるお店好きになったらそこの修行先のお店、
どこどこ出身だからここ行こうっていう風にやっぱ食べ歩くっていうのは、
自然に僕の中には入ってきたっていうのもありますね。
本を読んでたっていうのも大きいですけど。
これ僕もすごい共感するところで、
多くの食べ歩いてる人は多分そういうのをすごく共感すると思うんだけど、
ここ一つテーマとしては、
音楽とラーメンっていうテーマってあるじゃないですか、
たまに雑誌とかでもね、やったりするんですけど、
音楽好きの店主のお店を紹介してみたいのがあるんですけど、
音楽の好きになるアプローチの仕方っていうのと、
ラーメンを好きになるアプローチの仕方って、
いわゆるルーツを追いかけるとか、
特にロックは個人的にはね、
立ち位置としては国民食に近くてすごいカジュアルなんだけど、
歴史があって、追いかけられて、
自由度が高くて、みたいなところに
共通点を見出しちゃったりするわけですよね。
だからそうすると、
歴史のたどり方とかも、
同じようなアプローチでいけるっていうか。
値段も安いっていうか、アクセスしやすいっていうのもいいですよね。
そうですね。それはあると思う。
あと例えば、さっきちょっとハイスタンダードって話してたけど、
俺もすごくロック好きではあるんですけど、
普通のハードロックとか、そういうのがすごい好きで、
ルーツはレッツエッペリあるよね、ディーパーパリあるよねってなるじゃないですか。
もちろんレジェンドたちなわけですよ。
なんですけど、あまりにも権威的でもなくて、
不可侵の、
確かに神っちゃ神なんだけど、ラーメンもそうじゃないですか。
一応神と呼ばれる人がいたり、鬼と呼ばれる人がいたり、
なんとかの死と呼ばれる人はいるわけですけど、
もうちょっとカジュアルで、自分たちと同じ地平線にいて、
親しみが持てる感じのところ。
ここもやっぱりラーメンと音楽、ロックとの繋がりがあるなと思っていますね。
同時代生きてたりするので、ライバルでもある。
新しいアルバムで、まだレジェンドが戦ってくるわけなんですね。
あともう一つやっぱり、
すごく共通点があるっていうか、
例えば権威的で話したクラシックとかだと、
新しく名曲が生まれるってわけじゃなくて、
以前の曲を名演奏でお届けしますってことじゃないですか。
ロックってやっぱり常に今でも元気なわけで、
あんまり最近大きいムーブメントって生み出せてないのかもしれないんですけど、
やっぱり今と過去、
最前線と昔のスタンダードみたいなものとかを
比較しながらずっと体験し続けられるっていうところがいいですよね。
そうですね、まさにそれはあると思いますね。
歴史が深すぎないんで、
ロックも言うても
1950年代とかが盛り上がったときで、ラーメンもやっぱ戦後が
一番ブームが来たのは戦後、数が増えたのは戦後だと思うので、
辿りやすいっていうのが一番いいかもしれませんね。
この音楽、特にロックとラーメンみたいなテーマは、
鈴玄ともね、あと前回出てもらったしらすさんとか、
いつも話してる内容なんで、
これはちょっとやりたいですよね。
それはまた誰かゲストを呼んでやりましょう。
そうですね、めちゃくちゃ面白いなと思いますので、
今ちょうどルーズみたいな話を
鈴玄が振ってもらったので、
次のテーマにいきたいなと思ってるんですけど、
次のテーマはですね、
なんて言えばいいんでしょうね、
杉並中華そばっていうテーマを掲げたんですけど、
これ聞いてる人だいぶわからないと思うので、
ちょっと僕の方から説明するとですね、
東京ラーメンではあるんですけれども、特に
小木久保とか杉並一帯に
レジェンドの東京ラーメンのお店いっぱいあります。
一つは丸長対象圏、丸新とかっていう、
丸長の連会系のお店ですよね。
それから、さっきちょっと出た
英福町対象圏があります。
ちょっと順番テロップになっちゃいますけど、
小木久保にはハルケアがもちろんあったりして、
ここら辺の杉並にあるお店って、
もちろんそれぞれのお店の個性があってですね、
全く別々らしい。
グーッと視野を上げてみると、
動物系の鯉スープと魚介ですよね。
お店によっては煮干しが強かったり、節が強かったりとかですね。
それにプラスアルファ、いかにもラーメンらしい油派。
この油もそのお店によって個性が違うわけですけど、
この鉄板の組み合わせで、
東京ラーメンを、やっぱり当時、ネオ東京ラーメンのようにですね、
多分当時はすごくインパクトがあったんだろうと思うんですよね。
この杉並一帯に、
不連続であるお店たちを総称してですね、杉並中華そばと呼ぼうじゃないか。
そうですね。
みたいな話があります。
その言葉が出た時には、結構俺、これ来たなって思いましたね。
ほんとか。
単体でやっぱりレジェンドたちを、ハルキア、
マルチョ、ケイ、エイクショ対ショケンって単体で取られてたし、
それぞれに系譜がめちゃめちゃしっかりあるじゃないですか。
けどやっぱり味には神話性があって、
そこを総称した時にやっぱり東京なり、
全日本に轟いてる1個の系譜で杉並中華そばっていうのは、
確かに確かにみんな杉並区だよなっていう、
そこが面白い視点だなって思いましたし。
お店の人に話を聞く機会っていうのが、
幸運にも結構何回もあって。
当時の、例えばマルチョとか行くと、
近隣なんでいろんなお店行くらしいんですよ。
例えばハルキアとかね。
小梨永の出身だったりすると思うんで。
行くと今みたいにラーメン店主同士の横のつながりが、
すごく技術論でつながってるわけじゃなくて、
お互い職人のプライドみたいのがあるから、
これこんな風に入れてんだよとかっていう話はあまりされないらしいんだけど、
ただ厨房に行って寸胴の中ちょっと見たりすると。
で、盗むわけじゃないけど、
こういうのやってんだみたいな感じで、
なんとなくこう感じ合ってるっていう世界観が当時やっぱあったんだと思うんですよね。
それはそうでしょうね。
これね、やっぱり距離が近いっていうのがいいんだと思うんですよ。
わざわざ全然違うエリア、
例えば東京の東側とかに行って、
勉強するみたいなのは今は全然あると思うし、
なんだったら全国に行くじゃないですか。
なんですけど当時やっぱり近いところで人気のあるお店っていうのは、
やっぱりそこで何かこういい学びがあるんじゃないかみたいな、
あの風に思ったっていうのは大いにあると思うんですよね。
いや、絶対ありますよね。
僕がもう見るじゃないですか、寸胴の。
そうそうそうそう。
でもあの、例えばマルチョの、
どう考えてもめちゃくちゃ材料入ってんなっていう、
これは出して出るよねって誰もが思う、職人なら特に思うだろうし、
それでこうなじんなってんだっていうのはやっぱ影響を絶対受けますよね。
受けると思うんですよね。
だからやっぱりその、
今みたいにメディアとかネットとかが発達してないので、
やっぱり足で稼いで経験を、経験値積むみたいなのの積み重ねが当時あったとしたら、
やっぱり同地域にやっぱり影響しあったお店が出るっていうのは、
意識してるかどうかはまた別としてですね、あり得るんだろうなと。
で、その仮説から、
おぎくぼラーメンっていうのも話としてあったんですけど、
どちらかっていうと味で統一していくと、
魚介を使った杉並中華そばっていうのが一つ、
やっぱ定点の観測の仕方としてあるんじゃないかなっていう。
それは本当にそうですね。
おぎくぼもね、バラバラですからね。
そうそうそうそう。
全然動物だけのところもあるし。
最近ね、復活したまるふくとかね。
まるふくはいいですね。
まるふくの話はね、またしてあげたいなと思うんですけど。
その杉並中華そばにちょっと話、説明なかったんですけど、
その杉並中華そばで今話が出た店と、
もう一つ大事な系統があって、
それが担々亭なわけですね。
そうなんですよ。
担々亭はですね、いろんな切り口できると思うんですけど。
担々亭だけで何時間しゃべれるか。
やっぱりね、いまだにどんどん枝葉が伸びていってるじゃないですか。
そうですね。
このすごさってね、あると思うんですけど。
その担々亭についていろんな語り口があるんですが、
なんでこの二つ目のトピックとして、
この担々亭を取り上げたかっていうとですね、
担々亭の創業者は石原さんという方で、
石原さんはですね、今現状西大木窪で、
石原というお店を出されてるんですね。
もうなんていうか、ひっそりと。
ひっそりとじゃないんですけど、
イメージがそんな感じですよね。
この料理やかなみたいな。
実際一品料理もあって、飲んでラーメン食べるみたいな、
立石のお店ですけど。
先日鈴玄が石原でですね、ちょっと貸し切りの。
そうですね。
その飲み会じゃないですけど、
それにちょっと呼んでもらって、
これは絶対行きたいと思って参加させてもらってきたんですけど。
いいですね。
石原さんにこう、最初料理を奥で作られてるんで、
そんな一緒に行った人たちと喋ってたんですけど、
やっぱ中華そばを作るときは、
お客さん側に麺茹での釜があるので、
こっちに石原さんが来てくれるんで、
ここづつばかり質問しまくって。
なんでみんな質問しないの?って思いながら。
質問しまくってきたんで。
そのときに、ちょっといいですか。
どうぞどうぞ。
杉並中華そばの革新を得たくて、
どういう流れでラーメン屋さんを始めたんですかっていうことを聞いたら、
まずはその当時ラーメンが流行ってたと。
流行ってたから札幌ラーメンをやれば儲かると思って。
で、札幌ラーメンをやろうとしたんだけど、
全然ダメでって言うから、
じゃあなんでどこで魚介田氏いろいろと思ったんですかって聞いたら、
小木久保ラーメンとA副町対象圏に影響を受けたと。
あのレジェンド担々邸を創始する石原さんが、
その2つを出してくれたんで、
あってんじゃんっていう気持ちに完全に。
NHKスペシャルですよこれ。
本当に。
本当ですよね。
なんなら引き出しに行って。
歴史的証言をね。
すごいと思って、ちょっと興奮しちゃいましたね。
そうなんですよ。
やっぱり担々邸は今まで出た話のお店たちの中では、
一番後発になってて。
そうですね、70年代でしたっけ。
なのでそういう意味で言えば、
本当に時系列的にも、
そのレジェンドの杉並中華サバを食べて、
これだな、みたいなのに。
が、たぶん担々邸の味のベースになってるっていうのは、
非常に、
横に落ちる理屈なんだと思うんですよね。
それぞれ、もちろん素材の動物と魚介っていう感じはありますけど、
全然味違いますからね。
すごく面白い。
その貸切の飲み会はですね、
僕その前回は参加しててね。
で、いろいろ聞いたんですけど、
石原さんその、
なんていうんですかね、
ちょっとやっぱふわふわとした、
ちょっと仙人っぽい感じで、
あまりこう、
一つのことに執着しないで、
いろいろとやっちゃう人ではあるんですけど。
かっこいいっすよね。
かっこいいっすよね。
まあね、
ああいうのね、
男の人ってああいうの憧れて憧れると思うんですけど。
ただ、やっぱりいろんな料理も作る。
そうですよね。
おでえやったりとか、
ちょっと洋の料理やったりとか。
そういった、なんていうんですか、
料理のエッセンスみたいなもの。
すごくごくごくラーメンらしいっていうのが、
例えばA副町だったり丸町だったりすると、
やっぱり担々亭の味って、
なんかやっぱりちょっと、
どこか遮断で、
ちょっとやっぱりモダンな感じがするんですよ。
そうですよね。
野菜の使い方とか。
そうそうそう。
担々もそうですしね。
お弟子さんとかの店とか見ていくと、
担々亭系って言われてる?
カズヤさんなんかもそうだし、
やっぱり香りだとか、
本当にすごいめちゃくちゃ、
中華そば全としたやつ、
プラス、やっぱりちょっと優雅な感じとか、
ちょっと洒落な感じっていうのが、
どっかにある店が、
僕は多いような気がしてて。
そうですよね。
だって、本家は担々麺、
もうやってないですけど、
担々麺をカズヤさんに教えたっていうのも、
やっぱりはっきり明言してらっしゃってましたし。
いいですね。
キューテールとかって、
昔の本とかずっと入れてるって書いてありましたけど、
って聞いたら、
まだ向こうは入れてるんじゃない?
俺は入れてないけど。
乳臭く飲んだよ。
乳臭いって言い方かっこいい。
って思っちゃいましたね。
キューテールですよ。
キューテールね。
そういうのも、だから、
どんどんと取り入れて、
自分なりの世界観を出す、
みたいなのが、
石原さんの、
本当のマインドのベースにあるような気がするんですよね。
そうですね。
結果、石原さんは担々亭を結構早めに手放されていくわけですけど、
その後、担々亭はずっと残り続けて、
そこからカズヤが出て、
カズヤが中高の祖として、
すごく広げていって、
担々亭からも、
ヤクモとかいろんなお店が開くって流れじゃないですか。
言ってみたら、
石原さんに直接訓導を受けたというか、
修行の時に、
教えをこうたって人は、
実はそう多くないですよね。
全然多くないと思ってましたね。
それもヤクモの方も、
直接教えたことはないと言ってましたね。
そうですよね。
だから、カズヤのカズイエさんとか、
あとは、先日亡くなった、
そうですね。
ハルヴァルテンのサナエさんとか、
本当に、
そういう人たちで限られるんですけど、
出ていった人たちが、
もともとの担々亭の教えでは、
もちろんないと思うんですけど、
どっかに杉並中華そばの中でも、
プラスアルファ、
プラスアルファ、
美しいポイントみたいなのを出していくっていうのが、
そうですね。
そういう店が多いですね。
多いですよね。
今から振り返るとね。
そこが、
それまでの杉並中華そばとの違いと、
今、広がっている理由というか、
根拠になっているのかなというふうに、
勝手に僕は想像したりするんですよ。
ある種、自由されている感じがありますね。
だから、
ハルヴァルテンなんかもいろんな料理出して、
ラーメンっていう感じだったし、
やっぱりラーメンのどんぶりの中だけ見つめるわけじゃなくて、
もうちょっとやっぱり料理の中でのラーメンの立ち位置とか、
あそこらへんのなんかこうひょうひょうとした感じっていうのが、
意図したのか意図してないのか、
そこはもちろんわからないんですけど、
結果的にはやっぱり淡々定型っていうものの、
多分多くの人の印象ってそうなんじゃないかなと思って。
確かに。
ちょうど品位化しているなとか、
どんぶりかっこいいなとか、
そういうのもありますもんね。
そうなんですよ。
だから、
石原さんになかなか貸し切りなんでね、
話聞けるっていう側面はあると思うので、
普段の営業でインタビューしてもね、
うるせえようなタイプじゃないと思うんですけど、
やっぱり料理されているのでね、
なかなか聞けないと思うんですが、
ちょっとした合間とかにね、
石原さんもやっぱりラーメン作りとしては大レジェンドですよね。
80歳って言ってますもんね。
すごいですよね。
見えないし、しっかりラーメン作ってるし。
かっこいいですよね、初作がね。
かっこいいです、ほんとに。
初作がかっこいい。
またカウンターが作るところに近いじゃないですか。
だからもう間違って見られるっていうね。
あのエンターテインメント性も含めて、
ぜひちょっと石原に行く。
言ってほしいですね。
言ってることがわかると思います、今言ったことが。
さっきのね、歴史をルーツをたどっていくっていう話の中で、
やっぱり大元に始めた創業者の方が健在で、
そのラーメンが食べられるってあんまないですからね。
ほぼなくなってきているので、やっぱり貴重な機会ですよね。
そうですね。
ぜひ石原に行っていただければなと思っています。
じゃあですね、
プライムムーバーはいくつかもうちょっとトピック考えてたんですけど、
だいぶその前が熱量が高すぎてですね。
これまた他のトピック次回にするとしてですね。
次のコーナーですね。
トーキングアバウトラーの方に行きたいと思います。
このコーナーはですね、ここ最近で思い出に残ったらですね。
もしくは語りたいなっていうラーメンですね。
鈴木園君それから僕の方でいっぱいずつ語っていくコーナーですけども。
鈴木園が今回紹介していただくお店はどちらでしょうか。
ちょっと直前まで悩みになるんですけど。
純粋おじさん悩みすぎなんだろう。
高校生10回ぐらい上げちゃった。そういうことじゃねえだろうって思いながら。
10回出ればいいじゃん。
今日は鈴木さんの一流についてちょっと話したいなと思います。
これ大丈夫ですかこれ。知らずさんからクレーム来ないですか。
俺が語るべきなんじゃないかって。
大丈夫です。フレッシュな語り口に。
移転したんです。一流って。
ご存知の方はご存知だと思うんですけど。いつでしたっけ。
今年かな。
去年一旦閉店して。
そうですね。
去年にもオープンしたかもしれないですけど。
オープンしてからみんなで一回行きましたよね。
鍋さんと一緒に行ったんですけど。
その時にあれ?うまってなって。
元からうまいんですけど。
よりフレッシュというかみずみずしい感じで入ってくるなっていう印象があって。
まさかのあれですかね。
あれこんなにおいしかった。通称アレコンのやつ。
アレコンなんですけど。またちょっと別の気持ち。
間も空いてないし。
それよくしょっちゅう言ってるんだよ。
移転してからのスープが、これは違うぞっていう印象がありまして。
もう一回食べてみようと思って先日行ったら、やはり全然移転前とは違くて。
もちろん作り方の募集されてると思うんで。
同じ方向性なんですけど、よりくっきりとした味わいっていうか。
それでもう一口目からうまーと思って。
これはたまんないぞと思って。
あれ福井のラーメンっていう形で。
鶴賀のね、鶴賀ラーメン。
有名だと思うんですけど、一力に流れを踏んでっていう話なんですけど。
表面の油が、親鳥の油がしっかり膜になってて。
舌はそんなに濁ってない。
昔の入荷してるような感じではなくて。
息子さんになってから割とその傾向はあるんですけども。
それがより強くなってて。
もう親鳥ガーンってきて。
あれもう福井じゃなくてもうこれ岡山じゃんと思って。
そんぐらいパンチある味で。
またその入荷しきってないんでレイヤー感もあって。
すごくいろんな旨味があるなと思って。
ニコニコしながら食べちゃって。
毎度言っておいしかったですまた来ますって。
次いつ行ったろうかなって。
毎日行きたいなぐらいには思ってる今。
ちょっと恋焦がれてる。
旨いっすよね。
旨いですよ。
本当に旨い。
ラーメンの特徴はまさに今鈴木園が言ったみたいな味なんだけど。
いわゆる俗に言うラーメンらしさみたいなのがめちゃくちゃあるんですよ。
いわゆる旨味とかインパクトとか強い余韻とか全部あって。
その上で元を先たどれば鶴ヶ野ラーメンだって話なんだけど。
ルーツを超えるような立流としての個性みたいなのが
今特に本当に一番出てるんじゃないかなと思うんですよね。
すごいっすよね。
注文の機器とかが変わったのはもちろんあると思うんですけど
こんなに変わるかっていうぐらいすごいんですよね。
これちょっと別の捉え方で
これはまた別にこれで話した方がいい気がするんですけど
良いお店が移転をするときに変わったりもするじゃないですか。
もちろんメニューが変わったりとか。
今言ったように厨房機器が変わったりとか。
店主が意図して変える場合もあれば、意図せず変わっちゃう場合もあったりして。
食べる方は結構いろいろと敏感にね。前の方が良いとか悪いとか勝手に言うわけですけど。
一流は本当にこの移転にして
もちろん店の雰囲気もいいし
変わらず地元の下北で愛されているんだけど
単純にラーメンに絞ってめちゃくちゃお勧めできる店ですっていう。
昔からそうなんだけど
さらにそういう背景抜きにしても絶対食べた方がいいよって言えるレベルだなっていうのは年末ね。
そうですね。間違いないですね。
ほんとに他にで絶対食べれないんで。
そこも含めて似た味がないっていう点も含めて超魅力だなって思います。
年末みんなで行った時にかなり90歳くらいのおじいちゃんが
年末の時に自転車でフワーって来て
俺たちが席譲ったんだよね。
俺たち4人でその方が1人だったんで
どうぞ先どうぞって言ったら
常連さんっていうか結構行ってる人なんですよね。
そうですね。
で、いきなりおじいちゃんが
俺たちで彼らにビール飲んで飲ましてあげてくださいって言われて
ビールを持ってもらうっていう。
入ってる席先に譲っただけなんだ。
逆に俺たちは4人なんでごめんなさいって感じだったぐらいなのに
ビールを持っていただいて。
2本持ってもらう気がしますね。
こういうカウンターの交流が生まれる
やっぱりルールがちがちだったりすると
そういうのはなかなか今起きづらいじゃないですか。
だからそういう昔っぽいラーメン屋の空間の雰囲気も
もちろん今この令和に踏襲しながら
かつラーメンがごく最先端のお店と推してうまいっていうね。
このハイブリッドな一流のお店ね。
最高っすね。
本当に行ってる人は魅力多分わかると思うんですよ。
なんだけどこれ行ってない人も結構いるんじゃないかと思うんですよね。
昔のお店だしなとか
新しい店追いかけちゃうかなっていう人も多いと思うんですけど
これはぜひ一流行ってもらいたいなと。
そうですね。本当に行ってほしいですね。
やっぱり下北海外バンドマンも多いんで
バンドマンの人に結構勧めてるんですけど
やっぱり一度あれをたぶん
一度普通って言われて俺ほんと激好したことが
激好。激好しただろ。
あれを普通って感じるんだったら君の音楽は良くないだろうねっていう
あそこ繋いでちゃうのね。
いやまあ冗談です。半分冗談ですけどね。
いやでも気持ちはわかりますよ。
普通じゃないじゃんって。
だからちょっと言い方変えると
一流があんまりとかそんな魅力感じないんですっていう人と
ラーメンの好きな話ができる気がしないみたいな。
大げさに言っちゃうとそんな雰囲気だよね。
ラーメン好きな人これ全員好きでしょみたいな。
そうですね。そのラーメン的な魅力にあふれてますよね。
本当に移転してからマスターが
2代目の店主が真ん中にいるんで
全国見渡せてるんで
そういうお客さん同士の交流とかもやりやすくはなりましたよね。
良い店舗本当に。
ぜひ一流行ってください。
はい行ってください。
これ最後にちょっと一流だけ
さっき中油がね親徒の油が浮くじゃないですか
あれが黄金色に見えるわけですよ。
もう黄金のラーメンに見えるんで
俺たちはもうハッシュタグステイゴールド
ここでねハイスタンダードと繋がってくる
ステイゴールドって言ってるので
ぜひSNSとかにポストされる際は
ハッシュタグステイゴールドで盛り上げていきましょう。
じゃあ今回の私の紹介するラーメンですね
新しいお店なんですけれども
手作りラーメンの店
ラスティックヌードルズですね
ちょっとご紹介したいなと思ってます。
ご紹介したいとか言ってるんですけど
一回しか言ってないので
そんなにいっぱい情報があるっていうわけじゃないんですけど
今年注目の進展ということで
そうですね。最注目の一つですよね。
今年って今簡単に言っちゃったんですけど
トライラーメン大賞
あれの今期っていう観点で言ったらいいんですかね
でももちろん2026年でも含めて注目の進展だと思うんですけど
オープンはたぶん2025年
あ、25か。そっかそっか
発売しにあるキリアっていう
ヌードルサルームですね
キリアさんから独立して
同じ東部アーバンパークラインゾーンの
阿多湖駅で
もう駅からすぐ近いですけど
お店出されたということで
これちょっと事前情報じゃないですけど
もちろんお店出して
なんとなくこういうお店出すのっていうのは
なんとなく前情報としてみんな知ってたわけですけど
年明けにね
毎年
ボス子と
地雷原の小板にさんと
お酒を飲む機会を
われわれ新年会をやってまして
キリアは
地雷原とかのお弟子さんとかじゃないんだけど
慕っていることもあって
ちょっとファミリー的な感じで
キリアの青木さんがやってましたので
その流れもあるんで
ボスがラスティックヌードルを食べたと
僕らの知っているかつてのボスは
コアモテのね
昔はね
でも今はね
一緒に飲ませていただく機会が多いんで
非常に和やかに
何時間も飲むというか
飲まされるというかやるわけですけど
その時にラスティックヌードルすごくよかったよと
あの人事で
ガゼン行かなきゃみたいな
雰囲気だった
しかも途中からね
ラーメンのタイトルを
うま味そばに変えるっていうね
それも地雷原の
ガリうま味そばっていうのが
地雷原のラーメンのタイトルだったんですけど
だからボスがいいよって言ったんですよね
ってことですよね間違いなくね
それも
われわれの地雷原世代にとっては
そのネーミングだけで
すでにねいいねみたいな
順序は
何パーセントかもううまくなっちゃって
そのタイトルだけでね
実際いただきました
すごく美味しかったですね