汁は美味しい。こんにちは、ラーメン考古学者の渡辺です。 この番組、ラーメンアフターワーズは、ラーメン界の話題を少し深い視点から雑談形式で紐解いていくメディアです。
ちょっと冒頭、ちょっと難しい話していいですかね。 今日のゲストとか書かんのか書かんのかわからないですけど、ちょっと最近ふと思った雑貫みたいなものを話したいんですけど、
政治の話したら皆さんすぐに切られちゃうと困るんですが、 政府が毎年骨太方針というのを出しましてですね、
だいたい春先5月とか6月に出るんですが、今年はちょっと選挙やったわけで4月に出てるんですけど、
いくつかね、安全保障とか、積極財政の経済とか、いろんな話出るんですが、
教育に関する話も出ていて、これはニュースでも結構皆さんね、ご覧になっている方いるかもしれませんけど、
教育の中にAIの活用っていうのがですね、結構指導要領の中に入っていくんじゃないか、みたいな話題があって、
うちなんか子供ちっちゃいんで、そういうのちょっとすごく気になったりしてましてですね、
今後教育がどうなっていくのかなとか、AIすごいなとかですね、そんなことをちょっと思っている次第です。
で、なんかちょっと聞いたんですけど、AIが入ってくるとカリキュラムのコマ数、全体のコマ数が決まってるんで、
どこかを減らすっていう噂がちょっと聞いてですね、
減らされるのが人文系とか道徳とか国語とかですね、文学的なこととか、そういうのが減らされるんじゃないか説があると聞きまして、
大丈夫かよ日本とか、特にですね、僕はもう喫水の文系でございまして、
本読むの好き、文字書くの好き、業界読むの好き、そんなちょっとややこしいタイプのですね、
あまりどうなんでしょうか、社会に求められているのかわかりませんけど、あまりそういう情緒とか大切にしたいタイプなので、
そういう人間からすると、AIも大切なんですけど、そういったところも大切にしてほしいな、ちょっと思ってたりします。
なんでこんな堅苦しい話をしたかというとですね、実は今日のゲストはですね、
僕以上に文系なのか、とにかく情緒的な要素が非常にお持ちというかですね、
一方ですごく理智的で、理性的で、すごく定量的な、いろんな知見とかもですね、お持ちでいらっしゃるということで、
謎めいてるのかどうかわかりませんが、長いお付き合いになってましてですね、
ラーメン界では知らない人はいないんじゃないかと思いますけれども、
ラーメンイラストレーターであり、様々なラーメンに関するクリエイター、お呼びした方がいいでしょうかね、
青木健さんが今日のゲストです。健さんよろしくお願いします。
こんにちは、青木健です。よろしくお願いします。
文系でいいんですか?
黙ってたから喉がガラガラになっちゃった。
緊張するのやめてくださいね。
長いお付き合いで一緒に飲むことも多いですし。
ある時語り合ってたらね、文系って言われてしまってね。
そうかそうか、そうやって隠れたのかと。
僕も道徳とか大好きで、今でも撮ってあるんですよ。
昔の道徳の評価書。それ読み返すくらい好きなんでね。
悲しいですね。
確定ではないらしいんですけど、噂が立っていると。
ちょっと心配な。
そうですよね。
AIみたいなものの、非常に真逆にはないんでしょうけど、
デジタルでみたいなものと、真逆にあるのが減らされるんじゃないかっていう噂ではあるんですけど。
確かに数学削れないですよね。
そうすると、道徳とか国語を減らされるって言っても、
自分が親の立場だったら、しょうがないとか思っちゃうんですけど、しょうがなくないよねってことですよね。
日本ですから。
他の国もすごく立派な人文系の学問もあると思うんですけど。
特に国語とかって、後から伸ばそうとしても一番伸びない科目なんですよ。
いいこと言った。
最初にそこは叩き込んでおいた方がいいんですけどね。
そうですよね。
だって数学の問題が読めない子がいたりするわけですよ。
数学とかは理系のものって世界共通ですから。
なんですけど、日本特有のものとか。
日本ってくくりしなくても、自分たちが生まれて育った環境の文化っていう風に考えると、
それを知ったり勉強するっていうか、体に染み込ませるのはやっぱり日本の子供の期間だけで。
大人になって大学で勉強する人、海外の人いっぱいいますけど、それを学べるのってすごくいいことだと思いますし。
自分のアイデンティティの形成みたいな。
そうですね。コミュニケーションを通してそれができる。
いいですよね。
やっぱりそんなことを考えたりしました。
僕は文系なのかなるのかわかんないですけど。
よく考えたら文系でもない気がするんですけどね。
ちょっと美術より。
そうですよね。美術の人って何系なんですか?
何系なんでしょうね。
それともかかわらず、計算がわからなければわからないですけど。
ただ、二面性あるっちゃあるかもしれないですね。
例えば文章とか描写みたいなのって、ポエティックとは言わないですけど、
非常に情緒とか雰囲気とか空気とか、そういうのを表してますし、
一方でデザインとかに関することに関しては、
極めて明確に線引きから何からビシッとしている印象が外部からするんですが、
ご自身の中に矛盾みたいなのはないんですか?
ありますね。感覚と決まりごとみたいなものをどう同居させていくか。
やっぱり矛盾と戦いながらですね。
なるほど。面白いですね。
ちなみに料理作る時とかって調味料とか測りますか?
測らないです。
出た!そっち側だ!
測らないですね。
測らないですかな。僕は結構ちゃんと測る。
すごいミリ単位で測ったりしないんですけど。
大さじとかいったら。
そうですね。一応大さじのスプーンでザクッと入れたりするんですけど。
昔買ったんですけど使わないから。
まあね。いいんですけどね。
でもあれですよ。ケーキとか作んないですからね。
ああ、なるほど。
そういうのはもう測らなきゃ絶対ダメじゃないですか。
塩分濃度とか結構ヤバいですよ。
出来た時しょっぺーなものにならないですか?
いや、もうだって何十年も料理してるから。
まあ確かに。
もう勘でいけます。
なるほどね。新しい料理とか挑戦しないですか?
名もなき料理ばっかり作ってるんで。
大丈夫ですか?
残り物とか。
正解がないんで。
なるほど。
自分の正解が出せる。
分かりました。ちょっと脱線しました。
今日はそんな青木健さんをお迎えしてですね。
先ほどちょっと文系って話したんですが、
僕、健さんとこんな偉そうな言い方するとあれなんですけど、話してて馬が合うというか。
見てるところが着眼点とかそういうのが違っていてもいいんですけど、
どんぶりの中だけを見つめてるわけじゃないなっていうところでいつも盛り上がるんですよね。
大体二人で話とか何人かいてもですけど、
お店の話ってあんま出ないですね。
出ないですね。
どこどこがうまいなんて話はほぼしないですね。
しないですね。
美味しいのが前提でその店のその次の一歩奥の話してたりとか。
そうですね。
もしくはその一歩奥の話題をしてる時に引き合いとして店が出てくるとか。
順番的にはそんな感じですよね。
例えばここでとか。
そうですね。
偉そうに例えば二人だけがその世界観を知ってるわけじゃない。
わけじゃない。
多分多くの人がそうなんじゃないかっていうふうに僕はちょっとロマン持ってるわけですけど、
でもなかなかここで文系と言わせてもらえれば、
それを言語化するときになぜかどんぶりの中の情報が羅列されていることが多いんじゃないかと。
そうですね。
コクがあとか。
コクがあとか。
何々があとか。
何々鳥があとか。
何々製法でとか。
どこで何年修行した人があとか。
情報ですよね。
情報ですよね。
それも大切だし今欠かせないわけなんですけど、
逆にそこを見ないで美味しさをどう伝えるのかとか、
どう伝わっていってほしいと思ってるのかみたいなところっていうのが、
たぶんそんな議題を掲げなくても毎回飲んだときずっとその話してて、
飽きないね。
そうなんですよね。
いくらでも出てきますね。
出てくるんですよね。
今日は皆さんもどちらかっていうと、
そんな食べ方があるのかとか、こんな着眼点があるのかというよりは、
あ、わかるみたいな。
そうですよねって思ってもらうような話を検索できたらなと思ってます。
ラーメンって結局食べ歩きがメインになるから、
フィールドワークじゃないですか。
フィールドワークです。
言ってみれば。
確かに。
だから座学も必要だってことですよね。
どうぞ。
今からこういう座学的な話になっていくと思うんですけど、
両方こうあった方が補完できて、
より深くなるっていう。
確かにそうですね。
今ふと思ったんですけど、
よくSNSとかでも結構こまめに発信する方なんですよ。
もちろんお仕事いただいたりとか、
そういうこともあって発信するんですけど、
何のためにこれやってるのかなっていうのを考えることがあって、
若かりし頃はやっぱり承認欲求も多少ありましたよね。
俺こんなの食ってんだぜとか、
自慢したい。
限定食ったよ俺みたいなとか、
こんな地方のラーメン食ったよとか、
そういうのも確かにあった時期としてはあったんですけど、
もう何万週もそれ回ってて、
もはやそれじゃないなと思った時に、
今何かなと思ったら、
まず一つは、
大地神谷の伊藤、旦那さん亡くなって息子さんがついて、
あそこの情報っていうとすごく濃い煮干しで、
パツパツの麺でっていうだけで終わるじゃないですか。
情報的なものだと。
でもそうやって何回もね、今おっしゃってたように、
何回も食べてるうちに、これはね、
喉で食うラーメンだったんだみたいな。
パツパツとか、下の情報じゃなくて喉だこれは。
麺も喉で感じなきゃいけないし、煮干しも喉で感じるんだみたいな。
それが本当に10回目くらいの時にそんなこと思って、
気づかなかった俺はみたいな。
それ勝手な言い草ですよ。
みんなが聞いてなんだそれって思うかもしれないですけど。
あとはもう同じく伊藤で、僕は必ず2杯食べるんですよ。
何も乗ってないやつ。ネギだけのやつを2杯食べるんですけど、
すみませんおかわりお願いしますって言ったら、
後ろにいた高校生が、それありかって言ったんですよ。
そっからもう彼の人生は変わるじゃないですか。
2杯食っていいんだっていう。
そう考えるとラーメンの良さっていうか、
そこがあるような気がするんですよね。
要は不完全じゃないんですけど、シンプルである上に、
結構自分で妄想をして仮説立てて、勝手にトライできて、
2杯食うのもありみたいな。
それができちゃうところがすごく大きいんですよ。
僕らを魅了しているような、根源的な魅力があるのかなって気がする。
そうですね。親子丼2杯食べる人ってあんまり見たことないですよね。
いないですよね。他の料理いろいろあると思うんですけど、
そういうこと考えないですよね。
いいか悪いかわかんないですけどね、
遠征とか行ったりすると何杯も食べたりするんですけど、
そういうのもあんまり他の料理とかではないし、
気軽に食べられちゃうっていうのもあるのかもしれないですけど、
そこら辺の自由さとはすごくある感じがしますね。
伊藤いいですね。伊藤ってごめんなさいね。
僕はやっぱり最初に外観見たときの、
ちょっと遠いじゃないですか。
すべての最寄り駅から遠いじゃないですか。
あの時のお店に出会うまで、見えてくるまでのアプローチとかが、
長いほど結構妄想できて、
あの人通りがあんまりない商店街を、
歩いていく感じ。
そうなんですよ。あそこに出てくるんですけど、
ものすごいポップではなく、何だったらわかんない感じなんだけど。
僕一回通り過ぎたことありますからね、実際。
そうなんですよ。
昔の木そばみたいな崩れた文字の伊藤って書かれてるやつがあって、
かろうじてわかるみたいな。
書拳じゃ読めないですよね。
あれで入って、また中がシンプルで、
なんかあれですかね、今の若い人たちって、
伊藤のいろんな作りってどう見えるんですかね。
見栄えしないって思っちゃうんですかね。
派手なやつばっかり見てるじゃないですか。
そう、確かに。シャレたものばっかりが今多いですけど。
シンプルなんですかね。
シンプルじゃないですか。一般的に見たら超シンプルですよね。
そうですね。店の平均値から言うとだいぶシンプル。
で、出てくるものもシンプルですよね。
そうですね。
でも、最初から何かで雑誌とかで知ったか、
何かで知ってあそこに行くってこと、
あれを食べるってことも頭に入っていくわけじゃないですか。
だけど、もうあれを見た瞬間、
結構いい予感しかしてなかった状況がありますよね。
なんでなんでしょうね、あれ。
そうですね。この工程を経て出てくるラーメンが
まずかろうはずがないみたいな、勝手にね。
ありましたよね。
いや、そうなんだよな。
で、今でも、今ほんとないですけど、
特に新しいお店とかほとんどないですけど、
メニュー1本しかないじゃないですか。
うん。
震えますよね。
震えます。
だけど、新しいお店の、ケンさんなんかお仕事あると思うんですけど、
若い店主から何かの依頼があって、
打ち合わせしてるときに、
もう中華そば1本でそれ以外何もありませんって言ったら、
大丈夫って言っちゃいますよね。
言いますね。
そんなに自信あるの?
大丈夫みたいな、せめてつけ麺があった方が良くないとか、
塩味あった方が良くないとか言っちゃいそうなんですよ。
お茶にぼしとかサーモンとか言っちゃいそうですけどね。
そうなんですよ。
伊藤だけでもめちゃくちゃ話せますね。
そうですね。
行くまでのアプローチとかっていう話もね、
今出てきた、店の作りとか。
そうやって語れるところは面白いし、
昔竹内晋さん、