1. おしゃべりラジオ「アパート3号室」
  2. 『イン・ザ・メガチャーチ』を..
『イン・ザ・メガチャーチ』を4人で語る①|「誰推し?」で自分を説明する時代
2026-05-31 1:08:10

『イン・ザ・メガチャーチ』を4人で語る①|「誰推し?」で自分を説明する時代

今回は、話題作『イン・ザ・メガチャーチ』を読んだ4人で語り合った読書会の模様をお届けします📚
全3回シリーズの第1回目です。

「推し」がいると、孤独は埋まるのか。
“なんとなく寂しい”の正体って何なのか。
「誰を推しているか」で、人柄や属性まで決まるような空気。
大人になると、どうして“どうでもいい話”ができなくなるのか――。

この作品には、SNS時代を生きる私たちの不安や孤独、そして「どこにも寄る辺がない感覚」が、驚くほどリアルに描かれていました。

今回は主に、
✔︎ 推し活は「好き」だけではない?
✔︎ “無意味に連絡できる相手”がいない寂しさ
✔︎ 人はなぜコミュニティや物語を求めるのか
✔︎ 「推しがいないと不安」になる感覚
などについて語っています。

📖『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ
https://info.nikkeibp.co.jp/books/campaign/121045/

#読書
#読書会
#インザメガチャーチ
#朝井リョウ
#読書感想
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/63e8265c4cdcce3e257643a4

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:14
どうですか? インザメガチャーチに私は何で選んだかというと、
近年の本屋大賞の中でも、ガンとつ面白かったなと私は思っていて、
去年のカフネ、ナルセ、その前は何だったかな?
覚えてないよね?
ナンジ
あ、ナンジか。ナンジも良かったか。
そうね、ナンジも良かったなぁ。
ナギダユウさんのね。
まあでもなんか、ここ2,3年で私結構ダントツ面白かったなと思って、
なんで、読み終わった瞬間から、もうこれちょっと誰かと語らなければという感じがしてしまって、
あと、結構その周りで言われる、その、シマさんも言われたっけ?
サリーさん、インザメガチャーチ読んだ?って言ってた気がする。
なんか、いろんな人にサリーさん、インザメガチャーチ読んだ?って言われてて、
読んでなかった時に、これはなんか読まなければならないのかな?って思って、
うすうす、それで読んでみたら、これ読んだ、読んだっていう気持ちがすっごいわかると思ったんで、
読書会をやることにしました。
今日はちょっと、
じゃあちょっと自己紹介を簡単にしてもらって、で感想を喋ってもらうって感じで、
その後フリートークって感じにしようかな。
いいですかね。
はい、シマです。よろしくお願いします。
あと、何喋ったらいいですか。
何喋ろうか。
推してるものがあるかとか。
それいいですね。いい質問。
それがいい。急にだけど。
人に言えるもので、推してるもの。
私、推してば結構わかんない側の人間で、
少し前に推し漏りの読書会で、同じメンバーいましたけど、やったじゃないですか。
その時もやっぱり、推し勝つの外にいる側の人間の気持ちだったんで、
やっぱり推し勝つに夢中になる人の心理ってのは、
すっごいめちゃくちゃ興味があるんですよ。
だから皆さんの中でもし、めっちゃ推してて、
推し勝つの気持ちがわかるっていうのは、
すごいぜひ聞きたいなっていう感じがありますね。
いいじゃないですか。
じゃあ感想はどうする?
感想も続ける?
とりあえずうんって言ってる。
じゃあ感想続けましょう。
本の感想を、シマさん。
そうだな。
めちゃくちゃ面白いかったですよね。
私去年浅井亮さん、去年確か青植期もノミネートされたんだよね。
青植期めちゃくちゃ好きで、大賞取ってほしいと思ったんだけど取れなくて、
そっかーってなったんですよ。
で今年、インザメガチャーチまたノミネートって出て、
もう今年こそ浅井亮だろうって思ってね。
それでなんか、読みたいんだけど、なんか読みたくないみたいな。
もうなんかもったいなくて読みたくないみたいな。
なんかとっといてたんですけど、やっぱ1回読んだらもうほんと一気読みで、
1日くらいで読んだ。
1日2日くらいで読んで。
03:00
なんかさ、小説っていうかもう、
この令和の、これ2025年かな?
去年、まぁ2020何年の日本の社会の空気みたいなのを、
こうギャーってこう、もうね、なんかパッキングしたみたいな。
なんかもう小説っていうかもう、今の社会の空気感みたいなのを全部もう入れた。
で、ぐるぐるってしてもう、なんか冷凍保存したみたいな。
そういうものだよね。
もうなんか小説っていうか、すごいなぁと思って。
なんか、こう本屋大賞になる本のイメージって、
もっと心温まる話とか結構感動する系だったりとか、
元気出る系みたいなイメージがその中にあったんですよ。
今までは。
でもなんかこの作品はかなり、
なんでならちょっと悪魔的っていうか、
なんか言葉を選ぶんですけど、かなりこう、
痛い、これは読んでてしんどいぞっていう感じの作品でしたよね。
それで、本当にこの語りたいことがさ、
本当に今みんなが気になってるよねっていうテーマがもう無限に入ってるじゃないですか。
今日もどれについてみんな話すの?みたいな。
どれについて喋ったらいいの?って思いながら来て。
そんな感じですかね。
話したいこととかは後で言った方がいいですか?
今一緒に聞かせてください。
本当に無限にどれでも喋れると思うんですけど、
何個かって考えた時に、まず1個思ったのは、
なんか、人間、私たちって、
いつまでも孤独だし寂しいんだなっていうのが一番最初に思ったんですよ。
というのも、少し前に大麦畑で捕まえての、
読書会の時に、主人公のホールデンがすごく寂しがりで、
まだ電話しかつながる手段がない時に、
いろんな人に電話かけまくって会いたがるみたいな時で、
その時に感想で話したのが、
今みたいにSNSとかあったらまた違ったよねみたいな意見が出て、
確かに確かにって思ったんですよ。
その時やりとりの方法が電話しかないみたいな、
メールもない、インターネットもないみたいな。
今実際こんなSNSとか発展して、スマホもあるし、
いつだって連絡取れるし、いつだってつながられるじゃんってなったなって思ったのに、
なんか全然寂しいんだねって思って、
あれ?おかしいなって思ったっていうのが一つ。
その辺のこととか、
あとは、自分を、
個性解がない時代だから、自分を使い切らなきゃいけないっていうフレーズがすごく気に入って、
自分を使い切って、
自分の全てを踏み出して一生懸命生きるみたいなのが、
我々には本当に必要なのかなっていうか、本当にその生き方正しいのか、
それをしなきゃいけないの?私たちは。
っていうのはちょっと気になった。
それがなんでこんなにキラキラして、
息切ってることが素晴らしいっていう風になって、
それができない私はおかしいわってなっちゃうんだろうとかね。
06:01
あとは、
でもいっぱいあるんでちょっとキリがない。
あとまた喋ります。
よろしくお願いします。
お願いします。
分かる?無限に喋りたいこと出てくるよね。
すっごい分かる。
じゃあちょっとまたお祝いにしますかね。
ちょいちょいね。
ゆか子さん、いい?
じゃあお願いします。
ちょっとまあ、
推してるものがあればと、
あと本の感想。
はい。
ゆか子です。
よろしくお願いします。
推してるもの。
私浅く広くいろんなものに手を出しているので、
深く何かが推して言われると、
なんだろうなと思うんですけどね。
なんでしょうね。
なんか、
界隈推しみたいな感じだとやっぱりこう、
単価全般が好きでとか、
そんな感じなのかなと思いつつ、
コンテンツとしては、
なんだろうな。
私でも、
映画とかも好きだけど、
監督で見たりはしないんですよね。
だから何々監督だから好きとか、
みたいな人よく聞くけど、
あまりそういうのがなくて、
単発で面白い面白いって感じていくから、
あんまり人と語り合うのに足りないなって、
いつも不足を感じています。
感想としては、
純粋にこの人を応援したいとか、
例えばこれだとアイドルを応援したいとか、
そういうただ好きっていう気持ちだけだと、
何ともならないんだなっていうのがすごい感じて、
お金がなかったらなかなか形にならないとか、
数字に現れないとか、
そういうところがビジネス感とか、
宗教っぽい感じで、
信仰する力を使いながら応援してるっていうところが、
現代的だなって思ったんですけど、
あとはさっきの島さんの寂しいっていうところで、
夜べなさっていう言葉がたくさん出てきて、
この言葉で表現するのがすごいなっていうのを感じました。
だからその孤独っていうか、夜岸辺がないというか、
捕まるところがないっていう言葉がすごいいいなと思いました。
あと友情の話が結構元になってるのかなと思って、
大人になって付き合える人がいますかとか、
無意味に連絡できる人がいますかとか、
おじさんがこの若い同僚みたいな人に対して、
すぐに連絡できる友達っているのかな、この人って思ったりとか、
それがさっきの孤独感につながったりとか、
例えば大人ってやっぱり友達だよねって言わないから、
09:03
学生とかと違って、
それを維持するために何かを返さなくちゃいけないっていうのがあるような気がして、
どうやって維持していくかみたいなところが、
押し勝つもそうだけど、
この中で出てくる友達の意味合いっていうのがちょっと気になったところでした。
私がびっくりしたのが、
あまりその感覚なかったんだけど、
誰を押すかでアイデンティティーが表明されるっていうところが、
なんか新しいなと思って、
LGBTQの人を、
そういうタレントさんがいて、
その人を応援してたら、自分もLGBTQに対してフレンドリーだっていうのを表すことになるっていうのが、
なんでそこが結びつくんだろうって結構不思議で、
自他境界がすごい曖昧になるのかなと思って、
これが不思議なところでした。
私たちももしかしたらアイドルとかに対して、
勝手に解釈をしてしまったり、
押し思いとかもそうですけど、
こうだろうなって決めつけてしまったりする中で、
なんか自分も決めつけられてるっていうところが、
発生するのかなと思って、
そこの交わってない相互関係のところが、
皆さんどう感じたかなっていうのが気になるところでした。
よろしくお願いします。
聞きたいことは今の話って感じ?
アイドルを勝手に解釈する中で、
自分自身も決めつけられてる。
それはどういう問いになるのかしら?
例えば、お笑い芸人とか好きだったりとかして、
その人は単純にこの人面白いって思って、
お笑いだけで押してたつもりが、
例えばその人がゲイでしたってなったときに、
自分がゲイとかに対してフレンドリーですって、
周りから思われるようになるっていうところで、
自分のアイデンティティみたいなところが、
誰を押すかによって決められるっていう表現があったから、
そこって本当に結びつくべきものなのかなっていうのが、
ちょっと不思議だった。
なるほどね。
そうだね。
それもちょっと話すか。
それも話しましょう。
それと一個テーマでね。
ありがとうございます。
トモヤさん大丈夫ですか?
目しばしばしてるけど。
トモヤさん自己紹介と、
押しと感想をお願いします。
ありがとうございます。
トモヤです。
お願いします。
僕も押しっていうのはぶっちゃけいなくて、
12:01
ファンではあるんですよ。
あるアーティストのファンではあるんですけど、
押しではないなっていう感覚はあります。
というのは別に誰かに進めたいとか、
誰かに広めたいっていう感覚はなくて、
単純に自分が好きっていうだけで留まってるっていう感じですね。
押すってやっぱり広めるってことなんだなっていうのを少し思って、
今回インザメガチャーチも教会とか信仰とか、
その辺を踏まえて押しを語られてると思うんですけど、
やっぱり押しっていうのがちょっと不協感があるというか、
他者に向けた自分の好き。
自分の好きだけでは留まらず、
他者に対しての表現としての好きが
押しに含まれてくるのかなっていうのをちょっと感じていて、
だからさっき何を押すかで結構アイデンティティが決まるみたいな話も、
私はこれを押しますっていうものが、
つまり他者に対しての一つのアピールになるっていうところが
ちょっとあるんかなって思いました。
あとは予想で結構時代性を反映するのがすげえ上手なんですけど、
押しを描きながら何をこの社会に見出してるかって言ったら、
やっぱり多様性、多様性ってなって、
どんな生き方もOKですよっていう風になっているんだけど、
でもフリーになりすぎるとみんな迷子になっているっていうのが、
結局今困っているところで、
さっき言った自分のアイデンティティってものが何なんだろうっていうのが、
よくわからへんからNFJみたいな風にラベリングしてもらいたかったり、
何を押しているかで自分っていうものを表現するみたいな形になったり、
あとはそれを信仰し合ってますよねっていう安心感、
そのアーティストアイドルが押してますよねという繋がりで人と繋がる、
みたいなところが今現代のあれなのかなっていう風に読みながら思いました。
僕も皆さんと語りたいところっていうのは、
やっぱりなぜ押すのかっていう、
僕も島さんと一緒で押す感覚があんまりないので、
なぜ押すのかっていうところと、
押しの本質というか、
押すとは何をしているのかっていう。
あとは友情の話があったと思うんですけど、
15:01
やっぱり心の寄り所みたいなところが失われていってるんかなと思ったんですよね。
今まであったらある程度進むルートは、
高度経済成長の時とかは、
もう日本を良くしようぜっていうある程度のルートがあって、
結婚して子供を産んで、ある意味正規ルートみたいなのが決まってたから、
逆にそれに乗っかることで迷わずに済んだから、
逆に友情も築きやすかったと思うんですけど、
でも今は生き方が多様性になって、
例えば、俺は子供を持ちたくないけど、私は子供を持ちたい。
あとは結婚遅くてもいいし、結婚したくないし、したくないしみたいな、
いろんなアイデンティティの分類が細かくなって、
今まで10分類ぐらいしかなかったのが、
多分100分類、1000分類ぐらいになった時に、
友情を築きにくくなったんかなっていうのもちょっと思って、
そうなった時に何に心を寄せるかっていうところが、
今の現代なんかなっていうふうにちょっと思ったので、
その辺の友情であったり、雑談っていうのも出てきたんですけど、
そういうのをちょっとまた話してみたいなというふうに思ってます。
その雑談っていうのは?
雑談ができないってやつでしょ?中年の男子が。
男同士はなんで雑談できないんだろうって話が出て、
これ僕が男ならばあるんですけど、
男、個人的にも雑談できひんなっていう自覚はあるんですよ。
そのどうでもいい話。
今日さ、こうこうこういうことがあって、こうだったんだよね。
これね、男も言いたいんですよ本当は。
言いたいと思ってると思うけど、
多分どう話していいかもわからんし、
聞いてもらう。
男が男と男が、男も男が男の話を聞くというスタンスも、
ちょっと微妙にできないかもみたいなところはあって、
僕も話を聞いてもらうと、
女性の方が話しやすかったりするところはあるから、
その辺はちょっとあるんかなっていうところですかね。
一旦そんな感じにしておきます?
はい、お願いします。
きっともう無限でしょ?話すこと無限だよね。
現代だから。この話、現代の話なんで。
そうですね。
多分すごいさらっとでしょ?みんなきっと。
表面的にさらっと感想を言ってくれたっていう感じだと思うんだけど、
私感想すごいよ、どうしよう。
そんなに皆さんのようにさらっと言えないくらいだけど、
ちょっと私の感想話してみますね。
いっぱいあるけど、でも皆さんが言う通りだなと思った。
18:01
本当に今の空気感とかが、
あと、登場人物が性別、世代、属性、全然違う登場人物たちの
心理描写の描き分けっていうか、
アサイリョーって、作品名にもあるけど、
何者?って思っちゃう。
なんか、こんなに解像度高く、
それぞれのその人たちのセリフとか、
100で減らるよね、みたいな言葉とかさ、
私聞いたことない、みたいな。
でもその世代の子たちが使う会話とかを、
収集してんの?
すごいと思った。
かといえば、中年の48歳、47歳の
寂しく、スナギもチンして食べてる、
プシュって鳴ったビールの音が、
やけに部屋に大きく響いたことで一人っていう静けさを実感とか、
その切なさとかもすごくない。
私がもしね、小説家を目指してたとすれば、
これ読んだらもう諦める。
小説が、こんなのが小説だって言われたら、
もう自分には小説書ける気しないって思っちゃったぐらい、
もうひれ伏した。
すごいなと思ったのと、
あといろんな手法がいろいろある中で、
私がすごく面白いのは、
アサイリョウの独特な手法だなと思ったのは、
耳から聞こえてくる会話とか、
その外からの情報と、
自分の心の声の思考という、
複数のレイヤーみたいなのを、
同時に置くっていうの。
これこの人だけ?
スミカちゃんが大学の教室かなんかで、
みんなの会話を聞きながら、
自分の頭の中で一生懸命面白いことを考えたりとか、
あとその会議室で、
久保田さんが、久保田さんっておじさんが、
国民だっけ?
人がわーって言ってるのに、
頭の中で、
未知者のことを考えて、
行かなきゃ、行かなきゃ、
みたいになってる時とか、
耳から聞いてる情報と、
自分の思考が全然乖離してるんだけど、
それを同じとこに置くみたいな。
すっごいなんか読んでて、
こう揺れるっていうか、
それがすっごい独特で面白いなって、
思った。
それを小説で表現できるっていうのが、
すごい新鮮だし、面白いなと思ったね。
あと、一番最初に、
橋本さんがテレビに出て、
現代社会の厳しさと、
そこに生きる人々の寄るべなさ、
みんなやっぱり繋がっていた、
今の私たちに必要なのは、
他者との優しくて健やかな繋がり、
っていう一説がすごい心に残って、
21:00
私の推しは何かという質問に、
その質問とともに答えると、
私はやっぱ本かなと思ったんですよ。
これ読書会を今やってて、
不況してるなって自分で意識して、
なんて言うんだろう、
無意識で思う、
本読んで語り合うって、
すっげー楽しいよっていうことを、
なんか私は不況してる感じがしてるので、
さっきの友谷さんの会話から、
ちょっと私思いついたんだけど、
それ聞くまでは、
私推しないなと思ったけど、
不況って言われると、
そうかもしれない。
実際に私、
コミュニティがどんどん今、
広がっているっていうことに対して、
この読書会に、
対面式の方ね、
特に来てくれる人たちが、
その、
夜辺、
心の夜辺になってるっていうことは、
やっぱりみんな、
他者との優しい、
自分を受け入れてくれるっていう、
居場所を必要としてるんだなっていうのを、
この小説読んで、
すっごい思った。
コミュニティ一運営者として、
これだなっていうふうに、
身に覚えがあるっていう感じ。
他人事として思えないっていうか、
私自身もそうかもしれないけど、
だからなんか、
そういう感じで思った。
あとは、
この前の坂口杏子の
堕落論の読書会やったときに、
堕落論読んでて出てきたんだけど、
坂口杏子が戦後ね、
すっごい混乱してる時代で、
例えば戦争中、
日本の国民全体が、
天皇のためにっていう、
巨大な物語に
縋ってたというか、
例えば自分の息子を戦場に送り出すときに、
特攻隊とかもそうだけど、
自分のままでは立っていられなくて、
天皇のためにっていう、
国家が作った物語があったから、
なんとか正気を保ててたっていうか、
そういうことを杏子が言ってて、
それを読んだときに、
すっごいインザメガチャーキを思い出して、
杏子が言ってたのは、
人間は何かを信じずに
生きていくには弱すぎるっていう風に
言ってて、
それがもう、まんまこれっていうか、
現代の私たちも、
推しとか、そういうコミュニティ
っていうようなことに、
必死にすがっていかないと
生きれない。だから最初島さんが、
なんでこんなに
寂しいの?いつまで寂しいの?
って言ったけど、
ほんとそうだなって思うね。
なんでこんなに寂しいのか?
っていうのも、
聞きたいかも。
なんでこんなに
寂しいんですかね?っていう。
孤独って何なの?っていうのを
すっごい思って、
不思議なのは、
推し勝つのコミュニティって、
本音を明かさないっていうところが、
一つポイントなのかなっていう。
全部を見せない。
読書家にしてもそうなんだけど、
24:01
本名とか、職業とか、
年齢とか知れちゃうと、
繋がれない
って感覚ないですか?
同じものに
向いてる方が、
見つめ合うと
無理っていうか、
同じ方向で、
同じものについて語ってるときは、
横の連帯で繋がれるんだけど、
向き合って、
お互いが
お互いの
中に入ってこうとすると、
一気に無理ってなっちゃうっていうか、
なんか、
久保田が道家のところに訪れちゃったとかも、
一線越えちゃったっていうか、
その繋がり方の
微妙な距離感、
それもすごい現代的だなと思って。
何を喋りたいかというと、
何を喋りたいんだろうね。
何を喋りたいかさっぱりわかんない。
やっぱり、
私たちが
縋ってしまう物語
っていうのは何なのっていうのを
話したいかもしれないですね。
神のないこの国で
人を操るには物語を
使うのが一番いいっていう、
そのセリフがすっごい刺さって、
じゃあ物語って
何なんだろうみたいな、
そのことを話したいかも。
ちょっと壮大すぎる。
視野共作していく
っていうことは
危ういんだけど、
でも否定できないみたいな。
その辺から、ごめんね、
ぐっちゃぐちゃになっちゃいましたけど、
そんな話をしたいです。
ここまで話して、
フリートークしますかね。
はい、友谷さんがいなくなりましたけど。
いいです、じゃあこんな感じで。
ぐっちゃぐちゃにかき混ぜちゃったけど、
じゃあフリートークしますかね。
どう?
島さんは言ってみる?
めっちゃありますよね。
みんなの話を聞いただけで、
もうすごい、
あれ喋りたいみたいな、
出てくる。
何から行こうか。
問いを置いてみる?
人間って私たちって孤独寂しいって話でしょ。
いつだって寂しいんだねって話を
島さんは言ってたでしょ。
あとはその、
全てを出し切って生きるっていう。
生き切るっていうのが
必要なの?っていう。
自分を使い切る。
私もそれすっごい思ったし。
あとは友谷さんのところは、
アイデンティティのことですよね。
自分が何をしてるかっていうことが
アイデンティティになっている
っていうことについて
どう思うかってことだよね。
問い。ちょっと違う?
でもそんな感じで、
自分は自分で
アイデンティティなはずなんだけど、
それを何かこう、例えばLB
違う。LGBT?
違う違う。MBTI
をして、その当てはめたり
とか、その
推しの
属性を
それを推すことによって自分の
27:00
アイデンティティに見えたりとか
人を介して
こうです、自分ってこうです
っていうのを言ってくるのが
最近の風潮なのかなと思って。
確かに。
そこをどう思うかってことです。
でもなんでそこが結構結びついて
くるのかなっていうところが
なるほどね。
面白いなと思う。
あと友谷さんは、なぜ推すのか
っていうね。推しの本質
って言ったんだっけ?
そうですよね。人はなぜ
推すというのは何をしているのか
っていうことか。その問いで
OK?合ってます?
OK、合ってる。じゃあこんな感じの
4個ぐらいですかね。
どう?皆さん聞いて。
答えやすいやつからでいいですよ。
なぜ推すのかにしてみる。
ちょっとそれ言ってみようか。人はなぜ
推すのか。多分この問いって
他のとも全部繋がってる感じよね。
うんうんうん。
なんで推すんだろうね。確かに。
私いいですか。
推すっていうのは
やっぱり
コミュニティを欲してるんじゃないかな
と思ったんだよね。だからその
他者との繋がりを
だから推すってことは目的では
なく手段なのかなって。
推すことによって
さっきユカホさん言ったみたいに
アイデンティティにもなるし
孤独も
埋められるし、それは多分コミュニティ
っていうのが先にあるから
そして全てを出し切って生きる
ためにもなるし、だから
推して
手段なんじゃない
かな
っていうのが目的ではなく
どう思います?
本間さん何か言いたそう。
僕もその
推すことによって何をしているのか
すごく気になっていて
なるほどね。そういうことか。なぜ
推すことの先に何があるのかってこと。
そうそう。だから
逆に何か分かんない。
僕より一世代下の
人の
何か押さなければならない
という脅迫感でもある気はしてて
確かに。
推しがいないことの方が
怖いかなっていう
確かに。
感じもするんですよね。
あなた何を
推してるっていうのが多分
普通の質問にもしかしたら
なってきてて
もしかしたら僕たちの時
あなた何が好きなの?
とか何が趣味ですか?
みたいなもしかしたら
そんなのかもしれないけど
何を推してますか?
質問。それって
あなたって何教ですか?みたいな
質問にちょっと近いなと思ってて
それを
聞いて
初めましてするみたいな
今のマッチングアプリとかも
そうなんですけど
年収が何々とか
顔が写真があったりとか
ある程度の情報が
分かった状態で
繋がり始めるっていうのが
30:00
今の前提な
気は、前提というか
安心な気がしてて
今までっていうのはアンノーン
相手がどんな存在か分からない状態から
徐々に行動とか
何かを見て
信頼感を得たり
安心感を得て
関係性を築くっていうところだったと
思うんだけど
それのスタートの部分で
それはある意味便利
楽なのかもしれないですね
MBTIが分かったり
何をしてるかっていうのが分かった方が
関係の築きやすさは
もしかしたら
上がってるのかもしれないけど
でも逆に言えば
それがないと繋がってもらえないという
必要条件になってきてるのかな
っていう
ところもあるのかな
っていう
さっきスタディサイトみたいに
その
コミュニティ
あるというのが
自分以外に
コミュニティがあるよ
ぐらいで済めばいいんだけど
そのコミュニティに属してない
自分は
やばいみたいな
感覚かなみたいな
つまり
推しとかMBTIがないと
アイデンティティがない
人ともちょっと繋がりにくい
つまり孤独に
繋がっていくみたいな
ところがちょっと
焦燥感としてあるのかなみたいな
確かに
ほんまに推したくて推してるのか
ちょっと分かんないですよ
その推しっていう感覚が
感覚というか
行事が
形成されつつあるな
っていう
そういう習慣として
確かにね
自己紹介で名前などれば
住んでたところが
MBTI何?
っていう
尋問が入るでしょ
インスタとか
若い子たちのインフルエンサー
とかインスタを開くと
大体MBTIの
INFJですみたいな書いてて
何それみたいな
なんか
それでそういう人は器用ですとか
気が強いですとか
そういうのにまず分かってね
分かってるから
傷つけないでね
とは言わないけど
だから
私にそれを分かってくる人は
安心なところもあるのかもしれない
常に安心が勝つというかね
不満なんかがずっと
まあそうね
そうね
推すという
なんか
もう何で推してるかも
よくわからなくなってきてるのかもみたいな
推しがないと不安なんかなっていう
不安を消すために
推しを作ってたけど
次推しがないと
不安という
逆説的な感じでも
33:01
なってる気は
するかな
さっきの由加子さんの質問に
すごいそういう感じじゃない?
由加子さんが思ってた疑問
アイデンティティという言葉が出てたけど
まさにそういうことでしょ
田村くんの話を聞いてて
多くを語らずとも
こう情報が
そこから広がるというか
もう
その
私は何々ですっていうのを
言えば
こういう性格でとか
何を
重視しててみたいなところが
もう情報として分かるから
もうそこが
土台を
作るっていうところが
そこで済んじゃうのかなと思って
そしたら
推しを返して
自分が
どういうことを
それはなんか
推しに求めてることなのかもしれないけど
それを代弁じゃないけど
自分が
作るのかなって
なんとなく感じました
だからもう
私たちが
学生とかの時に
これ好きなんだ
これ嫌いなんだって
あえて確かめていったことを
今の時代はそこまでしなくても
そういう言葉1つで
指してっていうように
共通認識になったのかな
っていう感じがした
手探り感がないね
わかりやすいよね
最初から提示されてる方がね
だからコミュニケーションが
コンパクトになったっていうか
そんな感じがする
余計なことは
言いたくないじゃないけど
余計な時間をかけないというか
でもそれが
かけ違いになったりとか
コミュニケーションの相互になったり
してるんじゃないかなっていうのは
かけ違えたりして
いるところはあるのかなっていうのは感じる
関係性もコスパ対マッパの波に
飲まれてるなって思ってて
さっきマチンガブにも
面接みたいになってるらしい
まず書類審査で
データを見て
合格したら会います
ちょっとさっき話しちゃってもらっていいですか
いいよ
じゃあ話します
すごい
手段なんじゃないってところで思った
確かに
ファン、私の時代とか
サラリーさんとかもそう思うんだけど
このバンドが好きみたいなやっぱあるじゃん
このアーティストが好き
ファンなんだよね
それは私とそのアーティストがいて
終わりみたいな
そのアーティストが好き、バンドが好き
ライブ行く終わり
好きな仲間はいるけど
36:00
でも推しっていうと
私と推しと第三者の目線が
かなり感じられる
気配があるよね
私と推しで完結する世界じゃないよね
私がいて推しがいて
ファンダムっていうんですかね
同じ推しを好きな人たち
または推しは
私と推しは違うけど
私の推しってこの人なんですよっていうための人
みたいな
気配が必ずある感じがするよね
推しって
夜べないってさっき
かむさんが言ってたのに
すごく関係あるなって思ったんだけど
夜べないんだよね
MBTIとかさ
なんでこんな流行ってるんだって
すごい気になるじゃないですか
私あんまり正直言うと苦手なんですよね
やってって言われてやったことあるんだけど
だからなんだよみたいな
これで
あなたこのアイアンとかなんだろうねって言われて
ちげーしみたいなこと言いたくなって
でも今はそれが当たり前で
なんでこんなにこういうの流行るんだろう
血液型占いが流行るみたいな
そういうあれなのかなとか
思ったりするんだけど
やっぱりちょっと思ったのが
夜べないんだよね
今ってインターネットがやっぱり
めちゃくちゃ発展してるから
それこそ恋人探すのも
マッチングアプリで
どこの誰と属性も居住地も関係ない
誰かが来るみたいな
誰でもない
誰でも出会えるじゃん
ネットの海に飛び込めば
どこの誰でも出会えるじゃん
その時にあなた何の人ですかってやっぱり
説明するものは何もないっていうか
ネットがなかったら
何かの会社に入社して
このなんとか株式会社っていう企業を
目指して一緒に入った人だよね
っていう人と出会うとか
このなんとか高校っていうところに
目指してきた人だよねとか
そういうのが多いよね
こういう趣味の集まりは別かもしれないけど
でもさ
インターネットそれこそSNSとか
インスタでポンって飛び込んだ時に
どこの誰とも知らない
何歳なのかどこに住んでんのか
男なのか女なのか
セクシュアルマイノリティなのか
全然わからないってなった時に
INなんとかですみたいな
コミュニケーションコストを下げる必要は
絶対あるし
それを言わないと不安じゃない
全然わからない
相手もどんな人なのかわからないみたいな
不安だし
自分が私はこういう人なんですよ
こういう方向のコミュニケーションお願いしますね
みたいなのがやっぱないと
不安だし怖いし
どこに捕まってればいいかわからない
みたいな感じにはなるのかな
誰でも出会えるし
だからこそ
じゃあ私は誰と仲良くなったらいいの
って言って余計
わかんなくなって
孤独感をかめちゃう
みたいなのもなりそうな感じがするよね
それが余計に寂しい気もしてて
39:00
言葉情報専攻な気がする
実際は
未知なものに
触れていって
大丈夫やって
徐々に安心していくっていう
いつの間にか
相手と自分との密な関係ができて
言葉では喧嘩しても
もしかしたら
繋がってるかもしれない
みたいなところがあるんだけど
その
INFJじゃないと
逆に言ったらね
その
INFJという
殻に縛られて
逆に
そういう風に振る舞ったりとか
そういう推しで繋がった時に
その推しじゃなくなってるのに
推し続けなければならないとか
あとはそこに
役割を得た時に
推しの
活動をして
女の子
活動のレベルが上がってたけど
そこにも一瞬
虚しさみたいなところも覚えつつ
多分盲信してたと思うんですけど
どんどん抜け出せへんくなってくる
みたいなところの
寂しさはあるというか
だから本来は人間が
何かを伝えたくって
言葉を生んだはずなのに
今はSNSとかAIで
言葉が先に立って
人間が後から出てくるみたいな
順序が逆になってって
言葉の方に
自分っていうものが吸い込まれていくから
じゃあいざ
本当に気持ちがツーツー繋がってるんかとか
っていうのは正直分からんくって
何かを推しているとか
自分のアイデンティティを示して
そこに共感してくれるから
っていう
何かの条件付きみたいなもので
繋がっているからこそ
その条件が失われたりしたときの
繋がりの浅さみたいなところが
ちょっとある気がするんですよね
だからその
コスパタイパー的に
繋がりやすくはなったんだけど
ある意味蹴れやすくもなってたり
逆に言ったら
その推しさんなんだったら
私はこっちの推しなんでっていう
分断も進んだりっていうところで
何かそういうところで
寂しさが増えていってるのかなっていう
気がしましたね
なんか失敗したくないとか
傷つきたくないっていう気持ちが
強いんじゃないかな
だからある程度
ラベリングされてると
探ってってダメだったとか
合わなかったっていうことを
未然に防げるから
自分がこう
思った
だからちょっと待って
推しとMBTIってまたちょっと違くない?
なんかその
自分が推すこと
インザメガチャーチに出てきてる登場人物は
もちろん
気質っていうかさ
42:00
そういうのは
一つあるのと
推すってことはなんか違うくない?
同じ文脈で今
語ってるけどどう?
なんか私よく
気質と推し
どうですか?
なんかね
さっきユカクさんが言ったみたいに
何かを推してますということが
アイテンティティの定義であれば
MBTI
と近いのもあるかなって
MBTIが本に出てきたこと
自体もやっぱり
自分って何者なんだろう?
っていうのが
古来からの永遠のテーマではあると思うんですけど
とりあえず
社会の正解ルートに
乗っかっときゃ大丈夫やった
ある程度
無視してもよかったものが
ほんまにどの道も
選べるよみたいな
状態になった時に
アイデンティティがやっぱり分からない
みんなもコスパタイプだから
なんか
言うようでなければならない
人に
コスパタイパって
要はそのかけた時間に対する
パフォーマンスがいい
ということなんで
あなたと付き合うならば
それなりのパフォーマンスを
してくださいねっていう
ことやと思うんです
逆に言えばね
そこが僕はちょっと怖いなって思ってるところで
なんかそういう風に
コスパタイパで
人を見ていくと
なんか関係も
フォローアンフォローみたいな感じで
親指タップ
一つで関係切れますみたいな
別に好きじゃなくなったら
ラインブロックしますみたいな
感じで
関係性終わらせられたり
する
感じ
かなと思って
アイデンティティ不明な
ところの表現
方法として
現在ではちょっとその辺
今分かりやすい
表現方法がポンって目の前にあるから
今そこに頼り
がちなんかなっていう感じは
しました
この小説の中で
若者たちが出てきて
大学の
留学生たちとつるんでる人たち
いるじゃない
ナナちゃんだったっけ
あなたたちはさ
推しとかも全然
してないようだったし
あと
ユリちゃん
バイトのキッチンに入ってる
あの子も最初は
オーディション番組から
日夜を押してたのに
もう
それあっという間に飽きちゃって
別の
押したりとかしてたじゃない
押してアイデンティティっていうのは
そうなんだけどすごく
短いし
曖昧なもんだよね
すごく変わりやすいし
45:00
ない子もいたり
スミカちゃんも
推しに出会って
変わっていくじゃない
自己紹介
苦手なIN
だったのに
推しに出会って推し活していく中で
自己紹介できる私に
変わっていったみたいな変化があったじゃない
その辺
捉えると
推しと一口に言っても
人それぞれ
なのかなとも思うんだけど
推してる
推し
すっごい推しにはまること
推し全く関係なく生きてること
推しが
コロコロ変わること
あと推し卒業してる
もいるじゃん
あの人
もう一人の
スミちゃん
いろんな
推しの
距離感が
登場人物ごとに描かれてて
ますます
わかんなくなるっていうか
必要な人と
必要じゃない人の何が違うんだろうみたいな
もちろんアイデンティティ
ってことも一つあるけど
推しが
不要な人って
コロコロ変わる人とか
そういう人はどういう人なんだろう
確かに推しっていう言葉って
推しって言っちゃってるけど
かなり意味がすっごい広いよな
ってのはすごいわかります
ちょっと好きっていう
なんだっけな
推し
推しなんですっていうのって
ファンなんですとか好きなんです
っていうより軽いみたいな
学校に好きな先輩がいて
好きって言うとちょっと
重いっていうか
ラブになっちゃうから
何々先輩が推しって言って
好意をフワッとさせとくみたいな
そういう使い方もできれば
ほんと推しもいいの推しとか
スニカちゃんの推しみたいな感じで
もうかけちゃってる推しっていう
かなり広いよね
推しってこうって感じじゃない
今言った
登場人物の中で言うと
バイト先の
ユリちゃん
いいキャラで私好きなんですけど
依存してないよね
推しは楽しんで
消費者だと思ってる
自分も消費してるよね
割り切って
次行こう
彼女は彼女で
好きな趣味みたいなのが
youtubeやってるみたいな
やることやってるし
あとスニカから見ると
ご飯を手早く作って
自分の生活をきちんと自分でやってる
夜目がある人って感じがするよね
どこに捕まってればいいのか
わかってる人っていう感じが
すごいしたんです
ユリちゃんいいキャラだなって思って
スニカは
どこに捕まってればいいか
わかんないから推しに
48:01
ガシッ捕まってるって感じ
もう一人のスニカは
もう
陰謀論みたいな人たちに
捕まってるけど
ブルームなんかは
団体にも捕まってる
特にスニカは
頭のこの辺では
完全に死にてないじゃん
私も一緒にならなきゃ
一緒にならなきゃって
焦ってる利用者がいっぱい
やばいみんなに同調しなきゃ
そこにしか
夜目がない捕まってる
とこがあるか
それしかないか
っていうのが違い
スニカは
スニカさんの
ドーンって隣の人が
ドーンって壁叩いてうるさいよ
って言うときに
あのさ
フジ
リンタロウが死んだときも
死んで
私もう一人の
イズミさん
大好きなんだけど
イズミさんの
ヤジみたいなの大好き
イズミさんが死んだとき
すごい叫んだりしたときに
隣の住人がドーンって
壁叩いたときに
叩いてって
スニカは
叩かないで叩いて
っていうところあるじゃん
その真理っていうのは
今シマさんが言ったような
うっすらこの辺で
なんなんだろうね
って思ったの
目を覚ましたくないんだけど
覚まして
これ欲しいみたいなのもあるってことなの
すっごいそこが
どういう心情なんだろうこれって
すっごい思った
トムヤさん笑ってるけど
なんか
僕自身も
たまにめっちゃ自分を不安する時があって
例えばなんか
普通にめっちゃ
仕事に必要な勉強を
したときも
なんで俺こんなに一生懸命頑張ってるんだろう
って思う瞬間ってあるんですよ
なんて言うんかな
なんて言うの
なんて言うんかな
何にさせられてるんやろ
っていう感じ
があるというか
馬鹿らしくなるというか
なんなら本読んでるときも
思うこともあるんですけど
なんで俺本読んでんやろみたいな
瞬間ってあって
なんて言ったらいいんかな
けど
仕事だからしとかなきゃ
仕事はかなり
作ってる資本主義社会
的なものの
大きな
ものなんで飲み込まれざるを得ないんですけど
なんて言うかな
今私がやっていること
って
なんないのみたいな
ときがあって
これ
51:02
って
みたいな
何のために
みたいな
ときがあるから
そういう感じかなと思ったんですけど
陰謀論にはまらなきゃ
って思う自分と
なんではまろうとしてんやろ
っていう
自分って相互に言ってて
はまりきれれば
なんかその
村田沙耶さんの本でも
信仰っていう小説があって
あの小説も
私を
信じさせてほしい
信仰にはまらせてほしいっていう小説なんですけど
何かを信じきらなければ
この世界は苦しいっていう状態
それは
つまりずっと自分だけが
周りと同調できてなくって
世界を俯瞰してしまっていると
みんなに置いていかれる
だから
今身近にあるコミュニティが
何なら
皆さんも身近にいる人たちの
ある程度の
コミュニティが
ある程度普通のテンション
というか状態になっていて
違う文化に行けば
びっくりすると思うんですけど
そういう感じでやっぱり徐々に
慣らされていくというか
逆に
慣れていかなければ
しんどいだけじゃないですか
コミュニティに続ける
そこに徐々に進行させられて
させられたい
っていう感覚が
ただですね
あったんだなっていう
それだけど
それは分かるじゃないですか
進行させたい
ここで叩いてっていう
冷ましてほしいみたいなのが
ちょっとあるでしょ
その感覚なんです
その没入したい
っていうのは何となく分かる
没入しときたい
結構みんな同じこと言ってるじゃん
あの人も言ってたじゃん
三谷も言ってたよね
物語を信じ切る
我に返らないように
だけど
我に返してっていうのも
ちょっとあるってことでしょ
さっき友谷さんが言った
何これ何してんだろって
思いたくないんだけど
思わせても欲しいってこと
だから
人間ってわがままで
自分っていうものを
悩まんでも済むように
進行させて欲しいって気持ちもあれば
進行させすぎられたときに
自分っていうものを
返してって思う瞬間もあるんですよ
なるほどね
思ってるんですよ僕はね
我に返りたいってことか
取られすぎても
それはそれで
嫌なんだろうなって
人間はね
難しいね
そのバランスが
54:00
だから国見っていう人は
完全にこっちにいるじゃん
絶対に
あとこの人たち
七ちゃんたちもそうじゃない
我に返ったまんまじゃあの人たち
何にもはまんない
っていうか
でも私は国見とかは
全然魅力的に思えなかったんだよね
どうです?
絶対この人
共感したり
ずっと我に返りっぱなしじゃない?
でも
孤独じゃなく生きてるのこの人は
どうなん?
ゆかさんなんか喋ってみる?
なんかその
聞いてて
デタ協会の度合いなのかなって
ずっと思ってたんだけど
なんかその
推しに盲信してる人たちは
自分と推しを
同化してしまってて
もう
なんだろうな
推しのために
自分の食費を削ることも厭わず
かといって
多分国見とか
国見さん、七ちゃんとかは
ゆりちゃんとかも
デタ協会がはっきりしてて
ここからここまでは推し
っていうような感じで
しっかり分かれてる人なのかな
って思って
だから余計な
やっぱり食費は出さないとか
自分を消耗することはない
っていうところがきっちりしてるのかな
って思って
あと
でもやっぱり
我に返ると現実が見えてしまう
っていう恐怖心がすごいあると思って
自分
私たちも多分
カードですごい買い物
高い買い物したときに
そのときは浮かれてても
明細見たときにハッてするのが
痛くて
もうその月は明細見れないとか
それが
現実に
生活の
命生活の
不安
心配
しかもすいかおさんは非正規だし
手取りも20万もない中で
こう
押していかなくちゃいけない
しかもどんどん
食費は増えるし
ちょっと変な集いに行って
金巻きあげられてるから
あとからやっぱり
我に返れば
お金が
ないけど
結局我に返れば
それがなくなるから
もしかしたら前の生活に戻れるかもしれない
って思いつつも
我に返ったら
泉さんとか
友達だと思ってた人を失ってしまうから
そこで
攻めき合ってるのかな
っていうところが
それが彼女の夜辺であって
そこを失いたくない
っていう気持ちが
我に返ろうか返らないか
ちょっと揺れてるところなのかな
っていうのを感じましたね
57:02
自宅協会って
難しいよね
自宅協会っていうのは
どうやって身につけていく
なんていうの
要するに環境に左右されるものなのかしら
今現状が辛い人は
どうしても
村田沙耶子さんの
振興どうなんですか
現実が辛いと
自宅協会が緩くな
どうなんですか
辛いっていうか
自分だけ仲間に入れてない
っていう状態なのかな
だから
主人公は辛いとは別に感じてないけど
周りと同じように
振興して楽になりたい
っていう感覚
その小説では
鼻の穴のホワイトニングが流行ってる
世界観で
主人公が
もう鼻の穴のホワイトニングした
とか
めっちゃ聞かれるんですよね
僕めっちゃそれ
まじで現実で流行ってるのかなと思ったぐらい
シンプルに出てくるんですよね
でも
ある種
広告とか流行りも振興に
近いところはあって
そういうものに飛びついて
いく方が
幸せそうに見えるんですね
主人公的には
だから私も振興させてほしい
っていう風になっていく
小説なんですけど
ある意味国民って
あれでしたっけ
物語を作る側
男だか女だか分かんない
最後の方には
物語にはまらない人生は
別に楽しくもないんですよみたいなこと
言うてて
だからある意味
俯瞰しすぎると
現実が見えすぎて
要は自宅境界が
はっきりしすぎると
他者に共感したり熱狂したりすることが
できないから
ある意味感情が動かへんくって
つまらないんですよねきっと
そうつまんない
つまんないと思わない
だから多分
たぶん
もしかしたらつまんないかもしれないですね
そういう意味では
推しがねいいひんとかなんとかっていうのは
インザメガチャーチの
僕は面白いと思ったところは
そういうファンダム経済で
国民たちを熱狂させてるように
見えながら
それが成立してるってことは
需要があるってことやんなってやっぱ
思うし
僕たちが求めてることでも
あるんやなっても思うんで
なんかそういうある意味
自宅境界を曖昧にしてほしい
っていう感覚ももしかしたらあるのかもな
っていう
誰かが作った物語に
乗っかるほうが
幸せってことか
ある意味それはお金払って
揺らしてもらったほうが
安心なんですよね
自分の思わないところで
1:00:01
揺らされるのは不安なんだけど
お金を払ったら
こういう感情の揺らし方が
返ってくるって分かってるほうが
多分安心なんかな
確かに
自分のために
推し活をしてるみたいな感じだけど
でもこの推し活にはまってる人たちって
自分のためというより
推しのためっていうか
そういう感じでも
語ってるじゃん
自分のことを
それさっきゆかっこさん言ったけど
自分の食べるものとかも全部さ
削って推しが
例えばスパチャ勢ですとか
最初の人とか
なんか推し
推しを潤すために
自分が
犠牲になるみたいな
それが
自宅協会が曖昧になると
そうなるわけ
ある意味
推しに払ってるお金が
自分のためでもあるかもしれない
回り回って
でもそういう風に考えて払ってるのかしら
いや推しのためではある
でも推しに払うことで
潤ってるんじゃないですか
自分の生活
お気持ちの問題だと思う
お気持ち?
自分がそれで有用感を感じる
っていうことなんだと思う
なるほどね
役に立ってるみたいな
結局自分が払ったものが
推しのもしかしたら
一食分になってるかもしれないとか
小さいお金でも
還元されてるものがあるって
信じることが
推し勝つなんだと思う
明確な自分にバックがあるわけじゃない
っていうのはみんな分かってて
自分が
そこに貢献してます
みたいな
その場を提供してる
っていうことが
推し勝つっていうような
感じなのかなと思って
推し勝つが福祉だって言われたりとか
そういうところに
居場所づくりを
目的づくり
役割づくり
みたいなところが繋がるのかなって
思ってるし
それによって
人から賞賛される
認められる
その界隈で有名な人とか
毎回毎回
ちゃんとコメント返してる人
花冠さんみたいな
花冠さんいたね
なんかその
例えば花道の中で
めちゃめちゃ上の子参勢です
みたいな
それの役割が
自分にあるっていうのは
すごいでかいんじゃないかなって
どんなに職場で
認められなくたって
家庭で居場所がなくったって
そこに行けばみんながいて
みんなが私のことを
1:03:00
分かってくれるっていうのは
この
お仕方
特有なのかなって
自己猶予感みたいなことだ
それが生きる
目的とか
働く目的
になった時に
お金とかを使っても
そういうところに
貢献してると思うと
自分のお気持ちが
満たされていくんじゃないかな
気持ちじゃなくて
お気持ちってあえて言ってるでしょ
そのお気持ちっていうのは何だろう
そういう言葉があるの
経緯ですよ
お気持ちっていう
表現があるんだね
なるほどね
そもそもやっぱ商品
なんか買う時って
それの便利さを買ってるところもあるけど
要は最終的にお気持ちっていうか
お気持ち?
お気持ちってやってんの?
仮に包丁買ってもね
包丁買って切りやすいな
嬉しい
楽だみたいなそういう結局
お気持ちに返ってくるところはあって
その商品
パン買ってもパンおいしいなっていうのは
満たされたなっていうお気持ちを最終的に買ってるところはあるんで
何かにお金を払う
推しにお金を払う時も
やっぱり何かそのお気持ち
返ってきてるんかなっていう
返ってきてる?自分に?
返ってきてる
返ってきてる
実際
僕たちがふわっと見たら
あなたは払ってるだけって
見えたら思うんだけど
やっぱり当人たちは
払うことによって
その推したちが育ったり
その
推しのランキングが
上がったり
そうすることで
自分が役に立ったとか
彼のためになった、彼女のためになったっていうのが
少し
生きがいにつながったり
するんかな
貢献してるみたいなことか
逆にね、それのおかげで
彼のために稼ごうとして
仕事を頑張るとしたら
要は推し文化っていうのも
社会を回す一つの
歯車になっている
それがファンダム経済ってこと?
そうですね
広く言えば
巡ってるもんね
お金を回してると言えば
確かにそうなんかもなって
経済と
繋がっちゃってるから逆に
ちょっとまずいみたいなところもあるよね
結局好きで
彼のために好きで
搾取しようとしてくるわけじゃん
そうなんだよ
もっと絞り取ってやるっていう
そその化してくるっていうか
資本主義だから
この世として
それがくっついちゃったら
真解像みたいな
寄るべがない
誰かの役に立ちたいっていうのと
1:06:00
これ儲かるなっていうのが
合体しちゃって
そこに取り込まれる人が
もうどうしようもないことになっちゃう
っていうところだよね
さっきのさ
理他的な
おしかつってある意味ちょっとその
貢献だったり自己猶予感だったり
っていう文脈で語ると
そこがなんかいきなり
ファンダム経済とかっていうものが
バーってくると
なんかしょんぼりするっていうかさ
だからそのミチアは葉の字になった
のか
リンタロウか
リンタロウは結局そうやって
僕に見ついてくれてるけど
それは僕のためには
なってないよって目が
で眉毛が葉の字になったんだよね
と思っている
って思っているってことで
こういうストーリーを理解している
で分かってるのに
それ分かってるじゃん
いずにさんとかは
なのに
お金をかけちゃうんでしょ
それに気づいてるのに
搾取されてるって分かってるけど
それは
どういうこと
なんかでも
いずにさんとかはさ
それがさっきの
自分の
自分はこうですじゃないけど
うちらオタクはこうなんで
気狂いの書業だよみたいな
言ってた
そういう風に
言うのをある意味
そういう属性の人なんですけど
楽しんでるっていう
うちらオタクはこうなんだから
みたいな
世間とは普通の人とは
一般人とは違くて
頭がおかしい人間なんだから構わないでください
みたいな感じのことを言ってた
私たちこういうグループだよね
って言って
閉じたその中で
安心してるような感じはあるよね
なるほどね
確かにね
01:08:10

コメント

スクロール