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こんばんは、サリーです。
アパート3号室へようこそ。
今日はね、ちょっとこんな話をしてみようかなと思います。
今、海外で日本文学がめちゃくちゃブームになっていて、
それを支えている翻訳者の方々がいるんだという、
そのことについてちょっと話してみようかなと思うんですけど、
先日、うちのアパート3号室という読書会で、
おすすめ本紹介の時間に、あるメンバーの方が、
河野素之子さんという翻訳家の方が書いた早川新書ですね。
なぜ日本文学は英米で人気があるのかという本を紹介してくれたんですけど、
そのメンバーの方の話もすごく面白かったんだけど、
今、イギリスとかアメリカ、海外で日本の小説がものすごい読まれているっていうことなんですよね。
イギリスの翻訳小説ベスト50の中に、
日本の作品が23作品も占めているとかっていう、
結構私にとっては衝撃的なことで、
そんなに?って思ったんですよね、まず。
でも言われてみれば、ゆずきあさこさんのバターが書を取ったりとか、
大谷明さんのババヤガの夜とかもものすごい話題になったりしてて、
海外の文学賞を取ったりしているとか、
あとは私の大好きな川上美恵子さんも、
インスタで彼女の日々の活動を追っていると、
ものすごい海外に招待されて、
公演したりとか、あとサイン会したりしてるんですよね。
それを見てると、日本より熱狂的なファンが多いんじゃないかっていうような印象を受けるぐらい、
ものすごいサイン会に長男の列だったりするんですよ。
本当にそのなんか熱狂ぶりっていうのが伝わってきて、
なんかすごいことになってそうだなと思ってたんですけど、
そんな時ね、
それでなんでこんなに海外の人たちは日本の文学を読むのかな、
そんなに何に惹かれるのかなって思ってたところ、
先日一冊の本に出会ったんですよ。
それが日本文学の翻訳者たちというタイトルの本で、
翻訳家の、翻訳家って言っていいのかな、
いろんな海外の文学作品を日本に紹介して、
お自身も訳されたりしている、幅広くかつ訳されている、
金原みずひとさんが「へんちょ」って書いてあったんですけど、
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どういう本かというと、
日本文学を英語だったりフランス語、韓国語、台湾のカゴ、
タイ語、オランダ語、ドイツ語にそれぞれね、
翻訳していらっしゃる翻訳者さんたちが、
7、8人登場して、金原さんがインタビューをするっていう、
対話をまとめたような本だったんですけど、
それがめちゃくちゃ面白かったんですよ。
ほんと一読みで数時間で読んじゃったって感じだったんですけど、
それ読んだら、翻訳っていうイメージが本当に変わったんですよね。
なんか、言語をただ置き換えるみたいにイメージしてたんだけど、
全然そうじゃないんだっていうことがわかって、
本当に目から鱗がボロボロ落ちました。
例えば、一番最初に出てくるのが竹森ジニーさんという翻訳家の方で、
この方は英訳されてる方ですね。
いろいろされてるんだけど、中でもコンビニ人間って
村田沙耶香さんの作品、あれを訳した方なんですよ。
コンビニ人間って今世界中で30カ国以上に翻訳されてる、
かなり話題の日本文学みたいですね。
その事実だけ聞いても不運って思うんだけど、
そもそもコンビニというものが日本的な空間なんだそうです、すごく。
私たちにとってはコンビニって別に、
作品を読んでいれば自然にこの情景が浮かぶし、
身体感覚として理解してるんですよね、コンビニという場所を。
だけど海外で日本に一回も来たことがない人とか、
コンビニという場所を全然想像できない人たちが、
そっちの方が多いんでしょうね、きっとね。
そういうところで読まれる本として翻訳するときに、
それをどう伝えるかって、その独特な空間を、
ものすごい苦労したっていうことを書かれてたのが面白かったんですけど、
24時間営業してて、綺麗で商品がずらっと並んで、
おにぎりが売ってたり、パンが売ってたり、雑誌が売ってたりとか、
いろんなものがぎゅうぎゅうに売ってるじゃないですか。
しかも公共料金が払えたりとか、コピー機が置いてあったり、
宅急便も発送できたりとかっていうね、いろんなことができる。
そのコンビニっていう空間がすごい日本的らしくて、
お店に入ると、いらっしゃいませって言われるでしょ。
あの感じ、それを伝えるのがすごい大変だったみたいです。
そもそもいらっしゃいませっていう言葉一つとっても、
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それにぴったり当てはまる英語がないんですよね。
お店に入ってハローとかウェルカムとか、
ちょっとでもいらっしゃいませっていうニュアンスとは違うじゃないですか。
なので、翻訳するときに竹森ジニーさんは思い切って、
いらっしゃいませってアルファベットでそのまま表記したそうなんですね。
そうすることによって、この本を読んだ人が、
いつか日本にやってきたときには、
必ず耳にするそのいらっしゃいませっていう言葉が、
小説の中の言葉として、
これ載ってたっていう風になる楽しみがあるだろうと思って、
あえて残したってそのいらっしゃいませっていう。
IRASSHAIMASEってね、そのまま残したそうで。
いやー面白いなと思って。
だから翻訳って本当に意味を置き換えるっていうことじゃなくて、
その文化ごとを運ぶというか、
伝えるっていう仕事なんだなっていうふうに思いました。
あとね、すごい面白かったのが、
日本語の文字ですね。
日本語って漢字があって、ひらがながあって、カタカナがあって、
それぞれ文字の持つニュアンスが変わるじゃないですか。
それをね、やっぱりどう訳すかっていうのは、
すごく課題らしいです。大きな課題らしくて。
各国の翻訳者の方が結構口を揃えて言ってるんだけど、
例えば、川上博美さんの、
先生のカバンという小説があるんですよね。
先生ってカタカナの先生のカバン。
カバンは漢字ですけど。
オランダ語の翻訳者のリュックさんという男性の方が、
その作品を訳す時に、
ものすごい大変だったっていうエピソードが面白かったんだけど、
冒頭にね、こういう書き出しで始まるそうなんですけど、
ちょっと待って、読んでみますね。どっかにメモしたんだよな。
面白くてメモがはかどる。あ、ここですね。
正式には松本春綱先生であるが、
先生と私は呼ぶ。先生というのはカタカナの先生です。
ここからカギカッコで、漢字の先生でもなく、
ひだがなの先生でもなく、
カタカナで先生だっていう風に書かれてるらしい。
それをものすごい苦労して訳したっていう、その工夫をね、
本の中では紹介してくれてるんですけど、
なるほどなーっていう感じでしたね。
他にも、このひだがなカタカナのニュアンスの話されてる方、
他にもいて、長居加夫のフランス物語という作品があるんだけど、
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そのフランス物語のフランスってね、ひだがなで書かれてるんですよ。
それもカタカナのフランスでもなく、
漢字のフランスでもなく、ひだがなのフランス物語、
そのニュアンスを表現するって、やっぱものすごい難しいだろうなーと思って。
なるほどと思いませんか?漢字ひだがなカタカナ。
私たち何気なく本当に当たり前に使い分けてるけど、
海外の人からすれば独特な、やっぱり言語文化なんだなーと思って面白かったですね。
あとは、結構何人かの翻訳者の方が言ってたのが、
日本文学でとても興味深いのは、いろんなことがね、はっきり書かれないっていう、
例えば結末一つとっても、なんていうか、
西洋の小説って、初めから終わりまですごく明確に書かれてる。
誰もが納得する結末を迎えるような形式のものが多い。
だけど日本文学は結末がとっても曖昧な形で終わることが多くて、
そこに惹かれるっていうふうに語られてるんですよね。
でも人生ってそういうもの、分かりやすく満足のいく結論が得られるっていうことはほとんどないから、
すごくリアルっていうふうに思うのかなーと思って。
あとはその、善悪の描かれ方。
西洋だと善と悪がはっきり分けられてて、
白か黒か、いい人か悪い人かっていう形で描かれることが多いと。
だけど日本文学は善悪がはっきりしなくて、
登場人物の多くが良い面と悪い面の両方を持っている。
なので現実の人生をより反映しているのではないかっていうふうに読んでるんですよね。
それも言われてみると、なるほどなぁと思って。
なんかこう曖昧にするっていうのが日本語というか、
私たちのその文化の特徴なのかなっていうふうに話を聞いてて思って面白かったですね。
例えばその何々かもしれないとか、何々だと思いますとか、
何々のような気がする、みたいなそういうぼかした言い方って私たちよくすると思うんですけど、
韓国人のね、韓国語の翻訳者のクウォンさんっていう方のお話にもそれ出てきたんですけど、
それをねそのまま韓国語に訳すとねものすごい不自然なんだそうです。
韓国の人たちは結構そのはっきり断定的に話すから、
例えば日本でとても美しいと思いますみたいな、
そういう表現は韓国語に訳すときはとても美しいですっていうふうに言い切って訳すそうです。
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その方が韓国の人たちには自然に伝わるらしいんですよね。
そのクウォンさんという方が韓国文学と日本の文学を対比して、
こういうふうに話していたのがすごく面白かったので、
ちょっと私そこをね読んでみようかと思うんですけど、
どこだっけ、こういうふうに書いてますね。
感情をダイレクトにぶつけ合う熱いクッパのように躍動感あふれる韓国文学に親しんできた私が、
抹茶のようにほろ苦く静かな余韻を残す日本文学に出会ったとき、
その内向的なあり方に強く惹かれました。
日本文学はほわだかに何かを訴えかけてくることはありません。
しかし読み終えた後、それが心地よさであれ、
喉に刺さった棘のような違和感であれ、
その感触は静かに心の底に沈殿していきます。
そして日常の不とした瞬間に理由もなく不意に蘇ってくる、というふうに語られてるんですね。
なるほどなぁと思いました。
なんか日本文学って確かにそうかもしれないなぁって。
読んだ瞬間、しみじみ染みてくるみたいな。
何日語って何年語ってから、
自分の中で言葉が発行していくような、そういう魅力があるのかなぁって。
言われて気づくというか、それを思いましたね。
あとね、そういういろいろな、海外の人たちが日本文学に触れて感じる面白さっていうのを次々語ってくれるのがものすごく面白くて。
あと例えば、いろいろあるんだけど、
えっとね、カティアさんっていう人は誰だったかな。
カティアさんはドイツ語の翻訳者の方だったかな、確か。
確かね。
その人が言ってたのは、
日本語って音だけで会話している時があるっていうふうに言うんですよ。面白いなぁと思ったんですけど。
うん、とか、うんうん、とか、へぇ、とか、えぇ、だけで会話が成立しているのがすごいらしいですよ。
うん、確かに。
それだって海外にはないのかな。
いやぁ、分かんないけど、他のね、いろいろな国があってそれぞれなんだと思うんですけど、
日本人って音だけで会話しているって言われると、えぇ、そうなのかなぁと思いましたね。
あとはちょっとという言葉とすみませんという言葉、これも謎らしいですね、外国の方からすると。
例えば何かを断ったりするときに、ちょっと、とか言ったりするでしょ。
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そういうのも、なんか、空気とかまで、こう、会話を成立させてるみたいな、そういう部分があるらしくて、
そういうのも訳しづらいんだろうなぁと思いましたね。
そんな感じでね、いろいろね、面白い話が載ってるんで、メモ帳がパンパンになっちゃったんですけど、
この翻訳者の人たちが、何人だったか、8人ぐらい出てくるんだけど、
口々に、この作家が素晴らしいみたいな、日本の文学で、
この作家に注目してるとか、この人の作品がすごい素晴らしいっていう、
作家の名前がね、出てくるんだけど、何か聞いたことのない、私の勉強不足なんですけど、
作家の名前が出てきて、何か、いわゆる日本で流行ってる作家の名前じゃないんですよ。
例えば古川秀夫さんという作家の方とか、田和田陽子さん、青山七江さん、
この人たちの名前、私あんまり聞いたことがなくて、
田和田陽子さんは確か、川上恵子さんと対談してたなーぐらい、
そんな記憶、でもそんなに、私たちの日本で、
ベストセラーみたいなイメージじゃないんですけど、私の間違いなのかな。
でも、この3人はよく名前が出てきて、素晴らしいってみんな絶賛してるんですよね。
早速、近所の蔦屋書店に行って、買おうと思って行ってきたんですよ。
だけど、この人たちの本、一冊も置いてなかったんですよね。
私の近所の蔦屋書店、あんまり品ぞろが良くなかったのかもしれないけど、
やっぱり日本の本屋さんでよく見かける作家ではないんだなーって思って、
それをその海外の翻訳者たちは、この作家はすごいって熱狂してるっていう、
そのギャップというか、それも面白いなーと思って。
だから、まだ日本人の私たちがあんまり読まれてないような、
日本文学がまだまだたくさんあるんだろうなーと思って、
ワクワクしましたね。ものすごい。だからメモしました。
その作家の名前とか。
泉京華とかね。読んだことなかったなーみたいな。
うん。結構海外で人気の作家と、ちょっとそこに乖離があるのかもしれない。
面白いです。すごく面白い本なんで、ぜひ興味持った方は読んでもらいたいですね。
ということで、今日はちょっとそんな話をしてみました。
最後までお聞きくださりありがとうございました。
アパート3号室のサリーでした。
それではまた。